邂逅輪廻



「先日の放課後、バイトに向かおうと特撮テレビドラマシリーズ「スーパー戦隊シリーズ」第二十八作目のエンディングテーマを歌いつつ自転車を――え、そんなことはどうでもいい? 何を言うんですか、第二十八作目というのはですね、上司にしたいランキングトップテンにランクインした犬――いいから話を進めろ? ……そうですか。
 えっと、バイトに向かう最中にS駅がありまして。その裏の通りが近道でして。そんで、奥に行くとちょっと薄暗い小道あるじゃないですか、行き止まりの。そこに見知ったような人が乱暴に連れて行かれそうになったのを見かけたんです。で、連れて行こうとしてた人たちが何かやばそうなので、携帯片手に『これは警察に連絡するチャンスだ』とちょっとつけてみたんです。ええ、わたくし、一一〇をかけることが夢でして、余計なことは言うな。はい、えっと――え? ――ちょ、夏子さん馬鹿はないじゃないですか。――うん、そうだ、村中先生の言う通り黙ってろ。あ、そんな怖い目で見ないで、つーか睨まないで。
 はい、続けます。で、こっそりやばそうな連中を見てたんですよ。そしたら案の定、カラアゲをし始めたんですよ。――ああ、そうそう、カツアゲです。で、それはいかんと警察に連絡、ちょいと誇張して伝えた後、割って入ったんです。そこでカラアゲされているのがサイトゥーくんだと始めて気がつきました。酷い? だって君の顔を具体的に説明するとかわいそうじゃないか。どういう意味だ? っていやはやオレの口からそんなことは言えませんよ。モーホー雑誌の――
 はいはい、続けます。で、こんなことはいくないと、はい、良くないと思ってやめるよう説得したんです。そしたら、リーダーらしき男がオレを指差して喚きたてて、すぐに殴ってきたんです。そいつの顔をよく見たらそれは最近オレを付回す奴でして、実はボウリング場で――その説明もいらない? はい、いらないですか。
 で、リーダーが暴れたもんだから、下っ端連中も暴れまして。そっから乱闘です。
 昨日切った右手の薬指の爪に誓って言います。オレは暴れていません。そんなものに誓ったって説得力がない? いやいや、細かいことは気にしないで下さいよ。
 ごほん。で、むしろ、やめるよう説得しました。頑張って説得しました。バイトの時間も近付いているのに、なのに奴らは話を聞いてくれません。人間話せば判ってくれる、そうじゃないのは人間じゃないと某美少女――っと、失礼。ええ、とにかく話が聞いてもらえなくて、そんでオレら顔やら腹やら殴られて、これだけ殴られたんなら正当防衛が成り立つ、いや、殴ってやらんと気がすまなくなってこのやろうってところで警察四人と夏子がやってきたんです。
 警察と彼女は、殴られ臨戦態勢をとっているオレたちを見て状況を理解したんでしょう。ガタイの良い警察がカラアゲ連中にやめるよう口を開くよりも数秒、たった数秒早く、夏子はカラアゲ連中向かって蹴りかかりました。それからあっという間でした。警察が動く前にカラアゲ連中はヴォコヴォコになってました。酷い光景でした。ちょっとしたホラー映画でした。
 オレらちょっと涙目です。そんなオレらを見て夏子はスカートについた埃を払いつつ言ったのです。
『バイト遅れるわよ』って。
 そんでオレの襟首掴んでバイトにゴーです。警察も唖然として何も言いませんでした」



