「ところで、千織。生徒会企画はどうなってるんだ?」 「ふえ?」 「……」 お前、ここのところ、脳が弱くなってないか? 一応、成績だけは優等生の部類だったはずなんだが。 「生徒会独自企画! クラスやクラブの枠組みに囚われない園内全てを対象とした総合的な出し物だろ! 生徒会長のお前が何も考えて無いとか有り得るのかよ!」 「おぉ!」 だ、ダメだ、こいつ。すっかり傀儡に慣れきって、自立思考能力を失っている。先進国の首脳クラスでもこの病気に陥ってる奴が多い辺り、タチ悪い。 「まー、茜さんに聞けば何とかなるでしょ〜」 「そうだと良いんだが、どうもあの人はなぁ……」 何度と無く、面倒事を背負い込ませてくれた大人物だ。こっちの思い通りに動いてくれるとは考えにくい。 「ごめ〜ん、千織君。ちょっと仕事が入っちゃって、学園祭、手伝えそうもないんだ」 「ほら、な」 本当、この人は色々な意味で期待を裏切らない。 「ほら、もうすぐ市議選の告示がされるでしょ? それで幾つかの候補者を兼任することになっちゃったのよ」 「化物ですか、あなたは」 「大丈夫、大丈夫。うち程度の市議なんて、よっぽどのレベルで頭のネジが外れて無くて、一通りの社会的信用があれば、大体、受かるんだから。真面目な話、うちの生徒会長仕立てる方が大変だよ」 さりげなく、凄い問題発言が飛び出した気がしないでもない。 「だからね。千織君には悪いけど、学園祭はお願いするわ」 「えー!? ぼ、僕がぁ!?」 この学園は、本当にこの男で良かったのか。たしかにあの選挙は、過大な演出があった。しかし投票で長を選んだのだから、その責任は有権者にもあるのではなかろうか。民主主義最大の業を、垣間見た気がした。 「私だって、学園祭に関われないの辛いんだよ。だけど本業が詰まっちゃったんだからしょうがないじゃない」 あなたの本職は、既に女子高生では無いんですね。このレベルでのプロ意識を持った十代がどれだけ居るのか。世の中は本当に奥深い。 「もちろん、全部、一人でやる必要は無いから。公康君を含めて執行部の誰を使っても良いし、必要だと判断すれば外部からでもどんどん登用してね」 「つまり、僕の為に働いてくれる下僕を選出すれば良いんだね」 千織、それは決定的に違うぞ。 「ところで公康君」 「何ですか」 「この間、皆でやった創作劇のこと憶えてる?」 「忘れられる訳が無いじゃないですか」 何しろ、生徒会選挙の目ぼしい候補者が謎のドタバタ劇を演じたのだ。どれかと言うと、消したくても消せない記憶に分類されている。 「実はあれ、一部ですっごく好評でね。学園祭で舞台公演することが決まったのよ」 「へー……」 ――ん? 何か凄い違和感が無かったか? 「って、何で当事者の俺が、今、それを聞いてるんですか!?」 「まあ、それはさて置いて」 絶対にさて置いて良い問題じゃないけど、追求しても疲弊するだけなのでやめておいた。 「と言うか、茜さん、監督兼脚本兼演出でしょ。居なくなったら、どう考えても回らないんですが」 「うん。だから公康君に引き継いで貰おうかなって」 「……」 オーケー。落ち着こうぜ、俺。 「ハハハ、面白いことを言いますね」 「割と本気なんだけど」 「無理ッス。俺にそんな才能、無いッス」 いや、挑戦する前からこう言うのもあれだけど、二週間そこそこで結果を残すと言えるほど自信家じゃないし。 「もちろん、こっちも全部一人でやれなんて言わないから。演劇部とかに協力を要請して良いよ」 「文化部はそれぞれ独自の発表があるでしょうから、俺達に付き合ってくれる暇は無いと思いますよ」 何と言うか、衝撃が多過ぎて、そろそろ脳が処理落ちしそうだ。 「えーと、ちなみにですが、これを生徒会独自企画として提案してるんですよね?」 そうだとすれば、無理してでも強行すれば問題の一つは解決――。 「もちろん、別腹だよ」 「……」 もう嫌だ、そろそろ家に、帰りたい。 「だって、生徒会企画は一般生徒が無制限に参加出来ることが最低条件だもん。