「青い空! そして白い雲! やっぱり夏は海だな!」 「……ああ、そうだね」 もう九月になったけどね。 「そして海には、女性の水着姿が良く似合う! そうだよな、我が弟よ!」 「……それはどうかな」 少なくとも、仁王立ちしながら言う事ではないと思う。 「ふふふ、まだまだ青二才だな。まぁ、いいさ。俺はこの感動をきちんと保存するからな!」 「……勝手にしてく――」 「叫びながら堂々とカメラを回すな、この盗撮野郎がぁっ!!!」 「ぷげらっ!!!!!」 太陽の日差しを反射してじりじりと焼ける砂浜に飛月の鉄拳を食らった駿兄がぼろ屑のように転がってゆく。 嗚呼、どこにいようとこの展開は変わらないのね……。
「ねぇ、たまにはネットとかゲームとかから離れて、外にでも出たらどう? ずっと室内にいたんじゃ身体が腐っちゃうよ?」 こんな駿兄に対する飛月の一言から、全ては始まった。 それは、少しは外を散歩でもして、太陽の光を浴びて来いというような意味だったんだと思う。 だけど、駿兄は何を勘違いしたのか、「だったら、仕事を休んで海にでも行くか」などと提案。 仕事を休むなんて言語道断だと僕は止めようとしたのだけれど、飛月はそれになぜか賛同、行く気満々になってしまった為に、僕がそれを止めることは出来なくなってしまったのだ……。 もう、後はトントン拍子に行き先や宿(どうやら日帰りじゃないらしい)が決定した。 そして、今日の早朝にたたき起こされ、車に乗せられていて、気づいたら今に至っていたわけである……。 「まったく! 油断も隙もあったものじゃない!」 白いビキニ姿の飛月は全身に水を滴らせ、そして息を切らせていた。 ……恐らくは、海から上がってすぐにここに駆けつけてきたのだろう。 駿兄が飛ぶ直前まで飛月の気配がしなかったことを考えると、一体どれほどの速さでここまで来たのだろう。 波打ち際からここまでだって、そんなに近いわけじゃないし……。 などと、飛月の短距離走のタイムを想像していると――。 「な〜に、難しい顔してるのよ!」 「うげっ!」 何の了承もなく、飛月はビニールシートの上で仰向けになっていた僕の腹へと腰を下ろした。 乗っかられた場所が乗っかられた場所なので重いというよりも苦しいわけで。 「せっかく海に来たんだから、そんな風に寝そべってないで一緒に泳ごうよ」 「いや、そうしたいのは山々なんですけどね、なにぶんあなたが乗っかっているせ――って、うわっ!」 腰を上げたかと思うと、飛月は今度は僕の手を引っ張ってくるので、僕は強制的に起き上がることとなる。 「だったら、早く行こ。ね!」 飛月は太陽のようなまぶしい笑顔を僕に向けた。 こんな笑顔を見せられちゃ、文句の一つも言えやしない、か。 「それじゃ、まずはブイのところまでどっちが早くいけるか競争しようよ!」 「……マジですか?」 僕は不安を抱えながらも飛月とともに浜辺へと向かった。 ブイ――浮標は海水浴場においては、その遊泳区域を示すためによく使われている。 そしてその遊泳区域は、砂浜から百メートル沖合くらいまでに指定されていることが多く、ブイもそのあたりに設置されているということになる。 要するに、ブイまで泳ぐということは沖合百メートル程度まで泳ぐということであり……。 「はぁ……はぁ……よ、ようやく着いた……」 それだけの距離を競争と称して泳がされるのだから、僕は一気に疲れてしまった。 一方で、先に到着していた飛月はケロリとしていたのだが。 「ま〜ったく! こんな事で息を切らすなんて情けないなぁ。男の子でしょ!」 いや、男とか女とか子供とか大人とか関係なしに、この距離を一気に泳ぐのはキツいと思う……。 