誰かのためのおとぎ話 14
〜イノセント・サマー〜

りむる



 夕方真っ只中のこの時間。オレは教官室いる。正確に言うと一年生の階、四階にある教官室。メンツは教師三人、生徒三人。生徒三人はみんな知り合いだ。
 一気にしゃべったので喉が渇いた。だがここは教官室、水は飲めないので代わりに唾を飲んで誤魔化した。
「斎藤、今の話に付け足すことはあるか?」
「そうですね、……あ、飯田が、いや何でもないです。残された俺が一旦警察署に連れて行かれて事情を話しながら手当てをしてもらって、お茶を一杯ご馳走になってから開放されたってくらいでしょうか」
 不吉な苗字を聞いた気がしないでもない。気のせいだきっと。ちなみに念力を使う麻美さんの苗字は飯田と言う。何て素敵な偶然!
「そうか」
 我がクラス、一年六組の英語担当の林先生が椅子にふんぞり返って言う。偉そうだ。実際偉い。なんせ学年主任だ。ついでに言うと一年一組の担任でもある。すぐ隣にいる我がクラスの担任、佐藤幸子先生が口を開いた。ちなみに佐藤先生のあだ名はさっちゃんである。佐藤幸子――さっちゃんと呼ばれるために生まれてきたような名前である。
「つまり、カツアゲされそうになった斎藤くんと助けに行った樋口くんは殴られただけで何もしてないってことだね?」
「イエース」
 サイトゥーくんと揃って親指をぐっと立てて頷く。こんなところで動作をシンクロさせてどうするんだろう。
 八組の担任、村中先生は酷く不愉快そうな顔つきで苦しげに言った。
「つまり結城が暴れただけだ、と」
 しかも警察の前で。夏子が怖いので頷くだけ。サイトゥーくんも身の危険を感じたらしく、オレと同じ動作だ。だからこんなところでシンクロしてどうするんだい?
「違います」
 案の定、夏子が反論に出た。
「あたしは二人を助けただけです。それにたいした怪我じゃないです。擦り傷です」
 その物言いに眩暈がした。
 あなた、こめかみ蹴りぬいて何をおっしゃるのですか。それだけじゃない。それでびびった他の連中が動きを止めた隙に鳩尾をえぐるように蹴り上げてたじゃないですか。あれで何人気絶させましたか? そんで最後の一人は青ざめて半分以上泣きながら謝ってたじゃないですか。それに対してあなた何をしたか覚えてますか? 問答無用で回し蹴りですよ。鞭のようにしなった足が男の腹部を蹴りぬき、綺麗な直線を描いて吹っ飛ばしたときにゃ、さすが夏子、と思わず感心しましたよ。当然といえば当然で、夏子の軸足はちっともぶれていなかった。やってみると判るけどね、シロートと言うか普通の人が回し蹴りをすると大体軸足がぶれるんだ。
 付け加えるなら、警察のおっちゃんたちも怯えていたぞ。そりゃそうだな、万が一夏子が悪意を持って暴れだしたら真っ先に止めるのがおっちゃんらの仕事だもんな。
「まあ三人とも悪気があったわけでもないし、斎藤は被害者、樋口は斎藤を助けに入ったってことで二人はお咎めなし。
 結城は助けに入ったとはいえ、一応怪我させたんだから反省文とついでに読書感想文の提出を求める」
「えー」
 林先生の温情采配(?)に不満の声を上げるのはやはり夏子。つーかオレの時とだいぶ態度違うじゃないか。いや、確かにオレの時は相手がきっかけとは言え、最初に暴れたのはオレだから……。ちっ、それか。夏子には「助けに入った」と言う大義名分がある。うぬれ、誰が納得してやるものか。
「何だ? 停学したいのか? 推薦取るつもりなら難しくなるぞ」
「う、うう〜。判りました……」
 一年にしてもうそんなこと考えているのか。侮り難し夏子。
「じゃ、来週の頭にまでに村中先生に提出すること。以上解散」
 林先生があっさりとまとめる。村中先生は何か言いたげに口を開きかけるが、大きく息を吐くだけに止めた。そしてちょっと肩を落として教官室から出て行った。
「二人ともあんまり危ないところに行っちゃ駄目だよ」
 さっちゃんが担任の先生のような発言をして去っていった。いや、担任ですけどね。
「ま、佐藤先生の言う通り、危ない人間と場所には近付くなよ。じゃ閉めるからお前ら帰れ」
 促され、出て行く生徒三人。一人は明らかに不機嫌だ。林先生は教官室の鍵をかけるとオレたちに片手をあげ、クールの去っていった。ちょっとカッコ良い。
「先生!」
 クールな背中に声をかけた。
「ん?」
「ちょいと罰が軽すぎやしませんかね」
 不機嫌オーラがオレの身体を貫くが、理不尽なことなのでハッキリさせたい。ので我慢。
