「脚本が、完成致しましたわ」 「早い、いや、むしろ速いよ、綾女ちゃん」 劇をやると決めて僅か二日ですよ。どんなハイペースで書いたんですか。その才能を、少し色々な人に分けてやって下さい。 「それじゃ、ちょっと見せて貰うね」 「期待して読んで下さいまし」 何を根拠に、ここまで自信満々なんだろうか。普通、自作の小説とか、誰にも晒したくない恥部だろうに。このレベルの人間が考えることは、今一つ分からん。 「てかさ。この分量は何?」 渡された時、ずっしり重かったという時点で異様な話だと思う。一枚に十文字くらいしか書かれていない可能性も無きにしも非ずだけど、そんなエコ意識の無いことをしたら、色々な方面に怒られてしまう。 「そのことでしたら、心配しないでも問題はありませんわ。皆さんの嗜好を把握しておりませんので、五パターン程、書いてみましたの。どれも劇にしましたら、一時間以内で纏められるはずですわよ」 どういう執筆スピードだ。これである程度の質があるんだったら、世界トップレベルの量産作家になれるんじゃなかろうか。 「順に、希望編、絶望編、錯乱編、再臨編、無常編と仮名を付けさせて頂きましたわ」 「あ、あぁ」 な、何という熱の入れようだ。これは俺一人で読んでたら、情熱で燃やし尽くされてしまいかねない。こういう時は、共犯を抱きこんで分散するに限る。 「あー、千織か。今すぐ教室に来い。残念ながら、お前に拒否権など微塵も存在しない」 俺は大国の論理に似た高圧的な通達を終えると、次の被害者を選定する為、携帯の履歴を検索するのだった。 「今日ほど、先輩からの電話を受け取って後悔した日はありません」 「例えデート中だろうと、クライアントからの連絡手段は消さない選挙参謀の本能が災いしたな」 いや、別に利用した訳じゃなくて、たまたまだったんだけどな。 「りぃは圏外、或いは電源切れ、遊那は恐らくシカト、西ノ宮は多方面に引っ張りだこで来れない。ここは、この三人で乗り切るぞ」 「と言うかさ、大村先輩達も当事者じゃないの?」 はっはっは、千織。貴様、面白いことを言うな。 「只でさえ濃い面子だってのに、あいつらまで巻き込んで抑え付けられる自信があるのか?」 「一応、先輩に向かってその言い草はどうなんですか」 岬ちゃんだって、敬語の裏に無数の棘を仕込んでるから気にしない。 「それでは、読んで下さいまし」 「お、オーケー」 微妙に口篭りつつ、どれから手を付けたものかを思案する。う、うーむ。重そうな絶望編、錯乱編辺りから読んで後を楽にするか。逆に、明るそうな希望編辺りから読んでみて綾女ちゃんの程度を確認しておくか。難題だ。 「じゃ、じゃあ、これから読もうかな」 十数秒に渡って脳神経系が迷走した末、俺が出した結論は無常編だった。理由は、何が書いてあるか分からなそうだから、衝撃を受ける可能性が低いだろうからだ。 「ほむほむ」 えーと――。 「何でこの主人公、いきなり宇宙に飛び出すのかな?」 「無常と言えば、このあまねく星空のことじゃありませんこと」 正直、クリエイターの感性は今一つ分からない。 「ぜ、絶望編なんだけど、こ、これは流石に重過ぎないかな。人類史全てが、実は蟻の意志に依って成り立ってるって」 いや、そこまで行けば、ある意味、ギャグとして成立してる気がする。面白いかは人それぞれとして。 「……」 黙々と、速読でパラパラ原稿をめくる岬ちゃんが地味に怖い。そう言えば、参謀にとって情報処理は重要な仕事だもんな。紙媒体が廃れないのも良く分かるというものだ。 「とりあえず、再臨編を読ませて頂きました」 早っ! 貴様、その気になれば、文庫本を一駅、二駅の間に読める手合いか。 「全体的な分量と内容はこれくらいで良いと思うんですが、もうちょっと山場をはっきりさせた方が良いと思うんですよ。