僕と彼女と探偵と
〜紅蓮の殺人〜 命の章

civil


「で、なんで我々はまた集められているんですかな?」
「そうですよ。僕達、今日はもう自由にしていいと言われたはずですよ」
「わ、私たちが疑いは晴れたんですよね?」
 応接間に再び集められた和光邸の三人は、口をそろえて不平不満を言う。
 集めたのは源警部たち警察だが、そうするように頼んだのは他ならない駿兄だった。
 現在、部屋には源警部はおらず、代わりに部下の苑部さんが彼らの不満を遮って喋る。
「今回は、ここにいるしゅ……谷風探偵が事件についてどうしても話したい事があるというので皆さんに再び集まってもらいました」
 すると場は再び騒然とする。
「た、探偵が関係者を集めて話だなんて、なんかこの中から犯人を当てるみたいですね……」
 高峯さんが、皮肉をこめたような口調で駿兄の方を見た。
 すると、駿兄も彼のほうを向き、言い放った。
「まぁ、まさしくそれですよ。俺は小説とかあんまり読まんから知らないけど」
「な――! じゃ、じゃあやっぱりこの中に犯人がいると仰りたいのですか、あなた方は!」
「だ、だけど……、私たちには……」
 登米田さんとかおりさんも興奮したように身を乗り出す。
 しかし、駿兄はそれに対して、至って冷静に答えた。
「まずは言っておく。これはあくまで俺個人の考えで、警察の正式な見解だと捕らえて欲しくない。だからこそ、警察からじゃなくて俺の口から話せる機会を作ってもらったわけですが。だけど、これだけは言えると思う」
 そこで駿兄は一息置くと、再び口が開く。
「犯人はこの三人の中にいる――この事実は間違いない」



 犯人はこの中にいる――それは小説や漫画では陳腐な台詞かもしれないが、実際に自分の知っている人の中に殺人犯がいるのかとおもうとぞっとする。
「ば、馬鹿な! 先程の我々の聴取で分かったはずだろう、我々に雄介を殺す事は出来なかったと!」
「あぁ、確かにそうだったかもしれない。だけど、それは”もし本当に五十分以降に犯行があったら”の話なんですよ」
「な、何をっ……」
 登米田さんが怪訝そうな顔をするので、駿兄は例の“仮定”の話をした。
「――と、いうわけで和光さんからの電話の件もアトリエを覗いた件も虚構……つまりは無かった事にします。すると、和光さんの完全な生存が最後に確認されたのはいつです?」
「そ、それは……昼食の時……」
「なら、その頃からアリバイがしっかりしていた人はいますか?」
 そう駿兄が尋ねると、流石に誰も答えられなかった。
「でしょう? だから俺はこう考えたんです。もしかしたら、俺達がやって来る前にもう彼は死んでいた、いや殺されていたんじゃないかってね」
「馬鹿な! 何が虚構ですか! 僕達は確かに見たじゃないですか、ここに来る前にアトリエの中の無事な姿を! それなのに何でそれより前に事件が起こってるって言うんです!?」
 高峯さんが興奮し、身を乗り出す。
 まぁ、普通に考えていたら彼の言う通りで駿兄の言っている事は、少しおかしいと分かる。
 しかし、駿兄にはそんな反論に勝てるほどの自信がある――だからこそ、今ここで喋っているわけだ。
 そして駿兄は僕の思っている通り、余裕の面持ちで口を開く。
「あの窓から見えた景色は本当に虚構だとしたら?」
 虚構――つまりあの窓からの景色が嘘だと言いたいのだろうか?
 だけど僕達は確かに……
「何を言うかと思えば……。だから、僕達は確かにこの目で見ましたよね? 壺が無事で火元のはずのあの台からも火の手が上がっていない、平穏なアトリエを!」
「いや、あんな風景は簡単に誤魔化せるんですよ。それを今から証明してみましょうか」
 そう言うと、駿兄は苑部さんから“ある物”を受け取った……。



