邂逅輪廻



 昨夜未明、博からこげなメールが届いた。

件名
やよ先輩から転送

本文
お菓子を持って明日十六時までに暗室集合。
なお、遅れた場合はカルピスの原液を飲む刑。
部長命令。


 理不尽で不可解だ。



誰かのためのおとぎ話 15
〜西野弥生からの桃戦状 前編〜

りむる



 一応写真部に入ったんだから従おうとお菓子を持ってきた。オレ偉い。
 数少ないオレの特技、料理の腕前を披露するがためだけにケーキを作ってきた。オレすごい。
 普通の苺のケーキにしようかと思ったけど、スーパーに苺がなかったのと大家のおばちゃんから貰った桃の缶詰があったので桃ケーキとなった。桃のケーキって案外イケるんですよ。
 当然だが、作って大分時間が経っている。が、袋にドライアイスをたくさん入れたから痛んではいない。むしろ冷え冷えでいい感じじゃなかろうか?
「啓輔ー」
 放課後特有の賑やかな空気の中、オレを呼ぶ声が廊下に綺麗に通った。
「風花」
 帰宅できることに浮き足立っている生徒を避けつつ、てこてこと小動物のようにこちらに駆けてくる様はとても心和むものがある。きっと前世は小型の愛玩動物だったんだろう。
「どこに行くの?」
 昼休みの、つーか昼食の慈愛の天使(弁当を分けてくれるからである)は左手にある紙袋を見ながら尋ねる。
「暗室に。西野先輩に呼ばれて」
「ふぅん」
 頷く風花を見てふと思った。
 ――風花も写真部入ったんじゃなかったっけ?
「ところで風花は博から部活関係のメールは貰ってないかね?」
「ううん、貰ってないよ」
 えっと、あれってオレだけだったのかな? あ、確かにあのメールは一年生全員とか写真部員全員とかは書いていなかった。
「そうか、オレ一人が呼ばれたのか……」
 しかし、何故?
「ねね、それよりその紙袋って、ケーキだよね?」
 疑問は暗室に行けば解決しそうなので、風花の相手をしよう。
「そうだ」
「暗室で食べるの?」
「そうなると思う」
「じゃあ一緒に行く♪」
 そう言って、風花は無駄に無邪気に微笑んだ。まあ、風花も写真部だし、連れて行っても問題なかろう。
「んじゃ、一緒に行こう」
「うんっ」
 無邪気に微笑むその表情はとても同い年には見えない。違う理由で麻美も夏子も同い年に見えない。残念ながら男連中は同い年に見える。
「風花は写真部の先輩方に会ったことある?」
「うん、何人かは」
 元樹経由か。てことは暗室にも入ったことがあるんだな。あのカオスな部屋にお嬢様が入ったのか……。
「やよ先輩と、三上先輩、それに渡辺先輩」
 オレの考え事をよそに風花は指を折りつつ名前を挙げる。
 渡辺先輩?
「最後のは聞いた事ないな」
「三年十組なの」
 そんなことは聞いてません。
「漢?」
「うん、背が高くて色んなところにぶつかってて大変そう」
 風花には意味が通じなかったようだ。
「今日会えるかな?」
「どうだろう? 写真部ってランダムで活動してるから」
 部活動として間違っている。
 テケトーに会話してると暗室のドアが見えた。ノックをしようとして手が塞がっていることに気付いた。うぬれ。ちょっと止まった隙に風花がドアをノックする。
「はーいっ」
 女の子の声がして、程なくドアが開けられた。
「はい? あ、来てくれたんだ」
 白衣をまとった三上先輩がいた。すごく、生徒に見えないです……。理科の先生に見える。でも靴を見ると生徒用の室内靴なのでやっぱり生徒だ。
「風花も? 珍しい」
 おっと呼び捨てだ。
「お久しぶりです、先輩」
「そうね、まあ、入りなさい」


