邂逅輪廻



「それで、何で俺が先頭なんだ?」
「性的欲望に満ちた視線を躱す為に決まっておりますことよ」
 断定されてしまった、どうしよう。
「男の子は、女の子を守るのが仕事でしょ?」
「それは男が言うから格好良い台詞であって、女性が言うと打算の匂いしかしない訳ですが」
 世の中とは、いつだって何処までも奥深い。
「つうか――」
 洞窟は、奥に行く程、その広さを増していた。既に、両手を広げても届かないし、頭も悠々通れるだけの余裕がある。先細りの洞穴を想像していただけに、騙された気分だ。
「こんなに広いなら、先に言って下さいよ」
「だって、奥行きしか聞かれなかったし」
「こういう時だけ、小学生モードを保持しないで下さい」
 大体、そろそろ三、四十メートルという距離自体、怪しくなってきている。割と歩いてきたはずなのに、終わりが見えない。
「うーん。子供の頃の距離感って、当てにならないよね」
 これはもう、そういう次元ではないと思う。
「或いは、何かイベントフラグが立って、奥の間に行ける様になったのかも」
「何処のロープレですか」
 俺達の会話は、いつだって混沌に満ちている。
「ここは、発想を逆転させるのですわ」
「どういうことでしょうか」
「選ばれしパーティが揃ったからこそ、道が開けたのですわ」
 何だか、ちょっとテンション上がり過ぎてる御姫様はさておくとしよう。
「おい!」
 ある程度まで進んだところで、俺達は小さなホールの様な場所に出たのだが、これはツッコミを入れざるを得ない。
「何で入り口っぽい扉が二つあるんだよ!」
「もしかしたら、出口かも知れないよ?」
 誰も、そんな部分は問題にしていないぜ。
「完全に人工物じゃないか!」
「もしかしたら、私が作ったのかも知れないよ?」
 この人が何を言っているのか分からなくて、頭がこんがらがってきた。
「多分だけど、間違った扉を開けたらとんでもないことになるんだと思うよ」
「じゃあ、何も見なかったことにして帰りましょう。宝物は、いつだって俺達の心の中にあるじゃないですか」
 こんな舌先三寸で丸め込める人じゃないのは分かってるけど、やるだけはやっておかないと気が済まない。
「それで、公康君はどっちが正解だと思う?」
「スルーですか、聞かなかったことですか、俺は道端の石ころですか」
 もうダメだ。この人と会話を成立させるのは、県知事になるより難しいかも知れない。
「むぅ……」
 拗ねて帰宅の途に就くという選択肢もあるが、後が怖い。ここは弱腰外交政策を受け継ぐものとして、圧倒的暴力の前に屈することにしよう。
「これが本当に大昔のものだったら、考古学者に引き渡した方が良いと思うんですよ」
 小さな抵抗を試みてみるものの、予想通り、何事も無かったかの様に処理された。
「この、二と七って書かれたところがヒントなんですね」
 左の扉の上には漢字で二。右側は七と表記されていた。はて、何を表しているのだろうか。
「兄ちゃん、中々ええケツしてまんなぁ、の略とか?」
「恐ろしいまでに意味が分かりません」
 誰か、この人の暴走を止められる猛者はおらんのか。
「私は、七を押させて頂きますわ」
「根拠は?」
「幸運の数字ですもの」
 ダメだ、この少女。時たま、運命論に偏り過ぎる。
「私は、二だと思うな」
「論拠は?」
「ビビビって、乙女の第六巻が駆け巡ったんだよ」
 どいつもこいつも、とぼけた感じでものを喋りやがって。
「まあ、仕掛けた本人が二だと言ってるんで、そっちにしましょう」
 もう、建前とか織り交ぜるの飽きた。俺は薄っぺらいベニヤ板で出来た扉を、蹴飛ばすようにして抉じ開けた。
「ほぅ?」
 その奥は、またしても小ホールだった。そしてさっきのと同様に、二つの扉が存在している。
「今度は、三と五か」
 規則性が有るのか無いのか、今の段階では判断しかねる。
「今度は、三だね」
「はいはい、分かりましたよ、っと」
 しかし、このまま素直に受け入れて良いのだろうか。俺の中に小さな反抗心が生まれ、そっと五のドアノブに手を掛けた。