 皆が注目する中、駿兄が受け取った“それ”は、何の変哲も無い白い陶器っぽいマグカップだった。
「あ、いや申し訳ない。これはただの俺のマイカップです。少し喉が渇いてしまって……。少し紅茶を貰うよ」
 おいおい……マイカップなんて持ってきたのかよ。というか、そんなものあったけか?
 一方、皆の視線に気付いた駿兄が恥ずかしげな顔をして、そそくさとテーブルの上にあるポットを持つ。
 すると、かおりさんが焦ったようにそれを止めようとする。
「お注ぎするのでしたら、私がやりますのに……」
「あぁ、いえ構いませんよ。これくらいは私が……」
 かおりさんを遮って紅茶をカップ一杯に注ぐと、駿兄はそれに砂糖やミルクを全く入れずに一気に飲み干した。
「ふぅ、やっぱり美味いっすなぁ、ここの紅茶は」
「って、それよりもどうしたんですか? 説明の方は?」
 場に似合わないくつろぎを見せる駿兄を見て、高峯さんがすこし呆れ気味になる。
 しかし、駿兄はそのペースを崩さない。
「あぁ、申し訳ない。……で、そうアトリエの景色でしたねぇ」
「そうですよ! さぁ、どうして、あれが嘘なのかはっきり――」
「……ところであの時、俺達は和光さんの死体を見たんでしたっけ?」
 空になったマグカップを片手に駿兄はのんびりと高峯さんに尋ねた。
「え? それは見て……いないですけど……」
「でしょ? あの時は篭り部屋とかいうのにいるってことで結論付けたけど、もしかしたらもう、事切れてたのかもしれない。何せ死体があったのはあの窓から死角の位置だ。見えなくても無理は無い」
 などと駿兄は言っているが、実際はそれだとやっぱり矛盾が生じる。
 なぜなら……
「だから言っているでしょうに……。あの時僕達は先生がいるいないかを見ていただけじゃないんだ」
「そうよ、凶器に使われたっていう新作の壺は無事だったし、火元だった台の上にも火が付いていなかったじゃない!」
 そう、高峯さんと飛月が言う通りだ。
 それを覆せない限り、今の話は完全に世迷言となる。
 しかし、そこに関しても何かを知っているからこそ、駿兄は彼等を呼び寄せたのだ。
 なので早速、反論を始めるかと思ったが……。
「あ、ちょっとおかわりを貰うよ〜」
 予想通りに事は進まないようだ……。
 そう言った駿兄は相変わらずのとぼけた様子で、再びテーブルに近づき、カップを右手に持ったまま、左手でポットを取ろうとした……。
 しかし、ポットを持つために腰をかがめようとした次の瞬間、駿兄の右手からカップが離れた。
 否、正確には落下したというべきだろうか……。とにかくそれは、テーブル上面までの一メートル強の間、重力加速度に任せて自由落下を続け、そして

 カコン!

 それは割れることなく、軽めの音を立てて、テーブルの上で少し弾むと転がって絨毯の上に落ちていった……。
 カップに一番近いところにいたかおりさんが、不思議そうにそれを拾うと、驚いたような顔をした。
「こ、これ、陶器じゃない……? プ、プラスチック製?」
「え、えぇ!? そうなの!?」
 僕は驚いて、かおりさんからそれを受け取ったが、確かにつやや見た目の質感こそ陶器っぽいものの、随分軽く感じた。プラスチックの安いカップ特有のあれだ。
 飛月も驚いて、僕からそれをひったくるが、同じような反応を示した。
「へぇ〜、よく出来てるわ……。私てっきり陶器とかかと思ってた……」
 すると、その言葉を待っていたのか、駿兄の顔がニヤリとした。
「陶器かと思っていたら、実はよく似たプラ製の安物だった……。つまりはあの壺も、そういうことだったとしたら?」
「それって……、あの時はもう、本物の壺は凶器として使われていたって事!?」
 飛月が、思わず納得したように頷いた。
 確かにあの時は遠くから見ていたし、精巧なニセモノをニセモノと見抜けるような状況じゃなかったから、そんな可能性は否定できない。
 ……でも、それでもしこりが残る部分があった。
 そして、それについては苑部さんが代弁してくれる。
「でもね、しゅ……谷風探偵。警察の綿密な調査でも現場からはそのような代用に使われたと思われるような物証は見つかりませんでしたが?」
 そう、この場合必ず、その台の上に何らかの代用品の証拠が残るはずだ。
 しかし、そのような変わったものはなかったと源警部から聞かされている。
 それでも、駿兄は余裕だ。
「見つかるわけないさ。火事が起こった後はそんなもん消えているからな」
「え?」
「普通、そこまで考えてあった犯人が、そんな偽の壺をそのまま残しておくと思うか?」
「でも、じゃあその偽の壺はどこに消えたって言うの!?」
「……ここだよ」
 突然ドアが開き、その向こうから来た男が飛月の問いに答えた。――源警部だ。
「君の予想通り、多少は残ってたみたいだったよ。……後で鑑識の連中に礼を言っておかねばな」
 そう言って、源警部は物証用の袋を駿兄に手渡すと、再び部屋を去った。
 そして、そこに入っていたのは……。



