邂逅輪廻



 余程のことが起こらない限り、選挙の日程は粛々と消化される。二次投票前日、五、六限を潰して行われる二次投票選出者合同討論会は、矢上先輩の辞退を受けて尚、予定に変更は加えられなかった。俺は、決まりは厳格に守るべきものだと考えている。人は感情に流され、時に客観的な判断能力を失う。だからこそ法を司る立場の存在は、理を貫いて欲しいと思えた。そしてその法を産み、監視するのが政治家の務めだ。無機質な文面に血潮を与えるのはお互いの仕事だが、それでも今回の判断は正しかったと思う。順延した所で、下手に混乱した生徒が導く結論は碌なものでは無いだろう。それよりも、この一件で浮いた票を自身に手繰り寄せる才覚を持った人間こそが、生徒会長に相応しいのでは無かろうか。後付けにも近い発想だが、ふとそんなことを思う。
「先輩、大丈夫ですか?」
 舞台袖で色々なことを思う俺に、岬ちゃんが一声掛けてくれた。何だか、彼女との遣り取りはいつもこんな感じだ。俺が明後日の方を向いたら、方向修正を入れてくれる。漫才のボケツッコミの関係に似てるな、とも思う。
「これさえ終われば、貴様自身がどうなろうと、選挙に影響は無いからな。私も肩の荷が下りるというものだ」
 一応、最後までちゃんと護衛してください、遊那さん。
「ここまで来たら、当たって砕けちゃいなよ」
 りぃ。流石に砕けるのはどうかと思うよ。でもまあ、砕けられる内が華の気もするね。少し気が楽になったよ。
「それではこれより、最終討論会を始めちゃったりなんかしちゃったりします。皆々様、壇上に御注目下さい」
 実況役の女の子は、テンション高く開始の号令を掛けた。次いで、中央の円卓への花道にスポットライトが照らされる。そこに置かれた椅子は五つ。ここまで生き残ったことを示す、たしかな証だ。
「さて一番手は、一次投票六位通過。前代未聞の奇跡的通過を果たした、七原公康候補です。初出場にして、この波乱の展開は、彼の天運が成せるものか、或いは只のトラブルメーカーか。その目でとくと御覧下さい」
 幸か不幸か、発表順は、一次の下位からだ。目立つには申し分ないが、何度やろうと緊張することに変わりは無い。って言うか、妙に一番と縁があるなぁ、俺。
「七原公康です。宜しくお願いします」
 円卓の前までゆっくり歩くと、全校生徒に向き直り、ぺこりと一礼した。広い体育館に、二千人近い人が詰まっている現状はまるで自分が時の人になったかの様な錯覚さえ覚える。だけど、ここからだ。ここで信任を得ることが出来れば、本当の意味で名を残すことが出来る。その為に俺はここに居るんだ。
「続きまして、五位通過、二階堂優哉候補。過去、幾人か居ました、教祖系生徒会長の集大成とでも言うべき彼ですが、果たして信者――もとい支持者をどれだけ集めることが出来るのか。注目です」
 えらく失礼なことを言ってる気もするんだが、良いんだろうか。まあ、半分お祭りだしなぁ。文化祭が文化的じゃなくても良いのと、似てるかも知れない。
「四位通過、西ノ宮麗候補の登場です。信じるものは己の弁術のみ。勝ちに不思議の勝ちあれど、負けに不思議の負けは無し。理論派ヒロイン、堂々二度目の討論会です」
 矢上先輩を除けば、二次進出経験者は西ノ宮だけだ。素に近い状態でも強力な論客だと言うのに、敗北を糧に更なる成長を遂げていることだろう。あ、微妙に嫌な記憶が蘇って、胃が痛い。
「三位通過、舞浜千織候補――おぉっと。何を思ったか、走りこんできた上、バック宙の登場だ。意味はさして分かりませんが、インパクトは感じました」
 あいつ、運動神経は無駄に良いからなぁ。どの道、茜さんの傀儡であることは知られているのだから、とことんまで道化で通す気か。あーいうの、あいつの爽やかな笑顔でやられると、案外、効いたりするんだよな、これがまた。
「そして皆さん、お待たせ致しました。一次投票二位通過。我が道以外に道は無し。一柳綾女候補です。非公式では有りますが、あの矢上春樹元候補を破り、実力ナンバーワンを誇示しての入場です。その理性的な美貌と小柄な体躯を含めて男女問わず人気も高く、混戦の今回にあって、頭一つ抜け出している感があります!」
