消防による鎮火後、依頼人の和光雄全氏が遺体となって発見されたという事実の前には、僕達はただ呆然とするだけだった。 そして、死体が出たと言うことで警察も多く動員され、敷地内は騒然としていた。 僕達はそんなやってきた警官によって、二階の応接室に集められていた。担当の人が来るまで待機だそうだ。 「和光先生、死んじゃったんだよね……」 待機している中、僕の横に立っていた飛月が小声で話しかけてきた。 先ほどまでの無視した態度はどうやら止めにしたようだったが、その声はどこかいつもの飛月らしくなかった。 「私たち、どうして集まって待機させられているんだろうね……」 飛月の声は弱々しかった。 尊敬していた人物が目の前で死んでしまった事や、警察に指示されて待機させられている事等が重なって、流石の飛月も少し参っているようだった。 当然僕もそんな状況に内心戸惑っているわけだが、今ここでそれを見せたら、彼女を余計に不安にするだけだった。 「大丈夫だよ、きっと火事の時の状況が聞きたいだけだよ。すぐに解放されるって」 故に、僕は彼女の気を落ち着かせるべく、楽観的なことを口にするのであった。 「ね、そうでしょ、駿兄」 と、同意を求めようとするが、振り向いた先に駿兄はいなかった。というか部屋にいないようだった。 外か? そう思い、ふとドアの方を見たその時、ドアが開き駿兄ではなく、制服警官三名とそれを率いているであろうグレーのスーツを着た若い女性が入ってきた。 「お待たせしました。私は警視庁捜査一課の 苑部と名乗った女性は、長いストレートの黒髪に豊かなプロポーション、そして整った顔付きと確実に美人に分類されるであろう女性だった。 しかし、今はそれどころではなかった。彼女は今、とんでもないことを口にした。 「じ、事件ですって!? 火災は事故でしょう!?」 そう、登米田さんが今叫んだように、苑部刑事は今回の火事を“事件”と銘打っていたのだ。 しかし、それなら捜査一課なんてミステリでよく出てくるような殺人担当の刑事が本庁からやってくるのも納得がいく。 そして苑部刑事は、登米田さんの方をじっと睨んだ。 切れ長の瞳も相まってか、その一睨みはなかなか凄みがある。 「どうかお静かに! ……いいでしょう。理由を説明しましょう……」 そう言うと、苑部刑事はドアの前に立ち、演説を始めるかの如く、声を張った。 「まず、私達が注目した点は――」 「ふーっ! すっきりしたぁー!!」 バタン!! ――きゃう!! 苑部刑事の演説は、突然開いたドアの直撃によりいきなり中断した。そして、そのドアを開いたのは駿兄だった。 「まったく、急に腹が痛くなったが危機一髪だったよ。わはは!」 トイレに行っていたのか……。 その光景に呆気に取られていたのは僕だけでなかったようで、飛月や和光家の人々、そして警官たちまで呆然としていた。 「ん? あれ? もう警官来てたのか? そりゃ悪かった、あはははは、は……あべし!」 そして、場に似つかわしくない笑いを上げていた駿兄の後頭部に鉄槌が降りた。 鉄槌は飛月のものではない。ドアに背中を直撃された苑部刑事のものだった。 「全く! 何なの、こいつは!?」 「いたた……。おいおい、警察が民間人殴っていいの……ん?」 「…………。……は?」 駿兄と苑部刑事が顔をあわせた瞬間、どこか不思議な沈黙が部屋を包んだ。そして―― 「「え、えぇええぇえ〜〜〜!!?!?」」 「お、お前……」「あ、あんたは……」 「 声をほぼ揃えての会話(?)。 何故か、二人は知っている間柄のようだったが、僕達はただ見ているしか出来なかった……。 「な、何であんたがここにいるの!?」 「それはこっちの台詞だ! お前はどうした!?」 「刑事である私がここにいるのは当然!」 「な、なんだってぇ〜!? け、刑事だと! お前が!?」 