僕と彼女と探偵と
〜逃亡者の挑戦状〜
前編

civil



 あの幽霊アパート騒動から一週間後。
 頭の傷もすっかり治り、僕の生活は再び平凡なものになろうとしていた……が、
「こら! あんたも少しは手伝いなさいよ!」
「二人もいりゃ十分だろ!? 俺は今忙しいんだ!」
「忙しいって、ただゲームやってるだけじゃない!」
「これはただのゲームじゃない! これは選択肢一つ間違えただけで即バッドエンドのだなぁ――」
 夕食の準備中も、この部屋は喧騒に包まれている。
 僕と駿兄の他に新たに住人が増えてからというものの今までの平穏な日々はどこかに行ってしまったようだ。
 その新たな住人というのが、幽霊アパート騒動の時の依頼人だった九十九飛月という僕と同じ大学に通う大学一年生。
 あの事件後、どういうわけかここに居候している。
 都心で一LDK、一ヶ月5万に並ぶほどのいい物件が見つかったら、そっちへ引っ越すとは言っていたものの、それは不可能に近いと思う。
 とにかく何はともあれ、今この家は人一人分どころか、二人分いや三人分くらいは賑やかさが増しているというわけである。
「ちょっと、莞人! キミからもあのダメ男に何か言ってやってよ!」
 飛月が、目を吊り上げながらこっちを向いていた。
 一方の駿兄は、飛月をまったく意に介さずに、コントローラーを握りながら画面を見ている。
 全く……。いくら依頼人が来ないからといっても、事務所にはいるべきだとは思うのだが……。
 しかし僕がどうこう言った所で動くような駿兄ではないことを知っていたので、ただため息をつくしか出来なかった。
「ちょっと! ため息ついていないで何とか言ってってば!」
「だから無駄なんだってばさ、飛月。ゲームしている駿兄を止めるには強引に電源を切るとかそういうことしないと――ってあれ?」
 味噌汁を掻き回しながら、そう言って諦めさせようとしていた僕は、唐突に彼女の気配がしなくなったことに気付いた。
 これは恐らく――
「ぎゃぁぁー! セ、セーブ中だったのに!!」
 嫌な予感がしたときはもう遅かったらしい。
 しかも彼女はよりにもよって、セーブ中に電源を切ったようだ。それではもうデータは……。
 ……合掌。
「これで手伝ってくれる気になった?」
「な、何言ってやがる! き、貴様! そこに直れ!」
「ほほぉーう、あたしとやる気? いい度胸してるじゃない?」
「黙れ! よくも俺のデータを!」
 ――以下激しい物音と罵声。
 ……神でも仏でも誰でもいいから僕の平穏な日々を返してください……。

 結局、夕食前の一戦は引き分けとなったらしい。
 そして、双方は「ゲームは一日一時間」「メモリーカードの読み込み中、セーブ中は電源を切らない」という取り決めを結ぶことで和解したそうな……。



「ふぅー。食った、食った」
 夕食後、満腹で満足している駿兄は片付けの手伝いもせずに寝そべっていた。
「何が食った食った、よ。少しは手伝えっつの」
 僕と一緒に片付けをしてい間、飛月は台所でぶつくさ文句を呟き続けており、僕はそれを見て苦笑するしか出来なかった。
 しかし、今日は飛月主導の夕食だったのだが、相も変わらず美味だった。
 どうして料理がこれだけ得意なのか――
 そんな質問をいつかしたことがあったのだが、その時彼女はこう答えた。
 ――う〜ん、家庭環境のお陰かな〜?
 彼女曰く、実家は兄弟が多く、彼女はそこの第二子らしい。そのため昔から子守りや家事といった親の手伝いを多々多々やってきていたらしく、そこで料理が得意になったというのだ。
 それを聞いて僕は、人生いろいろだなぁ、とつくづく感じた。
 しかし今、そんな飛月の作る美味しい食事にも危機が迫っていた。それは……



