あの流れ星に願いを・弐

大根メロン


 ――日本の、とある地方都市。
 その片隅――地元の人でもちょっと知らないんじゃないかなー、と思う所に、星隠神社はある。
 祭神は、倭文神建葉槌命。織物の女神でありながらまつろわぬ国津神を服した、強力な神だ。
『星隠神社縁起』によると――織女星より天下った建葉槌命の御告げにより、大甕倭文神社から建葉槌命の御霊を分け、この地に祀ったとされている。
 神社の本殿は、少し前の惨事でかなり壊されたんだけど……宮大工さんの匠の技によって、今は綺麗に補修されている。
 ……で。その社務所が、僕――星川健人の自宅、星川家でもあるのだ。
 現在、家に両親はいない。いつまでも新婚のつもりで、旅行なんぞに出掛けているのだ。熟年離婚という言葉からは光年レヴェルで程遠い。
 ……両親の仲がいいのは悪い事ではないと思うが、かと言って息子が放置プレイなのもどうか。まぁ、別にいいけど。
 父さんがいない間は、僕が宮司代理だ。別に決まってる訳ではないが、暗黙の了解というヤツである。
 僕が宮司として必要な技能を全て備えているかと訊かれれば、首を横に振らなければならないだろう。でも、別によかったのだ。地球に墜落した宇宙人が迷い込まない限り、滅多に人なんて来ないんだから。
 ……そう。
 地球に墜落した宇宙人が、迷い込まない限りは。
「そのハンバーグ、貰い受ける――ッ!!」
「――なッ!!?」
 夕食時の、星川家。そこは、技と技がぶつかり合うバトル・フィールドと化していた。
 僕の皿から、電光石火のスピードでハンバーグを奪う少女――ルル。
 銀の髪と赤い瞳という、いかにも宇宙人っぽい容姿を備えている。特筆すべきは容姿を備えているだけではなく、ホントに宇宙人であるという事だ。
 彼女の故郷の星は、飢饉で滅びる寸前らしい。ルルはそれを止めるために、宇宙という名の大海に飛び出し――あらゆる願いを叶えるという、星の神様を探しに出たのだった。
 ……そして、地球に墜落。そして、星川家に居候。無様にも程がある。
「ふっふっふっ……油断しているからそうなるのだ。まぁ、地球人ではその程度が限界だろうがな」
 人から奪ったハンバーグを頬張りながら、ルルが偉そうにする。故郷の民が飢饉で苦しんでるのに、君ばっか食ってるのはどうなんだ。
 ……しかし、詰めが甘いな。
「ぬ……何ッ!!? いつの間にか、私の分のハンバーグが消えているッ!!?」
 ルルが、バッと僕の方を見る。
 そこには、何事もなかったかのようにハンバーグを食す僕。無論、ルルの皿から奪ったハンバーグである。
「甘いね。ストロベリィのように甘いね、ルル。大人気ない父さんと、おかずを何度も取り合った僕のスキルを舐めていると――首が落ちるよ?」
 まぁ、最後は母さんによって両成敗なのだが。
 ルルは悔しそうに、僕のハンバーグを見る。
「くッ……やはり、ホーム・グラウンドでは健人が有利という事なのか」
「いや、場所の問題ではないと思うけど」
「だがッ! 一族の誇りに懸け、ここは敗けられんッ!」
 こんな事で懸けられる、一族の誇りって一体。
 僕のおかずに襲い掛かる、箸の連撃。行儀が悪い事この上ない。
 宇宙人とはいえ、郷に入っては郷に従え。テーブル・マナーというヤツを、教え込む必要があるだろう。
 ……ま、どうせ聞かんだろうけど。
 僕は風のように速く、それでいて美しく皿を舞わせ、ルルの攻撃を回避する。
 しかも、それだけ派手に動かしていながらも――皿の上のおかずは、少しも乱れる様子がない。
「な……ッ!?」
 僕の芸術的な技を見たルルが、驚愕。
 僕はフフフと不敵に微笑み、ルルに言ってやる。
「見たか……これが、君が侮っていた地球人の力だ」
「……く」
 ガックリと肩を落とす。一族の誇りとやらが、粉々に打ち砕かれたようだ。
