「七原さん、少々お話が」 「おっと、俺への用件だと言うのなら、アポイントメントを取って頂かないと困るな」 「まあ、それはさて置きまして」 最近、西ノ宮がつれない気がしてならない。 「クラスでの出し物の件なんですけど」 「あー、でもありゃ、出たとこ勝負だろ」 正直、何が何だか分からんアホ企画なので、あの自称学園の総合プロデューサーに全てを委託している。俺は当日司会を担当する訳だけど、それ以外のことは知ったことではない。 「一度、リハーサルをしたいと要請があったんですが」 「断固たる決意で拒否する」 西ノ宮みたいに、普段から勉学に励んでる奴は良いだろう。だが、テストも近いというのに、俺の様なサボり魔がこれ以上の時間を割けるかってんだ。 「そんな勝手が許されると思ってるの?」 出やがったな、ヘボプロデューサーめ。 「貴方が司会を受けると口にした瞬間、言うなれば契約が交わされたも同然なのよ。つまり、今の七原君は爪の一欠片でさえ自分の自由にはならない、二年三組学園祭実行委員会の奴隷も同然ってことなの」 「んな、無茶な理屈が通るかぁ!」 さりげなく、こいつの無茶な口先は、生徒会長選上位者に匹敵する部分がある。眼鏡っ娘は大切にせねばならぬという親父の教えが無かったら、本気で潰しに掛かってるところだぞ、全く。 「俺のスケジュール表を見ろ。勉強もあれば、演劇の練習もあって、学園祭までキツキツなんだ。一時間だって割くのは難しい状況なんだぞ」 「そんなの、寝る時間を削れば良いだけじゃない」 こいつとは、一度雌雄を決しなければならないと思った。 「大体、何をするってんだよ。ラブリーな話をして、それを適当に盛り上げれば良いだけだろ」 相模藩の享楽王と呼ばれた俺にしてみれば、その程度のことどうってこともない。最悪、ダダ滑りをしようとも、その恥さえ快感に変える術を知っているからな。 「そんなことは問題にしてないの」 誰か、一度こいつを張り倒してくれ。 「七原君の司会運営能力は充分に認めてるわ。だからこそ、推薦もしたの」 「なら、良いじゃねぇか」 大人しく、勉強を続けさせてくれ。岬ちゃん、小テストをクリアしない限り帰らせてくれないんだよ。 「私が心配してるのは、参加者が集まらないのと、或いは余りに内容がスカスカのケースよ」 「はぁ」 言いたいことは分からんでもないが、それも又、学園祭の出し物っぽくて良いじゃないか。ギリギリまで何もしてなかった俺達に、完成度をどうこう言う権利は無いと思う。 「そこで、そういうことになった場合、七原君に身を切って貰うことにしたの」 「……ん?」 何か、さりげなく妙なことを言わなかったか。 「貴方が、恋愛話を暴露して盛り上げなさいって言ってるの」 「待てや、コラ」 「あ、もちろん、作り話は厳禁だから。多少の誇張くらいなら許すけど、原型を留めてなかった場合、懲戒の対象になるって憶えておいてね」 「何でそこまで高圧的なんだよ!?」 こ、こいつ、実力の方は未知数だが、将来、上に立つであろう人間だということは把握した。人を使うことに関して、何の躊躇いも無い。茜さんや岬ちゃんと同種と言い換えても良い。だが俺も、中間管理職界最後の希望とまで言われた男だ。これ以上、無条件で屈服する相手を作って溜まるものか。 「そこまで言うのなら、覚悟は出来てるのだろうな」 「何の覚悟よ」 「俺が、この話を降りるという覚悟だ」 何が悲しくて、ここまで好き放題言われて働かないといかんのじゃ。お前が会社の上司とかならいざ知らず、同格のクラスメイトである以上、やってられるかってんだ。 「七原君は、断れないよ」 「はぁ?」 誰か、こいつの言語を俺に分かる言葉に翻訳して欲しい。 