邂逅輪廻



「くるっく〜」
 お早う御座います、世界の皆さん。今日から僕は、鳩になろうと思います。鳩は平和の象徴。世界的に見れば、中国、エジプト、フランス等々、鳩を食用にしている国は多々有りますが、そんなことは問題では無いのです。そう言えば、鳩が粗相をしたせいでケンカになった事例も少なく無いそうですが、それも問題では有りません。所詮、鳩も、烏や鷹と同じ野鳥だと言うのに、何故、鳩だけが厚遇されるのでしょうか。世には、一流アスリートや監督の息子が、エコヒイキとも言える待遇を受けることが有りますが、それと同じ差別では無いでしょうか。そのことを、身を以って体感すべく、僕は鳩になります。烏やヒヨドリになって、不当な扱いを受ける方を選ばない辺り、我ながら根性が無いと思いますが、気にしないことにします。草々。
「起きろ、天然政治家」
「けばぶっ!?」
 顔面に衝撃を感じ、我に返る。見てみると、遊那がツッコミ代わりに蹴りを入れてくれたらしい。身長はさほど変わらないのだが、良くここまで足が上がるものだと思う。俺なんか、九十度行くか行かない程度なのだが。
「ってか、やっぱ体操着か」
「当たり前だ。何でわざわざサービスしなきゃならんのだ」
 分かっていながらも期待してしまう辺り、男って生き物はどうしようも無いなぁ。
「先輩、ひょっとして疲れてます?」
「ん。ああ、そりゃ、まあね」
 慣れない緊張が続くこと、およそ十日。夜は眠れてるし、食事も摂れてるから、まだ追い詰められても居ないんだろうけど、神経は消耗する。今みたいに、一瞬、意識が飛んでしまうこともある訳で。うーん、それなりに気を遣ってるつもりなんだがなぁ。
「分かりました。十分、休憩にします」
「岬。男を甘やかすと、一生苦労するぞ」
 いきなりどういう人生哲学だ。
「いえ、人間の集中力は一時間以上続かない様に出来てますから、小休止は必要です。それに、今は丁度、谷間に当たる時間ですから」
 たしかに、この時間帯、朝一から部活してる連中はそちらに専念しているし、昼前に集合する奴らまでには間があるし、今の内に少し休んでおくのも手だ。
「んじゃ、俺、あそこのベンチに行ってるな」
「そうですね。見通し良い上に日陰ですし、良いと思います。時間になったら呼びに行きますから、ゆっくりして下さい」
「うぃうぃ」
 俺は後ろ手で軽く返事をすると、のそのそとそちらへ足を向けた。


