「三人が揃った時にだけ発動出来る、必殺技みたいなものは無いのか?」 「はい?」 あれから数日、俺は西ノ宮に長年の疑問を問い掛けた。当の西ノ宮は、呆然とした面持ちのまま、頓狂な声を返して来たけどな。 「俺の中で、三つ子であるからには何らかの秘奥義が無ければならないと考えている。双子であれば性格が真逆であることも多く、二卵性であることが少なくない。或いは、ライバルというパターンもあるだろう。だが、三つ子は大抵、判子型でコンビネーションを駆使するものだと思うのだよ」 「マンガの類の読み過ぎかと思われます」 見事なまでに一蹴された。 「あ、三つ子の必殺技かどうかは判断しかねますが、食事の際に戦場と化すことはありますね」 「それは、子沢山の家庭なら、大抵、そうなんじゃないのか」 いや、この少子化時代、検体が少なすぎて、本当なのかどうかは知らんけど。 「その際のコンビネーションが絶妙と言えば絶妙なのですが、どうでしょう」 「どうでしょうと言われても困るんだが」 まさか、大食いや早食いじゃないフードバトルが開演するぜと言えば満足する訳でも無かろうに。 「ところで、名字が一緒だから妹達は名前で呼んでるんだけど、西ノ宮も名前で呼ぶのはありか?」 「好きな様に呼んで下さい。私は何があろうと、七原さんを崩しませんけど」 そう明言されると、俺が一方的に痛々しく見えるではないか。 「ちぃっす。お姉ちゃん、遊びに来たよー」 「わー、七原さんと一緒って、何々。もしかして付き合ってんの?」 「きゃー、お姉ちゃんってばやるねぇ。だけどこの前は椎名さんと一緒だったし、あんま信用しない方が良いと思うよ」 何でも良いけど、この姉妹のやかましさはもう、騒音防止条例辺りに引っ掛かっても良いんじゃなかろうか。 「あなた達も知ってるでしょ。私の理想は、信念と人生観をしっかり持っている人だから、七原さんは対極にありますよ」 こういう、何でもズケズケ言う辺りは、血縁だなぁと思い知らされる。いや、桜井姉妹もはっきり言うんだから、血筋は関係ない気もするんだけどさ。 「ところで、お姉ちゃん達、御飯済んだ?」 「生憎、腹が減って談笑が出来る程、人間は出来ていなくてな」 「だったら、ちょっと外を歩こうよ。腹ごなしにちょうど良いでしょ」 「こんな良い天気の日に教室に篭もってるなんて、身体にカビが生えるよ」 おうおう。お前さん達は優しいのお。おいちゃん、涙が出そうだよ。 「こりゃ、西ノ宮をお姉様と呼ぶ日も近そうだな」 「丁重に、お断りします」 照れ隠しにイケズな反応を示す西ノ宮に、心が射殺されそうになったのは一人や二人ではあるまいて。 「必殺技?」 「一卵性の三つ子なら、持ってない方がおかしいというものだろ」 「お姉ちゃん。七原さん、何言ってるの?」 「この方を理解することは不可能であると、選挙戦ではっきりと理解したわ」 ハハハ。そんなに褒めないでくれたまえ。 「そうだなぁ。ちょっと、ジャンケンしてみる?」 「ん?」 「最初はグー」 「ジャンケラ、ホイ」 手を差し出され、反射的にチョキを出した。三人はそれぞれ、グー、チョキ、パーを出しており、アイコとなる。 「えっと」 「打ち合わせ無しで、何度でも出来るよ」 ホイ、ホイ、ホイと、三人は手の形を変え続けるが、一度として勝負が決しない。もちろん、それを出す順番には規則性が無く、よくよく考えてみると神業であることに気付く。 「どうなってんの?」 手品の類と同じで、見えないところで合図を出しているか、簡単には分からない法則があるのでは無いかと勘繰ってしまう。 「簡単、簡単。お互いが、出しそうも無い物を出せば、それだけで勝手にアイコになるんだから」 キャプテン。どう考えても、『それだけ』じゃないっす。 「逆も出来るよ」 そう言うと、『せーの』を合図に、今度は同型の拳を繰り出した。確率的には、こっちの方が難しいはずだが、延々と続き、終わる気配が無い。 