放課後の教室。 そこは静寂な空間で。 停学明けの学校。 そこはどこか懐かしさを感じさせる。 ――んが、そんなことはどーでもよろしい。 両手で頭を掻き毟り、唸り声を上げる。 その姿は苦悩を表す。 背中を反らせ、目を見開き天井を見やる。 その目には涙。 「はーい、風花最下位決定ー♪」 能天気な笑い声。 天井を写していた目から零れ落ちる、涙。 「お前ら人が苦しんでる横で楽しげに遊ぶな!!」
血も涙もない連中め。知人が、友人が、苦渋に満ちた表情で涙を流していたら普通気遣うだろうが。なのにこやつらときたら、オレの苦しむその横で、楽しげにババ抜きなどして遊んでやがる!! 「いいじゃない、暇なんだもん」 いくねぇよ。夏子はオレを見てにっこりと微笑んだ。 「……さて、今に至るまで経緯を説明なさい、我が下僕」 『極楽浄土』と書かれた扇子をぴしゃりと開いて口元を隠し、麻美は言った。こやつには脈絡というものがないのか。 「イエス・マム」 どこか虚ろな目で博は答えた。オレは友を哀れに思った。 「先日のボウリング場乱闘事件主犯、樋口啓輔、そして桐生元樹は、アホ高校で名高いA高校の生徒の四名を病院送りにし、一週間の停学処分、それに読書感想文の提出を求められております、マム。 そして今は晴れて停学処分期間を終え、学校生活に戻っているであります、マム。 しかし樋口啓輔は読んだら頭が痛くなるような感想文を提出しバイトも休みとのことなので担任教師に再提出を要求されております、マム。 我々は特にバイトも習い事もないし、することもないので冷やかしで樋口啓輔を見守っているのにも飽きたんで、トランプで遊んでいる所存です、マム」 博も乱闘騒ぎに関わっているが、止めただけなのでお咎めなし。風花は結果的に見ていただけなので以下同文。以上補足説明。 「とゆーわけだから手伝え」 「……無理」 麻美は扇子をぴしゃりと閉じて、オレの頭を叩いた。あまり痛くない。 「じゃあ代わりに書いてください」 「……般若心経でよければ」 「すみません、結構です」 麻美に頼んだオレが馬鹿だった。 「だめよー、そんな卑怯なことしちゃあ」 妙に間延びした声が聞こえたので発生源へと向いた。するとそこには夏子がいた。肩に風花の顔を乗せてなでなでしています。何か微笑ましいものを感じます。 「こっちは楽しげにババ抜きしてるからちゃんと書きなさーい」 夏子がだるだるだ。どうしたんだろう。 「夏子さん、少々様子がおかしいようですが、なにかあったのでしょうか?」 暴力を受けないように丁寧にたずねる。夏子はへにゃへにゃと微笑んだ。 「だぁって風花、いじけてかぁいいんだもん」 そう言って夏子は風花をやさしく抱きしめた。ちょっと涙目だった風花はくすんと鼻を鳴らし、夏子にその身を預けた。 「ああ、芳しいリリィな香り、実に素晴らしい」 仰々しく博は言った。 「リリィって百合だよな?」 「リリィって百合よね?」 オレと風花の声がハモった。すると今まで黙って読書に励んでいた元樹がバン! と勢い良く本を閉じた。そしてその本を博の顔面めがけて投げつけた。見事命中。博はイスごとひっくり返った。 「そんなこと、風花は知らなくていい」 オレはいいのか? 「……世の中には、知らないほうが幸せな事柄の千や二千あるわ」 なんか数が多い気がするんですが。 「……まあ、どうでもいいことよ」 いいのか。 「……それよりも貴方もババ抜きに参加しなさい」 「そうね、せっかくだから啓輔もやろうよ。息抜き息抜き♪」 風花を抱きしめて頭をなでなで。微笑ましい。 「息抜き、ね……」 まあ、確かに頭を抱えて唸り続けても文章は出てこないよな。現実逃避ではないぞ。煮詰まった頭を休ませねば出来るもんも出来んのだ。 「よし、やろう」 放り投げた原稿用紙と筆記用具を机に戻してからババ抜き会場(机を四つくっつけただけのもの)に着いた。 「最下位は最初に抜けた人の言うことを何でも聞くこと」 本を顔にめり込ませながら博はイスに座り直した。そのガッツを褒めるべきか、そのシュールな姿か発言にツッコミを入れるか悩む。 「ええぇ! そんなルールだめだよ!!」 夏子から離れ立ち上がり、風花は机を叩いて抗議した。……負けると思っているのか。 「博、君とは短い付き合いだった」 風花の発言に元樹も立ち上がり、自身が座っていたイスを振り上げた。ちょっとなりふりかまえドシスコン。 「待て待て待て、元樹、落ち着け! 暴力はいかん、暴力は!! それに風花ちゃんが負けると決まったわけではあるまいっ」 博の言い分はもっともだ。元樹はちっと舌打ちし、イスを下ろした。博は顔面にめり込んでいる本(厚さ五センチ)をすぽんと抜き、元樹に返した(親切だ)。風花は不服そうに座った。 「そうよ、勝てばいいの」 夏子は結構乗り気だ。勝負事が好きなんだろうか(好きそうなイメージはある)。 「だいたいな、俺は平和が好きなんだ。