八月某日早朝。千葉県成田市三里塚、成田国際空港。 首都圏の空の玄関口ともいえるこの地に、一人の少女が降り立った。 少女は、重たい荷物を一生懸命引っ張って運びながら、ターミナル内を歩く。 歩く先々で、見える日本語表記の案内板、そして交わされる日本語の会話。 それらを身体全体で感じ取りながら、彼女は感慨深げに口を開いた。 「……ようやく、帰ってきた」
八月某日。午後十二時過ぎ、某大学某キャンパス内。 この炎天下の中、一人の青年が歩いていた。 青年は、両手にファーストフード店の袋を提げながら、キャンパス内を歩く。 まぁ、その青年っていうのは、僕こと谷風莞人なわけだが。 「ほら〜、莞人早く早く〜!!」 少し先では、“手ぶら”の飛月が、僕に向かって手を振っている。 ……なんでこんな事になったのだろう。 思い出すたびに溜息が出る……。 ―――――――― 発端は、我が『理工ミステリ同好会』の夏の会合だった。 まぁ、会合と言っても、夏期休暇のど真ん中で集まってくれる人がそこまでいるわけもなく、すぐに場は雑談モードに変わってしまったわけだが。 そして、その会合に集まった中で一年生は僕と飛月だけだった。 よって、自動的に僕達が昼飯買出し要員になったのだ。 もう一度言おう。僕“達”が、買出し要員なのだ。 ……なのに。 あれは、買出しに向かう途中だった。 並んで歩いていた飛月がいきなり僕の前へと飛び出てきたのだ。 「莞人、行くよ?」 「え?」 「じゃ〜んけ〜ん!」 「え、えぇえ!?」 「ポン!」 慌てて出した僕の手はパーのまま。そして、対する飛月の手はチョキ。 「は〜い、あたしの勝ち〜。ってなわけで、荷物持ちとお金の立て替えヨロシクね〜」 「な、何ぃっ!?」 ―――――――― で、現在。 「なにやってんの〜? 早くしないとシェイクが溶けちゃうよ〜!」 相も変わらず、のん気な飛月を見て、さすがの僕も少し苛立つ。 「そう思うんだったら、片方でいいから袋を持ってくれないかい?」 「それじゃ、さっきのじゃんけんの意味がないじゃん!」 よくもヌケヌケとそのような戯言を……。 まぁ、でも結局これを部室まで持って行っちゃうのが、僕のダメなところなんだよなぁ……。 さてと、ここにいつまでも立っている訳にもいかないし、さっさと部室に行くか。 そう思って、一歩を踏み出した時だった。 「すみません。ちょっとお尋ねしたい事が」 何やら背後から声を掛けられた。しかも、まだ幼さを残す声で。 僕が後ろを振り向くと、そこにいたのは、声の通りの小さな少女だった。 艶やかな漆黒の髪をポニーテールにしており、くりくりとした大きな瞳が可愛らしかった。 背丈は僕の方が無駄に高いことも相まって、やたらと低く見える。……百四十センチを切ってるか? 「あの……いいですか?」 「ん? あ、あぁ! ごめんごめん」 キャンパスという場所には異質な存在である少女に、僕は思わず見入ってしまっていたようだった。 「えっと、どうしたのかな?」 「ちょっと聞きたい事があるんですが――」 「あー! 莞人どうしたの、この子!?」 少女の言葉を遮って、飛月が駆け寄ってきた。 「あぁ〜、もう、可愛いじゃん〜」 「ちょ、ちょっと! 何を――きゃぁっ!」 飛月は、少女を抱き上げると、そのままぬいぐるみか何かのように抱きしめてしまった。 「う〜ん、やっぱりこのくらいの年の女の子ってのは可愛いよねぇ〜」 「あ、ちょ、ちょっと飛月?」 「ん? どうしたの?」 「あ、いや、そろそろ離してあげたほうが……」 僕は、飛月が抱きしめる少女を指差す。 少女は、飛月の胸の中で強く抱きしめられたせいか、目を回していたのだ……。 「いやぁ、ごめんごめん。ついつい可愛くて、ぎゅーってやりすぎちゃったよ」 「やりすぎたじゃすまないよっ! もう、死ぬかと思ったんだから!!」 少女は顔を真っ赤にして怒っていた。 