邂逅輪廻



 明確な選挙禁止時間が無い土日は、これで中々、時間と体力の配分が難しい。食事にしたって、人気の無くなった隙を上手いこと衝いて、サンドイッチやおにぎりを掻っ込むことになる。体調管理は大前提なので、朝夕だけはきっちり食べろとは岬ちゃんの談。せめて、少しでも栄養のあるものを作ってこようかとはりぃの談。折角だから頼んで包んで貰ったのが、カツサンド、玉子サンド、ツナサンドにシャケにぎり、おかかにぎり、浜納豆にぎり――何か、蛋白質過多の気もするが、活動的な食事ということで丸く収めておこう。
「うし、補充完了。りぃ、ごっそさん」
「お粗末様でした」
 お茶を一口飲み込むと、口臭防止にミントの効いたガムを一枚含んだ。うーん、何か既に高校生の気の遣い方じゃないよな。閉鎖空間でやってることなのに社会勉強になるとはこれ如何に。
「ん、あれは――」
 学園全体から見ると、第一校舎から南東に進んだ部分にある離れの部室群の側に、見慣れた人影を目にした。体積で言うと、確実に俺の半分しか無い黒髪の女の子、つまりは綾女ちゃんだ。そういや、まだ二次進出のお祝いも言ってないし、挨拶するかね。西ノ宮の一件で警戒心が全開なのだが、何時までも逃げ回ってる訳にもいかない。最悪、綾女ちゃんなら手の内もそれなりに分かるし、気を引き締めてれば大丈夫だ、多分。
 頭を回転させる度、むしろ不安の方が大きくなってくるので無理矢理打ち切り、歩み寄った。あっちもこちらに気付いてくれたらしく、手を振ったのに応えて会釈してくれる。
「よ、綾女ちゃん。一次突破おめでとう」
「恐縮ですわ。ですが、この学園の民度というものがそれなりだと証明されただけの話ですから、大したことでは有りませんことよ」
 おぉ、何か強気だ。流石、下級生筆頭候補。全候補中最下位にして、色々な意味でボロボロの俺とは比べようも無いな。
「それに致しても、聞きましたわよ。西ノ宮さんにこれ以上無いほど熨されたそうですわね」
 綾女ちゃん、もうちょっと言葉を選んでくれると嬉しいな。僕の弱々しいはぁとに、グサリと来るじゃないか。
「手負いの獣を狩るのであれば、今が最良ということですわね」
 舌なめずりでもしそうな勢いで、ニヤリと微笑んでくれる。すんません、この子、本当に年下なのですか。普通に怖いんですけど。
「冗談ですわ。私に自分より下の者を苛めて名を挙げる趣味は御座いませんもの。倒すのであれば、上の者で無ければ面白くありませんわ」
「こいつぁ手厳しい」
 って、待てよ。一次を二位で通過した綾女ちゃんより上位って言ったら――。
「今日のお相手は、あの御方ですわ」
 視線の先にあったのは、『永遠の生徒会長候補』にして、悲運の三年生、矢上春樹先輩だった。
「マジデスカ」
「何故に片言ですの?」
 いや、何となくその場の勢いで。
「勝てる可能性はあるの?」
「勝算とか、その様な問題では御座いませんの。私が生徒会長になろうと思った時、真っ先に対抗馬として上がるのがあの御方ですもの」
 綾女ちゃんは、格闘技で言うなら、インファイターに属すると思う。物事を大局的には眺めず、目先の勝負の是非に拘る。政治家としては欠点とも言えるが、そんな自分を分かっているからこそ、参謀としての茜さんや岬ちゃんを欲したのだろう。さりげに、綾女ちゃんと茜さんのコンビとか、極悪すぎて相手にしたくないのが本音ではある。
「では、行って参りますわ」
「頑張ってね〜」
 冷静に考えると、素直に綾女ちゃんを応援することが俺にとって有利なのかは分からない。矢上先輩に叩いて貰って、戦い疲れた所を狙うとか、そういう手法もあると言えばあるのだろう。
「だけど、綾女ちゃんには負けないで欲しいな」
 何て言うのか、彼女には天性の魅力がある。女の子として可愛いとかそういうのじゃなくて、カリスマ性だ。
「うーん。新進の一年生候補が、最強と謳われる三年生候補に勝負を挑む。下剋上を地で行ってて、良い絵だよね〜」
 うぉ、千織、何処から湧いた。まるでフキノトウみたいに人垣の中からひょっこり首を出してきて声を掛けるなんて、お前はあやかしの類か。新種として、全日本妖怪連盟に申請するぞ。
「そりゃ、一次で一位と二位だった人が真っ向からぶつかるって言うんだから、見逃す手は無いよね」
「私達にしてみれば、上が潰し合ってくれるなら、これ以上楽なことは無いしね」
 気配も無く、今度は茜さんが姿を現してきた。もう、何かどうでも良いやー。
「それに、他の二人も気になってるみたいだよ」
