邂逅輪廻



 俺達に付けられる二つ名の制作者は、基本的に公開されることは無い。委員会側の説明としては、特に必要が無いということだ。まあ、その件に関しては、俺もそう思う。千織の『飴色の風雲児』、西ノ宮の『冷涼なる論客』、二階堂先輩の『偉大なる愚者』、そして俺の『勇猛果敢な騎乗兵』。いずれにしても、それなりに嵌っていると思うが、意図を知りたいとまでは思わない。だけど、綾女ちゃんだけは別だ。この名が付けられたのは、演説祭から見て数日前のこと。つまりは俺が綾女ちゃんと出会った頃ということになる。そいつは、その時点で本当に理解していたのだろうか。彼女が、これほど神々の寵愛を受け、そして人々に愛される存在へとなることに。先見性か、偶然か。どんな答が返ってくるにせよ、一言問うてみたい。そう、思っていた。
「さぁ! 討論会も中盤を経て、いよいよ終盤へと差し掛かろうとしています。私見で恐縮ですが、現状では一柳候補が頭一つ抜け出している状況か! 二位以下は混戦状態ですが、二階堂候補は今一つ精彩を欠いている感があります。やはり、自分のフィールドで無いと実力を出し切れないのでしょうか!」
 途端、体育館がどっと沸いた。い、良いのか。宗教関連候補を笑いの種にして。少なくても国政じゃ、ある種タブーなんだぞ、その話題は。
「それでは! 次なる議題に参りたいと思います。五月期当選の生徒会長にとりまして、避けて通れぬビックイベント。『秋季学園祭』についてです。例年、生徒会長の個性が如実に反映される傾向があります。それ故か、一部統計では、一般生徒にとって最大の関心事となっております!」
 一部統計という表現が、限りなく胡散臭く感じる俺は、汚れきってるのかも知れないなぁ。
「では、候補の皆さん、テンション高くいっちゃって下さい」
 委任と言う名の投げっ放しで、バトンを手渡す司会役。ほんと、自由だなぁ、この学園って。
「私、入学したのが先月ですから、当然、学園祭に参加したことはありませんわ」
 最初に口を開いたのは綾女ちゃんだった。ここまで、俺ら四人は完全な論破を一度としていない。その為、弱気と思える今の言葉でさえ、何かの罠かと身構えてしまう。
「幸い、昨年のそれには一般客として来場しましたが、あくまで部外者としてのこと。実際に企画段階から携わっている皆さんとは、経験が違いますわ」
 すんません。俺、去年の学祭は結構、適当にやってました。
「ですが――」
 空気が、張り詰めた。本来なら、演説ではないこの場で、少しでも退く姿勢を見せるのは得策では無い。隙あらば喉元に食いつこうという論客が手ぐすねを引いているからだ。だけど、俺や千織、西ノ宮に至るまで、今の一瞬は躊躇した。恐らく、計算では無く感性で理解したのだろう。遊びと言える余裕を見せても、誰も襲撃してこないことを。そして、その閑談とも言える間が、より多くの視線を惹きつけることも。俺は西ノ宮を天性の論客と評しているが、綾女ちゃんは、天性の政治家だ。順調に成長したら、何処まで伸びるか底が知れない。
「経験が、枷となることもありますわ。私は一年生ですが、それはより自由な発想をする可能性を秘めているとも言えますものね」
 これは、緩みだった。この学園での生活経験が殆ど無い綾女ちゃんにとって、学園祭は絶対的に不利な議題だ。幾ら言葉を繕った所で、無い者とある者の差は厳然と存在する。そのことは、俺を含めた四人が四人、分かってはいる。必要なのは踏み込む勇気だ。これまで、何度と無くこちらの攻撃を躱され、カウンターを食らい続けてきた恐怖感。それを拭って立ち向かうには、心と身体が連動しないといけない。進め。恐れるな。ぶち当たれ。俺個人にとって、唯一と言える武器は、それだけだ。無謀とも言える、最大限の勇気。それをここで出さずして、何処で出すって言うんだ。
「――?」