そこには、既に先ほどまでの年不相応の丁寧口調はなく、この年頃の少女のそれになっていた。 「ま、まぁまぁ、それくらいにしてさぁ――」 「ちょっとまだ話は終わってないんだよ! 大体ねぇ……」 「あ、いやほら、君は何か用があって僕に声を掛けたんじゃないの? そっちの用は済ませなくていいのかい?」 すると、少女は「あ!」と短い声を上げる。 ……怒りの余り、忘れてしまったいたのだろうか……。 少しすると、思い出したように口を開いた。 「あなた達、この大学にある“サークル棟”って知ってる?」 「サークル棟って……あのサークルが集まってるあれ?」 「そうじゃなかったら、そんな名前つかないでしょ? あなた、ホントに大学生?」 ここぞとばかりに挑発する少女に、飛月はこめかみ辺りをぴくぴくさせている気がする。 ……もしかして、険悪なムード? 「で、どうなの? 知ってるの、知らないの?」 「あのね、あたし達、そんな口の悪い子に教える筋合いは――」 「知ってるよ。今から僕達も向かおうとしていたんだから」 飛月の言葉を遮って、僕はあえて口を開く。 その途端、彼女は僕を睨んだ気がするが、まぁ気にしないでいこう。 「ホント? じゃあ、一緒についてっていい?」 「あぁ、別に構わないよ」 「ちょっと、莞人!」 「……こんなところに放置しておくわけにもいかないだろ?」 「で、でも……」 「そーよ、そーよ! か弱い少女をこんな炎天下の中で放っておこうだなんて、どうかしてるんじゃない?」 お願いです。 一緒に来るなら、せめて大人しくしてください。 というか、火に油を注ぐような真似だけはしないでください。 ほら、飛月の顔も相変わらず引きつっているし。 「あ、と、ところで、今日はどうしてこんな場所に来たんだい?」 こんな気まずい状況を打破する時に用いる手段の一つである話題転換。 僕はそれを用いると、少女の方が食いついて来てくれた。 「え? あ、うん。従姉妹の人がこの大学のサークルに入ってるって聞いたから来てみたんだよ」 「へぇ。で、その従姉妹って人は、何てサークルに入ってるの?」 「えーっとね、“理工ミステリ同好会”って名前だよ?」 ……へぇ、聞き覚えのある名前だ。 きっと、名前の通り、ミステリとかが好きな連中が集まってるんだろうなぁ。 そして、今日みたいな日に会合して、僕達みたいな下っ端に買出しに行かせて……って……。 「「って、はいぃぃ!?」」 その瞬間、思わず飛月と声がシンクロした。 「ただいま〜」 「買出し組、只今帰還しましたぁ〜」 そんな言葉を吐きながら、僕は部室のドアを開くと、部室内にいた先輩達が一斉にこちらを向いてくる。 そして一人、眼鏡を掛けたボサボサ頭の先輩がこちらへと近づいてきた。 三年生で、サークルのトップである幹事長を努める 「おぅ、ごくろーさん。……で、だ」 福さん先輩は僕達へと近づくと、僕のすぐ横にいた“彼女”へと視線を落とした。 「……なぁ、谷風? お前、いくら女に飢えてるからって、幼女を拉致するのは――」 「そんなわけないでしょう! この子は――」 「い、 僕が詳しい事情を福さんに話そうとした矢先、背後から声がした。 声の正体は、銀髪ツインテールに黒服といういつも通りの目を惹く姿の香良洲先輩。 どうやら、僕達が戻ってくるのと入れ違いくらいで外へ出てきたようだ。 そして、その先輩は今、今までに見たこと無いくらいの驚いた顔をしている。 そんな彼女に気付いた少女――伊織ちゃんは、そちらへと向き直ると、満面の笑顔で挨拶をした。 「久しぶり、結華お姉ちゃん!」 ……そう、彼女…… ―――――――― 「えぇっ!? あの香良洲先輩の従姉妹!?」 「うん、そうだよ」 「で、でも、結華先輩は銀髪だし……」 「それは隔世遺伝だよ。お姉ちゃんのお母さんも、その妹にあたる私のお母さんも髪は黒いから、普通は私みたいな黒髪で生まれるのが普通なの。