邂逅輪廻

 (登場人物)
 和光雄全:陶芸家、本名は雄介。今回の依頼人。アトリエ内で殺害され、室内に火をつけられる。

 登米田浩泰:和光の秘書(ギャラリー主人)。和光とは大学以来の友人。電話というアリバイ。
 高峯聡:和光の弟子。和光の作品に感銘を受ける。会話というアリバイ。
 乙井かおり:メイドルックの家政婦。和光に恩義を感じる。レシートというアリバイ。

 苑部奈都子:警視庁捜査一課刑事(巡査部長)。厳しい印象の若手刑事。駿太郎とは知り合い。
 源賢矢:警視庁捜査一課刑事(警部)。おおらかそうな印象の中年男性。その実は……。

 ※事件時の行動については、証言に基づくもので多少の相違が出てくる可能性有。


僕と彼女と探偵と
〜紅蓮の殺人〜 血の章:弐

civil


「まぁ、まずはとりあえずな、証言どおりだとあの三人は誰も和光さんを殺すどころかアトリエに火をつけることも出来ない状況にあったって訳だ」
「あの人たちが先生を殺しただなんて信じたくないけどね。あんたの言うとおりだと一番怪しいのはああいう立場の人なんだよね……」
 応接間で作戦会議らしきものを開く僕達。
 あくまで一般人である僕達が、事件に関与するのはどう考えても難しいし、行動にも制約が加えられるだろう。
 だからこそ、ここでどう動いていくかを含めて話し合うのは重要だろう、と“僕”が作戦会議を提案した。
 何も言わないでいたら、いきなり部屋を飛び出しそうになった二人がおそろしい……。
「例えば、だぞ。電話していた相手と口裏合わせて行動していたら犯行のチャンスがあるのは――」
「登米田さんだよね。ずっとギャラリーにいたってのもある意味、不確定すぎることだし……」
 僕が駿兄の問いに答える。
「だが、相手は一介の美術館の職員だ。和光さんを殺すから協力してくれ、と相手を信頼していえるような間柄でもないだろうな」
「でも、だったらお金を積めばいいんじゃない?」
「馬鹿。そんなことで辻褄あわせを頼んだら、相手はそれをネタに強請る事だってできるんだぞ。登米田さんは、そんな辻褄あわせ如きに危険な橋を渡ろうとはしなさそうな人だったしな」
 すると、次に飛月が頭を傾けながら、尋ねてきた。
「あのさ……歩くのと走るのだと大分、移動時間に差が出てくるよね。ってことはさ、家政婦さんがもし走ってコンビニまで行っていたらあの証言ってさ……」
 つまりは、かおりさんが五十分頃の電話の直後にアトリエに入り和光さんを殺害し、火を付けた。それから時間短縮のため、ダッシュでコンビニに向かった、ということだろう。
 しかし、その意見は駿兄が一蹴する。
「まぁ、普通なら考えられるけどな。今回はそれはないと思うぞ」
「な、何で!?」
「かおりさんの服装は何だ? メイド服だろ。あんなもの着て走ってみろ、走りにくいことこの上ないぞ。しかも服自体が目立つから、ダッシュで駆けるメイドなんて、誰かに聞けばすぐにバレるはずだ。見つかるかもしれないっていう危険な賭けをしてまでメイド服を着ているとは思えないな」
 と、メイドという言葉に固執しつつも、駿兄は至極尤もな事を言ってのけた。
 そして飛月はなおも続けた。
「じゃ、じゃあさ! やっぱりここは一番アリバイがしっかりしていて一見怪しくなさそうな高峯さんが犯人だったり――」
「飛月……これはミステリの世界のことじゃないんだから、そんな無茶苦茶な理由で犯人扱いじゃ失礼だろう」
「……ご、ごめん。そんなつもりはなかったんだけどさ」
 彼女は僕のツッコミに珍しく抵抗しなかった。
 これは雨が降るか? そう思った矢先――
「例えば、犯行を双子の兄弟とか替え玉がやることで、一見完璧なアリバイを本人が得るっていうトリックっていうのは!?」
 やっぱり飛月は飛月だ……と今日も痛感した。
「双子なら戸籍を調べればすぐにばれるし、替え玉だったら駿兄が言っていたみたいに外部犯と同じ理由で犯行が難しいよ……」
「や、やっぱり? あ、あたしもそう思ったのよ! うんうん!」
 う〜ん。こんな調子で大丈夫かなぁ……。一抹の不安などとっくに何度も覚えているが、今またそれを感じた。
 とそんな時、ふと横を見ると駿兄が何かを考え込んでいた。
「替え玉……替え玉……! そうか、その手があったか!」
 なにやら不穏な言葉が聞こえたような……。
「駿兄? もしかして替え玉トリックに賛成しちゃったりしてる?」
 と僕は思わず尋ねてみる。
 普段なら、「んなわけねーだろ!」とか僕を馬鹿にしそうだが、今はその説も信じているかのような面持ちだった。
 そして、駿兄はそのまま立ち上がった。
「んじゃ、外に出ますか、と」
 そう言って、ドアのほうへと向かう。
 立ち上がった駿兄の顔はさっきとはまた違う核心を得たような顔だった。きっと何かに気付いたに違いない。
 僕はそう思いながら、飛月とともに駿兄の後を追った。



