邂逅輪廻



「そういや、去年の今頃は、このお祭り騒ぎを随分と冷めた目で見てたもんだよな」
 一昔前の自分を振り返りつつ、同時に今回の選挙戦も思い起こしてみた。色々、あったなぁ。思い付きで立候補を決めて、岬ちゃんに出会って、茜さんに千織を横取りされて。綾女ちゃんが神輿に乗ったり、遊那が手当たり次第発砲したり、西ノ宮にコテンパンに熨されたり。いやはや、今という時は、過去が積み重なって成り立っているとは言うが、その重みを実感するよ、全く。
「ど〜でも良いんだが、りぃ」
「何よ?」
「俺達って、一度でも千織に、おめでとうって言ったけか?」
「……」
 前略、お兄様。お兄様は、私に、人として最低限の礼儀を教えて下さいましたよね。その基盤は、挨拶であるとも。どうやら私は、その教えを守れていなかったようです。この一件が無事に片付きましたら、如何なるお叱りもお受け致しましょう。ですので今は、そっとしておいて下さい。草々。
「そんな二人に、すっごい朗報があるんだけど」
 茜さんが脈絡無く湧いてくるのに慣れた俺は、そろそろ戻れない道を歩んでいるのかも知れない。
「あ、あ、あ、茜さん!? い、一体、何処からやってきやがったんですか!?」
 りぃは、まだまだ甘いな。この程度で動揺しているようでは、この人と健全な付き合いなんか出来ないぜ。関わってるだけで不健全な気がするというのは、絶対に触れないで頂きたい。
「この学園ってね。廊下側の壁に、通気用の下窓があるんだよね」
 何で、そんなところから出てくる必要性があるんですか。ってか、その理屈で言うと、廊下側から見ると、大の女性が這い蹲って潜り込んでることになるんですけど、それで良いんですか。
「スカートの中は覗いてないから安心してね」
 ちっ。その発想は無かったな。流石は、学園最終兵器の称号を与えられるだけのことはあるぜ。
「公康って、本当、何考えてるか分かり易いよね」
「わーい。褒められたぜ」
 何か、知り合いの女の子に手当たり次第、言われてる気がするんだが、深く考えるのはやめておこう。
「それで、朗報って何すか」
「うん。明日、千織君の就任式でしょ? サプライズスピーチってことで、親友の二人にコメントして貰えないかなって」
「サプライズ……ってことは、千織の奴は知らないんですか?」
「うん。そっちの方が面白いでしょ」
 生徒会長って、ここまでお飾りな存在だったかなぁ。何で、こういう無意味なところでリアル志向なんだろう。
「まあ、俺は別に構いませんけど」
 ちょっと軽薄な印象もあると言えばあるけど、秋を想定すると、顔を売っておくのは悪くない。千織に、祝辞を言うタイミングを逃したのは事実だし、さっくりと受け入れることにした。
「……マジデスカ」
 一方のりぃは、見事な感じで脂汗を流しつつフリーズしてしまった。基本的に、度胸に関しては俺と同程度だけど、人前で喋るのには慣れてないからなぁ。二千人近くを前に文面を読むというのは、いきなりだと厳しいものがある。初演説の時の羞恥を思い出して、一瞬、目眩がしたけど、過去は過去。前向きに生きて消し去ることに致しましょう。
「何だったら、俺一人でやっても良いけど?」
「な、何を言っちゃってますかな。私は、椎名莉以ですよ。甘く見ないで頂きたいものです」
 りぃには、精神が不安定になると、それに呼応して言葉遣いも無茶苦茶になる悪癖がある。と言っても、土壇場まで追い込まれれば、ストレスを跳ね返す力は女性の方が強いって話を聞いたことがあるから、多分、大丈夫だろう。
「つう訳で、茜さん。了解したってことで」
「うん。皆を泣かせちゃうくらいの熱弁を期待してるから」
 安物のメロドラマじゃあるまいし、そんな必要性はあるんだろうか。そして茜さん。下窓から戻っていくことに意味はあるんですか。あの人の考えることは、本格的に理解不能だ。そんな、分かりきった事実を再々認識した。