「現在、我が家は慢性的な金欠の状態を維持しております」
 片付け後のリビング。僕はそこで駿兄と向かい合うように座って、話を切り出した。飛月も僕の隣にいる。
 家計簿をテーブルの上に置く。僕は駿兄の家に住むようになってから、会計を任されているのだ。
「何だ何だ突然? そんな真面目な顔して」
「真面目な話なんだからしょうがないでしょ! 依頼人は全然来ないし、ビルの賃貸料もまだ少し滞納してるみたいだし……」
 先日の幽霊部屋事件での飛月からの報酬も殆どを滞納していた賃貸料にあてたので、残ったのは僅かだった。
「何よりねぇ――」
 僕はテーブルを勢い良く叩いて、叫んだ。
「駿兄の浪費が家計を苦しめてんの!! 分かる、この事実!?」
 駿兄がTVゲームや漫画等の書籍、CDにDVD、更には怪しげな通販グッズ等など、挙げていたら枚挙の無いくらいのものに金を掛けている限り、いくら仕事があってもキリが無い。
 今まで、駿兄がどんなものに金を掛けてきたかを想像すしただけで頭が痛くなってきた。
 今の一言には、駿兄だけでなく飛月も驚いていたようだ。
「とにかく! これからの食事とかにも関わる事態なので、今後は駿兄の出費も厳しく監視していく方針で――」
「ま、待った待った! そんなことより俺にいい案がある!」
 焦った顔をした駿兄が、手を挙げて発言の許可を求めていた。
 僕は不安だったが一応、それを許可した。
「それはだなぁ、ずばり! 居候の家賃を大幅に値上げぶぉぅあ!!」
 僕の家計簿による一撃と飛月のハリセンが見事に同調し、駿兄を襲った。
「却下」
「あたしだってただでここにいる気はないけどさ。人に頼るってのも嫌なのよね〜」
「最……初から言葉……だけで反対してくれ……」
 何だか虫の息の駿兄。まぁ、自業自得だと思うが。 
 確かに今も、飛月から家賃代わりに彼女の善意で幾らかのお金を貰っているが、そこに頼ろうとするのは虫が良すぎるだろう。
「ま、というわけだから、頼むよ駿兄。で、他に仕事の件何だけど――」

 ポーン!!

 その時だった。事務所に来客が来たことを知らせるチャイムが鳴った。
「え? お客さん?」
「そ、そうだよ! やったよ駿兄! 早速仕事が……」
 ふと視線を移した先では駿兄が寝ていた。――いや、狸寝入りをしていたと言うべきだろう。
「ぐーぐー」
「駿兄? お客さんだよ?」
「ぐーぐー。もう夜だぐー。眠いぐー」
「いや、眠いって言ってるのにぐーって……」
 すると一旦声が止まるが、すぐに新たな寝息を立て始めた。
「すやすや」
「…………。飛月、お願いできるかな?」
「うん、いいよ」
 飛月は首を縦に振り、駿兄の背後につくと腕を大きく振りかぶり……空振りした。
 驚く飛月。何とそこには駿兄がいなかったのだ!
 まさかこれが噂の瞬間移動!?
 辺りを見渡しその姿を探すと、事務所と住居を結ぶドアの所に駿兄はいた。
「オーケーオーケー、時に落ち着けって兄弟。誰も面倒くさいだなんて言ってないじゃないか、Hahaha」
 少し声が震え、汗をダラダラたらして言っていたので、その笑い声が乾いて聞こえる。
 まぁ、何はともあれ、駿兄がお客さんと会うのだから、とりあえず一件落着だ。