 公平を期すべき司会役として、この偏った紹介は間違っている。だけど、それと同時に気持ちが分からない訳でも無い。彼女の持つ政治家としての気質は絶対的だ。入学したての一年生がこれだけ優位に戦い続けているのは、茜さん以外に居ないのでは無かろうか。もしも彼女が同学年だったら、俺に勝ち目は無いだろう。現状でさえ、勝てる所と言えば、参謀の岬ちゃんと、この学園で一年、生活してきたことくらいだ。やはり、最大の難敵として立ち塞がるのか。
「それでは皆さん、お顔とお名前は一致しましたでしょうか。集音マイクと館内十二箇所に設置されたモニターでリアルタイムの討論はお楽しみ頂けますが、折角の御機会です。今一度御確認下さい」
 会場の視線が、並んで立つ五人にぎゅっと収束した。それと同時に、気持ちの方も引き締まる。
「では、候補者の皆様、御着席下さい」
 議論の場を円卓としたのは、五人を同格として扱うためらしい。厳密な話をすれば、入り口が存在すれば、上座、下座はあるらしいのだけれど、講堂の上では何処をそう呼ぶのかは分からない。そもそも、この場で他の四人に挑む気迫で劣る訳にはいかない。そう自分に言い聞かせ、静かに腰を下ろした。
「では、第一の議題と参ります。ずばり、『この学園の在り方』です。抽象的ではありますが、同時に、皆様の技量と度量を浮き彫りにするには、これ以上ない議題とも言えます。それでは張り切って参りましょう」
 進行役は居るが、あくまで潤滑な運行と、場の盛り上げる為だけの存在で、内容には一切絡んでこない。友軍でも敵軍でも、第三勢力でさえ無い、完全な傍観者だ。引き込むことによって自分への好感を増す手法は使えない。あくまでも、対立候補を論破しないといけないのだ。
「では、僭越ながら私からいかせて頂きます」
 ややもすると、小声とも言える声量で口火を切ったのは西ノ宮だった。時たま、討論では声の大きい方が有利だと勘違いしている人が居るが、それは違う。一番に必要なのは、存在感だ。がなるだけで知性や人間性を残せなければ、そこに居ることの意味さえ希薄になってしまう。その点西ノ宮は、すらりとした体格と相まってか、キチンと通る声で十二分にそこに在ることを意識させてくれる。何処までも、天性の論客なのかも知れない。
「人が人として集まり、そこで生きていくということは、私たちにとって実に基本的なことです。それは学園であれ、国家であれ同じこと。何故なら、その最低単位が個人であることに変わりないからです。その長たる者は自覚を持って纏め上げなくてはなりません」
 流石は、事実上最強の論客、西ノ宮か。それと同時に、自分を映えさせる術を熟知している。真正面から打ち砕くのは、容易では無い。
「では、その集団を取り纏めるのに必要なことは何なのでしょうか。答は実に簡単で、人を殺してはいけない、人を傷付けてはいけない、人を欺いてはいけない。私達の生活は、極基本的なことに始まる法に依って縛られているとも言えます。ですが、これは本当に正しいことなのでしょうか」
「妙な物言いだね、西ノ宮君。法が組織に必要であると言いつつ、その一方で法の疑問点を説いている。私には論理矛盾に聞こえるのだが」
 二階堂先輩が、不可思議な言い回しをする西ノ宮に噛み付いた。しかしこれは、撒き餌にやられた格好だ。唯一の三年生ではあるものの、政治的実力を認められてここに座っている訳では無い。飛んで火に入る夏の虫とは、この時の為にある言葉だろう。
「私は、人にとって違えてはいけない法というのは、さして多くないと考えます。スカートの丈を規定し、休日の服装に干渉し、人間関係にまで口を出す法が、真に我々学生にとって有意義なのでしょうか。これは法という鎖を以って、教育を放棄していると言っても差し支えないと思います。二階堂先輩。そういう意味で発言したのですが、何か不足してる点はありますか」
「いや……特に」