 ふと、視線を感じた。二千人以上の聴衆が居るのだから、それ自体は不自然なことでは無い。問題は、その出所だ。一般生徒から見て、俺は右袖側に座っている。そこから左回りに、西ノ宮、千織、綾女ちゃん、一回りして左脇が二階堂先輩だ。視線は、左袖方向、俺から見て、左前に座っている千織からだった。この状況で、何の意味がある目配せなのか。考え得る意図を幾つも試算し、端から潰していく。
(成程、ね)
 残った結論は、実にシンプルなものだった。要は、共闘の誘い。当面の敵は、ここで叩いておくべきだということだ。それを即興でやり遂げる為には、気心が知れている方が良い。二階堂先輩は論外。西ノ宮のレベルは高いけれど、人間として良く知らない以上、組んだところで実力以上の力になるかどうか怪しい。たしかに、この場では最良の選択と言えるかも知れない。
「一柳候補。一つ、聞いても良いですか」
「どうぞ」
 覚悟を決め、綾女ちゃんに向き直った。勝てるかどうか、じゃない。戦うか戦わないか、だ。
「一柳候補の言葉ですと、知識が無いということはそれに応じた可能性を持つということです。けれど、その理屈は、少し違うと思います。温故知新という言葉も有るように、過去の知識無くして、新たな発想をすることは出来ません。日本が誇る数々の伝統工芸や技術も、師匠の技や知識を弟子が受け継ぎ、更にその弟子の感性に依って、又、新たな物を創造するのです。ですのでやはり、経験が枷になるというのは過ちで、経験こそ無限の可能性を生み出す糧なのでは無いのでしょうか」
 正直な所、綾女ちゃんが一年生であることを衝くのは趣味じゃない。だけど、この機を逃せば挽回することは不可能だろう。言葉尻のミスも、今後あるかは怪しいものだ。好みをどうこう言っている場合では無い。
「その御意見は一理ありますわ。ですので私は、学園祭実行委員会を、学年毎に独立させようと考えていますの。もちろん、意見交換は頻繁に行いますが、特色を全面に押し出せれば、来年以降の参考にもなりますもの」
 う、巧い逃げ口上だ。画一的に縦割るのでは無く、横に割ると来たか。自由競争は活性化の基本だし、文化部も所属先を決められるとするのも面白いかも知れない。俺が当選したら使おうかな〜……じゃなくて!
「う〜ん。それは面白そうな案だね。僕が当選したら使わせて貰おうかな」
 千織が発した一言で、場内が少し沸いた。こと道化的立ち位置で、千織は頭二つ抜け出してるだろう。生半可にまともな候補者を演じてる俺に、その点で勝ちみは薄いだろう。
「だけどそれも実現性の問題だよね。どんなに壮大なお題目も、それを取り仕切る人間に能が無ければどうにもならない。まあ、これは生徒会長に限ったことじゃないけど」
 ある意味で、論点のすり替えだ。このまま細かい所で戦い続けても反応は薄くなる一方だと判断し、大局的な人間性の問題に踏み込ませた。もちろんそれは、お互いにリスクを背負うことになるが、こちらは捨て身で行かなければならない訳で。中々やるじゃないか、千織。
「私に、その能力が無いと仰りますの」
「そうとは言わないけど、結局、皆がそれをどう評価するかは、実績で計るしかない。その点、僕は有能なブレインに恵まれてるけどね」
 茜さんは、参謀としての能力もさることながら、何よりも行動力が半端無い。何でも、一昨年の学祭は近隣住民まで巻き込んで盛大に行われたらしい。直接は見てないのだが、見学に行ったりぃからの情報なので、事実だろう。千織の後ろに茜さんが居るのは周知の事実だから、二、三年生には好印象なことだろう。
「私は舞浜候補に賛同させて頂きます。失礼ながら一柳候補の物言いは、自主性を尊重し、自由競争を促進するという側面がある一方、責任を放棄している様にも聞こえます」
 ここは、千織に乗っからせて貰おう。とりあえず綾女ちゃんを叩いておかないと、どうにもならない。
「私も、同意見ですね。人を使うことが巧いのは上に立つものの必須条件ですが、それはあくまで絶対的なリーダーシップを持ってこそ。資質を証明して頂く必要がありますね」
