状況を、整理しよう。俺は、りぃ、千織、茜さんと共に、とある小高い丘の上にある神社にやって来ていた。目的は、生徒会の円滑な運営祈願だが、そこでは、岬ちゃんと遊那がアルバイトで巫女さんとして従事していた。しかし、そこで奇妙な事件が起こる。神社に於ける定番、おみくじが全て無くなっていたのだ。だがこれも、ここから始まる惨劇の序章に過ぎない。陸の孤島で繰り広げられる、血で血を洗う狂騒劇。果たして、何人が生き残れるのか。そして、この事件の真犯人は誰なのか。狂乱の幕は、未だ降りることはない。 「人の職場で、勝手に殺人事件などを起こすな」 遊那君。心のナレーションを読まないように。 「しかし、本当に無いのか? 別の場所に置いたのを知らされて無いとか」 「あんな細かいものを、わざわざ移す理由が思いつかないな」 そりゃま、たしかに。 「私が知る限り、御守りや羽魔矢の類を含めて、この社務所から物が持ち出されることは無い。一応、鍵は掛かるし、盗んだところで、ここ以外で捌くことなど出来ないものばかりだからな。末端価格で数十万しようと、犯人にとって何の意味もあるまい」 たしかに、おみくじなんか、纏めて手に入れても只の紙切れだもんなぁ。でも、逆に考えると、利益率はメチャクチャ高そうだなぁ。おっと、いけねぇ。商売人の血が騒いじまったぜ。 「とりあえず、対処をしておいた方が良さそうだな」 言って、おみくじの看板に、『完売御礼』の札を掛ける遊那。何か微妙に、厳かさに欠ける気がするんだが、これで良いのか。 「岬。伯父貴に一通り状況を報告しておいてくれ。ちょっとした行き違いの可能性もゼロじゃないからな」 「了解」 トテトテトテと、本殿へ向かって走っていく岬ちゃん。何か、小動物的で半端無く可愛いんですが、この情動をどうしたら良いんでしょうか。 「それにしても、良く分からん事件だな」 同業者が、商売に使う為に盗んでいったとでも言うのだろうか。でも、それなら他のも持っていくだろうし、尚のこと訳分からん。 「一人だけ、意味も無く、こういうことをする人間に心当たりがある」 「言うな。その可能性を、全力で脳内から消去してるんだから」 解説するまでも無く、その人とは茜さんだ。ついさっき、遊那が啖呵を切って飛び出した隙をついて、こっそり潜り込んだとかは、考えられなく無い。あの人の行動に、意味などを求めてはいけない。そういう人なのだから。 「遊那ちゃん、やっほ〜」 噂をすればと言うか、茜さんは呑気な声を上げて登場してきた。 「って――」 岬ちゃんを先頭にして、三人の女の子がこちらに向かってきていた。岬ちゃんに茜さん、そしてりぃだ。三人は三人共、遊那と同じ格好をしていて、呆気に取られた俺は、言葉を失ってしまった。 「いやぁ、茜さんは何を着ても似合いますね」 千織、お前は一体、いつ復活した。 「き、公康。折角だから、着てみたらって言われたんだけど、ど、どうかな」 りぃはりぃで、俺にどういうコメントを期待してるんだろうか。 「やっぱ、可愛い、よな。女の子がこういう格好してるのって」 「ほ、本当?」 「あ、ああ」 あくまで、一般論としての総評なんだが、喜んでるから良しとしておこう。 「遊那ちゃん。神主さんは心当たり無いって」 「そうか……」 遊那はそう呟くと、神妙な面持ちで愛銃を俺に向けて放ってきた。は、はい? これは一体、どういうことなんでしょうか? 「茜。商売物のおみくじが全て無くなった。私は犯人をお前だと睨んでいるが、どうだ」 随分と、ストレートに聞く人だなぁ。 「言ってることが分からないよ、遊那ちゃん」 この人も、今までの悪行をさておいて、何でこうもシレッと出来るのか。 「つまり、この一件には関わりがないということだな」 「ん〜。少なくても、私は盗ってないよ」 「ふっ――」 刹那――遊那は拳を固めると、気合一閃、右ストレートを茜さんに繰り出した。あ、あの、どういうことですか、遊那さん。 