【現奇研の方々】 【これまでの証言を纏めた事件発生までの経過メモ】 ・現奇研、一時解散。国東が鍵を閉めて、能登先輩が鍵を守衛に預ける(十一時半頃)。 ※合宿費はこの時点で健在。 ↓ ・能登先輩と三浦先輩は学食へ。 ・渥美さんはセブンピーチで買い物の後にサークル(邦友会)部室へ。 ・国東は冥崙飯店で昼食。 ↓ ・能登先輩、図書館へ(証言なし)。 ・三浦先輩、サークル(スカイブルー)部室へ(サークル会員の証言あり?)。 ・渥美さん、サークル部室でまで待機(サークル会員の証言あり?)。 ・国東、中庭で昼寝(証言なし)。 ※この時点のどこかで合宿費盗難? ↓ ・能登先輩、鍵を受け取り部室へ。途中で渥美さんと合流(十二時二十分頃) ・渥美さんが鍵を開けて部室へと入ったところで、盗難発覚。 ・三浦先輩、部室へ。渥美さんに帳簿確認を命じる。能登先輩、ここへ突撃(十二時半頃)。 ・国東、帳簿を確認してきた渥美さんと合流、部室へ到着後、三浦先輩と共にここへ。
というわけで、僕達はまずは、僕達の部室と同じ階にあるという三浦先輩が掛け持ちしているサッカーサークル“スカイブルー”の部室へと行くことにした。 「――えっと、確かスカイブルーの部室の位置は……」 「三一六号室だよ、お兄ちゃん」 思い出そうとしていると、横にいた伊織ちゃんが教えてくれた。 「ありがとう。でも、よく覚えていたね」 部室の位置を三浦さんが言ったのは、一度だけ。 しかも、余り強調せずにさりげなく言っていたので、僕ですら忘れそうになっていたというのに、伊織ちゃんはいとも容易く答えてくれた。 「まぁね。私、記憶力には自信あるんだ」 やっぱり、若い子の頭は柔軟なのだろう。 ……もしかしたら、僕が単に記憶力がないだけかもしれないけど。 「あ、ここだよ、お兄ちゃん!」 ――と、とかなんとか思っている間にどうやら到着したらしい。 ドアには大きく“こちらSKY BLUE”“メンバー随時募集中!!”“来たれサッカー好き!”と張り紙がなされており、体育系サークルっぽさがにじみ出ている。 というか、ここって、ウチの部室や現奇研の部室からさほど離れていないわけね……。 「そうみたいだね。それじゃあ、さっそく――って、あら?」 僕がドアを叩こうとすると、不意にドアが遠ざかって行ってしまい、ノックしようとした手が空を切った。 正確に言うならば、ドアが向こうに開いてしまった為に、ドアが遠ざかったと言うべきだろか。 すると、ドアの向こうから一人の男子学生が出てきた。 その男子学生は僕の姿を見るや否や、僕を指差して尋ねてくる。 「もしかして……入部希望者?」 「え? いや、あの実は――」 「マジで!?」 「入部希望者だって!?」 僕が事情を説明しようとする間にも声を聞きつけて部室から会員らしき男子学生が出てくる。 「いや、そうじゃなくって――」 「いやー、今丁度人不足でさぁー! ささ、中へ入って入って!」 「夏休みに新規メンバーとはありがたい!」 「あ、あの、僕は別に入会希望とかそういうんじゃなくて……」 「うんうん、そうだよな。いきなり入会させるなんて乱暴な真似、ウチはしないさ。まずは、説明を聞くだけでいいよ。決めるのはそれからでも、な!」 この人達、完全に勘違いしてるし! ヤバい。このままじゃ、このサークルに入ってしまいそうだ!! だ、誰か助けてください! 誰か……誰でもいいから! 僕は心のどこかでそんな助けを求める救命信号を発していると。 「違うって言ってるでしょ! 入会希望者でもなければ、サッカーに興味があるわけでないの!」 幼いながらに強気な声――伊織ちゃんが助け舟を出してくれた。 すると、声に驚いた男子学生達が、ピタリと動きを止めた。 「……あれ? 入会希望者じゃないの?」 「えっと……はい。そうです」 「な、なんだよ……。それならそうと早く言ってくれよ。