邂逅輪廻



 行動を起こす前に必要なのは確認である。メールと電話なら電話のほうがリアルタイムですぐにやり取りが出来るが、金がかかるのが玉に瑕。メールは時間はかかるけどお安いです。ならばとるべき行動はただ一つ。
「えっと、きりゅう、ふうか、と」
 携帯のアドレス張を引っ張り出し、電話番号を表示する。迷わず通話ボタンを押す。数回のコール音。
『もしもし、啓輔?』
「おう、オレだい」



誰かのためのおとぎ話 12
〜ちょっとだけ昔の話〜

りむる



「今日、貧血で倒れたんだって?」
『あ、麻美から聞いたの? うん、まあ、そうなの……』
「ちゃんと食べないからだぞう」
『うん、そうだね。それで、その心配してくれたの?』
 一瞬の息が止まった。
「うん、まあ……」
『ごめんね、でもありがとう』
 澱みなく風花はさらりと言った。……言い慣れてるんだ、この言葉は。何か申し訳なくなってきたぞ。
「ところで、シフォンケーキ好き?」
『うん、ふわふわして好きだよ』
「ほっかほっか」
 そっかそっかの進化系である。
『? 暖かいの?』
 ううん、びみおなボケだな。まだ本調子ではないのだろう。
「ならば明日の昼に好ご期待だ。いや待て、明日学校来れるの?」
『うん。大丈夫だよ。ちゃんと行くから安心して』
 声が笑っている。もしかして計画がばれたのだろうか? いや、この程度の会話でばれたら元の子もない。似たような言葉で身も蓋もないだ。
「おう、楽しみにしてやがれ。と言うことでおやすみだ」
『ふふふ、おやすみなさい』
 通話終了。これよりミッションに取り掛かる。大家さんに貰ったピンクのフリル付きエプロンを身に着けるとオレは小麦粉の袋を手に取った。
「れっつ、くっきん!!」


「樋口くん、当てられないように全授業を居眠りで過ごすなんてよくもまあ、そんな大胆な作戦を思いつくね」
「はははっは、褒めても何もでないぞう」
「皮肉だよ」
 前回に引き続き登場、隣の席の女子、小野寺桜さんが心に突き刺さることをまたさらりと言う。だがオレは充分な睡眠をとったので気分が良いので不問としてやるぜよ。
 念のため時計で時刻を確認。一時ちょうどか。
「さて、我は昼食のために空を目指そう」
 伸びるように立ち上がりながら言う。
「はいはい、いってらっしゃい」
「泣きすぎだよ……ニーナ」
「は?」
 ふ、感動で涙しか出まい。困惑してる小野寺さん放っておいてオレは昨日のミッションのブツ(紙袋の中に入ってる)を手に取った。
「ぐふふ」
 最高傑作だ。あまりの完成度に笑いしか出やしねえ。るんるん気分で廊下に出た。そしたらいつもの面々がいた。
「上行こ」
 挨拶抜きでサマーガールは指で天井を指した。もう片方の手には重箱四段がある。もちろん風呂敷に包んである。その風呂敷の柄は残念ながら淡い桃色の無地で、泥棒の出るコントでよく使われる緑の唐草模様ではない。
「了解だ!!」
 無駄にたくましい声で了承する。それを夏子の隣にいる風花が微笑んで見守っていた。


