邂逅輪廻



「お兄ちゃん」
 さて、諸兄ら健全なる男性諸君よ。君達は、この様な妄想をしたことは無いであろうか。何の変哲も無い日常の中、不意に父親が再婚し、義理の妹が出来る。或いは、隠し子発覚でも可だが――何にせよ、年の近い家族が増えることを。嗚呼、分かっている。この様なこと、年頃であれば良くあること。何も恥ずかしがることでは無いのだよ。
 だがしかし、現実とはかくも非情なものだ。そうそう夢が現実になろうはずもなく、涙を飲んで現状に甘んじている方が大半であろう。嗚呼、何ゆえに俺は、古ぼけたナスビの様な兄貴しか居ないのであろうか。これが姉貴であれば幾分、夢も広がるというのに。全く以って残念でならない。
 話は脱線したが、結局のところ俺が何を言いたいのかを解説させてもらおう。何というか、出来たのだよ、妹が。
 ちょっと待て、ついに脳にまで毒素が回ったのかだの、妄想を見ることでしか現実を維持できなくなったとか、好き放題に言うな。
「とは言え、その相手がりぃであるというのは、とてつもなく釈然としない」
「殴って良い?」
 勘弁してくれ。お前のダイヤモンドフィストが相手では、顔面が形状記憶でもしていない限り、どうにもならんではないか。
「御二方、真面目にやって頂かないと困りますわよ」
 綾女ちゃんに窘められ、俺は一先ず現実に立ち返った。
「さて一柳さん、一つ伺いたいのですが」
「何ゆえに、滅多に使わない名字呼びですの」
 気分とノリだけで生きている俺に、そんな論理的な説明を求められても困る訳で。
「何で俺とりぃが義理の兄妹設定なの?」
「そんなもの、思い付きに決まってるじゃありませんこと」
 案外、綾女ちゃんって俺と似た者なのかも知れないと思った瞬間だった。
「何にせよ、俺は遺憾の意を表明する! 夢と希望と、ほんのちょっとのエロスに満ち溢れたこの設定を、りぃが使うなどという暴挙があって良いものか!」
「私、すっごい酷評されてない?」
「先輩は犬猫と似た部分がありますから、暴力で躾けるのもありだと思います」
 ちょ、桜井教官! それは勘弁であります!
「俺はいつだって、胸に辞表を携えて職務にあたっているのだよ。体当たりの姿勢を褒めて貰いたいくらいだ」
「要は、どんな時も仕事を放り投げる気概ってことですね」
 いつから俺と岬ちゃんは、毒ツッコミ漫才コンビと化したのだろうか。
「それで、何ゆえ俺は両足に紐を付けられているのかね?」
「先輩、たまに逃避癖が出ますから」
 うわーい、岬ちゃんも段々と経験を積んで、俺のパターンを読んでくる様になってきたぞー。
「それにしても、いつ見ても濃いメンバーだなぁ……」
 練習の為に借りた離れの一室に、大村先輩らも集結して酷い混沌状態と化していた。唯一、これだけの奴らを纏められる可能性を持った茜さんはここにはおらず、ここからの暴走を如何に最小限に食い止めるかが当面の課題だ。
「先ず聞きたいのだが――」
「はぁ、なんすか」
 大村先輩に声を掛けられただけで、げんなりとして、とっとと帰りたくなる俺が居た。
「何故に主役級の配役が、七原君の陣営に偏っているのだね?」
「大村前生徒会長殿。それに関しましては、現生徒会長である舞浜の指先のイタズラであり、他意も悪意も御座いません」
 未だに、何らかの意図があった可能性については完全否定したくない部分があるんだけどな。
「そして、俺と矢上の配役が黒服というのは?」
「冷静に考えてみたら、一時間に満たないギャンブルラブコメで、これだけの大人数を処理するのが不可能だったというだけの話です」
 見てる方も、配役憶えるだけで時間が終わるというのは御免だろうしな。
「七原君、分かる、分かるよ。世界を動かすのは、結局は脇役だっていうメッセージが籠められてるんだね」
 矢上先輩、このやっつけ仕事にそんな深い意味がある訳無いでしょ。何でもかんでも深読みするのは、日本人の悪い癖ですよ。
「ほほぅ。私がギャンブルの神様として奉られているというのか。必然の配役ですな」
 あー、二階堂先輩については、『扱い方が分からない』という理由を最大限に考慮して、台詞も絡みも必要が無い役を割り振った。文字通り、祭り上げるって奴だ。
