邂逅輪廻






「これは家庭科実技授業における補習だ。受ける生徒は先日病欠した一年七組桐生風花。作る物はハンバーグだ。いくら時間かかってもいいから完成させるように。
 手伝いを頼んでも良い。むしろ頼みなさい。この発言に他意はない。別にお前さんの料理の腕を心配して言ってるわけではない。……コホン、主体はあくまでも桐生カッコ姉カッコトジだ。
 試食係はそこに転がっている桐生元樹カッコ弟カッコトジそして、その馬鹿面下げているお前さんだ」











誰かのためのおとぎ話 06

〜デンジャラス・クッキング〜

りむる






 そう、立野涼子先生(家庭科教師)が厳かに告げたのはつい数十秒前。
 放課後の家庭科調理室。そこにいるのはエプロンをつけた風花(今日の髪型は低位置ツインテール)、夏子(おろした髪のチェック中。枝毛でも探してるんか?)、麻美(トラロープを片手に微笑んでいる)、元樹(何故かトラロープで縛り上げられている。ご丁寧に足まで)、そしてオレ。
「補習なら担当教師が見ていなくちゃいけないと思うんだ」
 一番見ていなくてはならない立野先生はここにはいない。
 真っ当なオレの意見に夏子は毛先を熱心に見つめながら言った。
「それが嫌だから、あたしとあんたがいるんじゃない」
 職務放棄を目の当たりにした。納得したかないが納得しよう。立野先生はどうやら睡眠不足らしく、家庭科準備室で眠っていらっしゃる。
「なら何故麻美がここにいる」
 オレの言葉に麻美は微笑んだ。
「……だって元樹が逃げようとするんだもの」
 妙に嬉しそうなのはどうしてだろう。
「……愛しのお姉さまの手料理が食べられるって言うのに。だから、捕らえておいたの」
「人権蹂躙だ……」
 うめく元樹をナチュラルに無視する麻美。
「君だって知ってるだろう……風花の料理の腕前を……逃げたってそれは臆病な行動じゃないはずだ……むしろ戦略的撤退だ……」
 ……試食係を任命されたオレに恐怖を植え付けるつもりなんだろうか。
「夏子さん、貴方様は風花さんの手料理を食べたことがありますか?」
「そんな危ないもの、食べるわけないじゃない」
 即答だった。
「風花さん、今の意見を聞いて一言お願いします」
 箸をマイクに見立ててインタビュー。
「材料は先生が用意してくれたから、今日は大丈夫だよ」
 今日ってなんだよ、どういう意味だよ。
「それに、それにちゃんとレシピもあるから、きっと大丈夫だよ」
 立野先生の直筆のレシピをひらひらさせて、笑顔。風花さん、"きっと"に力を入れた意味を教えてください。
 オレは元樹に歩み寄り、しゃがんで小声で問いかけた。
「風花の料理の腕前について詳しく教えてもらおう」
 元樹はトラロープから逃れようと必死に身体を動かしながら口を開いた。
「中学一年時、調理実習で初めて包丁を握る」
 エマージェンシーコール。
「そのとき作ったチャーハンは僕らの母校の伝説となっている」
 がんがんと鳴り響くエマージェンシーコールを無視して問いかける。あれ? 額に汗がにじんできたぞ? 不思議だな。
「伝説って?」
「炒め物なのに、汁物として完成されたんだ」
「……食ったの?」
 だとしたらそれは勇気ではなく、蛮勇、じゃなかったら無謀だ。
「食べた人間は保健室直行」
 逃げよう。
「ところで、蝶結びなのになんで解かんのだ?」
 もがいているのに全然解けないから、気になっていたんだ。
 後手に縛られているその手首には綺麗な蝶結び。ちなみに足のほうは何故かネクタイ結びである。不思議を超えて不可解である。
「……それに関しては私が説明いたしましょう」
 そら、縛り上げた当人しか説明できないだろう。オレと元樹は麻美を見上げた。
「……すべては念力の賜物」
 胡散臭さ大爆発な説明だった。
「……その目は信じていないわね。……ならそのトラロープを解いてみなさい」
 言われたとおりに解こうとするが、結び目が異様に硬く、解けない。……糊でも仕込んだんじゃないのか? 胡散臭そうに麻美を見る。
「……実際に見ないと信じないのね。愚かな」
 麻美は風花を近くのイスに座らせて、髪を解いた。
「……見てらっしゃい。夏子」
「あたしかい」
 呆れたように夏子は麻美の指示を受け、風花の髪を結びだす。……ツインテールの位置を高めに変えただけだった。
「……念力入ります」
 麻美は指を組み、両手の親指と人差し指を立てる。すると――

