――その星は、滅びの危機に瀕していました。 何年も続く飢餓。平和だったはすの星は、どんどん力を失っていったのです。 その星に住んでいた少女――ルルは、宇宙船に飛び乗りました。 遠い遠い、名も知らぬどこかの星には、あらゆる願いを叶えてくれる星の神様が住んでいると聞いたのです。
「……あ」 僕が学校から家に帰る途中、流れ星が見えた。 流れ星はスス――っと流れて行き、向こうの山に落ちたように見えた。心なしか、落下音も聞こえたように思える。 「まぁ、そんなはずないか」 流れ星とは、大気圏に突入した岩とかが、摩擦熱で燃え上がる現象だ。よほどの事がない限り、地上に届く前に燃え尽きる。 「……儚いよなぁ……」 しばらくの後、僕が家に帰ると。 「――上がっているぞ、地球人」 家に、謎の女の子が存在していたのでした。 「……は?」 「どうした、マヌケ面をして。いや、元々そんな顔なのか」 何で、我が家で見知らぬ女の子が茶を飲んでいるんでしょう? えーと、不法侵入者? 「……いくつか聞きたい事があるんだけど」 「うむ、質問を許可しよう」 何様なんだ一体。 「君は誰?」 「ふっ、よく聞いてくれた」 あ、何か嬉しそうだ。 「私は、遠く離れた星からやって来た――お前達の言葉で言うならば、宇宙人だ」 「はいはい、ワロスワロス。で、君は誰?」 「……これっぽっちも信じていないな?」 女の子は溜息をつくと、急に笑顔になり、 「では、分からせるとしよう」 SF映画に出て来るような、やけに角ばった拳銃を取り出した。 ……そして、僕に向ける。 「そ、そんなオモチャで恐がると思ったら、大間違いだよ……」 さっきから頭の中でブーブーと警報が鳴っているが、ここで退く訳にはいかぬ。 「――では死ね」 女の子が、引き金を引いた。 「――ッ!!?」 僕が反射的に頭を下げると、一瞬前まで頭があった場所を超高速の何かが通り抜ける。摩擦で空気を焼き、残像で軌道を描きながら。 その何かは窓ガラスを突き破り、外に飛んで行った。 ……お隣さんから悲鳴が聞こえたが、気にしない事にする。 「な、な、な……!?」 「電磁力で弾丸を加速させ発射する――いわゆるレールガンという奴だ。命拾いしたな、地球人?」 謎女は、笑顔で僕に言う。 「さて、もう1度、この星の下等生物にも理解出来るように、ハッキリと言ってやろう。私は、遠い星からやって来た」 ……認めなければもう1発ブチ込むぞ、と眼が語っている。 「はぁ……で、その宇宙人が何故我が家に?」 とりあえず譲歩。宇宙人という事は容認する。 そうなると……まさか、さっき見た流れ星は、落ちて来る宇宙船だったのだろうか。 「ちょっとしたトラブルが起こってな。故に、この家に避難したのだ」 「……だから、何故この家に?」 「近かったからだ」 ……アレか。ただ単に、僕は運が悪かったのか。 「で、宇宙人さん。君は何でこの星に?」 「私には、ルルという尊い名前がある」 「それを言うなら僕にだって、星川健人(ほしかわけんと)という名前があるよ。……で、何でこの星に?」 「――うむ。星の神様を捜しに来たのだ」 そうかそうか、星の神様を捜しに来たのかぁ。 「……は?」 「つまり、故郷の星を救うために星の神様を捜していると」 「下等生物にしては理解が早いな」 ……こいつ、そろそろ摘み出そうか。 「でも、それならこの星は多分外れだよ? 神様なんて、神話とか伝説の中だけの存在だし。少なくとも、この地球ではね」 「分かっている。宇宙船が故障したから、不時着ついでに仕方なく来ただけだ」 「…………」 不時着、かぁ。ああいうのは、墜落って言うと思うんだけどなぁ。 「で、宇宙船はどうするの?」 「無論、すぐに修理して次の星に旅立つ」 「……どうやって修理を?」 「そんなの、この星の技術でに決まっているではないか」 「…………」 ……えーと。僕は、もの凄く言い辛い事を言わなければならないようだ。 「悪いんだけど。この星に、宇宙船を修理出来るほどの技術レヴェルはないよ」 「……ははは。冗談が上手いな」 僕は、何も言わずに首を振る。 「……そんな。私は、私はどうすればいいのだっ!?」 「他に、何か手立てはないの?」 「……ない。通信機も、船と一緒に壊れてしまったし……」 助けを求める事は不可能、か。 