「オレが暴れたときは停学したんですよ?」
「ああ、確かにな」
 林先生は小さく笑い、続ける。
「結城がブチのめした奴らな、色々前科持ちなんだと。薬や何かに手を出してたらしくて、何とか捕まえたかったんだと。だから暴れすぎだけど、そんな重い怪我でもないからあんまり酷い罰は与えないでくれって言われたんだ」
「差別だ」
 オレの口から反射的に出た言葉は的外れだ。
「いや、それは違うだろ」
 サイトゥーくんが律儀にツッコんでくれるが、自分でも判っているので余計なお世話である。
「その口ぶり、まるで警察と知り合いみたいですね」
 サイトゥーくんが鋭いんだかそうでないんだか判断に困る発言をする。
「まあな、同級生がいて驚きだ」
 警察と林先生の温情により夏子の罰は軽くなったのか。
 理由は納得しても良いような気がしないでもないが……理不尽な気がする。でも、さっきから背中に不機嫌オーラが惜しみなく注がれているので黙っていよう。
「そういうことだ。じゃあ寄り道しないで帰れよ」
「はーい」
 三人綺麗にハモって返事。約一名やたらと低い声だったことを付け加えておこう。ええ、普段はオレらよりずっと高い声の人でして。
「さすが学年主任は違うねい」
 去り行く背中を眺めつつオレは意味もなくうんうんと頷いた。
「何の話?」
 オレの独り言にまたも律儀にツッコむサイトゥーくん。健気だが男なので気持ち悪いだけである。ちなみにこれが風花だったら笑顔でうんうんと頷いて終わる。典型的な性差別だ。
「さて、帰ろうか」
「んだな。もう五時半だ」
「…………」
 廊下に置いておいたカバンを取りつつ日常会話。近くの不機嫌オーラは気にしない。
「樋口、今日はバイト?」
「んにゃ、ないよ。大人しくお家に帰って赤いマフラーでも作ろうと思う」
「むうううう……」
 不機嫌オーラの濃度が上がったような気がするが、気にせずれっつ帰宅。玄関へごーだ。だが、サイトゥーくんは振り返り、夏子に言い放った。
「作文だけで済んだのに何でそんなに機嫌悪くなるんだよ」
 ヴァカーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
 呆れた口調が夏子の神経を逆なでだ!! ばーか!!
 ああ、君の発言はもっともさ、もっともだとも。だが何故火に油を注ぐようなマネをする!?
「あたし、あんたたちを助けたじゃん。何で罰を受けなくちゃならないのよ!!」
 絶叫。おそらくオレ達しかいない四階に響き渡るソプラノ。
 サイトゥーくんは夏子の声量に驚き慌てふためいている。いや、声量にじゃなくてその極悪すぎる目つきにかな。
「や、やりすぎたからじゃないか……」
 小声で反論、カッコワルイ。勇者だと思うけどネ。
「そもそもっ」
「うがっ!」
 夏子はびしっとサイトゥーくんの鼻を人差し指で潰す。
「あんたがっ、あんたが情けないから悪いんでしょうが!! ガラの悪い連中に連れてかれた、あんたがっ!!」
 びしびしとサイトゥーくんの鼻を潰しながら喚く夏子さん。すごい、指があまりに高速に動くので何本にも見えるぞ。む、サイトゥーくん、涙目だ。
「夏子、止めるんだ。サイトゥーくんは我々とは違ってさほど丈夫じゃないんだ。このまま続けると生命に関わる」
「どう言う意味よ?」
 足を思い切り踏まれました。タンスの角に小指をぶつけたとか、そんなちゃちな痛みじゃありませんぜ? 何というのでしょか、ノーアウト満塁で出されて次の打者に見事にホームランを打たれたあげく、さらに満塁を作ってまたホームランを打たれたような痛みかな。うん、あまりの痛みに手を叩いて精神ごと壊れたくなるような痛みです。
「うん、とにかく止めて……」
 だがオレは幸か不幸か夏子の暴力に慣れているし、身体も丈夫なので正気でいられるのだ。
「そうね……あんたたちに当たっても気分よくないし、ぎゃーぎゃー叫ばれるだけでむかつくし」
 酷い、あなたは最低よ!! そう叫ぶことが出来たらきっとすっきりするだろな。
 サイトゥーくんを見ると鼻を押さえてしゃがみこんでいる。よほど痛かったんだろう。背中を向けているので顔は見えないが、きっと泣いているに違いない。これが夏子の逆鱗に触れた報いなのだよ、少年。とりあえず大志を抱け。
「でもむかつく」
 無表情で吐き捨てないでください。怖いじゃないか。