このままでは観客に特別な印象を与えることは難しいかも知れません」 「参考にさせて頂きますわ」 そして、何という論理的な寸評構築能力。綾女ちゃんが、茜さんの次に岬ちゃんを参謀として迎え入れたがってたのはこの為か。正直、近過ぎるせいか、俺に岬ちゃんの力は把握しかねるぜ。 「先輩。口を動かしてるからと言って、目は止めないで下さい」 「は、はい」 俺と言い千織と言い、桜井家にその内、心の一挙手一投足まで指図されるんじゃなかろうか。そんな現実的な不安を振り払うかの様に、俺は一心不乱に文字群を読み進めるのだった。 「お、終わった……」 「御疲れ様です」 「え〜と、アルメニア国王軍がリンスロット聖王騎士団と戦う話が錯乱編で――」 「それは、絶望編ですわよ」 「あと、アルマニア聖王軍と、ランスロット公王軍です」 俺の脳キャパシティで、そこまで把握出来ると思ってるのか、貴様ら。 「あはは〜、公康〜。天使さんって、本当に居たんだね〜」 千織、帰ってこーい。いや、もういっそ帰ってこなくても良いぞ〜。 「さて、選定作業に入ろうか」 綾女ちゃんが五本も書いてくるなんて想定してなかったので、この行為自体が予想外だ。 「脚本家の意見は?」 「どれか特定のものを勧めるつもりでしたら、始めからそれだけを持ってきますわよ」 成程、道理だな。 「じゃあ、岬ちゃんは?」 「どれも全体的に良く纏まってるとは思います。ですけど、良く言えば前衛的、悪く言えば一般受けしないものも含まれてますので、出来るだけシンプルなものを選んだ方が良いと思います」 「そこは同意する」 宇宙に飛び出して、百五十億光年の彼方から愛を伝え合う作品なんて、素人同然の俺達がどう表現しろと言うのだ。 「ってことは、学園物の希望編かな」 まあ、こいつも相当にクセが強いんだけどな。消去法で選ぶとは、自主性が服を着て歩いてる俺としては情けない。 「公康ぅ、僕の意見は……?」 「天使様の啓示でもあったのか」 「うぅ……」 とりあえず、ストレス発散に千織を使うのはこれくらいにしておこう。 「では、粗筋を再確認しようか」 何しろ、俺と岬ちゃんは主人公格なのだ。雰囲気とことの勢いで決めて後悔するのだけは御免だ。 「この学園では、全ての揉め事はギャンブルで解決すべし――!!」 オープニングから、確実に何かがおかしいと思うんだ。 「まあ、何だかんだあって、最終的には俺を巡ってりぃと岬ちゃんがギャンブルバウトをするんだ」 「そして、私と椎名先輩に友情を越えた愛情が生まれて、七原先輩を放り捨てる訳ですよ」 何という、トリッキーな作品だろうか。これが一番まともって、何をどうしたら良いのかが分からない。 「いずれにしても、全てが初体験の我々だ。キャスティングは、皆が集まった時に決めるとして、一通り読み込んでみようか」 何だろう。嫌な汗が止まらない。 「じゃ、主役が千織で、女性陣二人が岬ちゃんと綾女ちゃんってことで」 「ちょ、公康、主役じゃない」 「残念ながら、俺は演出も兼任しているのだ。客観的な情報というのも、大事だと思うんだよ」 生憎だが、選挙戦略で茜さんに遅れはとっても、舌先三寸では千織に負けない自信がある。本音は、誰が帰ってくるかも分からない教室で恥を晒すのが嫌なだけって言うな。 『 『 『き、君達〜。人類はラブ&ピースじゃないかぁ。仲良くしようぜぇ』 「……」 この、優柔不断で軽薄な男を俺がやる訳なんだよな? くっ、色白美男子で、寡黙ながらも頼り甲斐のあるナイスガイで通ってるこの俺のイメージが壊れてしまうではないか。だけど、ここで文句を言って綾女ちゃんと岬ちゃんの機嫌を損ねるリスクを考えて、男のプライドはゴミ箱へ放り捨てることにした。 