前略、御父様。貴方の不肖の次男坊は今、何故か山で宝探しをしています。何がどうなってこの様になったのか。それは私の女運の悪さに起因しているのですが、御父上にも一端の責任があると言わざるをえません。何故、あの様な良く分からない巻物を保有していたのでしょうか。もしや、こうなることを予想してたとでも言うのでしょうか。電話にも出て頂けませんし、どうして良いのかが分かりません。ですが何とか、自分の力で頑張ってみることに致します。ことに何かしらの展開がありましたら、又、メールさせて頂きます。草々。 「んで、だ」 「き、公康。足が、痛いよ……」 「千織を連れて来ると行った奴は誰だ」 何と言うか、もう、この展開はコリゴリだ。 「公康君、千織君の保護者として頑張らないと」 「いや、むしろあんたが監督者のはずだろ。選挙的な意味で」 「〜〜♪ 〜〜♪」 実利は貪り、責任は回避する。こ、これが政治で飯を食う者の実体か。 「ふむふむ、成程。仮にこの線が川を指し示しているのだとすれば、位置的に合致しますね」 「でしょ〜。これはもう、本物だと断定するのが筋ってものだよね」 世間的に、それは只の妄想と表現するのが普通だと思う。トレジャーハンターが陥り易い展開だ。 「大体、その×が宝だって根拠は何なんですか」 単に、誰かが住んでた場所を教える為のものかも知れない。よしんば、何かが埋まっているとしても、何処かの小学校のタイムカプセルかも知れない。昔は価値があったけど、今は産廃同然のものかも知れない。何にしても、真っ当なものが見付かる可能性は、限りなくゼロに近い。 「公康君、分かってないな〜。宝探しっていうのはね。金目の物を探すんじゃなくて、夢を探すものなんだよ」 「宝くじに群がる方々みたいな発言はやめて下さい」 この人は、クリスマス前夜に於ける少年少女の如く、テンション高く飛ばし過ぎだと思う。 「血がたぎりますわ、燃え上がりますわ、高揚致しますわ。私、小さい頃の夢の一つがトレジャーハンターでしたのよ」 今でも充分小さいよね、何て恐ろしくて言えやしない。 「だけどまあ、吊り天井のトラップがあっても、助かる公算がちょっとだけ高いから有利かもな」 「限定的過ぎて、何の役にも立ちませんわね」 正直なところ、俺もそう思わないでもない。 「七原ー、疲れた。おぶってくれー」 「肉体派がいきなり堕落するな!」 こういう時に働かず、どういった局面で活躍する気なんだ。 「何を言うか。茜や岬に隠れて目立たんが、これで意外と頭脳労働者だぞ」 寝言は、眠りに就いてから言うべきものなんだと、本気で思う。 「だけど公康の家って面白いよね。何で発掘セットなんてあるの?」 「基本的に、俺の家族がやることだ。何があろうとイチイチ驚いてたら長生き出来ないぜ」 言いながら、微妙に切ないことを口走ってることに気付いて、少しヘコんだ。 「つうか、特に訓練を積んでないお前が、何故その様な重装備で動けるかの方が興味深い訳だ」 千織など、背負って立ち上がることさえ出来なかったんだぞ。いや、それは奴の方に多大な問題があるとも言うんだが。 「んで、岬ちゃん。あとどれくらい歩けば良いのさ」 「えっと、三十分くらいですかね」 「ほむ」 千織を置き去りにするか、小休止を入れてでも連れて行くか、中々に判断が難しいところだ。 「岬ちゃんは、千織をどうすれば良いと思う?」 「そうですね。熊に襲われても動けないのか、ちょっと確かめてみたい気分です」 「まあ、実際問題として、楽をする為のヘタレ演技臭いところはあるな」 スズメバチくらいなら試しても良いんじゃないかって、悪魔が囁いてる気がするよ。 「だけど、もし本当に潰れてたらどうするんだ?」 「ここに居る面子なら、日本の熊一匹くらい何とかなると思いますよ。今は餌も豊富で、そんなに凶暴じゃないはずですし」 「それはそれでどうなんだ」 たしかに、神の拳を持つ少女、魔銃を備えし狂獣、神算の謀計姉妹と、戦力的には学園でも屈指だけどさ。