「結局のところは“五十分にあった和光さんからの電話”ってのがアリバイを確実にしてるんだよな? なら、例えばあれが無かったらアリバイはどうなると思う?」
 応接間を出てすぐ、駿兄は唐突にそんな質問をしてきた。
 しかし、あまりに唐突過ぎて何を言いたいのかがわからない。
「はぁ? 何言ってんのよ。電話はちゃんとあったじゃない、あたしが取ったし、高峯さんだって話してたんだから間違いないわよ!」
「あ、あのさ、もしかしたら、それ録音した音だったりしないの? 今思ったんだけど……」
 僕は先程から思っていたことをさりげなく口にするが、飛月は面白くなさそうな顔をする。
「あたしだってそれくらい考えたわよ! だけど、あたしとの話がスムーズに進んでたのよ、録音してたら話が少しくらい、ちぐはぐしそうじゃない?」
「うっ……。確かにそれはおかしいかも……」
「でしょ〜。だからあたしだって信じたくないけど電話はあったってことなのよ」
 しかし、そこで駿兄はもう一度繰り返した。
「だから、仮定だっての! もし電話が無かったとしたら、確実だったアリバイはどうなる?」
「……そりゃ、かおりさんの買い物ってアリバイは意味が薄くなるし、高峯さんとも直接会ってないから、アリバイ自体は不確実にはなるけど……」
 僕がとりあえず、思ったところを述べると駿兄は大きく頷く。
「まぁ、そーゆーこった。ここが違うだけでアリバイの確実性ってのがかなり変わってくるだろ?」
「あのね……それはあくまで仮定でしょ? そんな、あの電話が本当に無かったかのように言わないでよね」
 と飛月は言うが、駿兄はもうそれについても何かを掴んでいるように見える。
 では、一体駿兄はどこへ向かおうとしているのか?
「っていうより、どこに行こうとしてるの? 何か玄関にいるんですけど」
「え? あぁ、いわゆる現場百遍ってやつだ」
 玄関の扉を開けつつ、駿兄はさらっと言ってのけた。
 現場百遍――つまりはあの和光さんが死に、燃え盛っていたアトリエに向かう、ということだろう。