 見てみると、やや遠巻きにではあるが、二階堂先輩と西ノ宮を確認出来る。先輩はアレだから良く分からないが、西ノ宮は典型的なオールラウンダーだ。情報収集を怠らないのも、戦術の一貫なのだろう。俺みたいな泡沫の類でさえ、きっちりと発言を記録してある辺り、本気度が良く分かる。結果として四位通過だったからあまり目立っていないが、その実力は最強クラスと言って良いだろう。
「今回は生きの良いのが揃ってるわよね〜。お姉さん、やる気が出ちゃう」
 時たま思う。もしやこの人、純粋に楽しんでるのじゃなかろうか。俺なんか、一日一日を乗り切るのに精一杯だというのに、どういう神経をしているのだろうか。
「茜さん、昨日の夜、何を食べました」
「うん? 天麩羅、串揚げ、小松菜のお浸し、納豆、シジミの味噌汁だったかな? 食後にリンゴとチョコレートも食べたと思うけど」
 胃腸系も無敵らしい。つうか、それは岬ちゃんも同じ訳か。恐るべし桜井一族。
「千織。俺らは常に凡人の気持ちが分かる候補者で居ような」
「うんうん、何だか分からないけど分かったよ」
 ああ、何か久々に男の友情を実感したぜ。ここんとこ、とんでもない女の子達に囲まれて生活してきたから感覚が狂ってたけど、これが俺のペースだよな。ビバ、友情天国。折角だから、りぃとも分かち合おうと、辺りをキョロキョロと探し回る。
「って、誰が男なのよ!」
 うぉ、人垣の中から拳が飛んでくる時代になろうとは。全く、昔は良かったの、婆さんや。
「懐古趣味に浸るには、私達まだ幼いと思うんだけど」
 何だか、ここまで普通に心を読まれると、突っ込む気力さえ無くなるのは何故だろうか。勉強しろしろと言い続けられると、やる気が失せるあの原理とは――大分違うな。
「ほらほら、公康君。ちゃんと見てないとダメでしょ」
 いえ、茜さん。何でそれを俺に言うのですか。俺はそんなにも頼りなく見えるとでも言うのですか。否定する要素は御座いませんが。
「何、見詰め合ってんのよ〜」
「うげぇ、りぃ。首を捩るな!」
 さりげに、身体は明後日の方向を向いたまま綾女ちゃん達を見れる様になってしまっていた。まあ丁度良い。このまま見物するのも一興と言うものだろう。
「御機嫌麗しいですわね」
 先制パンチか、牽制か。綾女ちゃんはにこやかに微笑みつつ先輩に声を掛けた。
「やあ、一柳君。そうだね、御機嫌よう」
 ぬ、先輩の方も、喋り方こそ柔らかいが、あれで中々、物腰に隙が無いぞ。伊達に一年の時から四回続けて落選してないな。いや、これがステータスになるのかは、怪しいものだけど。
「それに致しましても、良い天気ですわね。水曜までもって頂けると有り難いのですが」
「うーん、それは言えるね。二週間もあるとどうしても一日くらいは雨が降るものだから。まあ、それならそれで展開していくのが手腕の見せ所とも言えるけど」
「見せるだけの腕がある御方には辛いでしょう。何しろあなたは、悲運の王子様ですものね」
 ざわりと、群集が僅かに沸いた。敢えて棘のある言い方をした綾女ちゃんに過剰反応したか。
「少し、言葉が悪くないかい?」
「そんなこと御座いませんわ。私は、天運について述べたいだけですの」
「天運?」
 言っていることを把握出来無いのか、先輩は少し顔を顰めた。
「ええ。生徒会長と言えど、長たる者にはそれなりの才覚を求めるべきだと思いますの。千七百人余りと言えば、小さな町と言っても差し支えない人数ですもの。運から見放された方にお任せするのは不安ですわ」
 西ノ宮とは別の意味で、はっきりと攻撃する。これが一柳綾女流討論術か。一定の距離を保ったまま一太刀を浴びせる機会を伺う西ノ宮に対し、綾女ちゃんは最上段のまま最短距離で斬り付けに掛かる。自らも傷付く怖れも多分にあるが、決まった時の破壊力は甚大だ。一つの意味に於いて、政治家の理想形態と言えるだろう。
「うーん、言いたいことは分かるけどね。今回、僕が当選することになった場合、今までの不運は帳消しに出来るんじゃないかな?」
 一方の矢上先輩はアウトボクサータイプだ。距離を取って、柳に風に躱しつつ、相手を削っていく。決定的な決め手が無いのが弱点なのだが、そうでもなければ四期連続で落ちるなんてのは中々出来無い。
 ティン。ふと、何か小さな金属音がした。見てみると、赤茶けたものが綾女ちゃんの上を舞っていて、そして左手の甲に落ちると右手で覆われた。
「今、十円玉を投げましたの。表か裏か、当ててみて下さいませんこと」
 何をしたのかと思えば、コイン投げだったらしい。表裏のある硬貨を回転させながら宙を舞わせ、甲で受け止め、それを当てるという、誰もが一度くらいやったことのあるものだ。
「僕の運気を試そうっていうのかい。でも、それは僕を支持してくれる人達はもちろん、君の支持者にも失礼な行為だと思うんだけど」
