「はぁ、はぁ……!」 朝の高校。 俺は、校舎裏に向けて駆けていた。 全力疾走。遅れれば、事態は取り返しのつかない事になる。 ……発端は、1人の風紀委員。 少し前、うちのクラスに転校生がやって来た。 名前は羽村幸緒。名前の通り、女の子だ。 羽村は人数が足りていなかった風紀委員会に入る事になり、晴れて俺の相方となったのだが……。 「くそ、あのバカ……ッ!」 あいつは風紀委員としての職務を全うすべく、不良の溜まり場になってる校舎裏に突撃したのだ。 目撃者からその情報を得た俺は、慌てて追い駆けた――という訳である。 「…………」 近付いて来る、校舎裏。 ……見たくない、という気持ちが大きい。どんな悲劇が起こっているかは、火を見るより明らかだ。 覚悟を決めて、現場に入る。 「ん? 何だ、来たのか」 「……遅かった」 訂正しよう。こりゃ悲劇じゃなくて惨劇だ。 拳を血に染め、十数人の不良を倒した羽村が――涼しい顔で、俺を見た。
「……納得いかない」 昼休み。 風紀委員室で、羽村はそう呟いた。 放課後になると仕事をしに来た風紀委員で一杯になるこの部屋だが、わざわざ昼休みに仕事をする奴がいるはずもない。 俺がここに来るのは、誰もいない場所で静かに弁当を食べるためだ。 ……なのに、どうして羽村がいるのか。 「お前な。いくら不良でも、病院送りにすれば説教されるに決まってる」 納得いかないのは俺の方だ。 どうして、俺までセットで怒られねばならんのだろう。こいつの手綱を締めるのは俺の仕事、という事になってるのか。 ……そりゃ、ジャンボジェットの手綱を締める以上の苦行だ。 「不良は文字通り不良と書く。鉄拳制裁して何が悪い?」 「悪いに決まってる。相手死ぬぞ、アレ」 ……しかし、鉄拳制裁か。 時々思うが、こいつの拳はホントに鉄で出来てる気がする。笑えない。 「そうか? あの程度の拳骨、上官からはよく受けたぞ」 「…………」 羽村と会話してると、時々そういう軍隊っぽい言葉が出て来る。 まぁ、それについては追求しない事にしている俺。 何故なら以前、俺とこいつの間で―― 「お前、どうしてこんな時期に転校を?」 「ちょっと部隊の仲間と喧嘩したんだ。何人か半殺しにしたら、軍籍を剥奪……いや、何でもない。今の話は忘れてくれ」 という、恐ろしい会話があったからである。 ……あえて感想を述べると。何人か半殺しにしたのなら、それは『ちょっと』ではないだろう。 「まぁいい。お前や先生に理解されなくても、よい事をした後は気分がいいからな」 「ふぅん……」 「例えるならば、対物ライフルでこちらに気付いてすらいない敵兵を撃ち倒した時のような――」 「はいはいはいッ! 物騒な例えは止めろッ!!」 ……事ある毎に、こんな話をしている俺達。 もう辞めたい。 「……ふん」 羽村は詰まらなそうに俺を見た後、日課のトレーニングを始めた。 机を退かして作ったスペースの中で、拳を繰り出したり足を運んだりする羽村。 格闘技に詳しい訳ではないが……何となく、中国拳法の套路っぽい。 そして。 「――破ァッッ!!!!」 裂帛の気合と共に、机に拳を叩き込んだ。 バキィッ!!!! という破壊音と共に、机が真っ二つになる。 「まだまだ無駄が多いな……もっと功夫を積まなくては」 「…………」 知るか。 ああ、また怒られる。主に俺が。 「ところで。1つ、提案があるんだが」 「……何だ? 一応聞いておいてやる」 「うむ。そろそろ、番長と対決しようと思う」 「――……」 番長。 知っていると思うが、不良のリーダーの事だ。 だが知ってはいても、見た事がある人は少ないのではなかろうか。最近の学校にはいないからな。 うちにはいるけど。 「止めても無駄だぞ? 私の心は決まってる」 「止めても無駄なら、『提案』という言葉を使うな」 俺の意見、入る余地ねえ。 ……しかし、番長か。 「今代の番長は、武闘派で有名な御門組の組長息子だぞ?」 「ああ。相手に不足はないな」 「…………」 ま、いいか。止めても無駄らしいし。 勝手にやってくれ。 午後の、授業の後。 「……何故だ?」 俺は羽村に引っ張られ、強制連行されていた。 どうやら、俺も番長の元へと向かわなくてはならないらしい。 ……いや、ホント何故だ? 「お前は私の相方だろ。一心同体、一蓮托生だ」 「…………」 仲間を半殺しにして追い出された奴がそんな事言っても、微塵の説得力もない。 俺の身体を引っ張る、羽村の腕。俺はそれを剥がそうとするが、鋼のような豪腕は微動だにしなかった。 ええい、ターミネーターめッ!! 「それに、決闘には立会人が必要だ」 「……なぁ、決闘罪って知ってるか?」 