 消防の到着当初、アトリエ周辺には消火隊員がひしめき、消火用の白いホースが芝生の上を蛇のように大量に這っていた。
 しかし鎮火の確認、そして初動調査が終わった今、消防署員の数は少なくなり、代わりに遺体、しかも他殺体が発見されたということで、警察関係者が大量にいる。
 彼等は今尚、現場の写真を撮ったり、室内で遺留品を調べたりと様々な作業をしているわけで、当然アトリエ周囲は例の黄色いテープで囲われ立ち入り出来ないようになっている。
 僕達は、そんなテープ外周のうち、警察が比較的少ないエリアにいた。
 そして、飛月はそんな状況に対して、わくわくした表情だった。
「……で、どうする? こっそり中に入っちゃおっか?」
 流石だよ飛月……。
「あのねぇ。そんなことしたら捕まるっちゅうの!」
「えー。でも、中に入らないと情報は掴めない訳だし〜」
「だし〜、じゃなくて! 冷静に考えてくれよ……。ねぇ駿兄?」
「え?」
 よく見ると、テープを跨ごうとしている男が目の前にいた。これが兄だとは信じたくない……。
「か、勘違いするなよ! これはだな、そう! テープって跨ぐことできるのかな〜とそう思っただけなんだぞ、あぁ!」
 だったら、せめて今すぐにその跨いでる足を元に戻してくれ……。
 なんてくだらないことを駿兄がやっていると、背後に気配を感じた。
「そこで何をしている!?」
 男のそんな低い声を聞いて、駿兄はテープに掛けていた足を滑らせ転び、僕も体が硬直した……が、その声はどこかで聞いた声だった。
 振り返ると、そこには案の定“あの人”がいた。
「おいおい、そんなに驚かないでくれよ。私だよ、私」
「み、源警部?」
 警部は、先ほど聞いた低い叱る声からは想像できないような柔和な表情をしており、僕達は一様に驚いた。
「さっき、君達の姿を見たような気がしたから後を追ってみたが、まさかそんなことをしているとはねぇ」
「こ、これには……そ、そう! これには深い事情がありましてですね……」
 と、しどろもどろに言い訳をしようとする駿兄の姿を見て、警部は大いに笑った。
「私は指揮を任されているから、見なかったことにするなんてお茶の子さいさいだ。だからそんなに慌てなくて構わんよ。それに君達が何をしようとしていたかは大方の予想はつくしな」
「――!!」
 そんな一言に僕達は再び表情を硬くする。ここで警察に独自に事件を調べようとしていることが分かったら、何かとまずい。
 しかし、警部はそんな僕達を見て少し焦りの表情を見せる。
「だ、だから、そんな硬くならんでくれよ。事件に何かを調べてるんだろう? それなら私にだって手伝えることがあるんだよ」
 ……ん?
 彼は今、何と言った……?
「さっきの君の話を聞いて、納得させられるところは沢山あった。私だって彼等が怪しいと思う。だがね、我々警察は証拠無しにむやみに捜査できるわけじゃないんだ。だからあの時は退くしかなかったんだ」
 話を聞く限り、源警部はどうやら駿兄には賛同しているが、警察という組織の枠からは出ずらいという感じだ。
「君達みたいに自由に動ける者が動いてくれて、証拠やらを見つけてくれたら我々だって動くことができる。だから私としては、君達が事件を調べているのなら、それに協力してもいいと思っている」
 そして最後に「苑部君には内緒だがね」と小さく付け加える。
 警部の申し入れは調査を有利にしてくれる事は間違いない。
 よって、ありがたい話のはずだったが、駿兄の顔は少し険しかった。
「一つ聞きたい。今日出会って、しゃしゃり出た一介の探偵の俺如きに何故そこまで肩入れするんだ?」
 明らかに源警部を疑がわしい目つきで駿兄は見る。
「まぁ、探偵って職業やってると、あんたら同様に人を疑いやすくなるもんなんでね」
 すると、警部も頭を掻きながら渋々といった感じで答え始めた。
「まぁ、確かに実際会うのは初めてだがね、君の名前は私の耳に前から入っていたよ」
「!! お、おい。それって……」
 駿兄の顔がより一層こわばる。
 それは何か触れてはいけないものに触れようとしているのを見ているような顔だった。
「五月頃にあった、ほら彼岸のアパート幽霊騒動事件。あの時、谷風って探偵が犯人を追い詰めたっていうウラ話を友人の刑事から聞いてね。……もしかして人違いだったりするとか?」
 アパート幽霊騒動。忘れるはずが無い――あれこそが僕の生活のターニングポイントだったのだから。
「…………。……あ、いや、それなら確かに俺だけど……」
「やっぱりそうだろ? そんなわけで私は君の実力を認めている。だから、協力だってするのさ」
「あ、あぁ。分かった分かった。警部殿の申し入れ、ありがたく受け入れるとするよ」
 それを聞いて安堵する警部。一方の駿兄も何故か安堵しているように見える。
 一時は緊張していた空気も今は過ぎ去っている。
 さて、警部は一体どんなことを教えてくれるのだろうか……。



