僕と伊織ちゃんが現奇研の部室前につくと、そこには―― 「か、香良洲先輩? それに福さん先輩も……」 二人の先輩が、僕達を待ち受けるようにドアのそばに立っていた。 「ごきげんよう、莞人氏。謎は解けたのですか?」 「え? ……あ、はい、一応トリックは分かりました。……でも、どうして先輩達がそこに立ってるんです? まだトリックが分かった事を伝える前だったのに……」 「虫の知らせとでも言いましょうか。……そろそろ莞人氏か飛月氏のどちらかが謎を解いて、こちらに戻ってくる……そんな気がしたので、こちらで待っていたのです」 「……で、俺もその虫の知らせとやらに付き合わされてたってわけだ」 虫の知らせを信じてここで待っているとは……流石は先輩というべきだろうか。 そして、その虫の知らせによって、後輩に付き合わされている福さん先輩も、流石というべきか、何と言うべきか……。 そんな風に僕が何となく納得していると、伊織ちゃんが香良洲先輩に声を掛ける。 「……ってことは、もしかして、飛月お姉ちゃんはまだ来てないってこと?」 「えぇ。少なくとも私がここで待ちはじめてからは来ていませんよ。それに部屋の中でも声がしませんし」 確かに飛月のあのやや大きめの声だったら、ドア越しにでも聞こえそうなものだが、今は聞こえていない。 そして、そんな先輩の言葉を聞いて、伊織ちゃんは僕に対して笑顔を浮かべた。 「やったね、お兄ちゃん! これで飛月お姉ちゃんに勝てたも同然だよ!」 「そう、だね……」 「……? どうしたの? あまり嬉しくなさそうだけど……」 「いや、別に嬉しくないわけじゃないけど……ね」 「???」 飛月と協力する事はあっても、勝負した事は一度もなかった。 だから、僕は今でも飛月と勝負している――というような気持ちになれず、この場に飛月がいないという事に不自然さを感じていたのだ。 すると、香良洲先輩が僕の目の前で現奇研部室のドアを開いた。 「それでは、早速推理の方を部屋の中で披露してもらうとしましょうか」 「頑張ってね、お兄ちゃん!」 「とりあえず、俺たちの無実を出来るだけ説明してくれよ〜」 そんな声援と受けつつ、僕は部屋の中へ入ってゆくのであった。 ……背後に伊織ちゃん達ギャラリーをぞろぞろと引き連れつつ。
そして、現奇研部室にて。 案の定というべきか、僕が密室の謎を解いたということを説明すると、現奇研の面々は一様に驚いたような表情をした。 「オイオイ、マジかよ……」 「それで、結局アタシ達の中に犯人がいるのかい?」 「そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう! 犯人はどうぜあんた達ミステリオタ――」 「まぁ、落ち着け。特に能登、お前がな」 面々が驚く中、三浦先輩が落ち着いた表情で能登会長を宥め、そして僕の方を改めて向いた。 「そこまで言うからには、俺たちを納得させられるような説明が出来るんだよな。あの密室の中にどうやって侵入したかの説明が」 その真剣な眼差しに、僕は少し気圧されながらも、うなずいて見せた。 「はい、この方法なら納得してくれると思います。ですが、説明する前に一つ確認しておきたい事があります」 と、一度言葉を切って周囲を見渡し、再び喋りだす。 「そもそもですね、この事件……どうして、こうもややこしい事になっているんでしたっけ?」 「……え?」 「……はぁ?」 僕の質問によって、皆はあっけにとられたような顔をしたが、そんな中で国東が口を開いた。 「お、お前何言ってんだよ? だから、密室だろ密室! 部室に鍵が掛かってる状態で誰かが侵入したら、誰だって不思議に思うだろうが」 「でもそれは、逆に言えば、鍵さえあれば誰でも侵入できたとも考えられない?」 「そりゃそのとおりだけどよ、鍵はあの時間、ずっと守衛に預けてあったんだぞ? そんな状況下で鍵を使って開けるだなんて……」 その国東の声に、能登会長や渥美さんは賛同する。 「国東君の言う通りよ! 確かに私はこの手で鍵を預けたわ!」 「あぁ。アタシが帳簿を確認しに行ったときも、十一時半と十二時半の間で誰も借りていない事は確認できたしな」 ――正確には、十一時半と十二時半の間に一回、帳簿には載っていない、国東が鍵を借りた事実があったことを、僕はあえてここでは言わなかった。 