「これを見ても、そんな口が叩けるかしら」 言って、胸ポケットからメモリーカードを取り出すと、携帯に差し込み、何やら操作を始めた。 「講堂、か?」 突き付けてきた液晶画面には、学園の体育館壇上が映されていた。角度から察するに、二階窓際左手辺りから撮られたものか。どうも殆どの学生が集まってるみたいだし、全校集会か何かか――。 『――では、二年三組、七原公康さん。お願いします』 「……」 ナンデスト? 『只今御紹介頂きました、七原公康です』 全身に、冷たいものが噴き出したのを実感した。ぐわっは、これはあかん。これはあかんですよ。 「分かって貰えたかしら」 「貴様、こんな古いものを持ち出しおって」 そう、これは遥か昔、岬ちゃんと出会うよりも前に演説的なものをした際の映像だ。おかしい、こんなものが残っているはずが無い。いや待て。あの時、二階には数人が居たような気もする。つまり、携帯を用いて記録していたと言うのか。頭の中が混乱し、どうにも考えを纏め上げることが出来なかった。 「私の親指一つで、これを全世界に流出させることも可能なのよ」 「つくづく、嫌な時代になったもんだな……」 かくして、恋愛話を暴露するという点はさて置き、リハーサルには付き合わざるを得ない俺がここに誕生したのであった。 「西ノ宮……お前の入れ知恵か?」 長らく記憶の奥底に封印してきた、西ノ宮と初めて真っ当な話をした時のことを思い出していた。あの時に持ち出されたネタも、恥ずかりし若き日の思い出だ。ヤバい、想像以上に顔が熱い。 「そういう訳でもありませんけど、何処か世間話の流れで漏らしたことがあるやも知れませんね」 くそぅ、不意に漏らした一言を延々と使い回すマスコミの様な真似をしくさりやがって。いつか叩き潰してくれる。 「思うに、目的の為にカードを切るタイミングを見誤らないという点に於いて、彼女も政治的資質を秘めているかと」 「たしかに、外務省辺りもあんくらいふてぶてしければ良いのになぁと切に思うよ」 問題は、あいつの場合、国益じゃなく、自分の為にしかカードを使わないところなんだけどな。 「ああ……ギャラが出る訳でもなければ、女の子の好感度を上げる訳でもないリハーサルに、何故貴重な青春の一ページを刻まなければならないのだろうか」 「だけど、彼女の印象は良くなるかも知れませんよ」 だから、これ以上言いなりになる相手を増やしたくなんかないやい。 「うん、それじゃ七原君、宜しく」 「うぃうぃ」 こうなりゃ、残る抵抗の術は、ひたすらに何事も無く仕事を終えることだ。大丈夫、俺は出来る子、絶対に出来る子。 「ふむ。あれは私が、アメリカの寄宿学校へ通って居た頃だ」 「おいこら、遊那。貴様、何してる」 俺が知る限り、最も恋愛からは遠い分際で、堂々と居座るとは良い度胸だ。 「良いのかよ。こいつは針小棒大どころか、ゼロからだって大嘘を構築できるタイプだぞ」 「むしろ、クリエイティブな人間だと表現してもらいたいな」 酷い。浅見遊那、余りに酷い。 「いーの、いーの。出演者は幾ら適当なこと喋っても。こういうのは面白ければ勝ちだし、裏の取りようなんて無いし」 「ちょっと待てや」 何で俺だけ事実限定とか理不尽な設定なんですか。革命起こしますよ。 「そう、あれはフランス外国人傭兵部隊としてパラシュート部隊に所属した頃の話だ」 「どうでも良いが、せめて嘘だと分かりにくい程度の嘘にして貰えんかね」 「ふん。貴様がどう困ろうと、私の知ったことか」 「よぉし、そこまで言うなら分かった。岬ちゃんと茜さんから、お前の小中学時代のエピソードをたっぷり仕入れてきてやる」 「な――」 「色々な意味で吹っ切れた俺を、甘く見るんじゃないぞ」 男として以前に、人として間違ってる気もするが、深くは考えないでおこう。 「良し、分かった。七原も色々大変だろうからな。