「さあて昼食と行きたいところだが食べ物を持ってきた手前昼飯を食いすぎてもう食えんなどという本末転倒な事態は実に避けねばならない重要事柄なのでオレは臆せずネタバレをしてしまおう」
「いただきまーす」
「人の話聞けよ!!」
 思いっきりオレを無視して夏子は弁当を食い始めた。例によってここは屋上。これまた例によってオレたちしかいない。理由はやはり柵がないからだろう。危ないもんね。オレは落ちるのが怖いからど真ん中に陣取るよ。
「あー、はいはい、よくまあそんな長いセリフを一息で言えたねすごいすごい」
「魂が感じられんわ!!」
「それでネタバレってなあに?」
 オレと夏子の無意味な争いにピリオドを打つように風花が話を戻してくれた。
「うむ、良くぞ聞いてくれた」
 オレは胸を張って紙袋からブツを取り出した。それはケーキ屋の白い紙箱に入っている。オレは蓋を開けた。直後、ふわりと甘い香りがオレたちを包み込むが、一陣の風によってそれは儚く消えてしまった。
「じゃーん!!」
 風花の前に出すはお手製のシフォンケーキ!! 生クリーム等のトッピングがないお陰で胃にやさしい作りとなっております。生クリームって結構高いんだヨ?
 おっと貴様ゼリーを作るんじゃなかったのかとお思いのそこのあなた、考えが浅いな。どだいゼリーなんざお湯に溶かして固めるだけじゃないか。誠意というものが感じられない。お見舞い……うーん、何か違うが、お見舞いの品としては手間がかかり過ぎなくて相応しくないのだよ。それに引き換えこのシフォンを見て御覧なさい! ふわふわですよ? 中はしっとりなスポンジですよ? しかも甘さ控えめで舌に中々飽きが来ない味。だが飲み物がないと喉に詰まってしまうというお茶目な(または致命的な)欠点付き☆ 何という素晴らしい品じゃないか。
 それに手間がかかっているように見えるから贈るこっちとしては気分がいいのだ。
「シフォンケーキだね。昨日あれから作ったの?」
 風花の問に力強く頷いた。
「当然ながら風花への見舞い品だ」
 もう学校に来て元気な姿を見せてくれてるんだから、見舞いというのは不適当だ。だが、何かしたかったからそれはどうでもいいのだ。
「わあ、ありがとう」
 満面の笑顔でのお礼。
「まあ昼飯前のデザートになってまうが、一口どうぞ」
 嬉しくてにへにへと笑いながら入れておいたナイフ(プラスチック製、どう頑張っても人は殺せない仕様)で一口サイズに切って、おや、皿がないな。ならば仕方ない。
「はい風花、あーん」
「あーん」
 昨日の朝と逆だ。しかしお嬢様といえど「あーん」と言われたら口を開けずにはいられんのか。新事実発覚。あまり重要なことではなさそうだがね。
 もきゅもきゅと咀嚼する風花を見つめつつ、感想待ち。
「美味しい!!」
 オレ、勝利!! 嬉しくて嬉しくて思わず叫んだ。
「これは、葉の汁を吸うアブラムシ!!」
「食事中に何てこと言うのよ。あ、ホントだ美味しい」
 ツッコミの主、夏子を見たら――何てヤツだ、勝手に食ってやがる!!
「貴様、何をしてやがる!!」
「見ての通りの食事よ」
 そんなことも判らんのかと馬鹿にしまくったそのまなざしに怒りを覚えるが、その激情に導かれるままに襲い掛かると犯罪的というか勝てないから自重だ!!
「そーかそーか、夏子も美味いと感じるか、やはりオレ、勝利!! だな」
「うん。それは判ったからさっさとおべんと食べなさいよ。昼休み終っちゃうよ。ほら、風花もシフォンばっかり食べない。こっち食べて。また倒れちゃったら色々面倒でしょう?」
 うんうんと頷きながら言葉の意味を考えずに食事を開始した。なんかね、夏子に冷たくあしらわれたような気がするからね、かなしくなるから深く考えないんだ。
「でも啓輔がこんなの作れるなんて思わなかった」
 風花が羨望の眼差しでオレを見てくれる。あははは、もっと褒めて褒めて! 褒め倒してくれ!!
「ふふん、むしりとった衣笠さ」
「昔取った杵柄、ね」
 そうとも言うかもしれない。
「うん、確かに美味いな」
 ははは、もっともっと褒めてくれ。
「……人間誰しも特技の一つや二つを持ってるものだわ」
 うははうはは、もっともっともっと褒めてくれ。
 ?
「…………」
 人間が二人ばかし増えているように見える。いや、一人は人外を軽く凌駕しているので"人"という単位を使っていいのかちょいと悩む。
「ほら、風花ちゃん。一杯食べると喉につまるぞ。おい、啓輔何か飲み物は――おっと、用意がいいな。ここら辺の周到さがどうして日常に出ないのか不思議でならん……。ほら紅茶だ」
「ん、ありがと博くん」
 博だと? 現実を見た。
「……私にもそれ頂戴」
「紙コップまで用意してるの? うわ、どんだけ用意がいいのよ」
 麻美がいるじゃないか。のんきに夏子と弁当食ってやがるぞ?
「なぜにうぬらがいる?」
 オレの当然の疑問に麻美は答えた。
「……あそこのドアを開けて――」
「それ以外の方法で来られたら事件じゃ!!」
 外と中を繋ぐドアを指差す麻美に豪快にツッコんだ。
「元樹は階段室で待機してるぜ」
「ふん、ゼロ票獲得の坊ちゃんなぞにキョーミなどないわ!!」
 むかつくから気の済むまでこのネタを引っ張り続けてやる!!
「てかそんなこといいんだ、何でここに来て勝手に風花への見舞い品であるシフォンケーキを食らっておるのだ!! これは風花の!! 風花のなの!!」
 名前を連呼された本人はちょいと照れくさいのか、頬を赤らめてうつむいた。うむ、よく考えたらオレも大概に恥ずかしいヤツだよな。それを誤魔化すためにオレは再度叫ぶ。
「イングリットォー!!」
 ロマサガ2における見た目が残念な帝国軽装歩兵(女)キャラの名前である。ちなみに「見た目が残念」というのはオレの主観である。
「で、二人は何しに来たの? 正確には三人か」
 夏子は冷静にオレを無視して話を促した。誤魔化し大作戦は成功だが、ちょいと寂しいものを感じます。仕方がないのでお弁当を食べます。
「……写真部の勧誘です」
「ぐごっ」