国東が鍵を手にしていたのはほんの一分足らず。三階にある部室に行き、金庫を開けて合宿費を盗んで、また戻ってくる……などという芸当はそんな短い時間に出来るはずが無いことは明らかだからだ。 「……それに、鍵を複製した事実は俺の知る範囲ではない。……つまり、唯一の鍵は守衛に預けっぱなしだった――そう解釈できると思うが、そこはどうなんだ?」 そう、普通なら今、三浦さんが言っているような解釈をするだろう。 そして、だからこそ今まで、この部室は開ける事が不可能な密室として成立していたのだ。 だけれども、この解釈がもし正しくないとしたら? 解釈が正しくないのだとすれば、事件は根底から見直す事が出来るわけで、僕もまた、今回そんな根底を覆せるような新しい解釈を思いついたのだ。 そして、その解釈というのは――。 「もし、その唯一の部室の鍵が本当は預けられていなかったとしたら? そうすれば、鍵はどこか別の――誰かの手に渡ることになりますよね」 僕はここで、ポケットからソレを取り出した。 「要は、今僕が持っているコレと同じ事なんです」 僕が取り出したソレというのは、先ほど階段の途中で受け取ったアレである。 僕から最も近い場所に座っていた福さん先輩が身を乗り出して、それを凝視する……そして首をかしげる。 「コレ……って、CDのケースがか?」 「いえ、それもそうなんですが、もっと重要なのはその中身です」 「中身って……、いやただのディスクだろ? えぇっとタイトルは……『漢はつらいね 星丘横恋慕へ――」 「な、何ぃ!?」 福さん先輩の声に著しい反応を見せたのは、渥美さんだった。 彼女は、立ち上がると福さんを押しのけて、そのケースを僕の手からひったくると、僕の顔をキッと睨む。 「何でここにこいつがあるんだい? これはアタシが昼に借りたはずだよ。……アンタもしかして知らないうちに盗んだのかい?」 「ち、違いますって! さっき、邦友会の会長さんに会ったんですけど、その時に入れ忘れていた中身を渡してくれ、って頼まれたんです」 「な、何だってぇ!?」 あわてて僕が説明をすると渥美さんは、驚きの顔のまま、手元にあったバッグから例の渡されたという『漢はつらいね』のケースを取り出し、そしてそれを開く。 すると中身は……やっぱり無く、彼女は手を顔に当てる。 「あちゃ〜……そういうことかい。……てっきり中身が入ってるとばかり勘違いしてたわ。いや、悪かったね、疑っちゃったりして」 先ほどまでとは一転、やさしげな表情を浮かべてくる渥美さん。 だけど、この一連の会話に当然と言うべきか、他の面々はついていけず、ただぽかんとしていた。 だから、僕はこのDVDの件について皆に説明し、そして最後にこう言った。 「ケースさえ合っていれば中身もあるように錯覚する――部室の鍵についても同じような錯覚を起こせるんです」 それを聞いた皆は、一様に何も反応を示さない――そう思っていたその時だった。 「あー! 分かったぁ! 私、分かっちゃった!」 伊織ちゃんが嬉々とした声をあげ、立ち上がると香良洲先輩のほうを向く。 「お姉ちゃんトコの部室の鍵貸して!」 「鍵? …………! ……そういうことですか。えぇ、構いませんよ」 先輩も気づいたらしく、快く鍵を取り出し、それを伊織ちゃんに手渡す。 ちなみに、当たり前だが二年の香良洲先輩よりも、幹事長で三年の福さん先輩のほうが立場上は上のはずだ。 なのに部室の鍵は香良洲先輩がしょっちゅう持っている気がする。 ――閑話休題 鍵を受け取った伊織ちゃんは、自らのポケットから何やらキーホルダーのついた鍵も取り出し、ネームプレート、キーホルダーと鍵本体を分離する。 そして、その“二つの鍵本体を交換して”再度ホルダーに取り付けると、それを僕に見せた。 「こうすれば、ウチの鍵でもネームプレートがついてるから部室の鍵と勘違いさせられる……そういうことでしょ、お兄ちゃん!?」 ……僕は、伊織ちゃんのそんな自信満々の答えに、首を大きく縦に振って肯定の意を示した。 「つまり、お前は守衛に預けたのは交換された別の鍵だった――って言いたいのか」 福さんの質問に僕は首肯する。 「だが、いくらネームプレートが同じとはいえ、鍵の形は違うわけだろ?」 「サークルの名前がついたネームプレートと銀色のシリンダー錠用の鍵。