邂逅輪廻



「円滑な生徒会運営の為に、神社に行って祈願しようと思うんだけど」
「はぁ」
 茜さんに電話でこう言われたのが、昨日の晩だった。俺も、何だかんだで、まだまだピュアなのかなぁ。これだけ幾度と無く騙されつつ、素直にこの言葉を信じてしまった。悪質訪問販売に引っ掛かるのは同じ人間だと言うけれど、それを体現してしまった感じだ。
「それでまあ、付き合ったのは良いんだけど――」
 な、何だ、この無駄に長い階段は。そりゃ、神社ってのはちょっと高めのところに作ることが多いけど、これは遣り過ぎだろ。下が若干、霞んで見えるぞ。
「き、公康。僕はここまでの様だ。後は任せたよ」
 力尽きたかの様に、階段に突っ伏して最期の言葉を遺す千織。こら、貴様。誰の為に、こんなことをやってると思ってるんだ。
「このアングルなら、ちょっと良い景色が眺められるかも知れないなんて、思ってもいないよ」
「……」
 俺らから見て、大分、上のところには、りぃと茜さんが居る訳で。私服でスカートなんて、無防備にも程がある――じゃなくてだな!
「お前は、何処まで行っても、俺の親友なのだと思い知らされたよ」
「それって微妙に、褒めてないよね」
「全くだ」
 とりあえず、手だけ貸して無理矢理に起き上がらせた。肩を貸そうかとも思うけど、はっきり言って、そんなことをしたら共倒れの可能性が高い。ここは一つ、千織には自力で這い上がって貰うことにしよう。
「前向きに考えるんだ。願を掛け、一歩一歩、願いを噛み締めつつ踏み出せば良いじゃないか」
 何で俺が宥めなきゃならんのだろうか。本来なら茜さんの仕事のはずなんだが、あの人はとっとと登りきってしまっている。人の使い方が巧いのが参謀ってものなんだろうけど、あんまりと言えばあんまりだぜ。
「こ、こんにゃろ……何とか一番上まで辿り着いてやったぞ……」
 最上段の鳥居を潜り抜け、息せき切りながら振り返ると、そこには別世界が広がっていた。俺らが住む町の一区画が、まるで碁盤目の一路の様に小さく見えた。遠くには、雄大な海原もあれば、富士山も一望できる。こんな場所があったのか。たしかに、この展望があれば神様の存在を信じてしまいたくもなる。ここに神社を作った人の気持ちが、少しだけ分かった様な気がした。膝が笑ってる現実は勘弁して貰いたいけど。
「ここの御百度参りってね。マイナールールでは、階段の下まで行かなきゃいけなかったりするのよ」
「どんな物好きがそんなことを実践するんですか」
 って言うか、今、茜さんが作った匂いがする。
「公康君。千織君の代わりに――」
「丁重に、お断りさせて頂きます」
 この時点で筋肉痛の心配をしている俺だ。五往復もする頃には、筋繊維断裂を本気で心配しなくてはいけないだろう。それにしても、千織の状態は深刻だ。さっきから、鳥居の横でうつ伏せになったまま、ピクリとも動かない。まあ、何だかんだで頑丈な男だから、多分、大丈夫だろう。俺は気を取り直して、本殿を見遣った。
「秋の選挙は、ここへ願掛けしに来ようかな」
 基本的に宗教の類に興味は無いけど、縁起程度の意味だったら話は別だ。無宗教の人だって、七夕に願いごとは書くし、盆には実家へ帰る。結局、俺も宗教に大雑把な日本人の血が濃いのかも知れないな。
「先輩。先輩じゃないですか」
 何処かで聞いた声を耳にし、振り返ると、そこには女の子が居た。やや小柄の体躯で、黒髪長髪にドングリ眼。服装は、白の小袖に緋袴と、いわゆる巫女装束だった。えっと……チックチックチック――チーン。
「岬ちゃん!?」
 解答を導くのに要した時間は、およそ五秒。だけど、顔はそうなんだけど、え、ちょっと待て。この髪は何なんだ。岬ちゃんのそれは天然の小豆色で、普段はポニーテールにして纏めているものの、下ろしても肩に幾らか掛かるくらいだ。色は染めたで納得できても、妖怪じゃあるまいし、いきなり伸びる訳も無い。一体、どういうことなんだ。
「これ、カツラなんですよ。英語で言うと、ウィッグですね」