 消えた偽壺のありかを「ここだ」と言った源警部が持ってきた物は、物証用の袋。そしてその中身は黒く煤けた――紙だった。
「これは警察の方々に、現場の出火場所となった大台の周辺で“あるもの”を探してくれるように頼んだ結果出てきたものです」
「出てきたもの……って、ただの紙の燃え残りじゃんか、駿兄」
「そりゃそうさ。これは本当にただの燃え残りなんだから。……今となってはな」
「え?」
 ただの紙……今となっては……。それを聞いても、今一要領をつかめないでいると、駿兄は登米田さんにそれを間近で見せた。
 それを最初は訝しげに見ていた彼だったが、駿兄から小声で何かを言われるとなにやら信じられない……といった面持ちと変わっていった。
「間違いないですよね?」
「え……えぇ。少し焦げていますが、その色は確かに……あの新作のものに良く似た色です……」
 ――色、そして新作。確かに彼はそう言っていた。
 少し近づいてもう一度、良く見てみるとその物証となっている紙は煤けているものの、確かにあの“新作の壺の色”をしている箇所があった。
 と、いうことは……。
「燃え残りって事は、これは燃える前はもっと大きな何かだったんですよ。例えばそう……」
 そう、それはつまり――
「新作を模した壺型の紙張子の類……というのはどうでしょうね?」
 紙で出来た壺……。確かにこれなら火事が起こると同時に燃えて、名実ともに消えてしまうし、机の上に燃えカスが残っていても放火の時に使った程度にしか思われないだろう。
「元々、偽物まで焼き物である必然性はなかったんです。窓から見た時に、俺達の目が錯覚すればそれでいい。それにこれなら犯人がわざわざアトリエに火を放った理由も理解できる」
 そう、このやり方だと、証拠を消滅させると言う意味でアトリエを火事にする必然性まで出てくる。まぁ、実際は多少の燃え残りが出てしまったわけだが。
「でも、それじゃあ犯人はどうやって火を付けたの? そもそも三十分にアトリエを見た時は火はおろか、発火装置だって無かったって言うし……」
 苑部さんはまたも反論する。
 この様子だと、源警部には事件の真相について話をつけているが、彼女には話を通さずにいたようだ。
 ――いくら、彼女をギャフンだかと言わせる為と言っていたとしても、少し大人気ないよ駿兄……。
 そして、この反論に対しては駿兄は僕の方を向いて、答えた。
「それは、まぁ莞人がさっき言っていた時限発火装置ってのがやっぱり使われてたんだよ、こっそりと」
「え、えぇぇ!? で、でもどこにもそんなもの……」
「壺の中だよ。あの紙の壺の中」
「え……って、あぁぁああ!!」
 し、しまった……その手があったか……。
 僕が呆気に取られていると駿兄は、皆に分かるように時限装置のことから解説していた。
「――ってなわけです。これなら炎上することによって時限装置と紙の壺の燃えカスが混じるし、真っ先に燃えるのが壺だから、万が一火災発生の初期に発見されても証拠は残らずにすむでしょう?」
「でもねぇ……、もしもあんた達が遅れて到着したりして、仕掛けてあった時限装置が既に作動した後だったら……せっかくの仕掛けが台無しに……」
 もし、事務所での話が予想以上に長引いたら……もし、車が思わぬ渋滞に巻き込まれたら……。確かに遅れる要素は多くあった気がする。
「いや、時限装置の蝋燭に火を付けたのを、俺達が到着した後にすればそんなの簡単にクリアできるよ」
「え? でも殺害はもっと前って言っていなかったかしら……」
「だから、殺害と紙壺、蝋燭に火をつける以外の時限装置の準備だけは先にやっておいて、俺達が車で到着したのを見たら、蝋燭に火を付けにだけアトリエに入れば、そこら辺は大丈夫だろ?」
「あ、あぁ!」
 思わず手をポンと叩いた。
「そう仮定すると、俺達と一緒に到着していた登米田さんに犯行は不可能ってことになる」
 それを聞いて、登米田さんがほっとした表情を浮かべた。一応駿兄の話は信じて聞いていたようだ。
 そして対する高峯さんとかおりさんの二人は表情をこわばらせていた。
「……ということで残るのは二人だけど、ここで注目するのがあの五十分の電話です」
「そ、そうですよ! 確か、そ、その時間にだ、だんな様から電話があったんでしょう? だ、だったらどちらにしろ私たちに犯行は……」
「だから可能なんですよ。そして、それを暴いたときに犯人が明らかになるはずです」
 犯人が明らかになる――推理は佳境に入ろうとしていた――が