 暗室に入ると西野先輩の姿が見えた。その隣には麻美の姿も。ついでに元樹もいた。
「…………」
 ばたん。
「けけくん!! けけくん!?」
「啓輔? どうして帰るの? ケーキ!!」
 気が付けばオレは何故か廊下にいた。
 えっと、まずけけくんってオレのことかな? あと、風花さん。あなたが何かを食べようとするということはとても良いことです。でもね、そう露骨にケーキ目当てでオレを引き止めないで欲しいな。何かかなしくなるじゃないか。
 うん、まあ、とりあえず戻ろう。
 再び暗室。西野先輩に三上先輩、風花に麻美。ついでに元樹。
「身体が拒絶反応を起こしたのです」
 言い訳。誰に向けては判らない。別に麻美がいて思わず念力でなんかされるんじゃないかなと思って逃げ出したわけじゃない。あと、オレは元樹に睨まれたくらいで逃げるような臆病者でもない。つーかいちいち睨むなうっとおしい。このドシスコンがっ。
「…………」
 意味ありげに微笑む麻美さんがとても怖いです。
「やよ先輩お久しぶりです」
 風花がちょこんとお辞儀をする。つか、やよ先輩って……普通に弥生先輩って呼べばいいのに。
「うん、お久しぶり。もとくん、相変わらずだね」
 西野先輩の言葉に風花は曖昧に微笑んだ。
「それでけけくん、お菓子持ってきてくれた?」
「あ、はい。これです」
 西野先輩に紙袋を渡した。
「お、なんか冷たい。てことは……、カキ氷!」
「いえ、普通のケーキです」
 せめてアイスクリームと言ってください。それに、そんなすぐ溶けるもん持って来ません。
「桃のケーキですよ」
「本当? わーい♪ じゃあけけくん、お茶入れてね。はい紅茶の人挙手ー」
 えっと、待って。ちょっと待って何言ってるのこの人?
「はい、コーヒーの人挙手ー」
 えと、紅茶が風花と西野先輩と元樹、コーヒーが麻美と三上先輩。じゃ、オレもコーヒーで。
「って!! 何で? 何でオレがお茶を淹れるですか!?」
 不思議そうな表情でオレを眺める西野先輩。
「だって、博くんがけけくんはお料理上手だって言ってたよ?」
「ええ、得意ですともっ」
 右手で小さくガッツポーズを作って一言。
「自慢っ! です」
「……心に小さなおばちゃんが――」
「麻美さん、あとでじっくり話し合いましょう。昨日DVDBOXが届いたんだ」
「……おーけーステフェン」
 多分初めて麻美と趣味があった瞬間だ。めでたいなあ。
 いやそう言う話じゃない!!
「だからどうしてオレがっ」
「ケーキを作った本人が、一番ケーキに合うお茶を淹れれるよね」
 風花がオレの手を両手でぎゅっと包み込み、真剣な眼差しで訴えかけてきた。
「…………」
「…………」
 少し冷たい風花の手。
 そうか、この手を温めるにはオレがお茶を淹れなくてはならないんだ!! 突然使命感に燃えるオレ! 燃える漢はヴィクトリー(自分で言ってて意味不明)!! ならばお茶を淹れよう!!
「待ってろ、今すぐうまい茶を飲ませてやるっ」
「うん、わたし、啓輔を信じて待っているっ」
 オレは薬缶を手にし、水道へとかけていった。
「なるほどね」
 三上先輩の声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。うん。


