邂逅輪廻



 本日は雨天ナリ。
「こんなどしゃぶり雨を見ていると、ゆうきはねがーい♪ と腕をピーンと伸ばして走りたくなるよな」



誰かのためのおとぎ話 07
〜雨の日のメロディ〜

りむる



 昼休み、屋上ではなく六組の教室内。
 風花と夏子は顔を見合わせてから一言。
「ならないよ」
 ハモって否定された。
「服が濡れるじゃない」
「風邪引いちゃうよ」
 子供心を忘れた哀れな高校生が二人いる。
「さーて、馬鹿に構ってないでさっさと行こう」
 夏子は馬鹿にした目つきでオレを見て言う。
「うん、お弁当箱置いてから、いこ」
 ああ、風花がそれを肯定した。オレを馬鹿だと肯定した。
 風花は弁当箱(重箱四段)を持ち上げ、立ち上がった。それを持とうとして、重さによろけ、夏子に支えられる。
 去り際の風花に声をかける。
「ごちそうさまでした」
 それに風花は笑顔で頷いた。そして二人は去っていった。


 雨の日の昼食は当然ながら教室である。だが、何故オレのクラスなんだろう?
 ちょいと考えてみる。
 晴れの日だと、まず風花が弁当持ってオレのクラスに来る。夏子を待ちつつ雑談。来たら「よっしゃ食うか」と三人で屋上に行く。屋上への扉にカギがかかっていたら以下省略。
 ……オレが動かないからいかんのではないのか? それに迎えに行ったほうが喜ばれないか? 大体あの弁当箱の大きさ考えたら風花には重すぎだろ。オレって結構酷い奴じゃないか。……やめよう、自虐行為は辛いだけだ。
 うん、そうだ。ここは学生らしく次の授業の準備でもしよう。なんせ中間試験が近い。真面目に授業を受けねば理解できるものも出来まい。……いや、今まで不真面目に授業を受けたことなんてないんだが……何故か補習や追試の常連なのだ。理由は、理由は……いいや、落ち込むから考えるの、やめよう。こればっかだな。
 掲示板に張られている時間割を見る。次は数Aか。うぬう、苦手教科だ。より一層気合を入れて授業に挑まなくてはなるまい。なんて真面目な生徒だろう、誰かオレを誉めよ称えよ。
「う?」
 カバンを漁って奇声。おや、数Aの教科書がないぞ。……机に入れたっけ? 机に手を突っ込んで教科書ノートを引っ張り出す。英語に現国、科学……その他諸々。だが、数Aはない。ノートを見る。英語に現国、科学……そして数A。
 教科書だけ忘れるなんて器用だぞオレ。
 自分の才能に酔いしれて、立ち上がる。仕方あるまい、博にでもかりよう。


 一組を覗く。ぐるりと見回して博を探す。が、その姿は見当たらない。困った。お、教室のど真ん中の席に顔見知りの三谷がいるじゃないか。よし、聞いてみよう。
 昼休み、まったりとした雰囲気の一組。みんな腹にものが収まって、心地よい眠気に誘われている。その中を歩き、三谷のもとへ。
「よう、博知らないか?」
 肩に手を置いて話し掛けた。三谷は軽く驚いてオレを見た。コイツもぼや〜っとしていたようだ。
「ん? 樋口か。麻生なら昼休み開始同時に食堂行ったぞ」
 なんと。博は食堂に行くと長いからなぁ。あいつは純粋に食う量が多いので時間がかかるのだ。弁当のときなら量が決まってるからそんなに時間はかからん。ちなみに食堂の料理は安くて量が多い(それなのに博は大盛りを頼むのだ。だから余計に時間がかかる)。味はまあまあだ。
 仕方ない、三谷にかりようか。
「ところで、一組は今日数Aある?」
「うん。次」
 なってこったい。
「そうか……実に残念だ……」
 がっくりと肩を落としたオレを見て悟ったのか、三谷は笑いながら言った。
「三組、数Aあったみたいだぞ。行ってみたらどうだ?」
 そのやさしさにオレは泣いた。もちろん嘘である。
「ありがとう、行ってみる」
 三谷に片手をあげてまったり空気な一組から脱出した。


