弥生先輩の気まぐれで始まった推理合戦。 『一番最初に判った人は来年の写真部の副部長!』 ありがたくもない賞品。だが、オレを馬鹿にする元樹を見返すだけのために張り切るオレ。 そんなオレをあざ笑うように答えを見つけ出す風花と麻美。 さて、今から考えてこの事件を解決できるかな?
暗室のドアを開ける。相変わらずトリックに使えなさそうな堅牢なドアだぜ。お前のせいでオレの推理はおじゃんさご破算さ。 「おかえり〜」 笑顔で迎えてくれたのは弥生先輩と風花。麻美はこちらを一瞥しただけ。残りの元樹と三上先輩はガン無視です。ちょっとかなしいね。 「なんか収穫あった?」 弥生先輩の問にオレは肩を竦めるだけ。 「だよねえ♪」 嬉しそうに言うな。 「気分転換にはなったかな♪」 空になったケーキの箱をくるくると回しつつなにやら楽しげに微笑む弥生先輩。一人で食べたのかなこの人。そんな気配がするぞう。 「無駄足ご苦労様」 元樹が嫌味ったらしく労ってくれました。むかつきです。でっかいむかつきです! 「ふっ……」 頭にきたので無駄に勝ち誇った表情で元樹を笑ってやった。 「なんだよ」 お、食いついてきやがったぜ。オレに見下されるのはそんなに屈辱か。 「収穫なんてもちろんないさ」 「啓輔、開き直ってどうするの……?」 風花、ちょっと黙ってなさい。 「事件のすべてが判ったんだ、収穫もへったくれもあるまい」 大法螺を吐いてやる。 「ええ!?」 弥生先輩と三上先輩の声がハモった。いや、驚くのは判るけど――弥生先輩はオーバーだからまあいいとして――三上先輩まで……どう言う意味というか、オレのことをなんだと思っているんだろう。答えは聞きたくないですよ、もちろん。 「本当?」 キラキラとした目で、聞いてくるのは弥生先輩。 「もちろんですともっ」 不自然じゃない程度に大げさに頷く。オレの態度に弥生先輩の期待が高まっていくのが判った。三上先輩はちょっと疑わしそうな目でオレを見ている。風花は心配そうに、元樹は胡散臭げに、麻美に関しちゃこっちを見ちゃいない。 「じゃあ早速けけくんの推理を聞かせてもらいましょう!!」 楽しげに、本当に楽しげに弥生先輩は言った。これはもう逃げられない。逃げられないならば――立ち向かうまで!! そう、漢らしく!! 「ごほん」 この際当たり外れはどうでもいい。それっぽいことを言ってこの場を乗り切るんだ。 「――犯人は」 「いきなりそこなの?」 風花、黙っとれ! ツッコミ(?)を無視して人差し指をぴっと伸ばした。 「弥生先輩、あなたです!!」 ――被害者である弥生先輩を指差した。 沈黙。 オレのあまりの発言に二の句が継げないと言う感じか。「馬鹿かお前は」と言われる前にいかにも『推理しましたよ』的な大法螺を構築せねば!! 「まあ、驚かれるのは当然のことです。ちゃんと説明するのでご安心下さい。 ごほん。みなさん、弥生先輩の話を思い出してください。 弥生先輩は我々に話しました、ドアは施錠された状態、しかし窓は開いたまま、そこに上半身を乗り出し気絶していた、と。 ドアの鍵は気を失っていた本人が持っている。窓は開いているが、アクセス方法がない。つまり密室です」 「うんうん、それで?」 続きを促すのは犯人疑惑を向けられている本人だった。 「事件当日、弥生先輩は部活のために休日にも関わらず学校に出ていました。 部活動そのものは楽しいが、せっかくの休日を潰してまでやるほど楽しいものじゃない、そんなことを思った弥生先輩は一ついたずらを思いついたのです。 そう、同じ部員の大村亜里沙さんを驚かせようと思ったわけです。 どうやって驚かせようか? 弥生先輩は悩みました。大村さんと作業しながら考えました。そこでふと気が付いたのです。 ――暗室の特性に。 この学校の、どの教室よりも密室に適したこの部屋に。 暗室は作業内容上、閉じた空間です。光すら入らない、入れることの許されない部屋です。そこに目をつけました。 『この中で一人、気絶して倒れていたらそれはとてもミステリーじゃないか』 そんなことを思いついた弥生先輩はまず暗室へのアクセス方法その一である窓、それに繋がる中庭を確認します。前日の雨のせいでぬかるみ、歩けば足跡が残る状態、窓の出っ張りも濡れてしかも汚れている。ここを歩くとなるとやはり足跡が残ってしまう――それを確認しました。ドアのほうは確認するまでもありません。鍵がないなら壊すしかないようなドアです。講義室へのドアは随分と前から施錠――というか、この場合は封印に近い――から問題ないです。 大村さんを出してしまえばすぐにでも密室を作れる状態でした。ですが、ただ倒れているだけではすぐに本人がやったことがばれるし、そもそも早くに見つけてもらえない、だから弥生先輩は窓を開け、そこから上半身を乗り出し気絶したふりをしました」 「ほほー」 相槌を打つのも犯人疑惑を向けられている本人だ。 「そうすれば外から見えるし、窓が開いていたと言うことで、『誰かが弥生先輩を殴って、そこから逃亡した』という図式が浮き上がり、事件性が出てきます。 あとは簡単です。大村さんにお昼ご飯を買ってくるように頼み――その際自分はまだ作業が残ってるから、とか言って外に出し、鍵をかけ、換気用の窓を開け、廊下に人がいないことを確認してから身を乗り出して気絶したふりをして、大村さんの帰りを待てば良いのです」 「ほうほう」 感心したように頷くのも……やっぱり犯人疑惑の弥生先輩。よく周りを見ると風花も三上先輩も感心して聞いている、よーな気がする。元樹は無表情。麻美は聞いているそぶりすら見せない。うん、麻美はそうでなくっちゃあ(棒読み)。 「これは逃げ道があると見せかけて実はない、完全な密室。つまり、ドアの鍵をかけた本人以外に密室を破ることが出来ないのです。それは被害者以外、犯人になりえないと言うこと! つまり犯人は被害者である、――弥生先輩、あなたしかいないのです!!」 ――ふっ、……決まった。 というよりもよくもこの短時間でこんなハッタリを思いついたものだ。それに何か結構それっぽくない? 正解を期待しても良いような――いや! むしろこれが正解だと言われても納得できるような推理だ!! オレ何気にすげえ! これなら理系に進んでも大丈夫だ! 先ほどとは違う沈黙。 今度はオレの完璧な推理に、いや真相に二の句が継げないと言ったところか。ふふん、オレもやれば出来るんだ。ふふふのふん♪ だ。 ぱちぱちぱち。 乾いた音は弥生先輩の拍手だ。いや、犯人に誉められても……嬉しいですよ? 誉めて、もっと誉めて誉め倒してくれ!! 「わあ、すごい」 感心して、弥生先輩同様拍手してくれるのは風花。何も言わないがちょっと目を見開いて拍手してくれるのは三上先輩。麻美はまったく関係ない方向を見ている。うん、期待していない。 「すごい、すごいよけけくん!!」 「いやあ」 そんな真正面から誉められると照れちゃいます。もっと誉めて。 さて、元樹はどんな悔しそうな表情してるかな? オレなんぞに先に真相を暴かれて顔真っ赤にしてるんだろうな♪ 「確かにすごい」 いつものポーカーフェイスのまま素直にオレを認める元樹。表情は気に食わんが誉められたのは嬉しい。しかし胡散臭いな。 「よくもまあ、短時間でその考えをまとめ上げた」 ぎく。ばれてやんの。 「な、ななな、なんのことだ? これはオレがじっくりと考えあげた上の、推理だぞう?」 「上ずった声で言っても説得力は皆無」 冷静に指摘する坊ちゃんが憎い。 