「へー、西ノ宮さんって、三つ子の妹さんが居たんだ」 帰りしな合流したりぃが、そんな感想を漏らした。 「りぃは一人っ子だったよな?」 「うん。こう見えて、シンソーのレイジョーで箱入り娘だからね」 おちゃらけているから冗談に聞こえるが、沖縄旅行の一件で、資産家の娘であることが発覚している。はっ、これはもしや逆玉フラグか。なんて思ってもみるが、金より女性の方が好きな俺にとって、財産などおまけ程度の価値しか持ってないのさ。 尚、あの時の旅行代は出世払いで返す意志はある。問題は、出世する兆しが一向に無い点だけど。 「僕も一人っ子だよ。一部では紅顔の御曹司と呼ばれてるくらいさ」 聞いてもいないのに割り込んでくる千織がとても愛らしい。 「んでさ。これからどうしようっか。私、門限までちょっと余裕あるし、どっか寄ってく?」 「うぅん、そうだなぁ」 俺の方も、直帰したところで一人寂しく飯食って、テレビ、インターネットで時間を潰すくらいしかやることが無い。勉強しろよという声が何処かから聞こえた気もするけど、敢えて気にしない。 「駅前のゲーセンでも行くかね」 最近、御無沙汰だったからな。たまには最新機器に触れておかないと、話題についていけない恐れがある。 「オーケー。今日こそ、プリントシールを一人で撮ってみせるよ」 何処までも間違った方向に、だが、ある意味に於いて素晴らしいまでの男気を見せる千織君。俺は遠くからやんわりと見守らせて貰うよ。そんなことを思った。 ゲームセンターの電子音というのは、恐らく人に依って印象に差があるんだと思う。割と聞き慣れている俺らなんかは、高揚や安心といった感情を覚えるんだけど、苦手な人にとっては、嫌悪以外の何物でも無いんだろう。西ノ宮なんか、そっちに入りそうだな。一回たりとて来たことが無かったとしても、余り違和感が無い。折角だから誘ってみれば良かったとも思うけど、後の流れでこうなったんだからしょうがないか。 「さて、何からやろうか」 「私、ネズミ叩く奴やりたい」 「力入れて、またハンマーを壊すなよ」 「あれは、古くてボロボロだったんだってば」 表向きはそういうことになっているが、例え新品であっても結果は同じだったはずだ。少なくても、俺はそう信じてる。 「千織は何処行った?」 キョロキョロと周囲を見回して見ると、宣言通り、一人でプリントシール機の前に並んでいた。くうぅ、俺も涙腺が緩くなったもんだぜ。 『ワアァァ』 不意に、歓声が響き渡った。出所を探ってみると、ドラムを叩く筐体でのことらしい。気になって、足を運んだ。 「あ……」 そこでバチを握っていたのは、西ノ宮の妹達だった。結、舞、海、組み合わせは分からないが、二人並んで、一糸乱れぬタイミングでドラムを叩き、ポイントを積み上げていた。三つ子ならではと言うか、単に重度のゲーマーなのか。何にしても、二人はノーミスで楽曲を完走し、またしても周囲が歓声で満たされた。 「ふぅ。ありがとー。みんなの応援で、何とかやりきれたよー」 まるで優等生のアイドルだな、などと思いつつ、俺は静かにその場を離れようとした。 「あ、七原さん」 「……」 ちっ、見付かってしまったぜ。 「なんだ、なんだ。あいつ、一体、何なんだ」 「調子乗ってやがんな、締めてやるか」 あぁ、これが嫌だったんだ。どういう訳か、人の多い場所で女の子と喋ると、それだけで恨みを買う傾向がある。綾女ちゃんの親衛隊には睨まれてるし、平和主義の俺にはそれだけで辛いものがあるんだぜ。ついでに、りぃも何故だか不機嫌になるしな。 「七原さん、もしかして一人?」 三人娘の一角が、そう声を掛けてきた。 「いーや、悪友二人と一緒だ。今は別行動だけどな」 時間を稼ぎながら、これがどれであるかを必死に推察する。えっと、髪の長さが微妙に長い気がするから――。 「それにしても、結ちゃん、海ちゃん、ゲーム巧いね」 「私、舞だよ」 果敢に攻めてみたものの、見事に撃沈した。 「すんません。