「はうぁ……」
 欠伸を噛み殺し、身体を伸ばすと、ぼけっと校庭を見遣る。この時間は、野球部がその半分程を占拠しており、先程から内野守備練習に専念しているようだ。セカンドのポジショニングが絶妙で、ショートの大味な動きを見事なまでにカバーしている。ううむ、中々バランスの取れた守備陣だぜ。
「どーでも良いことか」
 人間ってのは何で、切羽詰った時ほど、どうでも良いことに頭を使うのかね。俺だけなのかも知れないが、そこは愛敬ってことで。
「お疲れですの」
 ふと、澄んだソプラノを耳にし、顔を左に向ける。予想通りと言うか、そこには綾女ちゃんが居て、俺は小首だけ傾げて隣の席を勧めておく。
「疲れてるって、隈でも出来てるか?」
「死相が出ておりますもの」
 マジデスカ。
「冗談ですわ」
 笑えないです、先生。
「失礼致しますわね」
 儀礼的に声だけ掛けて、左隣に腰掛ける。偶然に会うのはこれで何度目かね。まあ、マンモス校って言っても、閉鎖空間でちょろちょろ歩き回ってる訳だから、そんな大層な確率でも無い気がするけど。
「良い天気ですわね」
「ああ、そうだな。どうやら、水曜辺りから天気が落ち込み始めるらしい」
 つまり、選挙活動には影響無い。その雨が、候補者達の涙雨になるか、祝福のシャンパンシャワーになるのか。残り二日半の詰めが勝負という訳だ。
「運が良いですわね」
「どういうこと?」
 言葉の意味が分からず、反射的に問い返した。
「私達、新人候補にしてみれば、自己主張の場が平等に有る方が相対的に優位と言えますわ。組織票の基軸も無ければ、前回の演説を聴いてくださった方も居りませぬもの」
 あー、そういや、『選挙に関心が無い奴は寝ててくれれば良い』って発言して顰蹙買った総理が居たなぁ。
「でも、雨だったらやること減って、むしろ演説を聴きそうな気もするんだが」
「選挙に関心が高いこの学園でそれは無いですわ。それより場所取りの重要性が増しますから、ベテランが有利になりますわよ」
 ううむ。何か眉唾な理論だぜ。結局、どっちが俺らに有利なんだか、結論は出なかった。
「しかし綾女ちゃんも良くやるよね」
「何の話ですの」
「いや、さ。綾女ちゃん、仕事を手伝ってくれるスタッフは何人か居るけど、基本方針を纏めたり、スケジュールを管理してくれる参謀や秘書的な存在は居ないって聞いたから。初めての立候補で、それを一人でやるなんて大変だなぁって」
 とりあえず、あの筋肉部隊は数に入れないでおくことにしよう。
「仕方有りませんわ。茜お姉様と岬さんに振られてしまいましたもの」
 そういや、そんな経緯が有った様な。
「ですから、あなたのことはお恨み申し上げていますのよ」
 マジデスノ。
「これも冗談ですわ」
 だから笑えないですってば。
「そういや、綾女ちゃんさぁ。ちょっと前、自分が生徒会長になりたいのは高い所からの景色を見てみたいからって言ってたよね」
「それがどうなさいましたの」
「ん〜、何て言うか、それって、理由の一つに過ぎないでしょ」
 薄々勘付いていたことではある。たしかに、理由としては納得できるもので、悪いものであるとも思わない。だけど、それ一つだけで今の綾女ちゃんが在るとも思えない。感覚的な話になるけど、何か生き急いでるっていうか。そりゃ、やるからには全力を尽くすべきだろうけど、綾女ちゃんは一年生だ。目的がそれだけなら、残り四期もあるというのに、ここで燃え尽きる勢いで挑むというのは、整合性が取れない。個人の気質と言われてしまえば、それまでではあるんだけど。
「難しい御質問ですわね」
「そう?」
 俺としては、雑談の類だったんだけど、綾女ちゃんは俯いたまま思案顔になる。はて、そこまで真面目な話題だったか?
「私の家のことを話したことは御座いましたかしら」
「いいや」
 そーいや、俺、綾女ちゃんのこと殆ど知らないかも。何処に住んで、家族は何人居て、どんな環境で育ってきたのか。たまに擦れ違うだけの関係だから不思議では無いんだけど、何か長い付き合いだと錯覚してしまう。これも又、彼女の特性なのかね。
「私のお爺様は、一柳正剛せいごうですの」
「せいごー?」
 あれ、どっかで聞いたことある様な、無い様な――。
「まさか、国会議事堂の妖怪、一柳正剛かぁ!?」
「残念ながら、珍しい姓名ですわよ」
 ってか、一柳姓で気付け、俺。
「まあ、それを聞いた所で態度は変えんがな」
「らしくて宜しくてよ」
 一柳正剛。衆議院与党で当選十一回を誇るが、宰相となることを嫌い、各大臣、三役を歴任。齢八十を越え、バッジを外した今尚、絶大な影響力を持つ、真性の大物だ。あー、そういやテレビで何回か観たことあるけど、何処と無く綾女ちゃんに似てるかも知れない。顔はまあ、性差が有るし、六十歳は違う訳だから置いておいて、その物腰と政治姿勢だ。敵と認識したら一歩も退かず、真正面から叩き壊す。こういう生き方は、政治家とすれば短命に終わりがちだが、彼は生き抜き勇退した。今は御意見番として、時たまテレビで見掛けるけど、綾女ちゃんのお爺ちゃんだったとはねぇ。