「何か文句でもあるの!? って、それよりもあんたよ! あんたはどうしてここにいるの!?」 「お、俺は、探偵としてここに……」 「探偵!? やっぱりあんたはそういうヤクザじみた仕事しか出来ないみたいね!」 「はっ! そのヤクザじみた仕事ってのには、俺達の税金でのうのうと暮らしてる奴には分からない生きがいがあるのさ!」 「ふん! どうだか!?」 双方が知り合いだというのは分かったが、何故か交わす言葉が一つ一つ刺々しい、というか口論だった。 「しゅ、駿兄? 刑事さんと知り合いなの?」 僕が、場を取り繕おうとあえて口論に割り込むが…… 「まぁな、大学時代の腐れ縁ってやつさ」 「あんたと縁があったなんて、こっちにとっては拭いたい過去よ!」 「そりゃ、お互い様だろ!」 と、焼け石に水状態だった。 制服警官達も事態を飲み込み、苑部刑事――いや、苑部さんをなだめようとするが、僕の割り込みと同じ結果に終わった。 僕たちには、もはやなす術もないのか……そう思っていた矢先、救世主が舞い降りた。中年の救世主が……。 「まぁまぁ、二人とも落ち着いて、な!」 そう言って、開かれていたドアから入ってきたのは、灰色のスーツ姿の中年男性だった。 「苑部巡査部長、君も本庁捜査一課の期待の新星なら、もうすこし落ち着いたらどうかね?」 「……すみません」 「うむうむ、素直でよろしいよろしい!」 苑部さんを君付けで呼ぶと言うことは、彼も恐らく刑事だ。しかも捜査一課の。 「君も君だ。若き血潮が溢れるのは大いに結構だが、場所をわきまえないと気の短い警官なら公務執行妨害で逮捕してしまうやもしれんぞ」 「は、はぁ。スンマセン……」 駿兄までもが、彼の説得に応じ、のこのこと僕達の傍まで戻ってきた。 「よしよし。わっはっはっは!」 その男は、長身でがっしりした体つきはだったが、柔和そうな細目やその明るい口調がそんな怖そうなイメージを全く感じさせていなかった。 「皆さん、私の部下が大変失礼した。私は警視庁捜査一課の警部、 警部――苑部さんが巡査部長だったから、彼女よりは格上、ということは彼女の上司だ。 「さて、苑部君から事情は聞いていると思うが、早速聴取を――」 「待ってください警部! あの……実は……」 口論の所為で、まだ全く事情を説明していない――そう言うと、源警部は大いに笑った。 「まず注目したのは、和光氏の遺体にあった傷跡です――」 気を取り直して始まった苑部さんの説明は驚くべきものだった――。 要約するとこうだ。 和光氏には、火災で出来たものとは全く異なる、強く殴られたような痕跡が頭部にあった。 それは頭蓋骨を折る程のもので、死に至らしめるには十分すぎるらしい。 そして、苑部刑事は続けて、何かの入った透明な袋――あれがいわゆる証拠物件だろう――を取り出した。 「遺体のそばに散乱していた何かの欠片です。所々に血痕が付着していますよね?」 「って、これって……」 高峯さんが思わず、“それ”を見てつぶやく。 そう、それはどう見ても―― 「この 登米田さんの言うとおりだった。それは、先ほどアトリエを覗いたときに見えた壺の欠片だった。 しかし、いまやそれは、火事の所為か黒く煤け、血痕の暗赤色が所々に広がっており、芸術作品ではなく、まさしくただの“カケラ”となっていた。 すると、源警部が一歩前に出てきた。 「やはりこれは焼き物でしたか。……それで、これのサイズや重量はどれくらいでした?」 「サ、サイズですか……。確か大体これくらいで……重さは十五キロ強はあったような……」 と、登米田さんは手でサイズを示す。大体三十センチ位だろうか……。 「ふぅむ。凶器としては十分か……」 そう小声でつぶやく源警部の声を僕は聞き逃さなかった。すかさず警部に尋ねる――! 「あ、あの! 凶器ってことはやっぱり……」 「え、あ、あぁ。聞こえちゃいましたか……。