 そろそろ付き合うのも面倒になって来たので、食事を再開。
「そう言えば、健人」
 すぐに復活したルルが、僕を見る。
 おかずを口に運びながら、答える僕。
「……ん?」
「天津甕星の件、どうなったのだ?」
 ……天津甕星。
 星隠神社祭神――建葉槌命によって服された、恐るべき鬼神。
 少し前に、僕とルルは天津甕星と出遭い――激しい闘いの末に、勝利を納めた。
 ……しかし。
 結局――逃げられて、しまったのだ。
 相手は神族。やはり、そう簡単にはいかないのだろう。
「大甕倭文神社や神社本庁が捜索してるらしいけど、討ったという話は聞かないね」
「……そうか」
 ルルが、むぅと唸る。
 僕も、それに関しては気になっているのだ。ほら、リヴェンジに来られても困るし。
「…………」
 ま、そんな事を心配しても仕方ない。
 僕は、つけっ放しのテレヴィに眼を向ける。
「……お?」
 その時、画面に速報が表示された。
 漫才をやっているお笑い芸人の頭上に、白い文章が現れてゆく。
「何だ、どうした?」
「ん……どうやら、沖縄の方で大きな地震があったみたいだね」
 とは言っても陸で起こった訳ではなく、海で起こったようだ。
 津波には気を付けなければならないだろうが、揺れによる被害はなさそうである。
「よかったな。健人の脳内のような、大きな被害が出なくて」
「それは一体どういう意味だ。僕の頭脳は、災害級に壊れていると言いたいのか?」
「頭が悪いのも災いの一種だろう。まぁ、私にはその気持ちが分からないが」
「さり気なく自分を持ち上げるなッ!!」
「持ち上げる? そんな事はしていない。健人が下過ぎるだけだ。まったく――生命体として恥ずかしいぞ、お前は」
「……どうしてそこまで言われなきゃならないんだろう、僕」
 人生って辛い。
 そんな事を、宇宙人とのトークから学びたくはなかったな。
「自覚すらないのか。末期症状だな」
「僕個人としては、君の脳の方が末期症状だと思うね。その性格と性根、纏めて矯正して貰ったら?」
「……何だと?」
「ごめんなさいゴメンナサイ、謝るからレールガンを向けないで、引き金に指を掛けないでッッ!!!!」
「……フン」
 レールガンを、仕舞うルル。こいつは食事時にも帯銃しているのか。
「はぁ……御飯を食べるのも命懸け……」
 溜息をつく僕。
 テレヴィ画面では、速報が続いている。しかし、僕はもう眼を向けない。
 ……この時は。
 まさか、あんな事になるだなんて――これっぽっちも、予想してはいなかった。



 ――翌日。
 僕は台所に立ち、2人分の目玉焼きを焼いていた。
 ……初めて『目玉焼き』という料理名を聞いたときの、ルルのリアクションは面白かった。『め、目玉を焼くのか……』と。
 それはともかく。
 そのルルはテーブルに座って、今か今かと朝食を待っている。
 ……何か納得出来ないものがあるのだが。居候なら、少しくらい手伝ってくれてもいいんではなかろうか。
 僕は奴隷か、とルルに尋ねようかとも思ったけど――肯定されたら心に一生消えない傷が残りそうなので、止めておく。嗚呼、硝子のマイ・ハート。
 焼き上がった目玉焼きと茶碗に装った御飯を、テーブルに持って行く。
「ほーら、ルル。エサの時間だよー」
「――殺すぞ?」
「ふん、僕が何度も銃に屈すると思ったら大間違い――止めて止めて、引き金に力を込めないでッッ!!!!」
 この調子で、回った星々にどんな迷惑を掛けて来たのかは……想像したくもない。何か、宇宙警察に追われてるっぽいし。
「それより健人、テレヴィを見ろ」
「……ほへ?」
 言われた通り、眼を向ける。
 画面には――昨日の地震の、続報が流れていた。
「地殻変動で、海底が隆起……?」
 沖縄の綺麗な海。その中に、1つの島があった。
