「さて、君達の奔放な行動に依り、創作劇が独創的なものになったが、私は広い心を以って受け流そうと思う」 「受け流したらダメだろうが」 そんな遊那の野次も、受け流すことにした。 「それで、本題だ。我々が立案すべき最重要課題である生徒会独自企画。学園全生徒が自由に参加可能で、且つ我々にしか出せない味を提供するという条件を満たした物が求められているのだよ」 「あの、その件に関してなんですが」 岬ちゃんが、片手を上げて意見を述べてきた。 「私達は執行部の枠組に入ってる訳ですけど、他にもメンバーは居る訳で、ここで勝手に決めて良いんですか?」 「一応、他の奴らにも打診したぞ。だけど全員、『自分のクラスと部活で精一杯だから、そっちで勝手にやってくれ』と、心温まる返答をしてきた」 「何と言うか……それで良いんですかね」 「これもひとえに、舞浜生徒会長様の人徳が成せる技だな」 「そんなに褒めないでくれよ、公康」 本人が満足なら、俺は敢えて何も言うまい。 「しかし、簡単に企画を出せと言われてもなぁ」 「お前、普段、学園一のアイディアマンを自称していただろ」 「あれは営業トークだ。これだけ無闇と一番さんが氾濫する時代に於いて、全米ナンバースリーヒットなどと言って、誰が食いつくと言うのだ。いや、逆に新しい気もする」 「自分で言いながら、台詞を破綻させないで下さい」 正直、自分でもそう思う。 「うーんと、隠し芸大会とか、オーソドックスで良いんじゃない?」 「りぃ、全く以ってつまらぬよ。たしかに、面白人間は集まるだろう。しかしそれはあくまで、自分を面白いと思っている者が集まるというだけだ。本当に笑えることをする奴など、十人に一人居れば良いところだろう」 「だが学園祭など、その程度の自己満足発表会だろ」 そう核心を突かれると、ちょっと困るんだけどどうしよう。 「でしたら、大食い大会とかどうですか?」 「予算、そんなに無いんだよなぁ」 「シュークリームの大量自作なら、案外、安く済みますよ」 「自分が食べたいだけだろ」 この子達は本当に――。 「あ、じゃあ、勝ち抜き激辛バトルっていうのは? 一回戦は十倍の辛さで、勝つ度に倍々で増えていって――」 「一度、食べ物から離れようか」 いつものことながら、収集する気配すら無い。 「夏だし、可愛い子の水着とか見たいなぁ」 「千織、貴様、全く分かっておらんな。水着とは、水辺でこそ映えるもの。寒々しい講堂の上でその姿を晒すなどとは、聖書に於ける七つの大罪に相当するほどの愚行。お話にもなりませんですよ」 「何を言うんだ、公康。たしかに、水が無いところでの水着は本道で無いだろう。だけど、世の中にはミスマッチの調和というものがあるんだ。苺大福の絶妙さを否定すると言うのなら、僕は徹底的に戦わせて貰うよ」 「男の子同士で、下らない議論をしないで下さい」 男の本能を否定されて、ちょっとブルーな気分だぜ。 「大体、昨今は、男女差別を助長するとかいう訳の分からない論理で、ミスコンは開催が難しいんだぞ」 「それは、ビューティフルコンテストとか、男女問わず参加できるシステムにすれば、潜り抜けられるよ」 「お前、自分自身で出る気だな」 女装に目覚めた奴はこれだから――。 「となると、サバイバルゲーム以外有り得まい。この広大な園内を全て使った、スペクタル的バトル。安全に配慮して、武器を輪ゴム弾程度に落とすくらいの妥協はしてやる」 「何を根拠に、そんな上から目線なんだ」 流石は遊那様だ。こちらの想定の超えてきてくれるぜ。 「綾女ちゃんは何か意見無いの?」 「――何か仰いました?」 「いえ、何でも無いです」 声を掛けてみたものの、一心不乱にペンを走らせる様を見て、何も言えなくなってしまう。い、一体、何を書いているんだろか。知りたいんだけど、知りたくない。現実からは目を背けるが吉だ、そうしよう。 