「ほいで、それとこの選挙とどう繋がるの?」
 一応、選挙をして代表を決めるということに変わりは無いんだけど、規模が違いすぎてピンと来ない。
「私には、兄が一人と、従兄妹が二人居りますの」
「はぁ、さいですか」
 何か、益々見えてこない。
「こういうのも何なのですが、お三方とも、優秀とは言えませんわ。一般的にはともかく、少なくともお爺様の眼鏡に適う程では御座いませんの」
「はは〜。少し分かってきたぞ」
「ええ。お爺様は、私を後継者に指名致しましたわ」
 一柳正剛には二人の息子が居る。だけど、どちらも政治とは無縁に生きていると聞く。綾女ちゃんのお父さんが何をしているかは知らないけど、多分、本人が継ぐのを嫌がったんだと思う。
「お爺様は仰いましたわ。『この世界は、才気と気概を持つ者だけが生き残れる、魔物の棲む世界だ』と。ですので、決して強要は為さらず、学園を卒業するまで猶予を下さいましたの」
 は〜、出来た爺さんだね。普通、その位の年になると、保身に回って、何が何でも身内に継がせるってのにねぇ。今はまだ影響力が残ってるけど、仮に彼の死後、地盤が宙に浮くなんてことになったら、この選挙区、どうなるんだか。
「話がでかいね〜」
 あ〜、つっても茜さんや岬ちゃんの最終目標も同じ国政選挙な訳か。いや、普通に凄いわ。差し当たり今日をどうするかしか考えてない俺には無理だわ。
「んで、綾女ちゃんはどうしたい訳?」
 ここまで立ち入ったことを聞いて良いものかとも思うが、自分から振った話題だ。問題は無いだろう。
「正直、迷っておりますわ」
 一瞬、憂うかの様な表情を見せた。
「この国の在り方を示す生き方は魅力的ですが、それは、生涯を懸けて成すこと。お爺様の言う通り、生半可な気持ちでは挑めぬものですの」
 さしもの綾女ちゃんも、国政となると尻込みするのか。まあ、国会議員っていうと、万単位の票が必要だもんなぁ。五百票程度で当選圏内の生徒会長とは責任が違うか。
「ですので私は、何が何でも上に立つと誓いましたの。人を導くという職責を全うし、重荷に耐えられないと感じましたら、他の生き方を選びますことよ」
 何か、本当に凄いよなぁ。この歳にして、ここまで将来を考えてる奴って、あんま居ないだろ。この冷静さと聡明さも、一柳正剛が気に入った理由なのかも知れない。俺なんか、茜さんや綾女ちゃんが大物になったら、居酒屋で友達だったと自慢話でもしてやろうとかいう程度なんだが。
「あなたも如何ですか」
「飴でもくれるのか?」
 話の脈絡が全く繋がってない気もするが、他に何も思い付かなかったんだから仕方無い。
「永田町でのお仕事ですわよ」
「……はい?」
 良い感じで思考が停止してくれる。今、何と仰いました。
「国会議事堂の警備員って、給料良かったりするのか?」
 確かに、狙われるとしたら格好だもんなぁ。それに見合った賃金は支払われるべきだと思う。そうか。綾女ちゃんが議員になったらそのコネで潜り込んだりも――完全に違法行為な気がする。
「代議士の方ですわ」
「……」
 だぁ! もう何が何やら!
「あなたの器は、御自分がお思いになられている程、小さくありませんわ。経験を積み、何かを成す覚悟さえお持ちになれば、通用せぬということは無いですわよ」
「過大評価って奴だぜ」
 ったく。りぃといい、綾女ちゃんといい、何でここまで買い被るかね。今はまだだけど、岬ちゃんが言い出したりしたら洒落にならない。彼女の家は専門なだけに、徹底した専門教育を叩き込まれるに違いない。ああ、でも茜さんと岬ちゃんが家庭教師なら、それはそれで――って、違う違う。
「まあ、いずれにせよ、急ぐ話では有りませんわ。頭の片隅にでも残しておいて頂ければ宜しくてよ」
「うぃうぃ」
 何か、現実感の無い話だった。もしかすると、彼女なりのジョークだったのかも知れない。ハイソサエティ過ぎて、理解し難いものだったけど。
「ん?」
 ふと、左肩に何かが当たり、そちらに視線を向けた。
「綾女ちゃん?」
 俺の肩へ凭れる様にして、綾女ちゃんは身体を傾けていた。
「少し、疲れましたわ」
 両目を瞑ったまま、そう呟くと、すぐさま寝息を立ててしまう。おいおい。この状態は、少しどころじゃないだろ。
「はぁ。まあ、いっか」
 何か考えるもの億劫になった俺は、一度だけ太陽を仰ぎ見ると、彼女の頭を軽く撫でた。





次回予告
※ 綾:一柳綾女 莉:椎名莉以

綾:知っておりますこと。
莉:何を?
綾:この作品、当初は長くても二十話で終わると目算されていましたの。
莉:うーわ。絶対に無理だし。
綾:全く。先見性と申しますか、人並の構成力を持って行動して欲しいものですわね。
莉:でもまあ、それだけ私達の出番も増える訳だし。
綾:私を見出した、その一点だけは、褒めて差し上げますけどね。
莉:ってな訳で、次回、第十九話、『茜舞い散る時』。
綾:お姉様にまで、手を出す気ですの。




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