 地震によって、海底の形が変わり――海面から飛び出して、島のようになったのだろう。
 ……さらに。
 驚くべき事に、その小島には遺跡らしき物があった。
 ――環状列石である。
「健人、環状列石とは何だ?」
「読んで字の如く、石が円形に配置されている遺跡の事だよ。英語ではストーン・サークル。ブリテンのストーン・ヘンジなんかが有名だね」
「……何の為に、そんな物を作ったのだ?」
「それに関しては色々な説がある。墳墓だとか祭祀場だとか……天体観測のためだとか」
 あるいは、全て正しいのかも知れないけど。
 僕は、テレヴィに釘付けになる。
「島の位置は……久高島の近くか」
 寄りにも寄って、久高島……ね。
 何と言うか、偶然と断定するには問題がある気がする。舞台として完璧過ぎる、とでも言えばいいのかな。
 ……さて、何の舞台なんだか。
「よし、ルル。今度の連休に、これを見に行くよ」
「……は?」
 ルルがぽかーんとした顔で、テレヴィから僕に視線を移す。
 飛行機のチケットを取らないとなー。沖縄本島から久高島までの船は……予約とかいるのか?
「ちょっと待て。どうして、急にそんな話になるのだ?」
「さっきも言った通り、環状列石は天体観測に使われていた可能性のある遺跡。星絡みとなると、僕もそれなりに興味がある」
「……で、何故私も同行しなければならない?」
「古代人が何の為に星を観測したと思ってるの? 祭祀場も兼ねていたんだとすれば、それは星に関する信仰があったという事だよ」
 と言うと少々大袈裟かも知れないが、そんなに間違っているとも思わない。
 東西を問わず、星というのはオカルティズムにおいて重要な要素である。
「君が探している、星神の手掛かりになるかも知れないじゃないか」
「……ぬ」
「と言うか、そもそも――僕がいない間、君はどうやって生活するんだい?」
「…………」
 フッ、勝った。
「じゃ、そういう事だから。準備をしておいてね」
 実は――ルルを連れて行くのは、もう1つ理由がある。
 ……海中から浮上した、環状列石を持つ島。
 何となく、不気味な感じがするのだ。まるで、かのホラー小説のよう。
 前述の通り、舞台は調っている。もしも僕が、その舞台に上がってしまった時の為に――ルルには、付いて来て貰わなくてはならない。
「…………」
 あ、ルルが怪しむ眼で僕を見てる。
 しかし、確実ではない事は余り口にしたくない。クールに御飯を食べ、誤魔化す僕。
「まぁいい。面倒な事になったら、健人を盾にすればいいだけだ」
 うわ、恐るべき計画を立てていらっしゃる。
「御馳走様」
 朝食を終え、席を立つ。
 さっさと自分の部屋に戻り、学校に行く支度をする。
 久高島へのアクセスは……家に帰って来てから、調べるとするか。
「行って来ます」
 家を出る。
 1度思いっ切り背伸びをした後、歩き出す。境内を横切り、鳥居へと向かう。
 鳥居には、鳥が何羽か留まっていたが――僕の気配を感じて、飛び去って行った。鳥居なんだから、いつまでも居ればいいのに。
「……ん?」
 そこで、ようやく――僕は、僕以外の気配に気付いた。
 ……鳥居の前に、誰か倒れている。
 駆け寄る僕。
「な――」
 倒れていたのは、少女だった。
 貫頭衣を着た、古代人のような少女。顔立ちは美しく、とても人とは思えない。
 ……まぁ、それはそうか。
 彼女は人ではない。地上に落ちて来た、輝ける明星なのだから。
 その少女は――
「……どうしようかなぁ」
 あの夜、僕達と死闘を演じた星神――天津甕星に、他ならなかった。



「論理的に考えると、健人は愚か者だな」
「うっさいよ」
 勝手に人を愚かだと証明しないでくれ。
 ……あの後。
 僕は家に戻り、ルルに事を伝え――2人掛かりで、天津甕星を家まで運んだ。
