邂逅輪廻



「いやあ、暑いねえ。暑いったらありゃしねえ。とゆーことで怪談話をしようじゃないか、諸君」



誰かのためのおとぎ話 08
〜漢の怪談話〜

りむる



「他所でやれ」
 写真部員である元樹が半眼で博を睨みつけた。今回は元樹が怒る気持ちが分かる。が、普段嫌がらせを受けているので援護はしてやらないぜ。子供っぽいって言うな。だいたいオレは16のヤングチャイルドだ。ちなみにラブチャイルドではないぞ。当然ながら。
 で、今オレたちは写真部の部室である暗室にいる。暗室と言ったって、窓に黒いカーテンがかかっているだけの普通の部屋。広さは教室の四分の一くらい。写真部の部室らしく、よく分からない機械がたくさんある。あと水道に、何故かホットプレート、それにティーポット。……お茶会が出来るな。
「まあまあいいじゃねえか。怪談話は暗いところでやると楽しいもんだぜ」
 絶対楽しくねーよ。
 そう内心ツッコミ、オレは暗室の観察を続ける。お、電気ポットまである。いよいよお茶会じゃないか。でも、……ここでやるのはちょっと抵抗があるかも。なんせ酢酸臭い。写真に酢酸なんて使うのか?
 見回す。
 壁に立てかけられている竹刀三本。床に転がるバレーボール、バスケットボール、テニスボール……。これはシロート目に見ても写真部とは関係ないと思うんだ。
「うるさい、さっさと出て行け」
 元樹は鋭く博を睨みつけるが、当の博はへらへら笑っている。……色んな意味で大物め。
「あの、俺は出て行きたいんだけど……」
 控えめな声は博の笑い声にかき消された。
「うははうはは、他所でやれと? 暗室は未知の分野だから何としてでも侵入したい幼心を踏みにじるなんてクルックー!!」
 お前は鳩か。それとも暑さで頭をやられたか? しかし、日頃の博の言動を思い出すとさして不思議なところはない気がする。よってあれは素。残念ながら正気だ。
 先ほど控えめな声で脱出を願い出た少年は頭を抱えた。
 その少年の姓は斎藤、名は……名は……えーと……。
「すまん、斎藤くん。君の名前を教えてくれないか」
「……斎藤、孝明たかあき
 ご存知五話辺りで出演なさったサイトゥーくんである。
「ほう、するってえと橋を叩いて渡る芸人と同じ名前か!!」
 ……は? 博がわけわかめなことを抜かしている。
「?」
 疑問符を浮かべている元樹。きっとオレも同じ顔してる。うわ、嬉しくねー。
「そんなこと言われたのは初めてだ」
 斎藤くんは博をなんともいえない表情で見ていた。
「石橋を叩いて渡る?」
 元樹の発言にやっと合点がいった。
 ああ、あのコンビのよく暴れる……いや、音楽番組やってるほうだな。確かに漢字は違うけど同じ名前だ。
「うむ、ならば怪談話を始めようじゃないか」
「何故そうなるんだ!?」
 鋭いツッコミ。さすが一般人、やることが一般的だ。
「……もういい、明かり消すよ」
 博のテンションを見て諦めたのか、元樹はバチンと明かりを消した。おう、さすが暗室真っ暗だぜ。思わず真っ暗森の歌を歌いたくなるが、怪談話より怖いことになりそうなのでやめておこう。もちろん、メトロポリタンミュージアムなど言語道断だ。
 元樹はさらにゴソゴソ動いた。そして弱くて赤い光が室内を照らした。赤い光は現像作業に影響でないのかな?
「では俺から話そう」
「人の話を聞いてくれ」
「どうどう」
「俺は馬じゃない!!」
「あれは昭和二十年三月――」
「お前生まれてないだろう!!」
 怒涛のボケツッコミ。うぬう、斎藤くんめ、ツッコミの才能が満ち溢れていやがる。このままだとメインキャラに格上げになってしまうぞ。作者が作者なのであまりオススメできない。
「あれは中学ニ.五年生のときだった」
「素直に中二半ばと言え」
 ほおう、頭の回転も中々じゃないか。
 …………何を感心してるのかなオレは。
「うちの妹がな、歌っていたんだ」
「お前に妹なんていたのか」
「ああ、可愛い妹がいるぞ」
 博の似ていない妹、理香の顔を思い出した。ま、博に似てないし、おふくろさんに似て可愛い。ちなみに博は親父さん似。
「よく自分の妹をそんなふうに言えるな」
「はははっは、俺の妹が可愛くないわけがなかろう」
 どこからその自信が沸いて出るんだろう。長い付き合いだがさっぱり分からない(いや、分からんほうがいいのかもしれない)。
「んで、俺のかわゆい妹君が歌ってらしたのだよ。
 某水○黄門の主題歌を、どんぐりころころの歌詞で」
 脳裏に甦る「この紋所が(以下省略)」のシーン。
 そうじゃなくて主題歌か。あのじーんせ(以下自主規制)のあれだな。
「どんぐりころころねぇ」
 斎藤くんは少し思案し、口を開いた。
 そしてオレたちは歌った。
「どーんぐりー(以下自主規制)♪」