マジで見分け付かないんで、伊達メガネ掛けるとか、髪形を大胆に変えるとかして貰えませんかね」 今日、始めて会った子に対して言うことじゃない気もするけど、早くも挫折したんだからしょうがない。 「ひっひっひ〜。こう、七原さんみたいなリアクションを取る人が居るからやめられないんだよね〜」 やっぱり、意図的にやってやがったな。 「ちくしょー。絶対に、絶対に見分けられる様になってやるー」 実の姉でさえ完全なる自信は無いというのに、俺も随分と無茶なハードルを設定した気がしてならない。 「まあ、双子の人とか、間違われるのが嫌な人も居るみたいだけど、私達は三人一組が好きなんだよね。折角、同じ顔してるんだから、利用しない手は無いでしょ」 「同じ人を好きになったらどうするんだよ」 残念ながらと言うべきか、この国で一夫多妻制は認められていない。 「ちっちっち。七原さんは夢見がちだなぁ。そういうのは、創作の世界だけでしか起こらないんだよ」 東南アジアの某国で、一卵性の双子と結婚した男、いやむしろ漢が居ることを言うべきだろうか。 「公康ー。マンゴーフレームのシール、撮ってきたよー」 別の意味での漢が帰ってきた。 「あれ? 悪友って舞浜会長のこと?」 「ああ。選挙戦でのガチンコ勝負の末、友情を育んだのは良い思い出だぜ」 本当は一年の頃からの付き合いだけど、無意味なハッタリは大事なんだぞ。 「――ッッッ!!」 一方、ネズミ叩きから帰還したりぃは、三姉妹を見て硬直してしまっていた。 「あ、あわわ。あわわわわ」 「とりあえず落ち着くんだ。功を焦る者に覇道は巡ってこないぞ」 一瞬だけとは言え、意識が飛んだ俺が言うことでは無い気もするけどな。 「こういう時は深呼吸だ。吸って、吐いて、吸って――」 「スー、ハー、スー」 「そして、吐いて、吐いて、吐いて――」 「ハー、ハー、ハ……って、死んじゃうから!」 流石はりぃだ。ノリツッコミも相当のレベルだぜ。 「あー、この子達、西ノ宮さんの妹達」 どうやら、ようやく飲み込めてきたらしい。 「折角だから、一緒に遊んでくか」 もう、こうなったら周囲の視線なんて気にするのはやめることにした。 「――ヒクッ」 何だか、りぃの眉根が引き攣った気がするけど、錯覚だよな? 「私達は構わないよ」 「よぉし、前々から気になってたことを試させてくれ。双子はパンチングマシーンで同じ結果を出せるのかというものなんだが――」 我ながら、随分と下らないことを気に掛けていたなぁと思わなくも無い。 「別に構わないけど、この際だから先輩達もやってみてよ」 「おぅ、ナチュラルボーンファイターの俺が、拳の封印を解いてやるぜ」 要約すると、特に訓練をしていないということだけど、深く考えてはいけない。 「ワンゲームで三回か。ちょうど良いな」 料金と使用説明を確認すると、ミットを嵌め、チャリンとコインを投入した。ふっ、人じゃねぇもんを殴るのは久し振りだぜ。 「ウオォォリャァァ!!」 全身全霊を籠め、拳を振り抜いた。パァァンという小気味良い音と共に、ミットが後ろへと倒れ、衝撃値が表示される。ふふっ。又、つまらぬものを殴ってしまったぜ。 「105kg」 同時に点灯したランクも、『ふつうかな』と極々平凡なものだった。ちなみにレベルは、『すっご〜い』『まあまあだね』『ふつうかな』『う〜ん。もうひといき』『ダメダメだよ〜』の五段階だ。 「うわっ。あれだけ格好付けたのに」 「本当、むしろ悪ければ弄り甲斐があるのに」 「これじゃコメントのしようがないよね〜」 三姉妹が恐ろしいまでの酷評をしやがりますぜ。 「次、千織だ!」 半ば照れ隠しで、グローブを放り投げた。 「こ、こういうのは苦手なんだけどな」 言って振り上げた拳からは、ヒューという淡い風切り音が響き――ペチンという小さな音がした。 「45kg」 小学生か、細腕の女の子並の数値である。当然のことながらランクは、『ダメダメだよ〜』で、ブッブーという否定的な効果音が流れる始末だ。 