そうですね、我々としては――」 「殴られた痕跡、そして凶器。これだけ揃っているんです。殺人事件でないわけがありません! 更に言うならば火事を起こしたのも殺人犯と同一と見るのが自然です!」 源警部に割り込んで苑部さんが、声高らかに明言した。 ただの火災とその不運な被害者、という状況では無いようだった……。 まぁ、刑事がここに来ていたことを鑑みても予想できることだったが、それでも驚きは隠せない。 そして、周囲も同様に驚いている。 「ひ、酷いです、こんな……」 「い、一体誰がこんなことを!!」 とそこで、登米田さんが何かに気付いたかのように高峯さんとかおりさんの傍に寄り、小声で会話する。 僕には、その会話内容を聞き取ることが出来なかったが、源警部は何かを嗅ぎつけたらしく、彼らに近づいていった。 「何か、犯人についてお心当たりでもあるのですかな?」 「――!!」 三人は、突然の横槍に驚きの表情を見せる。 「現実に事件が起きているんです。犯人に結びつくような情報があれば隠して欲しくはないんですがねぇ」 源警部がそう、情報提供を促すと、登米田さんが観念したかのように喋りだした。 「実は――」 彼の口から出てきたのは、やはりというか例の脅迫の件だった。 確かに、最も殺害するような動機や証拠を持っていそうなのは、脅迫していた人物のはずだ。 その事は当然の如く、源警部や苑部さんも感じたのであろう、それを聞いて興味深そうな顔をしている。 「ふむ、成る程、脅迫ねぇ――」 「全く……。探偵ごときに頼ろうとする前に、警察に相談してくれなかったんですか……」 「も、申し訳ありません……」 苑部さんがそう咎めると、登米田さんは肩を落とした。 しかし駿兄を目の前にして“探偵ごとき”とは……これは挑発しているのか? そして、そんな苑部さんを源警部がなだめる。 「まぁまぁ、もう過ぎてしまったことだろう。それよりも今は、犯人逮捕が重要だ。違うかい?」 「た、確かにそうですけど……」 彼女は、警部には全く頭が上がらないようだ。 すると警部はこちらを向いた。 「誰か、事件の起こる前に不審な人物をこの家の敷地内で見た人はいませんか?」 苑部さんが僕達の方を見たが、だれもそれには答えなかった。 「では、脅迫するような人物に心当たりは?」 「陶芸の世界でも芸術観の違いがありますし、先生は奇抜な作品も多く作っていましたから、色んな人から反発を受けていたのは事実ですが……まさか彼らが!?」 登米田さんが皆を代表して答え、そして尋ねる。 「動機も証拠も、殺害するには十分ですからね。脅迫している輩が犯人である可能性は高いと言えます」 「しかも、実際に脅迫する動機のある人物が複数いるということなら尚更現実味を帯びていますしね」 源警部、そして苑部さんの言葉に場は騒然とする。犯人像が見えたからである、無理も無い。 がしかし、そんな中、冷静に反論する人物がいた。それは―― 「それって、おかしくねぇか?」 駿兄だった。 そして、そんな言葉に場は更に騒然とするのであった……。 警察の見解に、刑事を目の前にしながら堂々反論した駿兄。 その反論に対し、源警部はともかくとして、当然のことながら苑部さんが食って掛かる。 「な、何を馬鹿なことを言ってるの!? 今の話のどこが――」 「とりあえず、お前ら警察はこれを外部犯、要するに脅迫していた奴の計画的な犯行だろうって言ってるんだよな?」 苑部さんの言葉を遮り、駿兄が尋ねる。 「え? あ、そうだけど……それが?」 話の腰を折られた彼女は、調子が狂ったのか、勢いなく答えた。 「そこがおかしいんだよ。だって考えても見ろ。普通、こんな昼間から人を殺すために家に侵入しようとするか? 普通夜とか人気の少ない時間帯を狙うんじゃないか?」 「そ、それは……今日の昼が犯行に適していたとか。ほら、昼間なら被害者はアトリエに一人っきりになることが多いとか!」 