あの時の事は、あまり覚えていない。
 はっきりと言えるのは、発端が『理工ミステリ同好会』なるサークルの新歓で飲み会があったことで、僕が初めての飲み会ということもあってか、いささか飲みすぎていたことだ。
 確かあの時、場はミステリーに出てくる探偵についての話で盛り上がっていた気がする。
 盛り上がる話は、次第に現実の探偵についてに移行していった。
 そこで酒に、そして場に酔っていた僕は、あんな発言をしてしまったのかもしれない……。
 しかし、それがあんなことを招く発端になっていたなんて、きっと神様にも分かりっこなかっただろう……。


僕と彼女と探偵と
〜繰り返す部屋〜 邂逅編

civil



 あの新歓から、一ヶ月後。五月のゴールデンウィーク明け。
 授業も終わり、帰宅しようと大学正門をくぐろうとしたその時だった。
「おーい、莞人〜。谷風たにかぜ莞人かんと〜!」
 背後から僕の名前を呼ぶ声がしたので振り返ってみると、一人の女子学生が僕目掛けて、猛スピードで走ってきていた。
 そして彼女は、立ち止まった僕のそばにやって来ると、効果音が出るかのようなブレーキをかけて止まった。
「はぁっ。よかった〜。どうやら間に合ったみたいね」
 活発そうな顔立ちにショートの黒髪、そして何よりも目を惹く頭頂部のアンテナ髪。
 確か彼女は、僕と同じサークル「理工ミステリ同好会」に所属する同期生『九十九つくも飛月ひづき』さんだった……はずだ。
 「はずだ」と付け加えたのは、僕が彼女との面識をあまり持っていなかったからだ。
「い、一体どうしたんだい? そんなに走ってきて……」
 その陸上部並の走りっぷりを見せつけられた僕は何事かと思った。
 しかし……。
「ちょっと、これから付き合ってちょうだい!」
 何も事情を説明せずに、彼女は僕の手を引っ張って正門を出て行く。
「え、えぇっ!? だから何なの? 付き合ってってどういう――」
「非常任理事国に拒否権は無し! とにかくあたしについて来て!」
「わ、分かったからとりあえず、手を離してくれよ。痛いってば」
 いつ僕が安全保障理事会に参加したのかは謎だったが、とにかく今は従うしかなさそうだった。
 しかし、同じサークルといえど面と向かって会話したこともない九十九さんが、僕に一体どんな用があるというのだろう?
 僕がそんな疑問をとりあえずぶつけることにした。
「あ、あの。九十九さん? 僕に何か用事でもあるの?」
 すると、先を歩いていた九十九さんは振り返らず、背中を見せたまま「ん〜まあね〜」と答えた。
 しかし、次の瞬間彼女は突然立ち止まると、こちらへ顔を向けた。
「そうそう、あたしのことは『飛月』って下の名前で呼んで欲しいんだよね〜」
「え?」
 九十九さんの突然の申し出。僕は少し戸惑ってしまう。
「ほら、『九十九』って少し堅苦しい苗字でしょ? それに同学年なのに『さん』付けってのは、あたしの性に合わなくてね〜」
 その理由を聞いていて、先程強引に僕を連れ出した彼女の性格からすると違和感無いな、と思ってしまう。
 それに、彼女なら下の名前で呼ばれていても違和感が無いように思える。
「分かった。それじゃあ、飛月……でいいのかな?」
 満足げに頷く九十九さん……もとい飛月。
「うんうん、それでいいのよ。――あ、そうそう。キミの事は『莞人』って呼ぶからね」
「えぇ!?」
「言ったでしょ? 同年代の友達を『さん』付けしたり苗字で呼ぶのは性に合わないって」
 女子に下の名前で呼ばれたことが無かった僕は、思わず驚いてしまったが、彼女が言うと不思議と自然な気がしないでもない。
「何はともあれ、そういうことだから! それじゃさっさと歩こ」
 強引に呼称を決定した飛月は、向き直るとすぐに歩くことを再開した。
 そしてそれから、しばらく他愛ない会話をしつつ、僕達は歩いていった。  
 表通りから一つ曲がり、そして裏通りに入って行き……人気が少なくなり空気もすこしひんやりしてきた。
 一体ここはどこなんだ? 本当に東京都内なのか!?
 などと、不安がっているうちに飛月はその歩みを止めた。
 どうやら目的地に着いたようだった。
 僕達の目の前にあるのは、一軒の小さな店。
 看板には『グスタフ・ドーラ』とカタカナで書かれているが、外装だけでは何の店なのか分からない。
「ここよ、ここ。さ、入りましょ」
 飛月は、そんな裏通りの謎の店のドアを、何の躊躇も無く開けると、すたすたと中へ入っていった。
 店には少し怪しい雰囲気はあったものの、ここで後に退いたら、それはそれで後が怖いということもあり僕は意を決して飛月に続き中へ入っていった。