「これは出しそうなのを出すだけだから楽だよね」 何という恐ろしい子達。時代が時代だったら、超能力研究所に連れ去られてしまいそうだぜ。 「だけど、これって何の役にも立たないよな」 幾ら、相手が出すものが分かると言っても、相手も同じなら意味が無い。 「だからうちでは、三人の揉め事を、ジャンケンで決着するのは禁止になっています」 西ノ宮のディベート能力の高さは、ここら辺に由来してるんじゃないかと思ってしまったよ。 「ひっひっひ〜。七原さん、甘いなぁ。こんな能力、ジャンケンなんかで消耗しつくす訳無いじゃん」 「はて?」 意志が疎通出来ると言っても、所詮、漠然とした選択式に過ぎない様だし、他に使い道が――。 「あ――」 一つのことに気付いた。 「その通り。選択問題では、無類の力を発揮するのよ。一人一人は凡人でも、三人寄れば賢者の子。そこそこ点数が上乗せされるんだな〜」 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て。それはカンニングじゃないか」 「何で? 私達、頭に浮かんだ数字を書き込んでるだけだよ?」 居直りやがった。これはタチが悪い。 「私も、やめろと言ってるんですけどね」 「実力行使で止めろよ、姉として」 これに頼って、何も出来ない子に育っても知らんぞ。 「まあ、設問形式に対応出来ないし、あんま勉強しないから、結局、お姉ちゃんには勝てないんだけどね」 一人で三つ子に勝つ姉。くそぅ、ちょっと格好良いじゃねぇか。 「中学時代からオカルト扱いされてるんだよね。何でクラスが違うのに、選択問題だけはほぼ一緒の答になるのかって。三つ子のミステリーとして処理されてたみたいだけど」 実際問題、半ばファンタジーの世界だけどな。 「あと、お約束として、三人シャッフルして、私は誰でしょうクイズが出来ることとか」 「それはマジで分からんのだが」 今も何となく三人セットで判別してるけど、どれが誰かと言われると、無茶な処理のせいで、頭の中にエラーが表示される。 「お前達、いつも通り平和だな」 不意に、声がした。 「どちら様でしょうか」 目的のブツはすぐ視界に入ってきたけど、関わりたくは無かったので他人の振りをした。 「ふっ。貴様が見忘れた振りをするのも無理は無い。思い出したく無い程の責め苦を与えた訳だからな」 何だか、俺がとても特殊な趣味を持っているかの様に聞こえる発言だ。 「七原さん。浅見さんですよ」 「体育倉庫の上で、意味不明なポーズを取ってる拳銃マニアなんか、知り合いには御座いませんですわ」 何となく、綾女ちゃんっぽく喋ってみた。 「むー……相手をしたくないが、そういう訳にもいかなくなったから、定型的に聞くわ。どうやってそんなところに上がった?」 「ふん、愚問だな。裏に回れば、ちゃんと脚立が掛かっている」 優美に泳ぐ白鳥の水面下の如く、地道な努力が成されていた様だ。その姿を想像すると、笑いが込み上げてくる訳だけど。 「浅見……ああ、あの有名なミス破壊神」 「七原さんの選挙結果もクラッシュしたのは良く知られた逸話だよね」 一応、四位になったのにこの言われよう。選挙は魔物過ぎるぜ。 「ところで、何でそんなことをしているか聞いちゃダメか?」 後悔しそうな予感と、好奇心。せめぎ合いの末、後者が僅差で勝利した。 「ああ。この前、茜が作ったドラマの後遺症でな。高いところを見たら登りたくなる」 それはどちらかと言うと、何とかと煙の類じゃなかろうか。 「役者は、舞台を降りたら一人の人間に戻って良いんだよ」 一部の俳優は、二十四時間、演じていた方が精神的に楽だって聞いたことがあるけどな。 「それで、七原。またしても新しい女の子をはべらせてトップスター気取りか」 新しい友達が女の子だというだけで、これだけ言われるのも理不尽だと思う。 