 三十分ばかし経った頃。
 ケーキはあらかたみんなの胃袋に納まっていた。もちろん味は好評でしたよ。当然じゃないか。うわっはっはっはっ、本当にパティシエ目指そうかな。
 しかし、何か色々誤魔化されたような気がしてならんのだ。どういうことだろう。
「ごちそうさま。おいしかったよ」
 にはっと笑って西野先輩は嬉しいことを言ってくれた。いやいや、もっと褒めてください。
「ごちそうさま」
 三上先輩はそれしか言わなかったが、オレを見る目はちょいと今までとは変わっている気がする。何ていうのでしょうか、「あなたもやるじゃない」みたいな、どこか認められたような感じです。
「……おいしかった。褒めて遣わす」
「うん、ありがとう」
 麻美の言うことです。あまり深く考えちゃいけません。
「むむうう〜」
「いや、ゆっくり食べていいよ」
 一人やたら食べるのが遅い風花。微笑ましいんで何でもあり。
「ゴチソウサマデシタ」
 感情を一切入れないで元樹はオレを真正面から見据えて言い放った。お前ケンカ売ってるんか。場所が違っていたら買ってるぞこの野郎。
「オソマツサマデス」
 見えない火花を撒き散らす。
「青春だねえ」
 オレと元樹の視線がぶつかっているあたりを見ながら西野先輩はニコニコと微笑んでいた。……なんか色々すごいね、この人。
「じゃ」
 西野先輩はカバンからがさごそと英語の教科書とノートを取り出した。隣の三上先輩は数学の教科書とノートを出している。えっと、何をするんでしょうか。
「……どう見ても勉強」
 うん。そーだね、麻美さんの言うことは確かだよ。
「えっと、オレってお菓子を持ってくるためだけに呼ばれたんですか?」
「ええ」
 呼んだ本人ではない三上先輩がこちらを見ないで頷いた。な、泣いてもいいですか?
「洋子、それは酷いよ。まあ、それもあるけどさ」
 よし、泣こう。オレは両手で顔を覆うと声を押し殺し嗚咽をあげた。
「嘘泣き禁止」
「いきなり嘘と決めないでください」
 がばりと顔をあげて西野先輩に抗議。
「あ、嘘だったの?」
「う」
 墓穴を掘るとはこのことか。
「まーそれは良いとして、別にこれだけのために呼んだわけじゃないんだから」
 ぽんぽんと肩を叩いて慰めてくれる西野先輩。良い人である。
「何でオレはけけくんって呼ばれるんですか?」
「何でそこでまったく関係ないこと聞くのよ」
 三上先輩、ツッコミが早いです。速攻魔法なくらい早いです。
「けいすけ、でけが二つあるから、けけくん」
 ……そんなふうにあだ名を付けられたのは初めてである。実際にあだ名って理香に"啓くん"呼ばれてるくらいだけかな。そういうふうに考えるとちょっと嬉しいな。
「で、何で呼んだんですか?」
「なんとなく」
 泣こう、改めて。今度は嗚咽じゃなくて慟哭で。
「冗談だよ、冗談。やだなあ本気にしないでよ」
 本気に見えたから泣こうと思ったんじゃないか。
「ホントはね」
 温くなった紅茶を一口。
「まだ先のことだけど、来年の部長を決めようと思ったの」
 それは確かに気が早い。
「私とあんたで決めていいの?」
「みんな文句言わないよ。てかさ、学祭近くならなくちゃみんな自主的に集まんないよ」
「まあ、確かに……」
 それはそれで問題があるんじゃないんですか?
「で、今決める理由は?」
 ズバリと三上先輩。
「なんとなく」
 …………うわあ。三上先輩、いつもに増して表情が冷たいよ。
「じゃあ、何で樋口くんを呼んだの?」
 あの先輩、一応オレも写真部なんですけど……。
「ん? 博くんがけけくんがお料理上手って言ってたから一回食べてみたいなって。さっき言ったじゃん」
 やっぱりお菓子要員じゃないか! 酷いわっ! でも喜んでもらえたから嬉しいのもあって複雑極まりない!
「僕か麻美が部長になると言うことですか?」
 元樹が話を戻す。
「うん、そう」
 あっさりと頷く西野先輩。オレと風花は何故駄目なんだ。やりたいわけじゃないが、理不尽である。
「経験不足の新入部員には任せたくないよね」
 オレの思考を読んだんですか? 風花はさらりと言った。でも、それなら納得、か。ちょっと悔しいけど。
「でも麻美は幽霊だから」
「あ、そうだね。じゃあ部長はもとくん」
 すげーあっさり決まりよった……。
「で、これだけのために呼んだの?」
「……うーん、そうなっちゃうねぇ」
 さすがにバツが悪そうだ。
「そうだ、せっかくだから副部長も決めよう」
 だがそこは西野先輩、すぐに立ち直る。
「副部長は特に仕事はないから新人さんもオーケーだよ」
 ならそんな役職に意味はあるのだろうか。いや形式的に必要なのは判るんだけどさ。
「けけくんも風花ちゃんもなれるよー、良かったね」
