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たぶん、日本で一番有名なレベルアップの音が鳴った。 テレビはつけてない。ゲームもつけてない。CDラジカセもついていない。PCはない（中古でいいので誰かください）。 大体俺は今布団の中だ。 「пЩвΠ＜_Дμ！！」
雄たけびを上げてから布団から出る。勉強机の上に置いておいた携帯電話を取った。 『新着メールが1件届いています』 ポチっと確認。 ちくしょう誰だ、こんな朝早くからメールなんか寄越しやがって。 時刻確認、10:32 休みの日なんだよう、まるまるのオフなんだよう、もっと寝てたっていいじゃないかよう。 言い訳をしておこう。 で、メールを読む。ちなみ俺のメルアドは自分の名前その他よく判らん数字+S.P.D.だ。無論、将来の夢は宇宙警察だ。尊敬している人はデカレッ――おっと関係ない。 改めてメールを読む。 ふむ。 ふむ……。 ぬっ！ 「なぬーーーーーーーーーー！？」 あまりの衝撃に俺は携帯電話を落とした。 だがそこは細かいことはあまり気にしないで有名なオレ。さっさと着替え、飯も食わずに部屋を飛び出した。 愛車（自転車）、覇軍王（今名付けた）にまたがり、いざ憧れの桃源郷へ！！ ペダルを力強く踏み込んだ。 ――ヒャッホウ！！ オレは今、風になったぜ！！ 全身で風を切る感覚。爽快感が身体を包み込む。 「オレのDVDが叫べと言っている！！ オレは今ッ！ モーレツにッ（以下自主規制）」 高揚感が身体を突き抜ける！！ サイコーに気持ちいいぜィ！！ ペダルを漕ぐ足にも、無限の力が宿るってもんだ！！ 「イーーーヤッホウ！！」 今日は一日楽しく過ごせそうだぜ！！ 十分後、部屋の鍵をかけ忘れて戻ったのは内緒である。 「ずずずずー」 さらに十分後、オレはお茶をすすっていた。緑茶だ。しかもホットだ。自転車を力強く漕いでほかほかに温まった身体に鞭打つような飲み物だぜ。でも喉が渇いていたから丁度良いや。 「よう」 剣道着姿（防具はなし）の博がいた。つまりはここは麻生宅である。詳しく言うならば客間。和室。 麻生宅は道場もあるだけあって広い。それに井戸もある。この井戸は地下水を汲み上げるためのものではない。随分と昔に枯れたそうだ。だがこの井戸は現在も使用されている。主に悪いことをした子供を罰として放り込む場所として最適だからだ。当然、博は常連だ。ちなみにオレも入ったことがある。暗くて怖かったです。 「おう、長らく借りていた空を目指すゲームソフトを返すぞ」 外出用カバンからPS2ソフトを取り出し博に渡した。 「あのエンディングムービー及びテーマソングは実に卑怯だった。鼻水が止まりゃしねえ」 「ふ、俺なんか実質ラスボスを倒した後のイベントですでに鼻水が止まらなかったぜ」 誇らしげに語りつつも受け取る博。 「○ボタンをはなすな！ ってのが熱すぎる」 「あれは熱いよな！！ しかもそのあと、Dゲージがさ――」 博とゲームについて熱く語りだす。そこはマニアックなので省略だ。詳しく聞きたい方は作者にメールするといい。喜んで話してくれるだろう。ただしいつ開放してくれるかは判らんぞ。 「で、お前理香に呼ばれたのか？」 「おうともよ」 本題に入ろうか。 オレは博の妹、麻生理香に呼ばれここにいる。 「お前らの趣味は俺には理解できんよ」 博は肩を竦めた。これは別にかなしいことじゃない。自分の趣味が理解されないことなんてよくあることだからだ。だからこそ同士を見つけたときの喜びはひとしおなのだ。 「んで、メシも食わずにここまで来たんか。