例によって昼休みの屋上です。何気にカラス等の糞が落ちてきそうで怖いよね。ああ、メンバーは例によってオレに風花に夏子です、はい。 「えええええええええええええ!! おじさまとおばさまが帰ってきたのぉおおおおおおお!?」 典型的な黄色い歓声が響きます。うるさいです。食事中ですし黙ってほしいです。 「ええ、今家にいるわ。代わりに相手してあげて」 ぶすっとした表情で風花は吐き捨て、卵焼きを小さく切って口に運びます。上品ってより、口ちっちぇー。 「だめだめっ、ちゃんと家族団らんしなくちゃ!! そこにあたしが乱入してー色々連れてってもらうー♪」 ウキウキ全開の夏子さん。嬉しそうなのは結構だが、言ってること、やろうとしていることは結構失礼じゃないだろうか? 「なっちゃんはね、うちの両親と仲がいいからそれくらいいいのよ」 風花さん、心を読むのはカンベンしてください。……疑問が解けたからいいけどさっ。 「だからってはしゃぎすぎだろ……ガキじゃねーんだしさ」 ゴ!! 頭に強い衝撃を受けた。そしててんてんてん、と転がる白球。硬式の、野球ボール。 「ストライク♪」 ふざけんな馬鹿!! そう叫べたら叫んでいる。残念ながら今のオレにはそれをなすことが出来ない。 何故かって? 気を失う寸前だからさ!!
「ね、行ってもいいでしょう? 止めても行くからね♪ てかいっつも呼ばれてるからそんな心配しなくてもいいよね♪」 気を失っていたのは僅かな時間だったようだ。夏子がハイテンションで風花に捲くし立てている。しかし、視界が変じゃのう。まるで横たわっているようだ。夏子と風花の間に青空が見えて、後頭部には暖かく柔らかな心地よい枕がある感じ。はて、屋上に枕なんて置いてあるかなぁ? しかも暖かいだなんてそんな気が利いたものなんてそうそうあるとは思えない。だいたいここ屋上だぞ? 陽が当ってポカポカしてるとはいえ、風に吹かれ温度を奪われているはず……。 う〜ん……謎だ。 「もう一回言うけど、代わってもらうって言うのは駄目?」 「めっ」 夏子は両手をクロスさせ、バッテンを作って拒否。 「みんなで遊びに行くのー♪」 今の夏子はアレだ、「なかなか休日の重ならない家族が久しぶりに休日が重なって、せっかくだから遊びに行こうかと提案されて喜んでいる子供」そのものじゃないか。 どっちかてと、それは実の子供がやるわけであって、他人の子がやることではないとオレは思うのです。 「ふう……」 諦めたように風花はうつむいてため息をついた。 そして眼がばっりと合う。 「…………」 「…………」 なんでだろう。どうしてこんなに気まずいんだろう。気まずい上にすごく嫌な予感がする。 これはいわゆるアレですな、「意識は気が付いていないが、魂は鋭く状況を理解している」というやつだ。 「気が付いた?」 「う、うん」 風花の頬がほのかに赤みがかっているのはどうしてだろう。 「やーあもうっ、いつまでラブコメしやがってるのよう♪」 とてもとても楽しそうな夏子の声がして、視界が急に上昇し、だがその視界が一点にとどまることなく再び地面に近づいて――激突。 どがしゃあ! オレね、たぶん、「夏子に気絶させられたあと、風花に膝枕してもらって、そのあと色々感極まった夏子に頭をむんずと鷲掴みされて地面に叩きつけられた」んだと思う。 ん? ボールで意識を失ったのに今度は意識を失わないのかって? そうだね、あれは後頭部だったからじゃないかな? いや、頭のどの部分でも強い衝撃を受けたら大変なのは分かっているさ、でもさほら、額って丈夫じゃん。それで納得してくれ。 「生きてる?」 風花の心配そうな声にオレは無言で親指を立てた。 「さあさあ、次の授業の準備を致しますわよ! ほら、啓輔もいつまでも寝てない!!」 寝かせた(?)のは一体誰だろうか。あえてツッコまず(怖いから)、オレはゆっくりと、額に気を使って立ち上がった。恐る恐る額に触れてみる。じーんと熱を放っている。幸いなことに割れていない。ってことは血も流れていない。 ちなみにオレが激突した地面はヒビが入っている。 …………。 何かものかなさしさを感じたが、きっと気のせいだろう。眼の奥が熱くて、今にも心の汗が迸りそうな予感でいっぱいなのも気のせいだろう。 「そうね、そろそろ戻ろうか。ちょっと寒いし」 寒いだと? オレはお日様当って暖かいぞ。お嬢様は虚弱体質でいかんな。