 駿兄が源警部に開口一番尋ねたのは、和光家の電話の通話記録に関してだった。
「通話記録なら、さっきのアリバイの確認の時に電話会社に聞いて調べておいたが……、そんなことが必要なのかい?」
「あぁ、少し確認したいことがあって」
「ふむ、まあいいだろう。で、具体的にどういったことが聞きたい?」
 と尋ねると、駿兄は和光邸の発着信の履歴を知りたいと答えた。
 一体どうする気なのかは全く分からないが……。
 すると、警部は自分の手帳を開いて、ページをめくる。
「履歴ねぇ。えぇっと、新しい順に言うと、まず三時七分に一一九番通報ね。次に二時三十六分から四十九分にかけて陶芸の展覧会の選考委員のところに電話を掛けてるね。これが高峯さんのアリバイの証拠になってる奴さ。で、次に二時三十分にギャラリーの電話から着信があった、と。これは登米田さんが高峯さんを呼び出すために使ったって言っていたけど……――」
「ちょ、ちょっと待って!? あたしが五十分頃に受け取った電話の履歴は!?」
 飛月がそのことに気付いて思わず説明に割り込んだ。
 しかし、その理由は僕にも分かる……。
「飛月……、あれ内線だったでしょ? だったら電話会社の記録には残らないはずだよ」
「え? あ、あぁ! そうよね、そうだった! いや〜本当は知ってたんだけどねぇ……って、それじゃあ何で登米田さんのギャラリーからかけたって電話は記録されてるの!? ギャラリーからかけても内線じゃぁ……」
 言われてみれば……。
 流石に僕には、そこまでは分からなかったが代わりに警部が答えてくれた。
「登米田さんの話だと、あそこの電話は仕事用だからって別の契約を取って違う番号を使ってるらしいよ。だからギャラリーから本宅にかけたら外線扱いらしい」
 そう言って彼が見せてくれたのは、和光さんの名刺。登米田さんから、連絡を取る為にと貰ったものらしい。
 ――確かに、名刺の右下、自宅の電話番号の下に、ギャラリー用の番号が書いてあった。
「ちなみに、そっちの履歴には二時三十三分から三時八分まで、美術館の方に電話をかけていたっていう記録が残ってる。これが登米田さんがアリバイの拠り所にしてる証拠さ。……もっと知りたいかい?」
「いや、これで十分だ」
 駿兄はより確信じみた何かを掴んだらしく、自信に満ちた顔つきになっていた。
「ちょ、ちょっと、何そんな嬉しそうな顔してんのよ! なんかさっき言っていた“仮定”とかいうのと関係してるの? 今の質問は」
 飛月はそんな駿兄に食って掛かった。そして警部はその言葉の中に何かを見つけたらしく、言葉を挟む。
「仮定? 何の仮定だい?」
 警部があの仮定に興味を持ったようで、駿兄は例の電話の存在が無かったという“仮定”を説明した。
 すると、警部は興味深そうに頷く。
「なるほどねぇ。確かにそれなら五十分頃の電話の前の犯行だって可能だし、アリバイに不確定要素が生まれてくるね。……で、どうなんだい、ソコのところは?」
「そこのところ……って?」
「ん? もう分かってるんだろう、電話に関するトリックとやらは。さっきの通話記録を聞いたお陰で」
 警部は、心を見透かしたように駿兄に問う。
「言わなくても顔に出てるよ。なに、私も伊達に人の顔見る仕事をやってる訳じゃないさ」
 すると、駿兄も観念したかのように笑う。
「ま、あんたも中々食えない奴ってこったな。あぁ、一応分かってるつもりだ。だけど、まだその先が不明瞭だからな。今は詳しくは言えない」
「そうか……。なら私も時が来るまで深入りはしないで置こう」
「あぁ、そう言われると助かる」
 と、二人はどこか男同士の空間で会話を繰り広げているような気がした。
 やっぱり分かっていたのか……。僕の勘は正しかったようだ。
 そして、そこに飛月が介入してきた。
「ねぇ、分かったって本当なの!? ねぇ、あたしに教えてよ、あたしにだけ、ね!?」
「あのなぁ、今言っただろ。俺は完全な理由も無いのに不用意に言いたくないんだよ。あとで話してやるから!」
「え〜、いいじゃない! ちょっとだけ、ちょっとだけ!」
「だぁかぁらぁ――」
 結局、飛月を抑えるのに数分ってしまう事になった訳だったが、ここでは省略しておこう……。