んで眼についたお菓子をすべて食ったのか」 無残なお菓子の包装紙の姿を哀愁を帯びた眼で見つつ博は言った。 「理香が食べて良いって言ったんだよう」 客間に通されていきなり腹が鳴ったというのは内緒にしておこう。 「相変わらず甘いな、理香は」 博は自分で茶を淹れると鼻を鳴らした。 ここで理香の説明をしよう。 麻生理香とは―― ちびっこで童顔。さらには胸はまな板。だから中学三年と言う身分にもかかわらずよく小学生と間違われる。本人もそのことを気にしているらしい。 そんでもって、腐っても麻生の一族、腕が立つ。博同様師範代の実力だ。ただ、博とは違って武器は木刀か竹刀だ（良く考えたら竹槍っておかしいよな）。ちなみに麻生の家が扱っているのは剣道だけじゃないらしい。武術には違いないらしいが、どんな武術を教えているのかさっぱり知らない。 性格も博と違ってとてもよろしい。よいと言うより、微笑ましい。なんせ身長が130センチを超えただけでオレに喜びのメールを送るくらいである。微笑ましいったらありゃしない。ちなみに今現在の理香の身長は140センチいっていない。兄貴はもうすぐ170センチだって言うのにな。オレは167センチ。おっと、体重は秘密だ。大体レディーに体重を聞くなんて失礼だぜ？ どたどたどたと廊下を走る音がして、ピシャリとふすまを開ける音がした。 「お待たせいたしました！」 振り向けばそこにちびっこで童顔な少女がいた。博同様の剣道着姿（防具はなし）で、中途半端に長い髪は一本にまとめられている。これが麻生理香である。 「啓くん啓くん！ これが頼まれていたものです！」 理香はオレの隣に座ると、持ってきた袋からブツを取り出した。一応説明しとくけど、『啓くん』ってオレのことね。 「お、おおおおう……」 理香の手にあるそのブツを見た。 「結構良い出来なので私も思わず買っちゃいました♪」 手渡されたブツをじっくりと見る。 ブツ――それ即ち、平成仮面ライダーシリーズ第8作目のライダーフィギャーである！！ 「啓くん、これね、ちゃんと本物と同じように動いて、フォームチェンジが出来るんですよ」 理香はライダーの胴体を掴むと反転、すると黄色のフォームが現れた！！ 「そんで、これをとって、これをつけて――」 なんと言うアックスフォーム！！ 脳内で演歌調のテーマソングが流れ始めた。 「おおおおおおおお！！」 オレは感動して雄たけびを上げた。 「すごいでしょう？」 「すごいです！！」 「四七〇円になります」 「なんとお安い！！」 安くなっていると聞いたから頼んで買ってきてもらったという事実は今は関係ないだろう。 「はい、四七〇円」 「毎度です」 理香に金を渡すとオレは恍惚とした眼でフィギャーを眺めた。 「やっぱり、お前らの趣味は判らん。美少女フィギャーなら判るのだが」 オレはそっちのほうが判らない。もちろん、判りたくもない。 「変態の兄貴理解されたくないですっ」 ぷりぷり怒る理香。まったく同意だ。 「それにフィギャーじゃないです、フィギュアです」 そこは言い難いので同意出来ない。 「あ、そーだ、啓くん。そろそろお昼ご飯ですけど、食べていきますか？ お母さんが啓くん来るって聞いていっぱい作っちゃったんです」 「マジっすか。食べますご馳走になります」 なんて素晴らしいお母上なんだ。そしてオレの来訪を告げた理香、蝶ぐっじょぶ。 「ああ、食ろうた食ろうた」 「以下同文以下同文」 客間で博と横になった。畳の匂いが鼻をくすぐる。 「ひえっっぷしっ！！」 「そんなスッキリしなさそうなくしゃみしないで下さい。食後すぐに横になると牛になります」 理香がきちんと正座しながらオレに文句を言う。 