 三組ったら知り合いは元樹しかおらんぞ。くはあ、嫌だなあ。
 三組を覗く。ぐるりと見渡す。
 ……あれ、いないな。
 近くの女子生徒に声をかけた。
「元樹知らない?」
「桐生くん? さっき先生に呼ばれていったよ」
 女子生徒は愛想良く答えてくれた。
 なんてこった。思わず顔が歪む。
 とりあえずオレは女子生徒にお礼を言ってから三組を出た。


 他のクラスを周るか……。あと知り合いがいるのは…………九組の麻美さん。
 一番かりたくない人だー。

 九組を覗く。したらすぐに麻美を発見。窓側の一番前の席でほけーっとしている。やはり昼食後ってのは眠いよな。
 オレは麻美に近づいて、いつもと違う何かに気が付いた。立ち止まって少しの思考。
 気配に気がついたのか、麻美はオレに顔を向けた。
 そこで合点がいった。
「頭の良さそうな人に見える」
「……ずいぶんなご挨拶ね」
 そこには眼鏡をかけた麻美がいた。眼鏡は銀色のフレームで、ちょっと細めのよく見かけるやつ(余談だが顔が長い人がこれをかけるとより顔が長く見えるらしい。なので顔が長めの人は丸眼鏡をかけたほうがいいらしい)。
 麻美のもとに歩いていく。ここのクラスもまったり……ではなくて、ほとんど人がいない。次、移動教室か? 掲示板を見る。お、数Aある。んで次の時間は芸術か。なるほろ、風花と夏子がさっさと行ったのもそれか。芸術は選択教科で、音楽、美術、書道の三つに分かれている。そんで三クラス合同でやる。例外として十組。奴らはそろって書道だ。オレは書道を選択している。音楽は楽譜読めんし興味ない。美術は中学の先生に「お前は美術だけは取るなよ」と真剣に釘を刺されたから選ばなかった。平たく言うとすげー絵が下手なのね、オレ。
「いやいや、麻美の頭が悪いと言っているわけではない」
 補習で知り合ったけどな。
「……補習で知り合ったから、なに?」
「人の心を読むのはやめてくれたまえ」
 怖いじゃないか。
「それはともかく」
「……話をそらしたわね」
「ともかくっ」
 強引に。
「数Aの教科書をかしてください!」
 麻美はオレを見て息をつくと、机に手を入れて中身を取り出した。ゆっくり探し、緩慢な動きで数Aの教科書を手に取った。
「……五十万円」
「高っ!!」
 ずっこけそうになった。
「……冗談よ」
 本気に見えるからやめてください。
 相変わらずのポーカーフェイスの麻美から教科書を受け取った。
「ところで、麻美は目が悪かったのか?」
 今まで眼鏡をかけているとこなんて見たことなかったから、かなり新鮮。
「……ええ、裸眼は……0.1もないはず。……いつもはコンタクト」
「へ〜」
 好奇心いっぱいに麻美の顔を見る。しかし理知的な顔だ。とても補習追試の常連とは思えない。
「……ふぅううう」
 突然、オレと目を合わせたまま麻美は深いため息をついた。
「ど、どうした?」
 麻美がため息だと? 幸せが一つ逃げるとかそんな次元の問題じゃないぞ!! 念力で不幸を押し付けてきそうじゃないか、全力でお悩みを解決して幸せになってもらって、念力の矛先を博あたりに向けてもらわねば!!
「この樋口啓輔、粉骨砕身の覚悟でユーの悩みの解決を手伝おう」
「……悪意に近い何かを感じる」
「人はそれを邪推と言う」
 ちょっとドキっとしたぜ。保身のためなどとは口が裂けても言えない。
 麻美は胡散臭げにオレを見てからまたため息。
「……昨日父さんと、喧嘩しちゃって」
 コイツ、確か父親とは血が繋がってないんだっけ。うう、結構深い問題じゃないか。オレが聞いていいのか? でも話してるし、それに手伝うって言ったんだから、やっぱり聞かなくちゃだめだよな。
 でも不安だから一応断りを入れよう。ヘタレではない、慎重なのだ。
「それって、オレが聞いていいこと?」
 麻美はこくんと頷く。ならば遠慮はお悩み相談室の始まりだ。
「原因は、その、あれか」
「……そう、そうなの」
 定番だが、やはり「あなたは本当のお父さんじゃないのよ!!」とか言っちゃったんだろう。そんで麻美パパンはその言葉に傷ついて、ショックを受けたんだ。そして、ショックを受けたパパンを見て、麻美も自分の発言にはっと気が付いて、ショックを受けたと。お互い気まずくて、声も出せない、謝れない。そんなんで昨日と言う日は終わり、今日になって、朝もお互い気まずいまま家を出てしまったんだ。
 これは他人からすれば一言「ごめんなさい」と謝ればすむ問題だが、そこはやはり感情と血が邪魔をして素直になれん。うーん、難しいな。