 !?

 全身に衝撃が走った。
「う、歌える!?」
「そんな馬鹿な……!!」
 赤い光の中、オレたちは動揺した。
「俺はこの事実を知ったとき、かつてない衝撃を受けたもんさ……」
 ああ、確かにこれはすごいことだ。
「でもさ、全然怪談話じゃないんだが……」
 斎藤くんの発言にオレは我に返った。そうだ、そうじゃないか。ちっとも怖くないじゃないか!!
「怖いじゃないか。
 これを最初に気が付いたその才能が」
 その"怖い"かい。
「何より悔しい。何故それを気付くのがこの俺じゃないんだ!!」
 バンバンバン!!
 どうやら博は机を叩いているようです。
 パチン、と音が鳴って明かりがついた。元樹の作業が終わったらしい。
 博を見ると机に突っ伏して泣いていた(嘘泣きだろうが)。
「悔しい、実に悔しい!!
 テレビをつけて出演者、客ともども笑い転げているのに、肝心な場面を見なかったばっかりにその笑いを理解できないくらい、悔しい!!」
 それは……あまり悔しいとは思わんぞ、普通。
「腹を抱えて笑い転げる千載一遇のチャンスを逃すなんて……! こんな仕打ちがあってたまるか!!」
 なんて大げさな表現なんだ。
「それに、どんぐりころころの歌詞も怖い。
 池に落ちて生きるか死ぬかの瀬戸際のどんぐりに対してドジョウのあの一言、