「あー、むしゃくしゃするなあ。間違ったことはやってないのになんで罰よ。おかしいじゃない。これが日本の実態なんだわ。やんなっちゃう」
 ブツブツ文句をたれる夏子に何か凄みを感じる。
「見てみぬふりをするよりいいじゃない。やりすぎとかは狂ったPTAが叫んでればいいのよ。大体あんなのって家で旦那さんに構ってもらえなくなった奥さんがその反動で活動してるんじゃない。主婦の八つ当たりに子供を巻き込むじゃないわよ」
 何かすごく関係ない話になってる……。
 しかし……、先ほど八つ当たりしても仕方ないとか言っていたが、そんなことすぐに忘れて近くの我々に拳を振るいそうな雰囲気があるな。
「でもそんな親に育てられた子供も子供で、お母さんの言っていることは正しいんだ、とか思って周りに迷惑かけるのよ」
 目つきがすげぇ怖い。なんつーか物騒。止めたほうが良い。これは魂の警告であり、実体験から基づく勘でもある。本能と経験からの警告、従わない奴がどこにいる?
 な、ならばやるべきことは一つしかあるまい!! 夏子を宥めて、大人しく作文を書いてもらってこの件を綺麗さっぱり忘れてもらう!
 まずは段階を踏まねばなるまい。まず、夏子さんに落ち着いてもらいます。不機嫌はいけないので機嫌を直してもらうことから始めよう。
 てことは、だ――
「な、夏子さん、助けていただいたお礼をしたいのですが……」
 まず物で釣ってみよう。
 ポイントはひたすらなまでに低姿勢。生命に関わることにプライドを気にしてどうするのだろうか?
「あ、もちろん我々学生の身、高価なものは無理ですが……」
 "我々"と言う言葉に反応してサイトゥーくんが涙で濡れたその瞳をこちらに向けた。子犬か女の子だったら可愛いのだが、サイトゥーくんじゃ気持ち悪いだけ。よって無視。
「おれい?」
 無邪気な子供のように夏子の表情が輝いた。も、物に釣られるんですか? 単純でありがたいけど、もっと思慮深い性格かなって思ってたからちょっとショック。
「ほんとう?」
 ああ、子供の笑顔だ。眩しいくらいの子供の笑顔だ。
「え、ええ、本当ですとも。我々、誠心誠意を持って軽めのうな重等をご馳走します」
「うな重!?」
 サイトゥーくんの驚愕の声。……軽くもないし、高価だね。でも、出前で二千百円くらいだから、千五十円づつ出せばいいじゃないか。いや、助けてくれたお礼としてどうなんだ? それにうなぎって栄養たっぷりだからこれ以上夏子を丈夫にしても……いえ、胸や尻に行ってくれれば――いやいやそんなお兄様、何を言わせるのですか。
「食べ物より、あたし欲しいCDあるの」
 ――場合によってはうなぎより安いぞ。
「一応聞くけど、それってアルバム?」
「うん、初回限定のDVD付きで三千八百円くらいの」
 ――高くなりました!!
「買ってくれるんだ♪ 嬉しいな♪ 嬉しいな♪」
 あ、何かもうオレら買うことになってるぞ? すぐにサイトゥーくんにわき腹を小突かれる。小声でサイトゥーくんは言う。
「何でこんなことになったんだよ!?」
「夏子を宥めようと思ったんだよう」
「だからって物で釣ることあるか? もっと他にあったろ、代わりに作文書くとか」
「オレ、字が下手なんだ――って、元はと言えばお主が余計なことを言うから更に怒ったんじゃないか」
「それは……そうだけど、放っておいても良かっただろ!?」
「甘いな、あまあまのあんまみーやだ。怒り心頭の夏子を野放しにするなんて生命がいくつあっても足りないんだぞ」
「意味が判らないよ」
「うん、つまりね、八つ当たりを食らうのは近くにいるオレたちなんだ。君だってあの素晴らしい回し蹴りの餌食にはなりたくないだろう?」
「……うん、まあ」
「一人千九百円で生命が助かるなら安いものじゃないか」
 あれ? いつの間にかオレも買うことに何の疑問を覚えなくなってるぞ? ま、生命って大事ですよね。
「そんじゃあさ、今週の土曜日、学校帰りに行こう♪ もちろんお昼は奢ってね」
 また、高くなりました……。
「……う〜ん、何か釈然としないけど了解」
 サイトゥーくんは鼻の骨が折れていないかを確認しながらしぶしぶ頷いた。
「言いだしっぺな以上、異論はない」
 オレは男らしく頷いた。けいすけの おとこまえどが いちあがった!!
「うん、決まりね。じゃああたし帰る。じゃーねー♪」
 笑顔すら向けて夏子は去っていった。見た目は良いお嬢さん、ちょっと心が温まってしまった。
 ちょっと自分が情けない。