「私はディーラーポジションなんだね〜。うんうん、結構良いかも〜」
 若菜先輩は、一部に熱狂的支持者が居る点を考えて、露出を多くする作戦を取っておいた。どの道、秋には出ない人なんだから、その層をわざわざ敵に回す必要はないという判断だ。あの時に見せ付けられた、岬ちゃんと綾女ちゃんの黒い笑顔は未だに忘れられない。
「打算とは、大事なものなんですかねぇ」
「何をしても良いと言われるより、その手の計算で詰めていった方が構築側としては楽ですわよ」
 たしかに、そういうものの部分も多々あるな。
「うっし、とりあえず時間も無いし、台本読みだな」
 台本読みとは、文字通り出演者が揃って台本を読み、ストーリーの流れやキャラクターの特徴を掴む為の場である。真面目な話、十日を切ってこの段階というのは絶望的にヤバいのだけれど、アドリブだけは無駄に強い面子だから、きっと何とかなるだろう。と言うより、現実を見るのはやめることにしたんだ。
『私立牧野辺学院は、今日も平和だった』
 うわっ、初っ端から、何というベタベタなフラグ。これは確実に一波乱起こる。
「国家権力も、強大な軍事力も、絶対の資産力も、賽の目だけは操れぬ……フフッ。この遊戯は、世界で一番公平なゲームだとは思わぬかね」
『やっぱり、学院は平和だった』
 おい、ナレーション。何事も無かったように進行するな。明らかに、ツッコミ所が満載だろ。
「おのれっ、学院に巣食う大魔王め! 今日こそ我が必殺の奥義、清老頭で滅してくれるわ!」
 ちょっと待て、平和な学園なんだろ? 何で魔王が居るんだよ!? ってか、麻雀が分からん奴にはさっぱりな必殺技じゃねぇか!
『しかしこの学院、他とは少し違っていたのです。そう、ここは全ての悶着を賭け事で解決する、ギャンブル学院だったのです――!』
「西ノ宮、ちょっとタンマ」
「はい?」
「どうやったら、そう淡々とナレーション出来るのか、後学の為、教えてくれ」
「七原さん達の様に、公衆の面前で素顔を晒して演じるのに比べれば、私の立ち位置など、どうってことないからです」
 開き直りやがった。こういう時の西ノ宮は、マジでタチ悪い。
「お兄ちゃん♪」
 そしてりぃよ。お前も、台本に書いてあるからって、何の疑いも無く俺をそう呼ぶな。
「おぉ、お袋が愛想を尽かして出ていって早十年。もう恋なんて絶対にしないなんて乙女なこと言ってた親父が何だかんだで再婚した結果に誕生した我が義理の妹よ――綾女ちゃん。やっぱり、この説明口調は、便利だけど無理があると思うんだ」
「でしたら、少し削っておきますわ」
 と言うか、この設定自体、本編に殆ど絡まないから必要ないと思うんだがどうなんだろう。
「男はやっぱり、花札一択」
「雅! あんた、女でしょうが!」
「それはあくまで、生物学的観点。魂、いやむしろソウルフルな方向から見れば、漢王朝の漢と書いて、オトコと読んでも何の問題も無い」
 ほぼ棒読みのりぃと違って、岬ちゃんは淡々とその役である『雅』を演じていた。本当、小器用な子だ。こういう時は何処までも重宝する。
「山札を捲るその一瞬、走馬灯の様に人生全てが巡り、また逝く。この恍惚とした感覚を味わう為、また賭場へと足を運ぶ」
 唯、入り込みすぎて、若干、あの周りだけ空気の色が変わってる気がしないでもないのが難点だ。
「そして、男達から全てを奪い、隷属させるのが楽しみ」
「……」
 そういや、昔、茜さんに巻き上げられた、何でも言うこと聞く券、どうなったのかなぁ。あれ程、史上最悪の不良債権はこの世に存在するのかって話だ。
「先輩? 次、先輩の台詞ですよ?」
「ああ、済まん……ちょっと人類の悲喜こもごもについて、本気で考え直してしまっていた」
「はぁ」
 溜め息にも似た感嘆は聞き流すことにしよう。主として、俺の精神安定の為に。
「フフフッ。お二人さん、この学院では、手を出すのも、口を出すのも御法度……唯一の解決手段はルールを決めた上でのギャンブルだけだというのは、入学ガイダンスで説明した通りよ」
 うわっ、若菜先輩、ちょっと気取ってますけど、そんな普通な喋り方、出来たんですね。と言うか、いつものほわほわ口調、やっぱり演技だったんですね。親衛隊に密告したら殺されそうになるだろうけど、考えてみれば公開劇だし、結局バレる訳だ。難しく考えるのはやめちゃおう。