 喉にご飯を詰まらせました。気を利かせた風花が紅茶の入った紙コップを渡してくれた。手を上げて感謝の気持ちを表すと、それを飲み干した。
「昨日の話はマジですか?」
「……やよやよ先輩のお達し、『早いほうが色々教えられるからお互いにとって都合がいいと思うの』」
 言いたいことは判るが、本人の意思というものがある。いや、幽霊公認だしオレはかまわないけどさ。それ以前に部活勧誘ってのは四月にやるもんだよな。写真部なだけでに世間とちょいとピントがずれてるのか。
「えー、よりにもよって写真部?」
 案の定、夏子が難色を示した。その表情はあからさまに嫌がっている。
「ちなみに俺は入部するぞ。なぜなら三上先輩がモロ好みだからだ」
「だったらさっさと入ってれば良かったじゃないか」
 的確なツッコミ。だが博はオレを鼻で笑った。
「生徒会の人間だと思ってたんだ。まさか掛け持ちしていたとは……うかつ」
 それは初芝な事実だ。麻美に真偽を問おうと視線を向けた。
「……元生徒会副会長よ。嫌々やってたらしいけど」
 すぐその様子が想像できた。ぬう、案外面倒見の良いタイプなのかもしれん。それに態度がでかいし偉そうだから人の上に立っている生徒会のほうが性にあって、いや、似合ってそうだ。
「……ということであなたたちも入りなさいな。幽霊公認です」
 なにがということなのかは判らん。
「いいよ、入部しちゃるけん。オレは忙しいから幽霊になるぞ」
 簡単に了承する。なぜならそのほうがカッコ良いか――いや、違うぞ。面白そうだし、カメラや現像のことなんて授業じゃ絶対に習わないからさ。幽霊でいる気満々だけどネ。
「……それで充分。風花は?」
 話を向けられた風花は口の中にシフォンを入れている最中だった。
「…………」
 飲み込むまで待ってね、と片手を挙げる。なら仕方ないと麻美は夏子を見た。
「……入部決定」
「待って何も言ってない!!」
 さすが魔王、人の話を聞くとかそれ以前の問題だぜ。
「……ああ言えばこう言う」
 いや、言わせてもいないじゃないですか。
「あんたはどうしていつも人の話を聞かないのよ!?」
「……夏子はいつも私の意見に反対するから」
 なるほど、それなら意見を押し付けたほうが早いわな。本人の意思を無視しまっくてはいるが。
「あんたがとんでもないことばっか言うからでしょ!?」
 予想通り、この二人相性悪いな。新事実発覚。博に意見を聞いてみましょう。
「どう思う?」
「三上先輩のあの冷めた眼差しで見下されたい」
 変態がいる。
「わたしはかまわないよ」
 マイペースに風花があっさりと入部を決めた。
「……ほうら見なさい」
「そこで胸を張る意味がさっぱり判らない」
 もっともだ。
「麻美は『風花も入るんだからせっかくだし、ユーも入部しちゃいなよ』みたいなことを言っているんだ」
 テケトーに訳した。
「うるさい馬鹿!」
 言葉が終るや否や、オレの眉間に弁当の蓋(しかも角)が突き刺さった。衝撃と痛みが頭を突き抜けた。直後、後頭部にも衝撃と痛みがやってきた。理由は簡単だ。後ろにぶっ倒れたからだ。コンクリートの地面に激しく頭を打ち付け、おまけに眉間には弁当の蓋が突き刺さったまま。冷静に考えれば意識があるのは人間としておかしい。が、この物語はコミック力場が発生しているので問題ない。
「啓輔!」
 薄れ行く意識の中、風花の悲痛な声が聞こえた。ああ、心配をかけてしまった。シフォンで元気を出してもらいたかったのに、その当人に心配をかけさせるなんて……侍失格だ。何で急に侍が出たのかは内緒だ。考えなしとも言う。
「早くご飯を食べないと昼休みが終っちゃうよ!!」
「んな声でそんなこと言うな!!」
 起き上がり蓋を投げ捨て、叫んだ。ちくしょう、オレ色んな意味で頑丈すぎだ。悔しいから弁当食べてやる。
「とにかく! あたしは写真部なんか入らないからね!」
「…………」
 夏子の言葉に麻美は何も言わない。
「大体、あんな怪しい部活説明するとこがまともなわけないでしょうが!!」
 怪しい部活説明? 確か四月の入学した頃に一年強制全員参加の部活説明会があったが……、写真部ってそんなに怪しかったかな?
「……それは偏見」
 お、麻美がまともなこと言ってるぞ。博も横でシフォンを食いつつ頷いている。つーかそれは風花のだ、食うなバカタレ。博からシフォンを奪うとさっさと箱に入れて紙袋にしまった。
「ぷれぜんとふぉーゆー」
 風花に押し付けた。
「ありがとう」
 再度の満面の笑顔。当然ながら邪気などどこにも存在しない。またまた嬉しくにへにへと笑ってしまう。
「……交渉決裂」
「そもそもまともな話し合いですらなかったように見えたが」
「……坊ちゃん一緒に遊びましょう」
「なるほど」
 麻美と博がなにかを超越した会話をしている。
「……仕方ない。あと一人はテケトーにさらいましょう」
 さりげなく恐ろしいことを言う麻美。
「ふむ、俺の時代が来たようだ」
 その言葉に何の疑いもなく乗る博。この二人は野放しにはしてはいけないと思う。止めたら英雄になれると思うよ。オレは生命が惜しいからそんなことはやらないけどネ!
 むしゃりむしゃりと弁当を食べつつ二人を眺めた。
「そいや何で元樹はこっちに来ないんだ?」
 すっかり忘れていたが、シスコンブラザーはお姉さまが気になって仕方ないと思うんだ。だってほら、オレだけじゃなくて博も一緒にいるんだぜ? 危険じゃないか。
「高所恐怖症だから」
 判りやすい答えが夏子から返ってきた。またまた新事実発覚である。
「それはシスコンパワーで何とか出来ないのか?」
「んなの、ここの状況を見たら答えが出てると思うがね」
 メンバーの顔を順に見回しながら博は言った。そうか、そんなに怖いんだ。
「さて、俺は体育なんで失敬させてもらうよ」
 そういうと博は風のように去っていった。こいつ、何しに来たんだ?
「ほらほら風花、時間ないんだからちゃっちゃと食べちゃって」
「うう〜」
 小さな口で一生懸命食べるその姿は小動物そのものだった。