「いらっしゃいませ〜」
 店内に入ると、店員らしき女性が微笑みながら声を掛けてきてくれた。
 辺りを見回すと、この店が喫茶店の類であることが分かった。
 ほのかな珈琲の薫りに、落ち着いた感じの内装。いわゆるアンティークと呼ばれるような調度品も多々あったが、恐らく店名からしてドイツ風を目指しているのであろう。
 何だ、怪しい店じゃなかったのか……僕は正直かなり安堵した。
「お〜い、こっちこっち」
 飛月がテーブル席を陣取り、僕を呼んでいた。
 僕は、そのテーブル席で彼女と向かい合う様に座った。
「ここはアメリカンが名物だから、一度は飲んどいた方がいいよ」
 飛月はメニューを見つつ、僕にそう助言した。
 しかし、ドイツ風を目指しているであろう店でアメリカンが名物とは……深く考えないことにしよう……。
「じゃあ、僕はそれを頼もうかな」
「OK。それじゃあ頼んでおくわね」
 飛月は、先程僕に挨拶してくれたウェイトレスを呼ぶと注文を告げた。――ここでケーキが三種ほど注文に含まれていたのは聞き間違いであったと思いたい。 
 そして注文も終わり、一段落ついたところで僕は、飛月に訊こうと思っていたことをようやく口にした。
「あのさ、結局僕に用事って一体何なの? こんな裏通りの喫茶店に連れてくるなんて……」
 その問いを聞いた彼女は、一瞬固まるがすぐに苦笑したかのような表情を作った。
「いや、まあキミに用ってのはある意味正しいんだけどね〜」
「ある意味って、どういう――」
「つまり、実際に用があるのはキミのお兄さんってこと」
 ――え?
 何で彼女が僕の兄さんに用があるのだ? というか何で僕に兄さんがいることを知っているんだ?
 様々な疑問が頭をよぎるが、今はとりあえず落ち着くべく、お冷を口にする。
「キミのお兄さん、探偵なんでしょ?」
 飲んでいた水がダイレクトに気管支に入った。当然のことながら、それにより僕は激しく咳き込んだ。
 な、何で彼女はそこまで知っているのだ!?
 確かに、僕の兄『谷風駿太郎しゅんたろう』は何の因果かは知らないが、私立探偵などというやくざな仕事で生計を立てている。
 しかし、その事実は僕とその家族、そして親しい友人くらいしか知らないはずだった。
 一体何で彼女が知っている……?
「ど、どうして、それを……?」
 今の僕の率直な疑問だった。
 しかし、飛月はそれを聞いて訝しげな顔をする。――僕は今何か場違いなことを言っただろうか?
「もしかして覚えてない? あの時、理工ミステリ同好会の新歓で言ったこと」
 質問に質問で返されしまった。
 しかし、一体なんだというのだ。理工ミステリ同好会、新歓、あの時、兄、探偵……?!
 あれ? 何かを少しずつ思い出してきたような……。