「――!?」
 背筋に、半端無い悪寒が走った。いや、そんな生易しいものじゃない。喩えるなら、地球を滅ぼす隕石を間近で見たかの様な絶望感。生半可なことで、こうなる訳が無い。
「茜さん」
「うん?」
「何を仕込んだんです?」
 本能レベルで危機を訴えるとか、常軌を逸しすぎて笑えない。
「開けてみるのが、一番の解決策だと思うよ」
「絶対に嫌です」
 俺はノーと言えるジャパニーズとして、すぐさま三の扉を開いた。
「またかい」
 無限回廊にでも迷ったのでは無いかと思わせる、三つ目のホールがそこにはあった。当然、奥には二つの扉が――。
「と、扉が三つだと!?」
 もう、段々と楽しくなってきているので、ノリノリにもなるってものだ。
「四、五、八か」
「これはね――」
「おぉっと、ちょっと待ってくれ。何となく、規則性が見えてきた気がするぜ」
 ここまでが、二、三と来ている訳だから、次に来るのは――。
「私は、分かりましたわ」
 ちょ、はえーよ。
「し、しばし待たれい」
 俺の脳内超演算機が、フル回転で答を導き出す。みおーみゅーみゃー、ちゃーん。
「よ、よし。せーので言い合おうではないか」
「構いませんわ」
「せーの」
『五』
 俺と綾女ちゃん、二人の声が綺麗に和音した。
「ふぅ、どうやら思惑は一致したようだな」
「ですわね」
 言って俺は、ニヤリと口の端を歪めると、勢い良く扉を開けた。
「よっしゃ」
 正解の証ということで良いのだろう。そこは又、小さなホールだった。
「ふふふ。規則性は掴んだぞ。次には必ず、七がある」
 二、三、五、七――。気付いてみれば何のことは無い。素数が続いているというだけなのだ。ハーハッハ。初めて茜さんの思惑を上回ってやったぞ。カイカーン。
「ありませんわね」
「……」
 壇上コントなら、盛大にコケるところだぞ、おい。
「またまたぁ」
 お、俺は自分の目で見るまでは信じないタイプだ。恐る恐る、微妙に視線を逸らしながら、ゆっくりと四つに増えた扉を見遣った。
「二、五、六、九――」
 ガガーン。な、無い。お、おかしい。神は我を見捨てたか。それとも、完璧なはずの仮定に誤りがあったというのか。
「……!」
 不意に、綾女ちゃんが表情を綻ばせた。
「成程、そういうことでしたの」
 げ、もう分かったのかよ。早い、早過ぎる。貴様、どの様な氏素性じゃ。
「どうやら、私は貴方と同じ勘違いをしていた様ですわ。ですが、これで納得がいきましたことよ」
 ヤバい。俺は今、頭一つは小さい綾女ちゃんに全力で見下されている。
「何でしたら、ヒントくらい差し上げますことよ」
「けっ、武士は食わねど高いびき。そんなお零れ、貰えますかっての」
「無益な強がりですわね」
 うぅ、何という涼やかな屈辱感。あぁ、だけどこの痛々しい視線、癖になっちゃいそう。
「抜本から発想を変えなくてはいかんな」
 選択肢は四つ。つまり、ここまでを並べると、二、三、五、二、又は、二、三、五、五、或いは、二、三、五、六、はたまた、二、三、五、九のいずれかになる。うーん。ここまで順調に増え続けて来たのに、いきなり少なくなったり、維持するってことがあるんだろうか。いや、或いは、何らかの規則があるというだけで、たまたま増えていた可能性も――ああ、もう。さっぱり、分からねぇ。
「トポロジー」
「訳の分からないことを言っても、答には辿り着けないと思うよ」
「うぅ……そんなあっさり全否定しなくても」
 尚、トポロジーとは位相幾何学のことであるが、今回に限って言えば、特に何の関係性も無い。
「ちょっと待ってくれ。一から整理してみる」
 数を漢字で考えると、どうにもピンと来ない。ここは、丸に置き換えてみよう。
「えっと」
 二、三、五ってことは、●●、●●●、●●●●●――。
「ん?」
 何かが引っ掛かった。
「これを縦に並べてみると、だ」
 ●●
 ●●●
 ●●●●●
「んん〜?」
 何処かで、見たことがあるような?