 うぉ。西ノ宮まで乗りやがった。抜け目無いな、流石に。
(さて、どうする綾女ちゃん)
 如何に個人として優れていようと、それが勝負の優位性を決めるものでは無い。良くも悪くも、数とは一つの力だ。綾女ちゃんがどれだけの才能を秘めていようと、三対一で負ける訳にはいかない。その意地も相まって、尚、一層、空気が張り詰めた。
「――ですわ」
 指先だけを動かして円卓を叩く音と共に、何か、声を聞いた気がした。それは余りに小さく曖昧で、錯覚であったのかとさえ思ってしまう。
 チーン。ベルの音を聞いた。しまった。一つの議題に割り当てられる時間は、僅かに十分だ。緊張して気付かなかったが、とっくに使い果たしていたらしい。折角、大物を追い詰めたというのに、歯痒く、歯噛みしたい気分になる。
「……!」
 そうか。さっきの綾女ちゃんは、時間が来たと言っていたのか。あの状況でちゃんと残り時間を把握してるなんて大したものだ。益々、敵に回すのが嫌になってくる。
「では皆さん。ここで予定通り五分間の休憩を挟ませて頂きます。御用のある方は速やかにお済ませ下さい」
 プログラムでは、議題一つに付き十分が割り当てられ、三つ消化したところで五分の休憩が入ることになっている。今は二セット目が終わった所だ。
「あとは、最後の一セットか」
 この休憩は聴衆の為と言うより、候補者達の為のものだ。何しろ、言うなれば魂の肉弾戦をしている訳で。一区切り付く度、立ち上がるのも億劫な程の疲労感に襲われてしまう。
「せ、先輩。生きてますか?」
「生きた心地はしてないかも知れないな」
 生まれて初めての選挙で、これだけ猛者ばかりを相手にするというのは幸運なんだろうか。自問自答してみるが、答は出ない。
「って先輩! いきなり倒れこまないで下さい」
 舞台袖まで来た所で、力尽きて、膝をついてしまう。あー、やべえ。こっから立ち上がるのは、正直しんどい。
「失礼しますわ」
 そんな俺の横を、綾女ちゃんがすっと通り過ぎていった。その先には、彼女のスタッフ数名が屯していて、タオルと飲み物を受け取ると、何やら会話を始めていた。何て言うか、凄いなぁ。俺なんか、席に戻ることさえ怪しいってのに。
「――!」
 刹那、綾女ちゃんは体勢を崩し、目の前の女の子に凭れ掛かった。遠目で良く分からないが、膝に力が入らなくなったのか。そう言えば、座っていただけでタオルが必要な程に汗を掻くというのもおかしい。平静を装ってはいるが、全身冷や汗で一杯の上、喉もカラカラってことか。その事実が何だかおかしくて、小さく笑ってしまう。
「どうしました。先輩」
「いや、人間は、何処まで行っても人間なんだなぁって」
「知らなかったんですか。私も先輩も、とても弱くてたまに強い、只の人間なんですよ。そしてそれは何処の誰であろうと変わらない。世界の指導者だって、それは変えようが無いんです」
 そっか。でも、だからこそ歯を食いしばって、必死に生きようとする訳だ。
「岬ちゃん。俺、もうちょっと頑張ってみるな」
「はい。どーんとぶちかまして、生徒会長になってきて下さい」
 背中を叩かれ、威勢良く送り出された。最後の最後まで縺れ込んだけど、まだ勝利の芽は潰されていない。出来ることがある以上、戦うことが俺の義務なんだ。そう心に楔を打ち込むと、俺は再び戦場に足を踏み入れた。





次回予告
 ※ 莉:椎名莉以 遊:浅見遊那

莉:で、出番が無いのに胃が痛いって地味に辛いんだけど。
遊:ふむ。舞台袖で一喜一憂する椎名の様、楽しませて貰った。
莉:ひ、他人事だと思って……。
遊:生憎、他人の苦しみは永遠に理解出来ない。
 それでも理解しようとするのが、人間という生き物だ。
莉:そ、その通りなんだけどさぁ。
遊:という訳で次回、第二十四話。『始まりの唄』だ。
莉:ギブミー胃腸薬〜。




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