「岬ちゃんってさぁ、どういう男がタイプなの?」 「は、はい?」 「公康! あんたって人はぁ!」 かくして、今日も今日とて、俺の一日はりぃの鉄拳で始まるのであった。 「痛い……」 「うむ。中指の付け根がまともに顎へ入ったからな。意識を失わなかっただけでも、相当の素質と言えるだろう」 ボクサーになる予定も無いのに、そんな才能は必要なんだろうか。 「まあ、政治家は、打たれ強さこそがその真骨頂とも言えるがな」 誰が上手いこと言えと言った。 「うるうる。顔はやめて。これでも商売道具なの」 自分でやっておいてなんだが、相当に気色悪い。ええい。三人共、だだ引きすんな! 「全く……何でいきなりそんなこと聞いたのよ?」 「何でと言われても……」 会話には、全ての場合に於いて動機と必然性が必要なのだろうか。否。そうではないはずだ。拳が怖いから口に出すのは躊躇われるけど。 「暴力に屈する姿勢は、舌先三寸が売り物の政治家としては情けないと思うぞ」 遊那さん。お願いですから人の心を読むのはやめて下さい。 「いや。俺、岬ちゃんのこと何も知らないなと思って」 綾女ちゃんの時もそうだったが、俺の場合、心に入ってこられるのが先で、一人の人間としては何も知らないことが多々あるように思える。りぃや千織だって、何か面白い奴だとつるんだのが先で、細かいことを知ったのはかなり後だった。先天的に、そんな気質なのではないのかとさえ思える。 「にしたって、他のものだって良いでしょ。趣味とか、好きなドラマとか」 「あー、そういう選択肢もある訳か」 中々に鋭い御意見だ。素直に感心する。 「岬は誠実な奴が好みとは聞いたことがあるな」 「ゆ、遊那ちゃん!?」 ほっほう。そうなのか。 「じゃあ、千織は論外だな。軽薄男の見本市みたいな奴だからな」 「他者を貶めてまで自分の株を高める様は流石だが対象が悪い。私から見ればお前も同類だ」 「さいですか」 ってか、何で遊那が受け答えしてるんだろう。 「あ、あの。それは、話の流れで何か答えなきゃならなかったから答えただけなんです!」 「そうなんだ」 と言うより、何で少し焦ってるんだろう。 「ああ、岬。私は悲しいぞ。お前と私は、本音も言い合えない程度の間柄だったのか」 「遊那ちゃん、何か言わないと駄目な空気作るの上手いんだもん」 流石は幼馴染み。扱いは手馴れてるな。 「それで本当のタイプって? 言いたく無いなら別に良いけど」 ふっ。俺は遊那とは違い紳士なのさ。どう足掻いても淑女にしかなれない気もするけど、大した問題では無いだろう。 「わ、私は――」 何故だか、一拍、間を取った。 「好きになった人が、好みのタイプです!」 その、あまりにらし過ぎる回答に、俺達の空気は一瞬、止まった。 「くくく」 「遊那ちゃん、笑い過ぎ」 「いや、すまんすまん。だがな――ふふ」 言うだけ無駄と悟ったか、単に諦めたのか。岬ちゃんは顔を赤らめたまま、そっぽを向いた。 「茜に、面白い話を仕入れられたな」 何だか脳内で、『うるうる。岬ちゃんもこうして私を離れて自立していくのね』とか聞こえた気がするけど、気にしないことにしておこう。 「そんなにおかしいですか?」 「おかしいって言うか――らし過ぎ?」 「それって、褒めてないですね」 難しい所だ。その気になれば、四百字詰め原稿用紙十枚程度には纏められる内容なだけに、一言で表現するのは難しい。 「だが、それをするのが政治家と言うものだ」 ええい、浅見遊那。貴様、超能力者の類か。 「七原は、感情や思考がそのまま顔に出るからな」 「実にピュアってことだろう」 「単細胞なだけだ」 どうでも良いが、あんな脳も性別も無い様な生き物と同類項にする侮辱の言葉を考えついた奴は、相当の天才では無かろうか。才能の使い方を間違えてる気もするけど。 「七原先輩に関して言えば、それは強みです。殆どの人が、容易に心へ入り込める気質の持ち主ですから、敵をあまり作りません」 「おうおう。