「この星から動けなければ、星の神様を捜しに行く事も、ましてや帰る事さえも……」 ルルは、目尻に涙を浮かべる。 「……なら、出来る事は1つだね」 「何……?」 「この星で、星の神様を見つける。そして、ルルの故郷である星に行ってもらう」 「…………」 「君は故郷に帰れないけど、故郷を救う事は出来るはずだ」 「……そうだな」 ルルは涙を拭く。 「よく言った、地球人。特別に、これからは『健人』と名前で呼んでやる」 「光栄だよ。でもソレ、人と人とのコミュニケーションにおいて初歩の初歩だから。そんなに偉そうに言われても」 「……はぁ? 貴様、私との格の違いが分からんのか?」 やっぱり摘み出そうか。 「で、だ。私はこれから、星の神様を捜さなくてはならない訳だが」 ……ああ。そういう意味では、こいつがこの家に来たのは何かの運命かも知れない――。 「…………」 僕は無言で歩き出す。 何かを感じ取ったのか、ルルも付いて来た。 外に出ると――そこには、とある神社が佇んでいる。 「僕は、この『星隠神社』の宮司の息子なんだけど」 まったく、おかしな因果だ。 「星隠神社の祭神は、倭文神建葉槌命(しとりがみたけはづちのみこと)。日本神話の織物の女神で、それは七夕に祭られる織女星に通じる」 つまり―― 「――星の神様、だよ」 ――翌日。 僕は台所に立って、朝食を作っていた。 父さんと母さんは旅行に出かけており、家にはいない。いつまでも新婚気分のバカップルである。 つまり、今の僕は宮司代理といった所か。 居間では、ルルが今か今かと朝食を待っている。どうやら完全に居座るつもりらしい。 ……と言うか、今更だけど。 「ねえ、ルル。君って、地球の食べ物を食べられるの?」 「問題ない。私は、あらゆる環境に適応出来る」 便利な身体だった。 地球の1Gと1気圧の中で平然と生きているのは、その体質あっての事か。 「で、これからどうするつもり?」 出来上がった朝食を、テーブルに持って行く。 「うむ。とりあえず図書館にでも言って、地球の事を色々と調べてみる」 図書館。思ったより普通の調査法だ。こいつの事だから、もっと非常識な方法をとるかと思っていたけど。 「……何か、失礼な事を考えていないか?」 「完膚なきまでに気のせいだよ」 僕達は朝食を食べながら、朝のニュースを見る。 昨日、夜空に謎の発光体が目撃されたらしい。 番組のコメンテイターが、冗談で『宇宙船でも落ちたんですかね』と言っている。完全正解だが。 ……さて、今日明日は久し振りの休日。どうしようか。 学校とか家事とか宇宙人とか、そういう煩わしい事を全て忘れ、ゆっくりと羽を伸ばしたい。 「健人。分かっているとは思うが、後で図書館へと案内してもらうぞ」 ……羽を伸ばすのは、無理なようだ。 ――図書館。 僕が手にしたのは、聖書。 新約聖書の『ヨハネの黙示録』を、心の中で朗読する。 竜――即ちサタンが、星々の3分の1を地に投げ落とす場面。 これは、サタンが天使の3分の1を味方に付け、神に反逆した事を示している……らしい。 (……星、か) ルルの方に眼を向けると、速読なんてもんじゃないスピードで本を読んでいた。 ……いや。あれは多分、読んでいるのではなく見ているのだ。本の内容を、知識としてではなく、映像として脳に取り込んでいるのだろう。 それにしても、『広辞苑』を数分で読み終えるのはやはり異常だ。ルルは、図書館の人々の視線を釘付けにしている。 他人のフリをしよう。読書に集中だ。 「健人、帰るぞ」 他人のフリは、5秒で脆くも崩壊した。 「……何? もう調べ尽くしたの?」 「いや、飽きた」 こいつ、真面目にやる気あるのか。 「とにかく行くぞ。私は、1度決めた事は絶対に曲げない」 こういう場合、それは極めて短所である。 結局、神社へと戻る事になった。 「そう言えば、地球では星々に神の名前を付けているのだな」 神社への帰路、突然ルルがそう言い出す。 「ああ、そうだね。太陽系の惑星やその衛星には、ギリシア・ローマ神話の神々や妖精、あるいは人物の名が付けられている」 「いい趣味だ」 ルルが笑う。 古代人にとって、夜空を覆う星は天から自分達を見下ろす神々そのものだったのだ。