 それからオレたちは約十分かけて弁当箱を空にした。シフォンケーキは落ち着いたところでまた食べると風花がにっこり笑顔で言ってくれた。いやあもう、嬉しいったらありゃしねえ。
 屋上から出ると階段室に元樹がいた。まず風花の手にある紙袋の正体を問い詰め、確認。後にオレが睨まれた。理不尽。むかつくから一人でさっさと脱出。麻美と元樹は何か話し合ってる。きっと写真部への勧誘とかだろう。そうか、オレが入部したら元樹と同じ部活になってしまうのか……。うーむ……むかつくなあ。でも西野先輩は幽霊で良いって言ってくれたし……。
 あ、夏子が言ってた「あんな怪しい部活説明〜」ってのは何だっけ? 四月のことなど全然覚えてないからな。ふむう。
「啓輔、これありがとうね」
 後ろから風花の声。笑顔で紙袋を顔の高さまで持ち上げている。
「…………」
 元樹のシスコンパワーで与えられた不快感はいっぺんに吹き飛んだ。にへにへと笑ってぷらぷらと手を振って応え、オレは六組に帰った。


 うちの学校の五時間目は一時三十分開始である。現在時刻は一時三十二分である。
「自習」
 黒板にでかでかとそう書かれていた。
「中川先生が急に倒れたんだって」
 隣の席の小野寺さんが教えてくれた。中川先生というのはうちのクラスの数学担当教師である。恨みはないが是が非でも顔を見たくない教師の一人である。理由は聞くな。
「代理の先生は? 誰か来るんだろ?」
「さあ?」
 普通、自習でもテケトーな先生が来るんだけどな。まー、いっか、授業なんて受けたくないし。じゃあ寝ようかな。お腹もこなれて気持ちが良い。周りを見れば何人かは机に突っ伏して寝息を立てている。午前の授業ならともかく、昼飯後だからそんなにわいわいがやがやならんもんだ。
 右隣の男子生徒はその例に漏れずに夢の世界へ飛び立っている。左隣の小野寺さんは起きてる。だが真面目に自習する気は毛頭ないらしく、文庫本を取り出していた。
「なあなあ」
「ん?」
「部活説明会って覚えてる?」
 ちょうど空いた時間だし、さっき気になったことを聞いてみよう。なんせオレの記憶は曖昧で頼りない。
「入学直後にあったやつ?」
「うん、それそれ」
「まあ、なんとなく……」
 半年も過ぎたら誰だって記憶は曖昧か。
「写真部の覚えてる?」
「写真部? ……ああ。ああ〜」
 な、何だその反応は?
「変だったから結構覚えてる」
「……変」
「そう、変だった」
 どう変だったのだろうか。夏子が怪しいと言うくらいだからシルクハットから鳩でも出したんだろうか。いやこれは怪しいってよりもすごいになるな。
「説明そのものは普通だったんだけど、その説明している人の周りを、部員の一人がパシャパシャ撮ってた」
「それはどんな光景ですか」
 小野寺さんはちょっと考えてから言った。
「怪しい」
 とても判りやすい感想をありがとう。小野寺さんに礼を言ってから考えに集中する。
 ううん、おぼろげながら記憶に引っかかるものがあるな……。部活説明会……、思い出せ思い出せ。
 腕を組んで眼を瞑る。数秒経たずに意識に霧がかかって、って寝かけてるやん! 改めて、記憶に焦点を合わせて集中。
 ……………………ぐう。
 だから寝かけていると!! ……でも眠いときはきちんと寝て、次の時間に備えたほうが良いってエロい人が言ってた。ならば寝るしかないな。
 おやすみなさい。