『坊ちゃん一緒に遊びましょう』

 鬼としか思えん!!」
 それは昔、オレもそう思ってたけど、今ここで同意したくない。なんと言うか、人として。
「く、下らねぇ」
 斎藤くんは顔を思い切り引きつらせていた。一般的反応にちょいと心が温まった。元樹を見ると、奴はフィルムを蛍光灯に掲げ、熱心に見ていた。うわあ、完璧に無視だ。
「よし、じゃ次は元樹の怪談話を聞こうじゃないか」
 博はぱっと気分(またはテンション)を切り替えると元樹を見た。
「…………」
 フィルムを見つめるその眼はこの上なく真剣だ。
「じゃ、俺帰るわ」
 話を聞いてやったんだからもういいだろ、と言いた気に斎藤くんは立ち上がった。そもそもなんで連れてこられたんだろう。いや、オレもなんだけどね。
「ふはははっは!! お二人さんそんな態度は改めることをオススメするぜ」
 元樹、無視。斎藤くん、何事かと振り返る。うん、一般的。
「これを見ろぉおおお!!」
 博は吠えつつ立ち上がり、バンと懐から取り出したものを机に叩きつけた。
「なんじゃい?」
 オレは好奇心にかられ、それを覗き込んだ。
「風花の写真じゃないか」
「!?」
 オレの一言で暗室内に殺気が走った。ちょっと怖い。
「ふふふっふ、我が企画、暗闇の中で怪談話 〜体感温度を下げてみよう〜 にご協力の方全員に、この愛らしい風花ちゃんのスペシャルフォトをプレゼントだ」
 そんなご大層な名前が付いていたんだ。
「見せろ!!」
 元樹と斎藤くんは同時にかけより写真を見た。
「な、なんと……!!」
 一応言っとくがな、そんなご大層な写真じゃない。カメラ向けられたから義理で笑った感たっぷりな笑顔の写真だ。服装は制服。ただ、暑かったのかな、ちょっと着崩している。
「破廉恥な!!」
 元樹がなんかわなわなと身体を震わせている。
「ああ、この見えるか見えないか、このギリギリ感がたまらなくイイ!!」
 マニアックだ。
「しかもいつもよりミニ!! ミニスカート!! ああ、足も細くて白い!! ひゃっほう!!」
 斎藤くんが壊れた。元樹は鋭く斎藤くんを睨みつけた。今のセリフで自分の敵と認識したらしい。が、すぐに博に視線を移した。
「いつどこで撮ったんだ!?」
「先週かな、快く撮影許可をくれたぜ」
 詰め寄る元樹を博はへらへらと笑って流した。
「お前さんが協力してくれれば、写真じゃなくてネガをくれやてる」
 デジタルなご時世にこいつはわざわざフィルムで撮ったのか。よく知らないけど、デジタルのほうが安いんじゃないかなぁ。
 博の言葉に元樹はきっかり三秒考え、苦々しく頷いた。
「んじゃま、早速話してもらおう」
「分かった……。明かりは消すの?」
「作業しながらでいいぞう」
「もう、終わったよ」
「ふむう、あの赤いのが良かったんだが……」
 博と元樹の会話をボーっと見つめる。なんでオレここにいるんだろう? スペシャル写真も斎藤くんには渡すだろうけど、オレには渡さないだろうな。まあ、もらっても写真より本物のほうがよく見るから意味ないんだけど。
「それならそれでいいけど、ろうそくあるよ」
「おお、それいいじゃん!! 使おう!!」
 なんでそんなもんがここにあるんだよ。
「なに、停電対策?」
 オレの言葉に元樹は肩をすくめて答えた。
「暗室には、まあ、大体のものがあるから」
 だいたい……竹刀やバレーボール、バスケットボール以下略のことか。それに電気ポットにティーポット……あ、よく見たらちゃんとティーカップまでありやがる。それになんだ? あの人生ゲームは。なんか、形がおかしい、ような?
 オレは人生ゲームもどきに近寄り、じっくりと見た。
