「うう、僕、お婿に行けなくなっちゃう」 群集に揉みくちゃにされながらも、何とか戦場から舞い戻った俺だが、心が負った傷は大きかった。庶民とは衆愚であるが、それ故に狂信的になった時の力は侮れないと誰かが言った気がする。まさかこんな形で、身体を張った体験をすることになるとは思わなかったぜ。 「七原のお陰で、こちらは随分と助かった」 遊那が、全く悪びれることなく、そう言った。 「この、鬼畜が。貴様、碌な死に方をせんぞ」 「ああ、そうだろうな。好き放題に生きている私のことだ。きっと天国には行けまい。 だが七原、知っているか。日本古来の神道では、死んだ時、生前の罪状に関わらず、全ての者が黄泉の国へ送られるらしい。いやはや、何とも悪人にとって嬉しい思想じゃないか」 こ、こいつ、本当に全然、反省してねぇ。ここまで開き直られると、むしろ清々しいから困ったもんだ。 「それにしても、この事態をどう乗り切るべきでしょうか」 一番の被害者である岬ちゃんが、若干、くたびれた感じで提案した。護身術を齧ってるこの二人が逃げ出したいんだから、本当に侮れない脅威だ。 「皆、大袈裟だなぁ。別に殴り掛かって来る訳じゃあるまいし、柳に風と躱せば良いじゃない」 「りぃ。お前は体感してないから、そういう呑気なことが言えるんだ。あれは最早、暴力だ。武田やモンゴルの騎馬軍団がどうして恐れられていたのか、その本質を垣間見た気分だぜ」 「そんなもんかな」 ダメだ、こいつ。次の機会には巻き込んで、その実態を味あわせてくれるわ。 「選挙の時は、そんな熱狂的な支持者って居なかったから分からないや」 「そしてさりげに、心が傷付くことを言うんじゃない!」 くそぅ。俺だって少しくらいキャーキャー言われたいわい。だけど、他人のお零れってはやっぱり悔しいものがあるしなぁ。 「――!」 「何か、悪いことを閃いた顔をしてますね」 「極悪人の面相だ。世間には出せんな」 言いたい放題のこいつらは、捨て置くとしよう。 「え〜と、千織の番号は、と」 着信履歴から目的のものを探し出すと、二、三度ボタンを押して、電波を飛ばした。 「あ、千織か? ちょっと頼みたいことがあるんだが」 そんな俺の一連の行動を、女子達は怪訝な顔付きで見詰めていたけど、気にしたら負けだぜ。 「それで、僕にどうしろって言うのさ」 多忙を理由に、俺達は生徒会室に呼び出されての面会となった。どうでも良いけど、こいつ程、偉そうに座っているのが似合わない奴も居ない。 「いや、ちょっと茜さんに頼みたいことがあってな。マネージャーのお前を通しておくべきだと思ってな」 「――ん?」 流石の天然男でも、何か引っ掛かるものがあるらしい。 「いやいや、どちらかって言うと、茜さんが僕のマネージャーじゃないの?」 「はっはっは。謙遜しないでも良いよ、千織君。君が自分の意思では何も決められない、お人形さんの様な生徒会長であることは、学園内で知らぬ者は居ないじゃないか」 もちろん、現実には、この優しそうな物腰と顔に騙されてる奴も多々居なければ当選なんかしないけど、そういうことにしておいた方が面白い。 「えっく、えっく。公康の意地悪。僕だって、僕だって分かってるんだ。所詮、僕は操り人形だよ。それでも、皆の為に頑張って仕事をしてるのに、そんな酷いことを言うなんて!」 「やかましい。いい年して、訳の分からない拗ね方をするんじゃない」 それにしても、環境が人を変えるという言葉があるが、千織に関して言えば、余り影響は無いようだ。 「んで、茜さんだっけ。とりあえず、こっちに来てもらってるけど」 「おぅおぅ。やはり、持つべきものは友よの」 我ながら、何だか良く分からない返しだった。 「ん〜。千織君、何の用かな。って、あれ? 何で皆が揃ってるの?」 おもむろに扉を開けて、諸悪の根源が入室してきた。それにしてもこの人、立ち振る舞いのボケボケ度は千織と大差無いくせに、こうも中身が違うものなのかね。 「茜さん。ちょっと昨日のテレビ出演に関しまして申し上げたいことがありまして」 「うん?」 