 季節は春。一年生が集められた体育館。
「次は写真部です。写真部の皆さん、よろしくお願いします」
 アナウンスが流れると、自分たちより少しだけ大人びた生徒たちがステージ上に現れた。その数は四人。女子三名、男子一名は同時にぺこりと頭を下げた。程なくして顔を上げた真ん中の女子生徒――あれは西野先輩だ。西野先輩はメモを取り出し、マイクの位置を合わせてから口を開いた。
「私たち写真部は――」
 はきはきとした口調でメモに視線を落としつつ語る。西野先輩の脇を固める女子二人には見覚えはない。右の女子生徒は西野先輩から数歩離れると、一枚のパネルを掲げた。それにはモノクロの小さな女のこと子犬が戯れる微笑ましい絵があった。いや、写真か。
 左の女子生徒も同じように数歩離れ、パネルを掲げた。そこには一本背負いを決めようとしている躍動感溢れる柔道の試合の写真があった。
「デジタルカメラが主体のこのご時世ですが――」
 そして残りの一名の男子生徒が女子三名から距離を置き、カメラを構えた。なんだなんだ?
「カラーは取り扱っていません。ですが、モノクロならではの味のある写真を――」
 男子生徒は迷わずカメラのシャッターを切った。
 ――パシャ!
 フラッシュに照らされ一瞬輝く西野先輩と二人の女子生徒。一年生の視線が西野先輩から男子生徒へと一瞬移った。
「支部大会にて毎年入賞者を出すという、実力もあり――」
 はきはきした声に一年生の視線は西野先輩に戻る。
 場所を変え、またシャッターを切る男子生徒。
 また男子生徒に視線が集まる。
「去年は全国大会にて入賞も――」
 西野先輩へ視線が集まる。
 ――パシャ!
 また男子生徒に視線が集まる。
 それをまったく気にしない西野先輩。部長の貫禄というよりも本当に気にしてないだけだろう。それはそれで大物である。右隣の女子生徒は平静を装っているが、こめかみがひくひくと動いている。左隣の女子生徒は完璧に無視している。 
「好成績を残していますが、最初はみんなシロートでした。最初は何も出来ない――」
 場所を変え、またシャッターを切る男子生徒。
 ――パシャ!
 フラッシュに照らされる二人。
「先輩後輩関係なく、楽しくをモットーに――」
 場所を変え、またシャッターを切る男子生徒。西野先輩、男子生徒、西野先輩と一年生の視線が忙しなく動く。
 ――パシャ!
 フラッシュに照らされる三人。西野先輩はやはりまったく気にしない。右隣の女子生徒はもう遠目から判るくらいこめかみがどくどくと動いている。怒ってますって。左隣の女子生徒は視界にすら入れていない。
 説明がまともなだけに――いや、まともが故に男子生徒の胡散臭さが際立って仕方がない。
「みなさん、どうぞお気軽に写真部の部室、暗室に来てください!」
 ――パシャ!
 西野先輩の百点満点の笑顔にフラッシュという光が差す。 
「集合!」
 二人の女子生徒はすぐに西野先輩の両隣に綺麗に並んだ。
 ――パシャ!
 三人に降り注ぐフラッシュ。
「集合っ!」
 右隣の女子生徒が半切れで男子生徒に向かって言う。ぴたりと動きを止め、何食わぬ表情で大人しく並ぶ男子生徒。
「礼!」
 一礼する四人。びみおな空気に包まれる体育館。
「ありがとうございました」
 アナウンスが流れ、はけていく四人。完全に姿が見えなくなったところでまたアナウンスが流れた。
「次は美術――」
 すぱこーん!!
 何かを思いっきり叩く音。ステージの裏側で発生した音なのに体育館に響き渡るとどういうことか。想像できるが、想像して納得しないほうがいいだろう。世の中にはそんな事柄がいくつもある。それを悟った大多数のお陰で体育館にびみおな空気が立ち込めた。