僕だって、泳ぎが苦手なわけじゃないけど、百メートルなんて高校の二年の頃以来だし。 「そ、そう言うひ、飛月は昔水泳とか特別に教わってたり、はぁ、部活でやってたりしたの、ふぅ……」 「あたし? あたしは高校はずっと美術部だったからなぁ……。まぁ、これくらい泳げて普通だよ、普通」 飛月が普通だったら、世界中の人間のうちの大半は変人ってことにな―― 「今、何か変な事考えてない?」 よ、読まれた!? 「イ、イエ、ナンデモアリマセン」 「そう? なら、いいんだけ…………ひっ!」 何か短く声を上げたかと思うと、飛月はそれっきり言葉を止めてしまう。 「……? どうしたの、飛月。何かあった?」 何も答えない飛月を不審に思い、僕は彼女の視線の先に何があるのかを見ることにした。 するとそこには、何やらぷかぷかと浮かぶ透明感のある物体があった。 ビニールともガラスとも違うその透明感、そして形状から察するに――。 「なぁんだ、クラゲかぁ。この時期になるとそんなに珍しいモノでも――」 「い、いやぁぁぁ!! クラゲいやぁあああ!!」 「え、な、ひ、飛月さん!?」 突然、飛月は堰を切ったように声を張り上げ、そして腕にしがみつき始めてきた!? 「あたし、クラゲ駄目なのぉぉ! お願い何とかしてぇ!!」 「え? 何とかしろって言われても……って、こ、これは――!!」 腕に体を密着させているため、飛月の胸部にある柔らかく、そして大きな二つの球体がさっきから、ふにふにとぶつかってきている。 ……うん、これはこれで幸せなのかもしれない。 だけど、事態は明らかにマズい方向に向かっている。 何せ、ただでさえ遠泳で疲労している体に飛月がしがみつき、じたばたしているために、僕は思うように動かなくなっているのだから。 「ひ、飛月! げほっ! ま、まずは落ち着いて! がぼっ!」 「助けてぇ! クラゲいやぁ!」 ……どうやら飛月はパニック状態とやらに陥っているようだ。 これでは、何を言っても効果がない――って、そんな落ち着いている場合じゃなくって! このままじゃ、僕……いや、僕たちは溺れてしまう! そして最悪の場合、そのまま死を迎え…………。 「ちょっと、あなた達、大丈夫!?」 と、僕が絶望の未来予想図を描いていると、飛月のものとは違う女性の声が聞こえてきた。 声の方を何とか振り向いてみると、そこには僕たちのほうへと泳いでくるゴーグルをした女性の姿が。 あ、あれ? この声って……。 「――!? も、もしかして莞人君!?」 「か、莞人君って……やっぱり、ふげっ! 苑部さんですか!? がぼっ!」 予感的中。 こちらに泳いできて、ゴーグルを外してみせたその顔は紛う事なき、苑部奈都子刑事のものだった……。 やってきた苑部さんに助けてもらい、僕達は何とか危機を脱出することができた。 ちなみに、その時に飛月のパニックも鎮まったようだ。やれやれ。 「まったく! 沖合が慌しいから何かと思えば、クラゲに驚いてパニックを起こしてたなんて……」 「し、仕方ないでしょ! 小さい頃にお姉ちゃんにバケツいっぱいのクラゲを浴びせられたんだから。トラウマにもなるわよ」 「あはは……。飛月のお姉さんっていうのもこれまた……」 そして、今は苑部さんとともに、浅瀬を陸へ向かって歩いているわけである。 「でも、あなた達も九月に入ってこんな所にくるなんて暇ねぇ。……学校は大丈夫なの?」 「学校は月末から始まるから大丈夫なの! そんなことより、なっちゃんこそどうして、ここにいるのよ? 仕事はどうしたの?」 