「俺らで、ユニットを組むというのは如何でしょうか」 『はい?』 その瞬間、部屋に居る数名の声が、見事に調和した。 「つまり、分かり易く説明するとこうだ」 俺はわざわざ、ホワイトボートまで持ち出して状況を解説していた。 「そもそも、何が問題かと言えば、茜さんの株が一瞬にして高騰した点にある。刹那的な、ある意味に於いてバブルの様なストップ高だが、それだけに周囲への影響は甚大だ。誰かの役に立つ人間は人材だ」 「下らないことを言ってないで、話を進めろ」 遊那め。このブリリアントジョークが分からんとは、教養の足りん奴だ。 「では、この状況を有効活用するにはどうすれば良いか。簡単なこと。その株を購入すれば良い」 「そこから、ユニットを組むという発想になる先輩が凄いと思います」 「はっはっは。岬ちゃん。褒めたって何も出ないぞ」 「呆れてるんですけどね」 このぉ。照れ屋さんめ。 「うーん。私は別に良いんだけど、公康君はそれで良いの?」 「何がです?」 「ほら。アイドルでも良くあるじゃない。同じグループでも、人気に余りの差が付くと、仲が悪くなるって奴」 「それは、偏見だと思います」 多分、いや、恐らく、きっと、だと良いなぁ。 「基本的な質問なんだけどさ。ユニットを組んで、何をするの?」 「その一員であるという、優越感を得る」 「……」 「さ、帰るとするか」 皆さん。反応が冷たすぎやしませんかね。 「折角だからさ。何かやるって言うなら、この話、受けても良いよ」 「何かって……アイディアがあるんですか?」 「例えばさ。こういうのはどうかな」 皆が皆、本能的に危険を察知した。何しろ、この人が微笑んでる時は、何があっても信用してはいけないのだから。 「キミヤスレッド!」 「アカネブルー!」 「ユ、ユナグリーン!」 「リィイエロー!」 「ミサキピンク!」 本放送なら、ドーンと爆発音と共に煙幕が上がるところだが、装置が無いので、千織がシャカシャカとマラカスを振っているだけだ。それにしても、仮に今、誰かがこの部屋に入ってきたら、間違いなく悶絶者が出るな。 「茜! 貴様、何をやらせるか!」 ここまで付き合っておいて、何を今更といった感は拭えない。 「それにしても茜さん。これは違いませんかね?」 俺もノリで付き合ってみたものの、出オチ過ぎて後が続かなすぎる。 「戦隊物ってさ。シリーズに依って女の子が一人か二人かで安定しないけど、四人も居るっていうのは斬新だよね」 完全に論点を逸らされたけど、深く突っ込んでも得るものが無さそうなので退いておくことにした。 「き、公康。私、ちょっと快感だったんだけど、どうしたら良いかな?」 「案ずる無かれ。流れに身を任せるのじゃ。さすれば見えてくるものもあるであろう」 完全に適当な占い師、ってか御神籤と化してるけど、深くは考えないでおこう。 「とりあえず、カラーを入れ替えてみるっていうのはどうですかね」 「そこは重要なの?」 「戦隊物に於けるカラーは、言うなればアイデンティティと同義です。五の階乗、百二十にもなるパターンの中から、最適のものを選ぶのは容易ではありません」 熱く語ってるけど、遊那がそろそろ愛銃を抜きかねない状況だし、無理なんじゃないかなぁ。それにしても、変身もしないで銃を乱射しかねない奴は、確実にヒーローとして失格だと思う。 「私は、ブルーから動くつもりは無いよ?」 「そして茜さん。空気を読まずに乗らないで下さい」 実際のところ、この人は全てを把握した上でこういう行動を取っているからタチが悪い。 「どうせなら、正規の五人に入らない、謎の敵か味方かポジションをやりたかった」 「遊那。何か言ったか?」 「い、いや。何でもない」 残念ながら、俺は地獄耳なのよね。聞いちゃったものは忘れられないのよね。 「話は、聞かせて貰いましたわ」 不意に、扉を開けて中に入ってきたのは綾女ちゃんだった。 「ちなみに、だ。どこら辺から聞いてた?」 「皆さんが、奇妙な掛け声を上げておられるところですわね」 どうやら、あの一連の叫び声は廊下にダダ漏れだったらしい。