現代になっても星に神名が付けられるのは、その頃の慣習が残っているからなのだろう。 「でもそうなると、『星=神』という事になるよ。『星の神様』というのは矛盾してる――」 「…………」 「……ごめんなさい。冗談だから睨まないで」 あと、さり気なく銃口を向けるのも。 「ふん、まぁいい」 ルルは、銃を収める。からかうのも命懸けの僕。 「……確かに、星と神は関係が深いよ」 世の中には、星が動くと海の底から復活する邪神とかがいるし。 「でも、その点ではこの国は他国に劣っているね」 そう、日本は星に関わる物語が少ない。星を繋いで絵を作るような文化の人々と比べると、圧倒的に。 「だから、私の神様捜しは難航すると? ふん、そんな事は杞憂だ」 それでも、ルルは余裕。 その自信はどこから来るのか。やっぱり、電波に乗って宇宙の彼方から来るんだろーか。 「……またおかしな事を考えているな?」 「滅相もない」 だから、銃口を向けないで。 「夫れ神とは 天地に先立ちて 而も天地を定め 陰陽を超えて 而も陰陽を成す――」 僕は、神社の本殿で祝詞を奉納していた。 やる事がない時は、精神修行を兼ねてこういう事をやっている。 ちなみにルルは、まるで自分の家のように星川家の中へと消えた。もう好きにしてほしい。 「天地に在りては神と云ひ 万物に在りては霊と云ひ 人に在りては心と云ふ 心とは神なり――」 ……本殿には、御神体と共に1つの箱が納められている。 「故に神は天地の根元 万物の霊性 人倫の運命なり当に知る 心は即ち神明の舎 形は天地と同根たる事を――」 箱の中身は、この神社に伝わる神器。皇室から奉納を要求された事もあると聞く。 「……ふぅ」 そろそろ、夕食の時間か。 神社から家に戻る。ルルは、居間でゴロゴロしていた。 「戻って来たか。早く夕食の支度をするのだな」 1発殴りたい。 心の中でルルをボコボコにし――いそいそと夕食を作り始める僕。理想と現実のギャップは厳しいのだ。 無言でテレヴィを見ているルルを横目に、夕食を作る。 ちなみに、別に神社だからと言って和食ばかりではない。僕は洋食も作る。 父さんも母さんも和食しか作らなかったから、神社とはそういうものなのだと思っていたが……真実は二人の好みだった。酷い話だ。 「うむ、悪くない」 ロールキャベツを一口し、ルルが一言。 ……そう言われると、悪い気はしない。ゴクツブシの居候宇宙人だとしても、その存在を認めそうになってしまう。騙されるな僕、油断するな僕! 「で、ルルは今までにいくつの星を回ったの?」 「十数、といった所か。捜し始めて数年、知っての通り成果はないがな」 「……十数、か。危険な星もあったりした?」 「うむ。ある星では、生物と機械の戦争に巻き込まれたりもした。あのハンド・レールガンは、その時手に入れた物だ」 「へぇ……」 映画のような話だ。 「他にも、剣と魔法が支配する星で、勇者一行と共に邪神復活を企てる邪教集団と戦った事もあったな」 また月並みな。 「で、邪教集団を壊滅させ、邪神復活を阻止してハッピィ・エンド?」 僕は何気なく言ったが、 「――いや、私達は敗けた。仲間は皆殺され、生き残ったのは私1人。私は、逃げるように次の星へと出発した」 答えは、軽くなかった。 「…………」 ……現実なんて、そんなモノなのか。 「ねえ。どうして、星の神様を捜しているの?」 「故郷を救うためだと教えたろう。もう忘れたのか? その頭には穴でも開いているのか?」 「いや、そうじゃなくて。何で、ルルが捜しているのかって話」 星を救う事は確かに必要だが、だからと言ってそれをルルがやらなきゃならない理由はないと思う。 家に篭ってぼーっとしてれば、どこかの誰かが、ヒーローみたいに全てを解決してくれるかも知れないのだ。 なのに――危険を覚悟で、この少女が宇宙の大海に飛び出したのは何故なのか。 「私は、故郷を愛している。他の誰でもなく、私が愛しているのだ。だからこれは私の仕事だし、誰にも譲るつもりはない」 「…………」 そう断言されると、こっちとしては何も言えなくなる。 「……む。ソースが遠い」 「え? あ、ほら」 僕は、ソースを手渡してやる。 ルルは、コロッケにソースをドバドバと注ぐ。……かけ過ぎだろう、それは。 「……成人病になるよ?」 