ほほう、スッキリしないくしゃみをした後に横になると牛になるのか。初芝だ。 「大丈夫だ、ほら右を下にして寝ているから」 「？」 「胃を下にして寝たほうが胃の都合がいいのだよ、おかばさん。詳しい理由は医者にでも聞きな」 さりげに博に馬鹿にされたが、まあ満腹で気持ちがいいので許してやるぜ。 「だらしないんですっ」 横たわる博の額をぺちぺち叩く理香。 「午後からは暇なんだからいいじゃろうて」 へにゃへにゃと博は崩れた。もう崩れてるって説もある。 「だったらせめて着替えなさい！」 そう言う理香は私服に戻っている。まあ、動きまくった剣道着なんざ汗臭いだけだもんな。 「へいへい、じゃあおじさんは着替えてきますよ、と」 のろのろと立ち上がると博は客間から出て行った。つくづくしっかりした妹である。 「そんで啓くん、今日はバイトないのですか？」 「おう、完全フリーじゃけん」 「休みなのに？ 珍しいですね」 万年金欠病にかかっているオレは休日は大体シフトに入っている。それでも丸々オフってのはそれなりにある。が、理香にそれをいちいち説明する気はない。面倒だから。 「うん、なんか同僚に今日は代わってくれって言われてさ」 試験が近い日にシフトが入ってて、それは困るって話さ。ふふん、オレは試験日の前日に余裕で出てるぜ。理由はその段階まで来るとあがいたって仕方ないからさ。 「ふぅん。あ、そうだ。あのね、啓くん」 納得して理香は話題を変えた。 「なんじゃい？」 「帰ってきたウル○ラマン！！」 博が帰ってきた。なぜか甚平を着ていた。祭にでも行く気か？ でもこの辺の祭なんてしばらくないぞ。 「動きやすいねえ」 なるほど。 「私、来年は啓くんの後輩だから」 「安心せい、理香。今年も十二分にお前はオレの後輩だ」 同じ中学だもんね。 「うん、そうだけど、高校でも後輩になるつもりですから」 「はひ？」 「平たく言うと、うちの学校を受験するってこったな」 博が直訳してくれる。判りやすいので助かります。 「えーと、うちの学校？」 「はい、ですから啓くんは来年から啓先輩です」 「えっと、オレにはお前が確実にうちの学校に入学するって言ってるように聞こえるんだが」 「はい、啓くんが受かったんですもの、私だっていけるはずです」 さらりと笑顔で酷いことを言われました。 「言っとくがなあ――」 「あそこの学校はランクがそれなりに高く進学高で、競争率もそれなりに高くって、制服が可愛いってことくらい、知ってますよ」 いや、最後は言うつもりはなかったぞ。 「それに、啓くんが頑張って入ったって事も知っています」 「なら、大変なのは判るだろ？ ちゃんと自分の成績に見合った学校をだな――」 す、と差し出されるは折りたたまれた紙。 「？」 「どうぞ」 よく判らないがとりあえず見てみよう。 お、これは懐かしい。中学の通知表ではないか。高校は十段階だが中学は五段階なんだよな。オレは十段階のほうが好きだな。 いや、そうではない。えっとこれは……やはり理香のだな。他人に見せるなんて結構な自信があるってことか。 ふむふ―― 「ひゃー、ひゃー、ひゃー！！」 騎士でもある某棋士の驚嘆の声がオレの口から出た。 「ちゃんと、自分の成績に見合った学校を選んだんです」 四にまみれて五があるですよ！！ もちろん三もあるよ！！ でも一や二はさっぱり見かけないよ！！ 理香の成績が思った以上に良くてオレ涙目っ！！ 「自慢だがうちの妹は成績がいい。しかも可愛い」 「これで兄貴の妹じゃなかったら完璧です」 まったくだ。 「まったくだ、あっはっはっはっはっ！！」 