「……まさかあんなに愛しているとは思わなかったの」
 な、もしかして浮気の話か!? 麻美のパパンは子連れの未亡人を嫁に迎えたのはいいが、職場の若い女の子からよく相談を受けるようになってしまった。だが、その若い子には悪気はなくただ、一人の人間として信頼されている。そして色々相談を受けているうちに、二人の間に愛が芽生え……それに気が付いた麻美は激しくパパンを批判。そこから始まる家庭崩壊。
「……私だって悪いと思ったわ。でも、止められなかった」
 そう、麻美にはまだ幼い弟がいる。弟のためも、父親は必要だ。麻美の批判は正当なものだ。
「……だって、好きなんだもの」
 そう、好きだからこそ、裏切りは許せないんだ。
「……それに、まだお腹が空いていたし」
 ん?
「……そもそも、一袋しか買わなかった母さんにも問題があるわ」
 話が分からなくなってきた。
 オーケージャック、話を整理しよう。
 麻美と麻美パパンが喧嘩をした。原因はパパンの浮気だ。だが、パパンも浮気相手を愛している、麻美もパパンを愛している(血が繋がってないにも関わらず、だ)。それゆえに批判を止めることが出来なかった。それにお腹も減っていた。大体、一袋しか買わなかったママンにも原因がある。
 後半がすごくおかしい。
 答えを求めて麻美を見た。麻美はオレの視線に気が付き、首を傾げ不思議そうに口を開いた。
「……父さんが席を外している間に晩御飯の焼きそばを私が食べてしまった、って話」
「重苦しくそんな馬鹿話するな!!」
 星一徹ばりに机をひっくり返したかったが、やめる。オレも大人になったんだ。麻美が怖いだけじゃないのか、とか邪推しないように。
「……真面目な話よ。私も父さんもホットプレートで作った焼きそばは大好物なのよ。お好み焼きの時にしか食べられないのよ。お互い、食い意地張って当然だわ」
 どこをどう聞いたら真面目になるんだ。自分で言ってたように食い意地の問題じゃないか。
「……それに全部私が食べたわけじゃないのよ。正信は食べなかったけど、母さんは少ししか食べなかった。父さんだってそれなりに食べたはずよ。
 ……まあ、私は全体の五分の四は食べたけど」
「食いすぎじゃ!!」
 それはパパン怒る!! 好物ならなおさらじゃ!!
「……でもあんなに」
 ため息をはさんで、続きを言った。
「……いじけるとは」
 いじけたのかよ!! 怒ったんじゃないのかよ、喧嘩になったんじゃないのかよ!!
「喧嘩になった言ってましたが」
 怒りを押し込めて質問。
 麻美はオレを見つめて首を傾げ、雨の空を見上げた。
「……焼きそばは人類の至宝」
「人の話を聞きやがれ!!」
 顔を両手ではさんでこっちに向かせた。
「……なったわ。その場限りで三十秒くらい。だから謝ろうにも過ぎた問題だからどうしようかなって」
 気にしているのはお前さんだけかい。なんだよう、心配して損した。
「なら親父さんに焼きそば作ったげればいい話だろ」
 簡単な話じゃないか。焼きそばなんて簡単だしさ。
「……焼きそばを自分以外の誰かに渡すなんて」
「腹いっぱいのときに作ってやれ」
 麻美は目を少し見開いて驚いた。
「……あなた、たまぁに、賢いわね」
 "たまぁに"に力を入れるな。傷つくわ。
「まったく、阿呆らしい。……心配して損した」
「……あら、やさしいこと言うわね、つんつん」
「ええい、頬を突くな!!」
 ちょっと恥ずかしい。人が少なくてよかった。
「しかし、お前ん家、仲良いんだな」
 すると麻美は胸を張った。少し大きめの胸が突き出る。だが、夏子ほどではない。
「……当然よ、誰の家庭だと思ってるのよ」
 どう返事をしたらいいんだろう。
「……血の繋がりなんて、関係ないわ」
 勝手に口が動いた。
「でも、父親が変わるって……嫌じゃなかった?」
 いや、いかん、こんな立ち入ったことは聞いちゃいけない。また風花に怒られる。――そーいや、なんで風花は怒るんだろう。所詮は他人事なのに。友達思い? なら普通に良いやつなだけだ。……そうなのか? それだけなのか? ……考えすぎか。
「……父親が、死んでいなくなってしまうよりは、嫌じゃないわ」
 麻美は微笑んだ。こんな、寂しそうな笑顔は初めて見た。
「……お父さんが交通事故で死んで、母さんは落ち込んで、何も出来なくなって、大変だった。
 ……その状況から助けてくれたのが今の父さん。
 感謝こそすれ、嫌なんて、全然ない」
 言葉に詰まった。こういうとき、なんて言ったらいいんだろう?
 沈黙。窓越しに雨の音が響く。
「――いいなぁ」
 本音が出た。