この二つの条件を満たしていれば、鍵の形の小さな差異はあまり気にならないはずです」 「……莞人氏の言うとおりですね。確かにネームプレート付きだと傍目では完全に部室の鍵に見えます」 そう、小さな差異など人は気にしない。 人の目など、そのような大雑把な認識で成り立っているのだ。 ……というか、そうでないと人は目で見る世界をいちいち正確に認識することとなるわけで、そうなれば情報の処理など到底追いつかないだろう。 この『大まかな認識』は、『忘れる』という行動と並んで、脳に負担をかけないようにする為に生み出された、人間特有の能力なのかもしれない。 まあ、そもそも鍵の形状にはそれほど大きな差異は元々無いから、こんなややこしいことを言わずとも、『似ているから』の一言で理由を説明できるかもしれないけれど……たまには、こんな語りもいいよね? 「それで、結局誰なんですか? この鍵交換トリックを使って合宿費を盗んだ犯人とやらは。莞人氏はもう分かっているのですよね?」 「はい、勿論です。今回の犯人は――」 「ふふん、私はもう分かったよ♪」 僕が喋ろうとした矢先に、フライングスタートをかましたのは伊織ちゃんだった。 しかも、妙に得意気。 ……これはひょっとするとひょっとするかもしれないぞ。僕はそんな期待を胸に伊織ちゃんに発言権を譲る。 「今回、狡猾なトリックを使って皆を恐怖のどん底に陥れた極悪人、その正体は――!!!」 ……狡猾やら恐怖のどん底やら凶悪と、アメリカ暮らしの――しかも小学生程度の――彼女が一体どこでそんな多様な日本語を学んだのか、と下らない疑問を抱きつつも、僕は伊織ちゃんが指差す先を見た。 栄えある幼女探偵が指名した犯人の正体とは――! 「お、俺!?」 「そう! 犯人は国東幸仁さん! あなただよ!」 指差した先にいたのは、夏でも長袖を決め込む貧乏学生にして俺の友人である国東だった。 周囲の目は当たり前のように国東へ集中し、当の本人は慌てふためく。 「ちょ、ちょっと待て。な、何で俺がっ!?」 「まず、国東さんには鍵を閉めた時に、鍵を手にしていたから、ダミーと交換するチャンスがあったでしょ?」 「確かにそうだけどよ、だけど十二時半に会長が受け取った鍵はどうなんだよ? ダミーのままだったら鍵は開かないはずだろ!?」 「――だから、一度鍵を守衛さんから受け取って鍵を元に戻したんだよ。十二時十五分頃にね。私知ってるんだから」 「――!!!」 伊織ちゃんの発言を聞いて、国東が顔を青くする。 まぁ、今まで隠し通してきた事実が露見してしまったのだから無理も無い。 勿論、能登会長や三浦先輩たちもその事実を聞いて驚く。 「ど、どういうこと!? 十二時半に鍵を受け取りに行ったときには、帳簿にはそんな記録なんてなかったはずよ!?」 「そうさね! アタシが確認した時だって、十一時半と十二時半の間に誰かが借りた記録なんてどこにも――」 「守衛さんから聞いたんだけどね、国東さんは鍵を受け取ってから一分足らずで返したから、書く必要も無いだろうってことで帳簿から記録を消しちゃったんだって。 しかも、消すように頼んだのは他ならない国東さんだったってわけ。これはもう疑わしい事この上ないでしょ?」 「……あ、あのな、それはその……」 「一分という僅かな時間じゃ三階のドアを開けることは出来ないかもしれない。でも、鍵を元に戻すことくらいはできるはずでしょ? ――というわけで!」 伊織ちゃんは再度指で国東の方を指す。 「鍵をダミーに摩り替えて、それを元に戻す事の出来た国東さんが犯人という事は明らかってわけ! そうでしょ、お兄ちゃん?」 伊織ちゃんは、輝く眼差しで僕を見る。 きっと、僕が首を縦に振る事を期待しての視線なんだろうけど……。 「……え? う、嘘? 嘘だよね!?」 僕が首を横に振ったのを見て、伊織ちゃんは驚きの表情を浮かべていた。 そう、犯人は国東じゃないんだ。 「思い出してみて。あの時、記録を消してくれっていう頼みに応じた守衛さんを、別の守衛さんが咎めていたよね?」 「確かにそうだったけど……それが何の関係――」 「そうだとすると、頼みに応じてくれた事自体が例外で、本来なら高い確率で帳簿に記録は残ったままだったはず。そして、この事実からわかる事といえば……」 すると、香良洲先輩が唐突に納得したように頷く。 