『トマトピュ〜レ』 『鴨南蛮テイスト〜』 『ジャパニーズ領土問題〜』 「ちょっとタンマ」 「どうしましたの」 「男主人公の、奇々怪々な発言は何?」 「個性付けですわ」 間違ってる。綾女ちゃんは、確実に色々な意味で間違ってる。とりあえず、演出改善という名目で後々やんわりと苦言を呈そうと思う。 『雅! あんたのその手は読みきってるわよ』 『ところがどっこい。ここで大逆転タイム』 『なっ!?』 とても、男を巡っての勝負に見えない辺りが奥深い。と言うか、何で争ってるかと言われるとオセロな訳で。舞台演劇としては地味すぎる気がしてならない。綾女ちゃん、速く書くことだけに特化して、思い付きを書き連ねやがったな。 「オーケー。概ね、流れは把握した」 ところで今更だけど、これのどこら辺が希望編なんだろうか。茜さん同様、綾女ちゃんの脳内もブラックボックスな部分が多い。 「細かな手直しは幾らか必要だろうけど、難しく考える余裕は正直無い。これで何とか乗り切ろうじゃないか」 よしよし、ちょっとづつだけど、学園祭全体の展望が見えてきたぞ。後は、時間と体力の勝負になりそうだ。 「ほえ? 皆、何してんの?」 突然、扉を開けて教室に入ってきたのは、りぃだった。貴様、携帯の充電を怠ったな。この、現代っ子失格者め。 「ちょうど宜しいですわ。主演の三人が揃ったことですし、一度、本読みをして頂けませんこと」 ゲ――今日のところはこれで煙に巻こうと思ってた俺の計画はどうなる。 「それじゃ、七原先輩が菊人さん、椎名先輩が理沙さん、私が雅さんですね。名前の頭文字と長さが同じですし、多分、私達をイメージしてこの名前にしたんでしょう」 「その通りですわ」 そうだったのか。気付きもしなかった。 「脚本、出来たんだ。これで良いんだよね」 「あ……」 りぃが手に取ったのは、難解度では他の追随を許さない錯乱編だった。だけど、俺を含めて誰も止めようとしない。きっと、俺と同じく、どの様な反応を示すか見物したいのだろう。果てさて、どう出るか。 「う、う〜んと、何て言うか、凄いね」 「具体的には?」 「こ、この精神世界に溶け合って、全てが一体になる下りなんて表現するのが大変そうだよ」 こやつ、既に女優気取りか。でも、面白いからもう少し傍観することにしよう。 「あれ? こっちはちょっと話が違うけど続編?」 何でこんなやっつけ仕事の祭に続編を用意しないといかんのじゃ。ってか、これをちょっとと言い出すりぃは、少しばかり大物なのかも知れない。 「そちらは、没になりそうな案ですわ。今のところの最有力候補はこちらですわよ」 「ほへ、そうなんだ」 残念、ここでネタばらしか。まあ、これ以上引っ張ると、軌道修正も難しいし、これくらいにしておこう。 「うんうん。このくらいなら、何とかなるかな」 俺達の中で、一、二を争う大根が良く言うなと思う。だけど、それなりの人気女優であることも事実だ。何という、現代演劇界の縮図だろうか。世の中、切ないものだねぇ。 「大丈夫ですわ。ちゃんと演技力も考慮しまして、殆ど素で演じられる性格に設定してありますわよ」 「ありがとう。その細やかな配慮、心の底から感謝する」 だけど待て。つまり、菊人は俺に近いということか? 有り得ぬ。絶対に、有り得ぬことであるぞ。 ――学園祭開催まで、残り十二日。 結:私達、出番がなーい。 舞:これって何々? 組織の陰謀? 海:きっと、私達の人気に嫉妬した何者かの仕業よ! 舞:絶対に、学園祭では目立って見せるんだからね! 海:それじゃ、次回、『不埒な奴らの祭り事 五』だよ。 結:私達のこと忘れたら、お仕置きしてあげるんだから。
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