邂逅輪廻



「では、今回の選挙の概要について説明させて頂きます」
「おー、パチパチパチ」
 何とはなしに、拍手音は口で表現してやった。
「と言うより、これは一昨日、会った段階ですべきだったのですが、まさか椎名先輩との抗争と後始末で二日近くも消費してしまうとは思いませんでした」
「あれは見事だった。学園史に残る死闘として、俺の心に刻んでおくぜ」
 心に刻んだだけだと、正史になんか残らない気もするが、気にするのはやめておいた。
「それにしても結局、何であの時、椎名先輩は屋上に乗り込んできたんですか? 生爪剥ぐとか物騒なこと言ってた気がするんですけど」
「あー、あれに関しては岬ちゃんも責任が無い訳じゃないから、忘れた方が良いよ」
 あのファンシーな封筒と、簡潔過ぎる文面。勘違いした方が悪いのか、勘違いさせてしまったことが悪いのか。人間関係が縺れる一因ではあるが、永遠に解けない命題の一つだ。
 ちなみに、屋上にあいつが沸いてきたのは、ネクタイを直している場面だったらしく――やや固まった後、暴走してくれた。あいつの特技は素手でコンクリを割れることだったりするので、あとはもう惨劇さ。屋上は瓦礫となって、校舎全体を揺るがしてくれたんだ。警報機はそこかしこで鳴るし、三階から飛び降りようとする奴は居るしで、良く停学にならなかったものだぜ。
「もしかして、妙なこと考えてません?」
「何で分かるんだよ」
 まあ、俺がぼけっとしてる時は、十中八九、意味の無い妄想をしている訳だから、自明の気もするんだが。
「それで選挙の概要なんですけど、二段階方式を取っていることはご存知ですよね」
「ああ。何だか予選みたいなのがあって、本戦は別日だった気がする」
 微かな記憶をほじくる様にして思い出してみた。
「予選、って言うと語弊があるんですけどね。二度しか投票してない先輩にはそう思えるかも知れません」
「どういうことだ?」
「一回目の投票を通過した人数、憶えてますか?」
 えっと、つまり二回目の時に書いてあった奴らだから――。
「五月の時が五人、十一月が四人だったか」
 あれ、おかしくないか。同票で繰り上がったなんて話は無かったと思うし、何で人数が一定じゃないんだよ。
「予選って言うから勘違いするんです。この学園で採られているのは二段階選挙なんですよ」
 黒板に大きく文字を書いているその様は、さながら女教師の様だった。色々ちまっこいけど。
「一段階目の投票では、上位から総得票率が六十パーセント以下に収まる人数が選出されます。逆に言えば、大筋の民意である六十パーセントを粗く選出する選挙とも言えます」
 次いで岬ちゃんは、候補者名を仮に、A、B、Cと縦に続け、その右に得票率の数字を書いていった。
「仮に、二大勢力、AさんとBさんが三十パーセントずつ獲得したとします。すると二人で六十パーセントになるので、二回目の選挙は直接対決になります。三位以下は、そこで終わりです。ですけど、A、B、C、Dが十五パーセントずつだった場合、二段階目に進めるのは四人になる訳です」
 人数に差が生じてたのはその為か。
「Aが三十五パーセントでBが三十パーセントだったらどうすんだ? 六十超えちまうぞ」
「その場合は、上位二名の決戦投票になると規程されています。但し、例外として、一位の得票が過半数になった場合のみ、二回目の選挙は行われず、その方が当選となります」
「ふむ」
 中々にややこしいシステムだ。
「この様な方式を採っている理由は、死票の問題があります。毎回、平均して二十名前後の立候補者が出るので、場合によっては、得票率が十パーセントを切る人が当選する可能性もあります。それでは何の為の選挙が分からなくなってしまいますから、大筋で民意を抽出し、マイノリティにも次善の発言権を与える意味合いがあるんです」
「それに人数が絞れれば、じっくり話を聞ける訳か」
 成程。そう考えると、合理的な気もしてきたぜ。
「デメリットとしては、開票等に時間が掛かることですが、全部で二千票にも満たないですから、実行委員とボランティアで掛かれば一時間程度で確定できます。今日が金曜ですから、一週間後の金曜が第一次投票。平日換算でその三日後、再来週の水曜日に第二次投票が行われます。私達は先ず、第二次投票に残る戦いを勝たなくてはいけません」