『高校卒業まで学費は出してやる。それ以降は勝手にしろ。
 お前がどう生きようが、野たれ死のうが、俺は知らん』

 ああ、勝手に生きるよ。あんたみたいにならないようにな。

 麻美はいつものポーカーフェイスに戻し、オレを見た。だが、何も言わない。麻美は黙ったまま、耳に手をやると髪の毛に隠れていたイヤフォンを取った。立ち上がり、それをオレの耳にねじ込んだ。
「な、なにをする!?」
 片耳から聞こえるのは、ギターとヴォーカルだけの、しっとりとしたバラード。
 シンプルだけど、やさしい歌だった。
 それが耳に心地良い。
 ――泣きたいくらいに、心地良い。
「麻美も普通の曲を聴くんだな」
「……あなた、私を何だと思っているの?」
 それは口が裂けてもいえません。ので、黙殺。
 雨音とバラード。なんかマッチしていて良い感じ。麻美は再びオレの顔を見た。そして小さく微笑むと、気を利かせて音量を上げてくれた。
 二人でしばし聴き入る。
 麻美と同じ空間で、同じ曲を聴くなんてなんか不思議だ。――でも、悪くないとも思う。
 そして曲が終わる。
 曲の余韻に浸っていると、次の曲が流れ出した。

 じゃじゃじゃ、じゃーーーーーーーーーん!!!!

 先ほどの曲の余韻をブチ壊す力強い(むしろ強すぎる)オーケストラ。大音量がさらに力強さを後押しする。あまりのギャップにひっくり返りそうになる。が、麻美はオレの腕をつかんでそれを許さない。
「……この曲知ってる?」
 にこにこ微笑んで問いかける。このギャップに平然としているとは、さすがは麻美だ。
「こ、これはオレでも知っているぞ……ベートーヴェンの運命うんめい……」
 麻美の眉間に皺が寄った。いや、これは正解だぞ。
「……運命さだめよ」
「……いや、運命うんめい
 見えない力に押される。念力ではない。たぶん。いや希望だけど。
「……運命さだめよ」
「はい、運命さだめです……」
 納得しよう。しないときっと生命に関わる。
「じゃ、じゃあオレ教室に帰るから」
 イヤフォンを外して返すと、オレは数Aの教科書を片手に九組から脱出した。

 やっぱり麻美は訳が分からん。
 良いやつであるんだがなぁ……。




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