だけど、お姉ちゃんの場合は北欧出身だったおばあちゃんの血を強く受け継いでるから、髪の色が違うんだよ」 「へ、へぇ……詳しいね」 「これくらい常識だよ」 「あ、あはは……そうなんだ……」 ―――――――― テーブルに広げられるハンバーガーやポテトの大群。いわゆる僕の買ってきた昼飯。 僕達はそれを食べながら、伊織ちゃんから話を聞いていた。 「……それにしても、どうしてここに来ているの? 今朝“こちら”に来たのでしょう?」 「むぐむぐ……それはぁ、空港でぇ、むぐむぐ…… ハンバーガーを頬張りながら、香良洲先輩に説明する姿は、どこからどう見てもお子様だ。 というか、食べるか喋るかどちらかにしてください。 「はぁ〜……それで、莞人氏と飛月氏を捕まえたってわけですか……。二人とも、申し訳ありません、ウチの伊織がとんだ迷惑を……」 「いやいや、そんな迷惑だなんて! 僕は進んで案内したわけですし」 「むぐむぐ、そうそう。私は道を尋ねただけで一言も連れてけだなんて――っふみゃ!」 伊織ちゃんの脳天に飛月の拳が容赦なく食い込んだ。……まぁ、手加減はしているだろうが。 「な、何するのよ〜、この凶暴女!」 「うるさい! あんたねぇ、年上に対するものの言い方ってのをねぇ――」 「と、ところで、伊織ちゃん! ちょっと聞いてもいいかな!?」 火種は小さいうちに消す。 これは火災だけでなく、人と人との諍いでも言えることだと僕は思う。 僕はこの火種を小さいうちに消すというスキルを自然と身につけていた。話題転換という形で。 そして、僕の思惑通り、伊織ちゃんは飛月とにらみ合っていた顔を僕へと向けてくれる。 「聞きたい事って何?」 「あ、えっと……ほら、さっき空港って言っただろう? どこか旅行にでも行ってたのかい?」 「え? ……あ、あはは! 違う違う、旅行じゃないよ」 伊織ちゃんの顔に笑顔が戻る。 よしよし、話題が逸れたおかげで飛月も怒りの矛先を失って、大人しくなったようだ。 「えぇっと、旅行じゃないってことはつまり……」 「伊織は、元々アメリカに住んでたんですよ。それで、今日帰国したのです」 僕が考えていると、香良洲先輩が説明してくれた。 ――成る程、つまり今は里帰りって訳か。 「へぇ、伊織ちゃん、アメリカに住んでるんだ」 「うん! カリフォルニアのパサディナって町に住んでるんだよ」 パサディナという地名に僕は聞き覚えが無かったが、とりあえずアメリカ西海岸方面に住んでるということが分かったのでよしとしよう。 隣にいた福さん先輩が、パサディナという地名を幾度が呟き、何かを考える仕草をしていたのは気になったが。 「じゃあさ、英語も結構喋れたりするの?」 「当たり前でしょ。生まれてからずっと向こうで暮らしてたんだから、もう体に染み付いてるよ。ここの暴力女なんかよりも上手に喋れる自信だってあるよ♪」 また挑発するような言葉を……。 あぁ、飛月もこめかみ辺りをぴくぴくさせてるよ。 「ほーう、まだそんな口を聞きますか、この子は……」 「だって、事実なんだもん」 あくまで無邪気な様子の伊織ちゃん。 それに対する飛月は、今度はすぐには行動に出ず、強張った笑顔で対応する。 「事実でもね、それを隠してやるっていう気遣いを日本人なら持ってると思うだけどな〜?」 「あーっ! 事実って認めたぁ! 飛月さん、やっぱり私より英語下手なんだよね、よね!?」 「くっ……このっ――」 だけど、度重なる挑発に飛月がずっと我慢できるわけが無く――。 「言わせておけば、この――」 「あーっと! そ、そういえばさぁ!」 バタンッ!! 僕が再び火種消しに走ろうとしたその時だ。 部室のドアが大きな音を立てて開かれた。 そして、そのドアの向こうから現れたのは、一人の女性だった。 