浮かれ損じゃないかよ……」 向こうで勝手に浮かれた割には、ひどい言い分だったけれど、まぁメンバー確保に必死なのは、どこも一緒だろうから仕方がないっていったら仕方が無いかもしれない。 「でも、それならどうして、ウチに何の用事があんの?」 「あ、はい。実はですね……」 ……小学生くらいの子に助けてもらうというのも何とも情けない気もしたけれど、これで何とか話に漕ぎ着けられそうだった。 伊織ちゃん、ありがとう……。 僕は、サークル会員の人達に事情をかいつまんで話すと、三浦さんがここにいたかどうかを聞いてみた。 「三浦だろ? あぁ、確かに昼はいたなぁ。確かありゃ……」 「十二時チョイ過ぎじゃなかったか? “よいとも”始まって最初のコーナーの途中だったし」 “よいとも”といえば、ヤモさんこと、ヤモリが司会を務める正午からの定番バラエティ番組だ。 部室にテレビがあることから、彼らはここであの時間、それを見ていたのだろう。 とすれば、三浦先輩が能登先輩と一緒にいたのは十一時半から十二時頃までの間か。 「それじゃあ、三浦先輩がここを出ていった時刻は……」 「あぁ。それなら覚えてる。確か十二時半ちょうどだ」 「ちょうど、ですか?」 「おぉ。あいつな、よいともに夢中になっててよ、時計見て『ヤバイ! もう半じゃん!』って慌てて飛び出ていったんだよ」 すると、他の会員の人達も頷く。 「あぁ、言ってた言ってた。時計を見たら確かに十二時半だったしな」 「よいともでお友達紹介が終わってCM入ったくらいだったな」 ……ということは、此処に着てから半までの間は、アリバイが成立したってことか……。 「……っていうか、お前ら三浦を疑ってんのか?」 「え? あ、いや、それは……」 「よせよせ。あいつがそんなことする訳ねぇ。あいつほどそういう所にしっかりしてる奴はいないからな、疑っても無駄だ」 「だな。あいつ、実質あっちのサークルの事務仕事を全部押し付けられてるみたいだけど、文句一つ言わずやってるみたいだし。合宿費をちょろまかすなんて事、やりっこないさ」 皆で一様にうんうんと頷いてるところを見ると、どうやら三浦さんは大分信頼されているようだ。 思い返してみれば、一見スポーツマンな見た目で大雑把そうだけど、話してみると結構理路整然としていて、真面目そうな雰囲気だった気が……。。 それに、合宿費が盗難されたまま見つからないとき、最もその後に困るのは、サークルの事務を担当している彼だろう。 しかし、単純に金目当てではなく、怨恨……と言うと大袈裟かもしれないけど、何かしらの負の感情から起こされたものだとしたら? だとすると、能登会長に仕事を押し付けられている三浦さんが報復の意味を込めて、犯行に及んだっていう可能性も……。 だけど、ここで言う必要はないだろうな。神経逆撫でするだけだし。 「でもさぁ、その仕事を押し付けられている毎日に嫌気が差して、腹いせに合宿費を盗んであの傲慢な会長を困らせようとしているっていう可能性もありそうじゃない?」 「な、何だと!?」 ――って、言ってるよ……伊織ちゃん……。 伊織ちゃんの言葉に会員の人達は怒った表情をする。 「やっぱりお前等、三浦がやったと思ってやがるのか?」 「だ、だから、別にそういう風に決め付けているわけじゃなくて――」 「だって、あの三浦って言う人、能登会長って人に振り回されてそうだったんだもん。恨みを持っててもおかしくないでしょ?」 「こ、このガキ……」 空気は悪くなる一方。 双方……特にスカイブルーの方が感情的になっていて、冷静さを欠いているのは明らかだ。 というわけで。 「そ、それじゃ、失礼しました〜〜!!」 事態が更に悪化する前に、僕は伊織ちゃんを連れて早々に部室を立ち去ることにした。 サークル棟二階、二〇四号室。 邦画の素晴らしさをもっと広める為の友好会――通称“邦友会”の部室前。 