随分と惚れ込まれたな、七原」 「参謀として、自陣営の長短を冷静に分析しただけだよ、遊那ちゃん」 この物言いから察するに、短所も的確に把握されてるのだろう。あまり聞きたくないなぁ。 「欲を言えば、日本人は緩い独裁を好む傾向がありますから、ついていけば安心だという威光を身に付けて頂きたいのが一つ。想定外の答弁に強い方とは言えませんのでアドリブも身に付けて欲しいです。あ、それから笑顔が時たまわざとらしいです。殆どの人に、他者を一瞬見ただけで内情を把握する能力は有りませんから、外観を繕うのは大切です。後ですね――」 「ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセーン」 長短という言葉は使っているが、短の方が圧倒的に多いらしい。それなりの自覚は有るのだが、目を背けて済ませたいのが人間の本性だ。そもそも長いんだ、このお説教タイム。 「ふう。どうも俺にはあちら側の才能は無いようだな」 「あっちって、どっちですか?」 分からない時は、素直に退くのも勇気だよ、岬ちゃん。 「何だか、結局はいつも通りだな」 結局、岬ちゃんのタイプの話は何処か宙に浮いたまま、俺らは学園に辿り着いたのだった。 「であるから、台形の面積は上辺と下辺を足し、高さを掛け二で割ったものとなる」 「ここは小学校かい!」 「てへへ」 数学名物、生徒とのドツキ漫才が始まり、どっと笑いが起こる。にしても平和だねぇ。生き残った六候補とその陣営ばかり見てきたせいか、この光景が虚像にさえ思えてしまう。そうだよなぁ。俺ら、普通の学生なんだよな。前に授業を受けたのが、一次投票の前だから、たったの三日前か。それなのにこんなにも日常って奴から遠ざかってたとは、少しばかり遣る瀬無いねぇ。 「七原ぁ!」 「あ、いえ、はい?」 その昔は芸人を目指していたと言われる鍋島先生に声を掛けられ、身をすくめてしまう。やべぇ。問題、全然聞いてなかったぞ。 「今のボケは、お前が拾う所だろうが!」 「そっちかよ!」 仮にも教師にタメ口はまずいと思われそうだが、鍋島先生に関しては、漫才中は黙認するという暗黙の了解があったりする。 「良し、良い呼吸だ。やっぱりお前は一流の芸人になれる器だぜ」 「俺にとって笑いは日常であり、飯の種にする気は毛頭有りません」 他のことならそこそこ格好良いのに、笑いだとある種、滑稽に聞こえるのは何故だろうか。 「惜しい話だ。お前なら相方が舞浜だろうと、椎名だろうと、のし上がって行けるだろうに」 それは、りぃの拳を知らない奴の意見だ。あんなのを常時、ツッコミ代わりに食らってたら、何日もつことやら。 「おっと、時間だな」 チャイムの音が鳴り響き、鍋島先生はそそくさと退室した。それにしてもあんな自由な授業で本当に良いのか。今はまだ、生徒と年も近いから人気もあるけど、笑いのセンスが追いつけなくなったらどうするつもりなんだろう。他人事ではあるのだが、妙に心配だぜ。 「先輩。また、どうでも良いこと考えてますね」 うぉ、岬ちゃん。あまりに早過ぎる御登場だな。授業終わって、まだ一分も経ってないぞ。 「うちの授業、少し早く終わったんです」 あー、成程。そいつは論理的だぜ。 「ほいじゃ、行くと致しますか」 「はい」 久し振りな十分休みの選挙活動だ。時間を無駄に使わない為にも、俺らはすぐさま教室を後にした。 「むぅ」 「幻の古代大陸がどうした?」 遊那さん、あなた意外と天然ですか。 「いや、俺、何か能天気に活動してるけど、それって、みんなのお陰だなぁって」 昼飯をもさもさ食いつつ、そんなことを口にした。特に、岬ちゃんには頭が上がらない。対立候補の情報収集から、学園生徒の名簿整理、得票出来そうな層への挨拶回りととんでもない仕事量をこなしている。りぃも手伝える部分はやっているが、主軸はあくまで岬ちゃんだ。