「き、公康君。私、怖いよ」
「安心しろ。俺がついてる」
 男であれば、女の子に一度は言ってみたい台詞で、堂々、第一位を獲得するであろう、この言葉を、恥ずかしげも無く言い放てる昔の俺。うーむ。街中でこんなガキが居たら、張り倒してしまいかねないが、自分のことだと気持ち、誇らしくもあるぜ。
「それでは、少年少女合唱団が唄います。静粛に御拝聴願います」
 あー、思い出した。ガキの頃、子供会か何かで、こんなのに所属したことがあったな。今にして思えば、親の付き合いの犠牲になった感もあるんだが、まあ良い思い出だ。
「今日も、ゆけゆけ虎の子だー! 塞がる敵は食い破れー!」
 この、独特の音程の外し方さえ目を瞑ればな。
「た、大変、将来性を感じる歌声でしたね。皆さん、盛大な拍手をお願いします」
 子供相手に気を遣わなきゃいけないなんて、大人は辛いなぁ。と言っても、手を叩く音はまばらで、気持ちに正直な大人の方が多い様だけど。
「かっかっか。ざっとこんなものよ」
「さ、流石は公康君だよね」
 俺という人間は、もしかするとさして進歩をしてないのかも知れないな。しみじみとそんなことを考えさせられる、本日の思い出だった。