 あの四月の新歓。
 探偵の話で盛り上がっていた場。
 過剰摂取したアルコールと盛り上がる場の空気の相乗効果で相当酔っていた僕は、とんでもない事を口走った。
「せんぱぁーい! 実はぼかぁ、私立探偵やってる兄がいるんですよぉ!!」
 いわゆる突然の激白だった。
 しかし、周囲の先輩達は信じてくれなかった。まあ無理も無いが。
「おーい、大丈夫かぁ、谷風? 酔ってるのかぁー?」
「今日、こいつが家まで帰れるかどうか不安になってきたぞ、おい……」
 そしてそんな先輩達を見ていた僕は、信じてくれないという事実を目の当たりにして機嫌を悪くしたのだ。
 僕は、何とか信じてもらおうと少し考えた後にあることを思いついた。
「な、ほ、本当ですってぇ! ほら、これ! うちの兄の事務所のビラですよ! どうです、本物でしょ?」
 カバンに何故か入っていた兄の探偵事務所のビラを取り出し、周囲の人たちに見せたのだ。
 そして、ビラを横に座っていた自分と同じ新入生に手渡てしまったはずだった。
 ここでよく思い出してみる。
 その横にいた新入生というのは、確か女子でショートヘアで……アンテナがあって……。
 ……あ。
 そうか! あの時僕のビラを貰っていた横の人物というのが、飛月だったのか!!
 ……  ……  ……  ……
「ほらこれ。キミが有無を言わさず見せてきたんでしょ、あたしに」
 ――いかなる調査でも請け負います!  谷風探偵事務所――
 飛月が僕に突きつけてきたそれは、間違いなく兄の事務所のビラだった。
「な、成る程、そういうことか。あはは……」
「あははってねぇ。しっかりしてよ〜」
 飛月が呆れたようにこちらを見た。
 しかしこれで、何故飛月が兄のことを知っていたのか、という謎は解決した。
 だか、まだ僕は彼女に尋ねたいことがある。それは……。
「でも……僕の兄にようだってことはつまり……」
「ま、いわゆる調査の依頼ってやつね」
 飛月は、あまりにもあっさりと答えた。
 まさか僕の知っている人が、兄に調査を依頼しようとしているとは……。
「まあ、全くの他人を頼るよりは、知り合いのつてを使った方がいいかなぁ、って思ってね。それでキミを呼んだわけ」
 彼女の言いたいことを要約するととどのつまり、探偵である兄を僕から紹介してくれ、ということだった。
 そしてそれを断る理由は僕には無かった。
「う〜ん、確か今仕事を欲しがってたみたいだからなあ。きっと喜んで引き受けてくれると思うよ」
 それを聞き、飛月が嬉しそうな顔をする。
「ホント!? ありかとう! いや〜助かるわ〜」
 そう言って飛月は僕の手を握ってくる。
 いや、そこまで嬉しがられても……。もし駄目だった時、この身がどうなってしまうのかが心配だ……。
「そ、そういえば依頼ってどんなことを頼むつもり――」
「おまたせしました〜。ご注文の品でぇ〜す」
 僕が更に質問をしようとしたその時、ウェイトレスが注文していたメニューを持ってきてくれた。
 カップに入ったコーヒーが二つ。――それに苺のショートケーキ、チーズケーキとシフォンケーキ……。
 やっぱりあれは聞き間違いではなかったのか……。
 そして正面にいる彼女は、目の前の三つのケーキを見て、とても嬉しそうにしていた。
 ――こんな嬉しそうな顔をされていては、質問など出来ないな。
 僕は、いずれ事務所で聞けることだしと思い、質問するのをやめることにした。