 そして土曜日の放課後。
「あたし掃除当番だから玄関で待ってて」
 八組に迎えに行ったら夏子にそう言われました。
『樋口、……すまん、げほっ風邪引いた……』
 朝のHRが始まるちょっと前にサイトゥーくんから電話があった。当然、さっちゃんはサイトゥーくんの欠席をクラスに伝えた。

 てことは、だ。

 オレ、今日、夏子と二人でお買い物です。
 考えようによってはでぇとです。でえとです、デエトです、でーとです、デートです。
 でも相手は夏子です。性格は残念です。でも見た目はモロ好みでオーケーです。
 何か問題が無くなったような気がするぞ!!
 玄関で一人で悶々考える。
 でも財布の不安が……、一万円札が一枚に……千円札が……うん、昨日貯金下ろしてきたから大丈夫だ。ATMだって色んなとこにあるし……うん、大丈夫。夏子が昼飯にとんでもないところを選ばない限り大丈夫。
 大丈夫、お財布は大丈夫だよ。
 大丈夫、お財布は大丈夫だよ。
 大丈夫、お財布は大丈夫だよ。
 さて、明日からの生活は、と……。現在の日時を確認、給料日までの日数の計算。
「…………」
 おのれ斎藤、あとで請求書送ってやる!!
 かわゆい(夏子と言う事実に一旦目を伏せる)女の子とデート出来るったって割に合わんわ!! 頭にきたの請求書のゼロのところを九に書いて送ってやる。ぐふっふっふっ、ザマーミロサイトゥーめが。
「何邪悪な顔してるの?」
「もげ!?」
「過去に戻るの?」
「そんなお米の国からクレームを付けられそうなことを言うでない!!」
 マニアックなネタの応酬。大多数が置いていかれること請け合いである。
「あれ、も一人は?」
「具合が悪いらしくて欠席だ――って夏子さん名前で呼んであげましょうや」
「知らないもん」
 酷いサブキャラ扱いだ。
「サイトゥーくんだ」
「斎藤? ふうん、ありふれた苗字ね。さ、いこ」
 そういう感想は求めてないです。
「まず、お昼ご飯」
「高いのはやめてくれよ、オレ一人暮らし」
「だいじょぶだいじょぶ、ラーメンだから」
 ぬ、そこは遠慮してくれるのか。ありがたい。いや! 油断するな、ラーメンだってピンキリだ、もしかしたら極悪に馬鹿高いラ・メーンかもしれん。要警戒だ!!
「駅からちょっと歩くけど、いいよね」
「チャリで行きたいです」
「却下」
 さらば、爆神丸(自転車の名前、当然今名付けた)。明日になったら迎えに来るよ。たから今晩はここでゆっくりしていってくれ。
 しくしくとうなだれながら久しぶりの徒歩で駅に向かう。
「啓輔、今日バイト?」
「夕方から」
「あたしと一緒か。なら一緒に行こうか」
「異存はない」
 どうせ女の買い物は時間がかかるんだ。家に帰る時間すら無いに違いない。
「じゃ、それで決定」