 笑いかけられるが何が良いのかさっぱり判らない。内申点が上がるとか? それなら委員会や生徒会やったほうが上がりそうだなあ……。
「何で決めるの? じゃんけん?」
 早くもやる気をなくした三上先輩は頬杖ついて半眼で西野先輩を見た。食後だし、ただ単に眠いだけかもしれない。
「うぅううん、それはあんまりだから、そうだなあ……」
 腕を組んで悩む西野先輩。殴り合いとか言い出されたらオレはじぇんとるめんなので敗北決定。そうしたら風花と麻美の一騎打ちになるから、体力的に麻美が有利。しかも念力という不可解な力もある。うん、麻美が副部長だ。
「あみだくじ……は面白くないから……」
 面白いとか面白くないとか、そう言う基準の話じゃないと思う。
「そうだ、知恵比べにしよう!」
「は?」
 三上先輩の目がちょっと見開かれる。
「知恵比べ?」
 元樹がオレを馬鹿にしまくった目で見やがる。どうせ「風花か麻美が副部長になるんだ」とか思ったんだろう。
「なら、風花か麻美が副部長ってことか」
 口にするか、この野郎。蹴ってやろうかと思ったが対角線上にいるて足が届かないので断念。だが悔しいので威嚇はする。シャー!!
「まあまあもとくん、問題も聞かずにそう言うのはいくないよ」
 何とやさしいフォロー! 現役部長はやはり違うな。
「せっかくだからもとくんも考えてね。で、もとくんが一番最初に判ったら、もとくんが副部長を決めてね」
「判りました」
 頷く元樹。
「で、問題は? 数Vから出す?」
 自分の教科書を手にして三上先輩がやる気なさそうに言う。いや、数Aも数Tもてんてこまいな人間がいるんです、そういうのは止めてください。
「一年生はまだだからだめ。大体それ理系じゃないと習わないじゃん」
 理系は止そうと思いました。
「ええ、しかも選択教科」
 三上先輩は理系なのか。だから白衣が似合うのか。
「やよ先輩も理系でしたっけ?」
 風花が何気なく尋ねた。
「そうだよ。私は英語とってるよ。理系ってさ、選択教科が三つしかないんだよー。文系は結構あるのにさ、酷いよね。で、もとくんと風花ちゃんも理系行くんでしょ?」
 写真部って何気に理系軍団? 確かにやってることは化学反応だから理系軍団で問題ないのか。納得。
 しかし、オレはどちらも苦手だから……将来どっちに行けばいいんだろう。大体の学校はそうだけど、学年が上がる時に理系文系でクラス編成をする。体育会系とかあれば良いのに。それか料理系。そしたらオレは成績急上昇だね。
「はい」
 頷く双子。しかもハモる。そこらへんに同じ血が流れているのを感じる。
「……風花は数学得意だものね」
 虚空を遠い目で見ながら麻美は言う。
「と言うよりも、国語が苦手なの」
 ちょっと恥ずかしそうにうつむいた。はははっは、苦手ったってオレには敵うまい。国語なんて良く判らないから漢字を必死に覚えてそれで点数を取っているんだぞう。
「で、知恵比べやるの?」
 三上先輩が話を戻した。
「うん、もちろん」
 西野先輩は微笑み頷いた。
「知恵比べってより、推理力比べかな?」
「すいりりょく?」
 麻美以外の一年の声がハモる。
「うん! 去年起きた暗室密室殴打事件を推理してもらうのだ!!」
 胸を張って言う西野先輩はものすごく胡散臭かった。
「事件ってことはニュースになったのですか?」
 風花は西野先輩ではなく三上先輩を見て言った。ある意味賢明である。
「ううん、弥生が大げさに言ってるだけ」
 だろうな。大きく頷くオレ。たぶんオレとは違う意味で麻美も大きく頷いている。
「ちなみに被害者は私!」
 胸を張る西野先輩。うん、本当にたいした事件じゃなかったようだ。
「今から事件のあらましを説明します。終わるまで質問は禁止。おーけー?」
「はい」
「……いえーい」
 返事としておかしい言葉を返す麻美を無視して頷くオレたち三人。
 満足そうに頷いてから西野先輩は口を開いた。
「生まれたばかりのじいさんが、九十五歳の孫つれ――」
 バコン!!
 弥生先輩の頭にバレーボールがヒットした。
「話を進めなさい」
 案の定投げつけたのは三上先輩だった。目がすごく冷たいです……。こ、怖いよう。
「あれは、去年の……去年の……んー、洋子、いつ頃だっけ?」
 イスから転げ落ちそうになった。
「秋」
「ああ、そうそう、秋。去年の秋、たぶん学祭の準備で日曜出勤していた日のことです」
 出勤ではないだろう……。ツッコミたいが、質問禁止なので黙っておこう。ツッコミも質問も邪魔と言う点では似たようなもんだ。
「私ともう一人の部員、大村亜里沙おおむらありさちゃん、通称ありりんと一緒に朝から一休さんの主題歌を歌いながら写真を焼いていました。