 大学近くの駅から、各駅停車で五駅目の駅『七福しちふく』。すっかり日も暮れた頃、兄の探偵事務所の最寄り駅であるこの駅に僕と飛月は到着した。
 改札を出て、駅前通りを談話しながら歩いていると、すぐに三階に当たる場所の窓に大きく『谷風探偵事務所』と書かれたビルが見つかった。
 そう、ここが兄の事務所の入っているビルなのだ。
 そんな事務所の窓を見ながら飛月は――随分いい場所にあるんだ。――と呟いた。
 確かに、駅がすぐ近くで大通りに面している、という立地は中々のものだ。ましてやここは都内、賃貸料も馬鹿にならないだろう、普通なら……。
 しかし、兄は普通じゃないのだ。
 本人が言うには、事務所の入っているビルのオーナーとは知り合いで、そのつてで安く事務所を借り上げたそうだ。
 その『つて』というものが曲者らしく、オーナーは兄を見ると、いつも焦ったような顔をする。……これだけで、大方の予想はつく。
 それを思うと、僕は飛月のその言葉に苦笑せざるを得なかった。
「それじゃあ、行こうか」
 僕は彼女を先導し、階段を三階まで上り、そして事務所のドアの前に立った。ドアには『谷風探偵事務所』と書かれたプレートが付いている。
 そしてそのドアをノックもせずに一気にあける。
 するとその瞬間、
「いよっっっしゃぁぁぁあああ!! 十七連鎖達成!!」
 そんな意味不明な雄叫びが僕達の耳に飛び込んできた。
 勿論声の主は、当然ながらすぐに分かった。
駿兄しゅんにい……。何やってんのさ……」
 声のした方向を向くと、そこには期待を裏切らず兄である谷風駿太郎がいた。ちなみに、僕は兄を昔から駿兄と呼んでいる。
 そして、その駿兄は営業時間中にもかかわらず、ソファーに座り某有名落ち物ゲーをやっていた。
「お、莞人か! 聞いてくれよ、俺は遂にやってしまったんだよ! あの十七連鎖をっ!」
 背広姿で、いかにもホストといった顔立ち、雰囲気をしているくせに、子供のように嬉々としているが情けなく見える。
 僕は、いつものことだと分かっていても、どこか内心呆れていた。
 そして、僕のそんな思いは、すぐに本物の言葉となって口から発せられた。
「あのねぇ、今は仕事中だろう! 何でゲームで熱くなってんの!?」
 僕はゲーム本体の電源を切る。
 テレビ画面は色とりどりのゲーム画面から外部入力の黒い画面へとたちまち変わった。
「あぁぁぁあぁあぁ!! て、てめぇ何すんだぁ!」
 それに怒った駿兄が立ち上がり、叫んだ。
「ゲームよりも大事なことがあるでしょう!」
「暇だったんだよ! いいだろ、これ位!」
「何が暇だよ! 頼んでおいた買い物しておいたの!? 食料は? 歯磨き粉は!?」
「そ、そんなもん一日くらい無くても何とかなるだろ!」
「やっぱり行ってないの? もう、これだから……」
 首を左右に振って呆れた仕草をする。すると視界に自分と駿兄以外の人が立っているのが見えた、――飛月だ。
 ここでようやく、本来駿兄に何を言おうとしていたかを思い出した。
 そして駿兄も、彼女のことの気づいたようだった。
「おい、そう言えばそこの子は誰だ?」
 やっと、話が進められる……。そう思うと、胸がほっとする。
「あぁ、うん。実は……」
「そうか〜」
 僕が本題に入ろうとする前に、駿兄は何かに気付いたようだ。さすが腐っても探偵。洞察力はあるようだ。
「お前にもついに春が来たかぁ。兄さん嬉しいなぁ」
 ――前言撤回。やはりここにいるのは探偵という皮を被った、ただの阿呆だった。
「あはははは! うむ仲良きことはよき事か……がはっ!!」
 妄言を抜かし続けていた駿兄を突如、天罰が下った。分厚いファイルが水平に飛んできたかと思うと、その背表紙部分が側頭部に直撃したのだ。
 ファイルの軌道をたどると、そこには――飛月がいた。
「もうっ!! 何言っているのよこの男は!!」 
 もしかしなくとも、天罰を下したのが誰かは明らかだ。
 う〜ん、彼女に逆らうのはやめた方がいいかな……そう思った何度目かの瞬間だった。 
 僕は、天罰に敢え無く倒れた駿兄に近づくと、耳元に囁いた。
「あのね、彼女は依頼人だから。――怒らせると怖いみたいだよ」
「そのようだな……」
 倒れたまま、駿兄はそう呟いた。
 