 英訳する意味は、何処にあったんだろうか。
「しかし、それを聞くと軽い詐欺にあった気分なんだが」
「政治家が経歴を紹介される時、必ず、優秀な成績で卒業したって言われるのと同じことです。人間、割り切りが大切なんですよ」
 何て無駄な説得力なんだろう。
「つうか、茜さん。岬ちゃんの巫女装束を見せたくて誘ったのか」
 妹大好きっ子の茜さんらしい話だと思った。だけど、身内自慢なんて、いつもの茜さんから見れば可愛いものじゃないか。おっと、いけない。微笑ましさで、口の端が緩んでしまったぜ。
「お姉ちゃんが来ようって言ったんですか?」
「ああ。生徒会の潤滑な運営祈願だそうだけど、どっちが目的だったのやら」
 あれ。そういや、茜さんは何処に行ったんだろう。千織は、巫女という単語に反応したのか、何とか座り込めるくらいまでには回復してるけど、りぃも居ないし、どうなってるんだろうか。
「ん?」
 本殿に正対して、右手側には社務所がある。御守りや絵馬、破魔矢なんかを置いている場所だけど、そこにもう一人、巫女さんが居た。すらりとした長身で、髪型、服装は岬ちゃんと同じなんだけど、何処かで見た様な顔立ちだった。
「……何か、御用でしょうか」
 その巫女さんは、極力、目を合わせないようにして、事務的な質問をしてきた。声を気持ち裏返しており、身元が割れない様にか、気持ち必死だ。
「もしかして、お名前を浅見遊那さんと仰ったりしないでしょうか」
「だとしたら、どうだと言うのでしょう」
「笑う」
 きっぱりと、言い切ってやった。
「全力で笑う。恥も外聞もなく、今週一杯、笑わなくても良いくらいに笑い転げる」
「……茜だな」
 流石は幼馴染み。察しが実に宜しい。
「茜、出て来い! 貴様とは付けねばならん決着が五万とあるが、今日こそ社会的に抹殺してくれる!」
 見た目清楚な、本格派の巫女さんが社務所から飛び出し、エアガンとは言え、デザートイーグルを持って啖呵を切る絵面は、物凄く異様だ。それにしても、茜さんの雲隠れにはこういう理由があったのか。一流の攻撃力と、超一流の自己防衛能力。これこそが桜井茜流か。人としてはどうかと思うけど。
「ちっ。まあ良い。この境内は陸の孤島だからな。如何に茜と言えど、階段を使う以外に逃げる手段など無い」
 その言葉にちょいと興味が湧き、この地所を囲んでいる手摺りから、下を覗き込んでみた。
「高っ!?」
 思わず、声を上げてしまう。何しろ、周囲は殆ど断崖絶壁で、ちょっとした高層ビルくらいはあるんじゃなかろうか。それでも、本格的な装備と技術があれば昇降は可能だろうけど、茜さんはそういう泥臭いことは、多分、しないだろう。遊那の発言は、その性格部分を加味した上でのものなんだろうな。
「それにしても、随分と似合ってるじゃないか」
 元々が、スラリとした長身で、スタイルも悪くない。岬ちゃんみたいに小柄な子だと、可愛らしいという印象が先行するけど、遊那の場合は凛々しさが際立っていた。
「ってか、お前に信心なんてものがあったのか?」
 下手をすれば笑い死にしてしまいかねないくらいツボに入っている理由がそこだ。アウトロー気取りで無頼派の遊那と、厳粛で貞淑な巫女さんとの接点がどうしても見当たらない。
「甘く見るな。これでも、初詣は、ほぼ欠かしたことが無い」
「日本人の半分くらいはそうだけどな」
 むしろ、正月くらいは行っておこうという、アバウトな面を強調している気がしないでもない。
「そもそも、何で二人が巫女さんなんてやってんだ?」
「遊那ちゃんの伯父に当たる人が、ここの管理をしてるんですよ」
「成程、納得」
 そういうツテでも無い限り、遊那がここに居ることは考え難いだろう。バイトの募集があったとしても、面接で弾かれる可能性が高い。あ、でも、ここに通う根性のある奴が居なかった可能性はあるかも知れない。あの階段の往復に、何の手当ても付かないのは、殆ど不法労働だ。体力を付ける為とかいう変わり者も、居ないとは言い切れないけど。