 ――くるりん。

 風花の黒髪が縦ロールになった。
「……嘘だ」
 かすれた声が虚しい。
「麻美の念力はいつ見てもすごいね」
 無邪気に笑うな、この天然お嬢様め。
「……片方だけじゃおかしいから」
 そう言って、呪いの言葉を呟いた。もう片方の髪がくるりんとマキマキし、縦ロールに。
「ひまわりちゃんだ」
 夏子は感心したように言った。つか納得するなこの状況に!! って、ひまわりちゃんって誰じゃい!!
「かわいいかわいい」
 笑顔で風花頭をなでる夏子。嬉しそうに微笑む風花。友達同士ってより、これじゃまるで姉妹だ。で、実の弟はトラロープの呪縛から逃れようと必死にもがいている。その姿はまるで芋虫だ。こんな光景をどこかで見たことがあるような気がするが、きっと気のせいだろう。
「……ご理解いただけたかしら」
 理解したくねぇよ……。がっくりとうなだれ、オレは床に座り込んだ。
 するとガラガラとドアの開く音がした。
「飯田、ここにいたのか」
 見上げる先には桜井真先生(保健体育教師)がいた。その先生を確認した麻美はあからさまに舌打ちをする。なんて態度だ。
「今日のうちに掃除やっとけよ」
 視線が麻美に集まる。
「罰当番?」
 何気ない夏子の疑問。
「体育をサボりすぎて単位が足りないから交換条件として中庭の掃除を言いつけられたんだよ」
 説明したのは風花。何故知っている?
「……そんなことしていいんですか?」
 疑問は置いておいて、オレは桜井先生に非難がましく言った。
「他の生徒には黙っておくように」
 駄目なんだ。
「……てことで、元樹。手伝いなさい」
 右手の人差し指を立てると、トラロープは勝手に解けていった。ワァオ、すごいねネンパワー。くそう、信じるしかないじゃないか。
「それは構わないけど、それは麻美が一人でやらなくちゃ意味がないんじゃ」
 麻美は微笑んだ。無邪気なところがまた怖い。
「……アーマートーラリーメー」
「行きます、行きますから」
 顔色を変えた元樹を哀れに思った。……でも、麻美のネンパワーを真正面から受けたらどうなるか、それを見たい自分がいるのも事実。博みたいに絶対服従なのか、それとも精神崩壊か、自我崩壊か、人格崩壊か。うむう、想像するだけで恐ろしい。
「お前らな……。まあ終わったら俺んとこにこいよ」
 呆れた様子で桜井先生は二人を見て言った。しかし寛大(?)な措置だな。
 それじゃあね、と片手を上げて、二人の生徒と一人の教師は去っていった。
「ほんじゃ、調理開始だね」
 しまった、逃げ損ねた。