 プルルルル!!

 そんな大事なシーンで突然電話のコール音。
 かおりさんが出ようとするが、駿兄はそれを遮って飛月を指名した。
「あ、あたしが取るの!?」
「あぁ、頼む」 
 飛月は、突然の指名に驚きつつも、とりあえず受話器を取る。
「は、はい。もしもし……。はい……はい……って、えぇぇ!!? ちょ、ちょっと待ってください!」
 目をこれでもかというくらい大きく見開いた彼女は、保留ボタンを押した後にぎこちなく苑部さんの方を向いた。
「そ、苑部刑事……。け、警視総監からお、お電話です……」
「へ? …………。……って、えぇぇえええええ!!?」
 彼女が思わず大仰に驚くのも無理が無い。相手は、自分の勤め先の大ボスなのだから。
 受話器をとる為に、苑部さんはロボットのように動いて、受話器に近づいた。そしてそれを取ると……
「も、もしもしぃ!? 只今変わりました、わたくし警視庁捜査いっ――って警部ですか!?」
 一瞬にして、緊張の面持ちから呆気にとられた表情へと変わっていった。
 どうやら、相手は源警部のようだ。
 警視総監かと思ったら、源警部だった――って普通間違えるだろうか?
 一方、苑部さんは何かを聞いているらしく、うんうんと納得したように頷いていていた。
 そして電話は切られ、それと同時に源警部が部屋に入ってきた。
 もしかしたら、さっき出て行ってからずっと、ドアの向こう側で待機していたのかもしれない……。
「成る程ね。あんたが言おうとしていたことが分かったわ……」
「だろ? 種明かしなんてのは、実にあっけないもんなんだよ」
「ふむ……やっぱり、谷風君の言っていた通りのようだなあ……」
 苑部さんと警部にもどうやら、トリックが分かったようだ。
 そして、今の一件で僕にもなんとなく分かってきた気がする。
 しかし一方で、飛月は信じられないと言った面持ちのままだった。
「え? だ、だって、あたしが電話を取ったら相手は“警視総監だが”って言ってたし……」
「……ねぇ、飛月ってさ、今までに警視総監の声を聞いた事あったの?」
「……え? そりゃ勿論ないけどさ……。低い男の声で名乗られたら誰だって勘違いするでしょ?」
「じゃあ、和光先生の声は? あの時、和光先生の電話って気付いた訳は?」
「何をいきなり言うの? ま、まぁ、それも受話器から男の声が聞こえてきて“私だ、雄全だ”って言われたから…………って、あぁぁあ!!」
 遂に飛月までもがはっとして、事の真相に気付いたようだ。
「ようやく目が覚めたか? そうだ、今同様にあの五十分にあった和光さんからの電話ってのには本人が出ているっていう確実性が全くないんだよ」
 つまり、誰かが適当に声を作って、和光さんと面識のない僕達に電話を取らせれば、そこで勝手に和光さんが生きているような状況を作れると言うわけだ。
「まぁ、だとすると少なくとも男の声を作る必要があるわけだ。ってことは明らかに女性の声と分かるメイドさんには不可能だな。それに電話は内線だったから、ずっと外線扱いになるギャラリーで話をしていた登米田さんにもそれは不可能。ということは……」
 そこまで言ったところで、当然のことながら僕達の視線は一人の人物に集まった。
 その人物というのが――
「あんただよな、こんな一連の事が全部こなせるのは。――高峯さんよぉ……」
 名指しされた高峯さん。その顔は強張っていた……。



