邂逅輪廻



 ――報われない想いをどうするの?



誰かのためのおとぎ話 05
〜カーム・サマー〜

りむる



 ハラヘリーノ。ハングリーノ。キイテア○エリーナ。
 みなさんこんにちは、現在進行形で当社比三倍の空腹状態の樋口啓輔です。みなさまはどのようにお過ごしでしょうか? オレは四時間目の授業、体育終了後の昼休み、自分の教室、自分の机に突っ伏してお腹をぐーぐー鳴らしております。ちなみ体育はバスケで熱い熱い試合を繰り広げ、めでたく勝利いたしました。勝因はオレのスリーポイントシュートです。いえーい。動きまくってハラレリーノです。今なら赤ん坊にも負ける自信があります。
「あいむはんぐりぃ……」
 ぐ〜。
 お腹の虫は鳴り放題です。むしろ出血大サービスで鳴りまくりです。新たなる楽器として名乗りをあげようか悩むところです。
「樋口、大丈夫か?」
 天から声が聞こえます。気のせいでしょうか、オレの身を案じているように聞こえます。
「おい、樋口?」
 恐ろしく緩慢に首を上げた。そこには心配顔のクラスメイト、斎藤くんがいた。
「やは、サイトゥーくんではないか。ミーに何か溶解?」
「本当に大丈夫か?」
 オレのデンジャラスなボケに対して真摯に接し、心配してくれる君はなんていい人なんだ。オレの周りのデンジャラスな人々に見習ってもらいたい。
 心配顔のサイトゥーくんを見つめる。程よく鍛えられた肉体、それなりに整った顔立ち、何よりも温和な瞳、うむ、モーホー雑誌の表紙に相応しい人物だ(よく知らんが)。ちなみにこのサイトゥーくん、趣味は手芸で、手芸部を立ち上げた行動派でもある。
「近年まれに見る空腹に襲われ、身動きが取れぬ状態だ」
 普通に考えて体育で動きまくってこんなに腹が減ることはない。オレは朝から元気に走り回らねばならぬ宿命を背負わされているのだ。おっと、朝ギリギリまで寝こけて朝飯を抜いてるって馬鹿な話じゃないぜ? ただ、ボウリング乱闘事件以来、893なオニーサンに追いかけられる日々が日常となっただけだぜ。
「まれって、ここ数日昼休みに潰れているけど……」
 くわはぁ! 真実は時として心を削る剣となる。
「今日はいつものメンバーと食べないのか?」
 また心をえぐる一言を。いつものメンバーってのは、オレと風花と某サマーなお嬢さんだ。
「ははは、今日は風花がお休みなのでお昼がないのだ」
 風花の弁当は量が多いのでオレと某サマーなお嬢さんはお相伴に預からせてもらっている。知り合う前はちゃんと自分で弁当作ってきてたぞ。
「学校に着いてからそれを知ってな、ショックでショック死にそうだ」
 むしろ空腹で死にそうだ。
「なるほど」
 サイトゥーくんは神妙な顔で頷いた。
「そんな君に朗報だ」
 ローホー? ホーホー、ホーホケキョウ!!
「じゃんっ」
 サイトゥーくんはオレの目の前にパンを取り出した。ただのパンではない、購買人気ナンバーワンのコロッケパンではないか!!