「私の、妹達です」 「ほぅ、人脈をツテに、更なる販売拡張を狙ったか」 どうでも良いが、その徹底した攻撃的性格、疲れるばかりじゃなくて、全ての友人を失いかねない気がする。 「浅見さん、浅見さん。今でも銃、持ってるの?」 「見せて、見せて」 何をも恐れぬ勇気をお持ちか、或いは危機管理能力の欠如か。三姉妹は体育倉庫の下でおねだりを開始した。 「分かってるとは思うが、登ろうとすんなよ〜。スカートの中があられもないことになるからな〜」 本音を言えばそれもまた喜びなのだが、西ノ宮の恨みを買うのは怖いので抑えておいた。 「なっ――!」 代わりにと言っては何だが、想像以上に困惑したのが遊那だった。今までの勢いは何処へやら、スカートの裾を押さえて、その場に座り込んでしまう。 「あれ? お前、体操着履いてなかったか?」 まあ、体育の授業との兼ね合いで、ローテ的に無理な日もあるのだろう。しかし、今更気付く辺りがとても遊那だなぁ。 「君達、ああいう大人になってはいけないよ」 俺達、この子らより一つ上なだけなんだけどな。 「それで、七原さん」 「んあ?」 何だか、三人の目が妖しげなものを振り撒いている様に見えた。 「結構、女友達多いみたいだけど、誰が本命なの?」 「なのなの?」 おどけている様な口振りでいて、妙な真剣さが感じられた。こ、これが真性のゴシップ好きという奴か。 「ふふ〜ん。皆のアイドル公康君は、特定の相手を作ってはいけないのさ」 とりあえず、こういうことにしておこう。世の中、道化ほど弁論で追求されないものは無い。『何でピエロのおじちゃん、そんなお化粧してるの?』なんて童話があっただろうか。いや、ない。 「誤魔化すってことは、居るのかな? 居ないのかな?」 「まさか、舞浜会長ってことは無いよね」 「きゃー。それって面白そ〜」 面白い面白くないで、そっちの方向に持っていかれても困る。 「これはもう、家族会議の議題にもってこいだよね」 そして、何で俺の本命云々が、西ノ宮家で話し合われなければならないのか説明を求む。 「はいはい。あなた達、これ以上、迷惑掛けないの」 ようやく、西ノ宮が助け舟を出してくれた。余り見せない、姉としての顔を垣間見た気がした。 何にしても、俺達のドタバタな昼休みは、時間切れにて幕となった訳だ。 「ねぇねぇ、七原さん。遊ぼぉ」 「ぼぉぼぉ」 「にゃはは〜」 「懐かれてしまった訳だが」 あれ以来、西ノ宮シスターズは、時間を問わず、俺達の教室へ遊びに来た。来る者は馬の骨でも受け入れる主義の俺だからウザったくは無いが、何でこうなったんだろうと思案くらいはする。 「良いじゃないですか。女の子に一切、相手にされないより将来性があります」 唯、オモチャにされてるだけの気もするんだが、本当にこれは良いことなんだろうか。 「えーえー。全く以って結構ですねー」 りぃはここのところ、とてつもなく機嫌が悪いし、何が何やらもここまで来ると頭が痛い。 「この年まで妹達に振り回されてきた私ですが、これで少し楽が出来そうです」 「ちょっと待て西ノ宮。俺はボランティア保育士か何かか」 「言いえて妙ですね」 否定する素振りくらい見せてくれ、お願いだから。 「この状況を前向きに考えよう。この子達を手懐ければ、秋の選挙で有用な戦力になるのではなかろうか」 社交的な子が持つ人脈は侮れないものがある。それが三人ともなると、頼もしさは比例する。 「残念ですが、この子達は選挙で手伝ってくれませんよ。外から見てる方が楽しいそうですから」 「そうそう」 「じんせー模様の悲喜コモゴモって奴を楽しむ主義だから」 「ふっふっふ。選挙期間まで、あと数ヶ月もある。それまでに落としてみせるさ、落としてみせようぞ」 かくして、俺の目の前に新たなる野望が燃え上がったのだった。果たして、西ノ宮シスターズを帰順させることは出来るのか。あ、今後の展望に御期待あれ。 了
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