「いや、それは違うな。あのアトリエは、夜でも作業できるように寝室もあるんだ。だから夜でも和光さんはあそこにいたはずだ。なら、その時に狙う方が容易なはず。そうですよね、高峯さん!?」 「え、えぇ。確かに先生は一日中アトリエに篭ることも珍しくありません……」 言われてみればそうかもしれない。 殺人を元々計画していたのなら、昼間に犯行を犯すメリットはあまり無い。……が、これだけでは反論の要素としては不十分なような……。 と、思っていると駿兄は更に続けた。 「あと、わざわざアトリエに火をつけたのもおかしいだろ。火をつけなければ事件の発覚はそれだけ遅れるから、何かと利点があるはずなのに」 「それは、犯行の証拠を消したかったからとか……」 「これが計画された事件なら、犯人は元々証拠を残さない工夫くらいしてるだろうよ」 そこまで言うと、駿兄は苑部さんの傍にゆき、肩をポンと叩く。 「まぁ、ここでもし犯行が元々殺すつもりの無い、例えばアトリエに侵入して何かをするだけの予定だったと仮定すると、そこを和光氏に見つかったが故に殺した、つまり突発的犯行ともいえる。だとすると、昼という犯行時刻も火をつける必然性も多少は出てくる訳だ」 「それなら、変わらないでしょ! 犯人は外部犯で和光氏を脅迫していた人物! それに変わりはないんだから! それと気安く触らないで!」 手を振り払いつつ、苑部さんが勢いを取り戻して怒るが、駿兄の顔は至って冷静だ。 「だけどな、だとすると凶器が壺ってのはおかしくないか?」 「……え?」 駿兄は、証拠としての壺の欠片の入った袋を持ち上げる。 「もし突発的に殺したんだとしたら、相手に抵抗させる暇も無く素早く殺してるだろ? ならなんで凶器は、あんな持ち上げるだけで時間喰うような重い壺だったんだ?」 その瞬間「あっ!」と思った。 確かにこれはおかしい話だ。そんなもの持ち上げている間に、相手だって何かしらの対処はできるはずだ。 「というかな、仮定を戻して殺す意志が初めからあったとしても、部屋に侵入してあんなものを持ち上げようとは思わないぞ」 「先に気絶させておいて抵抗出来なくした後に、犯行に至ったのなら……」 「だぁかぁら、それなら、もっと違うもので殺してもいいだろ、首を絞めるなりしてよ! わざわざ割って音の出るようなものを凶器にしたら、誰かに気付かれるかもしれないだろ!?」 言ってることに筋が一応通っている。 最早、苑部さんにも反論する気力は残っていないらしく、それを聞いても黙っている。 「じゃ、じゃあ、犯人ってどんな奴なの!?」 飛月は、興奮気味に駿兄に尋ねる。 苑部さんたちがくるまでの不安そうな様子は幻だったかのごとく……。 しかし、内心僕も少し興奮している。 ミステリの探偵役のように、論理を用いて反論をことごとく打破しているのだからミステリファンとしては不謹慎ながら作品の中にいるかのような興奮が出てきても仕方がない気がする。 「壺を少し持ち上げてみても、和光さんが隙を見せられる人物……要するに――」 「被害者と親しく、この家に常にいる人が犯人……ということですか。成る程……」 今まで話を黙って聞いていた源警部が、おもむろに口を開いた。 「興味深い意見だ。確かに君の意見には一理も二理もあるよ」 「け、警部!! こいつの言うことを信じるんですか!?」 苑部さんが信じられないといった顔で、警部を見た。 「そうは言ってるが、君も少しは納得してるんだろ? 顔に書いてあるぞ」 「で、でもですよ! もしそうなら、私達が疑うべきなのは……」 と言って、こちらを見る苑部さん。 いや、こちらと言っても僕や飛月を見ているわけでは無さそうだ。だって、駿兄の言葉に該当する人物と言えば―― 「わ、私たちですか!?」 かおりさんが驚いたように叫んだ。まさか自分達が疑われることはないだろうと思っていたのだろうか。 