「ギブミーチョコレート!!」
 机にへばりついたまま手を伸ばしパンを求めた。たいそう気持ち悪いだろう。
「いや、これはチョコじゃない」
 細かいことなど気にするな、サイトゥーくん。
「マッカーサー! マッカーサー! マッカーサー! マッカーサー!」
 人は壊れると言動がおかしくなるという典型例です。
 コロッケパンを求めて手をわしゃわしゃと動かす。それをサイトゥーくんは巧みに避け、オレの手の届かないところへとあげてしまう。
「酷いやサイトゥーくん、君は鬼だ悪魔だ牡丹餅だ!」
 最後に一つ関係ないものを入れる、これが笑いのポインツです。
「人の話を聞いて欲しい」
 うわ、ボケ殺しだ。やっぱり酷いお人だサイトゥーくん。
「まず、そのサイトゥーってやめて」
「分かった、シャイトウッくん」
 このトウッの発音はヒーローチックに。
「この話はなかった事に」
「すいません、ごめんなさい、もうしませんから許してください、斎藤くん」
 頷いて、ゴホンと咳払いをするサイトゥーいや、斎藤くん。
「えーっと……」
 ? な、なんだコイツ急に顔を赤らめて視線が泳いでるぞ。――まさか、これが世間のヲトメを迷わすかの有名なアレか!? そ、それに周りの空気がおかしい。周りにいるクラスメイトはドン引きしてる。が、一部の女子は目を輝かせている(お願いだ、そんな目でオレを見ないでくれ)。ヤバイ、ヤバイぞ、この空気は!!
「ちょっと、変なこと考えてないだろうな!?」
 怒りと羞恥心で赤くなった顔でオレにすごむ。が、本来ある温和さがにじみ出ていてちっとも怖くない。
 斎藤くんは、再度咳払いをしてからオレに言った。
「パンあげるから、桐生さんを紹介してくれ」
 意外な申し出に眉をひそめた。一抹の不安を抱え、尋ねてみる。
「それはもちろん元樹というオチは――」
「馬鹿! 姉のほうだ、姉のほう! 風花ちゃん!!」
 オレの胸倉をつかみあげてZ方向に揺さぶる斎藤くん、視界が気持ち悪いです。
「オーケーアンドレ、君の申し出引き受けよう」
 この状況と空腹から開放されるのであれば、その程度の条件、いくらでも飲もう。
 斎藤くんの動きが止まった。ついでに胸倉も放された。オレは重力に引かれて落ちていく。
 ゴガガン!!
 顎から机に着陸いたしました。痛いです。オレ、何か悪いことしましたか?
「樋口、ありがとう!!」
 無邪気に微笑んでオレの手を取って大はしゃぎ。礼はいいからオレの心配をしてくれ。
「よし、コロッケパンをプレゼントだ」
 オレは光速で起き上がった。
 ガラガラガラ、とドアの開く音がした。構わずコロッケパンに手を伸ばす。
「啓輔いるー?」
 をや、知った声が聞こえる。そちらに向いて一言。
「オウ、サマーなお嬢さんじゃないですか。残念ながら今のオレは君と戦う力は残っていない」
「何の話をしてるのよ?」
「今のわたくしは戦闘能力皆無です。どうか誠意ある対応を」
「そーじゃなくてなんで戦いに話を持っていくのよ」
 貴方様がお暴れになる確率は統計上高いので先手を打ってるのです、なんて口が裂けても言えない。
「ま、面倒だからいいや」
 いい加減だ。
「お昼食べた?」
「いんや、まだだ」
 斎藤くんは夏子の登場に戸惑っている。メインキャラからあふれる存在感に圧倒されているのだろう。それよりもコロッケパンを手に入れねば。
「そんな啓輔に朗報です」
 ローホー? さっきも聞いたぞ。
「じゃじゃじゃーん、お弁当〜♪」
 某ネコ型ロボット風に夏子はランチマットに包まれた弁当箱×二を掲げた。
「おおおおおおお!!」
 あまりの神々しさに目がくらんだ。
「風花から啓輔のお昼を頼まれていたのだ」
 心の底から風花のやさしさに感謝した。そしてそれを律儀に守ってくれた夏子にも。
「おおおおう、君はミーのアルティメットフレンドだぁ!!!!!!!!!!」
 恥も外聞も捨て去り、夏子を抱きしめた。正確には抱きしめようとした。
「ふんっ」
 直後オレは床とオトモダチになった。
「待って、そしたらこれはどうなる?」
 斎藤くんはあせってオレの胸倉を掴み上げた。力持ちですね。それにこのオレのケガへの無視っぷり、酷すぎて涙が出ちゃう。
「なになに?」
 好奇心いっぱいの目で夏子は斎藤くんを見ている。助けてくれないんですか?