「成る程。頼みを断られて記録が残ったままになれば、後で誰かに確認された場合に足がつく――そんな高いリスクを犯人が負うはずがないと?」 「そうです。今回のこれは恐らくは計画的犯行。ということは、リスクの高い行為は出来るだけ避けるはずです。 ……そして、そんな高いリスクを負ってまで守衛さんから鍵を借りた国東は犯人ではないと僕は思うんです」 「そ、そりゃそうだ! 俺がやったわけじゃないんだからな!」 国東はそんな威勢のいい声をあげつつも、安堵の為か力なく椅子にへたりこんだ。 すると、その隣に座っていた三浦さんが今度は口を開く。 「しかし……、それならば誰が犯人だと、君は考えているんだ?」 「そうよそうよ! あなた、ここまで言っておいて、犯人はわかりませんだなんて言ったらただじゃおかないわよ!」 確かに、ここまで来て『犯人は分かりません、以上!』なんて言ったら、間違いなく非難の嵐だ。 ギャグで言ったら面白いかもしれないけど、今はそれどころの雰囲気じゃないしね……。 というわけで、僕は順当に話を進めることにする。 「今回の犯人は、鍵をダミーと交換出来、なおかつ十二時半にここを開くまでに鍵を元の状態に戻すことが出来る、という条件を満たす人です。そして、その両方をごく自然に出来る人が一人います」 「国東さん以外に、そんなことが出来る人が本当にいるの、お兄ちゃん?」 「うん。ほら、いるでしょ。十一時半に国東から鍵を受け取って、守衛さんに預けるまでの間、ダミーに交換する時間があった人が。 そして、十二時半に鍵を返してもらって、渥美さんに渡すまでにそれを元に戻す余裕があった人が」 「え? ……あ! で、でも、それって……」 伊織ちゃん、そして他の皆の目がその人へと向けられる。 「そう、このトリックでもっとも自然に犯行に及べた人、それは…………能登会長、あなたなんです」 今回の現奇研の行動を振り返ってみよう。 ・現奇研、一時解散。国東が鍵を閉めて、能登先輩が鍵を守衛に預ける(十一:三〇頃)。 ※合宿費はこの時点で健在。 ↓ ・能登先輩と三浦先輩は学食へ(十一:三〇〜十二:〇〇ごろまで?)。 ・渥美さんはセブンピーチで買い物の後にサークル(邦友会)部室へ。 ・国東は冥崙飯店で昼食。 ↓ ・能登先輩、図書館へ(証言なし)。 ・三浦先輩、サークル(スカイブルー)部室へ(十二:十五〜十二:三〇 くらい)。 ・渥美さん、サークル部室でまで待機(十一:四五〜十二:二〇 くらい)。 ・国東、中庭で昼寝。途中で部室の鍵を借りるも一分しないうちにすぐに返却(十二:十五ごろ)。 ※この時点のどこかで合宿費盗難? ↓ ・能登先輩、鍵を受け取り部室へ。途中で渥美さんと合流(十二:二〇ごろ)。 ・渥美さんが鍵を開けて部室へと入ったところで、盗難発覚。 ・三浦先輩、部室へ。渥美さんに帳簿確認を命じる。能登先輩、ここへ突撃(十二:三〇ごろ)。 ・国東、帳簿を確認してきた渥美さんと合流、部室へ到着後、三浦先輩と共にここへ。 この中で鍵が確実に本物でなければならないのは、 『・現奇研、一時解散。国東が鍵を閉めて』 ならびに、 『・渥美さんが鍵を開けて部室へと入ったところで』 の部分であることが分かるはずだ。 そして、これを逆に考えると、この二つの行動の間では鍵はダミーで構わないというように考える事が出来る。 さらに、この二つの行動の直後、直前の行動を見てみる。 国東が鍵を閉めた直後は―― 『能登先輩が鍵を守衛に預ける』 そして、渥美さんが鍵を開ける直前には―― 『・能登先輩、鍵を受け取り部室へ。途中で渥美さんと合流』 もう分かった事だろう。そう、能登会長がともに鍵に触れているのだ。 言うなれば、彼女はこの鍵に触れている時間を利用して、ごく自然に本物とダミーの鍵を入れ替えられる、すなわち守衛さんに預けた後も本物の鍵を持ち歩ける唯一の人物なのだ。 「――というわけなんですが、どうでしょうか。これが答えだと思うのですが……」 僕は、上記のような説明をしつつ、犯人――能登会長――へと尋ねると、彼女は激昂したように……というか激昂しながら、僕へと反論してきた。 「ふざけないで頂戴! 何がトリックで密室よ! そんな難しい事言って煙に巻こうとしたってそうは行かないわよ!」 