なぜか博も笑う。せっかくなので三人で笑う。 「あっはっはっはっはっ！！」 心の底から笑ったれ。 「あっはっはっはっはっ！！」 むしろ魂の奥底から笑ったれ。 「あっはっはっはっはっ！！」 さあ、みんなも一緒に笑おうぜ！！ 「あっはっはっはっはっ！！」 直後、博はうずくまり、 「うおーーーーーーーーん！！」 泣き出した。 「まあ、理香の進路をとやかく言う気はないが、うちの学校の人間はキャラが濃ゆいぞ？」 オレの周りだけかもしれない。 「えっと、よく兄貴を苛めてる麻美さんって人ですか？」 自宅にまで来ていたのかよ、麻美さんよう。 「あれは色々超越している」 念とかわけわかめ。 「ほいじゃあ、兄貴のPCを破壊しにきた夏子さん？」 「あれは歩く破壊神」 本人に聞かれたらオレの生命はないだろう。 「じゃあ、病弱なお嬢さんの風花さん」 「あれは……S疑惑付きお弁当要員お嬢様」 冷蔵庫と財布がピンチのときにどこからともなくやってくる貴女が大好きです。 「それと、ドシスコンさんの元樹さん」 「シスコンしか取り得のない、人気投票〇票獲得の猛者か」 「〇票獲得って……」 本人に聞かれても怖くないのでもっと言ってやろうか。サブのサイトゥーくんですら一票入ったというのに。メインキャラなのにこの人気のなさ！！ いやはや笑いが止まらない。って、待て。 「お前、実際に見たことある奴はともかくとして、なんでそんなにオレの友達関係を知っている？」 「兄貴に聞きました」 簡単な答えにオレ、しょぼん。そうだよな、良く考えたらそれしかないよな。 「私も疑問があるです」 「はい、どうぞ」 「啓くんは皆さんとどうやって知り合ったんですか？」 「はげ？」 頭皮がよく見える人を見つけたわけじゃない。ちょっと驚いてややもするとはげの人を罵る言葉が出かけただけだ。 「博は小学校からの――」 「知ってます」 ボケを速攻に殺された。さすが師範代。 「えーと……」 思い出す。 「風花と元樹は双子のきょうだいで、その二人と夏子と麻美が友達なんだ」 夏子と麻美は仲が良いのかは知らん。夏子は麻美のこと苦手そうだな。いや、なんとなくだぞ？ 「ふうん。じゃ、啓くんはどうやってこの四人と知り合ったのですか？」 「…………」 この四人との出会いか……。記憶を探る……。 「餓えて倒れていたところを風花に助けてもらった」 「とても啓くんらしいです」 いやいや、誉めても何もでないぞ？ 若干呆れているように見えるが、きっと気のせいだろう。 「そんでお礼にオレと夏子がバイトしてるファミレスで奢ってもらった」 「？」 何故そげな不思議そうな顔をするんだ。 「お礼をするのは啓くんのほうじゃ……」 オレ？ 何故だ？ あれ？ 何でファミレス行ったんだっけ？ 「ああ、確か風花がオレを見つけたのって、落し物を探してる最中だったんだ。 そんで、オレが偶然そのブツを持っていて、その礼だったはずだ」 「上手く出来てますね。ツクリモノみたいです」 「作者涙目になるからそのような発言は控えたほうがいい」 「それはともかく」 あっさり流すな。 「バイト先が一緒なのに夏子さんとは知り合いじゃなかったのですか？」 「うん。客寄せパンダってことくらいしか知らなかった」 「客寄せパンダ……」 くどいようだが、夏子さんは性格はともかく外見は素晴らしいのです。奴目当てでお客がくるのです。男も多いですが、女もそれなりにいるらしいのです。ある意味羨ましいです。 「ふっ、忘れんぞ、初対面で『あ、客寄せパンダだ』って言ったときの夏子のあの反応。客であるオレに頭にトレイの角で殴打だぞ？ 信じられるか？」 