 ……その際、一悶着あった事は言うまでもない。爽やかな朝の神社に、銃声が響き渡る事になった。
 天津甕星は今、部屋の布団で眠っている。
「で、どうする気なのだ。大甕神社か神社本庁にでも引き渡すのか?」
「それはまぁ、眼を醒ました後に考えよう」
「……眼を醒ました時には手遅れかも知れないだろう。やはり、今の内に――」
 チャキッと、天津甕星の頭に銃を向けるルル。
 ……君はその調子で、どれだけトラブルを起こして来たんだ。1ミクロンたりとも知りたくないけど。
「はい、ストップ。まずは何故ここにいるのかを訊く、と結論を出しただろ?」
 凄まじいバトルの末に。
 ルルが一方的に撃って、僕が一方的に逃げていただけの気もするが。
「……ん」
 天津甕星の瞼が、ピクリと動く。
 そして――ゆっくりと、瞳を開いた。
「おはよう、天津甕星」
「……おはようございます」
「今がどういう状況か、分かっているね?」
「……はい、あと1点取れば逆転優勝です。我がチームの名は、歴史に刻まれる事でしょう」
 絶望的に分かっていなかった。
 寝惚けているのか。あの時も、こんな感じだった気がするな。
「眼を醒ませー、眼を醒ませー」
「……あうぅ」
 頭をガッチリとホールドし、思いっ切りシェイク。これで眼が醒めるという、科学的根拠はないけれど。
 ……しかし、反撃が恐い。彼女の力なら、小指1本で僕を殺せるのだ。
 ならやるな、という意見は無視。シカッティング。
「……そう言えば貴方達は、私を弑そうとした人達ですね」
「最初に襲って来たのはそっちだろう。僕達は正当防衛をしただけだ」
「……はて? 眼を醒ましたら、いきなりそこの異人に攻撃されたのですが」
 ルルを見る、天津甕星。
 どうやら、幼体時の記憶はないらしい。ここを襲ったのは……本能だったのか。
 その点を、説明してみる。
「……はぁ。それは、御迷惑をお掛けしました」
 ペコリと頭を下げる、天津甕星。
 何か、第一印象と色々違うなー。
「……で。どうして、自分を殺そうとした者達がいるこの神社に倒れていたのだ?」
 ルルは未だに剣呑な表情で、天津甕星に尋ねる。
「……私、追われていまして」
「知っている」
「……あちらこちらと逃げている内に、気が付いたらここへ」
 随分といい加減な理由だった。
 いや、理由なんて言えるほど大したものでもないよ。
「犯人は現場に戻る、というヤツか……ッ!」
 そしてルル。大発見したみたいな顔で言わない。
「……そ、そうだったのですか……!」
 さらに天津甕星。ルルのボケに、いちいち納得しない。
 ……ボケとボケの二重奏。ツッコミ担当としては、2倍の心労を強いられる。
 放り出したい。
「それで、お前はこれからどうする気だ?」
「……どうする気だ、とは?」
「かつて奪われたこの国を、取り返したいと思わないのか?」
「……それも悪くはありませんが。しかし復活直後に倒されたせいで、今の私には霞ほどの力しかありませんし……今更この国を制しても、失った私の民が黄泉から戻る訳ではありませんから」
 ……ふむ。
 どうやら、天津甕星は争いを望んではいないようだ。
 彼女は、僅かに俯く。
「……けれど、本当にこれからどうしましょう。追っ手など、今の力でも十分殲滅出来ますが……それをすれば、さらに面倒な事になるでしょうし」
 そこで――ハッと、顔を上げた。
 僕の眼を見て、
「……無理を承知でお願いしますが。私を、ここに匿っては頂けないでしょうか?」
 そんな言葉を、口にした。
「……はぁ」
 僕は、頭をかく。
 どうしてこう、おかしな事が起こるんだろう。僕は呪われてるんだろうか。
「仕方ないね……住めばいいさ」
「――なッッ!!!?」
 ルルが、僕に詰め寄る。凄い形相だ。