 

 次に聞いたのは、アトリエにおける火事の状況についてだった。
「火事の状況っていってもねぇ。一体どんなことが知りたいんだい?」
「詳しい出火場所やその出火原因、そもそもいつ頃火災が発生したのか? とか諸々かな」
「……まぁ、それくらいなら後で分かることだしな。少し待っててくれよ」
 警部は手元の手帳を開き、それをパラパラとめくる。そして少しして「あった、あった」と小さくつぶやいた。
「消防の調査によると、出火場所はアトリエ奥の大きな机の上だそうだ。土の塊やろくろがあったから、きっと作業場所だったんだろう。で、とにかくその机が酷く黒焦げになっていたそうだよ」
「その机って、もしかしてあの壺のあった……」
「まぁ、裏手に回ったときも目立つ机なんて他に無かったから、間違いないだろうな。んで、その机の上に変わったものは?」
「変わったものっていったらやっぱり蝋燭だろうな。蝋の跡があったから間違いない。他にも紙の燃えカスや灯油を撒いた跡があったりはしたなぁ」
 灯油に紙、そして蝋燭。
 これだけを聞くだけで、犯人が火をつける気満々だったのが分かる。
「灯油を染み込ませた紙の束を着火材にして、蝋燭で火をつける――放火でもよくある手口だとは聞いている。犯人もきっとそうやったんだろうな」
「んで、火災の発生時刻は大体どれくらいなんだ?」
「聞き込みの結果だと、近隣住民が三時少し過ぎに黒煙を見たってのが最初の目撃証言だな。はじめは窯の煙かと思ったらしいが様子がおかしいのに気付いて、ここの門の前に来たところ、乙井さんが戻ってきたらしい」
 更に警部は続ける。
「あのアトリエは燃えやすい物が結構あったらしいから、それこそ火が付いてから五分から十五分の間には燃え広がるらしい。ということは……」
「三時過ぎの発見から逆算して、大体二時四十五分から五十五分の間あたりに火が付いた……ってことか」
「そういうことですな」
「――って、それじゃあ五十分に犯行があったようなもんじゃない! さっきの仮定の意味が無いし!」
 珍しく飛月が、(恐らく)理論的な突っ込みを入れる。
 それには、僕を含めた三人も同意のようだ。
「確かに火を付けたのが本当に今言った時間だと、まさしく最初に犯行が行われたとした時刻と一致するなぁ……」
「誰かが遠隔操作で火をつけられる奴がいれば、話は別なんだけどな」
「何を馬鹿なことを……。……ん!?」
 遠隔操作で火を――
 そこで、僕には一つ思いついたことがあった。僕はそれを言うべく、挙手する。
「あの〜、時限発火装置なんてのがあったんじゃないですか?」
 すると、警部が興味深げにこちらを見てきた。
「ほう、時限装置とな?」
 そう、時限発火装置だ。
 具体的には、まず紙を盛って山にして、そこに灯油をかける。そして、その紙の山に蝋燭を突き刺して火を付けておく。
 こうすれば、はじめは蝋燭が燃えるだけだが、蝋燭が短くなってくると蝋燭の炎が紙の山に到達、着火、そして炎上を始める。
 つまり、山の上に出ている蝋燭の長さ分だけ、炎上時間をずらすことができる、というわけだ。
 僕はそれを説明すると、飛月は顔を明るくする。
「なるほど! それならいけるかも!? よく思いついたね!」
「あはは、ま、まぁね」
 警部や駿兄の方も、納得はしてくれている。……が、その表情はあまり浮かない。