ちなみに、遊那は何も手を貸さないが、期待する方が間違っているというものだ。 「今更気付くとは、お前も相当の大物だな」 自分の功績を過大評価しているあなたが一番の大物です。 「そんな、真面目に言われても困ります。これは、私の仕事ですから」 「それでも、だよ」 裏方に徹して仕事をするというのは、言うほど楽じゃない。ある意味に於いて、立候補する以上の覚悟が必要なのだと思わされる。 「私には、候補者になる程の器量は無いですから。先輩についたのは只の偶然ですけど、幸いにもそれなりの才気の持ち主だと感じています。ですから私は、目一杯命を削って、力を尽くす。それをすることで、私も間接的に施政へ関われるんです」 やっぱ、大したものだよなぁ。言い方はあれだけど、年齢不相応と言うか。自分に出来ることを、この年齢で理解しているのだ。これは案外、若者はおろか、そこそこ年いった人も理解してないことだと思う。少なくても俺は、自分に何が出来るかなんてのはこれと言って見えている訳も無い。やっぱ今から、エースを目指して野球部に入部してみるか。そしてゆくゆくは奪三振の日本記録を――こういう辺りが、自分を分かって無いということなのかも知れない。 「そーいや、綾女ちゃんも似た感じか」 彼女が選挙に出た一因は、自分の才覚を見極める為だと言っていた。人は誰もが、歴史に直接関われる程の器を持って生まれる訳じゃない。覚悟や努力は当然としても、それだけで国と人は動かせない。逆に言えば、それだけの能力があるのであれば、その道を志すことが正しい生き方なのかも知れない。中々に難しいな。人生という奴は。 「先輩。何を難しい顔してるんです?」 「人生の深遠さを感じていた所さ」 あまりに抽象的な表現で理解出来なかったのか、岬ちゃんは目をキョトンとさせた。 「人ってのは誰もが、不完全な存在だ。だけど、それと同時に、完全無欠の人間なんてもの居ない。だからこそ他人と関わって、補う様にして生きていく。その縁を得る運も、そして見逃さない勘も重要な才能なんじゃないかな、って」 俺は決して、運命論者なんかじゃない。だけど、この世界に居る数十億もの人、全てと知り合う機会がある訳じゃない。誰と出会い、仲良くなるかなんていうのは、努力の介入する余地が少ないんだ。それでも尚、良き友人や仲間に巡り合う天運があるとすれば、それは何かを成すには必要な才能では無かろうか。そういう意味で、俺は恵まれてるなぁ。しみじみと、そんなことさえ思う。 「公康。その笑み、気持ち悪い」 えっく。えっく。りぃお姉ちゃんが意地悪だよ、ママン。 「要約すると、私と会えて良かったっていうことですか?」 「まあ、そうなるな」 話が長いって言うのは、政治家としては不利な特性らしい。特に現代はマスコミ網への対策から、端的に要所を述べないと痛い目を見る。幾らこの学園が選挙への関心が高いと言っても、くどい演説なんてのは人が集まってくれない。今更だけど、もう少し考えた方が良いかもな。 「岬、どうした。顔が赤いぞ」 「う、ううん。何でも無い。ちょっとこの教室暑いよね」 今は陽も陰ってるし、風通しも良いから、むしろ涼しい気がするのですけど。 「ま、何はともあれ、これからも宜しくな」 「あ、はい。こちらこそです」 選挙活動も、いよいよ大詰めだ。ここまで生き残れたことに感謝しつつ、皆にも同様の敬意を表する。時の流れは容赦無く、決して巻き戻すことは叶わない。それでも尚、俺は前に進むのだろう。彼女達と共に。 遊:折角だ。私のプロフィールも述べておいてやろう。 公:いえ。間に合っています。 遊:な。貴様、それは侮蔑だぞ。 公:それは申し訳無いことを致しました。 遊:ええい。その社交辞令的口調がことさら腹の立つ。 公:偏りの無い食生活が、精神を安定させるらしいですよ。 遊:いや、むしろお前の方が心配な訳だが。 公:という訳で次回、第二十一話、『闇が終わる時』です。 遊:ついに壊れたか、七原。
|