渥美さんについて話を聞くべく、ここまでやってきた僕だったが、ドアの前まで来て、僕は伊織ちゃんに一言言っておいた。 「今度は神経逆撫でする様な言葉は余り言わないようにしようね」 ……僕が疲れるから、と心の中で注釈を入れる。 だけど、当の伊織ちゃんはというと、あまり気にしてない風だった。 「え〜、だってさっきだって本当の事言っただけだよ? お兄ちゃんだって、そんな事考えたりしなかった?」 「う……」 「ほらね? それに、日本のミステリだと、うらみとか復讐が動機って事が多いし、可能性としては高いと思うんだぁ〜私」 まさしくそうなんだけど、そこで言う必要は……ねぇ? これが、はっきりと物を申すアメリカで育った子と、産まれも育ちも日本の平凡な家庭の僕との差だと言うのだろうか。 すると、こうやっているうちにまたしても、先にドアを開かれた。 中から出てきたのは、メガネに小太りという風貌の男子。 「……さっきから、人の部室の前で何やってんの?」 まあ、出入り口を塞いで会話していたのだから、こう言われても仕方がないだろう。 「あぁ、もしかして入会希――」 「入会希望者じゃありません。ちょっとお聞きしたい事がありまして……」 よし、今度ははっきりとノーといえる日本人になれた。 相手が先程のような体育会系ではない、いかにもインドア派な感じの人だったせいかもしれないけれど。 「聞きたい事って……まさかあんた自治会の人!? ……ほ、報告書なら、あと少しで提出できるから、どうか活動停止命令だけは――!」 「あ、いや、そうじゃなくって……」 「そ、それじゃあ――ま、まさか!?」 どうにも勘違いしているらしく、彼はおびえるような目で僕を見ている。 「り、利益は上げていないんです! ただ僕は会員の皆に配っただけで……そうです! これは文化活動なんです! だから複製の件はどうか見逃して――」 「だからぁ、違うの! 私達はただ、渥美っていうお姉ちゃんについて話を聞きに来ただけなの!」 「……へ? 渥美って……ウチの二年の渥美清奈?」 「そういうこと! だから話を聞かせて欲しいの!」 「あ、あぁ。それは別に構わないけど……」 小太りメガネの彼は、ほっとしたような気の抜けたような表情で、僕達を部室の中へと招き入れてくれた。 「んもう! お兄ちゃんが本当はもっとしっかりしなきゃダメなんだよ?」 「いやはや申し訳ないというかなんというか……」 伊織ちゃんに場を何とかしてもらってしまっただけでなく、説教まで食らってしまう。 どこまで情けないんだ僕……。 「なるほど、合宿費盗難ねぇ……」 先程同様のかいつまんだ説明により、メガネの男子学生は状況を把握してくれた。 ちなみに、部室には彼一人しか会員がいなかった。 「渥美さんなら、確かにここに来てたよ。大体十一時四十五分位にはね。で、僕と一緒に昼飯を食べながら、ここで映画を見てた」 「映画……ですか?」 「あぁ。これだよ」 と言って彼がリモコンを操作して、DVDを再生させるとそこに映ったのは、白黒の映像。 どうやら時代劇らしく、百姓風の男や野武士が出ていたのだけれど……。 「あー! “十七人の侍”だぁ!」 「お、よく知ってるねぇ。そうそう、白澤監督の作った日本映画の名作中の名作さ」 「うんうん! 向こうでも何回も見たよ、私!」 海を隔てた向こうで古い日本映画何度も見る少女の姿……あまり想像できないなぁ……。 「いやぁ、この年でわかってくれる人がいるとは! うんうん、これは何回見ても面白いよねぇ……あの時も邦画の今後について談義しながら見てたよ」 「……それは、十二時二十分頃までですか?」 「え? う〜ん……時計を定期的に見てたわけじゃないからなぁ……。でも、半よりは少し前だったのは確かだったと思う」 「そうですか……」 ま、確かに時間なんて常に確認するものじゃないし、こんな返答でも仕方がないだろうな。 ――要するに、ここでも大きな収穫はなし、か。 