 ……もげ?
 ああ、夢を見てたのか。しかも白昼夢。違うがな。過去の夢か。しかも都合よく知りたかった写真部の部活説明会の。
 じっくり夢を反芻する。
 オレってめちゃんこ視力が良かったんだな……。結構離れてるのにパネルの絵が見えるんだもん、スゲーよ。
 じゃなくて。
 ……確かに怪しいかも。特にあの男子生徒……只者ではないだろう。そんでもってあんな説明で入部に踏み切った元樹と麻美もかなり怪しい。麻美に関しては怪しくもない気がしないでもないが。
 夏子が嫌がる理由も判らなくはない。が、西野先輩も三上先輩もいい人なので特に問題はないと思う。
 ぐぐーっと背中を伸ばして特大のあくびをする。時計を見れば二時十八分。お、もうそろそろ五時間目が終るな。何気なく両隣を見ると二人とも寝ていた。さらに見回す大半の生徒が寝ていた。眠りの呪文(全体化可能)でもかけられたか。
 教壇には誰もいない。代理の先生、来なかったのかよ……。職務怠慢な気がしないでもないが、心地よい睡眠を取ったので良しとしよう。

 キーンコーンカーンコーン……

 チャイムが鳴ると眠っていた生徒たちがゆっくりと眼を覚ました。それを横目で眺めつつ、オレは次の授業の準備を始めた。



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