ウェーブがかったセミロングの髪とゆったりとした服装が穏やかそうなイメージを与えるけれど、今の彼女の表情はどうも穏やかではない。 一言で言うならば、憤怒。 「の、 そんな彼女を見るや否や反応したのは、僕の隣に座っていた福さん先輩。初登場以来、二度目の出番でございます。 「さぁ、白状して頂戴! 一体、誰が犯人なのかしら!?」 「――は? お前、一体何を……」 「とぼけないで! ウチの合宿費を盗んだのアンタたちの誰かなんでしょ!?」 ……特徴的な高音で棒読み風の声で紡がれた言葉。 それが、これから始まる波乱の幕開けを意味していた事は、この時既に薄々感じていたわけで……。 「さ、今なら自治会に連絡しないから、素直に返してもらえるかしら?」 能登さんは、部室の入り口で仁王立ちのまま、しかも高圧的に僕達へと喋る。 あまりに高圧的な態度に皆は静まり返る。 すると、状況を見かねた福さんが立ち上がり、彼女に話しかけ始めた。 「あのなぁ、一体どうして俺たちがお前達“現代奇術研究会”の合宿費を盗らなきゃいかんのだよ」 「あなた達が、私達の隣に部室を構えてるからよ!」 「んな無茶苦茶な!」 現代奇術研究会――通称“現奇研”。ウチの隣に部室を構えるサークルだ。 ――そうか思い出した! あの人が現奇研の会長の 確かその性格が尋常じゃないとか、現奇研に所属する友達も言っていたが、まさかここまでスゴい人だとは……。 「とにかく! あなた方全員の荷物を調べさせていただきます!」 「あ、おい、何勝手決めないでくれよ!」 他サークルの部室だというのに我が物顔で行動する能登先輩に福さんが困ったような表情をするが――。 「夕美子! お前、こんなトコで何やってんだよ!?」 そんな時、またも部室に訪問者が現れた。それも複数。 一人は、頭をスポーツ刈りにした、がっしりした体つきの男。先ほどの声もこの人が出したようだ。 そして、その人の後ろにいるのが、これまたショートカットの髪が活発な印象を与える女性。 更に彼女の後ろにいるのは、夏だというのに黒の長袖という暑苦しい格好をした目つきの悪い感じの男で――。 「――って、 「谷風か? お前も今日来てたのかよ!」 お互い顔を見合わせて驚いた。 目の前にいる目つきの悪い男は、僕の友人で ちなみに、先ほどの能登先輩の評判もこいつから聞いた。 そして僕達が顔を合わせて驚いている間も、スポーツ刈りの男が能登先輩に駆け寄って何か話していた。 「お前なぁ、いい加減にしてくれよ。何もいきなりこっちに突撃する事ないだろ?」 「だけど、これはサークルの運営に関わる重大な問題なのよ! 居ても立っても居られなくなるのは当然でしょう!? 三浦君はそう思わないのかしら?」 「い、いや、だけどな……」 理工ミステリ同好会の部室で繰り広げられる現代奇術研究会の面々による口論。 何かが間違っているのは明らかなのだけど、能登先輩の剣幕に誰もツッコミを入れられないでいた。 だが――。 「いい加減にしてくれませんか?」 状況を見かねて、静かにしかし力強くそう言ったのは、福留先輩でも飛月でも国東でも、そして当然僕でもない。 「ここは崇高なる理工ミステリ同好会の部室です。よって、訳も分からない事情で部外者にここを占拠されるいわれはない筈なのです!」 「そうだよね。いきなり部屋に入ってきて言いたい放題なんて、ちょっと勝手すぎるかもね」 どこか変わった口調で喋るのは、香良洲先輩。 そして、それに率直な言い方で追随するは、先輩と同じ血を引く伊織ちゃん。 二人は、全く物怖じせずに、畏まらずに能登先輩と三浦と呼ばれた男の方を向く。 「だけど……ちょっと気になるかな。その“ガッシュクヒ”ってヤツの行方が」 「そうですね。私の中の血もミステリを求めているようです」 そう言って微笑むと、香良洲先輩は、能登先輩に向き直り微笑む。 