だけど、ここで引き下がるほど、“彼女”は甘くはなかった。 「ねぇねぇ、あの渥美ってお姉ちゃんって、何かお金に困ってたりしなかったの?」 ここでも、渥美さんを露骨に疑うような質問をぶつける。 だけど、先程のサッカーサークルの時と違い、今回は相手も怒らずに、考えるような仕草をしてから口を開きはじめた。 「う〜ん……まぁ、全然困ってなかった訳じゃないと思うよ。彼女、結構映画のDVDボックスを買ってたりしてるから、出費も激しいし」 「へぇ〜、それじゃあ合宿費みたいな大金も欲しかったりしたかもしれないんだぁ〜」 「まぁ、一概に違うとは言えないだろうなぁ」 意外と淡々と語る彼。 要するに渥美さんにも合宿費を盗難する動機があったってことか……。 僕達は、それを聞くと部室を後にした……。 「三浦先輩は我侭な会長への恨み、渥美さんはDVDへの出費、国東は根本的な経済苦から――」 「動機は大体そんなところだろうねぇ。肝心の会長さんには動機があるかどうか分からないけど」 「あの性格だもんなぁ。気紛れでやった……とかいう理由もありそうでないような……」 「あはは! 確かにそうかもしれないね!」 そんな会話をしながら、缶ジュース片手に僕達は一階ラウンジで休憩をしていた。 「……それで、次はどうするの、お兄ちゃん?」 「う〜ん……そうだねぇ……」 と、次に調べる事を考えていると――。 「――こんなところで休憩だなんて、余裕じゃない」 聞きなれた声が、僕達の耳に聞こえてきた。 「……飛月。やぁ、そっちはどう? 何かいい情報入ったりした?」 「まあね。で、そっちはどうなの?」 「いやまぁ、あまりいい収穫は――」 「もうバッチリだよ! 莞人お兄ちゃんのお陰でね! ね、そうだよねお兄ちゃん?」 「え? あ、うん……」 って、僕は何を言ってるんだ。 流れ的には正しかっただろうけど、別に僕達は際立って有力な情報なんて手に入れてないし……。 だけど、そんな返答を聞いて、飛月も笑みを浮かべる。 「ふ〜ん……結構、順調なんだ。それは勝負が楽しみになりそうね」 「そ、そうだね。あはは……」 「ま、どっちにしても勝つのはお兄ちゃんだけどね!」 「その減らず口も、いつまで叩けるかしらね」 今、二人の間では火花が飛び散っている――ように見える。心の目を通してみると。 「それじゃ、こんな所で時間を潰してるわけにもいかないし、あたしもう行くね」 「うん。それじゃ、また」 「お互い、最善を尽くそうね」 「あぁ」 飛月が、背中を向けてラウンジを去ってゆくと、伊織ちゃんが僕の服の袖を引っ張る。 「私達もそろそろ行こ?」 「……そうだね。休憩も済んだ事だし、行くとしますか!」 僕達も、調査を再開する事とした。 とりあえず、次に向かうべき場所は――――。 サークル棟正面入口を入ってすぐの場所にあるサークル総合事務所。その隣にあるのが“管理人室”だ。 部室の鍵は、この部屋にいる守衛さんから受け取り、帳簿に記入するのがルールだ。 ちなみに、近年いくつか悪質な部室荒らしが発生したために、守衛さんは常時この管理人室に滞在しており、定期的に見回りをしている。 そのお陰で最近は、部室荒らしの被害も無くなりつつあったのだが、それと同時に学生を常時監視する目があるということで、学生の楽園であった部室棟の自由が束縛されたとして左翼系思想サークルが反体制運動を起こしているのも事実だ。 しかし、今時“怒れ! 学生諸君!”“大義は吾等に在り!”などと喚き散らすのは時代錯誤な気もするけれど……。 ――と、横道に逸れてしまったけれど、今僕達は、この管理人室に来ていた。 理由は単純で、実際に部室の鍵を誰がいつ持ち出したのかを確認する為だ。 そういうわけで、帳簿を早速確認すると……。 「あ、あったよ、お兄ちゃん。この“三〇四号室・現奇研”ってやつでしょ?」 「ホントだ。