「そ、そそんなことより、オレが先に真相を暴いたんだから副部長の座はオレのものってことだな」 そんなもん嬉しくもないが、元樹を見返した……と思われるからそれでいいや。 「真相を暴いた?」 元樹は眉をひそめた。え? なにその反応。ばっちり、真実は名にかけて! と言うことでオレが暴いたじゃないか。あ、確かに弥生先輩はそれが正解だなんて言ってないな。なるほど、確かに正解と確定してもらわなくちゃいけないな。ならばジャッジしてもらえばいい。ま、答えなんて判ってるけどネ! 「弥生先輩、オレの推理、大正解ですよね?」 自信満々に問い掛けた。 「ううん、違うよ」 どんがらがっしゃん!! 足にロケットでもつけて吹き飛びたくなった。でもそんなこと出来ないから豪快にひっくり返るだけにとどめた。 「違うんですか!? どこが!?」 「まず、犯人が違う」 にゃんと、別に犯人がいるだとう!? 「それに犯人は生徒会室の三人とありりんとブラバン部部長の五人の中にいるっていったじゃん。あとはそこそこ当たりじゃない? ね、洋子」 「そうね」 犯人改め被害者と関係者の語らい。二人の顔には笑顔すら浮かんでいる。 「じゃ、それをちゃんと説明出来る人いる?」 無言で手を上げるのは元樹。風花と麻美は動かない。何でだ? 「二人は?」 同じこと――ではないだろうから、確認のため聞くが二人は動かない。……何でだろ? 「じゃ、もとくん、説明して」 「はい」 元樹は頷く。 「密室はやよ先輩にしか破れない、と言うのは啓輔が言った通りです」 落ち着いた、知性を感じさせる声と口調で語りだした。無性に腹が立つのは気のせいだろう。しかし、何気に名を呼ばれたのは初めてかも知れん。まあそんなことはどうでもいい。 「ならば犯人はその密室の中にいた弥生先輩しかいなかろう」 「まあ、そういう結論を導いたのは悪くない」 冷淡に吐き捨てるように言われてもちっとも嬉しくないぞ。 「君は言ったね、『やよ先輩の話を思い出してください』と。同じことを僕も言おう、『やよ先輩の話を思い出してください』」 ?? 最初の話、だよな。てこと―― 「『生まれたばかりのじいさんが――』」 ま、まさかこれがとんでもないヒント――!? 「いや、そこじゃない」 ちょっと呆れ気味に否定された。良かった。 「やよ先輩は言いました。『ありりんと一緒に朝から一休さんの主題歌を歌いながら写真を焼いていました』」 微笑ましいじゃないか。 「それとこの部屋の天井、不思議だよね。ポスターが張ってあるんだ」 それ、何が関係あるんだよ……。 「ポスターって普通壁に張るでしょ? 天井にはまず張らない」 「でも、壁に張るとこなくなったら天井に張るぞ」 オレなんかがそうだ。あまりに好きな歌手がいてね……。昔の話だけど。 「ここ、壁にまだ張れるけど?」 元樹が指摘するように、暗室の壁はポスターを張るスペースなどいくらでもあった。 「そうだな」 反論しても仕方ない。 「それと、風花が『後ろから殴られたんですか?』と聞いたとき、言いよどんだ。それと凶器についても同様だ」 話が飛びますな。天井のポスターと殴られた場所、凶器なんて関係あるわけないじゃないか。 「で、この部屋にはこれがある」 そう言って元樹が取り出したのは竹刀だった。 「?」 疑問符を浮かべるオレ。そんなオレを元樹は何故か馬鹿にしたりしなかった。 「もう一回やよ先輩の言葉を思い出してみよう。ま、案内図を覚えているんなら問題ないけど」 案内図? ……それは覚えてないから弥生先輩の言葉を――って、どこらへんだ? 「『やよ先輩に恨みを持っている人っていましたか?』と君が尋ねたとき、先輩は言いました」 そこか。