「正気か健人ッ!!? 忘れたのか、こいつのせいで私達は瀕死の傷を負ったのだぞッッ!!!?」
「瀕死の傷を負ったのは僕だけ。君は入院すらしなかった。ほら、ちゃんと覚えてるよ」
「だが――!!!」
「あと、1つ言う。これは恋人同士の距離だと思うよ?」
 僕とルルの顔は、今にも積極しそうな近さ。問い詰めるのに必死になるのはいいが、何か事故があったら困る。
「……ッッ!!!?」
 勢いよく、僕との距離を離すルル。
 あ、勢いがあり過ぎて壁に激突した。何をそんなに慌てているんだ。
「……ん? どうしたの?」
 天津甕星が、こちらをじーっと見ていた。
 何と言うか、見詰められると恥ずかしい。
「……いえ。まさか、こんなにあっさりと了承して貰えるとは思わなかったので」
「んー……君を野放しにして、面倒事が増えるよりはいいからね」
 今の力でも十分殲滅出来る、とか言ってたし。
 彼女を匿って、事が風化するのを待つのが1番だろう。その方が血も流れない。
「……健人ッ!! お前のような小童が、形態だけとは言え女の天津甕星と同居など……許されないだろうッッ!!!」
「だとしたら、僕は君も追い出さないといけないんだけど?」
「――ぐッッ!!!?」
 諦めの悪いルルだったが……完全に論破され、遂に言葉を詰まらせた。
 しかし、そんなに天津甕星と同居は嫌なのか。まぁ殺され掛けたのは確かだから、分からないでもないけど。
「そうだ。ルル、訊いてみたら? 彼女も星の神様なんだし」
「ぬ……いや、だがな……」
 ぬぬぬ――と、1分くらい唸り続けた後。
「……天津甕星。お前は、星を1つ救えるか?」
 ようやく、天津甕星に問うた。
「……よく分かりませんが……さっきも言った通り、私には力がありません。星1つなど、とてもとても。私の星――金星なら、ある程度は操れるのですが」
「……フン。訊いた私が馬鹿だった」
 ルルが、僕を見た。
 獣のような眼で、ギロリと睨む。
「そして、私に訊くよう言った健人はもっと馬鹿だッ!!」
「えぇー……?」
 何で僕に矛先が向くのか。まぁ、こういうのも慣れたけど。
 そんな自分が、ちょっと悲しい。
「……とにかく、話は決まったね。学校は……完全に遅刻か」
 ま、行かなくてもいいや。行っても、得する事がある訳じゃないし。
 僕は、うんしょと立ち上がる。
「じゃ、僕は部屋に行くから」
「ん? どうするのだ?」
「ネットで、久高島へのアクセスを調べる。あと、飛行機のチケットも取らないといけないし」
「……神社でインターネット。何だか噛み合わないな」
「そう? サイトを開設してる神社とかも、かなりあるんだよ?」
 うちはやらないけど。この寂れた神社の情報を公開しても、恥を晒すだけである。
「ああ、そうだ。天津甕星――は呼び難いから、ミカって呼ぶよ。で、ミカ」
「……何でしょうか?」
「僕達、今度沖縄に行くんだけど……君も行く?」



 空港から飛行機に乗り、僕、ルル、ミカは沖縄――那覇空港へ。
 ゆいレールを使い、那覇空港から旭橋駅に。今度はバスに乗り換える。
 沖縄本島には、ゆいレール以外の鉄道が存在しないので――移動は、バスしかないのだ。
 1時間近くバスに揺られると、そこには安座真サンサンビーチ。バスを降り、歩く。
 港から船に乗り――夕刻、僕達はようやく久高島に到着した。
「…………」
 すでに、疲れ果てて無言の僕。ルルも似たような感じだ。
 さっさと宿に行って、今日はもう休みたい。
「……ここが久高島ですか。何か、不思議な気を感じますね……」
 僕とルルはゾンビ状態なのに、ミカは余裕。
 その表情に、疲れは見えない。さすが神、タフだ。
「……不思議な気、か。確かにね」
「何だ、健人? お前まで何か感じるのか?」
