〜三行で分かるこれまでのあらすじ〜
 夏休み中盤、僕達は大学で香良洲先輩の従姉妹、成瀬伊織ちゃんと出会う。
 部室に、現代奇術研究会(通称、現奇研)の能登会長が乱入、僕達へ部費盗難の容疑をかける。
 香良洲先輩の提案で盗難事件を解く事になる。僕と飛月の推理勝負という形で。

 ……毎回の事ながら溜息が出るのは仕様ということで。



僕と彼女と探偵と
〜密室狂騒曲〜 捜査錯綜編

civil



 さて、引き受けてしまったものはどうしようもない。
 その密室盗難事件とやらを解決しないと帰れなさそうだし。
 というわけで――
「それじゃあ、とりあえず現奇研の人達にもっと詳しい情報を聞きに行ってきます」
「あ、流石お兄ちゃん! そうだよね、まずは情報収集だよね! 私もついてくよ!」
「ちょっと待った!!」
 僕が立ち上がり、それに続いて伊織ちゃんも一緒に席を立つ。
 そして、立ち上がった僕達が動くのを遮るかのように飛月の一喝する声が部室に響く。
「……ど、どうしたの急に?」
「話を聞くってことはあたしも考えていた事だよ? だから、抜け駆けは許さない、っていうか私が先に聞きに行くから、ちょっと待ってて」
 いつになく強引かつ滅茶苦茶な提案に僕と伊織ちゃんは思わずポカンとしてしまう。
「え、えーっと……」
「じゃあ、そういうわけだから、お先に〜」
「って、待ってよ! 今のどう考えてもおかしいよ〜!!」
 立ち上がり部室のドアに手を掛けて飛月の腰に伊織ちゃんが手を回し、行かせんと抵抗する。
 すると飛月もそんな伊織ちゃんを振りほどこうとする。
「は〜な〜し〜な〜さ〜い〜!」
「い〜や〜だ〜!」
「このまま引っ張ってくわよ!?」
「構わないもん! 邪魔しちゃうだけだから!」
「全く、可愛くないな〜、この子は!」
「それはこっちの台詞だよ! 胸ばっかり無駄に大きくてさ! 全然女の子っぽくないくせに!」
「なぁ〜んですってぇ〜〜!!」
 ……ダメだ。
 このままじゃ、埒が明かない。
 仕方が無い……ここは、また間に入って――
「要するに、話をする機会を作ればいいのですね?」
「……え?」
 背後から聞こえてきた香良洲先輩の声に、僕や福さん、そして今まで姦しかった飛月と伊織ちゃんまでもがそちらを振り向く。
「つまり、あなた方が現代奇術研究会の当事者の方々から事情聴取をする機会があればいいのですよね?」
 香良洲先輩は相も変わらず冷静で、不敵な笑みを浮かべたままだ。
 その顔を見て、僕達は思わずコクリと頷いてしまう。
 すると、先輩はその口角をさらにくいっと持ち上げ、満足げな顔をして立ち上がる。
「了解しました。私が何とかしましょう。――福留幹事長閣下、同行してくれますか?」
 ぽかんとしていた福さん先輩が、いきなりの呼びかけにはっとする。
「――へ? あ、あぁ。いいけど……」
「では、しばらく待っていてくださいな、御三方」
 微笑を浮かべたまま、ドアの前に立つ飛月をどけて、部室の外に出る先輩達。
 そして取り残された僕達三人。
「何する気なんだろ?」
「まぁ、先輩だし……何か確信か企みがあるのは確かだけど」
「結華お姉ちゃんのあの顔……何かスゴいことを考えてる顔だよぉ……」
 伊織ちゃんの心配そうな顔を見ていて、僕は尚更不安になった……。

