邂逅輪廻



「へっへっへ。よぉ、あんちゃん。ちょっとジャンプしてみろよ」
「は、はいぃ」
「おやおや。このチャリンチャリンって音は何かなぁ?」
「ひ、ひいぃ」
 俺らの学園は、熱狂的に盛り上がる生徒会長選挙に加えて、極めて自由な校風が有名だったりする。その為、人間的にはピンからキリまで居る訳で、こんな前世紀に死滅したはずの不良が時たま発見されたりする。別に他人の生き様をどうこう言うつもりは無いが、警護団を立ち上げた以上、俺達は生徒の安全を守るべき立場にあるのだ。
『テレッテテッテテレー』
 苦心の末に完成した、ネオ出囃子バージョン4.75を軽快に鳴り響かせた。
「あ、貴様ら、待たれい。弱きを見て暴力を振るうとは何たる卑劣さ。生徒会長に代わって、成敗してくれる」
 この決め台詞的なものも、歌舞伎調に始まり、ミュージカル風、近代歌劇風、時代劇風と迷走を重ねた末、元鞘に収まった。何かを生み出す為には多大なるエネルギーが必要だということを実感させられたぜ。
「うぬぅ? お、お前、まさか、最近、学園を荒らし捲くっているという――」
「はっはっはっ。我を知っているとは感心、感心。では皆の衆。心置きなく成敗してしまいなさい」
 号令と共に、警護団の女子部隊クインテットが不良達に向かって突撃した。茜さんと遊那の格闘術は一級だし、りぃの鉄拳は犯罪的。岬ちゃんと綾女ちゃんも、一通りの護身術を齧っている。正直、女子総合格闘部でも設立すれば、そこそこの線までいけるに違いない面子だ。
「ふぅ。とりあえず、これで終わりかな」
 極力、相手を傷付けないという観点から、投げ技や関節技が主体になるのだけれど、受身や技の恐ろしさを知らない連中だけに、かなり痛い目を見る。最近では、その恐ろしさが口コミで伝わっているらしく、俺らを見るだけで逃げ出す奴も居るくらいだ。
「七原。たまには貴様も働いたらどうだ」
「大将は軽々しく動いてはいかんのだよ。万一のことがあったらどうしてくれるつもりかね」
「その内、人望メーターが零になりますよ」
「マイナスにならなければ、何とかなるもんさ」
 何となく、女の子達の視線が何処か遠くを見てる様に思えた。
「それにしても、私達も随分、出世しましたわね」
「実績を作れば、誰かが認めてくれるものさ」
 俺達の作った警護団は、何でもノリで認める教師と、舞浜千織生徒会長の力に依って、正規の物と認められていた。正式な所属まであり、生徒会執行部の実動警ら隊という奴に放り込まれている。体良く、便利屋として使われてる側面もあるけど、世の中はギブアンドテイク。持ちつ持たれつさ。
「これって、秋に向けての好感度上昇になるよな」
「良く分かりませんわ。敵になりそうな方と一緒ですので、何処まで価値があるのかは謎ですわよ」
 それはたしかに言えるかも知れない。綾女ちゃんと茜さんが同業じゃ、選挙対策にはならないかね。西ノ宮が居ないだけマシだけど。
「ふわっはっはっは。話は全て聞かせて貰ったぞ」
 不意に、男の声がした。
「だ、誰だ!?」
 随分と芝居掛かった口調だが、こういう時はノリノリに返さなければいけないと、ヒーローの為の聖典『正しい主人公の在り方』に記載されているので仕方無い。
「あ、呼ばれて答えるもおこがましいが、あ、教えてやろう」
 こいつ、俺が苦心して確立させた歌舞伎喋りをパクりやがった。
「我が名は、大村聡、大村聡をどうぞ宜しく」
 その男は、いわゆる大見得を切って姿を現した。うぬぅ、ちょっと格好良いじゃないか。これはパクらざるを得ない。世の中、盗りつ盗られつさ。
「んで、結局、誰だ?」
 はて。何処かで聞いたことがあるような。顔も若干、見覚えがあるような。
「先輩、先輩。前生徒会長ですよ」
「あー、例のセクハラが発覚して辞退した」