アドリブで観客と絡む作品にするっていうなら話は別だけど」 「そんな難易度高いこと、出来るはずがないでしょうが」 頭が、頭がパンクしそうだ。ボクは一体、どうしたらイイノ。 「いやぁ、お茶はやっぱり、宇治に限るよね」 「千織君。俺は一体、誰の為に苦労してるのかな。本気でその態度を続けるつもりなら、俺はいつだって降りてやるよ」 「ごめんなさい、公康。ちょっと権力に胡坐を掻いて、調子に乗ってました」 分かれば宜しい。いや、分かって貰ったところで、何も進展はしないんだけどさ。 「ん〜、だけど、舞台の方は断れないと思うよ」 「どういうことですか」 正直、これは茜さんが勝手に進めただけで、俺は被害者面して良いと思うんだ。 「ねぇ、公康君。現代の政治家がやりたいことをやる為に一番大事なことって何だと思う?」 「は?」 いきなり、何の話でしょうか。 「え〜と、一緒に戦ってくれる仲間ですかね?」 「う〜ん、それも大事だけど、同志を集める為に必要な根幹があるでしょ?」 「根幹、ですか」 まさかとは思うけど、金とか言い出したりしないだろうな。ある意味、充分に納得出来るものである辺り、俺も毒されてると思う。 「あ……」 ふと、一つのことに思い当たった。 「政治家が政治家たる大前提として、選挙に勝つことがある。それが無ければ政策も立案できないし、人も付いてこない。そしてその当落を決めるのは――」 「そ、世論。言い換えれば一般市民の人気だよ。一部、一般とは言い難い市民の組織的な力で当選する議員も居るけど、熱狂的に支持されてる以上、この範疇だよね」 「はぁ」 質問の目的地は把握したが、話の到達点はさっぱりだ。 「それで、公康君は、秋の選挙出るの?」 「え、ええ。完全に決めた訳じゃないですけど、環境が許せば、最大限善処しようかと」 すっかり、政治家トークが身に付いた俺が居た。 「ってことは、舞台公演を断ったら、支持率ガタ落ちだよね」 「……」 成程、ようやく繋がった。 「公康君に期待してる人って多いんだよ〜。あぁ、その人達がガッカリする姿が、目に浮かんじゃうよ」 この人、仮にならなくても、そう仕向けると暗に言ってるな。こ、これは完全なる脅迫アル! 訴えるアル! 「公康〜、何の心の準備も無く茜さんに対峙した君が悪い。諦めると、楽になれるよ〜」 生徒会選挙告示日以来、すっかり牙を抜かれた野良犬が居る。女とは魔物だ。親友の堕ち切った姿を目の当たりにして、ふと、そんなことを思った。 「さて、諸君。よくぞ集まってくれた」 「ほぅ、呼び付けておいてその態度とは、中々に尊大だな」 「ごめんなさい。土下座でも靴舐めでも致しますから、力をお貸し下さい」 自分で言うのも何だが、この臨機応変さが、俺の良いところなんだと思う。 「私、先輩のスケジュールを管理する様に頼まれたんですけど、それってどちらかと言うと秘書の仕事ですよね」 「岬ちゃん、いや、岬さん、お願いします。色々と詰まってるんです。一人の力では多分、無理だと思うんです」 「仕方ありませんね。そこまで言われたんじゃ、断る訳にはいかないじゃないですか」 何処となくつっけんどんな物言いだけど、口の端がちょっと上がったのを見逃さなかったぞ。やっぱり、選挙参謀の血が騒ぐんだな。血統は侮れないものだぜ。 「えっと、それでだ――」 改めて、生徒会会議室に集まった面子を見渡してみる。俺、千織、りぃ、岬ちゃん、遊那、綾女ちゃんと、呆れかえる位、いつも通りの面子だ。他の友達は協力的で無いと言うか、役に立たないので除外した。あ、西ノ宮は例外な。彼女にはクラスの企画書を頼んだのでここに居ないだけだ。ハブにした訳ではない。 「うん、そうだな。とりあえず創作劇の舞台公演について、草案で良いから纏めちゃおうか」 茜さん曰く、ドラマ仕立てで放送した作品のことは綺麗さっぱり忘れて良いとのことだ。それはそれでどうなのかとも思うけれど、あの味を他人が出すというのも酷だ。白紙状態から構築した方が、むしろ早いだろう。 