「ああ、それニュー・クレモンティーヌ二世」
「なんじゃいそら!?」
「学校祭で使ったらしい」
「はい!?」
「先輩から聞いた話だから、詳しくは知らない」
 写真部、カオス過ぎだよ。
「おし、啓輔、明かり消してくれ」
 釈然としないものを感じつつ、オレは指示どおり明かりを消した。訪れる闇。すぐにともるろうそくの脆弱な明かり。それを頼りにもとの席へと戻った。
 四人が席につくと、何故か斎藤くんがお茶を煎れた。
「何故……?」
「いや、電気ポットみたらお湯沸いてたし、紅茶の缶とティーセット見つけたから」
 なんだろう、オレ、すごく取り残された感がある。
 斎藤くんが四人全員に紅茶を配った。そして四人同時に一口すする。
「ふー」
 ハモる声。
 結構美味いな。ふむ、財布に余裕が出来たら紅茶に手を出してみるか。
「じゃあ、話すね」
 元樹はティーカップを置いた。
「あれは去年の夏の話。
 家のクーラーが冗談みたいに同時に壊れて、暑くて暑くて大変だったあの日。
 僕は暑いのは割りと平気だからいいけど、風花はあんまり身体が丈夫じゃないから、すごくばててね。食事もままならなかったんだ。
 業者の人を呼んだんだけど、直している時間も暑い。暑くて暑くてたまらない。僕はリビングでぐったりしてたんだ。あ、自室よりリビングのほうが風通しが良いからね。で、ソファに風花が寝てるのかなってそちらを見たんだ。そしたら風花の姿がない。どうしたんだろう? ここが一番涼しいのに。どこかで倒れているんだろうか、でもそれなら鈴村が気付くだろうし……」
 鈴村ってのは桐生家の執事さん。詳しくは三話参照。
「そんなことを考えながら探したんだ。
 部屋と言う部屋を探した。でもいなかった。もちろん風花の部屋にもいなかった。僕はさすがにおかしいと思って今度は鈴村を探した。鈴村はすぐに見つかった。で、あいつは言ったんだ。
『お嬢様を見かけませんでしたか?』って。もう、驚いたよ。そして二人で探し回った。
 そこで、僕は水の音を聞いたんだ。
 台所かと思って覗いたけど、やっぱりいない。もしかして、と思って僕は風呂場に行ったんだ。シャワー浴びてるのかなって」
「貴様、弟特権で一緒に入ったのか!!」
 必死な博、ピクと反応する斎藤くん。
「黙れ下郎が!! そんなことするもんか!!
 シャワーを浴びているならそれでいいんだ。それでよかったんだけど……風呂場のドアが開いてて」
「やはり覗きか!!」
 博の顔面にバレーボールがヒット。いつ拾ってきた。
「二度と口を開くな外道!!
 ドアが開いてて、水の音が聞こえるんだ。不思議に思った僕は風呂場を覗いたんだ」
「やっぱり覗いたんじゃないか!!」
 博の頭に金属バットが振り下ろされた。間一髪で白羽取りする。
「お、おいちゃんでも急所にそんなものが当ると死ぬんだぞ……」
「で」
 酷い。
「そこには風花が居たんだ。
 服を着て、シャワーを頭から浴びていたんだ」
「……別に怖い話じゃないな」
 暑いからシャワーを浴びていただけじゃないか。服を着たままってのがかなりの暑さというか、必死さと言うか、鬼気迫るものを感じるがね。
「だから君は馬鹿なんだ」
「なんだとう!!」
 星一徹ばりに机をひっくり返そうとして、元樹に先手を打たれた。オレの顔面にバスケットボールがめり込んだ。
「風花って髪が長いでしょう?」
「ああ、美しい黒い長髪だ」
 斎藤くんが幸せそうに同意する。それを元樹は鋭く睨んだ。その眼は敵を見る眼と何ら変わりない。
「その黒髪が、水のおかげで頬や肌に張り付いてて、……ほら、ホラー映画であるじゃない、あんな感じになっててさ……」