 約二時間後、オレたちは繁華街にある某有名CDショップにいた。お礼のブツを買わねばなるまいて……。
 ラ・メーンは良心的な値段でいいお味だったよ。ただ店が奥まった場所にあったから探すのが大変だったよ。
「うん、ラーメンマップに載ってるだけの店だったわ」
「ん?」
「そーゆーサイトがあるの。一度行ってみたかったのよ」
「ふうん、ま、おいしかったからいいや」
 ああ、オレもネットやりたいな。安くて高性能で壊れないパソコンがほしい。誰かください。百円ください。
「で、夏子さん目的のCDはどれでしょうか?」
 今日に限ってセールとかやってないかな。最近発売されたCDがそんな扱いされるとは思えんがね。いいじゃん、夢くらい見たって。
「うん、えっと、あった」
 夏子が向かったコーナー。新作CDが平積みされてるよ。そのうちのちょいと分厚い一つを手に取った。
「これ、と」
 "と"? "と"? "と"だとう!?
「これ。はい」
 家計に大打撃を受けかねない一言にオレが動揺する。しかし夏子はオレの混乱など華麗に無視。さらに無邪気に微笑むとオレに二枚のCDを手渡した。オレの右手にはちょいと分厚いCD(たぶんDVDが付いているから)が一枚。左手には一般的厚さのCDが一枚。
「ど、どういうことですか!?」
 買うのは一枚と言ったじゃないか!!
「ああ、こっちは自分で買うから」
「なら自分でレジに行けばいいだろう!」
 オレのもっともな発言に夏子は無言で財布を取り出した。そしておもむろに一枚のカードをオレに押し付けた。
「は?」
「ポイントカード。まとめたほうがいっぱいもらえるじゃない」
「なるほど……いや、そうじゃない! 買うのは一枚って――」
「ああ、それはちゃんとあとで払うから」
「払うのかよ!!」
「え、全部出してくれるの?」
「ツッコミだよ、出さないよう!!」
 一人でヒートアップ。周りの客はもちろん店員の注目を集めてしまってます。ものすごく恥ずかしいです……。
 ごほんと咳払いをして気持ちを落ち着かせ、通常トーンに戻して冷静に問い掛ける。
「オレが買うのはもちろん――」
「うん、高いほうね」
 かなしくなった。泣きたくなったが、恥ずかしいので我慢我慢。
「いやあ、ずっと欲しかったのよ」
「どっちが?」
「こっち」
 笑顔の夏子が指差したのは、自分の金で買うと言ったほうだった。……何か、ちょっぴり傷ついた気がする。
「オレが買うほうはどうなのでしょうか?」
「そっちは四曲目と十曲目が聴きたいの。でもそんなのに三千円も払うのはいやだなーって」
 よくある話だけど、なんだろう……すごく、傷ついた気がします……。
「じゃあ無理して買わなくても――」
「聴きたいのっ」
「そ、それならせめて通常版でもよろしいかと思うのです」
 ささやかな反撃。
「せっかくPVが付いてるんだもん、見たいじゃない」
「何度も見るもの?」
「一回きりね」
 即答されて、余計に傷ついた気がします。
「それにポイントもいっぱいつくからいいじゃない」
 それはあんたの都合で、オレにとっては痛手でしかないです。
「じゃ、買ってきてね〜♪」
 明るく言うと夏子はDVDコーナーへと旅立った。
「…………おれい、だもん」
 がっくりと不貞腐れた子供のように肩を落としてオレはレジに向かった。


 数十分後、夏子に付き合ってウインドウショッピング。日本語に訳すと冷やかし。
 もうどんだけ店を周ったか判らない。服を見たのは覚えている。買わなかったけど。カバンも見た気がする。買わなかったけど。本屋にも行った気がする。立ち読みしただけだけど。薬局にも行った気がする。当然何も買わなかった。あと、うん。よく判らないけど色々周った。
 で、今は文房具屋です。夏子は楽しげにペンやらノートやらを眺めています。心なしか目が輝いているようにも見えます。こんなもん見てて楽しいのでしょうか?
「楽しい?」
「うん」
 百円シャープを一本とって夏子はオレを見ないで微笑んだ。試し書きの紙に夏子はさらさらと文字を書いた。

 テトロドトキシン

「河豚毒じゃねーか」
「へえ、そうなんだ」
 何故か感心する夏子さん。
「ずっと頭にあったから気になってたんだけど……けど、啓輔に物を教えてもらうなんて……」
 若干落ち込んでいる。きっと屈辱を感じているのだろう、ザマーミロ!! 料理関係のことは覚えるのは得意なんだ。えへん。
 よし、夏子に屈辱を与えて記念としてオレも書こう。

 つあこたまんへき

「何それ?」
「パスワード」
 大阪のじゃりんこな少女の幸せを探すゲームの三章の――いや、マニアックすぎますね。
「?」
 疑問顔の夏子は放っておいて更なる言葉を書き連ねてくれるわ!!