「俺の予想だが……今日の流れはこうだ。まずはアトリエにて和光さんを殺害、紙壺と火をつけていない発火装置を準備する。そんで俺達が車で来たのを確認してから、程よい時間帯に炎上するように蝋燭をセットした。ここまでで反論は?」
「…………」
「……まぁ、いいか。んで、それから登米田さんに呼ばれて、頼まれていた俺達の案内の途中でアトリエに寄って最初の偽装を見せる」
「…………」
「その後の選考委員とやらからの電話の件は予想していたかは分からないが、用事を終えたあんたはメイドさんを買い物を理由に家から追い出してから、仕上げに保険として和光さんからの電話を偽装して俺達に取らせたんだな」
「あ、でも、もし僕達が取らないでいたら……」
「その時は諦めて電話を切ればいい。どうせアトリエ偽装で自分に確固としたアリバイを作ってるんだから。これはあくまで安全ネットのつもりだったんだろうな」
 確かに、あの電話には保険的要素が強い気がする。まぁ、だからこそ、真相推理までの過程がややこしくなった訳だが……。
「電話を交代した後、自作自演で応対してから、誰かが火災を発見してそれを知らせに来るまでずっと俺達と一緒にいればいい。これで一見確実そうなアリバイが出来るわけだ」
「成る程……。それなら君の最初に言っていた、外部犯だとおかしい点というのも納得させられると言う訳だね?」
「えぇ。まずは犯行が白昼堂々というのは、証言者である俺達が来るのが昼だったから。次に火を付けたのは、紙壺を燃やす為と加えて死後硬直等を狂わせて死亡時刻を誤魔化す為。最後に凶器が壺だったのは、紙壺という偽装をなす為ってところですよ」
 駿兄の言う通りの犯行だと、こうも綺麗に不審な点が整理出来る。
 と、いうことはやっぱり……。
 そしてそんな時、高峯さんは笑っていた。
「確かにそれなら僕が一番怪しいですね。だけど、先生が本当に五十分まで生きていたっていう可能性はゼロなんですか? もしかしたら――」
「五十分の電話も三十分のアトリエの光景もあんたの仕業ってのは、他ならないあんた自身がはっきりとその口で言ってたのに気付かなかったか?」
「……え?」
「ほら、さっきお前は火元が作業台の上だって言ってただろ? あれは俺だって後で警部さんに聞いてから知った事なんだ。それを知っているのは現場を調べた消防と警察の他には犯人しかいないってのにな」
「…………」
「それによ、俺があんたが怪しいと思った一言はそれよりもずっと昔に聞いてたんだよ」
「…………」
 少し顔を強張らせ、黙る高峯さん。
 しかし、そんな一言を高峯さんは言っていただろうか……?
「ほら、聴取の時。あんた、和光さんからの電話を取ったの飛月だって言ってたよな?」
「え? あたし? で、でもそれがどうしたのよ……」
「考えてみろ。電話をかけたのが和光さんなら、あの時、現場にも応接間にもいなかった高峯さんがその電話を受け取った相手を知っているわけないだろ?」
「…………」
「それに、だ。万一誰が取ったかを予想したにしても、普通は俺が取ったと思わないか? 一応、年長者でお前らの保護者だからよ」
「……あ! そうか!」
 確かに、この面子なら普通は事務所の所長であり、一応社会人としての責任を負っている(?)、駿兄が取る“はず”だ。
 今回、飛月が取ったのは、あくまで飛月のそういった気質からであり、当時高峯さんがそんな彼女の性格を知る由もなかったはずだ。
「てことはだ、あそこで飛月が電話を取ったって知っているのは電話を掛けた本人だったから、だろ? ということは……分かるな?」
「えぇ、それはもう先生がこの世にいなかったからですよね。そして、それは同時に僕が先生を殺したっていう可能性を限りなく高めています」
 高峯さんが、極めて冷静な口調でようやく口を開いた。
「きっと、あなたを相手に、これ以上反論しても無駄なんでしょうね……」
「た、高峯君……。そ、それはつまり……」
「えぇ、そうです、登米田さん。もういいんです。あれは僕がやったことなんです……」