「…………」
「…………」
「…………」
 みんな想像しているのか、沈黙。
 見知った女の子がホラー映画張りの格好。
「しかも、虚ろな眼でこちらを見てくるんだ」
「それは……怖い……」
 知らない女の子でも怖い。むしろ、知っている女の子だから余計に怖い。
「水も滴るいい女って話だねっ」
 斎藤くん、なんて幸せな思考をしてるんだ……。
「僕の怖い話、以上」
 少し冷めた紅茶をすする。
「うむ、怪談話ふさわしいな」
 本人が聞いたら怒るぞ。
「じゃ、次啓輔」
 オレかい。
「…………うーん。
 給料日前に冷蔵庫を開けたらすっからかんだった、とか」
「それは君が無計画にお金を使うから悪いんだ」
「何でそれを知っているんだ」
「風花から教えてもらったんだ」
 そんなこと実の弟でも話すなよセニョリータ。
「さすが啓輔、馬鹿のプリンスだな」
「なんだとう!?」
「けーけっけっけっけっ!!
 じゃあ、斎藤にシメてもらおうじゃないか」
 中指をおっ立てあう友情。しかもろうそくの明かりに彩られている。なんのシチュエイションですかこれは。
「中学の時の話だ」
 オレらを無視して始める斎藤くん。実は大物気質を持っているのかもしれない。単にさっさと終わらせたいと言う邪推も出来るが。
「クラスメイトにぬいぐるみを直してほしいと頼まれたんだ。破損箇所は首。といってもちょっと綿が出てる程度」
「ワタって、ハラワタのワタ、だよな」
 いらんことを抜かす博を、斎藤くんは爽やかな笑顔でぶん殴った。怖いよアンドレ。
「俺は快く了承し、家に持って帰った。
 晩飯も食べて風呂も入って、落ち着いたときに修復作業を始めたんだ。その作業を始めて数分後、もうすぐ完成ってところで明かりが消えた。無駄に電気を使ってブレーカーが落ちたんだ。
 でも一分も経たないうちに電気は戻った。
 で、」
 意味深に言葉を切る斎藤くんに不吉なものを覚えた。
「明かりがついて、俺はぬいぐるみを仕上げようと、ぬいぐるみを見たんだ。
 そうしたら――」
 ごくりと喉を鳴らした。
「そうしたら、ぬいぐるみの首が落ちていた」
 ……ちょっと室内の温度が下がった気がする。
「もともと首は繋がっていたし、触ったらすぐに落ちてしまうような状態でもなかった。だいたい仕上げようとしたたんだぜ? 首が落ちるわけないじゃないか。
 俺が無意識でやったって可能性もあるけど、俺そんとき右手に針、左手に糸持ってたんだよね。それはしっかりと暗闇の中でも持ってたし、明かりがついたときも持ってたんだ。母さんか家族の誰かが暗闇に乗じてやったのかとも考えたけど、母さんは台所にいたし、父さんは居間でテレビを見ていた。俺、兄弟いないし、じーさんばーさんは両方とも田舎。他に家族はいない。あとペットも飼ってない。ついでに客も来ていない。家の中には三人しかいなかったんだ」
 ミ、ミステリー……。
「かなり不気味だったけど、気を取り直してぬいぐるみを直そうと手に取ったんだ。そして首、つーか頭の断面を見てみると」
 斎藤くんはごくりと喉を鳴らしてから言った。
「――綿が真っ赤になっていたんだ」
 まっか? 綿が?
 また、室内の温度が下がった気がするぞう。
「びっくりした。すげーびっくりしたけど、眼の錯覚と言い聞かせて胴体を手にとって断面を見たんだ。
 そしたら、また……」
「マッカデスカ?」
 オレの硬い声に斎藤くんは硬い表情で頷いた。
「俺は見なかったことにして急いで直した。
 で、翌日に何事もなかったように持ち主に返したんだ。
 そんで持ち主はこんなことを聞いてきたんだ。