「い、いや、別に僕は煙に巻くつもりはこれっぽっちも……」 というか、完全に彼女の言い掛かりなのだけど、ここでツッコミをした場合の展開は目に見えているのであえてしない。 「だったら、証拠はあるっていうの!? 私があなたの言ったナントカっていうトリックを使ったっていう証拠が!」 「しょ、証拠ですか?」 ――はっきり言おう。証拠などない! 理屈で攻めていけば、事件自体が小規模だったし、すぐに自白してくれると思ったからだ。 でも、現実は違った。――というか、相手が能登会長であったことをすっかり忘れていたという方が正しいかもしれない。 烈火の如く、僕に牙をむく能登会長を黙らせるためにはもはや証拠が必要不可欠のようだ。 「証拠くらいちゃんと用意してるに決まってるでしょう! ね、お兄ちゃん?」 ところがどっこい、君の笑顔には答えられそうに無いんだな、これが。 って、開き直ってる場合じゃないし、どうしようどうしよう……。 僕は、何か証拠が無いか、ヒントを求めて周囲を見渡しながら言葉を続ける。 「証拠はその……そ、そうだ! 国東、お前一回鍵を受け取ったんだよな。だったら、その鍵に何か変わったところがあったりとかは……」 「そ、そんなの覚えて無いっつうの! 第一、普通に見てたら偽物との違いなんて分からないって言ったの、お前だろ?」 そりゃそうか……。 だけど、だったら何で鍵を受け取ってすぐに戻したんだろう? いや、今はそれどころじゃなくって! 「証拠ならちゃんとあるわよ!」 そうそう、ああやって、いつもの飛月みたいに自信満々に答えて見せれるような証拠が今は欲し――……ん? 「ひ、飛月?」 僕が振り向いた先には、ドアを開き意気揚々と室内へと入ってゆく飛月の姿があった。 「飛月……ど、どうして……?」 「説明は後でいいでしょ? それよりも、今はこっちが先よ」 そう言って、飛月は僕の横を過ぎ去ると、能登会長の前へと立つ。 「状況はいまいちよく分からないんだけど、あなたが犯人だっていう証拠があればいいんだよね?」 「そ、そうよ? でも、そんなものあるわけが――」 「それがあるんだよねぇ〜」 飛月は、これ見よがしに嬉しそうな声をあげる。 そして、どこからかボイスレコーダーを取り出すとそれのスイッチを押す。 『本当に見たんですか!? あの現奇研の部室から誰かが出てくるところを』 『えぇ。慌てたように走っていたからよく覚えているわ。あの横顔は……確か会長の能登さんだったはずね』 『時間は大体どれくらいかわかりますか?』 『うーん……十二時……大体十分かそれくらいだったと思うけど』 そこに録音されていたのは、飛月が誰か女性に話を聞いているシーン。 そして、この内容はつまり……。 「これが、あたしが歩き回って、ようやく見つけた証拠。鍵が掛かっていたはずの部屋に出入りしているあなたの姿を見たっていう証言……犯人を示す何よりの証拠でしょ?」 「う、嘘! だって、“あの時”は周りには誰も――」 しまった――と口をふさいだときにはもう遅い。 能登会長は既に自らの口で“あの時”の事を微小なりとも口にしてしまったのだ。 「もう解決したようなものだけど注釈しとくとね、この部室棟って中庭を囲むように廊下が回廊状になってるでしょ? たとえ周囲に人がいなくても、中庭越しに向かい側の様子を見ていた人がいてもおかしくないってわけ」 なるほど、そういうことね。 「い、一体何がどうなってるんだよ……」 「マジで会長がやったわけ? ……信じられないけど」 「本当なのか、能登? ……なんで君が」 現奇研の面々は一様に、能登会長が犯人だということが真実であるらしい事を悟り、呆気にとられれてしまう。 そして、彼らの問いかけに当の能登会長は答えずだんまりを決め込む。 だけど、福さん先輩が声を掛けた事で状況は一変する。 「お前……よりにもよって、自分がやった罪を俺たちに擦り付けようとしたのかよ。一体、なに考えて――」 「――!! あ、あなたが全て悪いのよ!? 分かってないの!?」 今まで誰の問いかけにも答えなかったというのに、能登会長は福さん先輩の声には過剰に反応したのだ。 だがそれは、ただ逆切れしたようにも見えない事はないわけで。 「お、俺が悪い!? な、何を血迷ったことを……」 「いいえ、全てはあなたのせい! 最近、私のことをちっとも見てくれないあなたが悪いのよ!」 