パソコンに馴染み深い人なら、知っているだろう。 電源を切り、画面が暗くなると――鏡のように、背後が映し出されるという事を。
ある時、学校でこんな話を聞いた。 ネット上のどこかに掲載されている、『黒い鏡』という小説の噂。 「でだな、その小説を読むと――」 「はいはい。どうせ死ぬんだろ」 「――なっ!!? 話のオチを取るな!!!!」 そんなもん、オチなど読めて当然だろうが。 「そういう噂の類って、大抵最後は死ぬだろう。もっとこう、面白おかしくは出来んのか? 地下暗黒帝国に連れ去られるとか」 「地下暗黒帝国って何だ……」 まぁ、地下暗黒帝国はともかくとして。 「にしても、ネット小説を読むと死ぬ、か。時代と共に、ホラーの舞台も移り変わって行くよなぁ」 以前はヴィデオテープとかだったのに。 「ま、よくある都市伝説の一種だな」 「ふっ、そういう風に考えてると痛い目に遭うぞ。世の中には、不思議な事がたくさんあるのだ。例えば……誰もいないはずなのに、物音がする押入れとか」 「……ネズミでもいるんじゃないのか?」 俺が、呆れて言うと。 「そう言えば、佐山ってどうしたんだろうな」 「ああ、佐山か……」 佐山とは、俺達のクラスメイトだった男だ。ここ最近、学校に来ていない。 特に仲がよかった訳ではないが、悪かった訳でもない。それなりに気になっていたりする。 ぺた、ぺた。 「……ん?」 「何だ? どうかしたか?」 「今、俺の後ろって、誰かいるか?」 「いや、誰も」 「…………」 何か、素足で歩いてるみたいな音がしたんだが……気のせいか。 夜――自宅。 2階の自室でネットサーフィン中だった俺は、ふと学校で聞いた噂話を思い出した。 「まさかねぇ……」 試しに、『黒い鏡』で検索してみる。 で。 「……こりゃダメだな」 恐ろしい数の検索結果。この中から、問題の小説を見つけるのは無理だろう。面倒臭いし。 俺はそれで『黒い鏡』の捜索を放棄し、趣味の世界に入り込んでゆく。メイドさん萌え。 「聞いたか? 佐山の話」 「ああ……」 俺は、小さく頷く。 行方不明だった佐山が、昨日見付かったのだ。 ……彼は、自宅で餓死していたらしい。それも、電源の入ったパソコンの前で。 「オンラインゲームにでもハマって、飲み食いを忘れたのか……?」 「まさか。生きてなきゃ、ゲームだって出来ないだろ」 「……だよなぁ」 俺は、花が飾られた佐山の席を見る。 一体、何があったんだ……? ぺた、ぺた。 「なぁ、俺の後ろ――」 「ん?」 「いや、何でもない」 ……その夜。 夕方辺りから天気が悪くなっており、窓の外では雷雨が降り注いでいる。 「嫌だなぁ……停電だけは止めてくれよ」 ネットサーフィンをしながら、そんな事を思う。電気はまさしく生命線だ。 「……あ」 その時――俺はまた、『黒い鏡』の事を思い出した。 俺は昨夜と同じように、捜索を開始する。 ……どのくらい、時間が経ったのか。数分だった気もするし、数時間だった気もする。 俺は、『黒い鏡』というタイトルの小説を見付け出した。 ぺた、ぺた。 「……普通だな」 内容は、特に奇抜でもないホラー。 ぺた、ぺた。 「……ん?」 今、外からおかしな足音が聞こえたような。 いや、そんなはずない。外には雷雨の音が響いている。足音なんて掻き消されるだろうし、そもそも雷雨の中を素足で歩くような奴なんて―― ぺた、ぺた。 俺は気を紛らすかのように、『黒い鏡』を読む。 ……そう言えば、忘れてた。この小説って、読むと死ぬんだっけな。 キィ……バタン。 家のドアが開き、閉まる音。 あれ? 鍵、かけ忘れてたっけ? ……いや、そんな事は問題じゃない。誰、が。 「…………」 ぺた、ぺた。 階段を、登ってくる音。 ……泥棒なら、さっさと好きな物を盗って帰ってくれ。 でも俺の部屋には来るな。ここは、大して価値ない物ばかりだ。古いパソコンとか、漫画本ばかりの本棚とか。 ぺた、ぺた。 ……だから。 俺の部屋には、来るなってのに……っ!!!! がしゃ。 ……ドアノブが、廻る。 キィ。 ドアが、開く。 ぺた、ぺた。 何かが、俺の背後で立ち止まった。もぞもぞと、動いてる音。 ……俺はこの時、どうして佐山が餓死したのか理解した。 背後にピッタリ付かれたんじゃ、何も出来やしない。 パソコンの電源が入っていたのは――電源が切れて画面が暗くなったら、背後のモノが映し出されてしまうから。 「…………」 佐山は、『黒い鏡』を読んで死んだんだ。 そして――俺が、ソレを読み終わった後。 「……ッ!!?」 一際大きな雷鳴が、轟いた。 ……部屋の照明が、点滅する。 「あ……」 待て。止めろ。停電は止めろ。 勘弁してくれ。今はダメなんだ。何で、今日のこの瞬間に停電するんだ……! 「あ、あ」 パソコンの電源が、落ちる。画面が、黒い鏡と化して 「なぁ、知ってるか? また、パソコンの前で人が死んだらしいぞ」 「ああ、聞いた聞いた。今度も餓死か?」 「それが、違うらしい。今回は、ショック死だって聞いた」 「ショック死? 何か恐ろしいもんでも見たのか?」 「さぁ……あ、もしかしたら例の小説かもな」 「『黒い鏡』、か。なるほど、それがあまりにも恐くてショック死、と」 「何か面白そうだな。今夜辺り、探してみるか」 「……気を付けろよ? 今夜は雷雨だ。停電したら大変だからな」 「はいはい、分かった分かった……って、今の誰?」 「誰って?」 「何の事だ?」 「だから、俺の後ろから声をかけた奴」 「何言ってんだ? お前の後ろになんて誰も――」 「……え?」 ぺた、ぺた。 |