「本人を眼の前にして『客寄せパンダ』って言う啓くんのうほうが信じられないです……」 う。 「そ、そういう説もある……でもほぼ初対面の人に対してすることじゃないと思うんだ」 「うぅん、それなら夏子さんも悪いですね……。でもそもそも啓くんが余計なことを言うから悪いんじゃないですか？」 そう言われると反論なんか出来ないんだよう。 「うん。で、元樹と麻美はその二人経由で知り合ったんだ。博はオレ経由」 ま、麻美は顔だけは知ってたけどネ。補習で。 「誤魔化しましたね」 うるさいよう。 「まあいっか。それっていつくらいのお話ですか？」 「うーんと……」 はてさていつだったかのう……。オレが餓えて死にそうになったときだから……、まず、四月は無事に過ごせた、ような気がするから違う。五月はゴールデンウィーク中は麻生家に強化（何のだ）合宿をして――ない、からバイトに励んでいて、勉強が早くもおっつけなくなってきて、抜き打ちテストで零点取って放課後残される日々が日常化し麻美を見かけるようになって―― 「啓くん、とっても泣きそうな顔です」 「自らの勉強の出来なさにちょっぴり嘆いていたところさ」 「はあ」 で、ストレスは貯まらなかったけど、妙にやるせなくなって、それを食欲にぶつけていたら気が付いたら冷蔵庫が空になっていた。しかも財布も空になっていた。不思議！！ うん、なるほど。 「五月の中ごろだ」 本気で餓死を覚悟した月でもある。 「私の、陽気な、五月だな」 突然博が復活して会話に入ってきた。 「どこが陽気だ」 「兄貴の頭のことですよ」 理香はこともなく即答した。 空間の停止。 そしてすぐに訪れる再生。 「お前のカーチャンデベソーーーー！！」 泣きながら博は走り去っていった。不可解な言動が多いのは確かだが、ここまでおかしいとは思わなかった。 「私のお母さんは兄貴のお母さんでもあるじゃないですか……」 きょうだい喧嘩で言っちゃいけない（または是非言ってみたい）ランキングトップ10にランクイン出来る言葉だ。 〜〜♪ 〜〜♪ 〜〜♪ 突然スーパー戦隊シリーズ第28作のオープニングテーマソングが流れた。 「携帯？」 おっす、オレの携帯だ。 「すまん、出させてもらう」 カバンから取り出して、理香に一言断ってから、出る。 『樋口くんっっ！！』 馬鹿でかい声だった。そんでもって聞き覚えのある声だった。 「――っと、店長ですか？」 バイト先の店長だった。 『ああ、そう、そうだよ。それで、樋口くん、今暇？』 いきなりの言葉に嫌な予感がした。なんとなく理香を見ると、眼球体操のようにぐるりと眼を一周させるという、不可解な反応を返してくれた。兄が兄なら妹も妹である。 「暇といえば、暇ですけど……」 『じゃあ、今から出てくれないかな〜？』 「何でですか？」 『昼から入る二人に急用が入っちゃって休んじゃったんだ』 「はあ」 『一人はバイク事故に巻き込まれて入院、もう一人は家族に不幸があったそうだ』 誰だか判らないが、事故った同僚大ピンチじゃけん。事故か……バイクでも当たり所が悪ければヤバイだろうな。 『あ、幸いなことに軽症らしいよ。でも頭も打ったらしいから……』 オレの心配を察したように店長はさらりと症状を教えてくれた。ふむ、なら、仕方ないな。 「判りました、今から行きます」 『本当かい？ いやあ助かるよ。じゃ、出来るだけ早く着てね』 ブツン。 返事をする前に切られた。 「とゆーことだ」 「さっぱり判りません」 きっぱりと理香に否定された。ノリの悪い奴だな。 「店長に召喚されることになった」 「啓くんは幻獣かなんかですか」 何故そういうことに対してはノリが良いのだ。