そこなら覚えているぞ。 「『けけくん、警察みたいなこと聞くんだね』と……」 「確かに直後のそう言ったけど……どうして君はそんなどうでもいいことは覚えてるんだ!? 話の流れからして明らかに関係ないだろう!!」 気を使ったのに怒られた。違うの? じゃあ……、確か……容疑者がいた場所の話だよな。 「『暗室に、私とありりんの二人。 体育館にバレー部が五人、あと顧問の先生が一人、の六人。 あと用務員室に用務員さんが一人。 暗室の真上、二階の生徒会室に、会長と文化委員長と、副会長、つまり洋子。の三人。 同じく二階の音楽室に吹奏楽部員、部長一人。一人で練習だって。 また同じく二階の職員室には先生が……ニ、三人。ごめんよく覚えてない』」 今まで黙っていた風花が面白そうに微笑んで言った。 「そう、そこ」 元樹も嬉しそうに微笑む。愛しのお姉さまのアシストがそんなに嬉しいか、このドシスコン。ニヤニヤしやがって。それはともかく、物覚え良いなあ風花。 「……『暗室の真上、二階の生徒会室』」 今度は麻美がやはりあらぬ方向を見ながら言う。これもアシスト? それは良い――ちょっと待て。あれ? え? 「あんしつのまうえ、にかいのせいとかいしつ?」 黙って聞いてる先輩二人はニヤニヤしてる。 「で、そのとき学校にいて、アリバイが成立してなくて、動機があったのは、 ・音楽室にいた吹奏楽部の部長 ・生徒会室にいたと思われる生徒会長、文化委員長、そして生徒会副会長の三上先輩 の四人」 「で、それと竹刀が関係あるのか?」 「大有りさ」 元樹が不敵に笑った。 「上に仲の良い友達がいます。そろそろお昼です。一緒に食べようと思う。手には竹刀。さあどうやってそれを伝える?」 元樹の問にオレはちょっと考えて、もっとも合理的な答えを言った。 「携帯電話で――」 「ここまでお膳立てして何でそんな答えを導くんだ!?」 ち、違うのか? でも一番確かな手段じゃないか。 「弥生だったら――どうする?」 面白そうに微笑み、偉そうに腕を組んで三上先輩はオレに問う。弥生先輩だったら? そんな付き合いの短いオレが判るわけ―― 「あんま深く考えないで」 三上先輩同様面白そうに微笑んでご本人。 上に友達、そろそろ昼飯、一緒に食べよう、手には竹刀。 「まあ、天井を突付きますわな」 「うん!」 満足そうに弥生先輩が頷いた。 「そう、弥生先輩は竹刀で天井を突付いたんだ。それは日常的にあった。証拠が天井のポスター」 「なるほど、突付いたあとが残っているのか」 オレはイスをポスターの下に運び、それに乗って――届かない。ので、引き伸ばし機が乗っているテーブルに足をかけ、ポスターを剥がした。 ――!? 「あと? 違うよ――」 勝ち誇ったそんな口調で元樹は言う。 「穴だ」 そこには十センチほどの穴が空いてあった。その向こうは暗くてよく見えない。 「前に力加減間違ってねー、あははー」 豪快に笑い飛ばす開けた本人。……いいのかな? 「穴と事件が関係あるっての?」 ポスターを張り直してから下りる。隠しておいたほうがいいだろう。 「ま、間接的に」 元樹に聞いたのに答えたのは弥生先輩。 「で、やよ先輩は事件当日も突付いたんだ。三上先輩を呼ぶために」 下からどんどんされたんだ。 「うん、それで?」 「生徒会室にいた人間はみんなぴりぴりしてた」 「うん」 相槌だけ打つオレを冷淡に見て、何か諦めたように風花を見る元樹。 「朝から下からの歌声……上の人間からしたらただの騒音よね、そんな中で会議なんてしてたらとてもストレス貯まると思う。そんなぴりぴりした状態で、下からどんどんって音出されたら、どう?」 元樹の視線を受け、風花は穏やかに問う。歌声って、ああ、二人で朝から歌ってたって言ってたっけ……。 