登米田さんと高峯さんも慌てて反論する。 「じょ、冗談じゃない! 何で我々が!」 「そうです! 僕達はある意味被害者だっていうのに!!」 「では、ここにいる他にアトリエに自由に出入りできるような人物は?」 「……いえ、いません」 「なら、申し訳ありませんが、今日の事件前の行動について少々伺ってもいいですかな。なに、自分が潔白なら堂々としてくれればいいんです」 警部はそうは言うものの、三人にとっては気が気でないに違いない。 こうして、事件の捜査は急展開を向け、和光邸にいる三人の行動についての聴取が始まった……。 ――しかし、まさか駿兄がこんなところで、捜査のターニングポイントとなるとは……。 「えぇっと、ではまず初めに、秘書の登米田 そんな源警部の言葉から、聴取は始まった。 名指しされた登米田さんは落ち着いて答えはじめた。 「私は今日、十二時ちょうど頃に昼食をとった後に、アトリエで先生の新作の壺について先生から話を伺って……。それから一時頃に谷風探偵事務所へ向かいました」 「と、いうことは一時までは被害者は確実に生きていた、と……」 「そういうことになります。それで、二時半ごろに谷風様方を連れてこちらに戻ってきました。それから後は、谷風様方の案内を高峯君に任せて、門の近くのギャラリーの方で仕事をしておりました」 確かに、到着したのはそんな時間だった気がする。 ギャラリーでの仕事というのも高峯さんが言っていたので知っていることだ。 「ギャラリーで仕事……ですか?」 「えぇ。私は秘書を名乗っていますが、実質先生の作品の全てを取り仕切る美術商というのが本職みたいなものでして。あの時も美術館の方と展覧会の打ち合わせの電話をずとしていました。電話を切ったのは、外が火事で騒がしくなった時でしたね」 「成る程。ということは、ずっとそのギャラリーとやらにいたというわけですね」 「はい。疑うのでしたら、その美術館の方に問い合わせてみてください。相手は横浜市立みなと美術館の 警部の質問に堂々とした態度で答える様を見ていると、流石は執事、ジェントルマンだなとつくづく痛感してしまう。 もし証言が事実なら、僕達がギャラリーで別れた後に、電話をしていた登米田さんはアトリエに向かえないということになる。 だからといって、電話した相手の名前を言って確認させたところを見ると、それが嘘にも聞こえないわけだが……。 「分かりました、確認を取ってみましょう。それでは最後に、被害者の和光氏と最近トラブルがあったかどうかを尋ねたいのですが……」 と、最後に警部が質問すると、登米田さんは急に態度を急変させた。 「な、何を言ってるんですか!? 私にとって先生、いや雄介は美大以来ずっとの先輩であり、親友だったんですよ! なんで恨みなんかを!」 「わ、私は恨みとかを別に聞いてるわけではなくて、ただトラブルを――」 ――対人関係の話になり、急に激昂する登米田さんをなだめるのに結局、数分掛かってしまった……。 「え、えっと次は、お弟子さんの高峯聡さん。お願いします……」 そう言う警部の顔はどこか疲れ気味だった。そして、一方の登米田さんは先ほどの態度を思い出してか、恥ずかしげに下をうつむいていた。 そして、そんな二人を横目に高峯さんの証言が始まった。 「僕は登米田さんと一緒に食事をした後は、二時半ごろに登米田さんから呼び出しがかかるまで、自分のアトリエにずっと一人で篭って作品を作っていましたよ。呼び出された後は、谷風さん達を途中、アトリエを案内しつつ本宅へ連れて行って――」 「ちょ、ちょっと待ってください! アトリエに寄ったんですか? その時、中に入ったりしました?」 「いえ、先生はアトリエの奥の寝室にいたみたいなので中には入れませんでした。中は窓から見たくらいで……」 「その時変わった点はありましたか……?」 