 タマネギ右手に包丁左手の風花。あれあれ? 手が常識では考えられんほど左手が震えているぞぉ?
「な、なな、なっちゃんっ」
「落ち着いて。お願いだから、包丁こっちに向けないで」
 冷静に、だが額から汗を流しながら夏子は言う。そもそも夏子に包丁を向ける意味はどこにあるんだろう。
「まずね、皮を剥いてから包丁握ろうよ」
 ここから始まる夏子先生のお料理教室。えらく時間をかけてタマネギの皮を剥く風花。おっと、食えるところまで剥こうとして夏子に止められたことを記しておこう。
 おっかなびっくりに包丁を扱う風花は傍から見ても恐ろしい。
「よくあれで指、切らないよね」
 夏子は感心してる。いいから教えてやれって。
 何かに取り付かれたように震える風花の手は、とても刃物を扱っているとは思えない。刃物になんかトラウマでもあるんか?
「風花って刃物が怖いのか?」
 聞いてみた。
「刃物より、虫歯のほうが、怖いなっ」
 うん、虫歯は怖いね。自分ではどうにも出来ないからね。オレもたまには歯医者に行こう。
 ……テンぱってる。そっとしといてあげよう。
 とても苦労しながらタマネギをみじん切りにする。風花は切り刻まれたタマネギを見て涙を零した。
「目に染みるよう」
 ……あんなトロくさく切ってたら、そうだろうな。音で表すと、トン………………トン……トン…………トン……な、感じ。リズムもへったくれもないのがポインツだ。
「えっと、材料はそろってる……んだから、フライパンあっためて」
 かまわず夏子は指示する。風花はコクンと頷くと、ガスのスイッチを入れ――
 カチッ
 入れ――
 カチッ
 入れれない。
「んー?」
 んー? じゃねぇ。押しまわし式でもないのに何で点けられないんだ? あれならちょいと手間取るのも分かるが。
「風花、元栓……」
「あ、開けてないや」
 イヤッホウ。
「オール電化にしたら、問題なくなるよね?」
「停電のとき、困るわね」
「あ、そうか」
 そういう問題じゃないと思う。金とかかかるだろうが。長い目で見たら……安くなるのかなぁ。そんな難しいことはオレには分かりません。
「火をつけたらあっためてからバターをってぇ!!」
「ん?」
 ん? じゃないな。いきなりタマネギ投下はないな。
「あーあー、あー!!」
 風花の横からあわててバターを放り込む夏子。
「ナイス、コンビプレイ」
 鳩尾に膝を入れられたぜ。褒めたのに。
「はい、炒める!」
「痛める?」
「それは心のほう!!」
 なんか納得してしまいそうだ。
 夏子は風花の手にフライ返しを押し込んだ。
「こうかな?」
 炒める。ある意味、痛めている。ほら、風花の手が動くたびにタマネギが場外に飛んでいくんだ。
「力抜いて」
 ――カラン。
「だからって落とすやつがどこにいる!!」
「いふぁいいふぁいいふぁい!!」
 風花のほっぺたを引っ張る夏子を横目に、オレはタマネギを炒めはじめた。ほっといたら焦げてしまう。材料がもったいないとかそういう問題じゃない。
 試食係はオレなんだ。