「ば、馬鹿! 何を言い出すんだよ!」 福さんは慌てながら周囲をきょろきょろする。 あれ? これは、もしかすると……。 「先週、一緒にお台場に行く約束をしたのに、直前で断ってきたり――」 「あれは、本当に急用が入ったからって言っただろう!」 「それに普段構内で会った時とかも妙によそよそしいし!」 「俺、周りに茶化されるのが苦手なんだよ。だから……」 「だけど、名前くらい下の名前で呼んでくれてもいいでしょ!? 私達、もう付き合って半年なのよ!?」 ――あー……やっぱり、そういうことみたいだ。 福さんと能登会長は……そういう関係だったのだ。 いきなりの衝撃の事実に僕を含めた皆は驚きを隠せないでいた(香良洲先輩は相変わらずの何かを意味深な顔をしていたが。 どうやらこの中には誰も、この事実を知る者はいなかったようだ。 これもひとえに福さん先輩がさりげなく事実を隠してきたおかげだろう。 だけど、そんな福さん先輩の努力も、相手である能登会長にあっさり打ち砕かれたわけで、その事実を暴露した口は、尚も言葉を紡ぎ続けた。 「だから私……あなたの気を惹こうと思って、こんなことして……あなた達の所に駆け込んで……」 彼女がカバンをまさぐると、授業用と思われるバインダーの中から、茶封筒がどさりと音を立てて出てきた。 それに見覚えがあるのか、現奇研一同はあっと声をあげ、そして三浦先輩がその封筒を持ち上げる。 「合宿費、だ。間違いない」 封筒の中身を確認すると、その中には大量のお札が。――どうやら本当に本物の合宿費のようだ。 三浦先輩は確認を終えたその顔を、香良洲先輩のほうへと向ける。 「身内の起こしたトラブルに巻き込んでしまって悪かった。どうやら、これで全ては解決したみたいだ」 「いえ、我々も知的好奇心を充足できたので謝ってもらう必要はありません。むしろ、今回最も謝るべき人物は……」 先輩の視線が、能登会長……いや、その隣にいた福さん先輩へと向いた。 「幹事長閣下。今回のこの事件、そもそもはあなたに落ち度があるように思えます」 「お、俺にか?」 「えぇ。……女心を分かろうとしなかったあなたのその態度……それが、彼女を犯行に及ばせた――そう考えられるのです」 「おいおい、俺を責める前に責めるべきは能登だろう……なぁ、谷風?」 こ、ここで僕に話を振られても困るんですけど……。 確かに実行犯の能登会長は悪いけれど、事情を聞くに福さん先輩も―― 「あたしは福っち先輩も悪いと思うけどな」 「私も同感だよ。何かお兄さん、ちょっと冷たいと思うな」 僕よりも先に飛月たちが口を出した。――香良洲先輩の意見を支持する形で。 「あたしは、ひとまずは能登先輩に謝っておいたほうがいいと思う」 「うんうん。それで、お詫びのデートの約束なんかを取り付けちゃったりして……」 「あ、それいいねぇ!」 「でしょでしょ?」 昼過ぎにはいがみ合っていた二人がもう意気投合している……。ま、僕としては嬉しい事なんだけど。 それから、この飛月と伊織ちゃん、そして香良洲先輩による三連撃をもろに食らった福さん先輩が折れて、能登会長に謝罪をするのは時間の問題だった……。 そして罪滅ぼしという大義の下、能登会長に早速買い物に付き合わされてしまうこととなるわけである。 ……資源が枯渇するであろう福さんの財布に合掌。 ★★★ 「ところでさ、国東。お前が鍵を借りてすぐに返した件なんだけど……」 「な、なんだよ?」 「もしかして、お前本当は気づいたんじゃないのか、その鍵が偽物だったってことに。何せ、直前に鍵を閉めたのはお前だったわけだし」 「だ、だったらどうだってんだ? い、いや、別に肯定するわけじゃないけどよ」 「いや、もし気づいていたのに、ずっとこの事実を隠してきたんだとするとさ、お前は能登会長を庇っていたのかな〜って思って」 「それは……」 「で、そうまでして庇うってことは、もしかしてお前は能登会長の事が……」 「ん、んなわけ……ないだろ! そうだそうだ、そんなはずがないんだ、あぁそうとも!」 「わ、分かったから落ちつけ!」 ……あの後、こんな会話があったのは、また別の話。 更にその後、酔った国東が、僕にこの日の事を未練がましく愚痴ってきたのは、更に別の話。 ★★★ 「ありがとう、飛月。ホント助かったよ」 ミステリ同好会の部室に戻ってすぐ、僕はそう飛月に礼を言った。 