不可解！！ 「てことでオレは行く。止めてくれるな！！」 「ライダーを忘れないで下さいね」 スルーか、スルーか。よりにもよってスルーか！！ 理香から受け取ったライダーフィギャーはカバンに詰め込む。大きめのカバンだし、箱にも入っている、傷つくことはないだろう。 「ほんじゃ、行くな。おばさんにご馳走様って伝えておいて」 「はい、ロジャです」 それを聞いて、オレは麻生宅から脱出した。 愛車（自転車）の杜影丸（今名付けた）に跨りいざ、バイト先へ！！ こっからだとそれなりに近いのでかっ飛ばせば十五分もかからないだろう。 しかしせっかくの丸まるの休みだったのに……。二人とも急用だからしかたないけど……。あ、二人ってことはもう一人助っ人が来るってこった。誰だろ？ 同じバイトの身分なのに先輩だからって威張り散らす、……あれ、名前なんだっけ？ いいやそんなこと。とにかくあいつじゃなければ誰でもいいや。いや、マジであいつウザイ。社員の人に言われるなら判るが、同じバイトに言われるのはありえない。しかも先輩ったってさ、ほんの一ヶ月だぞ？ マジうぜえ……。 ヤツじゃないことを祈りつつ、オレは杜影丸をこぎ続けた。 「ひゃー」 「あによ、その微妙な悲鳴は」 休憩室に入ったら夏子がいた。すでに着替えていた。 「あ、樋口くん来てくれたんだね！！」 話し声に気付いたのか、汗だくの店長がやってきた。 ピンチな状況は想像できるけど、中年のおっさんが瞳をキラキラさせながら言わないで欲しい。 「結城くんはもう出ちゃって、ほら、樋口くんも着替えたら頼むね」 言うだけ言って店長はさっさと出て行った。 「今の時間って忙しかったっけ？」 「何かイベント会場が近くにあるらしいよ。そこからどばーって来てるみたい」 オレの疑問に夏子は答えてくれた。 「じゃあたし行くから」 「おう」 男子更衣室に直行。戦闘服に着替えてすぐさま戦場に繰り出した。 オレはキッチン担当。なのでひたすらなまでに料理に励む。 料理は良い。身体が大体覚えているので何も考えずに出来る。それにオレは絶対味覚を持っているので料理に向いているのだ。 ――絶対味覚とは 完成された料理を食べただけで材料・調味料が判ること。啓輔は絶対音感の親戚みたなものと思っている。 ひたすら料理、料理、料理、料理、料理。 わき眼もふらずに、料理、料理、料理、料理、料理。 「和風ハンバーグセット、B-6にお願いしまーす！！」 合間の絶叫。すぐさまフロア係がやってくるはずだ。と思ったらすぐに夏子がやってきた。 「はい、頼むぞ」 夏子は暗い瞳で返事をした。 「……地獄に堕ちろ」 ――すべてを放り出して逃げたくなった。 が、すぐに夏子はセットメニューを持って戦場へと戻っていった。 ……あ、オレに言ったんじゃないのね。あー、びっくりした。客に向けた言葉か。……フロア係は大変だなあ（棒読み）。 激動の時間を無心に過ごした。 そして気が付けば夜になっていた。自分の勤労っぷりに惚れ惚れしてしまう。晩飯も食ったし、今日は家でご飯を作らなくていいので気分が良い。冷蔵庫の在庫が減らないのが嬉しい。 なので晴れ渡る夜空の下でラジオ体操を始めた。 深呼吸。腕を大きく上にあげて背伸びの運動！ 「あー疲れた……」 景気良く始めようとしたのに、辛気臭い顔をした夏子が出てきた。 「おう、お疲れ」 が、気にしないで続けることにした。 「あんた、あんだけ働いてまだそんな元気あるの……？」 酷く疲れた声で言う。 「おう、子供は風の子だからな」 「意味判んない」 安心しろ、オレも判らない。 