 駿兄が事務所のドアを開けると、そこには眼鏡を掛け、スーツでビシッと決めた、いかにもキャリアウーマンといった感じの女性が立っていた。
 彼女は、駿兄の姿を見ると、深々と頭を下げて挨拶をした。
「夜分遅くに申し訳ありません。依頼したいことがあるのですが……」
「あ、はい。そうでしたか、分かりました。で、では中へ……」
 お客さんはやはり依頼人だったようで、駿兄は背後に仕事しろオーラを感じたのか、話を聞くことを快諾する。
 僕が来客用にお茶を入れて、持っていくと依頼人の女性は名刺を駿兄に差し出していた。
 お茶をその女性の前に置くと、彼女は僕にも名刺をくれた。 
 ――尽文社じんぶんしゃ梶@「文芸古今」編集者 来宮きのみや恭子きょうこ――それが彼女の名前と職業のようだ。
「端的にいいます。失踪した作家先生を探して欲しいのです」
 いきなり本題に入るところからするに、彼女はかなり生真面目な人のようだ。
「失踪?」
「えぇ。正確には締め切り前の逃亡といったところでしょうか。とにかく、この作家先生はよくこういったことをしでかす人でして」
 締め切り前の逃亡って……。
 某海一家アニメのT先生のような話がまさか、現実にあるとは思わなかった。
「だけど、そんなことよくやってたんなら、編集部が連載を打ち切られたりするんじゃ?」
「いいえ、先生の連載作品は読者人気の高いので、無下に打ち切ることができないんです」
 恐らく、その作家もそれを知っていて逃亡しているのだろう。
「今日も締め切り五日前ということで自宅に行って逃げてないかの確認と進捗状況を兼ねて伺うことになっていたんですが、行ってみると留守でその代わりにこんなものがポストから出ていて……」
 そう言って、来宮さんがバッグから取り出したのは、一枚の便箋だった。
 駿兄がそれを受け取り、読み始めると僕と飛月も横から覗き見た。

『尽文社の来宮さんへ
 締め切り前恒例の旅に出ます。いつも通り気が向くままに旅するので帰ってくる日は未定。
 そのため申し訳ありませんが、原稿を送れません。
 もし、どうしても原稿を間に合わせたいのならば、谷風探偵事務所の谷風駿太郎を訪ね、そこで彼に私を探すよう依頼してください。
 彼が私を見つけたのであれば、私は原稿を仕上げることを約束します。
 事務所の住所は同封したメモに書いてあります。
 そうことですので、それでは。
 お土産にはいつも通り期待していてください。
 旅好きの作家 未来みらい歳記としきより』

 以上が、紙に書かれていた文の全容だったが……僕は最後の署名を見て、かなり驚愕していた。
 だからこそ、僕はいつもの落ち着きなど何処へやら、駿兄に詰め寄った。
「しゅ、駿兄! な、名指しされてるけど、未来歳記と知り合いなの!?」
「し、知るか! 俺は作家の名前なんてさっぱり知らないしよ! てかお前知ってんのか、こいつ?」
「知ってるも何も、未来歳記って言ったら、ミステリ界の天才作家だよ!」
 未来歳記――五年前に『双子探偵』で鮮烈にデビューした新進気鋭の推理作家である。
 デビュー以来、『双子探偵シリーズ』をはじめとする新本格や、『首都の華』に代表されるような社会派等、様々なジャンルのミステリでベストセラーを出してきた為、ミステリ業界の期待の新星と呼ばれている。
 そして、僕は未来歳記のファンだった。
 とういうか彼の作品があったからこそ、ミステリに興味を持ったのだ。
 理工ミステリ同好会なる少し怪しげなサークルに入っている理由もそこに大きく依存していたりする。
 ――そんな経緯を僕は、駿兄に一気にまくしたてた。
 すると、それに飛月が食いついてきた。
「ま、まさか莞人も、未来先生の本でミステリにはまったなんて……」
「莞人も、って言うことは……飛月も?」
 首を縦に振る飛月。
 そして僕たちは強く手を握り合った。同士万歳!
 握手で熱い心をお互い感じ合った後、僕達は駿兄に向かい合った。
「というわけで、とにかくすごい人だってわけ! だから依頼は引き受けてね。僕た、もとい家計の為に!」
「おいこら! 今、僕達の為、とか言おうとしてただろ!?」
「つべこべ言わずに、引き受けなさい!」
 同士よ、援護射撃ありがとう。
 しかしそれでも、駿兄は煮え切らない顔をする。
「いや、そうは言われてもなあ。ヒントが無い人探し程難しいもんはないし……」
「あ、そういえば、便箋と一緒に先生が探偵さんにあてた手紙がありました。これです」
 来宮さんが取り出したのは細長い封筒。
 それを受け取った駿兄は早速中身を取り出すが、そこでまず固まった。
 封筒から紙幣の束が出てきたのだ。いわゆる札束。束の一番上が千円札なので千円の束だろう。やけに分厚い封筒だとは思ったが……。
 札束の上には折られた紙が一緒に入っていて、駿兄は戸惑いつつもそれを見た。
 すると突如、駿兄は不気味に笑い始めた。
「ふふふ……そういうことだったのかよぉ」
「ど、どうしたの? 急に笑い出してさ」
 僕だけでなく飛月、そして来宮さんですら訝しげに駿兄を見る。
 そして駿兄は急に立ち上がった。
「受けて立とうじゃねぇか! 天才推理作家大先生の挑戦ってやつによぉ!」
「そ、それはつまり引き受けてくれる、と?」
「あぁ! すぐに見つけ出してやりますよ、この鼻持ちならない逃亡作家なんかね!」
 紙にどんな挑発的なことが書かれていたかは分からなかったが、とりあえず依頼を引き受けてくれたようだった。
 あぁ、これで家計は潤うし、何より未来先生に会える……。