えーっと……今日の記録は……」 部屋別に分かれている帳簿を開き、それを見てみると――。 〇八:三二 能登夕美子 持出 一一:三四 能登夕美子 返却 一二:一九 能登夕美子 持出 「……やっぱり、能登先輩が昼に預けて、持ち出した以外の記録はないね」 「でもさ、帳簿に書かないで持ち出したってことは――」 「いや、それは無いと思うぞ」 伊織ちゃんの疑問に答えたのは、カウンターの向こうにいた初老の守衛さんだった。 「最近は物騒だからね、私達が鍵を渡すときは帳簿にちゃんと名前や学籍番号を記入してからにしてもらってるんだ。少なくとも私は今日もそうしてきたよ」 ……鍵はカウンターの向こうにあって、守衛さんに言って取ってもらう事になっているし、無断で持ち出すことは不可能だろうな。 でも、もしそうだとすると犯人は鍵を使わないで、部屋に入った――とそういうことだろうか。 いくら彼らが奇術を研究するサークルだとしてもそんな手品師みたいな事が――。 「ねぇ! お兄ちゃん、これ見て!」 僕のが頭の中でそんな下らない推理を思いついていると、伊織ちゃんが僕を呼んできた。 彼女が僕に見るように指差したのは、例の鍵管理の帳簿の一部分。 そこには、一見『一二:一九 能登夕美子 持出』と書いてあるだけなのだが……。 「ここの文字の下……何か消した跡が見えるでしょ?」 「本当だ。これは……」 確かに時刻や名前の欄の下には一度鉛筆の文字を消しゴムで消した跡が残っていた。 下敷き無しで書いたのであろう、その文字はうっすらとだけど確認できる。 「能登の“能”の字の下に見えるのは……くにがまえかな?」 「くにがまえって……あの口って漢字みたいな部首?」 そう、くにがまえといえば、あのくにがまえだ。 そして、くにがまえの付く漢字で始まる名前の人物といえば……。 と、その時、僕達の話を聞いていたのか、カウンターの奥で事務仕事をしていた別の守衛さんが立ち上がり、口を開いた。 「そういえば、十二時十五分くらいにここに鍵を借りに来たけど帳簿の名前消した学生がいたなぁ。確か黒いシャツで目つきの悪い男子学生だったと思うけど……」 「国東……。国東がここに来たんですね?」 「あぁ、そうそう、そんな名前だったよ。今言ったみたいに一回鍵を借りたんだけどね、彼ここを出て一分もしないうちに戻ってきてね。やっぱり鍵を返すって言ってきたんだ」 「一分もしない内に……って、部室にいけるかどうかも怪しいじゃないですか」 奥の守衛さんはうんうんとうなずく。 「そうなんだよねぇ。……で、こんな記録が残ってても変だろうからって、持ち出した記録自体を消していいかって聞いてきたから、私もまぁいいかと思って許可したんだ」 「私が席を外している間にそんなことがねぇ……。でもマズいよ、記録を消しちゃあ」 「いやぁ申し訳ない。私も迷ったんだけど、部室の出入りもしていないし、いいかなと思ってしまって……」 奥の守衛さんは申し訳なさげに、カウンターの守衛さんに頭を垂れる。 でも、確かに僕でも記録を消す許可を下してしまいそうなくらいの短い貸し出し記録だよなぁ。 国東はどうしてこんなおかしなことを……。 「事件の香りだね、お兄ちゃん!」 この情報を見つけるきっかけを作った伊織ちゃんは、どこか誇らしげに僕に話しかけてきた。 そう、確かにこれは今までの話と比べても何かがおかしい情報だった。だけど……。 「この情報は今回の事件にどう繋がるんだろう?」 「え? そ、それは……」 「確かに国東は鍵を持ち出していて、誰にもそのことを言ってなかったけど、部室を開けたわけでもなさそうだし……」 というか、一分以内にここから三階まで上って鍵を開けて……という一連の行動を起こすのは神業に近いだろう。 すると、いつまでも鍵を借りることなく、ここに屯っていた僕達を怪しみ始めたのか、守衛さんが声をかけてきた。 「……さっきから事件だどうだといっている気がするのだけど……何かあったのかい?」 