「なっちゃん言うな! それに今日は非番! だから友達と一緒に遊びに来てるってわけ」 生真面目そうだけど、海で友達と遊ぶなんてこともするのか……。 でも、確かに水着は競泳用のそれで、生真面目さは出てるか。 ……水着を押し上げているそのたわわな胸や、すらりと伸びた太ももは生真面目さを吹き飛ばすほどの爆発力を持っているけれど。 「……そういえば」 僕が苑部さんの水着姿を見ていると、苑部さんはふと思い出したように口を開いた。 色々と気まずかったので、僕は慌てて視線を元に戻す。 ――正面を見ると、僕達はもう波打ち際まで来ていたみたいだった。 「もしかして、あなた達が来てるってことは駿太郎は……」 「はい、来てますよ。せっかくですし、顔を合わせます?」 「い、いいわよ、別に! 私とアイツはどうってことない関係なんだし……」 何やら拒絶するような態度をとる苑部さん。 だけど、それを黙って見過ごすほど、あっさりしている『彼女』ではなかった。 「まあまあ、そんな事言わないで。ほら、すぐそこだからおいでよ、なっちゃん!」 「だから、なっちゃんって呼ぶなと何回言えば――!」 ――あ、奈都子! こんなところにいたんだ!――― 突如横から聞こえてきたのはそんな声。 横を振り向くと、そこにはタンキニタイプの花柄の水着を着た小柄な女性が手を振っていた。 「……あ、 有栖、と苑部さんに呼ばれたその女性は、そのまま僕たちのほうへと駆け寄っていて……あれ? 有栖さんの後ろから、ついてくる人がいる? えっと三人は女の人で、あと一人男が……って、あれは――!! 「しゅ、駿兄!」「駿太郎!?」 「げ、奈都子って、お前のことだったのかよ……。ってか、お前達どうしてこいつと……」 僕達――正確には苑部さん――へと駆け寄ってきた女の人たち。 その付属品のように、駿兄がついてきていた。……手には流石にビデオカメラは持っていないようだ。 「あたし達となっちゃんとは沖合で偶然会っただけだよ。それよりも、なっちゃんの友達って……」 「えぇ。ここにいる四人のことよ。……というか、ど、どどどーして、有栖達がこの男と!?」 苑部さんが指差すのは、勿論我が兄。 「えへへ〜、私達この人に一緒に食事でもどう? って声掛けられたんだよ。まだまだ現役ってことだね」 「駿兄……それって、もしかして……」 「あぁ、もちろんナンp――どぅれふゅす!!?!」 言い終わる前に、飛月の鉄拳と苑部さんのハイキックが駿兄にクリーンヒット。 人体がどこまで吹っ飛ぶかを競う競技があったら、素手素足部門で一位が取れそうな勢い、と言えば威力は分かると思う。 ……少なくとも、僕は金メダルをあげるね。うん。 所変わって、海の家の大テーブル。 「へ〜。ってことは、君達は皆、高校時代の友達ってわけか」 二度目の砂浜滑りを強制的に体験した後にもかかわらず。 駿兄は、もう嬉しそうな声を上げていた。 ――まぁ、それもそのはずで、あの後、苑部さんと駿兄の関係を知った苑部さんの友達が、「ここで会ったのも何かの縁」と少し話でもしようと誘ってきたのだ。 というわけで、僕達は彼女たちと一緒にいるのであった。 元々、食事をご一緒したかった駿兄としては願ったり叶ったりだったと言うわけだ。 ……その反面、苑部さんはやや不機嫌な顔をしていたけど。 「そういうこと。し・か・も! 私達、クラスもずっと同じだったんだよ〜」 駿兄と明るく接する彼女は、 先ほども苑部さんに真っ先に気づいた、花柄水着の小柄な女性だ。そのポニーテールと大きな瞳がどこかまだ幼さを残しているように思える。 「つまりは、いわゆる腐れ縁ってやつだ」 「私なんか、ナオとは小中も一緒になること多かったんだよ〜。