 そこまで言ったところで岬ちゃんはチョークを置き、パタパタと粉を払った。
「選挙の流れは大体こんな感じですが、質問はありますか?」
「概ね理解できた」
 うーむ、しかしこうして見ると、何も知らないな、俺。
「過去十年、二十回の選挙を集計してみますと、一次選挙を突破できるのは、四、五人といったところです。若干のムラはありますが、安全圏と言えるのは二十パーセント以上。最低記録として二パーセントというのもありますが、六十パーセントルールに運良く引っ掛かっただけなので、二次投票でも得票は伸びませんでした」
「さっき言ってた、例外的一位突破って前例があるのか?」
 まあ、それで負けたとしても、残るのは清々しさだけの気もするが。
「一度だけあります」
 何故だか、岬ちゃんの口調が堅いものになった気がした。
「一昨年、五月期の選挙です」
 ――ん? 既視感があるぞ。どっかで聞いたことある時期の気がするんだが。
「公康ー。候補者名簿発表されたよー」
 りぃがピラピラと紙切れを振りながら入室してきた。今日は、告示当日。放課となってから一時間以内に、生徒会長選出選挙実行委員会、以下生選会せいせんかいの所に行って、立候補を表明する。もちろんそれ自体は速攻で終わらせていて、候補者名簿が発表されるのを待っていた訳だ。これを手渡された瞬間からが、選挙本番。一週間後の投票当日まで仁義無き戦いが続く訳だ。
「で、早速なんだけどね。何か不適切な名前があったりするんだけど」
悪宮滅次郎あくみやめつじろうとかか?」
 人目を惹く名前ではあるが、得票に結びつくかは謎だな。
「これよ」
 机の上に名簿を広げ、指で示してくれた。それは、下から三番目の名前だ。えっと、何々――。
「マジか?」
「同姓同名っていうには、レアな姓名だしねー」
「御二方、どうしたんです?」
 新聞を読んでる時に沸いて出る猫の様に、岬ちゃんは首だけ伸ばして名簿を覗き込んだ。
「舞浜千織。二年三組ってことは、御二人のクラスメートですか?」
「って言うか」
「つい二日前まで俺の陣営だった奴だ」
 どうも最近、姿を見なかった訳だ。納得している場合でも無いが、笑って済ますしかあるまい。
「あいつ、何考えてんだ?」
 知名度を上げて、全校女子への好感度も上げるつもりなのだろうか。俺自身、少しばかりそれを狙っていた所があるので、非難できる立場でも無いのだが。
「やあ、御二人さん、久し振りだね」
 不意に、声がした。後ろの入り口から沸いてきたのは、言うまでも無く千織の奴で――斜に構えて格好つけているが、中身を知っている俺とりぃにしてみれば、新ネタ披露会にしか見えない。
「ああ、残念だよ、公康。生まれた日は違えど、せめて死ぬ日は同じであろうと契りを交わした僕達が、敵味方に別たれてしまうなんて」
 何処の桃園の誓いだ、おい。
「まあ良い。話を聞こうと思ってたところだ」
 携帯代を節約出来たってもんだぜ。本心の部分は、威厳の為に伏せておいた。
「単刀直入に聞くぞ。何で急転直下で立候補した?」
 面倒なことは抜きだ。これからの一週間は、出来るだけ選挙活動に充てなけりゃならない。千織とバカやって浪費するのは得策じゃない。
「それは、私が説明します〜」
 やや間延びした、柔らかい声がした。窓越しの廊下に佇む女生徒のものだろう。リボンの色から察するに三年生か。上背は、岬ちゃんと同程度。明るい茶色のソバージュヘアーを肩口まで伸ばしていて、又、瞳から感じられる印象は穏やかだ。お嬢様然としていると言うよりは、おっとりしてると言うべきか。何だか半径二メートル以内は、流れる時間さえ違う様な、アインシュタインに聞かれたら怒られかねない考えが頭を掠めた。
「お姉ちゃん!?」
 ほっほう。そう来たか。
「ここ、失礼しますね」
 言って、千織と二人、俺等の対面に当たる席に腰掛けた。何だろう。全ての動作がとても自然で、気配をほとんど感じない。
「始めまして、桜井茜さくらいあかねです。いつも岬ちゃんがお世話になっているみたいで、御礼申し上げます〜」
 いや、二日前に知り合ったのを、いつもと言うのかは怪しいものなんですが。