 お昼も近くなった頃にありりんがご飯を買ってくると言いました。私は作業が残っていたのでありりんに私の分も買ってくるように頼みました。
 えっと、部活やってない人は知らないと思うから、うちの学校の食堂と購買は土日はお休みです。なのでお昼ご飯は学校から歩いて五分のコンビニから調達します。
 そんで、二十分くらいでありりんは帰ってきました。雑誌の立ち読みをしたからちょっと遅れたみたいです。あ、レシート持ってたから行ったフリってのはないよ。実際お弁当買ってきてたしね。あと焼きそばパン。
 で、帰ってきたら暗室には鍵がかかっていました。
 えーと、もとくん以外は知らないから言っておくけど、暗室作業中は基本的に鍵をかけます。理由は簡単、暗室作業は光が天敵だから。急に開けられたら印画紙がぱーになっちゃう。それはいいよね。
 それでありりんは私が暗室作業中だと思って廊下で待ってました。でもなかなかドアがあかない。不思議に思ってノックしても返事はない、それに物音もしないので不信に思って廊下から暗室を見てみました。あ、体育館から戻ってくると見えるでしょ、中庭越しに暗室。あそこから見たのね。
 そしたら何と、この私、西野弥生が窓から上半身を乗り出して気絶していました。ありりんは慌てて用務員さんに暗室を開けてもらって私を助けてくれました。
 私は頭を強打して気絶していたようです。もちろん犯人の顔は見ていません。凶器は見つかりませんでした。あと重要事項。
 鍵は私がかけました。そんで鍵はずっと私の胸ポケットに入ってました」
 西野先輩はこんなもんかな、とつぶやきもう冷えてしまった紅茶を一口飲んだ。
「ここから質問オーケーだよ」
 すぐに手を挙げるのは元樹。
「どうしてその状態で密室なんですか? 窓が開いてたんでしょう?」
 おおう、それもそうだな。
「ううんとね、それは、事件前日に雨が降っていて、地面がぬかるんでいたからなんだよ。暗室の窓から侵入、または脱出となると地面を歩くことになるでしょう? でも、歩いたら絶対に足跡が残っちゃう」
「でも」
 元樹が口を挟んだ。
「でも、窓の下の出っ張りをを伝って歩けば――」
「あはは、やっぱりもとくんは鋭いね。でもね、出っ張りは前日の雨で濡れてたの。上靴って何だかんだ言ったって汚れてるでしょ? 濡れてるとこなんか歩いたらくっきり足跡ついちゃうよ。裸足でも同じ。あそこ汚いから。てことで出っ張りは雨で濡れていつも通り汚れてて、足跡も何も残っていないのでした。あ、判ってると思うけど一応。他の窓はベニヤ板で塞いでいるから開かないよ」
 暗幕に覆われた中庭に面した窓を見る。
「あ、けけくんは知らないか。暗幕の後ろってね、ベニヤ板で塞いで、黒い紙で目張りしてるんだ。光は徹底的に遮断してるの。だから窓を開けるのは一苦労。開いていたのは空気の入れ替え用の窓。換気扇あるけど、夏はそれじゃおっつかないからね」
 てことは窓からの侵入は難しいな。
「なるほど」
 となると出入りが出来るのはドアが密室を破る有力候補。でもそこはちゃんと施錠してあって、鍵は西野先輩が持っている。他の鍵は用務員さんと。
「はい、質問です」
 今度はオレが手を挙げる。
「はい、けけくん」
「西野先輩のほかに鍵を持っていたのは用務員さんだけですか? 顧問の先生も持ってるんじゃないですか?」
「おおう、中々良い質問だ」
 何故か感心する西野先輩。いや、誰でも気になるでしょそのくらいは。
「答える前に」
 何故か前置き。
「私のことは苗字じゃなくて名前で呼んでいいよ」
「へ? 了解ッス」
 何故このタイミングでそんなことを言うんだこの人は。
「顧問も鍵は持っているけど、その日は学校に来てなかったの。だからその日暗室を開けれたのは私の持っていた鍵と、用務員さんが持っていた鍵だけ」
 なるほど……。しかし生徒が部活動してるの顧問がいないとは……いい加減な部活だな。
「はい」
「はい、風花ちゃんどぞ」
「後ろから殴られたんですか?」
 手を上げて風花がたずねる。
「窓から身を乗り出して倒れていたんでしょう?」
 ああ、そうか。後ろから殴られたならそうなるな。前から殴られたなら(今のところありえないが)後ろに、暗室の中で倒れていることになる。
「あー……」
 弥生先輩は視線を上げて天井をじっと十秒ほど見詰め、三上先輩を見た。
「それ言ったら判っちゃうかな?」
「そうね」
 ノートにシャーペンを走らせながら三上先輩は頷く。人の話を聞いている態度じゃないです。
「それは内緒」
「ん? じゃあ頭のどこを殴られたんですか?」
 当然出てくる疑問を口にした。
「んー、それも内緒」