「いや……いつもと全然変わりませんでしたよ。あ、でもあの壺がありましたね……」 あの壺――つまりは凶器に使ったあの大きい壺だ。僕もこの目できちんと見ていたので間違いない。 そして、それが示すことを警部は分かっていた。 「つまりは……二時半過ぎには、まだ犯行が行われていなかった、もしくは完了していなかったということか」 情報が新しく追加される。しかし、僕達は和光さんがもっと後まで生きていたことを知っているのだ……。 ――それは、これから判明するだろう。 「それで、僕はその後、本宅へ向かったんですが、そこでかおりさんから僕宛の電話があったと聞いてすぐにアトリエに戻って電話を掛けなおしました。それが終わって大低二時五十分くらいでしたか、谷風さんのお連れの方が先生から電話だと――」 「電話――とは本当ですか?」 「本当です。何なら、初めに電話を取ったあそこの連れの女の子に聞いてもらっても構いませんよ」 と飛月の方を、高峯さんが向くので飛月は驚く。 「え? あ、あたし!?」 自分を指差し同意を求めるので、僕がコクリと頷いてやると、飛月は警部に向かいブンブンと何回も首を縦に振った。 それを確認して、高峯さんが話を進める。 「ほら、本当でしょ? で、電話を受けた後に先生の指示に従って、例の脅迫についての調査を依頼してたら、かおりさんから家事の話を聞いたって訳です」 つまり、ここまで分かっている情報によると、和光氏は二時五十分、電話が掛かってくるまで生きていたということになる。 ということは、登米田さんに続き、高峯さんにも犯行は無理だ。 「あ、ちなみに僕も先生との間にトラブルなんてありませんからね。尊敬していた先生が亡くなってしまうなんて、弟子である僕には耐えられないことですからね」 そして、そんな警部の言う前からの先読みしたような返答で、高峯さんの証言は幕を閉じた。 「では最後に、家政婦の乙井かおりさん。お願いします……」 「は、はひ!」 と、緊張しすぎて口が上手く回ってない“メイド”のかおりさんが証言をする。 「わ、私は皆さんの昼食の食器を片付けた後に、ひ、一人で昼食を取りました。そ、それから――」 それから、緊張のあまり、かおりさんは延々と二時半の我々の到着までの家事について事細かに語った。 しかし、肝心なのが僕達が屋敷に到着してからの話だった。 「え、そ、それで谷風様方を応接間にご案内し、紅茶を出した後すぐ……たしか四十五分くらいに、コ、コンビニエンスストアの“セブンピーチ”に買い物に向かいました」 「コンビニにですか? 何かを買いに?」 「は、はい。応接間への案内の後で台所に戻ろうとしたら高峯さんに買い物を頼まれてしまいまして……」 「それは本当です。確かにあの時僕は、電話の途中でかおりさんが降りてきたのに気付いて、アトリエから顔を出して、乾電池を買ってきて欲しいと頼みました」 かおりさんが高峯さんの方を向くので、彼は頷きながら答えた。 そして質問は続く……。 「……で、いつ頃戻ってきたんですか?」 「だ、大体三時五分くらいです……。家の前で近所の方が敷地内で煙が出ていると仰っていたので、慌てて中に入ったら、あ、ア、アトリエからけ、煙と火が!」 まさか、かおりさんが出掛けていたとは……。というか、あの格好で外に!? ――まぁ、それは置いておいても、この証言から分かることは…… 「つまりあなたは、五十分ごろの和光氏からの電話は聞いていないのですね?」 「え、は、はひ! 聞いていません。ご、五十分頃はまだ、お、お店に行く途中だったはずです……。あ、そ、そう! レシートがあります! それを見てくれれば!」 「わ、分かりましたから少し落ち着きましょう、ね? で、最後にあなたと和光氏の間でトラブル……って、えぇっ!?」 源警部が突如驚いたのは、かおりさんが涙目になっていたからだった。 