 と、いうわけで待つ事、およそ五分。
 香良洲、福さんの両先輩は戻ってきた。現奇研の三浦副会長、渥美さん、国東の三人を連れて。
「向こうと話をつけて、事情聴取という形で一人ずつ、こちらに来てくれる手筈にしておきました。思う存分、尋問してあげてくださいな」
 そう言って髪をかきあげながら、元の席に戻ろうとする先輩を三浦先輩と渥美さんが慌てて呼び止める。
「じ、尋問っちょっと待て! 俺はただ、お前が例の件について話があるから来いって言うから来ただけぞ?」
「そうさね。尋問って、まるでそりゃアタシ達が犯人とでも言いたい――」
「それで話がついたと思っていましたが、何か異論でも?」
 そう言いつつ先輩が携帯を取り出して見せつけるようにすると――
「わ、分かった分かったから! それは勘弁してくれ!」
「それをやられちゃ、アタシは何にも言えないさね……」」
「最初からそう言えばよかったのですよ」
 動揺する三浦先輩と渥美さんを尻目に、香良洲先輩はニッコリと笑みを浮かべながら、椅子に座り文庫本を手にとって読み始める。
 ……“また”携帯を使って何かをやったらしい。
「……なぁ、お前んとこのあの先輩は一体何なんだ?」
 国東にこっそり耳打ちされるが、それは僕の方がむしろ聞きたい。
 ――あれ? そういえば……。
「ところで国東? 能登会長はどうしたんだ? ここにはいないみたいだけど……」
「あー……会長なら理工図書館にいるよ。実験のレポート書くとか言ってた」
「それじゃ、いることにはいるんだ」
 流石の先輩も離れた場所にいる人までを呼び出すほどの暴走はしなかったみたいだ。
 少し安心。
 すると、今度は国東が、僕に何かを耳打ちしてきた。
「それにしてもよ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「決まってるだろ? そりゃ、お前達が本当にこの事件の謎を――」
「それはどういうことだい!?」
 国東の言葉は、突如側方から聞こえてきた渥美さんの怒鳴り声に遮られてしまった。
 僕と国東が声のした方を向くと、そこでは声の主である渥美さんと飛月が対峙していた。
「どういうことも何も、あたしはあなた達が合宿費の消えたっていう昼の間、何をしてたか聞いてるだけです」
 ……こちらも、“また”何かをやらかしているようだ。



 激昂している様子の渥美さんとそれを宥める三浦先輩、そしてそれと対峙する飛月。
 それが現在の状況。
「アンタねぇ……昼に何をしてたか、って聞くって事はあれでしょ? アリバイがどうのっていう」
「勿論です。だって、ミステリの基本だから」
「何が基本だい。そういうのは――」
「つまりは俺達も疑っているって事た。……根拠はあるんだよな?」
 渥美さんとは対照的に、三浦先輩がその血の気が多そうな見た目とは裏腹に穏やかな口調で尋ねると、飛月は頷く。
「勿論! だって、今日金庫に入れたばっかりの合宿費を、その日の内に盗むなんて芸当を事情を知らない部外者が出来ると考えられないでしょ?」
「ま、そう言われるとこっちも耳が痛いわな」
 納得したような表情の三浦先輩。
 この様子だと先輩もこの事実には最初から分かっていたのだろう。
「ふ〜ん、意外と考えてるのね、飛月お姉ちゃんも」
「って、うわっ! 伊織ちゃん、いつの間に横に……」
「確かに飛月お姉ちゃんの言ってる事は尤もだよ。お兄ちゃんもそう思うでしょ?」
「え、あ、あぁ確かにね」
 確かに、鍵の掛かった部室に侵入して尚且つ金庫を荒らすなどという行為、金庫内に大金があるという情報を知らない限り、リスクが大きすぎるという理由でやらないはず。
 故に、今回の件は今日、金庫の中に合宿費を入れた事を知っていて、しかもロックの番号を知っていた現奇研の四人が最も疑わしい。
「……でさ、どうして伊織ちゃんはそんな怒ってるの?」
 頬を膨らませて僕を見ている様子は、少なくとも好意を示しているようには見えない。
 すると、伊織ちゃんは僕へとずいと歩み寄る。
「お兄ちゃん! この状況分かってるの!? 飛月お姉ちゃんに一歩遅れを取ってるんだよ?」
「お、遅れって……あぁ、推理勝負のこと? そんな慌てなくても別に――」
「そんな事言っちゃダメ! ほら、お兄ちゃんも話を聞きにいこ!」
 背中を押されて僕は飛月達のほうへと押し出される。
 それと同時に、僕と一緒にいた国東も、三浦先輩達と合流した。