「むかつくな」 と言うか、ウザイ。 「そうだよね、だからやよ先輩に対して一番遠慮がない三上先輩は行動に出た。というよりも、一番キレてたのが三上先輩だったんだと思う」 「そりゃ、付き合いが一番長いからねー」 弥生先輩が妙に感心しながら言う。 「行動って?」 「黙らせようとしたの」 風花の物言いに何か物騒なものを感じた。それは……物理的にって意味かな……? オレの疑問に答えるように元樹がよどみなく答える。 「どの教室にもある取っ手が付いている入れ物――この場合はバケツかな――に適当な重いものを入れます。余ったまたは使わない書類とか――それを入れて、取っ手の部分にロープ――といっても実際はビニールのテープあたりじゃないかな? 備品としてあってもそんなにおかしくないし――を繋ぎます。窓の近くに持ってきてから、電話をかけてやよ先輩に窓を開けさせて、顔を出させます」 ……えっとそれってどう言うことかな。 「で、顔を出した直後にそれをやよ先輩の頭めがけて落とします」 死ぬんじゃなかろうか? いや、本人はぴんぴんしてらっしゃいますけど。 「当ったのを確認してからロープを引っ張って凶器の回収」 ん? でもロープを外してしまえばただのバケツになるんだから凶器を教えてくれても良かった……いや、せめて『どの教室にもでもあるもの』ってヒントくらい出せたんじゃ……。って、その前にすげー危ないことやってません? 「これが凶器が見当たらなかった真相。 ということで――さっき名前出しちゃったけど、改めて――犯人は三上先輩です」 あっさりと元樹は言った。 元樹の説明をじっくり検証する。 要は『上から重いもんぶっけて気絶させた』ってだけだろう。その重いもんにロープをつけて回収すれば凶器は現場に残らない。生徒会室にいたんだから密室を破る必要なんてない。そんでもって生徒会室にいた三人の中で、そんなことを平気な顔してやりそうなのはただ一人、と。確かに顔見知りでイライラの元凶とはいえ、……暴力的に黙らせようなんて思わんよな。その人物をすごく恨んでいる人か、親しい人……と言うか、色々遠慮がない人じゃない限り。 「…………」 そう考えるとものすっご下らないなあ……。てかすっげえ回り道させられた気分。 「判定をどうぞ」 自信満々に、ではなく、あくまでも淡々に弥生先輩にジャッジを求める元樹。こんなのたいしたことじゃないですよ感が滲み出てとても腹立たしいです。 「九十五点」 いつから点数制になったんだ。って正解じゃないの? でもほぼ満点ってことは正解? 「犯人及び、弥生への攻撃方法は正解よ」 ふんぞり返って細くて長い足を組んで三上先輩。どうしてこの人はこんなにも無駄に態度がでかいんだろう。しかも犯人だってのに。……生徒会にいた頃はきっと会長の影が薄かったに違いない。 「たーだぁ、凶器が違うんだな〜。まあ、あんなの普通使わないから仕方ないんだけどね」 それがマイナス五点分か。でもそれはちょいと意地悪な採点だ。でも相手は元樹なのでそんなこと言わない。 「……やよやよ先輩は歯切れ悪く言いました。凶器は見つかった、と」 急に麻美が立ち上がった。 「……元樹の五点分を補いましょう。ただしお礼はラヴで結構」 それは親切の押し売りじゃないですか? と思ったが、凶器が気になるので黙っておく。 「……じゃーん」 そう言った後、麻美は背後から何かを取り出した。 「…………」 沈黙。 オレの発言や推理後のとはまた違った、なんと言うか。『ああ……』ってしか言えないような沈黙。 これは……、うん、見たら大体の人間が真相に気付くな。そりゃあ、弥生先輩が言いよどむのも判る。 「これって……」 麻美が両手で抱えるそれを見、だが言葉が出ない。 