邂逅輪廻



「特技は、情報操作です」
 眼前の少女は、事も無げにそう言い切った。ここは、俺が通う高校の屋上。この少女とは、完全無欠の初対面だ。この春に入学してきたばかりらしく、何処かですれ違ったくらいはあるかも知れないが、記憶には無い。
 そんな彼女と、何故こんな場所に居るのかと言われれば、今朝方、下駄箱に手紙が入っていて、中には『放課後、屋上で待っています』、と。そしてそれはピンク色の封筒に、桜の花びらをあしらった便箋だったので、俺は有頂天になってやってきた、と――おいこら、そこ。笑うんじゃない。たしかに有り得ない程、ベタベタな伝達手段だが、分かるだろう。ロマンって奴をさ。
「はぁ、情報操作ね」
 期待していたのと、ねじれの位置にある程、開きがある単語に、やる気無く返答した。
「はい。現代社会に於いて、情報と言うのは、勝利の為に必要不可欠なものです。政治界、経済界、スポーツ業界、漁業界、自然科学界、医学界、ネットゲーム業界、法曹界、警察消防組織、神社仏閣などなど、ありとあらゆる分野で、情報無くして成功無しと言い切っても過言ではありません」
 何か一つ、微妙なのが混じっていたと感じたのは、俺の気のせいだろうか。
「そこでです! 次期生徒会長候補である先輩の選挙参謀として、お手伝いさせて頂きます!」
「あー」
 ようやく話が見えてきた。うちの生徒会長は年二期制で、五月と十一月に全校選挙で選出される。俺は二年生で、来月行われる五月期に立候補する予定だ。つまり彼女は、俺の陣営に入りたいと言っている訳だ。しかし、その内容だと理解出来無いことが一つある。
「この封筒と便箋は何?」
「お姉ちゃんの私物を拝借しただけなので、深い意味は無いです」
 君のお姉さんとは、一度腰を据えて話し合うべきの気がした。
「ほっほう、そうかそうか」
 俺が出馬するのは、選出されないことが前提の暇潰しみたいなものだ。接戦で負けて、悲劇の主人公として女の子にモテようとかいう計画も無い訳では無い。でもまあ、所詮はその程度の動機なので、メンバーも悪友と呼べる顔見知りばかりだ。そんな中、やや電波気味だが、女の子が味方になりたいと言うのだ。喜んでしかるべきだろう。
「今、私のこと電波とか思いませんでした?」
「いえ、まったく」
 ちっ、読心術の使い手だったか。しかし表情を変えず嘘を吐くのは、政治家にとって必要最低限のスキルだ。敵を欺くには先ず味方からとも言う。若干、使い方が違っている気もするが、それは気にしないでおこう。
「それで、何で俺な訳?」
 立候補者が発表されるのはもう少し先だが、概ね候補は絞られている。まあ、一通り声を掛けている可能性もあるが、そう聞いておくのが無難だろう。
「それはもちろん、先輩が最弱の候補者だからです」
 ――うぉい。
「私の家は代々、選挙参謀を生業としているんです。そして十五歳になった時、最も身近な選挙で一番可能性が低い人のサポートをして当選させることで、一人前として認められるんです。お父さんやお母さん、それにお姉ちゃんもこの試練を乗り越えて、大人になったんです」
「いや、どっちの家系かは知らんが、両親共ってのはおかしいだろ」
 そんな馬鹿げた家訓を持った家が、そうそうある訳も無い。
「うちの両親、従兄妹同士なんですよ」
 あ、成程。こいつは盲点だったぜ。
「と言う訳です。私はこの命に代えても、先輩を生徒会長に仕立て上げてみせます!」
「ちなみに、断るとどうなるの?」
「特には何も」
「ほう?」
「次点の方の所へ行くだけです」
 下から二番目はブービーの方がしっくり来る気もするが。
「でもそれって、家訓に反してないか?」
「いえ、先輩が出馬しなければ、必然的にその方が最下位になりますから」
「……」
 いやいやいや、ちょっと待て。
「知ってました? この学校の規則では、立候補者は告示当日、本人が届けを出さないといけないんです。如何なる事情があろうと代理は認められません。つまり当日、先輩が欠席すれば、それで終わりです」
「つまり、実力行使に打って出るっていうことか」
 さりげに、恐ろしい会話になってきた気がするぞ、おい。つうか、何処が何もしないんだよ。
「まあそれもありと言えばありですけど、学校を一日休ませるくらいなら、幾らでも方法はあるんですよ。例えばですね――」
「いや良い。それ以上は語るな」
 触れてはいけない世界だと、本能が告げていた。
「それに泡沫候補が立候補を取りやめたと言っても、誰も気にしませんし」
 酷い言われようだった。
「でも先輩は、私を受け入れてくれるので、その心配は要りません」
「何で言い切れる」
「目が楽しそうですから」
 成程、洞察力は大したものらしい。
「しゃあない。ここは一つ、生徒会長を目指してみますか」
「その意気です」
 お世辞にも自分にその器があるとも思えないが、やるだけやってみるのも悪くない。彼女には、その気にさせる何かがある。それもきっと、参謀としての素養なのだろう。

 その後、このことがきっかけで、俺が日本国首相にまで登りつめたなどという話は――とりあえず、無いと信じておこう。




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