「では、改めて聞きます。あなた達は昼は何をしていましたか?」
「そりゃ、昼っていったらお前、昼飯食ってたに決まってるだろ?」
「だから、そこのところを詳しく聞きたいの!」
 国東の身も蓋も無い発言に、飛月は怒ったように再度尋ねる。
 国東……頼むから、あまり彼女を刺激しないでくれ……。
「詳しくって、言われてもなぁ。……参考になるかどうか分からんが、俺は昼は近くにある冥崙めろん飯店で飯を食ってたよ」
「冥崙飯店って、あの二五〇円ラーメンの? お前もよく飽きずに……」
「何を言うか! あそこは俺のオアシスだぞ? それを侮辱するヤツは――」
「あーはいはい、分かったから、その後の行動を教えてくれる?」
 そう言う飛月の目はどこか怖い。
 ……国東もそれを悟ったように、真面目に話し始める。
「あ、え、えっとだな……確かあの後は、バイト先に明日仕事入れるか電話して、それからは……確かキャンパス内にある木陰のベンチで横になって寝てたな」
「それを証明する人は……」
「いるわけないだろうに。あ、勘違いするなよ? 俺はやってないぞ」
 ま、ここで私がやりましたなんていう人がいれば苦労は無いわけで。
「ところで国東。お前いつ頃、こっちに戻ってきたんだ?」
「えーっと……確か集合時間の十二時半ちょうどくらいだったと思う。来る途中に慌てて部室に向かってた渥美サンと合流した。で、実際に部室に戻ったら三浦さんがいて、そこで金庫が荒らされたって初めて聞かされたよ。で、その直後に隣のこの部屋からは会長の声が聞こえて驚いたよ」
 確かに国東達は遅れて来ていた。
 ……ということは、能登先輩、三浦先輩よりも後に来たって事は確かなようだ。



「アタシはここからすぐにセブンピーチで弁当を買って、“邦友会”の部室に行ってたよ」
 国東の行動を把握した次は、渥美さんへ話が向けられた。
 渥美さんは煙草を咥えながら、相変わらずのさばさばした口調で受け答えしている。
「ホーユーカイ?」
「私が掛け持ちしてるサークルのことさ。“邦画の素晴らしさをもっと広める為の友好会”っていうのが正式名称さ」
 それまた何ともけったいな正式名称な事で……。
「ま、この建物の二階に部室があるんだけどさ、そこで借りる事になってた映画のDVDを借りて、それから昼食を食べながらだべってたよ」
「時間にすると大体どれくらいいたんですか?」
「んー、能登会長が部室の鍵を開けるのが大体、十二時二十分くらいだって考えてたから、大体それくらいに出たかな。もし部室の鍵が開いてないと空しいしね」
「鍵が閉まってるのなら、自分で取りにいけば――」
 すると、渥美さんは吸っていた煙草を携帯灰皿に捨てながら、僕の話を遮る。
「あー、だめだめ。ウチは部室の鍵の受け取りと引渡しは基本的に能登会長がやることになってるから」
「会長が……自らですか?」
「あぁ。何でも部室の管理運営も会長の責務らしくてね。鍵を借りる時も返す時も、どっちも会長がやってるのさ」
「だから、能登先輩が鍵を借りてきて部室を開けるまで別の部室で待ってたってことですか」
「そういうこったな。で、見事アタシの予想は的中、階段の途中で鍵を持つ会長と合流できたって訳さ」
 と言って新たに煙草を取り出し、ライターで火をつけながら答える。
「ま、詳しい時間とかアリバイってやつは、邦友会の連中にも聞いてといてくれ。アタシがずっとあっちにいたことが分かるはずだから」