「どうぞ……」
 向かい合って座る駿兄と飛月に僕はお茶を出すが、双方は先程から沈黙を貫いていた。
 誤解も解け、ようやく本題にはいるのか、と思っていたのにこれでは全く先へ進まない。
 すると、その時沈黙を破る声が駿兄の口から出た。
「どうした? 頼みたいことがあるんだろ? さっさと言ってくれよ」
「…………」
 その高圧的な催促に対しても、飛月は返答しなかった。
 なおも駿兄は続ける。
「おいおい勘弁してくれよ〜。もうすぐ店じまいだ。今日は真面目に働いていて腹が減ってるんだよ。だから手短に頼むよ〜」
 誰が真面目に働いていたってぇ?
 僕はそう言いたいのを堪えつつ、飛月の出方を見守っていた。
 そしてそれからすぐ、ようやくその重い口が開き始めた。
「……笑わないって約束して」
「へ?」
「だから、これから言うことについて笑わないことを約束しろって言ってるの!!」
 飛月のその迫力に負けたのか、駿兄は慌ててそれを了解した。
 そして飛月は、その依頼内容について喋りだした。
「……あ、あたしね、地方から上京してきたから今は一人暮らしなの。それで今住んでるアパートで……」
 飛月は、そこまで言って口を止めるが、目の前にあったコーヒーを一気に飲むと意を決したように続けた。
「で、出るのよね、幽霊が……」
 照れたような表情を浮かべる飛月。
 幽霊って、やっぱり“ghost”の意味するあれのことだろうか?
 でも何で幽霊の話を駿兄にするんだ?
 そんな疑問を抱いていると、そばで噴出す音が聞こえた。
「お、おい幽霊っておい、マジかよ! うはっ、わははははは――」
 あ〜あ……もう約束破っているよこの愚兄……。
「わははははははっぐべらっ!!」
 案の定、彼女の鉄拳制裁によりダウンする愚兄。そしてしばらく愚兄は倒れたままだった。
 まぁ、これくらいのことは想定の範囲内だったので対して驚きはしなかったけれど。



「で、その幽霊がどうしたって?」
 数分後、愚兄は復活し話が続行された。鼻血止めのティッシュが丸めて鼻に詰められているのが情けない。
「あたしは幽霊なんて信じないけどさ、どうも最近その幽霊ってのが由来しているみたいな現象が結構起きてて困ってるのよ」
 一方、愚兄を今の状態にした飛月は、まだ少し怒っているようだった。
「だから、あたしはそんな馬鹿げた幽霊ごっこの元凶を調べて欲しいってわけ。これがあたしの依頼」
 幽霊の正体を突き止めろ――まぁ、つまりはこんなところだろう。
 しかし、これまた変わった依頼だなあ……。
 まあ、この話だけじゃ調査も出来ないわけで、駿兄は質問を続けた。
「いや、依頼って言われてもなあ。幽霊の現象って具体的にどんなだ? ラップ音か? ポルターガイストか?」
「その両方」
「…………」
「例えば、深夜にどこからともなく変な声や物音が聞こえてきたりとか、いきなりカレンダーが落ちてきたりとか」
「…………」
「嘘じゃないって! 信じなさいよ!」
 ラップ音にポルターガイスト。家で起こる二大怪奇現象がともに起きるとは……。
「そ、それは聞き間違いとか偶然……ってことは」
「そんな訳ないでしょ! あたしがあったって言ってるのよ! あったに決まってるでしょ!」
 一蹴される僕の言葉。その自信の源を探りたかったが、よしておこう。
「ちょっと! それで、引き受けてくれるの、くれないの!?」
 身を乗り出し、駿兄に迫る飛月。
 ここだけ見たら、喧嘩直前の場面のようだ。
 互いににらみ合う飛月と駿兄。
 龍と虎。ハブとマングース。ナチュラルとコー……いやよしておこう。 
 とにかく、黙ったままの二人だったが、立ち上がった駿兄が沈黙を破った。
「ま、仕事も無かったことだしな。引き受けてやるよ」
 渋るかなとは思っていたが、まさかストレートに了承するとは……。
 それは飛月も同じだったんだろう、口をぽかんとあけて呆けていた。
 そんな僕達を尻目に、駿兄はデスクから一枚の紙を取り出すと、飛月の目の前に差し出した。
「てなわけで早速、名前や住所をこれのこの欄に書いてもらえるかな」
 それは、依頼人の基本的なデータをとどめておくための用紙だった。
 飛月はその紙とボールペンが目の前に置かれると、はっとして我に返った。
「え? あ、は、はい!」
 飛月が記入を始める。
 その間暇な僕は、彼女がどこに住んでいるのかなと思い、紙を覗いた。するとそこには見慣れた地名が書かれていた。
 ――東京都中野区彼岸かのきし 一の十三の十八 メゾンド彼岸一〇二号――
 彼岸は七福から私鉄の下り各停で二駅の町。そう遠くは無かった。まさかそんな近くに住んでたとは。
 記入し終わった飛月はそれを駿兄に手渡す。すると駿兄はその記入済みの紙を見て、何かに気付いたようだった。
「まさかとは思ったが……」
 やっぱり彼岸ということに気付いたのだろうか?
「そういうことだったら話が面白くなるかもなぁ」
 そういうこと? 面白く? 駿兄は何を言っている?
「ね、ねえ駿兄? どうし――」
「おっと、それよりもメシだ、メシ! おい莞人、夕飯は何だ?」
 駿兄は僕の言葉を遮って、いきなり夕飯の話をし出した。 
 と、いうか……。
「あのねえ、今日は夕飯当番は駿兄でしょ!」
「え、あれ? そうだったか?」 
 やっぱり忘れてた……。ということは――。
「そうだったか、じゃないよ! もしかして、夕飯全然作ってないでしょ!?」
「ば、馬鹿いうな。待ってろ、今お湯を……」
「お湯って――まさかカップラーメンってオチじゃないだろうねぇ?」
「おっと残念でした! 今日はカップ焼きそばなんだよ」
「大した差じゃないだろうがあ! この馬鹿兄っ!」
「誰が馬鹿だ! いいか? カップ焼きそばは湯を切るという点でだなぁ――」
 馬鹿兄がカップ焼きそばの偉大さを語ろうとしていたその時だった。
「ちょ、ちょっといい!?」
 飛月が口論に混じってきた。
「せっかくあたしの依頼を引き受けてくれたわけだからさ、お礼にあたしが今日は夕飯を作ってあげるよ!」
 その突然の提案に僕と駿兄は声がシンクロした。
「「えぇ!?」」