「誰か、脚本出来る人、知り合いとかに居ないか? 別に、有名作品をベースにしても良い――」 「それには及びませんわ」 不意に、綾女ちゃんが俺の言葉を遮った。 「こう見えましても私、中学まで小説家を志しておりましたの」 つい三ヶ月前まで中学生だっだろうと思うのは、俺だけじゃないはずだ。って言うか、トレジャーハンターといい、この子は夢が多いな。 「任せて、良いの?」 何やら不安が拭いきれないせいで、ちょっと戸惑った声色になってしまう。 「任せて下さいまし。今までに無い、斬新な作品を提供させて頂きますわ」 別に無難なもので充分なのだが、こういう時、人は何ゆえ攻めたがるのだろうか。だが本人がやりたいと言ってるんだから委任しよう。正直、全てに細心の注意を払えるほどのゆとりは無い。 「で、演出と監督だが――」 「先輩がやったら良いんじゃないですか?」 「俺、経験とか無いぞ」 「どうせ誰も無いんですから、大差無いですよ。もしコケても、お姉ちゃんのせいにしてみせますから、安心して下さい」 この姉妹の非情さは、時たまついていけないことがある。 「まあ、脚本があるなら何とか……なる、のかなぁ?」 自信は無いが、検討する時間も惜しい。見切り発車で決めてしまおう、そうしよう。 「では、創作劇については、脚本が出来てから考えるということで」 「ちょっとタンマ。せめて、主役が誰かくらいは決めた方が良いんじゃない?」 「たしかに、そちらの方がイメージし易いですわね」 「ほむ」 道理だな。しかし、誰を主戦級にするかを議論して決めるとなると、収集がつかないのではなかろうか。端的に言うと、面倒臭い。そこで導き出した方法は――。 「クジで良いか?」 原始的且つ、極めて公平な提案をした。 「良きに計らいたまえ」 千織は、生徒会長職を、立憲君主制か何かと勘違いしている節がある。 「アミダは微妙にめんどいから、と」 一人ごちて、手元にあるメモ用紙に主要なメンバーを、次々と書き込んでいった。次いでそれらを均等に破り、近くにあったコンビニ袋へパラパラと入れる。 「じゃ、舞浜生徒会長殿。お手を拝借。主人公と主役級で、二枚お願いします」 「うむ」 ガサガサと、ビニール袋の音を立てて中に手を突っ込んだ。どれを取っても確率は一緒だろうに、吟味する辺りが千織だと思う。 「今、僕の指先に神が宿ったよ」 「御託は良いから、とっとと選べ」 「よっと」 長々とした前置きの末、ようやく引き抜いた。 「って、三枚あるぞ!」 「はにゃ?」 俺らの中で、この男が天然ボケ担当である現実が、今一つ釈然としない。 「良いんじゃありませんこと。二人も三人も、大差ありませんわ」 その考え方が本当に間違って無いのか、俺には判断しかねるけど、もうそれで良いや。 「んで――」 三枚の紙片に覗き込んでみると、岬、公、莉の三文字が――。 「……随分、偏ってるな」 ちゃんと、大村先輩らも入れたはずなのに、この結果は無かろうに。 「決まりましたわ。三角関係の恋愛物を書かせて頂きますことよ」 「早いよ!」 「私、茜お姉様程では無いにせよ、楽しいことが大好きですの」 だ、ダメだこの面子。次から次へと問題を持ち込んできやがる。とは言え、一人で処理する能力を持たない俺には皆に頼るしか術が無い訳で――甘んじて全てを受け入れる覚悟をして、首を縦に振るのだった。 岬:まさかとは思いますけど、 指先で文字が読める能力なんてありませんよね? 千:あー、その考え方は無かったなぁ。 出来たら、もっと面白いメンバーにしてみたんだけど。 岬:具体的に、どうするんです? 千:二階堂先輩と若菜先輩を公康と絡めて、 どう処理するかなって見てみたかったね。 岬:さりげなく、ちょっとサドッ気があるんですね。 千:ふっふっふ。という訳で、次回、『不埒な奴らの祭り事 弐』だよ。 岬:何だか、やれやれな展開になってますよね。
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