「俺が見た紙は、未来歳記とかいう作家を探す、という一種のゲームに対するルール解説をしていた」
 営業時間は過ぎていたが、久々にやる気を見せた駿兄には、そんなことお構い無しのようだ。
 駿兄は自分がやる気を出すきっかけとなった紙に書かれていた内容を、僕達にも説明してくれた。どうして実際に紙を見せて説明しないのかは謎だったが。
 端的に言うと、こうだった。

『一つ、未来先生は旅行先で大移動はせず、一定の地域に居続ける。
 二つ、旅行中の宿泊先はずっと同じ。
 三つ、どこに旅行しているかは、今までの失踪を手がかりに探せる。詳細は来宮さんに。
 四つ、一週間後に帰る予定なので、タイムリミットはそれまで。
 五つ、見つかったら素直に投降する。
 六つ、今回の手がかりは、同封してある。』

 これを聞いていると、未来先生が壮大なかくれんぼをしているように思えた。
 しかし、ここまでの内容のどこを聞いても、駿兄をあそこまで奮い立たせるようなものがないのは気になる……。
「でもさ、手がかりは同封ってあるけど……もしかしてこれ?」
 飛月が、封筒に半分入ったままの札束を持ち上げて見せた。
「枚数は……う〜ん……」
 勝手に取り出し、銀行員のようなスピードで枚数を数え始めた。
「――きゅう、じゅうっと。ちょうど百枚。全部千円札だったから、十万ってことか……」
 あっと言う間に数え終わった飛月は、札束を元に戻してふうと息をついた。何故にそんなスキルがあるんだ……。
 十万――大した額だったようだが、それを全て千円札で送るとは……。
「もしかして、依頼料?」
「だけど、千円札ってのが気になるよ。しかも新札だし……」
 飛月の案に疑問を持つ僕。
 どうせ払うなら百人の野口英世より、十人の福沢諭吉で払うのが普通だろう。
 ここに不自然な点がある。
「十万といえば……」
 すると、今まで黙っていた来宮さんが口を開いた。
「先生はここ数回、失踪した時は決まって十万円を残していました。確かこの前は、五千円札二十枚でしたし、その更に前は一万円札十枚でした」
 それを聞いてますます、分からなくなった。
 何故、毎回十万円なのか?
 何故、毎回違う種類の紙幣で十万円を残してゆくのか?
 そして何より、何故紙幣を残していくのだろうか? 
「ま、この札束が手がかりになっているのは、とりあえず当たりだろうがな、それよりも先に進めないのが現状だ」
「で、でもそれじゃあ、どうやって探すの、駿兄?」
「ルールにあっただろう。今までの失踪も手がかりになる、そしてその詳細は彼女にってな」
 そう言って、来宮さんの方を向く駿兄。
「ま、とりあえず十万を残すようになってからの失踪の詳細を聞かせてもらいましょうかね」
 今までの失踪……きっとここに大きなヒントがあるはずだった。