てか、風花って全体的に細いんだよな。風に吹かれたら折れそうって訳じゃないけど、なにかちょっとしたことで折れてしまいそうな雰囲気はある。 「そんじゃま、かえり――」 ――ばたーん!! ますかね、と続けようと思ったら、扉が景気良く開く音に遮られた。 ほおう、オレたち以外にここにくるやつがおったとは。前にも説明したとおり、ここには柵がないからコードレスバンジーがやり放題なので危険だ。物好き以外は近寄らん。あ、オレは人が少ないとこで昼飯を食べたいって話しだから、物好きではないよ? 残りの二人は知らんがね。 「やあやあやあ、探しましたよ。結城夏子さん」 そこには人相以外極々普通な男子生徒がいた。 「……誰?」 名指しされた夏子はキョトンと人相以外極々普通な男子生徒を見ている。 「あ、及川くんっ」 人相以外極々普通な男子生徒を見て驚くのは風花。 「知り合い?」 「中学のとき、同じクラスだったの」 「ほおう」 「ちょこっと話したことあるよ」 「ふうん」 「ヤな人なんだよね」 お嬢様、面と向かって言いますか。 「そこの二人は黙れ」 オレたちに中指をおっ立てる人相が悪いというより、小悪党全開顔の及川くん。 「啓輔が他人の人相のことをどうこう言うのはどうかと思う」 「はははっは、風花さん。そのようなことをおっしゃるり続けるとお兄ちゃんは泣いてしまうぞ」 悲壮と爽やかさをともに笑いかけた。 「ごめんなさい……」 分かってくれればそれでいいんだ。 「黙れっつーの」 小悪党全開顔の及川くんはこめかみに青筋を浮かべた。なんて短気な奴なんだろう。挑発したい気持ちでいっぱいになるが、話が進まないので黙っておこう。 「で、何か用? あたしはあんたのことは知らない。だから用はないんだけど」 「用はありますとも」 相手の機嫌を損ねないように卑屈な態度取っている。それがかなりむかつく。風花がそっと耳打ちする。 「ね、ヤな人でしょう?」 大きく頷いた。 「何よ?」 今まで高揚した気分に水をさされて不機嫌全開。声はずいぶんと低くなっている。いやはや怖いねえ。その対象がオレじゃないから楽しいけど。 「今後、野球部に協力するのを止めて、サッカー部のマネージャーになってもらいたい」 「イヤ」 待ち時間ゼロの返答だった。速攻で拒否されるとは思っていなかったらしく、小悪党全開顔の及川くんは固まった。 「話はそれだけ? じゃね」 夏子は小悪党全開顔の及川くんを一瞥すると、弁当箱を片付け始めた。数秒遅れてオレたちはそれを手伝う。 小悪党全開顔――ああ、めんどくせ。小悪党の及川くんを無視してオレたちは屋上から立ち去ろうと歩く。 「って、待ていい!!」 小悪党の及川くんはすれ違い様に夏子の腕を掴み、無理やり立ち止まらせた。仕方なしにオレらも歩みを止めた。 「何よ、しつこいわね」 「うるさい、とにかく野球部はやめて、サッカー部のマネージャーになってくれよ!!」 「そんなのあたしの勝手でしょ。部外者はすっこんでなさいよ」 正論だ。 「部外者じゃねえ、俺はサッカー部だ。だからマネージャー頼んでるんじゃないか」 なんですと? 「あ、でも及川くんって中学のときは野球部だったよね」 「?」 なんだよ、ずっと野球やってろよ。 「ふん、野球なんてこっちからやめてやったさ」 カチンときた。なんだこいつ、やりたくても家庭の事情でやれなかったオレに対する挑戦か? 「言いたいことははっきり言ってくれる?」 夏子の不機嫌声も右から左へ。及川は口を開いた。 「野球部はなくなる。だから暇になる結城さんをマネージャーに勧誘するためにきた」 …………は? 「野球部がなくなる?」 素っ頓狂なオレの声が響いた。 「どうして?」 唖然としたオレに代わり、風花が尋ねた。 「ここ最近、つーかここ数年だな。公式、練習試合問わず、の成績のせいだよ。ここ数十試合全部負けてる。部員もなんとか試合が出来る程度。そのくせ予算と場所はきっちり取ってく。練習熱心なのは分かるが、進学校だし、こんなんなら部活をやめて勉強に打ち込んで欲しいって校長の意見」 オレたちと及川の間に乾いた風が吹き抜けた。 「な、分かったろう? マネージャーやってくれよ」 「でも夏子がやる必要はないんじゃないの? サッカー部ってマネージャー他にもいるでしょう?」 あ、そうだ。サッカー部って大所帯なんだよな。百人近くいるし。