「事情を詳しく聞かせてくれませんか? そうしたら、この度の失態は許してあげましょう」 「な、何上から見るように言ってるのよ!?」 「い・い・で・す・よ・ね?」 より一層の微笑み。 それを見た能登先輩はというと、不思議と抵抗する事は無く、小さく頷くばかりだった。 微笑みの裏に何が隠されているのか? そこに謎が残るばかりであった……。 事情を聞く事になった僕達はテーブルの上を片付けて、能登先輩を筆頭とする現奇研の四名を椅子へと座らせた。 この時、厄介事に巻き込まれたくないという事で、僕と飛月、香良洲先輩と福さん先輩を除く先輩達は既に帰ってしまっていた。 で、ウチの最高責任者である福さん先輩が議長のような立ち位置に立って話を進める事とした。 「あー、えーっと……確か合宿費がどうのって言ってたけど、どういうことだ?」 「だから何度も言わせ――」 「そのまんまの意味さ。俺たちが夏合宿に向けて集めていた合宿費用を集めた封筒が誰かに盗まれたんだよ」 能登さんを遮るように三浦さんが喋った。 福さんによると、あの人―― そんな副会長の三浦さんは、能登さんとは対照的に、落ち着いて説明を始めた。 まず、合宿費が入った封筒を部室内にある金庫に保管したのは今日の昼前。これは、会員四名が全員確認している。 ちなみに金庫は暗証番号式で、その番号は四人ともに知っているらしい。 そして、十一時半ごろ、昼食を食べに行くという事で会員達は皆、部室から離れる事になった。 そこで、安全の事を考えて部室の鍵を閉め、その鍵を管理人室の守衛へと預ける事にしたそうだ。 この時、会員達は各々事情があったため、別個に食事を摂ったらしい。 で、集合時間が迫った頃、能登会長が部室に戻ってみると、金庫は開けられ、既に合宿費は盗まれていた状態だった――ということらしい。 「――つまり、部室の鍵が閉まっている間に、件の合宿費は盗難されたと」 「まぁ、そういうことだ」 「ねーねー、じゃあさ、その預けたっていう鍵を誰かが勝手に借りて使ったってことは無いの?」 と、ここで伊織ちゃんの鋭いツッコミ。 確かに鍵自体は管理人室に行けば誰だって借りれるはずだ。 「あぁ、それなら 「あぁ、さっき管理人室行って、帳簿を確認したけど、やっぱりアタシ達が鍵を戻してから帰ってくるまで、誰も借りちゃいなかったみたいだよ」 その問いに対しては、渥美と呼ばれたショートカットの女性がサバサバした口調でそう断言した。 「でも、そうなると……これってもしかして……」 「鍵の掛かった部屋で起こった盗難事件……また密室事件ですか……燃える燃えますよぉ……」 香良洲先輩は密室という状況にまたも興奮しているようだった。 ――そういえば、この前の事件の時も密室がどうのって話だったなぁ……。 「んー、でもさ、だったらどうして、お姉ちゃん達のコト疑ってるの? 密室だったらお姉ちゃん達だって入れないじゃん」 するとまたも、伊織ちゃんが疑問をぶつけてきた。 まぁ、でも質問の内容はごもっともで、現奇研から見たら完全な部外者である僕達が能登先輩に疑われた理由は未だに分からないままだ。 「あんた達は、ミステリーだかが好きな集まりなんでしょ? だったら、密室の一つや二つ破れてもおかしくないのよ!」 「いや、そのりくつはおかし――」 「それに、あなた達なら暗証番号を知っててもおかしくないはずだし!」 そう言うと、能登先輩はいきなり僕を指差す。 「――へ? 僕?」 「あなた、国東君と仲がいいそうねぇ?」 「ま、まぁ、同じ学科ですし……」 「やっぱり! あなたが国東君から暗証番号をこっそり聞き出せば、金庫だって簡単に開くのよ!」 「なるほど……って、えぇぇっー!?」 思わずノリツッコミをしそうになってしまうほど、それは驚くべき理由だった。 「ちょっと待ってくださいよ! 何で僕がそんなっ――」 「そうよ! 