 ふむ。西ノ宮にとっては、無難なジャブを決めたと言ったところか。追撃の手を緩めなければ徹底的に潰すことも可能だろうが、隙を見せる恐れもある。元々優位にある先輩相手なら、ある程度の距離を置いたまま逃げ切るだけで良い。そういう判断が働いたに違いない。それよりも目下の敵は――。
「御話、興味深く聞かせて頂きましたわ」
 今まで、さして目立つ挙動を示さなかった綾女ちゃんが小さく口を開いた。その静かなれど雰囲気のある佇まいは、さながら重戦車の様で、気圧され唾を飲んでしまう。
「端的に纏めますと、守るべき法を最低限にし、後は学生の自主性に任せる。その為の教育を施せということになりますわね」
「ええ。そうなりますね」
 遣り取りこそ派手では無いが、二人の間に火花が散ったと言うか、竜虎が見えたと言うか。やばい。ちょびっと逃げ出したい。
「私も、その御意見には賛成ですわ。概ね、ということになりますけれどね」
「何か不足していると?」
 西ノ宮の一言で、初夏だというのに体育館全体が冷え切った。
「法と法の余白を埋める部分を、教育に委ねた点ですわ。ここに嵌めるべきものは信。かつて、強大な力を誇りながらも信を欠いた為に身を滅ぼした豪傑がたくさんおりますもの。ローマのカエサル。楚の項羽。日本では織田信長辺りが有名ですわね」
 三者とも、圧倒的戦闘能力を持ち権力を手にしながら、その傲慢さが仇となり内部崩壊で倒れた人物だ。たしかに歴史上、信をないがしろにして組織を長期に維持した者は少ない。例え学園という組織であろうと、その基本は揺るがないだろう。
「それ故に、私は言葉に依る学園風土の調和を説いて参りましたの。時事に合った挨拶。自己の内情を明確にする表現力。これらはいずれも、人を信じる為には必要不可欠なものですもの」
 本当に、これが十五歳の少女なのだろうか。西ノ宮も、同世代の中では一流と言える弁士だ。それがこの一幕だけとは言え、反論を許さなかった。神々の寵児と呼ばれるものの、その実力を血筋と容姿だけだと揶揄する連中も居る。だけど、その印象は確実に払拭されただろう。紛れも無く、真性のダイヤモンド。それが綾女ちゃんだ。
(ここは、少し退いた方が良いか……)
 火中の栗を拾うという言葉がある。要は危険なことをするのは馬鹿だと言うことだ。今、綾女ちゃんと西ノ宮は真っ向からぶつかり合っている。下手につつけば、矛先が纏めてこちらに向いてもおかしくは無い。それは余りに、危険すぎる。
(――先輩)
 ふと、声を聞いた気がした。誰かが発したものではない。目配せだけで周囲を見回すと、舞台袖の岬ちゃんと目が合った。何だろう。何が言いたいのか。いや、この期に及んで、俺に掛ける言葉など無いのだろう。唯、己の持てる全てを発揮しろと。或いはそういうことを訴えているのかも知れない。
(そう、だな)
 何か、考え違いをしていた気がする。俺は、何処までも挑戦者で無くてはいけない。天賦の素質で綾女ちゃんに、経験と攻防のバランスで西ノ宮に勝てるはずが無い。足りない頭が考える小細工で、その差が埋まる訳でも無い。ならば俺に出来ることは、死地であろうと飛び込んで、活路を見出すことなのでは無かろうか。俺は、息を飲むようにして一拍取り、両目を瞑ると、心拍を整えた。ああ、本当、岬ちゃんには助けられるなぁ。幾ら感謝しても、しきれない。選挙が終わったら、何か御礼をしないとな。
 俺は意を決すると、小さく息を吐き、真の意味で四人と相対した。





次回予告
※ 岬:桜井岬 茜:桜井茜

茜:ん〜。こうして見てると、皆、初々しくて良いわよね〜。
岬:若者の発言じゃないよ、お姉ちゃん。
茜:あ〜、もう、皆、食べちゃいたいくらい可愛いし。
岬:人の話、聞いてないし。
茜:たしか、優勝した人にキスして良いんだよね。
岬:そういうシステムじゃないから。
茜:という訳で、次回、第二十三話『神に愛されし者』。
岬:選挙はいつだって、結果が見えません。




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