「初めて十万を残して失踪したのは、去年の一月二十三日。当時の千円札……つまり夏目漱石の千円札が百枚残されていて、それがあったのはやはりドアのポストでした」
 来宮さんは手元の手帳を見ながら、詳しく解説してくれた。
 去年の一月のことをここまで詳しく手帳に書いてあるとすると、来宮さんは、かなりの几帳面な人物だろう。
「そして、帰ってきたのは二週間後の二月七日でした」
「んで結局、行き先はどこだったんですか?」
 すると、来宮さんがすこし困ったような顔をした。
「それが……実は都内だったみたいで……」
「……へ?」
 思わず、唖然。
 というか、都内ってここもそうじゃん! 
「先生は旅行先について私達に全く言わないので、あくまでお土産からの推測ですが……」
「お土産からってことは、東京土産だったってことか。それは具体的には?」
 東京土産――雷おこしや人形焼といった古くからの名物から東京ばななのような新しい名物まで幅広く存在するが、来宮さんの口から出たそれは、僕達を驚愕させた。
「早稲田饅頭って……ご存知ですか? あれです……」
 早稲田饅頭――聞いたことだけはある。確かその名の通り、早稲田大学で売っている大学のロゴが焼き印された饅頭だ。
 しかし、よりによってなんでそんなものをお土産にしたのだ、未来歳記は? 彼のセンスが問われるところだ。
「……ま、確かに東京のお土産ではあるかも知れんがな……。で、次の失踪は?」
 駿兄はとりあえず納得したようで、話を促している。
「次の失踪は同じく去年の八月二十七日。残されていたのは一万円札十枚。そして帰ってきたのは二週間後の九月十一日でした」
「んで、行き先は?」
 駿兄の問いに、再び困ったような顔をする来宮さん。
 普段はすましているキャリアウーマン風の女性が困った顔をするのは、どこかイイような……と今はそれどころではなかった。
「わ、分からないんです、実は……」
「分からないって……お土産は? 有名なものじゃないにしても、それのパッケージに書いてある製造元を見れば分かるでしょうに」
「お土産はあることにはあったんですが、丁寧にもパッケージを毟られた後の、菓子そのもので渡されて……」
「用意周到にも程があるな……。で、その菓子ってどんなもんだったんだ? 地方特産品とかだったら特定できるが」
「い、一万円札の形と焼印をした煎餅菓子でした」
「「一万円札の煎餅!?」」
 僕と飛月の声が、思わずハモる。それほどの驚きだった。
 煎餅を一万円札の形にして売るほうも売るほうだが、それを買って、来宮さんにお土産として渡した未来歳記にもツッコミを入れたかった。
「な、何て成金趣味な……」
 唖然とする飛月。
 しかし、駿兄は冷静にその話を聞いていた。
「一万円札の煎餅ねぇ……。確かに地域の特定は難しかったかもな。んで、次は?」
 こんなネタのような煎餅をあっさりスルーできる駿兄を、少しだけ尊敬した。
「そしてこの前あったのは今年の三月二十五日。残してあったのは新渡戸稲造の方の五千円札二十枚。帰ってきたのはこれも二週間後の四月八日です。あ、今回は旅行先が特定できます」
 来宮さんは、先程の旅行先が分からないという汚名を返上しようとしてが、やけに自信有りげに言った。
「先生は、お土産にあの有名な黒い鉄の茶瓶、つまり南部鉄器を私にくれたんです。つまり、先生は南部鉄器の産地、盛岡にいったんです! 間違いないです」
「あ、でも南部鉄器って盛岡だけじゃなくて、同じ岩手県でもはるか南にある水沢って町も産地だったはずですよ」
「え? そうなんですか……?」
 飛月という思わぬ伏兵のツッコミに、固まる来宮さん。
「く、詳しいね」
「まぁね。あたし、実家があっちの方だから少し詳しいのよ」
 意外すぎる事実。
 しかし、一番あっけに取られていたのは来宮さんだった。
 元々、キャリアウーマンでプライドが高そうな人なので、相当ヘコんでいると思われる。
 というか、飛月のことを睨みはじめた気が……。
 これはまずい。僕の直感がそう言った。
「と、と、とにかく! 未来歳記先生は岩手に行ったってことだよ! そういうことだよね、駿兄!?」
「あ、あぁ。まぁそうだな」
 場の取り繕い。僕に出来ることはこれくらいだった。
「ま、つまりはこの三つの失踪実例から推測しろ、と。そういうことだな」