「そういう憶え方はやめてくれ」
 あの一件は、岬ちゃんのリークがきっかけだったんだが、それを言ったら殺されそうなのでやめておいた。
「それで、何の用だ。自業自得で立候補を取り止めて暇になった誰かと違い、学園の為、そして生徒達の為に日々、汗を掻いている者は忙しいのだよ」
「皮肉も、そこまで来れば清々しいですね」
 ハハハ。そんなに褒めるなよ、岬ちゃん。
「ふぅん。余裕をかましていられるのもこれまでだ。君達が正義の味方を気取るというのなら、我々はダークヒーローとして学園に君臨させて貰う」
「ん?」
 何かが、引っ掛かった。
「今、我々って言ったか?」
「ふっ、良くぞ気付いたな。それでこそ我が永遠のライバル」
 いつ、そんなけったいな物になったかについては、この際、深く考えないでおこう。
「出でよ、我が従順なる下僕達よ!」
 最早、ダークヒーローを通り越して只の小悪党だけど、深く考えたら負けに違いない。
「矢上春樹!」
「若菜由愛!」
「二階堂優哉!」
「西ノ宮麗!」
「そして頭領の俺、大村聡を加えて、正に最強の五人衆。貴様らなど、足元にも及ばんことを証明してくれるわ」
 あ、ヤバい。持病の偏頭痛が再発しそうだ。
「西ノ宮〜。何、遊んでんだ〜?」
「む、無理矢理に入団させられたんです! 本意じゃありません!」
 りぃと同じく、ちょっと楽しそうな顔をしていた気がするのは見逃してやろう。
「七原君。生徒会長には縁が無かった僕だけど、この道こそが天職だということに気付いたんだ」
「矢上先輩、あんたもか!」
 本当、何処から突っ込めば良いのかが本格的に分からないって凄い状況だな。
「ん〜。こういうのって〜、結構、好きだったりするんだよね〜」
「私こそが、世界の全てを知る者。故に、こうなることは分かっていたぞ」
 完全に、選挙の同窓会と化してきている。今、ここにミサイルが落ちれば、秋の勢力図は塗り替えられるな。
「尚、カラーは順に、シルバー、メタリックパープル、レインボー、プラチナに、ゴールドだ」
「悪趣味だろ! テカり過ぎだ! 保護者から苦情が来るぞ!」
 大体、どこら辺がダークヒーローの色なのかがさっぱり分からない。
「何にせよ、俺達が貴様らに取って代わって、秋の選挙は頂かせて貰う」
「西ノ宮以外三年生だろ! 立候補さえ出来ねぇじゃねぇか!」
 お願いだから、三年生らしく最後の部活に青春するなり、受験勉強するなりして欲しい。
「君もまだまだ若い。一人しか立候補できないからこそ、票が割れないのだよ。予備選で候補者を統一するのと同じことだ」
「西ノ宮、悪いことは言わん。今すぐ、脱退しろ。秋に立候補するしない以前に、人としての支持率を下げる一方だぞ」
「やれやれ。嫉妬とは醜いものだな」
 俺達の人気に嫉妬して、訳の分からないパチモンを作った奴に言われたくない。
「こうなったら、実力で決着をつけるしかないな」
「遊那さん、言いながら弾を装填しないで下さい」
 冗談を冗談と理解出来ない奴は、危険極まりないことを知ったぜ。
「ん〜。こうなったら、全面対決するしかないよね」
「茜さんも、中途を省略して良く分からん結論を導き出さないで下さい」
 今、ここにカオス測定器なるものが存在すれば、メーターは振り切るという確信があるぜ。
「やっぱり、五対五の勝ち抜き戦が基本だよね。折角だから、公康君には先鋒を務めて欲しいかな」
「は、はい?」
「良い機会だ。その身を削ってこい」
「い、いやぁ。俺は秘密兵器って言うか、スーパーサブって言うか、ここ一番でやるタイプだし」
 逆説的に言えば、普段は半分、冬眠している状態であることは否定しない。
「あ。じゃあ、こういうのはどう?」
 不意を突いた茜さんの提案に、俺らは全員、唖然とするのであった。