「何はともあれ、ここまで来たんだ。キチンと金を落としていけ」
 暴力バーか何かですか、ここは。
「折角だし、御守りでも貰おうかな。ここの神様は、どういうのが得意なんだ?」
「昨今の願望需要の細分化を鑑みてな。大願成就を主力にしているらしい。要は、願えば何でもオーケーということだな」
 それは、神社の仕事を思いっきり放棄してる気がするんだが、良いのか。
「その姿勢はいけないぞ。特にこれといった売りが無いという、周辺住民への消極的な媚び方は、神社の存在意義を失うこととなり、それこそ初詣と祭りの時以外は寄り付かなくなっていってしまう一方だ。それよりも、これだったら何処にも負けないという一点特化をすることで、定期的な参拝者、並びに遠方からの観光客を呼び寄せることにも繋がり、引いてはこの地域へお金を落とすことへの貢献も期待できる訳だ」
「先輩。何で、ちょっと経営コンサルタントっぽいんですか」
 その件に関しては、むしろ俺が知りたい。
「お前、もしや政治家より、商売人に向いてるんじゃないのか」
「それは時たま思うな」
 昔から、兄貴にも良く言われてた。『お前のセールストークと抜け目の無さがあれば、大概の商店街は活性化するのにな』とか何とか。
「まあ、私は経営にはタッチしていないからな。バイト代さえ貰えれば、どんな潰れ方をしても、一向に構わん」
 相も変わらず、ドライなことで。
「そもそも冷静に考えてみろ。この立地だぞ。誰がわざわざ、好き好んでこんなところまで来るというんだ」
「願掛けって意味だったら、こういう無茶な場所の方が、有り難味が増すと思うけどな」
 どうやら、遊那には根本から商人としての発想が無いらしい。
「ところで、いい加減、何かを買って貰わんと、冷やかしということになる訳だが」
「それが客に対する態度か」
 厳密には、この場合、俺は信徒ってことになるから、お布施として納めるというのが正しいんだが、本質的には同じことだから気にするな。
「まあ良い。絵馬を貰おうか」
 これだったら、好きなことを書けるし無難だろう。お参りに来て、無難とかいう発想をするハメに陥るとは、本格的に思わなかったがな。
「後、おみくじ一つな」
 神社へ来たからには、一回くらいは引いておくべきだろう。遊那は、収納されていたおみくじ箱を取り出すと、ジャラリという音を立てつつ、こちらに渡してきた。
「予め言っておくが、十二番と三十五番は切れてるから、出た場合は引き直しだ」
 ちゃんと補充をしなさい。その内、本当に信用を無くしますよ。
「三十九番、だな」
「身を朽ちさせる、か」
「すいません。この口の悪い巫女さん、何とかならないでしょうか」
 接客業としての自覚が無いにも、程があると思うんですが。
「お前以外なら、営業用の顔を用意してあるから、何の問題も無い」
 そういや、最初は少し敬語とか使ってやがったな。光栄なんだか、差別なんだか良く分からん対応だ。
「うん?」
「どーした。まさか三十九番まで品切れか?」
「いや……無い」
「無いのかよっ!」
 何て杜撰な管理体制だ。いや、逆に、このクジの方に偏りがあるんじゃないのか。確率的に考えれば、そんな、一部だけが減ることは無い様に思えるんだが。
「違う。おみくじ全てが無いと言っている」
「……はい?」
 一転して、風雲急を告げる感じとなったこの境内。あー、全く、何で俺にはこう厄介事が寄って来るのかね。元凶は分かりきってるだけに、怒りの遣りどころが無くて、大きく嘆息した。





次回予告

罪業――それは、悪き結果を招く行い。
何処の何者であろうと、罪の価値は等しい。
何ゆえに、人は罪を重ねて尚、生き続けるのか。
業を抱えずして、生を享受出来ぬこの世こそ、罪深いのかも知れない。
次回、七原公康流王道的ラブコメ之日々、延長戦・五、
犯人は、この中に居るかもね』乞う御期待。





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