「う〜ん」 茜さんは茜さんで、何ら動じることなく左手の甲で捌くと、隙の出来た遊那の左脇腹に掌を叩き付けた。 「くっ」 遊那は一瞬、苦痛に顔を歪ませるが、すぐさま身体を捻り込むと、小さな反動で左の下段蹴りを放った。しかし、茜さんもそれを最小限の動きで躱し、右手を差し出すが、そちらも遊那の肘でガードされてしまう。な、何だ? 茜さんは、さっきから、拳を握り込んでいない。申し訳程度に指を折り曲げているだけで、殆ど半開きと言って良いだろう。あれで拳の一番硬いところを使って殴ったら、骨の二、三本はイカれるだろうし、結局は親指の付け根近辺を使って掌底をかますしか出来ないだろう。一体、どういう意味があるって言うんだ。 「お姉ちゃんは、軽量級ですから」 解説キャラが、これ以上無いくらい似合うな、岬ちゃん。 「平均的成人男性から見れば、三回りは小さいんです。筋力、骨格、どちらの面から見ても、拳を握り込み、力比べ、そして体力勝負となる剛の格闘技では不利でしょう。でしたらいっそ、拳を使っての打撃を、掌の下半分に絞り、衝撃に特化させた方が良い。お姉ちゃんはそう考えました。もちろん、力を比較的必要としない、関節技や柔術系統の技も併用する前提での話ですけどね」 あの人、本当に本職は選挙参謀なのだろうか。 「と言っても、あくまで基礎体力の向上と、自分の身を守る為の護身術ですから、ある程度強くなれば何でも良いんですよ」 「ある程度って……」 遊那が小刻みに打ち続ける左ジャブを、猫みたいな拳のまま、軽々といなす茜さん。業を煮やしたのか、遊那は、右足で中段蹴りを放った。袴は、足捌きを読み難い。その上、身長で言えば、二十センチ程は違う。幾ら茜さんの腕が良くとも、肩口近くを急襲するこの攻撃を躱せる訳が無い――はずだったのだが、これまた、ひょいっと身を屈めて空振りさせると、担ぐ様にして膝裏に一撃だけ入れて、間合いを確保してしまった。 「だぁー! ここは、最強巫女さん決定戦予選会場か何かか!?」 この国もまだまだ広いので、予選と銘打って保険を掛ける辺りが、俺の器の限界さ。 「ふっ……茜。腕は落ちていない様だな。内臓が軋む様に痛むぞ」 「遊那ちゃんも流石だよね〜。大振りの様でいて、絶対に関節だけは極めさせてくれないんだから」 どうやら、俺の解釈より、更に一歩上の勝負が展開されていたようだ。 「当たり前だろう。お前に関節を預けた日には、外すか折るまで離しやしないからな」 ぐげ、何つう極悪な。でも、茜さんなら、さして意外では無いのは何故だろう。 「昔、偉大な格闘家が言ってたのよ。『そこに関節がある限り、俺は外すことを厭わない』って」 言ってない、言ってない。絶対に茜さんの創作だ。 「な、何かこの二人の戦いを見てると、心のツッコミが絶えないんだが」 「慣れれば、どうってことはありません」 さいですか。 「だが、そろそろ、決めさせて貰うとしよう。冗長なのは、興を削ぐからな」 すっと、拳法にも似た独特の構えで気合を乗せる遊那。相対する茜さんも、型を作る。素人である俺の見解として、これが只のスポーツであるなら、茜さんが有利だろう。何だかんだで有効打らしきものは食らっていないし、的確に何箇所も痛打している。だがこれは、審判の居ない総合格闘技の様なものだ。遊那には、リーチの長さに加えて、ボクシングで言うと四、五階級は違う体重の利がある。一撃でもまともに入れば、それだけで勝負が決まることも充分に考えられるだろう。 「――」 タッ。行き詰る対峙の中、二人の蹴り足が、和音した。右腕を大きく振り上げる遊那とは対照的に、茜さんは両手を顎付近に纏め、小さく構えている。 「カウンター狙いか!」 カウンター――それは、相手の攻撃を紙一重で躱し、その突進力を付加して自己の攻撃力を高める高等技術。高い動体視力と、極めて精緻な動きを可能とする反応速度があって始めて成立するものだが、茜さんなら、或いは成功するかも知れない。 「茜、甘いぞっ!」 その言葉と共に、遊那は右手を振り下ろした。