『変なこと起きなかった?』

 って」
 鳥肌が立ってきた。
「俺はそれをタチの悪い冗談だと思って、停電のときに起きたことを冗談交じりで話したんだ。そしたら、

『ああ、やっぱり落ちたんだ』

 って言うんだよ。
 どういうこと? って聞いたらさ……。
 そのぬいぐるみの前の持ち主が首切られて殺されたって言うんだよ。冗談だろ? って思ったけど、そいつは真面目に言うんだ。
 そいつの話によると、そのぬいぐるみは前の持ち主の命日が近づくと自然と首が落ちる。放っておくと置いてあるところに、良くないことが、つまりは厄災が起きるって言うんだ。
 そんなもん人に預けるなって言ったら、もう命日はもうとっくの前に過ぎているからそんな大事は起きないだろうって言いやがったんだ」
「そげなもん、燃せ」
 ろうそくの明かりでよく分からないが、博の顔が青ざめている。珍しいこともあるもんだ。でもオレも似たような顔色なんだろうな。
「うん、ちゃんと浄化して燃やしたいらしいんだけど、燃やそうとすると、……色々起きたから出来ないんだってさ」
「色々って?」
 元樹はポーカーフェイス。だが、額に汗が見える。
「燃やすのに薪を用意していた坊さんが転んで骨折、消火用に水を用意しようとしていた巫女さんが井戸に落下、まだあったらしいけど怖くて聞いてない」
 沈黙。
 ろうそくの芯が燃える音とクーラーの音が暗室を支配する。
「あ、あのさ、どうして本人が直さないの?」
 あ、元樹の声がちょっと震えてる。
「不器用な挙句、用事があって直す暇がなかったらしい」
「へー」
 声が硬いよ元樹。
「お前すごいオチもって来るなよ」
 博が引きつった顔で腕をさすっていた。体感気温は間違いなく下がった。今は寒いくらいだぞ☆
 オレは無言で立ち上がり、明かりをつけた。
 明かりがついたおかげで、薄ら寒かった空気が薄れた。全員が、ほっと一息をついた。
「じゃあ、約束の品を渡そう」
 博は写真を斎藤くんに、懐から取り出したネガを元樹に渡した。
「ひゃっほう!!」
 うって変わってハイテンションになる斎藤くん。幸せである。
「はぁ……」
 ネガを確認してからはさみで切り裂き、ゴミ箱に捨てる元樹。少し怖いものを感じる。
 ――コンコン。
「?」
 何の音だ? ま、まさか、あのぬいぐるみが来たのか!?
「ただのノックじゃバカタレ」
 博に呆れられた。むかつく。それに人の思考を勝手に読むな。……でもちょっと安心したのはナイショダヨ?
「はいはーい」
 博が勝手にドアを開けた。部員がやるもんじゃないのか?
「あれ?」
「ポレ」
 なんだその反応は。
 えーと、上が女の子の声、下が博の声。
「どうして博くんがいるの?」
「風花?」
 シスコンブラザーは高速で立つと、あっという間に視界から消えた。
「風花ちゃんだと?」
 写真を大事そうにカバンに仕舞い、斎藤くんも立ち上がった。
「元樹、いるの?」
「いるとも」
 オレも立ち上がってドアを覗いた。元樹が博をどついて風花の前に立っていた。
「よっ」
 風花に向かって片手を上げて挨拶。
「はい」
 にこにこ笑顔。なんか良いことでもあったんだろうか。元樹はオレを苦々しく睨みつけてから風花に話しかけた。難儀なやつだな。
「どうしたの? 珍しいね」
「携帯に掛けたんだけど、電波が届かないってアナウンスがあったからここかなって」
 ここはどんだけカオスなんだ。
「探してたの?」
「ええ、さっき家から電話があって――」
 オレたちに聞かれたくないのか、風花は声のトーンを下げた。オレは肩をすくめて席に戻った。そこには妙に浮ついている斎藤くんの姿があった。ちなみ博はティーセットを洗っている。存外に行儀の良いやつめ。
「時にサイトゥーくんや」
「な、なんだい?」
 うわあ、声が裏返ってるよ。しかもツッコミねーし。
「そこまでテンパることもないと思うんだ」
「うるさいな、純情な少年の心は繊細なんだ」
「世間知らずの神経質か」
 すげー嫌な言い方するな。洗い物の手を止めず博はいつもの口調で言った。
「黙れスカタン!!」
 それもどんな悪口なんだ。
「そろそろ出るよー」
 ドア付近から元樹の声がした。どうやら話は終わったようだ。しかし、オレらに聞かせたくない話ってなんだろうな。そいやあ、風花と元樹が二人で話してるところってあんま見ないな。いっつも間に夏子が居た気がする。幼馴染ってそんなもんなのかな。オレにはいないからさっぱり分からん。