あたし達は生粋の腐れ縁ってヤツだね」 「……お前との縁は、もう腐って消えてもいいと思うけどな」 「って、ひっどいな〜、ナオ〜」 落ち着いた口調で話す眼鏡にセミロングの女性は、 そして、もう一方の元気な赤いビキニの女性は、 二人は付き合いが長いからか特に仲がいいようだ。 「ふふふ、相変わらず尚美ちゃんと麻希ちゃんは仲がいいのねぇ」 おっとりとした喋り方をしている長髪のこの人は、 彼女だけは、水着ではなく、白いワンピース姿だったことを補足しておこう。 「う〜ん、しかしこれだけ粒ぞろいだと、高校時代はさぞかしモテたんだろうなぁ。いやぁ、同級生が羨ましいなぁ、おい」 駿兄は、ビール缶片手に上機嫌だ。 …………え? ビール缶? 「しゅ、駿兄いつの間にそんな物を!?」 「あぁ? これか? 来るときにクーラーボックスに詰めてきたんだよ。知らなかったのか?」 「聞いてないよ! んもう、こんな真昼間から……」 すると、苑部さんが同意するように頷く。 「ホントホント! どうせ車で来たんでしょう? このまま車に戻るってんなら飲酒運転でしょっ引くわよ?」 「――ったく! いちいちうるさいなぁ。……あ、そうか。高校時代にもその性格が祟って誰も男が寄ってこなかったんだろ? まったく、そんな事くらいでピリピリす――」 「ば、馬鹿言うんじゃないわよ! そもそも私達は女子高出身! 男なんか学校にはいなかったの!」 「――へ? 女子高……そ、そうだったっけ?」 駿兄は文字通り目を丸くする。 持っていたビール缶も思わず手放しそうになり、慌てて掴んでいたし。 「まったく! 昔教えてあげたって言うのに教え甲斐の無い……」 「ただのド忘れだっつーの! それをお前はうぷとぷらっつ!!!」 「お待たせー! お好み焼き買ってきたよー!」 駿兄の後頭部に、買出しから戻ってきた飛月の肘がクリーンヒット。 嗚呼、『悶絶』って体で表すとこんな感じなんだな、とよく分かる動きで駿兄は悶える。 だけど、飛月はそれに気づいていないのか、気にしていないのか、スルーの方向で買ってきた物を皆に渡してゆく。 飛月が配っているのは祭りの屋台で買えるような典型的なパック詰めのお好み焼き。 そういえば、こういうのを食べるのも久しいなぁ。 と、飛月がそんな懐かしのお好み焼きを配っていると―― 「あ、私は結構」 尚美さんが、その配られたパックをやんわりと手で遮った 「……え? もしかしてお好み焼き苦手でした?」 「いや……そうではなくて、その……」 「ナオはダイエット中なんだよね〜」 「な、ま、マキ!!!」 「だって事実でしょ? えへへ」 「う、うるさい! お前はいつも一言多いんだ!」 麻希さんがその場から逃げ出し、尚美さんがそれを追いかける。 ……そんな二人の追跡劇は僅か三分足らずで、麻希さんが捕獲されるという形で終幕を迎えたわけだけど。 「……これに懲りたら、もうあることないことをベラベラと喋らないことだな」 「事実なのにぃ……」 麻希さんは元気なく、お好み焼きをつっついていた。 ちなみに尚美さんの分のお好み焼きは、有栖さんが貰って既に平らげていたりしている。 小柄だというのに良く食べるなぁ……などと有栖さんのほうを見ていると。 「あ、君も残すの? だったら頂戴♪」 いえ、自分で食べます。 ……残念そうな顔をしないでください、僕が悪いみたいじゃないですか。 「ふふ、有栖ちゃんも相変わらず良く食べるわねぇ。だったら私の分、半分あげるわよ」 雪絵さんが有栖さんの方へ、残してあったお好み焼きを渡していた。 本当にこの人は見た目どおり、おっとり優しい人なんだな。 