マネージャーもそこそこいるって聞いてる。今更夏子の一人や二人、必要ないわな。 「可愛い女の子がたくさんいることはいいことだ」 なんて正直な奴なんだ。好感度が一あっぷだ。 「それに、練習場所も増えて忙しくなるしさ」 「待って、野球部がなくなるのは確定なの?」 風花が話を戻す。 「ほぼ確定、だな。だから、マネジ頼むよ」 ぱんっと手を合わせて頭を下げる及川に夏子は腕を組み、難しい顔をして黙り込んだ。そっか、ここでサッカー部に行ったら野球部を裏切ったことになるよな。 「それ本当?」 考え込む夏子を横に、風花は及川に詰め寄った。 「へ?」 「ちょっと急じゃない? あのね、わたし、この前夏子の代わりに元樹と試合見てきたの。確かにそのときの試合は負けだけど、結構いい試合してたよ。最終回に同点に追いついて、サヨナラ負けするのがほとんど。あと一歩が足りないんだね。それで、元樹が言うにはね、別に悪いチームじゃないって。点を取られたらみんなで取り返す、全員でプレイしてるいいチームだって」 「うん、でも、負けは負けだ」 「結果だけで物事を計らないで。要するに、将来性はあるの。それにね、野球部の顧問の先生とちょこっと話したときに言ってたの。 『このチームはいいチームだ。俺がいる限りこのチームの魂は存続させる』って」 顧問、カッコ良いぞ。好感度十アップ。 「うん、でも、校長命令は絶対だ」 なんでだろう。及川が動揺している。 「それに弱いからって部を潰すなんて横暴だよ。ちゃんと練習してるし、勉強だって疎かにしてるわけじゃないでしょう?」 オレの胸に堪えることを言わないでください。 「うん、でも、校長命令は絶対だ」 同じセリフを繰り返す及川。かなり様子がおかしいんですけど? 「話は変わるけどさ」 今度は夏子が及川に詰め寄った。複雑そうな表情はもうない。 「サッカー部って百人超えてるんだよね」 「あ、ああ」 「するってと、練習場所を確保するのも大変なんだ」 「大変ですよ」 「レギュラーならともかく、下っ端は基礎練しかできんわな」 オレも言ってみた。 「そうそう」 「野球部がなくなったら、場所が出来て都合良いわね」 「うん、そーなんだ」 「で、なんでそんなことサッカー部のあんたが知ってるのよ?」 ……それもそうだ。部の存続なんてその部員かその友達、そして一応全部活をまとめている生徒会くらいだ。一般生徒や他の部員は噂程度になら聞くだろうけど、はっきりとした情報が流れることなんて滅多にない。 「う」 何故言葉に詰まるんだ。 「いやあ、先輩が話しているのを聞いてさ」 目が泳いでいる。ものすごく怪しい。 「サッカー部って、ずっと昔に野球部とトラブル起こしてから仲悪いんだってね」 ほおう、それは初耳だ。って、なんで風花がそんなことを知っているんだ? 「受験する前に色々調べたのです」 なるほど。 「あと、予算の面で文科系の部活に圧力掛けてたよね。あ、これはサッカー部顧問の佐藤先生の話ね。あと、うちのサッカー部って色んなところで名前を聞くくらい強いんだよね。だから部員も多いんだよね」 風花は何が言いたいんだろう? 「それで話は戻すけど」 冷静な声が心地よい。 「誰が校長先生に進言したの?」 「はひ!?」 突如、風花からプレッシャーが放たれた。って風花さん、どうしたのでしょうか? 機嫌、悪い……? 「校長がいきなりそんなこと言うわけないでしょう。それに、廃部になるまでそれなりに手順ってあるでしょう? こんなに早く、一般生徒に気づかれないようにさっさとやるなんて、どういうこと? 大体、あの温和な校長が、そんなこと認めるわけないでしょうが」 校長先生は菩薩のようなやさしい顔をして、やさしい性格をしてらっしゃる。ちなみによく花壇の手入れをしていて、園芸部はもちろん、通りがかる生徒にも心温まる笑顔を振り撒いている素晴らしいお方である。当然ながら始業式等の挨拶のとき、会場である体育館は暖かい空気に包まれている。 「あの校長の首を縦に振らせることしたんでしょう? 徹底的に野球部を調べたのね。――いや、不祥事をでっちあげたのかな? そちらのほうが早いし、証拠も作れるからね。違う?」 怖い。 「…………」 黙秘権の行使か? いや、豹変した雰囲気に言葉も出せないんだ。 「野球部と仲が悪く、かつ、サッカー部のためなら他の部活の予算を締め上げるのも厭わない佐藤先生ならやりかねないよねぇ。