 遂に高峯さんは自分の犯行を認めた。
 そして、その告白に衝撃を受ける登米田さんとかおりさん。
「し、しかし、どうして!? 何故、先生を慕っていた君がこんなことを!?」
「……慕っていた、か……。そうですよね、不思議なものです。だけど、だからこそなのかもしれない……」
 流石の登米田さんも動揺を隠し切れずに尋ねると、高峯さんは静かに語りだした。
「先生、あの新作の発表を機に今後は陶芸の世界から一線を退くって内密に決めていたんです。そうですよね、登米田さん?」
「あ、あぁ。陶芸界の古い体質やしがらみにうんざりしていたからな、雄介は……。しかしそれが一体……」
「僕は先生の作品の素晴らしさ、斬新さに憧れてこの世界に飛び込み、念願の弟子入りもしたんです。だけど、その弟子入りから三年足らずで引退宣言ですよ? まだ引退には早いというのに……」
「だ、だが、雄介だって陶芸を一切やめるわけじゃない。今後は趣味で陶芸を続けるというし、君みたいな後継者作りにも力を注ぐ予定――」
「そんな御託はどうでもいいんです! 僕は、先生の作品が社会に認められる機会がもう無くなる、それが悔しかったんです! 僕に対する裏切りだと思ったんです!」
 突然、語意を強めた高峯さんに周囲がびっくりしたような表情になる。
「僕は何度も引退を辞めるように説得したんだ。でもダメだった。だから、僕は引退するように迫る脅迫状を書いたんだ……」
「それじゃあ、それからの嫌がらせってのもあんたが?」
「えぇ。けれど、先生には無駄でした……。先生は一度決めた事だから、なにがあっても貫き通すとばかり言って僕の説得なんか聞いてくれなかったんです……」
 脅迫状から嫌がらせまで彼が仕組んだ事だったのか……。
 すると、横にいた飛月が首をかしげた。
「え? 何で引退を引き止めるのに、引退するように脅迫するわけ?」
「……ほら、もしそこでそのまま引退したら、脅迫に屈したって形になるだろう? だから引退は控えた方がいいって説得できると思ったんだよ……」
 でも、この脅迫が外部犯の可能性を出してくれた上に、探偵と言う証言者を呼ぶ口実になるとはね……、と高峯さんは小さくつぶやいた。
「し、しかし! だからといってそれが、何で雄介を殺す理由に!?」
「僕にとっての先生は陶芸界に旋風を巻き起こす、永遠の陶芸家としての先生でしかなかったんです……。引退して趣味人になったら、それは僕の中ではもう先生じゃなかったんだ……。だから、僕は先生を、陶芸家としてのまま――」
「だから殺したってのか?」
「陶芸家としてこの世を去ることによって、先生は今後も芸術家、和光雄全として語り継がれるんです。僕はむしろ、先生を芸術家でない和光雄介という一個人となることから救ってあげたと思って――」
「……人を殺す事のどこが“救う事”だよ……!!」
 ――そこで、駿兄は高峯さんの頬を握り拳で殴った!! 
 慌てて苑部さんと源警部が駿兄を取り押さえ、僕や飛月、登米田さんやかおりさんはその光景にただ唖然とするだけだった。
 そして、一番唖然としている高峯さんに対して、二人になだめられている駿兄が叫んだ。
「いいか? お前は人を殺しておいて、それから逃れようとアリバイだの何だの姑息な手を使った。それはお前が殺した事に対して何かやましいことを感じていたからだろう? 違うか!? 綺麗事言って逃げてんじゃない!」
「…………。…………。……そうか、そうですよね……。結局僕は先生を……」
 殴られた頬を掌で押さえる高峯さんは駿兄の言葉を聞いてか、うつむき加減に小さく呟いていた。
 そして、そんな彼にかおりさんが近づく。
「あ、あの……高峯さん……。ちょ、ちょっといいですか?」
「……なんだい、かおりさん?」
「わ、私、以前にだんな様に一度伺った事があるんです。どうしてあそこまで脅迫を受けておいて、警察に連絡しないのですか、と」
「…………」
「そうしたらだんな様は『彼なら、いずれきっと分かってくれる』と仰っていたんです。あの時はよく意味が分かりませんでしたが、だんな様はもしかしたら既にその時には……」
「……成る程、ね……。だけど僕は取り返しのつかない事をしてしまった……。結局、裏切ったのは僕の方だったってことなんだよな……」
 そう言って、自虐的な、そして悲しげな表情を浮かべる高峯さん。
 そんな彼に、今度は警部と苑部さんは近づき、そして手錠を……かけた。
 ――こうして、なんともやりきれない一つの事件が幕を閉じた……。