だけど、有栖さんはその雪絵さんが差し出したそれを押し返した。 「ダメダメ、雪絵はもっと栄養つけなくちゃ! お腹の子の分もね!」 「気を遣ってくれてありがとうねぇ、有栖ちゃん」 ……ん? あれ今……。 「ま、待ってくれ! 今、お腹の子って……」 駿兄もその言葉に気づいたようだ。 「その通りの意味ですよ。私のお腹の子……とは言っても、まだ生まれるまで時間はありますけどね」 「……ってことは、もしかしてもう……」 「はい、もう結婚しています。三年前にね。娘も一人いるんですよ。驚きました?」 その言葉は、雪絵さんの左手薬指に輝いていたリングが証明していた。 そしてそれを見ていた駿兄は首を動かし、今度は正面にいた苑部さんの方を向いた。 「……ま、お前も精々行き遅れ――!!?!?!!??!」 駿兄、再び悶絶の表情。 そしてテーブルに突っ伏す。 ……うん、むき出しの足の甲を強く踏まれると痛いよね。 「うー、酔いが回ってきたのか? 頭痛が痛ぇ……」 会話が弾む中、駿兄はビール缶を既に三つ空けており、顔を紅くし、体をふらつかせていた。 「……まったく! 一気にあんなに飲むからでしょ。それに『頭痛が痛い』じゃなくて『頭が痛い』もしくは『頭痛がする』よ。ほら、これでも飲んでしっかりして」 「あ、あぁ。悪いな……」 苑部さんが呆れたように溜息を吐きながら、駿兄にジュースを渡す。 う〜ん、こうやって見てみると、この二人って…… 「なっちゃん、このヘボ探偵とらぶらぶだねぇ〜」 あー……飛月はこれまた言いたい事をストレートに喋るっていうか何というか……。 そんな風にあっけらかんと言われたものだから、苑部さんも顔をたちまち紅くする。 「な、ななな何言ってるの! 何で私が駿太郎とな、仲がいいだなんて……」 「だって、そんなに甲斐甲斐しく世話しているんだもん。それに名前で呼び合ってるしね。ね、莞人もそう思うでしょ?」 やっぱり僕に振るわけね。 「う、う〜んと……見えないことは無いけど……」 「でしょ? ほら、やっぱりそう見えるんだって!」 「ち、違うわよ! ……ほ、ほら、駿太郎も何か言って!」 「んあ? まぁ、昔は色々あったよ、そりゃ男と女だったし――をばら!!!」 「この馬鹿!!」 駿兄、再再度轟沈。 そして、そんな様子を見て、麻希さんが笑い出す。 「やっぱり、なっちは大学行ってからもモテてたみたいだねぇ。うんうん」 「行ってからも……って、昔もなっちゃん人気あったんですか? でも女子高だったって言っていたような……」 飛月の問いに、有栖さんが身を乗り出してきた。 「それが実はモテたんだ〜。奈都子って昔からあんな感じで凛としてたからさ、下級生は勿論クラスメート達からも“お姉様”なんて呼ばれてたんだよ〜」 「お、お姉様!?」 「ちょっと、有栖!! 何でこんな時にそんな事を!」 「そ。しかもナオも同じ感じで慕われててさ、二大お姉様、とか呼ばれてたときもあったんだよ〜」 女子高で下級生たちの人気を集めるお姉様。 ……えっと、これは本当の出来事? 「ま、それも今となっては印象的な思い出だな、うん」 しみじみと語る尚美さんは確かに、見た目や口調が落ち着いていて、どこか中性的で格好いい雰囲気が漂っている。 そして、一方の苑部さんも、刑事として働いている時やさっき僕たちを助けてくれた時のことを思い出すと確かにその行動力は魅力なのかもしれない。 ……あ、なんか納得したかも。 「んもう! この子達に色々と吹き込まないでよね」 「いいじゃない、事実なんだし〜。それに今は中々イイ男を捕まえてるみたいだし」 「だから、駿太郎は違うの!!」 