そりゃ、事件となれば守衛さんは動かなければならないだろうけど、今回の事は言わない方がいいだろう。 一応、僕達にも疑惑が向けられているわけだし。 そういうわけだったので、僕は軽く誤魔化すと伊織ちゃんと一緒に管理人室を出て行った……。 ラウンジにて再び、僕達は今までの情報をまとめることとした。 【これまでの証言を纏めた事件発生までの経過メモ】 ・現奇研、一時解散。国東が鍵を閉めて、能登先輩が鍵を守衛に預ける(十一:三〇頃)。 ※合宿費はこの時点で健在。 ↓ ・能登先輩と三浦先輩は学食へ(十一:三〇〜十二:〇〇ごろまで?)。 ・渥美さんはセブンピーチで買い物の後にサークル(邦友会)部室へ。 ・国東は冥崙飯店で昼食。 ↓ ・能登先輩、図書館へ(証言なし)。 ・三浦先輩、サークル(スカイブルー)部室へ(十二:十五〜十二:三〇 くらい)。 ・渥美さん、サークル部室でまで待機(十一:四五〜十二:二〇 くらい)。 ・国東、中庭で昼寝。途中で部室の鍵を借りるも一分しないうちにすぐに返却(十二:十五ごろ)。 ※この時点のどこかで合宿費盗難? ↓ ・能登先輩、鍵を受け取り部室へ。途中で渥美さんと合流(十二:二〇ごろ)。 ・渥美さんが鍵を開けて部室へと入ったところで、盗難発覚。 ・三浦先輩、部室へ。渥美さんに帳簿確認を命じる。能登先輩、ここへ突撃(十二:三〇ごろ)。 ・国東、帳簿を確認してきた渥美さんと合流、部室へ到着後、三浦先輩と共にここへ。 「う〜ん、まとめてみたはいいけど……」 「結局、分からずじまいだね〜」 「鍵がずっと管理人室にあったってなると、やっぱり、ねぇ……」 「鍵を使わないで密室を作る事は出来ないのかな〜? ほら、日本のマンガやアニメでもよく使ってる方法だし」 「あ〜……それは多分ねぇ――」 結論からすれば、可能性は低いと思う――僕はそう答えた。 何せ、今回は最初から施錠されている部屋の鍵を“開けて”、そして犯行に及んだ後に“閉める”という二度の作業が必要なのだ。 この作業を鍵を使わずに、何かしらの機械的方法で二度も行うという事は、同時に二度誰かにその瞬間を見られる可能性がある、ということである。 つまり、単純に考えればリスクは二倍になるわけであり、下手をすれば、ドアの前であやしげな行動をする人がいる、と守衛さんに通報される可能性まで出てくる。 夏休みといえど、人が多く集まるこの部室棟で、そのようなことを普通はしないであろう。 そう、普通ならば……。 「――でも、調べる意味はあるかもしれない。鍵が使えない以上、別の方法でドアを開け閉めしたのかもしれないしね」 「うん、私はお兄ちゃんについていくよ!」 現奇研の部室がある三〇四号室へと向かうべく、僕達は階段を上っていると。 「……あ」 目の前で階段を駆け上がっていた人の腰のポケットから、何かの鍵が落ちた。 拾い上げてみると、それはありふれた形の鍵だった。 だかその鍵には、見た事がある特徴的な赤いネームプレートがキーホルダーとして付けられていて、“二〇四号室 邦友会”と書かれていた。 って、あれ? 邦友会だって!? 「すいませ〜ん! 部室の鍵落としましたよ!」 落とした事を知らずにどんどん階段を上ってゆく男の人を僕があわてて引き止める。 すると、振り返ったのはやっぱり、あの邦友会の小太りメガネの男子学生だった。 「おぉ、君か! いや、ありがとう。全然気付かなかったよ」 恥ずかしそうに頭を掻きながら、階段を下りてゆく男子学生。 彼は鍵を受け取ると、そのまま僕達に声をかけてきた。 「君達、もしかしてこれからまた渥美さんの所にいったりする?」 「え、はい。一応は……」 「なら都合がいい。悪いんだが、ちょっとこれを渥美さんに届けてやってくれないか?」 といって、彼が手渡してきたのはDVDディスクが入った透明なケース。 DVDには、“漢はつらいね 星丘横恋慕編”と書かれていた。 