「馬鹿みたい、帰る」 「誰に対して言ってるのかはあえて聞かないが――」 「あんたに決まってるでしょ」 な、泣かないぞうっ。 「オレも帰る」 「同じ方向だっけ？」 「オレはあっち」 あっちを指す。 「あたしはそっち」 あっちじゃない、そっちを指す夏子。 「逆じゃない……」 「しかもチャリなオレ！」 キランと歯を光らせて爽やかに言ってみた。 「ばいばい、明日ね」 冷たい眼でオレを見ると、夏子はさっさと背中を向けた。なんて奴だ。 「まあ、待て。女の子が夜道を一人で歩くなんて危険だ」 変な気を起こして夏子に関わろうとする人間が、だ。 「家まで送ろう」 夏子宅が見たいという好奇心からの発言。 「送り狼っぽいからいい」 「失敬な！！ 獣のような属性を持っているがれっきとした人間だぞ！！」 さすがに獣扱いはないだろう。 「…………はあ」 夏子はオレを呆れまくった眼で見てからため息をついた。 「？」 「家はさすがに遠いから、駅までお願いするわ……」 疲れまくった声で夏子は言う。 「うむ、遠慮は良くないぞう」 妙なテンションでオレは夏子の隣に並んだ。 「しかし、夏子も大変だな」 「何が？ あ、あんたの相手？ いや、それはさすがに慣れたから」 酷い。泣くぞコラ。 「じゃなくて、ほら、セクハラしてくる客」 「ああ」 客寄せパンダの宿命か、オレがちらっと見ただけで結構夏子はセクハラを受けてる。 お冷とメニュー持っててドサクサに紛れてニヤニヤしながら手ぇ触ってくるおっさんに、仕事中にもかかわらず遊びに誘おうとする頭の悪そうな兄ちゃん。それを注意して夏子にいいとこ見せようと必死な大学生らしき兄ちゃん等。あ、最後はセクハラじゃないな。 「有名税？」 「バッカじゃないの？」 半眼で睨まれた。 「でもモテるのは羨ましい」 「へえ、啓輔は男にモテたいんだ？」 「んなわけあるかい！！ オレはノーマル純真ボーイぞ！！」 なんて恐ろしいことを言うんだ。大体オレにそんな趣味があったらこの話は違う方向へと突き進んでしまうではないか。 「じゃさ、あたしがやられたことを、自分が女の子にやられたと想像してみて」 「ん」 逆転の発想という奴だな。えーと、まずドサクサに紛れてニヤニヤしながらおばはんに手を触られる。嫌です。セクハラじゃ。 仕事中にもかかわらず頭の悪そうな姉ちゃんに遊びに誘われる。嫌です。 それを注意して必死にオレにアピールする女子大生。びみお。つーか断らないオレがヘタレじゃね？ 「嫌です」 「ね？」 「絶対フロア行かない」 「店長に言ったら？」 「うむ」 そんな話をしていたら駅についた。 「ありがとね」 「うん、また来週」 「明日ね」 絶望した！ 冗談が通用しないこのご時世に絶望した！！ 「じゃあね」 駅に消えていく夏子を見届けてから、オレは愛車（自転車）の雷獣号（今名付けた）に跨ると、我が住まい、オンボーロ・アパートに向かって漕ぎ出した。 あ、夏子の家が見れなかった。夜だし時間ないから仕方ないか。しかし夏子のお家とはどんなんだろう？ やはり裏には山があって修行場があるんだろう。そんでもって野営のキャンプ場という名のキッチンがあるんだな。そしてお風呂は温泉、しかも滝付きだ。 おおう、なんかいいとこじゃねーか。機会があれば行ってみたいが、本人にこれを言うともれなくフルボッコの刑に合いそうなのでやめておこう。オレとて色々学習しているのだ。 なんて間抜けなことを考えつつ自転車をしゃこしゃこ漕いだ。 概ね平和な休日はもうそろそろ終わる。良く考えたら本当は今日はまるまる休んでいられたんだよな。ちょっと勿体無かったかな？ でも、それなりに楽しかったからいいか。 |