そんな和気藹々とした会話が続いているのを見ると、この五人は本当に仲がいいのだなと思える。 「まさに、女三人寄らば大樹の知恵ってやつね〜」 色々と混じってるよ、飛月――と、そう思っていると 「焼きそば、大盛一、普通七でお待ちのお客様ー! お待たせしましたー!」 そんな海の家店員の声が聞こえてきた。 ……焼きそば八人前とは随分と頼む客もいるものなんだなぁ―― 「あ、出来たみたいだね!」 って、麻希さんが立ち上がったって事は、やっぱりここで頼んだやつか……。八人いるから、まさかとは思ったけどさぁ。 「あれ? 麻希、いつの間に焼きそばなんて頼んだの?」 「え? あ、うん、さっきちょろっと有栖と一緒に頼みに行ってきたんだよ。八人前じゃ出来るのに時間が掛かるかなって思ってさ。……もしかして、なっち焼きそばダメだった?」 「うぅん、別に嫌いってわけじゃ――」 「だよね〜! やっぱり海の家っていったら、焼きそばだもんね。ってことで早く焼きそば食べよ〜」 有栖さん、さっきお好み焼きを二人分食べてたのにもう腹がすいたというのですか……? 「そうね。それじゃ、私が取りに行くから皆はここで待ってて」 「一人で大丈夫か? 八人分だろう?」 「大丈夫大丈夫! ナオも皆も座って待ってなって。それじゃ〜ね〜」 麻希さんは席を離れて一人、昼食時でそこそこ賑わうカウンターの方へと消えてゆく。 結局一人で運びきれずに尚美さんに助けを求めるまでは、そう時間は掛からなかったわけだけど……。 「お待たせ様」 「んで、これが箸ね」 「はい、お水をどうぞ」 「あ、どうも……」 尚美さんがトレイから焼きそばの皿を差出し、有栖さんが割り箸を渡し、雪絵さんが水の入ったコップを置いてくれる。 ……僕も何か動いた方が良かったみたいだなぁ。 やっぱり、招かれたのに何もしてないのって無礼だし……。 「美女達に昼飯を用意してもらう……。まさにいたれりつくせりってトコですなぁ。なぁっはっは!」 駿兄……少しは自重してくれ……。 なんか、またビール缶が一つ増えてるし……。 「はーい、皆行き届いたかなぁ? よーし、それじゃあ皆さんコップをお持ちくださーい!」 麻希さんが、コップを持って立ち上がるので、僕たちもそれに倣い、コップを手に取る。 「それでは、私たちの二年ぶりの再会を祝して、そしてなっちのイイ人御一行との出会いを祝して乾杯!」 「だから、違うって言ってるでしょ!」 「「「かんぱ〜い!!」」」 コップがカチャカチャと音を立ててぶつかり合い、それを号令にするかのように食事が始まった。 「それじゃ、いっただきま〜っすっと」 まず有栖さんが予想通りに、真っ先に焼きそばへと手が伸ばす。 有栖さんのだけが大盛りになっているのが流石というかなんと言うか……。 「うん、やっぱり海の家の味って感じだね〜」 「それって……褒めてるの?」 「まー、いいんじゃねぇの、海の家なんだし…………うぷっ」 「あ、ちょっと! こんなところでやらかさないでよ? ほら、ひとまず水を飲んで!」 そんな相変わらず駿兄を甲斐甲斐しく世話している苑部さんを横目に、飛月や麻希さん、雪絵さんが笑みを浮かべ――いや、ニヤニヤしていた。 「いや〜、やっぱりなっちゃんはその気があるようにしか見えないなぁ」 「だよねぇ。なっちと駿太郎さん……まずまずの組み合わせだとは思うんだけどな」 「えぇ、私もお似合いだと思うわぁ」 端から見たら、苑部さんからのツッコミ待ちをしているとしか思えないような話題でこうも盛り上がれるのだから、女性というのはそういう話題が本当に好きなものなんだなぁと再認識してしまう。 