「お前には、闘いの結末を見届ける義務がある」 人の話を聞け。 つうか、そんな義務ねえよ。 俺は必死に抵抗するが、この悪鬼が相手では余りにも分が悪い。 あれよあれよという間に、学校の屋上へと連れて行かれていた。 ……屋上。 番長率いる不良グループ――『ドラゴン・アイズ』の根城である。 「何だ、テメェ等?」 すぐに俺達の存在に気付き、近付いて来る2人の不良。うわぁ、特攻服だ。 羽村は―― 「風紀委員会だ」 1歩も退かず、不良達と対峙する。 ……でも、俺はどうしたらいいんだか。 「あァ? ハッ、俺達を取り締まろうってか!? 上等だよ、オルァッ!!」 笑いながら、ナイフを取り出す不良達。 それだけで、俺はかなりビビってたりするのだが――羽村は、それを鼻で笑った。 「安いナイフだな。軍隊や特殊部隊では、もっといい物を使っているぞ?」 「……ア?」 不良達の、言葉が止まる。 ……いや、不良と軍隊を比べんなよ。ほら、相手も困ってるだろ。 「破ァ――ッ!!」 そして、いきなり攻撃に転じる羽村。 床を陥没させる程の震脚を踏み、その反発力を拳に乗せ――1人に打ち込む。 そいつは爆発的な勢いで吹っ飛び、床に叩き付けられた。確実に意識を失っただろう。 「なッ!? テメェ――ッ!!」 もう1人が、仲間の仇を討とうと健気にも襲って来るが――羽村はナイフの一撃をひらりと避け、相手の懐に跳び込む。 震脚の後、身体の背面を使っての強烈な体当たり。哀れ、その不良も仲間の後を追う事になった。 「ふん……雑魚が!」 倒した2人を見下ろし、羽村が言う。 ……まぁ、軍隊崩れのお前から見れば、皆雑魚だろうがな。 で、問題は例の番長だが―― 「……いるな。出て来い」 羽村が呟くと――給水タンクの陰から、1人の男が現れた。 服は、さっきの連中と同じ特攻服。だがその眼は、鷹のように鋭い。 その手にあるのは、木刀――ではなく。 「……うぉい」 どう見ても、日本刀だった。 そりゃ、抜いてみなきゃ真剣かどうかは分からないが……。 「煙草は20歳からだぞ」 番長が咥えている白い棒を見て、風紀的指導をする羽村。 いやしかし、煙草より先に注意すべきブツがあると思うのだが。 「……煙草ではない」 棒を、口から取り出す番長。 ……棒付きの飴だった。ペロペロキャンディである。 「む。それは失礼した」 「……お前も食べるか?」 番長は1つ飴を取り出すと、俺に差し出して来た。 「あ、どうも。頂きます」 素直に受け取る。 ……何で俺、番長から飴貰ってるんだろう? 賄賂? 俺が飴を舐めている間に、羽村と番長が相対する。 「……舎弟どもが、世話になったようだな」 刀を、鞘から抜き放つ。 触れれば斬れる、本物の日本刀だ。オイオイ。 「……愚弟だが、それでも仲間だ。仇は取らなくてはならん」 鞘を、投げ捨てる。 番長、敗れたり――と言いたい所だが、鞘なんて持ってても邪魔にしかならないからな。 刀を振り上げ、上段に構える番長。 「よい刀だな。銘は?」 「……和泉守藤原兼定」 「そうか……ふふ」 「……フ」 微笑み合う、羽村と番長。どうやら、武人にしか分からない世界へと突入したようだ。 あー、飴美味しー。 「その眼……私と同じ、血に餓えた猟犬の眼だ」 一層、笑みを大きくする羽村。 誰か、学校の屋上で血に餓えた猟犬が向かい合ってる状況について解説をくれ。 「嬉しいぞ、番長。まさか、まだこの国に侍が残っていたとはな」 「……それは私とて同じ事。この学び舎で、我が刀に相応しい修羅と出逢えるとは思わなかった」 睨み合い笑い合う、2人の鬼。 ……一瞬の、静寂の後。 「往くぞ――ッッ!!!!」 「――いざ参るッッ!!!!」 両者は床を蹴り、互いを屠らんと疾駆する。 そして――刹那の交錯。 「…………」 拳を打ち出した姿勢と、刀を振り抜いた姿勢。 そのまま動かず、一言も発しない2人。 だが―― 「……見事、だ……」 番長の身体が、ぐらりと揺れ――その場に、倒れ伏した。 倒れた番長に、視線を向ける羽村。 「……あと少しこの拳が遅かったら、私の首が刎ねられていたな……」 首って。 そんな超高校級のバトルを、平然とするんじゃない。 「よい闘いだった。番長、その名は忘れないぞ」 羽村が、屋上から去って行く。 ……俺は思う。別に、彼は『番長』が名前ではないだろう。 「まぁ、どうでもいいけど……」 俺は、羽村の後を追う。 あいつが相方になってからは、こんな事ばっかりだ。 ……やれやれ。どうにかならないかね。 俺は、今後も続くであろう面倒事を思い――溜息をつくのだった。 |