理由は勿論、あの決定的な証拠になったボイスレコーダーに録音した証言を持ってきてくれたから。 あれがなければ、今頃僕の推理は机上の空論扱いされ、きっと能登会長も罪を認める事はなかったはずだ。 僕がその旨を伝えると……。 「ま、あたしは元々、莞人みたいに頭をひたすら動かすよりも、駆けずり回っていろんな人から話を聞くほうが得意だったしね。出来る事をしただけだって」 と、笑って答えてくれた。 「でもさ、あたし無しじゃ解決できなかったってことは、やっぱ、莞人にはあたしが必要なのかもねぇ〜」 「あ、あはは……」 飛月は、からかう様に僕に笑みを浮かべてくる。 ……深い意味はないのだろう、深い意味は。 「でも、結局はこの勝負、莞人の勝ちって事だよね。……はぁ」 そう言って飛月は、今度は表情を暗くして落ち込んだ顔になる。 さっき笑ったと思ったら、今度は落ち込んだ顔。 本当に喜怒哀楽がはっきりしてるなぁ……。 「確かにあたしの見つけた証拠は決定打になったけど、推理自体は莞人が全部考えたとおりだったみたいだしね。これはもう莞人の……」 「そうそう♪ 誰がどう見ても、今回の勝利はお兄ちゃんのも――」 「この勝負は引き分けという事にしましょう」 嬉しそうな伊織ちゃんの言葉を遮って、香良洲先輩がはっきりと決断を下した。 そして、当然のように伊織ちゃんは反発する。 「どうしてなの、結華お姉ちゃん!? だって、お兄ちゃんの方がちゃんと推理したのに……」 「事件を解決する為には、それを如何にして行ったかを明らかにする理論や理屈は勿論必要です。ですが、それだけではただの妄言。ゆえに、その理論や理屈が実行された事を証明する為の証拠も同様に重要なのです。 よって、証拠を見つけてきた飛月氏の功績も莞人氏並みに重要であるのです」 「そ、それは……」 「飛月氏、それに莞人氏は引き分けということで結構ですか?」 僕は別に元々、そこまで勝負にこだわってたわけじゃないし、全く異存はない。 そして、それは飛月も同じようで、同様にうなずいていた。 「引き分けかぁ。要するにあたしと莞人は互角ってことだね。うんうん悪くない」 「なぁ〜んか、納得いかない気がするけど、まぁいっか。今日一日楽しかったし♪」 伊織ちゃんもひとまずは納得してくれたみたいだ。 そして、伊織ちゃんは楽しそうな顔をそのままに言葉を続けた。 「うん、決めた! やっぱり私、このサークルに入る!」 そんな微笑ましい言葉に、飛月も思わず笑ってしまう。 「あはは、気が早いって。それに、ココに入るなら、まずこの大学に受からなくちゃ」 「それなら大丈夫! もう、入学の手続きはしてあるからね♪」 ……え? 今なんと? 僕と飛月が同時に思ったであろう疑問に答えてくれたのは、香良洲先輩だった。 「言い忘れていましたが伊織は、この秋よりこの大学の理工学部一回生として正式に編入することになっているのです」 「そういうこと。私、もう大学生なんだよ、お兄ちゃん♪」 なるほど、これで伊織ちゃんも同級生か。 成る程成る程……。 「「って、えぇぇぇええ!?」」 僕と飛月は驚きの余り、思わず声が本日二度目のシンクロをしてしまう。 いや、誰だって驚くはずだ。 目の前にいる、どうみても十歳前後にしか見えない少女が大学に進学するなんて話を聞かされたら。 しかも、相手は冗談を言いそうにない香良洲先輩。 だとしたら、先輩の言葉を解く鍵は―― 「もしかして……飛び級、ですか?」 「ご明察。流石は密室トリックを暴くほどの力を持った莞人氏ですね」 密室を解くのとは少し違う気がするけど……まぁ、いいか。 飛び級は知っての通り、極めて優秀な生徒が本来所属すべき学年よりも上の学年に移る事だ。 日本だと、あまり馴染みが無いかもしれないけど、それでも高校二年から大学に入学する例や大学の学部三年から修士課程(大学院)へと進学する例を少しずつ認めるようになってきているらしい。 また、海を渡ってすぐの韓国や中国では、既に五歳やら七歳やらの子供が“神童”と囃し立てられ、大学進学の飛び級をしている。 そして、やはり飛び級といえば欧米、特に米国を思い出すわけだが、こちらではやっぱり盛んに飛び級が行われているようだ。 伊織ちゃん――彼女もまた、そんな飛び級の代名詞ともいえる米国に住んでいた……ということは、飛び級の可能性も十分にあったということだろう。 