 探偵事務所に隣接する住居スペース。何故か家賃のわりに無駄に広いここが、駿兄の生活拠点となっている。
 そして僕の生活拠点にも――。
 そして、ここはその住居スペースの一角にある台所。
「へぇー。莞人もここで暮らしてるんだ〜」
「うん。両親が北海道に転勤しちゃったからね〜。そこで駿兄がここに住まわせてくれるようになったんだ」
 僕と飛月は、そんな世間話をしながら夕飯を作っていた。
 あの後結局、飛月の強い要望もあって夕飯作りを頼むこととなり、僕はそれを手伝っている、という訳だ。
 一方、本来夕飯当番だった駿兄は、リビングでプロ野球中継を見ていた。――あやつのメシだけ下剤を入れてやろうかとも思ったが、そこは後が怖いのでやめておく。
「でもね〜、さっき見たから分かるけど、駿兄って日ごろはダメ人間だからね〜。料理とかの家事を大体僕に押し付けてるんだ。これが目的で住まわせてるんじゃないかとも思うくらいでね〜」
「あはは! 確かにそうかも!」
 自分で言っておいてなんだが、ダメ人間って表現に「確かに」と返してくるとは……。さすがは飛月だ。 
「よいしょ! よし、これで終わりっと。莞人、これ持ってって」
 飛月は、盛り付けをした皿を僕に渡す。出来たのはオムライスだった。
 そして、三人分のオムライスをリビングに運び、飛月がそこへやってくると、いつもより一人多い夕食の時間が始まった。
「お、うまい」
「本当だ。かなり美味しいよ!」
 一口目を口にしただけで、そのオムライスが普段食べるものより大分美味しいことがわかった。
 そして、そんなオムライスを作った飛月は「あ、ありがとう」と先程と対照的に、本気で照れていた。
「しかし意外だよなぁ。お前さんみたいながさつな娘が料理美味いなんて」
「ホント、ホン……ト……」
 口が滑った!! そう思ったときは時既に遅し。
 横で先程までオムライスを頬張っていた駿兄は、いつの間にかドレッシングボトルの額への直撃でダウンしており、僕の目の前には赤い物体が飛んできていた。
 あぁ、あれはケチャップの容器か――そのことに気付いたのは直撃した瞬間のことであった……。



 食事後、飛月は明日からの調査の日程の確認を終え、帰ろうとしていた。
「それじゃ、明日十時よろしくね」
「あいよ。ま、やれるだけのことはやるさ」
 飛月は事務所を去っていった。
 駿兄は手始めに、明日土曜日に直接家を訪れ、部屋内を調査することにしていた。
 そしてそれに僕も同行することとなっている……。いわゆる探偵の助手だ。
 この事務所に住まわせてくれる条件が『助手になること』だったのだ。文句は言えない……普段の駿兄のダメっぷりを見ているとやるせないが。
 何はともあれ、明日は忙しくなりそうだ。
 明日はどんなことがあるのやら……。



<調査編に続く!>




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