 和光邸正門前。一台のパトカーの傍に僕や飛月、駿兄たちが立っていた。
「いやぁ、本当に世話になりましたな! 色々お礼をしたいが、それは今度という事でよろしいですかな?」
「は、はぁ。お礼ってのが何なのかは少し気になるところだが……まぁ、いいですよ……」
 パトカーの後部座席に座る源警部が、窓越しに駿兄に礼を言い、駿兄も戸惑いつつもそれに応える。
 そして、その後部座席、警部と制服警官に挟まれて座るのは高峯さんだ。彼はこちらを向くと、小さく会釈をし、そして口を開いた。
「選考委員の方からの電話は本当に急なものだったんです……。あの五十分の電話は、それまでのアリバイを確保しようと躍起になって、その場で考えたものだった……選考委員の方と電話していたというだけでアリバイになったというのに実に無駄なことをしたものです……」
「あぁ、確かに冷静に考えたら馬鹿な話だよな……」
「それで、そこからボロが出てしまうなんて実に皮肉ですよね。あれさえしなければ、ここに僕はいなかったかもしれないのに……」
「……お前はそう考えてるかもしれないがな、犯罪ってのは必ずどこかに証拠が残るんだ。だから、遅かれ早かれお前の罪は暴かれていたはずさ。要は時間の問題って訳だ」
「……時間の問題……そう、ですよね……。でも、僕はこうして早く罪を暴かれて良かったって今は思ってますよ」
 薄っすらと笑みを浮かべる高峯さんはどこか哀愁に満ちていた……。
 二人の会話が終わったのを見計らって、警部は車を出すように運転手に命令する。
「では、また今度も会えたら協力を頼むかもしれませんが、その時はよろしくお願いしますよ!」
「いや、今度ってあなたねぇ……」
「わっはっは! 冗談ですよ、冗談! それじゃあ飛月君、あとは頼んだよ!」
 そう言い残して和光邸を去るパトカー。
 残されたのは僕達。
 すると、苑部さんの方から口を開いてきた。
「わ、悪かったわね……」
「ん? 何の事だ?」
「い、今までの事よ! 内部犯のわけが無いって頭ごなしに言っちゃったでしょ? もし、あのまま捜査していたら一生解決できなかったかもしれない……。だけどやっぱりあんたの言う通りだったから……」
「だろ〜? 昔っから俺の方が正しいわけよ! そうだろ?」
「な、何言ってるのよ! そこまで言ってないでしょ!? 今回だって下手したら捜査妨害扱いのところを警部の温情で……」
 苑部さんは口調こそ厳しかったが、その表情はどこか柔らかくなっていた。
「……まったく!  すぐに調子に乗るんだから! ……まぁいいわ、私もそろそろ戻らなくちゃいけないから、行くわよ」
 そう言って、敷地内に戻ろうとする苑部さん。
 どうやら、仕事はまだ残っているようだ。
「あぁ、また今度な〜」
「今度って何よ、警部じゃあるまいし! ……じゃ、じゃあね!」
 踵を返して、足早に敷地内へ苑部さんは消えていった……。
 すると、その背中を見ながら飛月が喋った。
「何だかんだ言って、結局はいい人っぽさそうだったね、なっちゃん刑事」
「な、なっちゃん?」
「そ。奈都子だからなっちゃん」
「……おいおい。苑部さんに言ったら逮捕されるかもよ……」
「わはは! なっちゃん刑事か! あいつもそんな名前が似合うくらい可愛い奴だったら良かったんだけどな!」
 そんな飛月の話に駿兄は盛大に笑ってみせる。
 結局、彼女と駿兄の詳しい関係については分からずじまいだったが……まぁ、いいか。
「あ、あの……!」
 と、そんな時に不意に声を掛けてきたのは、登米田さんだった。
「この度は、雄介の件を解決してくれて誠にありがとうございます。結果として高峯君は残念な事になってしまいましたが、早めに改心してくれそうだったことが唯一の救いだったと思います……」
「……で、これからどうするんです、あなた方は……?」
 すると登米田さんが答える。
「まぁ、これから大変になるのは確実ですが、私は雄介に作品を任されているんです。最後まで責任を持って、作品を世に出していきますよ。彼女も手伝ってくれると言ってくれていますし……」
 彼女――かおりさんが、穏やかな表情で頷く。
「私はだんな様に色々な恩があります。ですのでだんな様に作品を扱う登米田さんにも出来るだけの協力をしていきたいと思っています。それに“彼”を待たなければなりませんし……」
「彼?」
 登米田さんとかおりさんは強く頷く。
「えぇ。“彼”には早く戻ってきてもらって、陶芸について叩き込んだ上で雄介の分まで制作に励んで欲しいものですよ」
「…………そう、ですか……」
 “彼”……僕にもそれが誰かが分かった気がする。
「我々は信じていますよ。この先、戻ってきた“彼”は、もう以前の狂気に駆られた“彼”でないことを……」
「えぇ。“彼”はだんな様を尊敬していたんです。だからだんな様の遺志を継いでくれるような人になってくれることを信じたいです」
 そう言って、パトカーの去っていった方向へと首を向けるかおりさんと登米田さん。
 ――僕もそう信じたい、と思った。