「ひ、酷いです……。だ、だんな様はこんな私を雇ってくれた方なんですよ! なのにその恩を仇で返すようなことをするわけがないじゃないですか……」 そして、泣き崩れるかおりさん。警部も困ったような面持ちだ。 しかし、証言を信じるなら彼女もまた、犯行は不可能ということだった……。 それから少しして、登米田さん、そして高峯さんの電話の相手の確認が取れ、会話中の不審な点が無かったことが分かった。 そして、それと同時にレシートの印刷時刻が二時五十六分と表記されていたことと、コンビニ店員の証言からかおりさんが五十分以後に家を出ることが困難だと判明した。 よって、暫定的に考えると、三人による犯行は不可能そうだった。苑部さんもそれには同意見のようで 「ほら、見なさい! 全く! ……関係者の方に無駄な不安を与えちゃったじゃないの!」 と、激しく駿兄を糾弾するが、駿兄は何も反論しない。 そして、言うことを言った苑部さんは三人に今日は解散していいと指示、それに従って応接間からは人が次々と出てゆき、遂に残るのは僕達三人だけとなってしまった。 僕達が出て行けなかったのは、駿兄が……立ち尽くしていたからであり、僕は落ち込んでいるのかと思いフォローを入れようと話しかけた。 「しゅ、駿兄……、まぁ言ってることは納得行ったけどさ、現実はこんなもんだって!」 「…………。……いだろ……」 「え?」 近づいてみると、何かをぼそぼそと言っていたので、僕は更に駿兄に近づいた。すると―― 「どう考えたっておかしいだろ! あの状況が外部犯ってのは! 壺で撲殺して火を付けただぁ! 回りくどすぎる!」 駿兄が叫んだ。 「それに奈都子め……。あいつもでしゃばりやがって……。くそー、いつかギャフンと言わせてやる!」 いや、今時ギャフンだなんて言葉聞いたこともないし。というか個人的恨みに話が移っているような……。 だが、しかしここで油、いやガソリンのような言葉を注ごうとしている人がいた。 「なら、あんたがこの事件の謎を解けばいいじゃないの、丁度いい具合に探偵なんだし♪」 飛月だ……。 いや、丁度いい具合ってそれは小説や漫画の中だからであって……。何が「なら」なんだ……。 「確かにお前さんの言う通りかもしれねぇ……。もうそれしかなさそうだな!」 何か話に乗ってるし!! 「え、えぇぇ! ほ、本気なの!?」 「ああ! 依頼人を殺したのがあの中にいるんだったら俺の報酬を奪ったことも含めて侘びを入れさせたいしな、丁度いい話だ!」 あぁぁ……駿兄の考え方にカタギじゃない人のが混じってきている……。 「谷風探偵事件ファイルの一ページが今ここに!」 飛月も、もう頭がどこか違うミステリの世界に行ってる……。 「よっしゃ、待ってろよ奈都子! 俺がこの事件ちゃちゃっと解いてやる!」 その時、僕は何だかとても嫌な予感がした。 それはこの後に続く言葉がどこかで聞いたものと同じになるという嫌な予感だった……。うちのじいちゃんは何も変わったことはしてないはずだから、あの台詞は出ないはずなのに、悪寒だけはする。 そして、駿兄の口が開く……。 「俺の男としてのプライドに懸けて!!」 “微妙……”と思ったのは心にしまっておくことにする。 しかし、探偵による調査……先ほどは現実的に考えすぎて焦ったが、改めて自分の立場を考えるとこれは中々オイシイ役どころなのでは? とも思えるようになってきた。 先ほど、駿兄が刑事さんたちのの見解に異論を唱えたときと同じようなあの……。 「楽しみだね、捜査!」 しかし飛月の言葉で再び現実に戻された……。 そうだった――。 事件を調べる面子には、彼女とあの暴走探偵兄貴がある訳だ……。ただで済むはずが無い……。 <血の章:弐へ続く!>
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