前半部三番手、一柳綾女。基本政策、対話に依る学園風土の調和。 「言葉とは、人間に与えられた最も単純にして優れた意思の伝達手段ですわ。ですが昨今、顔さえ見ずに言葉を交わしている勘違いされている方が増えております。これは由々しき事態だと言わざるを得ませんわね」 一年生候補と言うと、物見遊山か、或いはこの学園のレベルに圧倒され、しどろもどろになってしまうケースが多い。だけど綾女ちゃんは技術的に多少拙い所はあるものの、少しとして気圧されることは無く、自説を精一杯に語っていた。前半の三番手を引き当てる強運といい、台風の目になるのは間違いないだろう。只一つ、どうしてもマイクが届かない為、踏み台に乗っている点だけは格好が付いていないが。 尚、二つ名は『神々の寵児』。誰が付けたのかは知らないが、中々嵌まっているとは思う。しかしこの手の名前、中にそれはどうだろうというのもある訳で。そういや、これで揉めて立候補を取り下げた奴も居たらしい。流石にそれは本末転倒な気がするのだが。 前半部七番手、 「最近の若者は心が乾いてると良く言われる。だけど、それは本当なんだろうか。僕はそう思わない。人の本質的な優しさは、年齢に関係無く持っているものだ。それを存分に発揮できれば、学園生活はもっと潤ったものになるはずだよ」 柔らかな口調で語るこの先輩は、十一月期の選挙を僅差で大村に敗れている。三年生で最後のチャンスだけに、気合の入り方も半端では無い。 別名は『永遠の生徒会長候補』。一年五月期から立候補しているのだが、一回目は茜さんの台風に巻き込まれ、二回目はインフルエンザでドクターストップ、三回目は演説中に階段から落ちて骨を折りそのまま入院、そして四回目は僅差で負けている。正しく悲劇の裏街道走破者。判官贔屓が好きな日本人だけに、固定ファンも多く、侮れない候補だと言える。 前半部九番手、 「学園って〜、学生だけの物じゃないと思うのよぉ。この街にある限り〜、どうやって溶け込むかを考えなきゃいけない訳で〜、私が生徒会長になったら〜、皆で考えていきましょうね〜」 喋り方こそアレだが、これでも当選候補の一角だ。唯、あくまで生徒会長としての手腕期待ではなく、ルックスとキャラが先行しているのが難儀な所なのだが。故に、ある程度の組織票で一次は突破するものの、二次ではさほど伸びないということを延々繰り返しているらしい。女子の方が多いこの学園で、あのキャラだと永遠に当選はしないだろう。 別称は『魅惑の竜巻姫』。愛嬌だけで旋風を巻き起こす辺りが由来か。 「ふーむ」 前半パートを終えた所で休憩時間に入る。俺はめぼしい候補の資料を読みつつ演説を思い起こしてみた。やっぱ五回目の矢上先輩なんかは、間の取り方とかが相当に上手い。思った通り、残って見学というのは、かなり勉強になるな。 「七原。お前、まるで生徒会長候補の様な真剣さだな」 「お約束ありがとう、遊那」 皮肉を聞き流す程度の余裕はあった。やるだけのことをやった心のゆとりか。或いは、開き直っているだけか。どちらにせよ、頭の中は清々しいものだった。 「先輩、ちょっと良いですか?」 岬ちゃんに声を掛けられ、顔を上げる。 「とりあえず、後半の方のおさらいをしようと思うんですけど」 「ん、そうだな」 軽く相槌を打つと、ノートをパラパラめくって、相当するページに目を遣った。 「後半部の方達はどちらかと言うと、正統派の候補が多いですね。分かり易く言うと、ザ・生徒会長です」 むしろ分かり難くなった気がするのは、俺だけだろうか。 「さて、茜さんと千織の奴がどう出るかだな」 「一次でそれ程の無茶をする必要は無いはずですから、無難な演説になると思います」 「羨ましいね〜、知名度があるってのは」 まあ、有名人が有利なのは、国政、地方選挙でも同じか。 「岬ちゃん、ありがとね」 ふと、そんなことを口走った俺が居た。特に意図は無い。本当に、何となくだ。 「先輩――」 「はい?」 「何、これが最後みたいなこと言ってるんですか! ここはまだ四合目。そんな言葉は生徒会長になる時まで封印してください!」 「ご、ごめんなさい」 つい謝ってしまうのが俺らしいと言うか。岬ちゃんと一緒に、笑い合ってしまう。 「では皆さん、御着席下さい。これより演説祭第二章、『遅れてきた者達の逆襲編』を始めさせて頂きます」 それにしても、この手の名前を付けるのは誰なのだろうか。脚本があるのか、完全にアドリブなのか。即興だとしたら、野に放しておくのは惜しい人材の気もする。俺はそんな呑気なことを思いつつ、演説台を再び見据えた。 後半部四番手、 「勝利とは、一つの結果に過ぎないと言う方がおられます。