 死闘、ひと段落。
「もうちょっと硬かったら、もっと面白い形に出来るね」
 ハンバーグ生地をこねくり回して微笑む風花に注意するのは夏子ではなくオレ。
「食べ物で遊ぶのはやめなさい」
「はぁい」
 ん、良い返事だ。
 夏子はイスにぐったりと座り込んでいる。
「レシピってなんなんだろね……」
 これがすべてを物語っている。風花が牛乳をパン粉の入っているバット(野球に使うものじゃない)ではなくて、ひき肉の入っているボウルに入れたときは、脳が沸騰するかと思ったぜ。後で混ぜれば同じだと、そう思ってなんとか納得した。……レシピってなんなんだろう。
 するとガラガラとドアの開く音がした。さっきもこの表現使ったぞ。
「結城、ここにいたのか!!」
 土まみれの野球ユニフォーム姿の男子。見た目で判断、きっと上級生。顔も汚れて調理室にはぜひ入れたくない。当人もそう思っているのか、入ろうとはしない。
「篠田さん?」
 夏子が顔を上げる。どうやら顔見知りらしい。
「篠田成治さん、二年十組在籍。野球部でポジションはショート」
 何故風花が説明するんだ。
「すまないが、またピッチャーやってくれないか?」
 どういうことなんだろう?
「質問ッス」
 手を上げる。
「野球部って人材不足なんですか?」
 その問に、篠田さんは寂しそうに微笑んだ。
「うちの部員は十三人しかいないんだ」
 それは少ない。そりゃ、ここは進学校だからけど……少なすぎる。野球好きのオレは心が痛んだ。だが、入部はしない。野球経験ないし、勉学が疎かになるだろう。
「ピッチャーも、実質一人でね。まあ大変なんだわ」
 自嘲気味に笑う篠田さんが痛々しい。
「つーこって、頼む!!」
 パンッと手を合わせて頼む篠田さん。
「んー、あとで何かくださいよ?」
 そう言いながら夏子は立ち上がった。
「飯一回ってことで」
「うーん……それでいっか。ってことで、ちょっと行ってくるね」
 夏子は出て行った。
「行ってらっしゃーい」
 風花はやはり微笑んで送り出す。ちょっと待て、オレが風花の面倒をするってことか? さりげなく難題置いていきやがって、あのサマーガールめ。訴えてやる!!
「〜〜♪ 〜〜♪」
 難題は楽しそうにハミングしてやがる。
 ……気分を変えて、頑張ろう。
「スカートで投げたら、中見えるよな」
「なんでそんなこと考えるの?」
「男のSa・gaだ」
 ロマンシングでもかまわない。
「しっかし、夏子の身体能力は野球にまで及ぶのか」
 オレは風花の隣に立ち、形を作るのを手伝う。肉ウサギを叩き潰して、薄めの小判型にする。当然ながら、風花の抗議の声は無視する。
「酷い……。
 昔から、身体動かすのは好きだからね」
 そういや、幼馴染なんだよなー。
「小中一緒だったんだ?」
「んーん。中学は違うの」
 風花もオレに倣ってハンバーグの形を作り始めた。
「中学だけ、別。ほかはみんな一緒」
「ほほう、するってぇと、夏子の暴走をずっと見続けてきたってことかい」
「うん、そう♪」
 風花は楽しそうに笑った。暴行を受けたことのあるわたくしにとっては笑いことじゃないですよ。
「でも、なっちゃん、とってもやさしいんだよ」
「嘘だッ!!!!」
「そんな力いっぱい否定しなくてもいいじゃない」
 まったくだ。ハンバーグ生地に八つ当たり。思い切り手で潰す。
「わたしがね、病気でベッドで横になってるとき、ずぅっとそばにいてくれたんだよ」
 懐かしそうに目を細める風花。手が止まってるがな。
「遊びに行ってもいい、って言ってるのに、そばにいてくれるの」
 ……病気のときって、心細くなってるから、それは嬉しい。
「昼も夜も、ずっと」
 ? あれ?
「元樹は?」
 もっともな疑問。風花はまた、微笑んだ。
「いたよ。ずっとそばで本読んでたの」
 元樹らしいな。てか、昔から変わってないんだ。きっとクソ生意気なガキだったんだろう。
「ひとつのベッドで三人で一緒に寝ちゃったこともあるな。わたしは夏子と一つの枕で寄り添って、元樹はその足元でくーって。枕が大きいんだから一緒に寝ればいいのに、元樹ったら遠慮しちゃって。
 それで、夏子が夜に眠れないってずーっと起きてたり。それに元樹も付き合って二人で昼夜逆転しちゃって、怒られたり。
 ああ、懐かしいな」
「仲良いんだな」
「うん」
 笑顔が眩しいぜ。
「ほれほれ、ちゃっちゃと焼いてしまうぞ」
「あ、うんっ」