「き、公康。足が震えてきたんだけど……」
 俺、幾つになっても女の子に袖を握られる運命にあるのかなぁ。
「安心しろ。俺がついてるじゃないか」
 こうなったらヤケだ。俺の本質とは程遠い、頼れる男を演出してやろうじゃないか。
「公康〜……」
 こう素直に目を潤まされたりすると、すっげー罪悪感があるんですが。結婚詐欺師にはなれそうも無いなぁ。なる気も無いけど。
「これも運命です」
「存分に楽しませて貰うことにするぞ」
 ところで、何で舞台袖に居るのですか、岬ちゃんと遊那。
「私が呼んだのよ」
 やはり、面白くなることには努力を惜しまないな、茜さん。
「一応、千織君は、まだゲストを知らないってことになってるから」
「こんだけ盛大に見知った面子が集まってれば、バレバレだと思うんですが」
 千織だって、只のバカじゃない。テレビ番組だったら、ヤラセってことで叩かれますよ。
「そこのところは、皆、分かった上で楽しんでるから大丈夫よ」
 大人の意見を聞いてしまった俺はどうしよう。何か、微妙に心の中がモヤモヤするんだが。
「あーあー。それでは、生徒会長職引継ぎに先立ちまして、現職の大村聡さんから一言、お願い致します」
 司会役に紹介されて、大村生徒会長が壇上にやって来ると、一礼して、手元の原稿を読み始めた。
「先輩も、女絡みで失脚した割には、清々しい顔をしてるよなぁ」
 まあ、リークしたのは岬ちゃんで、そのお陰で一次を通った様なものの俺が言って良いものかは謎だけど。
「懐かしい思い出です」
「既に、過去の出来事かいっ!」
 漫才はさておくとして。
「続きまして、大村現会長、最大のライバルであり、前選挙では僅差で、堂々、次点を獲得した矢上晴樹さんにも御挨拶願いたいと思います」
 うわ、茜さん、鬼だ。矢上先輩も、もう生徒会には関わりたく無いだろうに、無理矢理、連れてきたんだろうな。こういう、人の気持ちなんて、平気で蹂躙できるくらいの神経が無いと大物にはなれないのか。良い勉強になったぜ。
「僕は……僕は生徒会長になりたかった!」
 な、何だ? 矢上先輩ってば、いきなり台を殴りつけると、そう叫ぶ様にして声を上げた。
「平凡で、何の取り得も無い僕を認めて欲しかった! そうすれば、僕が僕である価値を立証でき、凡庸な人達に道標を――」
 グワァン。いきなり、上空から金ダライが降って来た。それは、寸分違わず、矢上先輩の脳天に直撃し――意識が一瞬、飛んだところを、黒子隊が何事も無かったように連れ去っていってしまう。会場は少しどよめいたが、次いで笑いが起こって、すぐさま消されてしまった。
「げ、言論封殺か」
 恐るべし、茜さん。もしかすると、あの笑い声もサクラなのかも知れない。この人のフィールドで何かをするということが如何に無謀かという良い実例だった。
「茜の奴、初めて会った頃から何も変わって無いな」
「本格的に嫌な小学生だな」
 それはそれで守備範囲だという、厄介な男もたくさん居るというのが世の病んだところな訳だけど。
「え、え〜っと。とんだハプニングもありましたが、プログラムを進めさせて頂きます」
 プロ並の根性だな、司会者さん。
「続きまして、次期生徒会長、舞浜千織さんの友人代表、椎名莉以さんと七原公康さんに祝辞を述べて頂きたいと思います」
「友人代表って……結婚式かよ」
「け、け、結婚!?」
 ダメだ、こりゃ。りぃには、特に期待をしないでおくことにしよう。
「只今、御紹介頂きました七原公康です」
「し、椎名莉以です」
 とりあえずは、俺がリードするしかないか。喋ってれば、その内、落ち着いてくるだろう。
「私、七原公康が千織君と初めて出会ったのは、桜舞い散る入学式でした。右も左も分からぬ新たな学園で最初に顔を会わせた時は、まさか君が生徒会長になるなどとは思わなかったのが正直なところです。とは言え、私も立候補して対立候補となっている辺り、人生とはそういうものなのかも知れませんね」
 形式通りで面白味は無いけど、さっきの矢上先輩を見てると、逆らう気力が根こそぎ奪われる。ええいっ。腰抜けだろうと、狗だろうと、好きに呼ぶが良い。
「これからも、良き友人として、そして同じ、この学園の仲間としてやっていければと思います」
 ここで一区切り付けて、マイクをりぃに手渡した。ガチガチなのは相変わらずだったが、何とか、口元にまでは持ってきた。
「私――私は、椎名、莉以です」
 それは終わってるぞ、りぃ。
「あの……私は最初、千織が立候補するって聞いた時、何でって思った。公康が出て、私も一生懸命、手伝うって決めて、千織も一緒だって勝手に思ってた。ちょっと……何て言うか、ズルいなとも思った」
 りぃ。あいつは茜さんの色香に惑わされたんだ。責めちゃいけねぇ。責めちゃいけねぇよ。
「だけど、全部が終わって、気持ちの整理もついたから、今こそ言うね。千織、本当におめでとう。私に言えるのはこれくらいだけど、ずっと友達で居ようね」
 くうぅ。泣かせるじゃないか。これだと完全に、小手先の言葉を吐いた俺が引き立て役だけど、今のりぃなら許す。格好良いぞ、りぃ。今日の主役は君だ。
「それでは、満を持しての登場となりました。本日、この学園の生徒会長になる舞浜千織さんです。どうぞ」
 千織、お前も運が無かったなぁ。このハレの日に、りぃがこれだけの言葉を残してしまった以上、お前の主役度は――。
「……はひ?」
 登場した千織の姿を見て、会場が、凍り付いた。別段、奇想天外な格好をしている訳ではない。学園指定の上下に、ワイシャツと、生徒手帳に記載されている通りの服装だ。『女子用であること以外は』だが。袖の長い冬服であるところを見ると、茜さんのそれかも知れないが、んなことはどうでも良い。ちくしょうめ。主役が奥に引っ込んでるから、おかしいとは思ってたんだが、茜さん、この為に俺達を巻き込んだのか。こんな大舞台を使って、コテコテの逆ドッキリを仕掛けるとは、何て無駄な労力を消耗するのが好きな人なんだ。
「ふふ。公康、莉以、似合うかな?」
 言って、軽くスカートの裾なんか掴んで、一回転をしてみせる千織。会場からは、何処からとも無く、クスクスクスと、笑い声が零れていた。やばい、完全に食われた。もう、この会場に、俺やりぃのことを憶えてる奴なんて居ないだろう。ってか、りぃ、目が死んでるぞ。正気に戻れ!

 前略、お兄様。騙し合い、化かし合いで、絶対に勝てない相手というのは存在するのです。良い勉強になりました。草々。





次回予告

神事――それは神と関わりし幽玄なる時。
人が人であるまま、その存在を超越する。
何ゆえに、人は人であることを受け入れぬのか。
その答は、人である限り、見出せないのかも知れない。
次回、七原公康流王道的ラブコメ之日々、延長戦・四、
お前が神に仕えるなんてギャグじゃないか』乞う御期待。





 ネット小説ランキングさん(恋愛コミカル部門)にて「センセーショナル・エレクション」を登録しています。御投票頂けると、やる気が出ます(※一作品につき月一回有効。複数作品投票可能)。

ネット小説ランキング:「センセーショナル・エレクション」に投票


サイトトップ  小説置場  絵画置場  雑記帳  掲示板  伝言板  落書広場  リンク