私の方も、最大限譲歩させて貰おう」 こいつのプライドは、紙の装甲より薄っぺらいのだと、つくづく感じ入ってしまう。 「という訳で、冷静に考えてみると面白い話でも無かったので、私は辞退することにした」 何という無駄な逃げ足の速さ。って言うか、最低だ。 「やぁ、マンダム。皆の生徒会長、舞浜千織君だよ」 「とりあえず、クラスメートであるお前らは知ってると思うが、千織は柔らかな物腰とそこそこ整った顔立ちで女子の人気は低くない。だが高校に入って一年余り、彼女の一つも出来ないのは人格に多大な問題があるからなのは自明であり――」 「似た立場の、公康に言われたくないやい」 「俺は皆のアイドルだから、誰かの所有物になんかなってはならんのだよ」 前にも、似た様な詭弁を弄した記憶があるけど、気にしたりなんかしない。 「はいはい。夫婦漫才はそれくらいで良いから」 「誰が夫婦やねん」 「そうだよ。公康が奥さん役なら我慢しないこともないけど」 千織の言葉が、背筋へ悪寒を走らせたのは何故だろうか。 「あれは、二十年振りの豪雪が積もった夜のことだった……」 ええいっ、モグラ叩きの如く次から次へと湧きおって。貴様ら、秩序という言葉を知らんのか。 「俺はその晩、親が出かけていて留守番をしていた。弟を寝かしつけて、ほっと一息、ブランデー代わりの麦茶を傾けていたんだ。いやはや、人類とは、この安堵感の為に生きていると言っても過言ではないと思わぬかね?」 話がくどいよ。もうちょっと端的に纏めてくれ。 「そんな折、十時を過ぎていたというのに、不意にノックの音がしたんだ。ヤレヤレ、また厄介な事件に巻き込まれるなと思って立ち上がる俺。いやはや、覗き穴から外の世界を覗いた時は目を疑ったぜ。猛吹雪が荒れ狂う中、そこには色白の美人が立っていたんだ。こんなに驚いたことは、先々の人生にあるか分からないってくらいだな」 「雪だけに、スノーなことある訳無いってことだね」 「……」 さ、寒い。梅雨ももうすぐ終わる蒸し蒸しとした気候なのに、どうしようもなく寒くてしょうがない。 「流石の俺も、これは処理しようが無い訳だが」 「舞浜君、教育的指導」 柔道か何かの会場かよ。 「いやいや。話の腰をバッキリ折られた俺への謝罪が第一だろ」 「現実とは、得てしてそういうものだ、諦めろ」 しかし、さっきから俺、全然、仕事してねーな。 「ダメよ! こんなんじゃ、全然ダメ!」 余り肯定したくないけど、俺もそう思わんでもない。 「だけど内容はともかく笑いは取れそうだし、もうケセラセラで良いんじゃないかね」 それが失笑になるか、嘲笑になるかまでは責任取れんがな. 「私のプラン通りに行かないくらいだったら、全部ぶっ壊してやるわ!」 き、危険思想者め。プロデューサーと言えば商売人だろ。そこそこ受ければ何でも良いじゃないか。 「壊れるだけに、ブレイクォって感じかな」 かくして、本日二度目となる大寒波が教室を襲った。千織、お前はもう何も喋るな。茜さん抜きのお前では、誰も騙すことが出来ない。余りに悲しいその現実を思い知らされた、放課後の一幕だった。 ――学園祭開催まで、残り十日。 千:どうも、僕のハイセンスは理解してくれる人が少ない気がする。 莉:ハイセンス……かなぁ? 千:ふぅんだ。きっと社会でバリバリ働いてるお姉さんには通じるんだ。 きっと間違いないんだ。 莉:あ、だけど千織が笑わせようとした後の冷たい空気感、嫌いじゃないよ。 千:莉以って、悪意無く人を傷付けるの巧いよね。 莉:何はともあれ、次回、『不埒な奴らの祭り事 七』だよ。 千:僕のこと、本当に理解してくれる人、居ないかなぁ……。
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