『ふわっはっは。現れたな、堕落天使キミヤスーン。今日こそ、雌雄を決してくれる』
『何を。この悪の権化が。貴様なんぞ消え去ってしまえ』
 えー、状況を噛み砕いて説明しよう。俺らは、テレビに出演している。いやいやいや。真面目に聞いてくれ。語弊があったのなら謝る。とは言え、嘘は言っていないはずだ。あくまでも、放送部協力に依る自主制作だという情報が欠落していただけで。
 脚本、演出、監督の全てが茜さんという無茶なスタッフなのはさておいて、シナリオの方も、正義の味方を名乗るヒーロー二組が互いに罵り合いながらも友情を育むという訳の分からないものだ。これが園内で好評だというのが、もっと訳が分からない。世の中、何が受けるか分からないという典型を見せ付けられた気分だぜ。
『ふっ。世は儚くも、我はここに在り。消えよ、雑魚共!』
 元々、こういう世界に憧れていた遊那などノリノリ過ぎて困る。茜さんも長い付き合いだけに把握し過ぎて、『闇に生きる一族に生を受け、生まれながらに一子相伝の必殺剣を身に付けた暗殺者』などという、理解し難い設定にしてしまった。ちょっと格好良いと思った君は、ある意味で見所があるぞ。
『や、やぁやぁ、我こそは、我こそぞ』
 りぃはというと、一般人に一番近いだけあって、素人っぽさが抜けない。唯、そこが良いという病んだファンが付いてしまい、悩みの種となっているようだ。
『全ては、計算通りです。結果論だろという御指摘を頂くことも、計算通りです』
 岬ちゃんは、本職に限りなく近い知的キャラを熱演……と言うか、素に近い表情を見せていた。流石は実の姉だ。肉親は強いぜ。
『ほ〜ほっほっほ。自分が正しいと思っている者の自尊心をへし折るというのは、快感ですわ。恍惚ですわ。痛快ですわ』
 綾女ちゃんに至っては、何かもう、誰にも止められない。スイッチが入ると、如何様にも顔を変えられる政治家体質だからか、使い易さが群を抜いている。或いは、女優を志しても成功するかも知れない。身長的な話はさておいて。
「しかし、悪の組織が無いヒーローものは、何か釈然としないものが残る」
「斬新でしょ」
 と言うより、敵が居るからこそのヒーローであって、それが抜け落ちると、単に頭が弱い人に成り下がるのではなかろうか。
「ヒーローは常に進化してるのよ。最終的には、印籠か桜吹雪を見せれば一件落着になるんだと思うよ」
「それは単に、ヒーローを見て育った世代が、熟年化していってるだけじゃないですかね」
 後、十年、二十年もすれば本当にそうなるだけに、将来のヒーロー像は想像も付かない。
「ううっ、感動だよ。僕が作った映像がここまでの反響を得るなんて。営業効果ばかり狙った作品をバカにしてたけど、売れるって大事なことなんだね。目から鱗だよ」
 技術協力である放送部部長が、感動の涙をボロボロと零していた。俺にとっては、こんな意味不明な作品でも、騒がれたら嬉しいということの方が目から鱗だぜ。
「政治家も、名前が売れたもの勝ちってところが多分にあるもんね」
「余りの実も蓋も無さに、俺が泣きそうです」
 あれ、目から何やら汁が漏れ出してるよ、ダディ。
「ふぅ。一仕事終えた後の一杯は旨いねぇ。これぞ青春だよ」
 矢上先輩。そりゃ、確実に中年の発想だよ。オヤジだよ。
「な、七原さん。私は何故、こんなことをやっているんですか」
「西ノ宮。それが人生だ。世の中、才覚だけで道を切り開ける部分は極一部。八割、九割は縁と運に依って成り立つものなのさ」
 あれ? ひょっとして俺も中年っぽくなってやしないか?
「何にしても、皆、テレビに出れて良かったよね」
「そんな締めで本当に良いんですか、茜さん」
 そういや、話の大本はそんなところにあったなぁと、懐かしくさえ思ってしまったぜ。

 尚、俺らの特別放送は園内で大々的な反響を得て、学園祭での舞台公演まで漕ぎ着けることになるのだが――それはまた、別の話って奴だ。


 了




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