「え、ええ……いやあ、その……」
 赤くなって、オレを落とした。また床とオトモダチになりました。痛いです。だからオレ何かしましたか?
「サイトゥーくんはコロッケパンをエサに風花を寄越せと脅すんだよう」
 頭にきたので嘘を加えた。案の定、斎藤くんはあせりだした。
「ち、違うよ! ただ、紹介してほしいってだけで」
 あたふたする斎藤くんは一般人そのものです。夏子の反応はどうでしょうか?
「毎日ここにきてるんだから話し掛けたらいいじゃない」
 真っ当な答えですね。オレはよろよろと立ち上がり、斎藤くんを見た。……あー、打ちひしがれてる。背後に「それが出来たら苦労はねぇんだよちくしょう」と書いてあるよ。
「ほら、早く食べよ。時間なくなっちゃうよ」
 夏子はオレを急かした。教室から出る前に斎藤くんの様子を見る。
 …………。
「立ち向かうんだ、若人よ」
 合掌。


 例によって屋上である。いつもの癖である。そこで聞いていただきたい、屋上に上がる些細な出来事を。

「あれ? また鍵がかかってる。直したんだ。ふぅん。
 ――とう!!」

 彼女はそう言って、ドアを蹴破りました。もちろんそれを見ていた生徒もいたのですが、みんな見てないふりをしていました。
「ううう……」
「何泣いてんのよ。あ、そんなにお弁当おいしい? いやあ、そこまで感謝されると照れるわぁ〜♪」
 なんて幸せな思考をしてらっしゃるんだろう。心の汗が止まりません。そりゃ、確かにおしいんですけどね。
 オレたちは屋上のド真ん中で、シート敷いてランチタイム。本日も晴天ナリ。
「おいしいです。風花のお弁当並においしいです」
 心の底からの誉め言葉。ちなみに風花のお弁当は執事の鈴村さんが作っているらしい。専属のコックが作ってると思っていたぜ。
「あたりまえじゃん、誰が作ったと思ってるのよ」
 箸を止めて考える。
 入れ物は違うだけで中身はほぼ鈴村さんの味である。
「そうか、これは鈴村さんが作ったんだ!!」
 顎に拳を突き上げられました。浮き上がるオレの身体。それでも弁当箱は離しません。
「あたしが作ったのよ、鈴村さんの一番弟子のあ・た・し・が!!」
 なんだと。コンクリートの床に無事とは言いがたく着地してから、夏子を見やる。よし、弁当は無事だ。
「・夏子が作ったという事実と、
 ・鈴村さんが弟子を取っていたという事実、
 どちらにツッコんでほしい?」
 斬新過ぎる選択式ツッコミ。答えは背中を踏まれるという、これまた斬新な答。泣いてないんだよう、しくしく。わざわざ立ち上がるんじゃないよう。
「もういい、黙って食べなさい」
 拗ねられました。うむう、可愛いではないか。困った。
「ところで」
「あによ?」
 黙ってろって言うのに会話はいいのか。
「風花は何故に休んだんだ?」
「病欠」
 分かりやすい答えをありがとう。
「癪か」
「違うわよ、なんでそんな単語が出てくるのよ」
 昨日時代劇を見ていたから、という訳じゃないです。
「ただの貧血。あの子月イチで倒れるのよ」
 ちょっと考える。
「それはつまり、せい」
 殴られた。
「貧血持ちなの、病弱なの、昔っから!!」
 殴られた鼻をなでながらオレは口を開いた。
「ずいぶんと知っているのですね」
 幸い鼻血は出ていない。よかった。
「そりゃ、幼馴染だもの」
「!?」
 ――今明かされた衝撃の真実。
「するとなんだ、あれか! 元樹とも幼馴染なのか!?」
「当たり前でしょ?」
 何を言っているんだ、という顔でオレを見る夏子。