 何だ何だ? 何で内緒なんだ? 殴られた場所がものすごいヒントなのか?
「あともう一個」
「どぞ」
 風花がまた律儀に手を上げる。
「講義室へのドアは閉まってたんですか?」
 あ。すっかり忘れていたが、ここ暗室は元講義準備室である。講義準備室ってんだから当然、講義室へのドアがあるはずだ。
「ああ、あれ? 無理無理。私たちが入る前から冷蔵庫とかで塞いでるんだから」
 白の冷蔵庫の奥を見ると銀のドアノブが見えた。しかしその前にはイスやらよく判らないものがたくさんあって、そこに行き着くのは困難である。
「やっぱり」
 肩を竦めて風花は言った。講義室からの窓から何とか伝って暗室の窓に近づけやしなかと思ったが、雨で濡れたし、そもそも換気用の窓からは離れすぎているので無理か。あ、換気用の窓って廊下に近いんだ。
「……はい、質問」
「うに、あさちゃん」
 海産物か。
「……どうして大事にならなかったんですか?」
「ふえ?」
 なんちゅー疑問の声をあげるんだ、弥生先輩は。
「……だって、やよやよ先輩気絶したんでしょう? ……それって結構大事。……日曜ったって部活で先生や他の生徒がいたはずです。……騒ぎになったんじゃないですか?」
 あ、麻美がまともなこと言ってるっ!? て、天変地異の前触れか!?
「うがう!?」
 わき腹をつねられた。力が弱いせいで痛いってよりくすぐったい。って誰じゃ!?
「啓輔、失礼」
 隣の風花がオレを見上げ、ちょっと怒っていた。
「失礼って、オレは何もっ」
「すぐ顔に出るから判るの」
 う。今度ポーカーフェイスの練習をしよう……。
「ごめんなさい」
「……あとでイイコトしましょう」
 麻美さん、怖いってば。イイコトって他の方が言うとたまらなくエロいんですが、あなた様が仰るとただひたすらなまでに恐怖を覚える次第です。
「んー……」
 オレたちのやり取りなんざまったく気にせず、弥生先輩はまた視線を上げて天井をじっと十秒ほど見詰め、三上先輩を見た。
「たいした怪我じゃなかったから」
 何で三上先輩が答えるんだ? って気絶したのにたいした怪我じゃないっておかしくないか?
「……そうですか」
 そんなもんなのかな?
 うーん、他に聞くべきことは……、そうだな。こういうときたまに読むミステリを思い出そう。
「弥生先輩に恨みを持っている人っていましたか?」
「けけくん、警察みたいなこと聞くんだね」
 また変なとこで感心しない。
「いたよ。サッカー部の部長と部員多数と顧問。あとその他」
 何をやらかしたんだこの人。
「でもそのとき学校にいたのって」
 また弥生先輩は三上先輩を見た。
「吹奏楽部の部長ね」
 お、容疑者が出てきたぞ。
「三上先輩もいたんですか?」
「ええ」
 元樹と三上先輩の短いやり取り。弥生先輩は視線を天井に向けながら口を開く。
「そのとき学校にいたのが、
 暗室に、私とありりんの二人。
 体育館にバレー部が五人、あと顧問の先生が一人、の六人。
 あと用務員室に用務員さんが一人。
 暗室の真上、二階の生徒会室に、会長と文化委員長と、副会長、つまり洋子。の三人。
 同じく二階の音楽室に吹奏楽部員、部長一人。一人で練習だって。
 また同じく二階の職員室には先生が……ニ、三人。ごめんよく覚えてない」
 いきなり容疑者が増えたなあ。
「で、アリバイが成立してるのは、職員室の先生方。テレビ見ながら固まってお茶を飲んでたらしい。何しに来てたんだろね?
 体育館のバレー部員とその顧問。ずっと熱血に練習してたんだって。休憩はしたけど、体育館から出た人はゼロ。
 あと用務員さんも」
「え? 一人でいたのに?」
「うん。用務員さんと職員室の先生方はテレビを見てたの。たまたま同じ生放送番組をね」
 確かに、内容話せたんならアリバイ成立か。
「逆にアリバイがないのが、
 ありりん。生徒会室の三人。音楽室のブラバン部の部長」
 ブラバン部? ……ああ、吹奏楽部のことね。
「ありりんとブラバン部の部長は言わずもがな。生徒会室の三人は午前中は会議。お昼頃はばらばらだった」
「何の会議ですか?」
「学校祭の、色々ね」
 やっぱりこちらを見ないで三上先輩が答える。
「じゃあ、弥生先輩が殴られたと思われる時間は」
「ちょうど、昼食だったのよね」
「アリバイないですね」
「それに弥生が殴られた時間がはっきりしてないから」
「へ?」
 えと? え? お昼も近くなった頃に……って初っ端から曖昧じゃないか!!
「ううん、ちゃんと時系列の通りに書いたほうが判りやすいね。あと暗室状況かな」
 そう言いつつ弥生先輩はカバンからノートを取り出し、三上先輩のペンケースからシャーペンを取る。三上先輩は何も言わない。
「えっと、確か