 今までの情報をまとめると、こうだ。

 一回目(一月二十三日〜二月三日):旧千円札百枚。行き先は恐らく都内。早稲田饅頭がお土産。
 二回目(八月二十七日〜九月十日):一万円札十枚。行き先は不明。一万円札の形をした煎餅がお土産。
 三回目(三月二十五日〜四月八日):旧五千円札二十枚。行き先は岩手県。南部鉄瓶がお土産。
 四回目(六月二十六日〜????):新千円札百枚。行き先が問題。

 僕達はこの情報を元に、話を進めることにした。
「じゃあ、まずはこれまでの失踪の共通点を取り上げてみたらどうかな」
 僕の提案に周囲は、賛成した。
 ただし、駿兄は我関せずといった感じで、パソコンをいじっていたが……。
「まずは僕からだけど、まぁ一つは当然ながら毎回種類の異なる十万円の札束だよね。他には……」
「あ、あと、失踪する日は月末が多いよ!」
「それは毎月締め切りがその頃だからです。当然でしょう」
 来宮さんの冷たい一言を口火に女性二人の間に不穏な空気が流れた気がする。
「あ、あと、帰ってくるまでの期間がどれも二週間――」
「それは、さっきの私の言葉にあったでしょう。もう忘れたのですか?」
「じゃあ、来宮さんは、他になにか分かるんですか?」
 不穏な空気の濃度は次第に、気のせいではすまないレベルになろうとしていた。
 このままでは、まずい。
 そう思った僕の次の行動は早かった。
「そ、そうだ! 駿兄は何か共通点とか見つけた?」
 僕は、話のベクトルを駿兄に持ってゆき、争いの火種を消すという行動に出た。
 しかし……。
「……あれ?」
 向いた方向に駿兄はいなかった。デスクから忽然と姿を消していたのだ。
 い、いつの間に?
 今まで、駿兄が消えたことに気付いていなかったのは飛月や来宮さんも同様のようで、先程までの険悪な雰囲気もどこへやら、二人揃って周囲をキョロキョロと見渡していた。
 まぁ、一応僕の危機回避作戦は成功したようだった。
 駿兄はどこへ行ったんだ? トイレか?
 僕がそんなことを考えていると、いきなり居住スペースへ通じるドアが開き、そこから駿兄が出てきた。
「ん? どうした、俺の方じっと見て?」
「いや、突然消えたからさどうしたのかなー、ってね。トイレ?」
「いいや、電話を掛けてた」
 良く見ると、その片手には携帯電話があった。
「どこに?」
「ホテルとか旅館にさ」
「??? な、何で?」
「何でってお前、そりゃ逃亡先の宿泊地を探すためだろうが」
「……え、だってホテルって言ったって全国に何千何万あるわけだし――」
「あぁ、もう分かってるからよ。逃亡先の地域」
 なるほど、それなら電話する宿泊施設を限定できるな、納得納得……。
 ――って
「ええぇぇぇぇぇえええ!!!? 逃亡先がもう分かったってか!?」
「ちょ、ちょっと、どういうこと!?」
「せ、先生は今何処に!?」
 僕だけでなく、飛月や来宮さんも駿兄に詰め寄った。
 というか、こんな超展開があってよいのだろうか?
 僕達に考える暇も無く答えを見つけてしまう探偵役。こんなやつが今までにいただろうか!?
「ま、待て、とりあえず落ち着け! 明日だ、明日。明日の朝、車でそっちに行こうと思うから、その道中教えてやるから!」
「何で今、教えてくれないのよ!」
「今教えたらお前らが、暴走しかねないと思ったんだよ! 少しくらいは、今から向かおうと思ったりしただろ、お前さんも」
 駿兄の首を向けた先には来宮さんがいた。
 それを聞いていた来宮さんは、少し顔を赤らめていた。オイオイ図星かい……。
「とにかく! 作家大先生を捕まえるのは明日になってから! それでいいですよね?」
「え、えぇ。私はあくまで谷風探偵の御指示に従うまでなので」
 まだ顔が少し赤い来宮さんだったが、冷静さを失わずに受け答えはできていた。
 それを見て、駿兄はしっかりと頷いた。
「ま、任せておいてくださいや。奴は確実に仕留めてみせますから」
 そういった駿兄の顔や口調はいつもと変わらなかったが、その目は違った。
 絶対に依頼されたことは果たしてやる――そんな目だったのだ。