「今日の勝負は、互いに剣を刺していって、失敗すると海賊が樽から飛び出すアレね」
「随分と、古典的なゲームだ。そして殆ど運のみというのも、珍しいな」
「その件に関しては、ちゃんと考慮済み」
「って、ちょっと待たんかぁい!」
 台本を読んでいるだけでは分からないと思うが、実はここで、実寸大の樽が登場し、俺こと菊人が中の人形になるという展開だ。一昔前のバラエティじゃあるまいし、何でここまで身体を張らされるんだろう。
「これだけ緊迫した状況であれば、その心理的駆け引きだけで充分にギャンブルとして成立する」
「雅にゃん、本当に待って下さい。これって、どっちが勝とうと俺は飛んでく運命じゃないれすか〜」
「可愛く、にゃんとか言って媚びたから、むしろ絶対に吹き飛ばしてみせる」
「ヤブヘビらったのよ〜」
 しかし菊人のキャラは、何処までも掴めないから困る。
「尚、このゲーム、いつになっても、飛ばした方が勝ちなのか、或いは負けになるのか、はっきりしないのが最大の欠点」
「根本から成り立ってないじゃねぇか!」
「そしてこの巨大樽を何の躊躇いも無く作った学院賭博統括部……やはり最後の敵はあなた達」
 当初のコンセプトは、菊人を巡って、理沙と雅が争うというものでは無かっただろうか。何と言うか、現場の人間になって、始めて創作の苦労が分かった気がする。
「ふむ……何にしても、こんな展開の訳だ」
 正直、良くも悪くもインパクトはあるから、台本を憶えるのはそれ程に難しく無いだろう。少しくらい脱線しても、伏線とか無いに等しいから、どうとでも軌道修正できる。全体的に御遊戯のレベルまで落ち込んでも、それはそれ、だ。
「俺達の出番が殆ど無い……だと?」
 あー、大村先輩達がここで絡んでくるのは、想定しておくべきだったかなぁ。
「先輩。社会というのは、全てが密接に関係して成り立ってる訳じゃないですか。もちろん、花形と言える主役は存在し、華があることも事実でしょう。ですがそれを支える脇役も、同等の価値がある訳でしてね――」
「ふっ、七原、舐めるなよ。主役になることを望まぬ奴が、生徒会長選に二期も続けて立候補すると思うか?」
 な、何という正論。ぐぅの音も出なくなってしまうところだったではないか。
「戯言はそこまでにして貰おうか」
 バァンと扉を開けて中に入ってきたのは、遊那だった。貴様、今まで姿を見せないと思ったら、こんな目立つ所で出てきやがって。いつか、ケリを付けてくれる。
「茜からの言伝だ。今後、七原、並びに一柳の方針に従わない輩が出た場合、武力を以って鎮圧することも辞するな、とな」
 客観的に考えて酷い命令だけど、良いぞ、茜さん。たまには真っ当な仕事をするんですね。
「但し、確実に面白くなると判断した場合はその限りに非ず。面白いというのは劇の内容に限らず、人間関係を含めた全ての要素とも言っていた」
 そして早くも前言撤回。何で一瞬だけとはいえ、何度だって騙されるんだろう。まあ、政治関係者自体、詐欺師みたいなもんだからしょうがないのかね。
「うんうん。段々と劇らしくなってきたよね。これで僕も一安心だよ」
「居たのか、千織」
「えくぅ……」
 御約束の千織一日一弄りを果たしたところで、一先ず、今日の練習は幕となった。

 ――学園祭開催まで、残り九日。

次回予告
※岬:桜井岬 茜:桜井茜

茜:ねぇねぇ。面白そうだから、当日だけ特別参加しちゃダメ?
岬:ものすごーく迷惑だから、自粛しようね。
茜:え〜。でもでも、パンフレットにも載ってない人が出たら、
 皆、絶対に驚くと思うよ?
岬:問題は、私達、出演者も全力で驚くところだと思うんだけど。
茜:そこが一番、私にとって楽しいところなんだけど。
岬:目がキラキラ輝いてるのが、本当に恐ろしいよ。
茜:という訳で、次回、『不埒な奴らの祭り事 』だよ?
岬:お姉ちゃんを何とか抑え付けるのが、
 当面の目標みたいです。




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