・九時頃、弥生とありりん、暗室に到着 / 基本的に鍵をかけます
・十一時三十分頃、ありりん、お昼ご飯を買いに退出 / 退出後、すぐに鍵をかける
・十一時三十分頃から十一時五十分頃まで、暗室に弥生一人? / 暗室密室状態(仮定)
・十一時五十分頃、ありりん、お昼ご飯を持って暗室前到着 / 上に同じ
・十一時五十五分頃、ありりん、ノック。返事はなし / 鍵がかかっているのを確認後、暗室密室状態
・十一時五十五分頃、ありりん、廊下から弥生発見 / 暗室密室状態
・十一時五十五分頃、ありりん、暗室近くの用務員室に駆け込んで暗室を開けてもらう / 暗室NOT密室
・十二時頃、ありりんと用務員さんに弥生救出される / 上に同じ

 でいいかな」
 一年も前の事件に正確性を求めるのは酷なこと。こんだけ判れば充分だと思う。ん? オレは三行目を指差し尋ねた。
「ここの、暗室に先輩一人? とカッコ仮定カッコトジって何ですか?」
「そこは私が殴られたと思われる時間帯。詳しく書いたら判っちゃうでしょ?」
「なるほど」
 しかし弥生先輩、豪快な文字を書かれますな。払いはともかくはねの強さが尋常じゃないです。
「で、洋子たちはと、