「――確かに、アイデア自体は実現可能なんだけど……」
「それ自体は結構有名な手口だぞ」
「……え?」
 警部は、蝋燭や線香、果ては煙草をつかっての放火事件はその簡便さと証拠の残りにくさから、昔から行われてきた手口であると説明、更に今ではインターネットでそういった方法を紹介していることもあると教えてくれた。
「……そ、そうなのか……」
 僕は思わず、がっくりときてしまう。
「時限装置のことは尤もだが、それ以前に君達は確か三十分過ぎにアトリエの無事な姿を覗いているんだよね?」
「え? そ、そうですけど?」
「それだと、それ以降に時限装置が仕掛けられた――つまりは犯行が行われたということになるだろう? そこが難しいところなんだよ。三十分以降はアリバイが結構しっかりしてるから」
 三十分以降のアリバイ――
 登米田さんと高峯さんの場合は電話をしていたというアリバイがある。
 だが、かおりさんはどうだろう? 少なくとも買い物に行く前はアリバイが無い……いや、違う。
 僕達が本宅に着いて、応接間に案内され、お茶を出してもらうまで――確か二時四十五分くらいだったか?――は僕達と一緒にいたのでアリバイがあるといえるだろう。
 そして、それから電話途中の高峯さんに買い物を頼まれてすぐに向かった。
 そこにレシートと店員の証言を加えると、買い物に行く途中で犯行に及んでいる暇などなさそうに見える。
 つまりは、第三者である僕達がいたことによって一番アリバイがしっかりしている時間帯に犯行を行ったということは変わりないのだ。
「まぁ、その最大のネックっていう俺達のアトリエに関する証言を確かめるためにも、ここに来たわけなんだがな」
「……で、どうだね? 何か分かった事はあるかね?」
「あんたなぁ……。人の顔見て様子がわかるなら、それで悟ってくれよ……」
 流石の駿兄も自分の見たものには疑いを持てないのか、難しい顔をしている。
「もし、あたし達が見たアトリエの中の風景が“窓景色切り替え機”で写した過去の風景だったらいいのにね〜」
「え……?」
「ほら、もしそうなら本当の窓の向こうでは犯行が行われた後だった〜、なんてことも考えられるのにな〜って思ったわけよ」
 飛月も残念そうに僕に話しかけてきた。
 いや……そこでド○えもんの秘密道具を出されても……。というかあの道具には過去を写す機能はそもそも無かったはず……。
 しかし、ここで突っ込むとまた何をされるか分からないので、ここは黙っておこう……。
「ま、まぁね。そうだったら二時三十分より前の僕達がいないときに犯行が行われた、なんてことも考えられるからね……」
「でしょ〜。どこかにいないかな〜、ドラえ○ん」
 いや……“彼”がいたらタイム○レビで犯行当時の映像を見たりして犯人がすぐに捕まえられるから……。
 そこでふと横を見ると、駿兄がまたも何かを考え込む仕草をしていた。
 ……まさか、また飛月の言葉で何かを思いついた? 
「これなら辻褄が合ってくるな……。ふむ……。ってことは犯人は……」
「も、もしかして分かったの!? 犯人!?」
「な、なんですと!? そ、それなら早く私に教えてください! いますぐにその線で捜査しますから!」
 僕とともに警部も興奮する。
 しかし、そんな時ふと背後から怒鳴り声が聞こえてきた……。