「でもまあ、うちの学園最大の目玉と言えば選挙ですよね」 「千織をリコールでもすんのか?」 「公康ぅ……」 甘えた声を出すな、気持ち悪い。 「うちの学園の規定では、生徒会長のリコールが成立しても再選挙ではなく、次点、即ち一柳さんが繰り上げですけどね」 「それって、綾女ちゃんと西ノ宮も失脚させれば俺が生徒会長になれるってことか?」 現実的な意味で、茜さんを含めたしっかり者の三人をどうやったら引き摺り下ろせるか、さっぱり分からないけど。 「理論上は可能ですけど、そんな不自然なことが起こって、生徒がついてくるとは思えませんね。現政権に、それ程の不満が溜まってる訳でもありませんし」 「それは残念」 実際問題として、そんな御下がりで総理や首長になっても喜ぶオッサンが多いから困る。 「しかし、選挙というのは良い発想だな」 そこから何かを広げれば、良い案が出るのは無かろうか。 「……!」 「何か、閃きましたか?」 「選挙戦の肝とは、何だね」 「相手を如何に蹴落とすかですかね」 ちょっと待て、エレクトラルガール、和訳すると選挙娘。 「そういう裏の部分じゃなくて、表向きの話だ。有権者は、何を以って投票する相手を選ぶ」 「私達に対して、如何に利益を還元してくれるかだな」 「その通りかも知れんが、生々しい表現をするなよ」 良い感じで、自分が何を言いたいか分からなくなっていく。 「あー、つまりだ。政策や討論で自分の主張に最も近い人を選ぶというのが筋であろう」 「ネガティブキャンペーンは、世界各地で横行してますよ」 「具体名は伏せるが、あからさまな組織票を集める団体は幾らだってあるぞ」 「結局、現金を幾ら使ったかが正義って風潮はあるよね〜」 君達、ちょっと若者らしからぬ冷めっぷりでは無いですかね。 「だから、だ。つまりディベート大会を開催してはどうかと俺は言いたい」 「ほへ?」 「我ら、この学園に生きる者にとって、最大の祭りとは選挙戦だろう。しかしそれはあくまで学生生徒会を統べる者を決める真剣勝負で、余分な遊びは入れられない。そこをパロディちっくに歪めて、何でもありの大討論大会を開催する。御題目はランダムで選ぶとすれば、西ノ宮の様な論客に絶対的優位とも言い切れず、ショー的な要素も充分に確保できるはずだ」 「要するに、うちのクラスでやる恋愛話の二番煎じということか」 「二番煎じとか言うな」 そこには、普通に傷付く人が居るんだぞ。 「でも、悪い案じゃありませんね。その理由を述べると、先ずうちの学園らしいこと。そして講堂は生徒会権限で一定時間以上借り受けられますし、特別な用意も必要ありません。勝敗の審査は観客に委ねるとしても、簡単な集計装置か、パネルの様なものを作ればこと足ります」 「ところで、岬ちゃんが思うところで良いんだが、司会進行は必要かね?」 「難しいところですけど、純粋に討論を煮詰める為には、紹介をする程度に留めておいた方が良いかも知れません。その司会の主観、人生観等々が結果に露骨な影響を及ぼしかねませんから。唯、エンターテインメント性を重視するのであれば、場が硬化した場合を視野に入れて、介入させることも考えるべきかと思われます」 「極力、おまけの方向で行こう、そうしよう」 「何で、そんなに必死なんですか?」 只でさえクラスでの司会が決まってるというのに、そんな大仕事、引き受けたくないからに決まってるじゃないか。 「でもさ。ここで派手に目立っておくと、秋、有利になったりしないかな?」 りぃ、余計なことを言うな。俺は既にパンク寸前なんだぞ。これ以上、余力などあると思うなよ。 「まあ、いずれにしても、一度、模擬的なものを試してみるべきかと思われます。何となく面白そうな雰囲気はありますけど、それを客観的に見ない限りは怪しいものがありますから」 「オーケー」 まぁ、良かった良かった。