「あー!?」
 一つのことに気付いた。
「これ、ひな壇じゃないか!?」
 一般的に、ひな祭りに使われるひな壇は、上から、お内裏様におひな様で二名、三人官女、五人囃子と続く。くそぅ、こういうことだったのか。割とガチなクイズだったぜ。
「ふっ、まあ、若干の時間を要したが、俺様ほどのハイパーブレインを駆使すれば容易いものだぜ」
「きゃーきゃー、おめでとう、公康君」
「私は、ものの数秒で解きましたわよ」
 ちぃ、綾女ちゃんめ、悦に入っているというのに水を差しおってからに。
「それで、公康君」
「はい?」
「次の数字は幾つなの?」
「……」
 あれ?
「ひな壇って、五人囃子の後ってどうなってたっけ」
 え、えーと。兄貴が一人居るだけの俺には、ちょっと荷が重過ぎる。たしか、何か灯りみたいなのがあったような――。
「右大臣と左大臣。四段目は二名ですわよ」
 わー。人が折角、必死に思い出してるのに答を言うなぁ!
「それで五段目は三人仕丁。まあ、地方によって例外もあるみたいだけど、一般的にはこんな感じだね」
 えっぐえっぐ。そんな、チマチマやってたクロスワードパズルを、出掛けてる隙に埋めるみたいな真似をすることないじゃないか。
「貴方に合わせていたら、何ヶ月待っていても終わりませんもの」
 それは認める。不本意ながら認めざるを得ない。これで良いのか、俺。
「うわぁぁぁん! 俺なんて、俺なんてぇ!!」
 絶叫して、来た道を全速力で引き返す俺。もう、こんなところに居てやるもんかぁ!
「あ、公康君」
 ふっ、茜さん。止めようとしても無駄だぜ。俺は今、孤高のトップランナーと化したのさ。
「私と一緒に歩かないと、床がいきなり落ちる可能性があるから気を付けてね」
「――!」
 ピタリと、足が止まった。その際、コツンと蹴飛ばした小石がコロコロと転がって前のホールへと入っていく。
 ズガシャァァン。
 瞬間、地面が消失した。いや、一種の落とし穴に分類されるものか。唯、その規模は人一人が落ちるといった生易しいものではなく――最早、ちょっとした戦術兵器と言っても差し支えない程のものだった。恐らく、竹槍でも仕込んでおけば、小隊くらいなら殲滅出来るだろう。幸いに、と言うべきか。ここには古い緩衝材が敷かれる優しさが幾分か篭もっていた訳だけど。
「単独行動は、危険だよ?」
「危険なのは、何よりも貴女ですって」
 もう、何も言うまい。この人は、こういう人なんだ。
 ギクシャクと、嫌な緊張感で身体が硬直した状態で、俺は促されるまま、奥の間へと連れていかれるのであった。


「はぁ?」
 二、三、五、二、三と五つの扉を越えてきた先には、光が差し込んでいた。形状から察するに、古井戸に横穴が空いているのだろうか。何でこんなところに繋がっているのか、俺にはさっぱり分からない。
「昔ね。この近くに小さなお城があったらしいのよ。となると、御約束として抜け道の一つや二つあってもおかしくないでしょ」
 ああ、成程。たしかにそいつは合理的……なのか、本当に?
「それでね。これが私の宝物」
 茜さんの手には、ラップで厳重に梱包された雛人形が握られていた。えーと、こいつは一体、どういうことなんでしょうか。
「何で、豆が鳩鉄砲受けたみたいな顔してるの?」
 逆です、茜さん。この状況でシュールなジョークはやめて下さい。
「それは、おひな様ですよね?」
「うん、そうだよ」
「まあ、宝物なのは納得するとしても、何でこんなところに?」
「公康君……」
 不意に、茜さんは表情を強張らせた。な、何だ。俺、変なこと言ったか?
「ひな人形はね。三月三日が終わったら全速力で片付けないと、婚期が遅れるんだよ」
「はい、そうですね」
 それくらい、一般教養として知っている。
「公康君は、私がいき遅れても良いって言うの!?」
「何ですか、その意味不明な論理は!」
 片付けるのは押入れで充分でしょ! 岬ちゃんの心配は一切無しですか! そもそも、人並の結婚が出来るつもりですか!
「あぁ! もうやだ、こんな生活!」
 俺の魂の叫びは井戸内で反響して、耳をつんざかんばかりの轟音となり――綾女ちゃんに軽く小突かれたのは、その数秒後のことだった。






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