「それにしても、今日はすごかったねぇ、駿太郎さんよぉ」
「な、何だよ、気持ち悪い……」
 あの後、所轄署で事後聴取もあったこともあり、帰宅できたのは九時を回ってからのことだった。
 そして腹もすいた僕達は、帰宅早々に夕食をとることにしたのだった。
 そこで話題になったのが、今日の駿兄の推理ショーについてだった。
「あそこまで、完全な推理ショーらしいものを見せられるとねー。まるでミステリの世界みたいで……」
「馬鹿言うな。あれは俺個人の意見として発表した言って事で、ああいう形式にしただけだぞ。何がミステリの世界だ。現実を見ろ、現実を!」
 そうは言うものの、少し恥ずかしかったのか、駿兄は茶碗の飯を顔を隠すようにかきこむ。
 ――現実か……。そうは言っても、殺人なんてものを目の当たりにしたうえに、それがアリバイトリックをつかっていたなんて言ったら……ねぇ。
 同じミステリ好きとして、飛月の気持ちはよく分かるんだよなぁ……。
 ……ん? 現実といえば……。
「あ、あぁぁぁああ!!!!」
 僕の雄叫びに飛月は箸を落とし、駿兄は何かを喉に詰まらせたらしく、激しくむせていた。
「い、いきなり何なの、莞人?」
「ぐふっ、げほっ……。しょ、食事中の大声はマナー違反だぞ……」
 僕は二人の問いかけなど聞く耳持たず、慌ててリモコンを持って、テレビをつける。
 ――そして、ソコに映っていたのはサスペンス調のドラマ。
「あ、危なかった〜。忘れるところだったよ……」
「え? あ、そっか。今日は“双子探偵”の特番だったっけ!」
 双子探偵――未来歳記先生の代表的シリーズ作であり、その本格ミステリぶりが評判高い。
 当然、僕もファンであり、そのドラマ化は待望していたのだ。
 しかし、今日は色々あったため、すっかり忘れていた。いや〜気付いてよかった……。
 ん? でもなんか他にも忘れているような気も……
 いやいや、今はそれどころじゃないだろう! 今はドラマを見るのに集中せねば!

 ……  ……  ……  ……  

 結局、明日試験が控えていて、試験勉強しなくてはならなかったと気付いたのは、番組終了後の十一時半のことだった……。



 翌日の試験については語らないでおこう――。



 <紅蓮の殺人 完>




 
〜解答・総評&後書き〜

 どうも〜、作者のcivilです〜。
 ついに初の殺人編も幕を閉じました。相変わらず、文を纏めるのは大変でした orz
 動機やらなにやらの心理描写が難しいと改めて実感しました。
 あ、それと次回の本編は“恐らく”飛月推理編となる予定です。何か人気投票の公約でそう宣言してしまったので……(ぇ

 今回は皆さんの推理、どうもありがとうございました! まさかここまで推理してくれる人がいるとは思いもしませんでした。
 今回はやはりというか簡単だったようで、犯人の指摘は全員正解でした。
 ただし、電話の件と壺の偽装までは分かっていたものの、その先の紙壺については指摘する人はいませんでした。ここに発火装置の件と火を付けた最大の理由があったのですが……。
 (やっぱり紙壺は、現実的にありえなかっただろうか……。)
 それでは、最後に出題の解答です〜。

 A:
 犯人は弟子の高峯聡。
 三十分に見たアトリエも五十分の電話も彼の偽装。
 紙の壺と発火装置による風景偽装トリックと心理による勘違いを使った電話のトリック(これはトリックか?)、そして「飛月が電話を取った」というそれを決定付ける発言を指摘していれば百点満点とみなします。

 それでは、また次回〜。




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