「ところでさ、結局どこな訳、答えは?」
 来宮さんが事務所を去った後、リビングに戻った僕はそんなことを口にしてみた。
 飛月もその問いに賛同のようだ。
「そうそう。あたし達には教えてくれてもいいんじゃない?」
「いや、まだだ。これはお前達二人への宿題にする。明日までに考えてくるように!」
「「はぁ〜〜〜!?」」
 思わず二人で唖然。
 よりにもよって、宿題か……。やはり考えることが一味も二味も違うな……。
「注意事項! インターネットによる情報収集は禁止とする!」
 しかも、勝手にルールまで作ってるし……。
「ちょっと、あんたさっきパソコン使ってたじゃない! あれってインターネットしてたんでしょ?」
「ノンノン、あれはただ、宿泊施設の電話番号を調べていただけデース! 使ったうちには入りませーン!」
「むきー!! 言い訳は卑怯よー!」
「卑怯も何も、俺は本当に自力で解いたんだ。文句の付け所はないはずだが?」
「ふ、ふんだ! だったら、あたし達だって正々堂々挑んでやるわよ!」
 何か、もう飛月は乗り気のようだし……。
 って待て待て! 今、あたし“達”って言ったような……。
「がんばって、あいつをぎゃふんと言わせようね、莞人!」
「僕も強制参加?」
「だからぁ、非常任理事国に拒否権は無いんだってば!」
 安全保障理事会から脱退させてほしい……そう僕の脳内では請願していた。
「と、言う訳だから、顔を洗って待っていなさいよ!」
 飛月はビシッ!! と効果音が出そうなくらいの勢いで駿兄を指差していた。
 はぁ……。僕の平凡な日常は、明日も打ち砕かれそうだった……。



 〜出題〜
 どうも、作者のcivilです。
 ついに“出題”の時間がやって参りました。
 これは世間一般で言うところの“読者への挑戦”というものです。
 参加するもしないも、読者の方次第ですので、スルー可の方向で。
 では、早速問題です。

 Q:
 結局、未来歳記はどこに逃亡したのでしょうか? 具体的な地域名を当ててください。

 注意と補足:
 ・答えに至るまでの手がかりは、全てこの前編内に書かれています。
 ・逃亡先は国内とします。
 ・インターネットによる情報収集は、自分の答えの確認程度にしてもらえると、より臨場感が味わえるはず。

 以上です。ではGOOD LUCK!


<後編に続く!>




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