「会長、もしかして左利きとか」 「あー、怪我してるとかかもね」 「それだったらしょうがないかも」 優しさを見せた様でいて、さりげなく傷付けまくってるのが痛々しい。人間関係って、難しいぜ。 「うっ……き、公康。僕はここまでの様だ。後は任せたよ……」 「千織ィィィ!!」 何だか、前にもこんなことがあった気がしてならない。それにしても、千織の体力の無さは、もうどうにもならないかも知れないな。 「最後はりぃだな」 気を取り直して、グローブを手渡した。ふっふっふ。結果として俺達は、リーサルウェポンをここまで温存した訳だ。さぁ、破壊神と呼ばれたその右腕の封印を解くが良い。この状況で思いっきり他人任せなのは人としてどうなんだとか言うな。 「そういや、こういうのってやったことないなぁ」 りぃは、手首をコキコキと動かして、感触を確かめていた。 「ハァァ!!」 一陣の風が吹いた様な気がした。次いで、耳を覆わんばかりの轟音が襲ってくる。それがミットを叩き付け――いや、薙ぎ払った音だと気付くのに数秒を要してしまう。み、耳がキーンってする。どんな力で叩いたらこんなことになるのか、俺には想像も付かない。 「あれ? 数字出ないよ?」 本来なら衝撃値を示すメーターは、『‐‐‐』と、横線だけが表示されていた。レベル表示も、五つ全てが点灯し、そして無音のまま消えた。 「ど、どうかなさいましたか〜?」 状況が状況だけに、慌てた感じで店員がやってきた。あたふたとボタン類なんかを調べているものの、何がどうなってるか分からないのか、すぐさま店長らしき人を連れてくる。 「お客様。状況を説明して頂いても宜しいでしょうか」 「状況って……普通に叩いただけですけど」 あれを普通と言い切るお前が、ちょっと怖くなったぜ。 「うぅむ。あ、いえ、お客様のせいと言うことは無いんですよ。何しろこれは、ツキノワグマが叩いても壊れない設計になっていますのでね。多分、たまたま配線がおかしくなったんでしょう。ハハハ」 なるほど。りぃの鉄拳はツキノワグマ以上なのか。肝に銘じておこう。 「何でしたら、プレイ料金はお返ししますが」 「公康、折角だから、返して貰いなよ」 「あ、うん、そうだな」 とても貰いづらい金だけど、円満に解決する為、受け取っておこう。 「それにしても、私の時に壊れるなんて、ついてるんだかついてないんだか分かんないよね」 この一件は、俺の心にだけ留めておこう。そもそも、喋ってみたところで、千織以外、誰も信じまい。そんなことを思っていた。 「何か、変な流れになっちゃったな」 「楽しかったから良いよ」 「そうそう。椎名さんのこと、パンチングマシンクラッシャーとして、絶対に忘れそうも無いし」 その件に関しては、俺の方も忘れられそうも無い。主として別の意味で。 「何だか知らないけど、私が遊ぶ時に限って、寿命が来ること多いんだよね」 ひょっとすると、公序良俗の為には、りぃをゲーセンに連れていってはいけないのではなかろうか。友人になって一年余り。初めて、得体の知れない恐怖が全身を襲った。 「あ、それじゃ私達はこっちなんで」 「お姉ちゃんにも今日の話しとくね」 「ばいばーい」 「ああ、お疲れさん」 手を振って、三人に別れを告げる。妙にりぃの視線が厳しい気もするけど、気にしてなんかないんだからねっ。 綾:出番がありませんわ。 麗:ここは、そういう愚痴を言うコーナーで良いんですか? 綾:何かをして間を繋ぐことが目的ですので、 逆説的に言えば、何をしても構わないということですわよ。 麗:流石、大政治家のお孫さんだけあって、拡大解釈は得意の様ですね。 綾:随分と、棘のある言葉ですわね。 麗:という訳で、次回、『西ノ宮一族の野望 後編』をお楽しみに。 綾:この決着は、秋につけさせて頂きますことよ。
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