「いやぁ、昼にね渥美さんに前々から約束してたDVDを貸したんだよ」 「そういえば渥美さん、何かを借りたって言ってたなぁ」 「けど、後で見たら貸したかった中身が“十七人の侍”の方のケースに入っててねぇ。つまり空ケースを渡しちゃったんだよ」 よくある話だ。 新しく別のディスクを入れる際に、そのディスクが入ってたケースに元々プレイヤーに入ってたディスクを入れてしまうことから始まる凡ミス。 僕も、それが原因で駿兄に頼まれていた深夜アニメの予約録画でミスをしたことがある。 あの時は相当怒られたっけ……。 「……まさか中身が入ってないなんて思わなかくてね。ケースを見たら入ってると勘違いしちゃって……」 「気持ちは痛いほど分かります」 「うん、そういうわけだから、よろしく頼んだよ。僕はこれから映画を見に行かなくちゃいけないから、それじゃ!」 そう言うと、彼は軽やかに階段を駆け下りていってしまった。 すると、伊織ちゃんがやや呆れ気味に、だけど明るい口調で僕に話しかけてきた。 「お兄ちゃんもお人よしだねぇ」 「いやまぁ、こういう間違いは誰にでもあるし、どうせ渥美さんには会うんだしね」 さっきも言ったように、僕にだって見覚えのあるミスだ。 ケースさえ渡せば、中身も渡した気にもなってしまうだろうし。 そう、誰にでもあるミス……なの……だ……。 「……そうか」 その瞬間、僕の脳裏に一つの仮定が浮かんだ。 それは、あの入瀬教授の事件のときのような感覚だった。 ふと思いついた事が、上手く事件の謎に鍵穴に挿した鍵の如く噛み合い、そして真実という扉を開く……。 今の僕はまさしく、そんな感じだった。 「もし、そうだったらあの密室も……簡単に開けられる!」 「……お兄ちゃん? どうしたの? 密室が開けられるって……もしかして!」 「うん。方法が見つかったよ。あの密室と呼ばれた部屋から合宿費を盗る方法、そしてそれが出来うる人が――!」 そう言った瞬間、伊織ちゃんが僕に抱きついてきた。 思いついた僕も、抱きつきたい気分だったけど、ここで抱きついたらただの幼女愛好家に見えてしまうだろう。 もし、飛月にその姿が見つかったら……。 「飛月お姉ちゃん……」 って、えぇえ!? いる!? どこに!? だけど、あたりを見渡しても飛月らしき人物はいない。 伊織ちゃんに抱きつかれている僕を訝しげに見る人はいたけれど。 「な、なんだ。飛月なんてどこにも――」 「違うよ! 犯人が分かったんだったら、早く行かないと飛月お姉ちゃんに先を越されちゃうよ!」 と、僕の手を握って階段を駆け上がろうとする。 「ほら、お兄ちゃんも早く! 先を越されたら身もふたも無いんだから!」 「う、うん。そうだね……」 伊織ちゃんに引っ張られる形で僕は階段を駆け上っていった。 はてさて、今回の勝負。一体どちらが勝つのやら……。 【第二回 出題ミニコント】 福留:福 香良洲:香 福:えー、どうもこんにちは。本編での出番が遂にゼロになった福留寿之でございます。 香:同じくレギュラーなのかそうでないのか微妙な香良洲結華です。 福:えー、出題の時間という形で出番を得られた今回ですが―― 香:それでは早速出題です。どうぞ。 福:あ、ちょっと! 俺の台詞! Q: 十一時半〜十二時半の間、密室だったはずの現奇研の部室を開けて合宿費を盗んだのは誰でしょうか? どのようにして施錠していたはずの部室に侵入したのかを説明した上でお答え下さい。 香:注意と補足はいつも通りです。皆さん奮ってお考え下さい。 福:解答は感想ともどもBBSかメールで待っている、って話だ。まぁ、気が向いたら頼む。 香:それでは、幸運を! 福:あ、もう出番終わりか!? 香:一応、ミニコントですから。 <真相究明編へ続く!>
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