 上上下下左右左右BA

「自爆コマンドね」
「シロートめが」
 パワーアップコマンドに決まっているだろうに。パロりやがって。いや、あっちのほうがバリアとか使い勝手がいいけど、オレは大きな蛇の宇宙船のレーザーがカッコ良くて好きだ。
 さらに書き書き。

 じよにいは ろつてのえいす かつこいい ぞわお

「読みにくい」
「ふっかつのじゅもんは得てしてそういうものだ」
「はあ?」
 きっと夏子はPS以降しかプレイしてないんだ。いや、そもそもこのシリーズに手を出していないのかも……。
 オレの考えをよそに夏子は更に試し書きに記す。

 リタルダンド

 なんじゃそら?
「うん、これいい感じ。うん、あとあのノートが捨てがたいのよ」
「いや、買ったら?」
 ノートの良し悪しなんて判らんよ。
「Cの、あの幅の細さで百ページよ? もう、心が躍り舞う♪」
「えっと、買ってきたらどうでしょう?」
「でもでも、ノートなんて授業にしか使わないからやっぱりどうしようかなって思っちゃうの」
 オレにどうしろと。
「でもでもでもっ! ノートマニアとしてはやっぱり欲しい一品!」
 ものすごい判らない世界です。
「あ、あの、好きなだけ悩んでください。オ、オレあっちの店に用があるんだ」
「あ、そうなの? じゃあ悩んどく♪」
 付いていけないのでとりあえず逃げる。適当にあっちって言ったけど……良かったちゃんと店がある。女の子向けのファンシーな店だけど。ちらりと夏子を見ると、楽しげに悩んでる。な、何が楽しいんだ……?
 とりあえず逃げよう。うん。

 三十分ほど経ったので帰ってきた。オレはオレで買い物してきたよ。女の子向けの店で男子高校生が堂々とお買い物してきましたよ! 変な度胸と勇気が付いた気がします。
 で、夏子は……と。
 すげー幸せそうな顔してペンを見ていた。はにゃーんって表情です。しかも片手にノート数冊にシャーペン数本持ってるし。つーかまだ会計行ってないのかよ!?
 携帯を取り出して時刻確認。あんれまあ、バイトまであと一時間もないじゃないですか。どんだけこの店にいたんだよ。これで物買わなかったらただの迷惑な客じゃねーか。夏子は買う気満々だからいーだろうけどさ。
「夏子、そろそろバイトに行かないと」
 現実に引き戻してやるのが友の勤め。
「え? あ、ホントだ。ちょっと買ってくる」
 我に返った夏子は店内の時計を見て驚いた。
「行ってらっしゃいませ、オイスター」
「マイスターよ、それ」
 ちなみにオイスターは牡蠣のことである。ソースもあるよ。
 簡単にツッコミを入れると夏子はレジに走っていった。
 夏子さん、ペンは買わないようです。色ペンってさ、赤と青ともう一色くらいあれば授業で困らないよね。ぶっちゃけオレシャーペンと赤のボールペンだけでノートとってるもん。
 夏子を待ちつつそんなことを考える。
「お待たせ」
 幸せそうに購入したブツを胸で抱きしめている。文房具で幸せになれる稀有な人種のようだ。
「ほいじゃ、行きますか」
 ここからならば……そうさな、歩いて三十分くらいだろう。外に出ながら考えた。
「もちろん歩くよね?」
 オレの財布のために。
「バッカじゃないの。電車よ」
 そんな心を込めて馬鹿扱いしなくたっていいと思います。


 程なくしてバイト先のファミレスに到着。なけなしの小銭で買った切符の代償は適度な足の休憩となった。要は座れたってことです。
「ああ、頑張るかあ」
 やる気なく伸びをする背中をぼうっと眺める。腰まで届く髪は夕日を浴びてきらきらと光っている。そこに突然の風。
「あもうっ」
 突風が夏子の髪が大きく波立たせた。慌てて髪を押さえる夏子の表情は言葉にすると"忌々しい"。だったら結ぶか切るか――
「あ」
 ぽんと手を叩いてカバンを漁る。
「どうしたの?」
 振り返る夏子にオレはカバンの中から出したものを差し出した。
「はい?」
 プレゼント用の、小奇麗な手のひらサイズの袋は見るも無残にしわしわになっていた。
「なにそれ?」
「お礼」
「は? CDならもう貰ったよ?」
「それはオレとサイトゥーくんの二人分。これはオレの一人分」
「意味判んない」
 バーカバーカ。声に出さずに馬鹿にしたのに何故か頭を叩かれた。
「開けて良い?」
 こくりと頷く。あ、中身までしわしわになってたらどうしよう。
「?」
 手のひらサイズの袋から出たのは薄い――ほとんど白に近い――緑色のリボン。が、夕日のせいでオレンジにしか見えない。違う場所で渡せば良かったな。
「ナニコレ?」
「リボンです」
「りぼん?」
 手にあるリボンをじっと見つめてからオレを見て言った。
「少女漫画の雑誌――」
「それだったら大変です」
「そ、そうよね」
 あれあれ? 何か様子がおかしいよ?
「う、うん。ありがと」
「いや、お礼だから、こっちがありだとうだ」
 本当は時間潰しのためになんとなく買った物ですけどね。
「そ、そうね」
 ? なんで? なんで反応がいつもと違うよ? 何かもじもじしてますよ?
「…………」
「…………?」
 な、なんだ……この沈黙は。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 あの、オレとリボンを交互に見つめながら小刻みに変な動きしないでください。つーかそろそろ時間だし。
「そろそろ入ろうぜ、遅刻扱いされるぞ」
「う、うん!」
 夏子は無駄に大きな声で頷くと、オレをさっさと追い越して中に入って行ってしまった。
「変なの」