これで何とか目処が立ったと見ていいだろう。ダメそうだったら、そん時は千織に押し付ければ良いや〜。 「それじゃ、模擬論戦は、七原先輩、西ノ宮先輩、一柳さんの三名で良いですね」 「……」 ん? 「今、何か、妙な展開が無かったか?」 「無いと思いますよ」 「いやいやいや、俺と誰かがどうとか」 「そんなに驚くことでもないと思いますけど。西ノ宮先輩は、言うまでもなく学園で一、二を争う論客ですし、一柳さんも然り。この二人が揃えば、七原先輩が出ない道理は無いですよね?」 「い、いやさ。二人じゃダメなのかな〜って」 「二人とも、正面から敵を撃破する正統派であることに加えて、女性です。場を乱す為と言いますか、様々な角度から検証しようと考えた場合、七原先輩が加わることが最適かと思われます」 俺は、道化師か何かか。 「と、と言うよりさ。一般生徒の参加を前提としてるんだし、論戦経験者ばっかりで固めるのもどうかと思わないかい?」 「たしかにそれもそうですね。遊那ちゃんと椎名先輩もプログラムに加えておきます」 「は、はにゃ!?」 「ちょっと待って貰おうか、岬」 こうして、着々と犠牲者は増えていく。 「千織はどうすんだ?」 「正直なところ、実に評価を下しづらいんですよね。お姉ちゃん抜きの舞浜千織個人がどれ程のものなのか、判断しきれないのが実情です。面白そうだから、メンバーに加えてしまいましょう」 桜井の血は、時に何処までも罪深い。 「今日は時間もありませんし、明日の放課後、講堂を使って試してみることにしましょう。先輩、西ノ宮先輩に、話をつけておいて下さいね」 「へーい」 岬ちゃんは本気を出すと、陣営の誰だろうと容赦無く使う辺りが恐ろしい。 「では皆の者、大儀であった。下がって良いぞ」 「こいつは、世間様に迷惑を掛ける前に、私的な制裁を加えるべきだと思うんだ」 遊那さん、そんな怖い目で見詰めちゃイヤン。 「いやぁ、今日は働いた、働いた」 「余り、労働をしない人に限ってそういうことを言うんですよね」 何だか、今日の岬ちゃんはやたらと攻撃的だぜ。 「さぁて、帰ろうぜー。そろそろ下校時間だし」 「何を言ってるんですか、後、三十分もありますよ」 「まだ何かやるのかよ?」 正直、会議のし過ぎで、頭がヘロヘロなんだけど。 「勉強です」 「――イマ、ナント?」 想定外の発言に、カタコトにもなりますよ。 「私は、先輩の学園祭までのスケジュール管理を任されました。と同時に、七原公康の選挙参謀として、期末試験で無様な結果を残すことを看過する訳にはいきません。以上のことから、少なくても学園に居る間は、私の指示に従って貰います」 「あ、いや、まあ、仰りたいことは分かりましたが、それ、明日からでも良いのでは――」 「今日やれることを今日やらない人は、自ずと、一生の仕事量が決まるんです」 「全く以って正論な御高説、ありがとうございました」 俺は今、逃れようの無い無限回廊の只中に居る。そのことを心の芯まで思い知らされていた。次いで、口から漏れた言葉は――。 「分かりました、頑張ります」 飼い慣らされた羊の、悲しいまでの従順性だった。 ――学園祭開催まで、残り十六日。 茜:皆、私が居なくても立派に働いてくれて、ちょっと寂しいかな。 綾:どうしろと仰りますの。 茜:う〜んとね。散々、悩んだ後、 私に相談して颯爽と助け舟を出すパターンかな? 綾:何という、美味しいところ取りですの。 茜:ヒーローはね。遅れてやってくるものなんだよ? 綾:お姉さまはヒロインにしかなれないという点は、 触れないでおいて差し上げますわ。 茜:という訳で次回、『不埒な奴らの祭り事 参』だよ。 綾:私、クラスで避けられてるなどということはありませんわよ。
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