 国東、渥美さんと質問が終わったという事は必然的に、次のターゲットはこの人となる。
「俺か? 俺は途中まで能登と一緒に行動していたよ。一時解散して、鍵を管理人室に預けて、合宿の相談をしながら学食で昼飯を食べてたよ。食後は分かれたけどな」
 ということは三浦先輩と能登先輩の双方は互いに途中までのアリバイがあるということだ。
 二人で口裏を合わせていない限りだが。
「で、聞かれる前に言っておくと、俺が食後に向かったのは掛け持ちしてる“スカイブルー”ってサッカーサークルの部室だ。現奇研の部室に戻ったのは十二時半ちょうどくらいだ。何なら仲間に確かめてもらってもいい。部室はこの階にあることだし」
 ……あっという間に尋ねるまでもなく、全てを話されてしまった。
 だけどそんな時、
「ねぇねぇ、少し聞きたい事があるんだけど」
 伊織ちゃんが僕の横を抜けて、前に出た。
「ん、何だい? ……というか、さっき見たときから気になってたんだけど、この子って一体……」
「あぁ、いや、この子は――」
「どうぞお気になさらず。さ、話の続きを聞いてやってください」
「あ、あぁ。まあ、いいけどさ」
 僕が返答に困っていると、香良洲先輩がフォロー……というか強引に納得させた。
 それでいいのだろうか……と思うが、もうこんな掛け合いにも慣れた。
「ねぇ、話し続けてもいい?」
「おぉ。一体何の用だい、嬢ちゃん?」
「あのさ、あの能登ってお姉ちゃん、部屋の鍵を本当にちゃんと掛けてた?」
「ん? あ、あぁ、掛けてたよ。ま、鍵を掛けたのは国東だけどな」
「――って、そんな当たり前の事を聞いてどうする気なのよ、あんた」
 と、ここで飛月が伊織ちゃんに野次らしきものを入れる。
 だけど、伊織ちゃんも黙っちゃいない。
「こういうのは、当たり前の事から聞いてくのが基本なんだよ? 基礎を忘れたものに栄光などありえない、ってね」
「な、何ですってぇ!」
「それにさ、もし能登お姉ちゃんが鍵を本当は掛けていないとしたら、これは密室なんかじゃないし、鍵無しで勝手に部屋にだって入れるでしょ? これって重要な質問だと思ったんだけどな〜」
「そ、それは……だけどっ!」
「まぁまぁ、ひとまず落ち着こう! ね、二人とも!」
 最早慣習行動から反射行動へと脳内で書き換えられつつあるこの仲裁行為。
 僕って……もしかしてこれをする為に出番があるのではとも思ってしまいそうになりそうだ。
「まぁさ、ひとまず鍵はしっかりと国東が掛けたってことでいいみたいだから……って、あれ?」
 ここで一つ疑問が浮上する。
「鍵って能登先輩がずっと管理してるはずなのに、どうして国東が鍵を掛けたりなんか……」
「能登は鍵を管理こそしてるけど、鍵を開けたり掛けたりは後輩にやらせたりもするんだ。ほら、あいつって見た感じ人を使うタイプだろ?」
 疑問に答えてくれたのは、三浦先輩だった。
「まぁ、聞かれる前に言うとだな、今日は国東に鍵を掛けた後に能登が回収して守衛に預けた。……で、鍵を開けたのは……」
「アタシさ。さっきも言ったと思うけど偶然合流できてね、それで会長から例の如く鍵を渡されて鍵を開けさせられたよ」
 渥美さんが煙草を携帯灰皿に押し付けながら喋る。 
「だけど、鍵を持ったときから監視するように見てくるから厄介なんだよねぇ。そんなに鍵が心配なら最初っから自分で開けりゃいいのに……」
「ま、あの能登会長だし、仕方ないさ」
 国東につられて僕も思わず苦笑してしまう――が、そんな時に災難は降りかかった。
 すぐ横にあった部室のドアが激しく開かれ、廊下から見て内開きであるドアは当たり前だが僕に直撃、体の側面を激しくうちつけてしまったのだ。
 僕が盾になったお陰で伊織ちゃんが無傷だったのは不幸中の幸いというべきだろう。
「ちょっと莞人、大丈夫?」
「大丈夫お兄ちゃん!?」
「……な、なんとか。でも一体誰が――」
「部室にいないと思ったら、やっぱりこんなところにいたのね!」
 この鼻に掛かったような高い棒読み声……“あの人”のようだった。