「警部! そこで何油売ってるんですか!?」
 振り返ると、怒りを露わにした苑部さんが仁王立ちしていた。
「そ、苑部君!? いや、私は純粋に協力してもらおうとだね……」
 源警部は彼女の剣幕に思わずたじろいでいた。
「何いってるんですか!? 相手はあの駿太郎ですよ! そんな奴に――」
「そんな奴で悪かったな」
 一方の駿兄ははじめに会ったときと違い、別人かと思うくらい冷静に応えた。
「折角、分かってきたっていうのにあんまりだな、奈都子さんよぉ」
「は、はぁ? あんた一体何言ってるの? 何が分かってきたっていうの!?」
「だから犯人だよ、この事件の」
 言った! 遂に駿兄は自分から事件の犯人が分かったと宣言した!
 そして当然のことながら苑部さんは反論する。
「犯人は外部犯よ! そう易々と見つかるわけが……」
「いいや、違う。これは内部犯の犯行だ。それは俺がさっき指摘したとおりだ」
「だけど、内部犯って言ってもあの三人にはアリバイが……」
「分かってるよ。それも含めて今なら誰が犯人かを証明できるんだよ」
「え?」
「奈都子だって捕まえたいだろ、犯人?」
「そ、それは……」
 苑部さんが少しずつ戸惑いを見せる。
 そして、警部がそんな彼女の肩を叩いてみせる。
「まぁ、彼に任せてみよう。君だって知っているんだろ、幽霊アパート事件の時の彼を」
「そ、それはそうですけど……」
「お前……知ってたのか……」
 意外そうな顔をして駿兄が苑部さんを見ると
 すると彼女の顔が少し紅くなる。
「い、いいでしょ! あんたの事くらい知ってても!」
「いや、何怒ってんだよ……」
「あんたがあの事件で犯人逮捕に漕ぎ着けたのは嬉しかった……。備前島君の仇も取れたようなものだし……」
「ほら、それなら今回も彼に任せてみないか? 彼だって当てずっぽうな事は言わないだろうし。それは君が一番分かってるんじゃないか?」
 何とか、警部が説得していると、最後に苑部さんはぽつりと呟いた。 
「分かりました……。今回はあいつに任せてみます……」
 すると、駿兄の顔も柔らかくなる。
「奈都子……サンキュな」
「か、勘違いしないでよ! 私は警部みたいに全面的に信用してるわけじゃないのよ! だけど警部が言って仕方が無いから今回は任せてあげるだけで……」
「あぁ、分かった分かった。ホント昔から変わんないよなぁ、お前って奴は……」
「う、うるさい!」
 更に紅潮してゆく顔を見ながら、駿兄が笑った。
 そして、それを見て怒る苑部さん。――もしかしたら、口で言うよりも二人は仲が良かったりするのかも……とその様子を見ていた僕は思った。 
 こうして苑部さんの了承を得たところで、駿兄は警部に例の三人を応接間に集めるように頼んだ。
 犯人を問い詰めたいのだという……。
 いよいよ、犯人が分かる時が来る……。



 〜出題 兼あとがき?〜
 毎度、作者のcivilです。
 さぁ、いよいよボクカノにもミステリの王道、殺人事件がやってきました。
 無駄に長くしてしまった感がかなり否めないわけですが(大汗
 質を高めるとともに、いかに文章を纏めるかが、今後の課題ですね……。
 ……というわけで、今回も出題、いってみますよ〜。

 Q:
 和光雄全氏を殺害したのは誰でしょうか? 正当な理由を付随の上、お答え下さい。
 具体的に言うなら、アリバイはどうしたら崩れるのか、が理由の主幹となると思います。

 注意と補足:
 ・答えに至るまでの手がかりは、全てここまで(炎の章、血の章)に書かれています。
 ・犯人は、ここまでで実際の出てきた人物に限ります(名前が出ただけでは不可)。
 ・何かおかしい点、矛盾する点がありましたら、BBSでツッコミを遠慮なく(白文字で)プリーズ!

 以上です。ではGOOD LUCK!



<命の章へ続く!>




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