頭であるはずの生徒会長がこんな状態じゃなければ、もうちょっと様になる気もするんだ。 「時刻で言えば、そろそろ昼時ですわ。食事休憩を入れて、英気を養いませんこと」 「ああ、そうだな」 色々考えてみたが、千織を置き去りにすると言っても、最終的には連れて帰らなくてはいけない訳だし、やっぱりここは自分の足で歩いて貰うことにしよう。 「ううっ、携帯食料って、こんなに美味しかったんだね。スポーツドリンクも身体に染みるよ」 たかだか一時間やそこらの山登りで、何日も漂流したみたいな台詞を口にするな。何にしても、千織は間違いなく遭難に耐えられないことは理解した。本格的な登山をすることがあっても誘わないことにしよう。 「それで、お姉様」 「ほえ?」 まるで呆気に取られたかの様な面持ちで、茜さんは返答した。 「何が目的ですの?」 「ん〜。毎日毎晩、世界の皆が心の平穏を得られるようになれば良いかなって思ってるよ」 何でこの人は、そんな微塵も思ってないことを口に出来るかが分からない。 「まあ、冗談はさておいて」 そして、自分で全否定出来る感性も、今一つ理解が及ばない。 「昔、良くこの辺りに遊びに来たんだよね」 「そう言えばそうだったな。秘密基地作りを手伝わされたものだ」 普通、それは男の子の遊びだと思うのは偏見でしょうか。 「別の男の子グループも似たことしてたんだけどね。ちょっかい出してきたから、たくさんトラップ張ってみたら、泣いて帰っちゃったのよ」 「あったあった」 この話題は、一笑に付して問題が無いのでしょうか。私には判断しかねます。 「お姉ちゃんはその時にPTAまで巻き込んで、大騒動になったんですよ」 「噂の、モンスターペアレントって奴だよね」 「どう贔屓目に見ても、モンスターは茜さん、貴女です」 「てへっ」 これ程までに、誤魔化し笑いが可愛くない人も居ないだろうと思う。 「あ、もちろん、保護者の面々は完膚なきまでに言い負かしてきたから安心してね」 「小学生の時分から何をしてるんですか」 と言うより、安心どころか、少し嫌な気分になっちまったぜ。 「でも、そんなことがあったから、ちょっと疎遠になっちゃったのよ。青春時代の終焉って、いつだってあっけないものだよね」 もう、何処からツッコミを入れて良いのかが分からない。 「それでね。最近まですっかり忘れてたんだけど、懐かしくてまた来たいなーって」 「ほぅ」 何だか、筋が通ってる様に感じてしまった俺は末期なのかも知れない。 「つまり、要約すると、暇潰しに付き合わされたと」 「違う違う」 「ん?」 何か、他の展開があるのか。 「その時に宝物を忘れちゃってね。一緒に探してくれないかなって」 「日雇い人夫か、俺らは!」 「日給は出せないと思うけど」 「なおさら悪いわ!」 俺達の会話は、混迷の度を増す一方である。 「見付かったら、感謝の意くらい表明しようと思うけど」 「姉ちゃん、舐めたこと言わはりますな。世の中、気持ちで通るほど甘いもんやおわしまへん。誠意っちゅうのは重いもんでっせ」 「お前ら、その漫才、終着点はあるんだろうな」 遊那に言われると、果てしなく釈然としないのは何故だろう。 「ま、まあまあ、公康、良いじゃん。ハイキングに来て、皆でワイワイやったと思えばさ」 「りぃ、その考え方は、痛みを忘れた民衆の発想だ。俺は戦う! 税金の垂れ流しは許さん! そして、官僚が美味しい思いをするこの体制へ渇を!」 「今時、学生運動程度の扇動で国家に騒乱を与えることなど無理ですわよ」 「非常に、冷めた御意見ありがとう」 ここに居る面子が本気を出せば何とかなる気もするけど、纏めること自体が果てしなく難儀だと思う。 「分かりました、お手上げです、降参します。だから、とっとと終わらせましょう」 人間、体制を打破できるだけの器量が無ければ、諦めるというのも立派な選択肢だと思う。 