「これなに?」 「金属みたい。確かに当ったら痛そう」 桐生の双子は初めて見たんだろう、好奇心いっぱいの様子で麻美の下へと歩み寄った。金持ちは庶民が見るような番組は見ないのだろうか? いや、そもそもテレビなんて見るのか? 仮に見てもニュースだけしか見せなさそうだな……。 「知らないの?」 「はい」 三上先輩の言葉に頷く双子。 「あれはねー、タライ! お笑いのコントで必須アイテムだよ!!」 麻美が抱えるのは金属製のタライだった。タライったら普通は洗濯に使う平たい器だ。間違っても人を殴るもんじゃない。 でも、でもだ、これを見て大体の人はこう思うのだ。 『ああ、上から降ってくるものだ』 と。お笑いに通じているのならば尚更! ドリフ世代なら尚更!! しかもこのタライ、ご丁寧に側面に穴が空いててロープを通している。綺麗に均等に四ヶ所。ちゃんとバランスが取れているので中身を零さずに運べるようになっていやがる! 確かにこりゃあ、言いよどむ。こんなもん見せたらすぐに答えが判る!! いや、ロープがついてるからどうとかじゃない、タライの時点でもう上からしかねえ!! ってなるわ!! 「もしかしてこれで暗室と生徒会室で物の貸し借りしてたんですか?」 「もとくんせーかい♪」 ロープが付いてるのはそれが理由か。 「でも何でタライなんですか?」 「風花ちゃん、世間ではね、空から降ってくるものといえばタライなんだよ」 「?」 弥生先輩……その説明はどうかと。ほら、風花はお嬢様なんだからそんなの通じないんですよ。そんなツッコミを入れようか迷っていると、麻美は風花にタライを渡した。いきなり渡されたので風花は落としかけ、慌てて元樹がそれを支えた。 「……タライというのものはね、床に置いていない限り、いつ空から降ってきてもおかしくないものなのよ」 ……………………。 うわああ、反論できねえ。芸人のオレにはそれを否定することなんてできねえよ!! 「さっすがあさちゃん、以心伝心!! そうそうそう、つまりそーゆーことなんだよ!!」 弥生先輩は無駄に力強く納得している。 「……えっと、下がうるさかったから、二人がいない隙にタライを落としたってことですか?」 「いえ、いたけど落としたわ」 堂々と言い放つ三上先輩が怖いです。目撃した二人はどんな気分だったんだろう……? 「重りを入れて?」 「ええ、レンガを数個」 「それ、普通死にますが」 何考えてるこの人は!? いくら遠慮ない相手だからってそんなレンガとか!! てか何で生徒会室にレンガなんかあるんだよう!! 「大丈夫、2トントラックに正面から轢かれてもかすり傷で済んだ人間よ、そんなことで死ぬはずないじゃない」 「そ、そうですか……」 そんな非常識な。オレの周りには常識的な人間はいないのか。 「もともとあのタライは元樹が言ったように物の貸し借りをするためのものなのよ」 三上先輩はオレの内なるかなしみを知ってか知らずか無視して続ける。 「今は私が上に行かないからここにあるけどね。貸し借りって言うよりも、一方的に生徒会室のものを暗室に渡してただけなんだけど」 ふと、脳裏にその光景が浮かんだ。 『洋子、よーこー、はさみ、はさみ貸してー』 窓から身を乗り出して叫ぶ弥生先輩。 『なに、また? って暗室にもあるでしょ?』 面倒そうに三上先輩は顔だけ出して言葉を返す。 『ありりんが使ってるんだよー、急ぎなのー』 『ああもう、判った。今落とすから』 『わーい♪』 きっとこんなんだったんだろう。 「でも何でタライ?」 気が付けば風花と同じことを聞いていた。 「言ったでしょ、以心伝心だって」 悟りを開いた賢者は皮肉に満ちた笑顔で麻美を見る。 ――床に置いていない限り、いつ空から降ってきてもおかしくない。 いや、言っている意味は芸人であるオレには痛いくらいに理解できるんだが……、それを実践されると……うん、すげーよこの人たち。 「すごいですね」 「どう言う意味かは聞かないでおくわ」 うん、それが正しい。 「ところで、副部長ってどうなるんでしょうか?」 「さあ?」 タライについて熱く語る二人とそれを真剣に聞く双子を眺めつつ、世間話。 「樋口くん」 「名前でいいですよ。苗字で呼ばれるの嫌いですから」 「じゃ、啓輔」 呼び捨てかよ!! いえ、あなたが"くん"なんて付けるとは思いませんが。 「コーヒーおかわり」 三上先輩は少しだけ微笑むと空になったコップを片手に言った。 「…………」 どうしてだろう、三上先輩に命令されても逆らう気がまったく起きないよ。 「はい」 逆らっても仕方あるまい。ほんのすこしのかなしみを感じつつオレは立ち上がった。他の人は……、 「私はね、頭からタライを受けるのが夢だったんだよ!!」 おかわりいるかなと振り返ったその先で、熱く熱く、むしろ暑苦しく弥生先輩は拳を震わせ力説していた。 「……素敵です、やよやよ先輩」 それを麻美がきらきらとした眼差しで見ている。うん、夢が叶って良かったですね。関わるのはよそう。 「次はハリセンだよね、あさちゃん!!」 「……はい、基本です」 うん、関わるのはよそう。 こうして副部長決定知恵比べ合戦は予想通りカオスな結末を迎え、幕を下ろした。 夏:結城夏子 博:麻生博 【初ミステリ記念解答コント】 博:さて皆さんお楽しm(ry 夏:(黙殺)出てない二人の解答コーナーです。 博:無視は殴られるよりも辛いなあ……。 夏:解説、始めます。 問題 1. 暗室に一人で居た弥生先輩を気絶させたのは誰でしょう? 2. どうやって気絶させたのでしょう? 3. そしてその凶器は一体なんでしょう? 解答 1. 三上先輩 2. おもりを入れたタライを生徒会室窓から落として弥生先輩の頭を強打した 3. ロープ付き、おもり入りのタライ 博:さあ、これすべてを当てられた酔狂な――おっと、鋭い思考の持ち主はいたのでしょーか! 夏:酔狂って、いくらなんでも失礼じゃない。 博:訂正したのに突っかかるなよ。それに酔狂ってのもあながち間違ってないだろ? だいたいさ、凶器をタライにしたいがためにこの話は出来たんだぜ? そんな話の答えをすべて出せるだなんて作者に近い感性の持ち主に決まってるじゃないか。 夏子くん、作者の感性がまともな人間の感性と思うのかね? 夏:そう、……ね。ところであんたって前回あたしがぶっ飛ばしたんだけど―― 博:(黙殺返し)さて、ここで正解の定義だ。 前回言ったように、三つの問題のうちどれか二つ以上正解だった場合に正解者の権利を得ます。 夏:3.の凶器は作者か作者の身内くらいしか思いつかないだろうというのが主な理由です。 博:まあ、あんなもん普通凶器にしないわな。だから、犯人とトリックが当たれば良いってわけだ。 夏:それで、正解者特典は『番外編のメインキャラ指定権』です。 博:番外編? 本編と関係ない話ってやつか。 夏:本編でミステリとかやっといて何が番外編よ。意味不明。 博:しかし、ここで作者も覚えていないようなチョイ役を指定されたら面白いよな。 夏:嫌がらせとしては上出来ね。で、誰が喜ぶの? それ。 博:……さて、長くなってきたし終わりにするか。 夏:逃げたわね。まあいいわ。 感想、暴言、苦情等をお待ちしております。これもBBSでもメールでどちらでも構いませんので。 博:これにて、誰かのためのおとぎ話ミステリ編 西野弥生からの桃戦状 の終了です。 夏:ここまで読んでくれてありがとうございましたー。 |