「伊織は飛び級プログラムに則って、向こうの大学――カリフォルニア工科大学でいくつか学位を既に取得しています」 「カ、カリフォルニア工科大学!? あ、あの有名な!?」 「わ、私も聞いたことがある! マサチューセッちゅ……とか何とかの仲間でしょ?」 「えぇ、マサチューセッツ、ジョージアと並ぶアメリカの工学大学のトップです」 あのMITと並ぶ大学で学位を取得した!? しかも複数!? い、伊織ちゃんって一体どれだけの頭脳の持ち主なんだ……。 そして、後で知ったことなのだが、伊織ちゃんが住んでいたというパサディナという町はまさしくカリフォルニア工科大学の本拠地であったようだ。 こんなところに彼女の大学の接点が隠されていたとは……。 「どお、凄いでしょ〜、えへへ」 「で、でも、それじゃあどうして、今更日本の大学に……? 向こうの方が研究とかは上なんじゃ?」 「確かに全体で見たらそうかもしれないけどね、日本の……ううん、この大学の方が優れてる研究ってのもあるんだよ」 「そうなんだ……。それじゃあ、伊織ちゃんはそれを研究しに?」 そうそう、と言わんばかりに伊織ちゃんは首を何遍も振る。 「私が研究したいのはね――!」 ――それから伊織ちゃんが口にした言葉は僕では、理解に時間がかかりそうなほど難解なものだった。 ただ一つ分かったことといえば、どうやらその研究をやっている教授がいるのが、ウチの学科で、伊織ちゃんは僕と同じ学科、同じ学年に所属することになったということだけだった。 「えー! お兄ちゃんも同じ学科なの!? やったぁっ!」 僕が同じ学科である事を知った伊織ちゃんは本当に嬉しそうに飛び跳ねる。 そこまで嬉しいのか、僕と一緒で……。 「へぇ、物好きもいた者ねぇ。日本にまで来て、あんな学科にあえて進むなんて」 「人それぞれですからね。とやかく言うことはできませんよ。たとえ、学科がどうであれ」 それに引き換え、応用化学科コンビめ……聞こえてるぞ。 まったく、僕の属してる学科を何だと思ってるんだ。 でも、だからって強く反抗できないのが僕のだめなところなんだけど。 まあ、天才少女の伊織ちゃんが選んでくれた学科なのだ。光栄じゃあないか。それでいいじゃあないか。 自分で自分にそう言い聞かせていると、伊織ちゃんが僕のシャツの裾を引っ張ってきた。 「それじゃ、改めてこれからよろしくね、お兄ちゃん!」 「あ、う、うん。よろしく」 「このサークルでもよろしくね!」 「あ、う、うん。よろしく」 「えへへ〜、これで授業でもサークルでもお兄ちゃんと一緒だぁ〜」 あ、そ、そんなに抱きついてきたら――!!! 「莞人って……そういう趣味があったんだ?」 や、やっぱりこの展開!? 目に見えそうなくらい強いオーラをひしひしと感じるんですけど……。 「あ、い、いや、これは伊織ちゃんが勝手に……」 「異常性癖退散!!!」 「ゑすかるっ!!!」 「お、お兄ちゃん!?」 鉄拳を喰らいながら、僕は脳裏で一つの事を確信していた。 今後の大学生活――それがより一層日常から遠ざかってゆくのをだろうな、という事を。 <密室狂騒曲 完> 【解答&後書き】 では、まずは解答から〜。 A: ・犯人は能登夕美子。 ・密室は、鍵をあらかじめダミーに交換し、本物の鍵を手中に収めておくことで開放可能に。 ・ゆえに、鍵を自然に交換し、そして元に戻すことが出来た能登が犯人と推測できる。 といったところでしょうか。 ……ようやく、ようやく達成することが出来ました、いつぞやの幼女公約! レギュラー化は今後次第ですが、とりあえず最大の難関であった“幼女キャラ”の創作には成功いたしました――と思いたいです、マジで。 ボクカノでもレギュラー出演可能な幼女……ということで飛び級少女を考えてしまったわけですが、これもまたベタっちゃベタだよなぁ……と思ってみたり。 で、でも、要は作中で如何に生かすかですよね? ね? というわけで、今回も提供はcivilでお送りいたしました。 ではまた次回お会いしましょう! この物語はフィクションです。
実在する人物、団体、事件とは一切関係ありません。
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