「それじゃ、私の宝探しに、れっつご〜」 嗚呼、俺の人生、後にどれだけこの人に振り回されるのか。考えるだけで頭痛が絶えない。そんな気持ちになる土曜の昼下がりだった。 「洞窟、ですね」 「うん、洞窟だね」 「どなたか、天照大神の御血脈であらせられるのでしょうか?」 天照大神とは、実の弟、須佐之男命に苛められた末、洞窟に引き篭もって太陽まで隠した、日本が誇るヘタレクィーンである。こんなのが日本国の最高神な辺り、民族性というものが伺えてしまう。ちなみに、皇族の権威の大本を辿ると、天照大神直系の子孫であることに行き着くらしい。 「物は考えようですわよ。皇族と言えど、千何百年も続いている以上、多数の家系が派生しておりますもの。つまり、殆どの日本人は大なり小なり、天照大神の血族ということになりますわ」 結局、俺達は何を論議しているのか、今一つ見えてこない。 「んで、こんなところに秘密基地を作ったんですか?」 せいぜいがダンボールを組み合わせた程度の物だと思っていただけに、ちょっと驚いた。 「凄いでしょ。地元の人でも知る人ぞ知る場所だから」 この人は、幼い妹を連れて、道に迷ったらどうしようとかいう想定はしないのであろうか。 「それじゃ、中に入ってみるか。りぃ、懐中電灯あるか?」 「ヘルメットに付いてるやつなら」 本当、一体、何を想定した上でこの用具を揃えたのだろうか。深遠すぎて、俺には分からねぇ。 「こうして見ると、あんま広くないよな」 洞窟と言っても、所詮は子供の遊び場。真っ当に成長した俺が腕を広げれば、両の掌をくっつけられる。頭の方もギリギリだし、気を付けないと危なそうだ。多分、ヘルメットに感謝することになるんだろうな。 「茜さん、奥行きはどんくらいあるんです?」 光を翳してみたものの、微妙に曲がっている為、突き当りを確認することは出来なかった。 「うーんと。二十間くらいだったかな」 「何の意味もなく尺貫法を使わないで下さい、混乱しますから」 尚、一間はおよそ一.八メートルなので、三十から四十メートルといったところに相当する。 「全員で行っても詰まるだけだろうから、三、四人に絞るか。行きたい人」 「ハイ!」 茜さん。そんな給食のプリン争奪戦じゃないんで、全力で手を上げなくても良いです。 「えーと、茜さんと綾女ちゃんと……これで終わりか?」 「茜のトラップが残ってるかも知れんのに、付き合うアホが居るか」 「同上です」 五年以上前に、ほんのお子様が作った罠が有効とか、笑いどころですよね。 「き、公康……ぼ、僕の遺志を、継いでくれ……」 こういう手合いは、案外、何があろうと生き残るから困る。 「それじゃ、三人目は公康君だね」 「一切、論理が存在しませんけど、乗りかかった船です、付き合いましょう」 どちらかと言うと、毒を食らわば皿までと言った方が近い気もする。 「はい、公康」 「ちくしょう。ヘルメットが二つだったらそれを理由にゴネようと思ったのに、きっちりと三人分あるし」 「人生、そんなもんですよ」 何故だか、岬ちゃんの慰めが心に染み入った。 「公康くーん、早く、早くー」 「はいはい」 敢えて言わせてくれ。俺はこの時、トラップがどうこうじゃなく、落盤の危険性なんかよりも、茜さんそのものに恐怖感を覚えていた。この感情、間違ってないよな。誰か、肯定してくれ。 結:何か、皆、楽しそうなことしてるねー。 舞:知ってれば私達もついてったのにね。 結:でも、茜さんは私達のこと知らないし、無理じゃない? 海:そうでもないよ。あの人の頭には、全生徒の名前が入ってるって噂だよ。 舞:って言うか、全員の弱味を握ってるって話だし。 結:きゃー、選挙の鬼ー。 麗:あなた達は本当に――。 海:という訳で、次回、『やむにやまれぬ御家事情 後編』だよ。 舞:次の出番は、いつになるのかなぁ?
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