莞人に限ってそんなこと……あ、でも事務所の運営がままならなくて……」 「って、そこ! フォローになってない!」 「……というか、俺が谷風に教えるわけないだろうが……」 飛月がフォローにならない発言をしていると、国東の方からフォローのお言葉が入った。 というか、まぁ、当たり前のことだったりするのだが。 第一、僕は現奇研の部室に金庫があること自体、知らなかったし。 だが、そんなことで能登先輩が納得するわけもなく、口論は泥沼化する。 「大体、国東君は年中お金に困ってるって聞いたわよ。それでもしかして……」 「だから、俺じゃないですって!」 「そんな事言って……今日もラーメンライスじゃなくって、ライス抜きの普通のラーメンにしたんじゃないの?」 「きょ、今日はラーメンだけの気分だったんですよ!」 「やっぱりお金に困ってるんじゃないの!」 いやはやレベルが低いというか何というか……。 伊織ちゃんや飛月のほうを見ても呆れた表情だ。 だが、だからといってこの口論を止められる者はここにはいないわけで、口論は更に激化する……はずだったが。 そんな時、喧騒を遮るほどの大きな物音が、部屋中に響き渡った。 それは、テーブルを分厚いファイルで叩きつけた音であり、その音を立てたのは――。 「あなた方の言い分はよぉく、分かりました」 香良洲先輩は、いつも通りの微笑を浮かべていた。 その片手でファイルを持っていたのがいつもと違う点だったが。 「ですが、ここで素人であるあなた方がいくら議論したところで、この謎を解けるとも思えません。いわゆる“時間の浪費”なんです」 「なっ!? じ、時間の浪費ですって!? 言うに事欠いてそんな言葉を!」 能登先輩は思わず身を乗り出して、香良洲先輩に飛び掛る勢いで叫ぶが、香良洲先輩は動じない。 「ですから、ここは我々理工ミステリ同好会にこの件を預けてもらえませんか?」 「……は?」 「我々が、今回の不可解な密室盗難事件を解いてみせる、と言っているのです。……そうですねぇ、今日一日あれば大丈夫でしょうか?」 すると、サークルに起こっている事態に気付いた福さんが驚いた表情で立ち上がる。 「っておい! 香良洲、勝手に話を進めないでく――」 「分かった、それじゃあ任せてみようじゃない! でも、もし今日中に解けなかったら……合宿費、弁償してもらおうかしら?」 「あ、いや、だからこれは香良洲が勝手に進めた話で――」 「えぇ、それで結構ですよ。今日中に解けないなんて事はありえないはずですから」 香良洲先輩と能登会長の言葉の応酬に、福さんが入る余地は既に無かったらしく、結局二人の間で話はついてしまったようだ。 僕は、流されて口をぱくぱくとしたまま呆然としている福さんにどこか哀愁を感じた。 一応、あの人、幹事長なんだけどね……。 能登さん達、現奇研の面々が出て行った後。 最初に口を開いたのは、やはりというかなんというか福さん先輩であった。 「おい、香良洲! お前どうするんだよ、あんな約束して! もし解けなかったらどうするんだ!? ウチに弁償する余裕なんて無いぞ?」 福さんは先ほど喋れなかった分、妙に威勢のいい声をあげる。 だが、一方の香良洲先輩はどこから取り出したか分からないティーカップを持ちながら、相も変わらず悠長に構えていた。 そしてその顔は、いつも通り自信に満ち溢れている。 「大丈夫ですよ、幹事長閣下。少し前にこのキャンパスにて発生した大学教授密室転落事件、知っていますよね?」 「そりゃ、知ってるも何もお前さんが、随分と俺達に吹聴していたんじゃないか。私達三人が解いた――って、まさかお前……」 福さんがはっとした表情で僕達を見てきた。 「まさか、今回の件もこいつ等に任せる――ってか?」 「え、えぇえ!?」 「その通りです。殺人事件を一つ解決した莞人氏と飛月氏、そして私の三人がいれば、今回のようなこそ泥事件程度、すぐに解決できるはずなのです!」 ――やっぱりそう来たか。 いや、引き受ける態度をとった頃から怪しかったんだ。 少し視線を感じたりしたし、寒気も襲ってきたし。 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 今回も僕強制参加なん――」 「へぇ〜お兄ちゃん、本当の事件を解決したんだ! すご〜い!!」 いきなり立ち上がった伊織ちゃんが僕の左舷方向へと駆け寄ってきた。 「ね、ホントなの? ホントに殺人事件を解いたの?」 「あ、え、えっと……」 「本当よ、伊織。そして何を隠そう事件の真相を掴んだ張本人が莞人氏なの」 「うわぁ〜、すっご〜い!! マンガの名探偵みたい〜!!」 きゃっきゃと喜ぶ姿はまさに子供の無邪気さを具現化しているように思える。 少し背伸びしようとしているけど、やっぱり、まだまだ子供なんだよな……。 と、しみじみしていると、今度は右舷方向から、飛月が接近してきた。 「あのねぇ、名探偵は莞人だけじゃないの? あたしだって結華先輩の暗号を解いた事あるし、莞人にヒントをあげたりしてたんだよ」 飛月は、そう言って大きく胸を張る。 胸を張った分、元々大きいそれは更に際立って突き出す。 ――というか、体は十分に大人でも、子供っぽさが抜けてない人もこの世にはいるんだよね、と改めて思ってしまった。 「ふぅん、あっそ」 「あっそって何!? 莞人には食いついてあたしはスルー!?」 「だって興味ないんだもん」 「な、何ですってぇ……?」 またこのパターン? 勘弁してくれよぉ。 僕は呆れつつも、飛月が爆発する前に調停をしようとしたが、どうも飛月の様子がおかしかった。 いつもなら、ここで爆発するのに今回はせずに、落ち着いた表情だったのだ。 そして飛月は、落ち着いた表情で言葉を紡ぎ始めた。 「……分かった。それじゃあ、今回の事件を一番に解いて、あんたにあたしの実力を見せてあげる!」 そう来ましたか。 でも、そうなると自然と……。 「ふーんだ! 飛月お姉ちゃんよりも莞人お兄ちゃんの方がきっと早く解けるもん! ね、お兄ちゃん!」 「え? あ、あー……」 子供の素直な期待の眼差しが僕にグサリグサリと突き刺さる。 うわぁ、これは後には退けない――って、まさか!? 「協力、してくれますよね、莞人氏?」 やっぱりだ! この人、こうなることを予想して伊織ちゃんを動かして、そして僕達を強制参加させるつもりだったんだ!! 流石……香良洲先輩。黒幕が似合う人脳内ランク堂々一位のことだけはある……。 と、なると僕の返事も必然と決まるわけで。 「――分かりましたよ。こうなったらとことん付き合いますよ」 その言葉に、香良洲先輩は満足そうに頷く。 全ては計画通り……ってわけか。 一方、僕の返事を聞いた伊織ちゃんは僕にいきなり抱きついてきた。 「やったー!! 頑張ってね、莞人お兄ちゃん! 私、応援してるからね!」 「あ、うん。あ、ありがとう……」 今日も今日とて、例に漏れず理工ミステリ同好会は騒がしくなりそうだった……。 ――ん? そういえば、これって前回と似た状況じゃないか! お兄ちゃん、推理対決、金庫……キーワードを挙げると余計に近い? あ、いや、でも決定的に違う点があるか。 それは――。 「莞人? あたし、相手が莞人だからって手加減はしないよ? 正々堂々勝負しましょ!」 それは、効果音の出るくらいの勢いで僕へと指を指す飛月の姿。 彼女は、いつもの様に推理のパートナーとしてではなく――まぁ、推理相手として、僕と接する事になりそうだった。 「あの〜……俺は置いてけぼり?」 あ、福さん先輩の事忘れてたかも……。 「お前だけは分かってくれると思ったのに……」 「――すみません」 <捜査錯綜編へ続く!>
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