 着替え終了。窓から差し込む夕日がまぶしいぜ。無性に砂浜を青春の二文字を背負って走りたくなるぜ。
 持ち場に着く前に一回ぐぐっと背筋を伸ばす。そして簡単に準備体操。これはなんとなく。
 そしたらすぐに夏子がやってきた。オレより先に入ったのに後に来るんだよ。いやあ、女の着替えは長くって嫌だねぇ。
 いや、そうじゃないな。今回は。
「お、さっそく付けてくれたんだ」
 夏子はいつも髪をおろしている。でも今はオレがプレゼントフォーユーしたリボンがあるからか、一本にまとめていた。いわゆるポニーテイルって奴だ。
 うむう、しかし今付けてくれるとは思わなかったぞ。気の良いやつめ。
「うん、似合うぞう」
 満面の笑顔で褒めた。実際、すっきりして爽やかで美しい。首のラインがいつもよりよく見えてたまらなくエロい。うなじがまたエロい。ポニーテイル万歳!!
「ほんと?」
 上目遣いで聞いてくる夏子の表情が、夕日のせいで赤くなっている。おおう、まるで照れているみたいじゃないか! わはは、少女漫画みたいなシーンだぞ。
「ほんとほんと」
 いやあ、女の子って髪型を変えるだけでエロくいや、可愛くなれるんだねぇ、差別だ。でも男で、しかもこの年頃で可愛いと言われて嬉しいだろうか? 妖艶なお姉さまにならアリだな。……うわあ、博みたいな思考をしてしまった。激しく後悔。
「ありがと」
 小声でおもっくそ視線をそらして夏子は言う。髪の先っぽを指にクルクルと巻きつけては離しを繰り返している。これがまた照れてるみたいだ。ううん、少女漫画ちっくなり。
「可愛いぞう」
「なっ!?」
 ものすごい速さでこちらを見て、何か言おうとして口を開きかけるが結局何も言わず閉じた。そしてまた視線を外して髪の先っぽを指にクルクルと巻きつけては離しを繰り返す。
 うん、リアル少女漫画だ。別にギャルゲーでも構わないが、どちらかというとその表現方法は博チックなので遠慮したい。
「二人とも早く入ってねー」
 間の抜けた店長の声がオレのどうでもいい思考をあっさりかき消す。うむ、仕事前に何を考えているんだオレは。
「行くかね」
 肩を竦めて夏子に目を向けるが、相変わらずこっちを見ない。忙しなく視線があっちゃこっちゃと彷徨っている。ここまでくると挙動不審じゃ……いや、動きは普通なんだから違うか。
「ん、じゃね」
 などと考えていると、小さく頷いて夏子が戦闘区域へと駆けていった。フロアへ続く白の蛍光灯の短い廊下を、その名の通り、馬の尻尾のごとく髪を揺らせて夏子が行く。なんとなく見送るオレ。あれ? 夏子の頬っぺ、ちょいと赤い。夕日は廊下まで届いてないのに。
「?」
 頬っぺたの毛細血管が切れたに違いない。
「……何で?」
 原因を考えてみるが判らない。
「ひーぐーちーくーんー」
 ぬう、恨めしそうな店長の声が聞こえる。早く行かねばっ。
 オレは力強く大地を踏みしめ、戦闘区域へと身を躍らせた。



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