「只のゲームですわ。それとも、これで揺らぐ程、柔い演説を繰り返してきたつもりですの?」
 ここは、綾女ちゃんの話術、と言うより口車が一枚上だった。たしかに、この程度のことを受けられない程、器が小さいと思われるのは得策じゃない。むしろ、今の牽制で、この余興の結果が選挙を左右するかの様な空気にさえなりつつある。完全な籔蛇だったな、先輩。
「一応、鳳凰堂が彫られている方が表で、アラビア数字が裏ですわよ」
 物の本に依ると、硬貨の表裏は法律で定められていないらしい。だけど、綾女ちゃんが口にしたのが一般的なだけに、この場ではそれを採用するのが適切だろう。
「うっ……」
 悩めば悩むほど、術中だ。最初の段階で答えておけば、勝とうが負けようが、大した影響は無かっただろう。だけど、ここで間を置くことは、それだけ聴衆を煽ることに繋がる。しかし、それは諸刃の剣でもある。ここで只の運比べに負けるだけで、綾女ちゃんと矢上先輩の差は一気に開くだろう。それなのに彼女は、眉根一つ動かさず、薄笑みさえ浮かべそうなまま、先輩を見据えていた。
「表、だ」
「宜しいですの?」
「――ああ。僕は、僕を信じてる。自分を曲げたりなんてしない」
 運にこそ恵まれないが、これで中々信念の人だ。まあ、それを実現出来るかどうかは、全く別の話な訳だが。
「開けますわよ」
 場が、静寂に包まれた。たかががされどに変わり、今では、命運にさえ直結してさえいそうな空気だ。綾女ちゃんの一挙手一投足に、全ての感覚が集中する。
「残念でしたわね」
 微笑を浮かべ、皆を見遣った。
「裏ですわよ」
 その事実を誇示するかの様に、親指と人差し指の間に硬貨を挟んで、先輩や群集に見せ付けていた。
「ズルをしたと思われるのは心外ですので、幾らでもお調べになって宜しくてよ」
 ティン。先程と同じ音を立てて、赤茶色のコインは、先輩の掌に収まった。この距離では良く分からないが、顔色を見る限り、細工は無かったのだろう。呆然とした面持ちのまま、視線を宙に泳がせている。
「何度も言うように、これは只のゲームですの。気を落とすことでは御座いませんわ」
 不思議なことに、人間には他人の言うことを素直に信じられない性質がある。言葉とは裏腹に、先輩の運の無さは本物で、会長職を任すには相応しくないのではないかという空気が、一瞬にして舞い広がった。
 しっかし、何つう力技だ。そしてこの戦法をゴリ押し出来る強運。神々の寵児の名は、伊達じゃないのかも知れない。
「うーん、綾女ちゃんってば、上手いこと誤魔化したわね〜」
 ――は?
「あれ、気付かなかった? 今の、完全なイカサマだよ。こう、二枚使ってね。好きな方を出すっていう、古典的な手品ね」
 他の人にはバレない様、そっと耳打ちで伝えてくれる茜さんだった。
「って、だったら、何で黙ってたんですか!?」
「だって、矢上君が勝った所で、私達に何のメリットも無いし」
 そーでした。この人、こーいう人でした。
「それに、今更言ったって無駄だよ。もう一枚は多分、ポッケに片付けちゃっただろうから」
 そりゃ、ポケットに十円玉が入ってても、何の不思議も無いわなぁ。可能性の示唆に過ぎない訳で、逆にこっちの立場が危うくなりかねない。
「では、御機嫌よう。有意義な時間を過ごさせて頂きましたわ」
 颯爽と身を翻し、この場を立ち去る綾女ちゃん。退き際も見事だ。力で引き入れたものとはいえ、傍目には只、運で勝っただけに過ぎない。下手に長引かせたとしても、今以上の収穫は得られないだろう。
「あ、う……」
 一方の矢上先輩は、呆けたまま手中の十円玉を見詰めていた。うーむ、自身の不運を相当、気にしてたんだな。作られた結果とはいえ、こんな姿を見せる様では、もうダメなのかも知れない。人々も暫くの間、そんな彼を見遣っていたのだが、一人、又一人と、去っていった。
 何はともあれ、この日、この時を以って、生徒会長選挙筆頭候補は、綾女ちゃんに移行した。





次回予告
※ 綾:一柳綾女 公:七原公康

公:こんな只のお遊びを政争に使うとは、綾女ちゃん、恐るべし。
綾:あら、ゲームを侮って頂いては困りますわ。
 特に、この手の運に左右されがちと思えるものこそ、人間性が如実に出るものですの。
公:そ、そういうものなのか?
綾:何でしたら、お試し致しましょうか?
公:謹んで御辞退申し上げます。
綾:つまりませんわね。
公:と言う訳で、次回、第十六話、『迷走する堕天使』。
綾:次のお相手は、どなたかしら。




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