茜さんとの間合いは詰まりきっておらず、豪快に、空気を切る音が響いた。 「――!」 ザッ。足袋が地面を抉る音を残し、遊那は宙を舞った。右腕は只のフェイクと反動に過ぎず、本命はこの、前回り宙返りに依る蹴撃だったのだ。互いに充分な速度が乗った状態だということに加え、遊那の長い足を考慮に入れれば、避け難さは倍加する。さしもの茜さんも、これはどうしようもないのでは無かろうか。 「ふふ」 ふと、茜さんが笑い声を漏らした様に思えた。聞き違いか、或いは、勝手にいつものイメージを重ね合わせただけなのかも知れない。唯、確実に認識出来たことは、二人が縺れる様にして倒れこんだことだった。乾いた地面からは土埃が舞い、そのまま二つの人影を覆い隠してしまう。お、おい、どうなったんだよ。 「見事な戦いでした」 そんな、満足感一杯の顔で納得しないで、岬ちゃん。 「私、この感動を忘れないよ」 りぃ。お前も、状況が分かってるなら解説してくれ。 「先輩。遊那ちゃんが、お姉ちゃんの左肩口に蹴りを入れようとしたのは見えましたよね」 「ああ、そこまでは何とかな」 遊那の回転は、茜さんとの直線を軸として考えると、大分、捻れている。茜さんの体感としては、恐らく、左上から踵が襲ってくる感じだったのだろう。 「避けることも、ガードしきることも無理だと判断したお姉ちゃんは、その踵を掴んだんです」 「……はひ?」 今、何と仰いました。 「もちろん、全ての衝撃を受け止める、或いは受け流すのは不可能な状態でしたが、お姉ちゃんが欲しかったのは、肘と肩のクッションを利用した一瞬の間だったんです。その隙を使ってお姉ちゃんは、遊那ちゃんの膝裏に掌を叩き込みました。一撃を存分に活かす為に伸ばしきった脚ですから、エネルギーはほぼ全て膝に集約し、又、その結果として蹴撃の威力を半減させました」 「つまり、茜さんが勝ったってことで良いのか?」 「いえ……幾ら減じさせたとはいえ、あれだけ勢いが乗ったものを受け止めたんです。お姉ちゃんの左腕にも相当のダメージが残ってるでしょうから、痛み分けくらいでしょうか」 もくもくと立ち込める土煙の向こう側から、茜さんと遊那が肩を寄せ合って歩み寄ってきた。岬ちゃんの説明通り、茜さんは左腕をダラリと垂らし、遊那も若干、左足を引き摺っている。 「ふっ、良い攻撃だったぞ、茜」 「遊那ちゃんも、相変わらず無茶なことするよね〜」 拳を交えて友情を確認しあう女の子って、初めて見た気がする。 「つうか、何の為のバトルだったんだよ?」 訳が分からないまま見入っていたけど、肝心な部分は抜け落ちたままだ。 「茜は、基本的に極めて感情が読み難いが、拳の方は割合素直だからな。そちらに聞いた方が早い」 尋問だったのですか、これは。 「何だったら、お前も試してみると良い。人の心に、極限まで近付けるぞ」 「謹んで、お断り致します」 とてもじゃないが、一般人の踏み込める領域ではない。無駄な怪我をするのは御免だぜ。 「その上で断定的に言わせて貰うが、茜は嘘を言っていない」 長年の付き合いである遊那が言うんだから、信憑性は高いだろう。 「じゃあ、結局、犯人は誰なんだよ?」 謎が謎を呼ぶ、おみくじ消失事件。一体、真実は何処にあるってんだ。 後日談。おみくじを隠したのは、千織だった。死んだ振りをしておきつつ、遊那が社務所を離れた隙に潜り込み、一式を持ち出した。その後、何食わぬ顔で俺らに合流する、と。たしかに、『茜さんは』盗って無いから、拳の嘘発見レーダーには引っ掛からないことになる。それが例え、茜さんの命令だとしてもだ。 なんだかなぁ。 郷愁――それは、過去を懐かしむこと。 記憶の中にのみ存在する、懐かしき想いに淡い痛み。 人は何故、未来のみに目を向けず、夢を思い起こすのか。 それもまた、人ゆえの特性なのかも知れない。 次回、七原公康流王道的ラブコメ之日々、完結編、 『想い出は、想い出のままが幸せなのさ』乞う御期待。
|