「そりゃそうだよ。この久高島は、琉球神話の創世神――アマミキヨが、天から降り立った場所。沖縄屈指の聖地なんだから」
「……ぬ。そんな場所だったのか」
 腐っても、僕は神職の息子だ。宗派が違うとはいえ、土地の力くらいは分かる。
 ルルは……まぁ、ルルだし。神秘を感じろという方が無理だろう。
「何か、私にとって不利益な事を考えてるな」
「滅相もない」
 くっ、何でそんな事ばかり感じ取れるんだ。鋭いのか鈍いのかサッパリ分からん。
「とにかく、この島はニライカナイに通じるとまでいわれている島なんだよ」
「……ニライカナイ、とは何ですか?」
 ミカが僕に尋ねる。どうやら、この島に興味が湧いて来たようだ。
「海の彼方にあるとされる、神々の棲む異界の事。本土の言葉で言えば、常世が1番近いかな」
 常世とは、日本神話における不老不死の国だ。
 神話では――常世から少彦名神(すくなひこなのかみ)が日本を訪れ、大国主神(おおくにぬしのかみ)の国作りに力を貸したといわれている。
「1年の初めに、ニライカナイより神がやって来て豊穣をもたらす。海から来て国を助けるという点も、少彦名と似ているね」
 人間の世界でも、何か新しいものは海の向こうから来るものだ。神々の世界でも、それは変わらないという事だろう。
 ……とは言え。
「ま、海より来るものが、必ずしもよいものだとは限らないけれど。ニライカナイからは、穀物を喰い荒らす蟲なんかも来るらしいし」
 そう、海より這い出る邪悪。
 例の島に――それが、ない事を祈る。
「それと、忘れない内に言っておくけど、沖縄には御嶽(ウタキ)という聖域があって――この島にも、クボー御嶽がある。禁足地だから、決して入らないようにね」
「そうは言われても、それがどこか分からんのだが」
「調べとけ」
 僕は、一言で終わらせる。
 ルルは島中を駆け回って、御嶽を侵しそうで恐い。ルルが琉球の神々に祟られるのはまったく構わないが、僕にとばっちりが来るのは御免だ。
「お、見えた見えた」
 そんな事を話している内に、泊まる民宿へと辿り着いた。
「はい、3部屋予約の星川さんね。ではお部屋に案内しますので、こちらにどうぞ」
 女将のおばさんが、ニッコリと微笑む。いい人そうだ。
 女将さんの言葉は、綺麗な共通語。観光客もたくさん来るだろうし、そうでないといけないのだろう。
 ……しかし、ひとり1部屋も取ってしまった。さすがに男の僕が、彼女達と同じ部屋というのは抵抗があったし……ルルとミカを同室にしたら、喧嘩でこの宿が崩壊してしまうかも知れない。
 うぅ、金が減るぅ……。
「星川さん達は、観光でこの島に?」
「勿論、観光もしますが――僕は、地震で浮かんだ島に興味がありまして」
「ああ……あの島ねぇ……」
 女将さんの表情が、暗くなる。
 ……何か、あるんだろうか。
「島が、どうかしたんですか?」
「いえね――偶然だとは思いますけど。島が現れてから、この島の人が行方不明になり始めてねえ……」
「……行方不明、ですか」
「御年寄りは皆、あの島は不吉だって言ってるし……」
「…………」
 僕達は、顔を見合わせる。
 ……どうやら、よくない予想が当たりそうだ。
「あら、ごめんなさいね、変な話しちゃって。はい、星川さんのお部屋」
 女将さんが、扉を開く。
「御厄介になります」
 部屋に入る僕。
 中は――質素な和室。外の景色も見えて、悪くない。
「じゃあ、また後でな」
「……では」
 ルルとミカは女将さんに連れられ、廊下を歩いて行った。
「ふぅ……」
 重い荷物を、どかっと置く。
 例の島には、夜中にこっそりと向かう予定だけど……今夜は、休んだ方がいいかな。
 よし。たくさん夕食を食べ、明日に備えて寝るとしよう。




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