 感無量。ちゃんと完成したよ先生。
「形はおかしいが、レシピ通りに……作ったんだから、味はいいはずだ」
 皿の上には無残な形のハンバーグ。具体的に言うと『自由を求めて空に飛び立ったのはいいが、自分の羽が飾りだと気が付いて無様に落下したペンギン』みたいな形。オレが作ったやつはすでに我が胃の中に収められている。形は普通の小判型だぞ。
「なっちゃんと元樹にも食べてもらいたいな」
 麻美はいいのか。
「特に元樹。あんなに怯えなくたっていいじゃない」
 やっぱり怒ってるんだ。
「じゃあ、先生を呼んでくるね」
「ちょい待った!」
 思わず呼び止めた。これは純粋な好奇心だ。
「風花は夏子と付き合い長いんだよな?」
「? 元樹もね」
 小首を傾げる風花。麻美のネンパワーは今だ消えず、黒髪は縦ロールのままだ。
「てことは、夏子のことはそれなりに知ってるんだな?」
 今度は逆に傾げる。
「――夏子の、飯を食わせたい人って誰だ?」
 思い切って聞いた。だって、気になるじゃないか。いつも楽しげに暴れている夏子がさ、あんな表情したら。あんな、泣きそうな表情見せられたらさ、気になるじゃないか。
 風花は真正面からオレを見つめている。その表情は決して良い表情ではない。
「そういう、他人のプライバシーを詮索するの、やめたほうがいいよ」
 明らかにむっとした表情で彼女は言った。
「誰でもいいじゃない。啓輔には関係ないでしょ?」
 って、すげー怒ってるやん!
「どうして自分の聞かれたくないことを他人に聞くの?」
「待て、オレは別に飯を食わせたい奴なんて――」
「そうじゃなくて、啓輔だって他人に聞かれたくないことの一つや二つあるでしょ?」
「……ある」
「だから、だめっ!」
 風花はそう言って、オレの眉間を指差した。それを見てるとジンジンと頭が痛くなってきた。
 痛みに顔をしかめるオレを見て風花は噴き出した。
「何故笑う?」
 風花は指を引いて、口元を隠した。
「ごめんね。だって、寄り目で変な顔してたんだもん」
 くすくす笑い続ける風花。
 いや、オレはそこまで笑われるほど愉快な顔してないぞ。
 ドアの開く音がした。
「お前ら、出来たんならさっさと呼ばないか」
 気だるそうな声に水を差された。声の主は確認するまでもなく、立野先生。
「先生、だったら最初からいればいいじゃ」
「私は眠いんだ」
 サボりたいのは、生徒も教師も一緒なんですね。
「どぉれ、試食といこうか」
 ……確か、オレ試食係に任命されたような気がするんだが(先に食ったけど)。
 立野先生はオレの疑問に気づかずに勝手にハンバーグを箸で割り始めた。
「ん、火は通ってるな。ふむ……」
 じっくりと味わって立野先生は言った。
「味はいいが、形は酷いな」
 柔らかかった風花の表情が、かなしみで歪んだ。
「先生、普通は逆です」
 なんでオレの周りの女はこんなんばっかりなんだ?
「いいじゃないか。よし、桐生、合格だ。片付けたら帰っていいぞ」
 そう言って立野先生はまた準備室に引っ込んでいった。
「合格、おめでとう」
 しかし風花はいじけてハンバーグを箸でぶつぶつと切り刻んでいく。
「味は、いいんだよ? 形なんていいじゃない」
 この場合はまあ、いいとオレも思う。が、食べ物に当るのはやめなさい。
「ま、食って帰ろう?」
 慰めるように風花の頭をなでなでする。
「……うん」
 うーん、いじけた風花はなかなか可愛いではないか。


 それから、二人でハンバーグを食べて(もちろん大半はオレだ。風花は小食なのであまり食えんからだ)、後片付けをした。
 この作業に面白いネタは……そうだな、特にないぞ。風花がろくに動かないで、オレが大半を片付けたからな。――理不尽じゃ!!
「去っていた友はどうするんだ?」
「置いていく」
 酷い。風花はイスに座って、疲れた声で言った。
「中庭の掃除は時間かかるし、野球部の練習も結構遅くまでやるでしょう?」
 中庭はやたらと広いで有名。野球部は……練習熱心なら遅くまでやるだろうけど。いや、うちの学校ナイター設備ないからもうそろそろ終わるんでねぇの?
「ただいまー」
 ガラガラとドアが開いた。そこには元気なサマーガールのお姿。おう、オレの予想は当ったか。賞品を要求する。
「ありゃ、全部終わっちゃったんだ……良かった」
 深く追求はしないでおこう。聞こえてなかったのか、風花はほけっとしている。すげー疲れてる。しかし体力ないなー。
「ところで、その格好で球を投げたのか?」
 ノーマルな制服姿である。スカートは若干短めではある。
「ジャージに着替えたよ」
 ち、つまらん。いや、よかったのか。見れなければ意味がない。
「あんまり馬鹿なこと考えてると、チョキで目をえぐるわよ」
 先生、この娘さん危険です。
「さぁて、帰ろうか」
「啓輔、声が裏返っている」
 指摘した風花の声は、疲れつつも笑っていた。
「うるさい帰るぞ。オレはこれからバイトなんだ」
「ええ? それならそうと言ってくれればよかったのに……」
「ごめんなさい、嘘です」
「なんで嘘つくのよ?」
 などとギャーギャー騒ぎながらオレたちは家庭科室から出て行った。

 夏子のことは……まー、いっか。


 こっからは余談だ。
 中庭の掃除は月が綺麗に見える時間までかかったらしい。
 そんで、麻美はほとんど手を出さなかったそうだ。

「……手伝ってくれる人がいる、これは素晴らしいことだわ」

 そんな麻美の言葉に元樹はただ涙したらしい。

「……ほらほら、男の子はこんなことで泣いちゃだめよ。つんつん」

 セリフは可愛いが、やることはえげつない。
 今後は麻美に目を付けられないように行動しよう。うん。




サイトトップ  小説置場  絵画置場  雑記帳  掲示板  伝言板  落書広場  リンク