「ナオもそう思わない? ねぇ」 麻希さんがその話題に巻き込もうと尚美さんに声を掛ける。 ――だが。 「…………うぅ……あぐっ……」 聞こえてきたのはそんな返事だった。 ――いや、返事ではない。これは……呻き声!? 「……え、ナオ?」 麻希さんがするように、僕も異常を感じて尚美さんの方を向く。 すると、そこには喉を押さえて苦悶の表情を浮かべる彼女の姿が! 「はぐぅ……う、うげぇ……」 「な、尚美……ちゃん? どう……したの?」 横にいた雪絵さんが状況を飲み込めないまま、彼女の肩に触れようとするが、その手は空しく宙を切った。 尚美さんは急にテーブルの上に突っ伏してしまったのだ。 「い、いやぁぁぁ!!! ナオぉぉぉ!!」 麻希さんがそう叫ぶ頃には、僕たち八人、いや周囲にいた人達も状況の深刻さに気付き始めた。 そして、そんな中、真っ先に動いたのは―― 「ちょっといい?」 苑部さんが尚美さんの横に即座に移動し、彼女の手首を掴み脈を取りはじめる。 「――脈拍が微弱……。有栖、今すぐ一一九番に電話!」 「わ、分かった!!」 そして、有栖さんに指示を出すと今度は尚美さんの体を起こし、椅子から持ち上げ、床に寝かせる。 それでも彼女の苦しそうな表情は変わらず、むしろ時間経過のためか先ほどよりも呼吸が小さくなってきていた。 「……持病? 喉に何かが詰まった? それとも……」 ぶつぶつとつぶやきながら尚美さんの口元に顔を近づける。すると―― 「ニンニクの臭い……? ……まさか有機リン!?」 「ゆ、有機リンって、あの農薬とかに使ってるっていうアレのこと!?」 飛月が顔を青くしつつ苑部さんに尋ねると、彼女は頷く。 「一般的にはね。そして有機リンはそれと同時に人体に極めて有害なの。……麻希、警察にも通報して! もしかしたら事件かもしれないから……」 「じ、事件ってそんな、それじゃ尚美は……」 「うん、考えたくはないけどね……。あ、雪絵、それとコップの水をこっちに頂戴」 「え、えぇ。……でも、どうする気?」 「これを見て、黙って見過ごすわけにいかないでしょう。……やれるだけのことをやるのよ!」 コップを受け取るや否や、苑部さんはそれを尚美さんの口に流し込み、そして吐き出させる。 ……口内の洗浄をしているようだ。 「誰か! 誰かこの中に医者か看護士、医術の心得がある方はいらっしゃいませんか!?」 大声で遠巻きに僕たちを囲う野次馬たちに叫ぶが返事はない。 すると、即座に体の向きを尚美さんのほうに戻し、そしてアレの手順を踏み始めた。 それを見て驚いたのは、他でもない駿兄だ。 「気道確保よし、口内の異物無しと」 「おいおい、お前まさか……」 「まさかもなにも、呼吸脈拍が微弱なときの対処といえば一つしかないでしょ?」 「本気かよ……。第一、毒を盛られたかもしれないんだぞ? 下手したらお前まで毒に……」 「でも、だからってやらないわけにはいかないでしょ! 目の前で親友が苦しんでるのよ!?」 「ぐあ……わ、分かったから、分かったからあまり大声を出さないでくれ……」 叫ぶ苑部さんの声に、駿兄は頭を痛そうにする。恐らくまだ酔いが回っているのだろう。 「それに私だって、毒のことくらい知ってるわよ……」 苑部さんは自らのポーチからハンカチを取り出すと、それで尚美さんの口を覆ってから自らの口をその上に被せ、人工呼吸を始めた。 そして、救急車が到着するまで、苑部さんによる心肺蘇生は続いた…………。 <中編・壱へ続く!>
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