「本日の議題、『元樹は昔からシスコンだったのか』」
 箸でご飯を口に運ぶ、パクっと口に入れ、咀嚼しながら考え込む夏子。生唾のかわりにたこさんウインナーを咀嚼し飲み込むオレ。
「はて、いつくらいからだろ? ずっとシスコンだったから分かんない」
 恐るべし元樹。
「元樹といえばさ、小五の時の担任教師にね、すごいことしたんだよ」
「どんな?」
「貧血で見学している風花を無理やりバスケに出させようとしたところにボールぶつけたの」
「それは教師が悪いんでないの?」
 やりすぎだけど。
 たまに生徒の病気を甘えと決め付ける勘違い教師がいる。熱血系、トモダチ感覚な教師に多い。オレも一度風邪で見学していたところ、「風邪くらい大丈夫だ」と言われて無理やり授業に出されたことがある。おかげで次の日三十九度の熱を出して休んだ。
「まあそうなんだけどね。でもさ、顔面だよ? しかも力いっぱい。
 その後その教師にものすごい勢いで抗議してね、授業どころじゃなくなって、PTAまで引きずり出しちゃってさ、あれは大変だったわ」
 うんうんと勝手に頷きながら食事を続ける。
「そのあと色々あって風花は登校拒否になってさ。ま、風花だから授業なんて受けなくても全然大丈夫だったからいーんだけれど」
 羨ましい。特に『授業なんて受けなくても全然大丈夫』らへんが。
「家庭教師を雇って問題なしってことだよな?」
 一抹の希望。
「ん? いや、教科書読んだだけで分かるんだもん、授業なんて必要ないでしょ」
 踏みにじられた希望。
 オレは思わず空を見上げた。あれ? おかしいな雨が降ってる訳でもないのにほっぺたが濡れてるぞ。
「てか、いくらなんでも登校拒否はないだろ」
「仕方ないじゃない、病気が重なったんだもん」
 それを先に言え!! したら登校拒否じゃないだろ、ただの病欠だろうが!
「どんだけ病弱なんだ、あのお嬢さまは!?」
「あたしに言われてもねぇ」
 ごもっともで。夏子は小さく笑った。
「う! むぅ〜!」
 このやろ、そんな表情するな、性格はともかく外見はいいんだから見つめられると照れるだろうが!!
「ん?」
 オレは夏子から力いっぱい顔を背けた。
「ちょっと何よ、いきなり」
 そういって夏子はオレの頭をがっしりと掴んで自分に向かせた。う、少しも動かせん……。なんですか、この力は。
 結構な距離で視線が合う。なんとはなしに、恥ずかしいぞ。
 風花とはまた違った美しさ。可愛いってよりも綺麗に分類される整った顔立ち。オレでなくてもこんな距離で見つめられたら赤面する。嬉しいが、とても困る状況です、はい。
「あんたさ、昔あたしと会ったことある?」
「はい?」
 突然の問いかけにオレは間の抜けた声を上げた。夏子はオレの肩を軽く押して距離をおき、改めてオレの顔をまじまじと見つめる。
「う〜ん……こんな特徴ある顔、一度見たら忘れないと思うんだけどなぁ」
 ガーン!!
 金属のハンマーで殴られたような衝撃が頭に襲い掛かった。あまりの衝撃にオレはそのまま気を失いそうになった。が、弁当は離さない。
「お前さんみたいに顔が整ってる奴にそんなこと言われたらオレは生きていけないぞ!!」
「別に悪い顔とは言って――」
「ええい黙れ黙れ!! いくらオレの人相が凶悪だからってそんな言い方しなくたっていいじゃないか!!」
「いや、だからさ――」
「これは生まれ持ったものなんだ、どうしようもないんだ、整形はお金がかかるからやらんのだ、ぢうあぬう!!」
 ゴン!!