私は、その思想は半分正しく、半分間違っていると考えます。自己を確立する為、家族を守る為、真実を知る為、人は何度と無く、勝つことを義務付けられます。大切なのは、勝つことそのものではなく、負けてはいけない場所を学ぶことなのでは無いでしょうか」 俺と同じ二年生の中で、前評判が一番高かったのが、この西ノ宮だ。凛とした外見に、それに見合ったはっきりとした物言いで、男女問わず人気が高い。一方で、批判的な意見も多いのだが、有名税の一種だろう。何にせよ、良くも悪くも印象深い存在なのだ。 通り名は、『冷涼なる論客』。冷たい、刃にも似た印象の彼女にはぴったりの気もする。典型的な、敵に回したくないタイプの候補だ。 後半部五番手、 「この世は、神の意思で動いているのだよ。だからこそ、この私が生徒会長になるのも世の必然。迷いを捨て、指し示される道を進めば、そこには薔薇色の世界が広がるのだ」 えー、解説するまでも無い。典型的イロモノ候補だ。しかしそれなりの信者――もとい支援者が居て厄介なのだそうだ。それにここまであちらの世界に行っていると、何をしでかしてくれるかという期待票も集まってしまうらしい。困ったものなのはこの社会か、人そのものか。深くそんなことを思ってしまわなくもない。 異名は『偉大なる愚者』。言いえて妙か、或いは、暴走気味の命名とも言える。 後半部八番手、舞浜千織。基本政策、情報開示等の透明化に依る、生徒の為の生徒会運営。 「僕が考えているのは、そんなに難しいことじゃない。生徒会は誰の為にあるか。答はとても単純で分かり易い。僕が目指すのは、その道を整備することなんだ。その為に力を貸してくれると、とても嬉しい」 千織は、ゆっくりと要点を強調して言葉を口にしていた。岬ちゃんに依ると、女性層を主眼に置くことが大前提なこの選挙で、爽やかで柔い印象を与えるのは必須条件らしい。そういや、男が好みそうな無駄に濃い候補は、大抵早い段階で脱落してたなぁ。男女比に応じて、演出と戦術を変えるのは基本中の基本だから、茜さんと千織は、それを守っているというだけのことか。やっぱり、無難に票を獲得するのがメインの場であるということで良いらしい。 通名は『飴色の風雲児』。まあ、あいつに関して言えば、茜さんとどっちに重点が置かれているかは分からない訳だが。いずれにしても、皆、終盤の演説に見合わない程、集中して聞いている。注目度は、想定通りまずまずの様だ。 「はい、これで全候補の演説が終了致しました。皆さん、再び盛大な拍手をお願い致します」 計十八人の演説を終え、カーテンコール宜しく、全員が並んで頭を垂れた。予定では、この後に一言づつ挨拶をすることになっている。その順番は、本演説の逆ということなので、俺が大トリか。さりげに重要な仕事の気もするが、ここまで来ると怖いものは無い。 「またこの場に帰ってこれることを願っているよ」 「私は、神の力を信じているぞ」 「皆さんの懸命な判断を期待しています」 「ん〜、みんなありがとね〜」 「優しさは、人の持つ最高の力なんだ」 「これで終わりにする気は御座いませんことよ」 次々と候補が言葉を述べていく中、俺は気分良く順番を待っていた。ここだけは脚本も無く、好きなことを述べて良いと言われている。それは戦略や小細工と言うよりは、岬ちゃん自身が見てみたいからだそうだ。そこまで言われた以上、やってやらなきゃ男が廃るというものだ。 「では、七原公康さん、どうぞ」 前の候補にマイクを手渡され、俺はぺこりと一礼した。何だか、今の自分が自分で無いような。そんな、非現実的な感覚に身を任せ、言葉を紡ぎ出す。 「今日、この場に立てたことが幸せです」 偽らざる本音だった。唯、ちょっとしたお遊びのつもりで参加した選挙を、真剣勝負の場にしてくれた。それはもちろん参謀の岬ちゃんの力であり、りぃや支援してくれた皆のお蔭でもある。その結果、俺は今、ここに立っている。それを幸せと言わず、何と言うのか。俺は改めて会場を見回すと、深々と一礼した。 こうして、演説祭はつつがなく終焉した。 ※ 公:七原公康 莉:椎名莉以 公:ふむ。一つ思ったのだが。 莉:うん? 公:これって、次回が最終回でもさほど違和感無いんじゃないか。 莉:それは思いっきり禁句だから。 公:いや、この業界もそろそろ、主人公は最後に勝つという偶像崇拝主義を打ち破るべきだと――。 莉:はいはい。という訳で、次回、第十話『戦いの後に』。 公:ほら、やっぱり最終回っぽい――ぐぐべりら!?
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