素晴らしいまでに盲目よね。どんなことしてでもサッカーやりたいんだ、って気持ちが全面に出てるわよね」 あの、ものごっつ冷たい目で笑顔ってかなり怖いんですけどっ!! 「そして今度は何? 人数も増えたし場所が欲しいからって、弱いもの苛め? そこまでしてサッカーやりたいわけ? そりゃあうちの学校は進学校のくせにサッカーだけは強いから、それを維持しなくちゃいけないって脅迫概念とプライドがあるわよね。でもだからって他のスポーツ潰してまでやりたいものなの? それはそれは随分と面白おかしいスポーツマンシップね」 …………えと、風花、さん? 「……風花、どったの?」 こっそり夏子に尋ねた。 「……スイッチ切り替わったみたい」 「……どういうことですか?」 思わず敬語。風花の表情を良く見ると、なんと言うのでしょうか、酷薄というか残忍というか、薄っぺらい刃物の笑顔ですよ。あ、こういうのを残忍酷薄って言うのかな。 「……風花ね、ストレス貯まってるときに不快なことが身に降りかかると、ああなるの」 「……人はそれを八つ当たりと言うのではないでしょうか?」 考え込む夏子。その間三秒。 「……うん、あたしも常々思ってたんだ」 思ってたんだ……。 「い、言いがかりだ」 及川は抵抗する。が、声は震えて顔が引きつってる。無様だぞ。 「言いがかり、ねぇ」 風花は腕を組んで、空を見上げた。その横顔には笑顔さえ見える。口元だけの、目が笑っていないという、一番怖い笑顔。いやそれは笑顔なんだろうか。もはや笑顔の範疇を超えているとオレは思う。 「そ、そうだぞ、佐藤先生はそんな卑怯なことはしない。そんな、不祥事をでっちあげるなんてそんな、野球部の部室にタバコの吸殻と酒の空瓶を置いておくような真似は絶対にしない。そんなことしたのは『不祥事あったら野球部なんて簡単に潰せるよな』って佐藤先生に煽られた、レギュラーからあぶれてストレス貯まった二、三年生と基礎錬しか出来ない一年の一部の生徒だけじゃないか」 ひゅうううううう、と風が吹いた。風花と夏子の長い髪がふわりとなびく。 沈黙。 ば、馬鹿がいる……。 「あっ」 及川は慌てて口を塞ぐがもう遅い。笑顔の、笑顔の風花がそこにいる。 「へええええ」 こ、怖い。 「い、いや、そんなもん、証拠がないなら意味ないじゃないか!!」 おっと、及川の反撃だぁ!! 「分かった、集める」 笑顔の風花。あのほっそい身体から「どんなことしてでも集めてやるぜ」オーラが全身から満ち溢れている。 「やめろ!!」 反射的に悲鳴に近い制止が及川から出る。 「やめ、『ろ』?」 笑顔で半眼。『あら、誰に向かって命令しているのかしら?』な笑顔ですよ。 「あらあ、わたしがどこで何をしようともあなたには関係ないじゃない。 だいたい証拠なんて見つからなければ何も問題ないんだから放っておいたらいいでしょう? それともなぁに? まさか調べれば簡単に出てくるようなへまをしているわけ?」 「そ、そんなことはない!!」 必死に否定。これは本心だと思う。ただ、底知れぬプレッシャーに今止めなければ後がないと気づいただけだ。 「認めるのね?」 「いや、それはっ」 「いいのよ、認めなくても。 ――認めさせてあげるから」 完全に青ざめる及川。自業自得とはいえ、哀れになってきた。 「それじゃあね。ほら二人とも授業始まっちゃうよ」 綺麗に消えるプレッシャー。いつもの温和な笑顔がオレたちに向けられる。 「待って、待ってください!!」 オレが首を縦に振る前に及川が必死に風花の前に立った。 「野球部の不祥事なんてなかったことにするから、調べるのだけはやめてくれ!!」 なんてことを言うんだ、せっかくもとの空気に戻って平和な時間に突入できたというのに!! 「イヤ。そんな義理ないもの」 お願いだから、楽しそうに言うのはやめてほしい。 「そ、そこをなんとかっ」 「だから、イ――」 「風花、ちょっと待って」 夏子から意外な発言が飛び出た。ううん、さすがにこれは止めなくてはと幼馴染も思ったのか。 「調べるのは止めはしない、けど、なんの制裁もなしにこいつを解放するのはどうかと思う」 待てやこのドS。 「でも、授業始まっちゃうよ?」 そんな問題で話を終わらせるなんて、真面目なんだかどうか分からんな。 「うん、あたし考えたのよ」 及川は恐る恐る夏子の顔をうかがった。 「――勝負で決めましょう♪」 |