「分かった、もうあんたの顔に関しては何も言わない」
 夏子はわざわざ立ち上がってオレの脳天に踵を落としてくれた。スカートの中を拝見するチャンスだが、残念ながら星しか見えない。陰謀だ。そして、弁当は離さない。
「んで、四時間目体育だったんでしょ? なんで購買で買ったり、食堂に行ったりしないのよ?」
 お弁当が無駄にならなかったからよかったけどさ、と小声で付け足す。
 急に話を変えやがったな。……オレのせいか。
 オレはその問いに素敵に無敵に不敵に微笑んだ。
「この樋口啓輔、無用な出費を抑えるため、学校に財布など持ってきておらぬ」
 定期券があれば学校までこれるじゃないか。ちなみに電車通学です。バイト先は自宅と学校のちょうど真ん中の駅に付近にあるので問題無しです。
「バッカじゃないの?」
 半眼で、心の底から馬鹿にした目つきで、心と魂を込めて言われました。
「失敬な! 馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだぞ!!」
「じゃあお弁当返して」
「すみませんでした!!」
 神速で土下座した。
「黙って食べなさい」
 おとなしく頷いて、食事を再開した。
 卵焼きを口に運ぶ。 !! ち、違う、これはただの卵焼きじゃない、だしまきだ!! 柔らかな歯ざわりと舌触り、口の中にそっと広がる芳醇なだしの旨味。だがそれは泡沫のごとく消え去る。切なさと儚さと旨味のスーパーコンボ、オレは感涙した。
「美味い」
 だしの材料は、夏子のことだから、きっと裏山で狩った野生の動物だろう。
「今、失礼なこと考えてなかった?」
「何のことやらさっぱりです」
 黙殺。
 さらにおかずを食らう。ポテトサラダ、ちっさい弁当用のハンバーグ、おまけでプチトマト。どれもおいしい。
「しかし夏子がお料理少女とは知らなかった」
「何よ、お料理少女って。あたしの場合はただ毎日作ってるだけ」
 あんだ? こやつも一人暮らしなのか? いや、親が共働きか? そんくらいしか想像できんな。
「それに、目的があれば上達も早いでしょ」
 目的……。料理が上達する目的ってなんだろう。
「――さては料理部門で鈴村さんを打ち負かし、桐生家の台所を乗っ取るつもりだな!?」
「なんでそうなるのよ!? ただ単に食べてもらいたい人がいるってだけでしょう!?」
 一瞬の沈黙。
「なんですとー!?」
 轟く絶叫。
 心の底から驚いた。オレの反応を見て夏子はあちゃあと額に手を当てた。
「夏子にそんな乙女チックは似合わ――すいません!!」
 へたれと呼ばないでください。だって、夏子の後ろにドス黒い炎が見えたんだもん。
「いーのよどうせ、食事をエネルギー補充としか捉えてない人なんだから! ……でも一言くらいなんか言ってくれても」
 そこで夏子の動きが止まった。鋭く息を吸い込んで、絶句する。
 ?
 そして顔色が変わった。ほんのりと朱に染まった頬は急激に青ざめ、蒼白に。急な変化に肩に手を伸ばしたが、すぐに振り払われた。夏子は何度も首を横に振り、何かを振り払おうとしていた。
「あー、ヤなこと思い出しちゃった……」
 胸に手を当てて深呼吸。それで落ち着いたのか、夏子の頬は少し色が良くなっていた。
 目が合う。夏子は無理やり笑おうとして、失敗した。
「んまあ、何があったのか知らんがさ」
 手を伸ばす。そんな顔するな、と。
「届くといいな」
 夏子の頭をくしゃくしゃとなでた。ちょっとは元気が出るように。
「ふえ?」
 オレの行動に、それとも言葉に面食らったのか、夏子は間抜けな声をあげた。
「夏子の想い、届くといいな」
 キョトンとオレを見つめ、破顔した。
「             ?」
「へ?」
 ともても小さな声だったので聞こえなかった。
「ううん、なんでもない」
 そう言った彼女の目は、憂いで濡れていた。
 その目を見たとたん、オレは何も言えなくなった……。




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