「それで、千織君を立候補させたのは私なんですよ〜」
 口元に人差し指を当て、のんびりと話す様は妙に艶っぽい。それにしてもさっきからりぃの視線が痛いまでに厳しくなった気がするのは何故だ。
「はあ。まあ、千織だって学園生なんですから、その権利はある訳ですけど、何でまた?」
「それは話すと長いんですよ〜」
 話す為に出向いたんだろ、あんた。
「一昨日の晩、岬ちゃんが公康君のお手伝いするって聞いたんです。それで考えたんだけど、私が対抗馬を擁立すれば驚くかな、って」
「……それで?」
「これでおしまい」
 概要、短っ!?
「それに岬ちゃんの初陣だもの。姉としては、出来うる限りの試練を与えないとね」
 一体、どんな家庭環境で育ってきたんだ、この二人。本筋とは関係無い部分が、気になってしょうがなかった。
「という訳なんだ、公康。これはロミオとジュリエットの悲劇の様に、避けられないものなんだよ」
 こいつ、色香に惑わされやがったな。たしかに彼女は、面前に居るだけで、洗脳されかねない独特の空気を持っている。並大抵の男であれば、これだけで参ってしまいかねない。そうか、これが彼女の参謀としての武器か。
「それで、千織君の出来栄えはどうかしら。素のままだと、ちょっと頼りなさが目立つから、少ししっかりする様、指導したんだけど」
「やあ、マイスイートハニー。今度の選挙は、僕を応援してくれると嬉しいな」
 お前、限界超えて無理してるだろ。
「さ、流石はお姉ちゃんです。事実上白紙の状態から始める私達にとって、第一印象は生命線。浮動票を獲得する意味では、多少の違和感があっても、虚像を作り上げた方が得策だと判断したんです」
 岬ちゃんがそっと耳打ちしてくれる。そんな高度な戦略だったのかと問い詰めてみたいが、第一印象の話となると、四日前の演説に触れられかねないのでやめておいた。
「それじゃあ、これから二週間、お互い頑張りましょうね〜。あ、でもうちに帰ったら休戦状態だから、いつも通りにお願いね。でないとお姉ちゃん、寂しくて死んじゃうから」
 あなたはウサギですかと突っ込みたい所だが、実際には一匹で飼っても死ぬことは無いらしい。良い突っ込みが思い浮かばないのは、奥歯にトウモロコシが挟まったくらいに歯痒い。そして、悶々と悩んでいる間に、二人は退室してしまった。後に残された俺達三人は、呆然としたまま、椅子に座り込んでいた。
「岬ちゃんの姉さんって何つうか……お茶目だな」
「いつもあんな感じです。もしかしたら、三歳児くらいからああだったのかも知れません」
 それは驚異的だ。心理学会に風穴を開けられそうだな。
「でも、侮らない方が良いです。ああ見えて一人前の参謀なんです。一昨年の五月期選挙で、一次投票六十八パーセントの記録を打ち立てたのは、他ならぬお姉ちゃんの陣営でした」
 マジデスカ。
「……れない」
「はい?」
 りぃが何やら呟いたのだが、あまりに小さすぎて聞き取れなかった。
「負けられないって言ったのよ!」
「な、何だよ、いきなり」
 あまりに唐突過ぎる発言に驚いて、ちょっとバランスを崩してしまった。
「公康! あんなのに負けてられなんか居られないわ! 早速、下校する生徒にアピールしに行くわよ!」
「だから、どうしてそんなやる気になってんだよ、お前」
 意味が全く分からないが、アピールって所は賛成だ。岬ちゃんも同意見らしく、俺達は揃って通用門に向かったのだった。





次回予告

※ 岬:桜井岬 茜:桜井茜

茜:桜井茜です〜。今回はとんだことになっちゃったわね、岬ちゃん。
岬:いや、九十九.九パーセントまでお姉ちゃんのせいだから。
茜:あらあら。人のせいにするなんて、お姉ちゃん悲しいわ。そんな風に育てた憶えは無いわよ。
岬:泣き真似は良いから。
茜:うるうる。岬ちゃんのおしめを換えてあげたのは私なのよ。その恩を忘れるなんて。
岬:お姉ちゃんも当時は一、二歳だったでしょうが!
茜:あ〜、そうだったかも知れないわね〜。
岬:と、マイペースなお姉ちゃんはさておいて。次回、第四話『本気の茜ちゃん』。
茜:私を甘く見ると、火傷するわよ。




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