「まったく! 何で私達が事情聴取の真似事なんかを受けなくちゃいけなのよ!」
 事情を聞いた能登先輩はこれでもかというくらいの不快な表情をしていた。
「ま、軽い気持ちで受けてやれって。お前は何もしてないんだろ?」
「当たり前でしょ! ……ふん、そういうことだから、何を聞きたいのかとっとと言って頂戴!」
 うわぁ、相当の強気だよこの人は。
 飛月や伊織ちゃんも何か不満げな顔だし……。
 ここは僕が話をした方が無難だろうな。
「聞きたいのは一つです。三浦先輩と一緒に食事をしたという事ですが、その後はどうしていたんですか?」
「その後? うーん……図書館で時間を潰して、それから十二時二十分くらいに鍵を回収して部室に戻ったわ。あぁ、その時に渥美さんに会ったわね」
 渥美さんと途中で合流したという情報は本当のようだ。
 そして彼女には、明確なアリバイがないということもこれまた分かった。
「あと、部室に戻って金庫のお金が無くなったときの状況を教えて欲しいのですが」
 これは能登先輩というよりも、現奇研全体への質問だったわけだけど。
「状況でしょ。確か、部室に入った瞬間にちゃんと閉めたはずの金庫が開いてるのが見えて、それで中を見たらもう無くて……」
「んで、それから少しして、三浦先輩が戻ってきたわけ。事情を説明したら、鍵の名簿の確認をするように頼まれたから、アタシは出て行ったんだ」
「そうだったな。で、そしたらそれとほぼ同時に能登がこっちに駆け込んでいったんだよ。俺は仕方ないから金庫の周りを調べていたけど……」
「俺が戻ってきたのはそれくらいの時間だな。来る途中で確認から戻ってきた渥美サンと合流して……で、部室にいた三浦さんと一緒にこっちに来たって訳だ」
 ……それで、能登先輩の跡を追って、国東と三浦先輩が来たって訳か。
「それじゃあ、他に聞く事がないようだったら、私達はもう戻らせてもらうわ!」
「え? あ、あの――」
「はい、ご協力ありがとうございました」
 能登先輩の言葉につっかかることもなく、飛月はすぐに了承を出した。
 飛月にしては随分あっさりしているなぁ……と思いながら、現奇研会員の人達が出て行くのを見送った後、その真意はすぐに分かった訳だけど。
 彼女は軽く伸びをして首をコキコキと鳴らすと、早速ドアノブに手をかけたのだ。
「それじゃ、あたしも捜査開始といこうかな」
「え? も、もう!?」
「えぇ。迅速な行動が勝敗を分けるって昔から言うでしょ? それじゃ、そういうことであたしの華麗な推理を楽しみにしててね〜!」
 驚く伊織ちゃんを尻目に、飛月はそう言い残して早々に外へと出て行ってしまった。
 そう、彼女は早く外で調査がしたくて、戻るのをあっさり承諾したのだ――と僕は直感した。
 だけど、そんな飛月を見て、伊織ちゃんの顔には焦りの表情が見えていた。
 そして、彼女は僕のシャツの裾を引っ張って、外を――正確にはドアをだが――指差しながら、こう言うのだ。
「私達も早く行こう! 早くしないと先を越されちゃうよ!」
 や、やっぱり……。
 見事に飛月の挑発的な言葉に乗せられてしまってる……。
「お、落ち着いてって。何も考えずに外に出たって効率が悪いでしょ?」
「だ、だけど――!!」
 早くで出ようと焦る伊織ちゃんを見て、強がっては見せるもののやっぱりまだまだ子供なのだな、と思ってしまう。
 僕は、そんな伊織ちゃんを宥めようとして、膝をついて彼女と同じ目線で話を続けた。 
「確かに飛月の言う通り、時間は限られているから、行動は早いほうがいいかもしれない。だけど、世の中には“急いては事を仕損ずる”って言い回しもあるんだよ」
「急いては事を仕損ずる……」
「そ。急がば回れ、って言葉もあるけどね。ま、とにかく、物事を進めるときはあまり急ぎすぎてもいけないってことだよ」
「それは分かってるけど……だけど……」
 理屈では分かっていても、本能がそれを理解しようとしない――そんなところだろう。
 僕にはそんな伊織ちゃんを責める事も嘲る事も出来ない。これは仕方のないことなのだから。
 だから、僕は彼女の頭に手の載せて、もう一度、穏やかな口調で話すこととした。
「僕だって早く調べる事は調べたいと思ってる。だからこそ、効率よく調べる為にまずは一度落ち着いて情報を整理する必要があると思うんだ。伊織ちゃんもそう思わない?」
「……お、思う」
「うん、それじゃあさっさと整理しちゃって、調べる事をまとめよっか」
「――うん!」
 焦りの表情が一転、明るい笑顔に変わってくれた。 
 そう、焦っていては何も始まらない。
 冷静かつポシティブに考える事で、真実は案外簡単に見つかったりするものなんだ。
 ……この考えの一部は、誰かさんからの受け売りだけど。