 あ、でも、小学生の頃によく遊んだ子がいたよーな……。それは幼馴染とは違うか。幼馴染ってのはちっちゃいときからずーっと仲良くしてきた、している人のことだもんな。うーん、やっぱいないな。ちなみに博は学校のみの関係でしたな。小学校まで。中学の三年間、同じクラスだったんだよな。うぬう、腐れ縁なり。
「啓輔、けーるぜ」
 博がカバンを持ってオレの前に立っていた。
「うむ、了解だ」
 オレもカバンを持つ。斎藤くんはすでに出たようだ。
 オレらも脱出する。廊下に出て、元樹が鍵を掛けた。その横でぎこちなく斎藤くんが風花に話しかけている。微笑ましい光景だが、シスコンブラザーの前でそれをやる勇気を褒め称えよう。ま、勇気ってより、蛮勇だよな。
「怖い話してたの?」
「そう。桐生さんはそういう体験したことない?」
「う〜ん……ないなぁ」
「じゃ、じゃあさ、桐生さんの怖いものってなに?」
 弱みを掴んで何をする気だ、サイトゥーくん。君はそんな奴だったのか。
「そうね、おとぎ話かな」
 予想外の答えにサイトゥーくんは言葉に詰まった。
「まず、あんな話を考え付くということが怖い。そして、子供のためっていう大義名分でハッピーエンドにするあたりがもっと怖い」
「よ、要するに、桐生さんは大人の都合が怖いってこと?」
「そう、かな?」
 一瞬の沈黙。
「それじゃ、僕、鍵返してくるから。玄関で待ってて」
 全部風花に向かって元樹は言った。そしてカバンを持って廊下を歩いていく。
「ほいじゃ、俺らも失敬致すぜ」
「玄関まで、一緒」
 風花がオレの袖をちょこんと摘んだ。それを見たサイトゥーくんが明らかにショックを受けていた。
「おうともよ」
 振り払うのも面倒、というか、なんか嫌なのでそのまま歩く。先頭が博とサイトゥーくん。サイトゥーくんの肩がちょっぴり震えてるのは気のせいだろう。
「明日ね」
 風花が口を開いた。
「うちの両親が帰ってくるの」
「リョーシン? ああ、良い心――」
「親が、帰ってくるの」
 酷い、ボケ殺しだよ。
「ん? 帰ってくるって、どっか行ってたのか?」
「行ってた、ってよりも二人とも仕事の関係であちらに住んでるようなものね」
 あちら?
「アメリカ」
 風花までオレの思考を読むのか……。
「啓輔は考えていることが顔にすぐ出るんだよ」
 なんてこったい。
「うむう……。つか、お前ら二人、じゃなかった三人暮らししてたんだ」
「うん」
 鈴村さんは家族じゃないから二人暮しでいいのだろうか。そもそも住み込みなのかな。
 謎が深まる桐生のお宅。
「ふと思う。家族が帰ってくるんなら嬉しいもんじゃないの?」
「そう? 自由気ままに暮らしてたのに口うるさいのが増えるんだよ。それ嬉しい?」
 それは……、
「嬉しくない」
「ね」
 親がうるさいのはどこも……一緒。うちは例外。
「でもなんでそんなことを話す?」
 風花は微笑んだ。
「啓輔が、好奇心いっぱいな顔でこちらを見ていたから」
 ポーカーフェイスの練習しようかなー。
「でもなんで急に帰ってくるかなぁ、一ヶ月前に、せめて一週間前に連絡してくれたらいいのに」
 ぶうぶうと不満をたれる。
「ああ、学校休んだことばれたらまたなんか言われる。それにあとまたどこかに連れまわされるんだ。こちらに帰ってきたらゆっくりしたらいいのにどうしてあんなに外に出たがるのかな」
 お嬢様の苦悩、ってより普通の女の子の愚痴だ。思わず小さく噴き出してしまった。
「なぁに?」
 むっとして風花がオレを見上げた。
「いや、風花も普通の女の子なんだなーって」
「それ、なんか嫌な感じ」
 プイとそっぽを向く。だがオレの袖を掴む手は離さない。
「はっはっはっはっ!!」
 おもしれーなあ。
 雑談しながら玄関へ。たまにサイトゥーくんの声が裏返ってるのがオモロイ。
 玄関到着。
「また明日ね」
 笑顔で手を振る風花に、博は片手で応え、サイトゥーくんは満面の笑みで応えた。
「じゃ、また明日な」
 当然、オレも笑顔で手を振った。
 しかし風花(と元樹)の両親か。ちょいと顔を見てみたいもんである。




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