「ふっ、脆弱なホモ・サピエンスと一緒にするな。いい機会だ、ヒューマノイドとしての格の違いを見せてやろう……ッ!」 ルルはさらに、からしとタバスコをかける。 そして、一気にかぶり付いた。 「…………」 ……何か、涙目になってこっちを見ている。 だが、完璧に自業自得。僕に出来る事はないので、自分のコロッケを食べる。 ルルは涙目になりながらも、もっきゅもっきゅとコロッケを完食した。そのガッツは素晴らしいと思う。 「……どうだ、見たか」 「うん、見た。ところで、君こそ僕の姿見えてる? 涙と汗で顔面グショグショだけど」 「ならば分かったろう。私が、まるで王の如く優れているという事が」 ……会話が出来ていない。辛味が脳に回ったのか。 「このサラダ、少々水分が足りんな」 ルルはサラダに蛇口から水を大量に注ぎ、飲み干すように食べる。 ……水分が足りてないのは、君の舌だろう。 「ふぅ……」 ようやく落ち着いたらしい。 「で、何の話だったか……ある星では、生物と機械の戦争に巻き込まれたりもした。あのハンド・レールガンは、その時手に入れた物だ」 ……どうやら、記憶まで飛んだようだ。 (こいつ、実はダメダメだよなぁ) 僕はルルを見ながら、そんな事を思っていた。 こうして、夜はふけてゆく。 この夜。まるで引き寄せられたかのように、第二の流れ星が地上に落ちた事を――僕達はまだ知らなかった。 朝、起きると。 「――遅い。早く朝食を作れ、三下」 居間では、宇宙人が威張っていた。 「…………」 思わず粗大ゴミとして捨ててしまおうかと考えたが、理性をフル動員してストップさせる。元より勝ち目ないし。 言われた通り朝食を作り、食卓に並べる。何か屈辱。 「――いただきます」 合掌の後に、食事を開始した。 朝のニュース番組は、世界中で起きた事件事故を報道している。 それによると昨夜、日本に隕石が落ちたらしい。 その、場所は―― 「――大甕倭文神社(おおみかしずじんじゃ)だって!!!?」 僕は、椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。 ルルが驚いているが、気にしている場合ではない。 うちの星隠神社は、大甕倭文神社から建葉槌命を勧請して建てられた神社。 勧請とは、神の御霊を分け、分霊として他所で祭る事だ。神が分身なら、神社もまた分身同然。 僕は、電話の受話器を上げる。 「はい、星隠神社の者です……本殿にも被害が出たんですね……それじゃ、アレが黄泉還ったんですか……っ!!?」 俺は出来る限り話を聞き出すと、通話を切った。 「……何やら、非常事態のようだな?」 「ああ。父さんと母さんにも連絡したいけど……」 今頃は、どこかの秘境で未知の生物と闘ったりしているだろう。連絡手段はない。 「……うちの神社には、建葉槌命の神器がある。狙われる可能性が高い」 僕が呟いていると。 「……おい」 ルルが、さっきの僕のように椅子を蹴って立ち上がった。 「ど、どうしたの?」 「何かいる。神社の方だ」 「……!?」 僕は走り出す。ルルも、それに続いた。 外に出、神社の境内へと向かう。 「これは……!!?」 ……境内は、様子が一片していた。 例えるなら、巨大な動物の胃袋の中。少しずつ消化されるような不快感が、肌を焼く。 異界の中心に存在するのは、1つの大きな石だった。 「る、らら、か、かん……っ!」 その石は奇声を発し、まるで心臓のように脈動した。血管じみた触手が、のた打ち回る。 ソレは、僕達を認識すると―― 「――な、くら!」 槍のように、触手を伸ばして来た。 「……ッ!」 ルルはレールガンで、迫る触手を撃ち砕く。 さらに、石本体にも数発撃ち込んだ。 「かす、らまま、ままなかかかかああああっっ!!!?」 石は、耳障りな悲鳴を上げ――跳ねるように、逃げて行った。 ……しばらく、僕達はそこで呆然とする。 「何だ、アレは……? 様々な星で様々な生物を見たが、あれほど異様な気配を持ったモノは初めてだ。……いや、そもそも生物なのか? 何故か、隕石を連想したが」 僕は、ルルの疑問に答える事にする。 「君が捜しているものの、一種だよ」 「……何? どういう意味だ?」 僕は、その言葉を口にした。 「――そのままの意味さ。アレは、星の神様なんだよ」 |