「う〜ん、まとめるとこんな感じかな〜?」
 僕は部室のテーブルにて、現奇研の人達から聞いた話や情報をまとめて、簡単な経過を文章化してみた。
 以下がそのまとめたメモだ。

 ・現奇研、一時解散。国東が鍵を閉めて、能登先輩が鍵を守衛に預ける(十一時半頃)。
 ※合宿費はこの時点で健在。
  ↓
 ・能登先輩と三浦先輩は学食へ。
 ・渥美さんはセブンピーチで買い物の後にサークル(邦友会)部室へ。
 ・国東は冥崙飯店で昼食。
  ↓
 ・能登先輩、図書館へ(証言なし)。
 ・三浦先輩、サークル(スカイブルー)部室へ(サークル会員の証言あり?)。
 ・渥美さん、サークル部室でまで待機(サークル会員の証言あり?)。
 ・国東、中庭で昼寝(証言なし)。
 ※この時点のどこかで合宿費盗難?
  ↓
 ・能登先輩、鍵を受け取り部室へ。途中で渥美さんと合流(十二時二十分頃)
 ・渥美さんが鍵を開けて部室へと入ったところで、盗難発覚。
 ・三浦先輩、部室へ。渥美さんに帳簿確認を命じる。能登先輩、ここへ突撃(十二時半頃)。
 ・国東、帳簿を確認してきた渥美さんと合流、部室へ到着後、三浦先輩と共にここへ。

「私もこれでいいと思うよ。だけど、これだけじゃやっぱり、誰が犯人かは……」
「だよねぇ……」
 このメモに書かれた情報は一部を除いて殆どが本人の主観による証言ばかりで、確実に事実である項目がやや不足気味だった。
 つまり、これだけで犯人を特定するという事は不可能だという事だ。
「やっぱり、確証が欲しいなぁ。誰か他の人からの目撃証言とかがあればいいんだけど……」
「じゃあ、この掛け持ちしてるっていうサークルの人達にまずは聞いてみようよ。もしかしたら完璧なアリバイみたいなのがあるかもしれないし」
「うん。そうだね。そうしてみようか」
 僕が頷いて立ち上がると、ふと伊織ちゃんが僕の方を見て微笑んでいるのが見えた。
「やっぱり、お兄ちゃんの言う通りだったね!」
「――え?」
「ほら、一旦情報をまとめるって話だよ。整理したら、本当にこの後どうすればいいのかがすぐに分かったからさ」
 これくらいなら、もしかしたら纏めなくても分かった事なんだけどね――とは、彼女の笑顔の前では言う事が出来ない。
 すると、伊織ちゃんが僕に近寄ってきて手を握ってきた。
「それじゃ、今度こそ出発しよ」
「あ、あぁ。そうしようか」
 伊織ちゃんに引っ張られる形で、僕は外へと出て行くことになった。
 ――飛月から遅れる事、十五分弱のことだった……。






 莞人と伊織が出て行った後の部室にて……。
 香良洲が文庫本を閉じ、福留へと声をかける。
「ようやく行きましたね」
「え? あ、あぁ。そうだな。……しかし、あいつらがいなくなると、ここも随分と静かになるんだな……」
「えぇ。静かですね」
「…………」
「…………」
 理工ミステリ同好会の部室を静寂が一色に染め上げる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あいつらがいない間って、俺たち出番無し?」
「何を意味不明な事を……。そもそも幹事長閣下には元々出番など――」
「頼む。その先は言わないでくれ……」
「了解いたしました」
「…………」
「…………」
 理工ミステリ同好会の部室を静寂が一色に染め上げる。

 <証言迷走編へと続く!>





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