まるで、高度経済成長期の、工場からの汚染物質の様じゃないか。ハハハ。 「生徒会室って、意外と防音機能が適当だったりするのよね」 「プライバシーもへったくれもない、町医者の診療室じゃないんですから」 あ、遊那が本気でヘコんでる。ってか、蹲って小刻みに震えてるけど、生物として大丈夫なんだろうか。 「私は、グリーンをやらせて頂きますわ」 「丁度、欠員が出たところだ。ありがたく迎えさせて貰うぞ」 この際、身長差に依るアンバランス加減は深く考えないでおこう。 「それで、元々は何の話だったっけ?」 「いやぁ、俺ももう、何が何やらさっぱり」 二人や三人でもカオスになるこの面子が、七人も揃えば、しっちゃかめっちゃかになるのは想像に難くない。 「ん?」 脳内に、一つのイメージがよぎった。 「また、何か碌でも無いことを閃いたみたいです」 「流石、岬ちゃんは公康君の参謀をやっただけのことはあるよね。奥さんみたいに何でも分かるんだから」 「この方の場合、考えてることが分かり易いだけですわよ」 「そ、それより、奥さんって、ねぇ」 女の子達の、悪意に満ちた偏見を軽く聞き流し、俺は脳裏を掠めたアイディアを具現化する為、実行プランを纏めるのだった。 「てめぇ。割り込んでんじゃねぇよ」 「あぁ? ザケたこと言ってんじゃねぇぞ、コルァ」 二十一世紀になってかなりの年月が経ったというのに、未だ、この類の若者が絶滅しないことが不思議で仕方無い。 『テケテテケテテケテッ』 携帯電話の再生機能を利用した効果音が、周囲に響き渡った。出囃子は良いねぇ。これがあるだけでテンションが上がるというものだ。 「あ、君達。争いごとはいけないよ。ラブアンドピース。愛し合おうじゃないか」 何となく、歌舞伎っぽい喋り方を使ってみた。 「何抜かしてんだ、ボケ。締めるぞ、タコ」 しかし、この手の人種が使う言葉は、何年経っても進歩しないのだろうか。ある意味、時が止まった空間に分類しても良い気がする。 「貴様ら。余り舐めた口を叩くと後悔するぞ」 ドスの利いた口調で、遊那はデザートイーグルを抜いた。真面目な話、味方にすれば頼もしいが、敵に回せばこいつらと同レベルだとも思う。 「あぁん? んなモデルガン、怖く――」 ヒュン。 BB弾が、チンピラ一号の耳を直撃した。あれで意外と神経が多い場所だからな。足の小指をタンスにぶつけるくらいの痛みがあったはずだ。 おっと、当然のことながら、良い子は絶対に真似しちゃダメだぞ。 「つぅ……くぉぉ!」 「お、おい。あいつ、二年の浅見じゃないか? 頭がイカれてて、何処でも発砲するって噂の」 「と、となると、一緒にいる男も相当にヤバいのか。に、逃げた方が良さそうだな」 さっきまでの威勢は何処にやら。蜘蛛の子を散らす様にチンピラ達は走り去っていった。 それにしても、地味に心が寒々しい気がするのは何故だろう。 「ふぅ。やはり私は、こういうクールなポジションであるべきだな」 今日に限っては、こう神経の太い奴が羨ましくて仕方無い。 「先輩。結局、何がやりたいんですか」 岬ちゃんの質問に、演出として一拍の溜めを作ってから返答する。 「つまりは、学園の自警団だよ。言い換えるのであれば、ガーディアンエンジェルだ。暴力やセクハラを行う、根性の曲がった連中を監視、更生する。俺達、学生だからこそ、生徒指導の先生には気付かないこともあるんだよ」 「はぁ。そうですか」 微妙に、声に張りが無い気がするのは杞憂だと思いたい。 「セクハラに訴えることがあるのは、貴方じゃありませんこと」 あーあー。何も聞こえなーい。 「とにかく。茜さん、入団してくれますよね」 「面白そうだから、やろうかな」 「お姉ちゃん……」 かくして、『七原公康警護団フューチャリング桜井茜』が結成される運びとなった。既に目的を見失ってる感もあるが、それに気付くのは後日のことである。 続く
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