・九時頃、会長と洋子と文化委員長が生徒会室に到着。
・十一時四十分頃まで生徒会室で会議。
・十一時四十分頃からそれぞれ食事。

 ブラバン部は
・十時頃、音楽室に到着。
・お昼が過ぎても一人で自主練習。

 てとこかな」
 シャーペンを忙しなく動かしてスラスラと書く弥生先輩。
「それで動機があるのが、」
 ブラバン部の文字の隣に☆を書く。
「ブラバン部っ!」
 珍しく吐き捨てるように言い放った。
「吹奏楽部に恨みでもあるんですか?」
「あんなのが同じ文化系なんて許しがたいのっ、ブラバン部はブラバン系でじゅーぶんなんだよ!!」
 い、意味がさっぱり判らない……。助けを求めるように三上先輩を見るが、何か悟ったように遠くを見て鼻を鳴らすだけ。たぶん、深く考えるなという意味だろう。
「で、ブラバン部の部長は私に恨みを持っていたのだ」
「どんな?」
 当然の疑問。風花が小首を傾げて尋ねる。それを三上先輩は無表情で見守る。
「忘れた」
 いやん、もう。
「理由はともかく、仲が悪いのは確かなんだよ。逆に生徒会の人たちとは仲いいよ」
「そーですか。で、動機の面でやりそうなのはブラバン部の部長だけですか?」
 もう弥生先輩の言うことをいちいち深く考えるのはよそう。麻美が信頼(?)を寄せる先輩なんだ、そこで悟るべきだった。オレ迂闊。
「んー」
 腕を組んでちょっと考え、
「洋子も」
 さらっと恐ろしいことを言った。
「な、何でですか?」
 ちょっと動揺して元樹が口を挟む。
「ん、あん時の洋子、ってか生徒会関係者全員ぴりぴりしてたからねえ」
「そうだったわね」
 過去を思い出しているのか、弥生先輩の目が遠くなった。三上先輩もその時を思い出したのか、うんざりとした表情だ。
 つーかなんで仲の良いと言った生徒会のメンバーに動機があるんだよ。
「ま、それはいいとして。
 アリバイがないのが五人。うち動機があるのが四人」
「この中に犯人がいるんですか?」
「うん」
 頷く弥生先輩。
「凶器は見つからなかったって言いましたけど、今でも見つかってないんですか?」
 おっと、元樹の質問だから真面目に聞こう。しかし今までの話とはまったく関係ない話だな。
「んー……」
 またまた弥生先輩は視線を上げて天井をじっと十秒ほど見詰め、三上先輩を見た。
「好きにしたら?」
 ? どう言う意味だろう?
「うぅん……見つかったよ」
 歯切れが悪い。
「でもそれが何かは内緒」
 凶器がヒントなんだろうか。それとも凶器を見ただけで犯人が判ってしまうのだろうか。
「これで判るかな?」
「判るんじゃない?」
 すでに興味を失ったらしく、三上先輩は生返事を返しつつノートにシャーペンを走らせていた。
 さて……今までの話の中で犯人を見つけろ、か。
 隣の風花は暗室をゆっくりと眺めながら考えている。元樹も左手を口元に当てて考え中。麻美は……
「……本日は晴天なり」
 論外のようです。
 副部長うんぬんはどうでも良い。ただオレは挑戦は誰からのでも受けるし、頭脳労働だとしても、元樹がオレを馬鹿にしている以上、見返してやらにゃ気が済まない。
 て、こたぁ、これはとてもいい機会だ。
 熱い思いがつま先から脳天へ音速を超えたスピードで突き抜ける!
「この事件、オレが解決してみせるぜ!!」
 オレは今、モーレツに並に熱血。そして、立ち上がり、拳を作って熱い誓い。
「けけくん、解決はしてるよ」
「…………」
 弥生先輩が水をさす。
「ふん」
 元樹が冷ややかな目でこちらを見、笑い、吐き捨てる。
「バーカ」
 うぬれうぬれうぬれうぬれうぬれうぬれ!!
 絶対見返してやるからな、覚悟しやがれ!!



 中編 に続く



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