初回も次も、そのまた次もファイティングなんて物騒じゃないか」 「……夏子が暴れ、夏子が暴れ、啓輔がキレる、ううん、デンジャラスね」 麻美が相槌を打つ。名前を挙げられた夏子は博を見て言った。 「あたしが暴れた原因って全部博な気がするんだけど」 「おいちゃんは難しいことはさっぱりだねぇ」 トランプをきって博はすっとぼけた。 「夏子さん、夏子さん。博のパソコンには貴方様の写真があるそうですよ」 博の態度が面白いのでちくった。 「大丈夫、壊してきたから」 笑顔で酷く破壊的なことを聞きました。博を見ると涙を流しています。 「ははは、買い換えて半年も経ってなくてねぇ。問題なのは本体であって、ディスプレイは無関係だとおいちゃんは思うのねぇ」 心が痛む話を聞いてしまいました。 「まあ過ぎ去ったことはどうにもならないじゃない」 どうにかした夏子は明るく言ってのけた。 「さあさあ、ババ抜きよ!!」 オレが参加して五回目が終了した。 「えーっと」 ジョーカーを手にしている、つまりは最下位のお方を見つめる。ジョーカーを持つ手はプルプルと震えている。目には涙がたまっている。思わず手を伸ばして「大丈夫」と慰めたくなる。 「大丈夫」 先に元樹にやられた。元樹は半泣きの――つまりは最下位のお方――風花をやさしく抱きとめるとやさしい声で慰めた。血を分けたきょうだいとして、なんとなく間違ったものを感じるのはオレだけではあるまい。 「あんなルール、僕が滅ぼすから」 ぎゅっと強く抱きしめてから、彼はゆっくりと立ち上がった。その目には炎が宿っている(イメージです)。そしてその視線の先には博がいた。 「ふ、暴力はいかんぞ」 博は不敵に笑うと懐から竹槍を取り出し、構えた。お前もやる気まんまんじゃねぇか。 「なんで懐に竹槍が入るんだろう」 「深く追求するな、夏子。理解したらこちらに帰ってこれなくなる」 「……そうね」 分かってくれて、お兄さん嬉しい。 「ルールを承知で風花ちゃんは勝負を受けたのだ、お前の都合などこうしてくれるっ」 博は竹槍を元樹に向けて投げ、また懐から綱引きで使うようなぶっとい綱を取り出し、元樹にその先端を投げつけた。 「くっ」 竹槍は避けられたが、綱までは避けられない。フェイント攻撃か。綱は生き物のように動き、元樹を捕らえた。 「男には容赦せん!!」 あっさりと元樹を縛り上げると床に転がした。 「く、何が暴力反t――むぐぅ!!」 懐から安っぽいタオルを取り出すと、それで元樹の口を塞ぎ後頭部で縛り上げ、さるぐつわの完成。言論の自由を奪った。 「で、風花止めないの?」 原因にたずねてみた。 すると彼女は今にも泣きそうな顔でジョーカーを床に放った。そのジョーカーは元樹の上にふわりと乗った。 「遊びだよね? これ遊びだよね?」 そんな顔で袖をつかんで見上げるな。切ない気持ちになるだろう。てか質問に答えろ。 「ふはは、遊びに本気になれんとは風花ちゃんも子供よのう」 「……子供の特権よね、遊びに本気になるのって」 麻美は扇子をぴしゃりと開いて口元を隠した。 「そして俺は五回連続一抜けを祝して風花ちゃんに罰ゲームを要求する!!」 「なんか、ついに逝ったって感じよね」 止めないんだ、夏子さん。ちなみに今の博の発言で床の元樹がむぐむぐ言ってのた打ち回っている。かなり不気味だ。 「男の憧れ、某ひぐらし部活罰ゲーム!! よって俺は求める!!」 イスに片足を乗っけて博は叫ぶ。 「スク水にツインテールで膝枕!!」 今日の風花の髪型はさっぱりと髪を下ろしている。彼女のストレートの黒髪はいつ見ても綺麗だとオレは思う。 元樹が激しくのた打ち回り、夏子と麻美が冷ややかな目で博を見ている。オレは……オレは他人のふりをしようっと。 「さあ!!」 手を差し伸べられた風花は不思議そうに首を傾げる。 「膝枕くらいいいけど……すくみずってなあに?」 空気が硬直した。床の元樹はさらにのた打ち回る。やはり不気味だ。 「スクール水着の略称だ!!」 力強く言い放つと懐から紺のスクール水着を取り出した。ご丁寧にゼッケンまでついて「ふうか」と書いてある。風花を除く女子陣は呆れてものも言えない状態だ。……すげぇ麻美を黙らせたぞ。 「エロスは程ほどに」 夏子は某スパルタンなヒロインのセリフを吐いて、トランプの箱(紙製)をぶつけた。 「俺はエロスではない、異性の身体に興味津々なだけだ!!」 人はそれをエロスと言う。しかも百点満点じゃないか。 「さあ、着替えてきてくれたまえ」 博は風花に水着を手渡した。風花は困惑しながらも受け取り、ドアへと歩き出した。それを見た元樹が暴れる、暴れる。イスを机を教卓をなぎ倒す。すごいぜシスコンパワー。 「え、あ。外に出れないよ」 解いてやると言う選択肢はないのだろうか。 「着替えなくていーから」 戸惑う風花の手から水着を奪うと夏子はそれを引き裂いた。さすがサマーガールパワー、紙のようにびりびりだぜ。 「ギャー!!」 天を貫く絶叫を聞いた。オレたちは耳を塞ぐ。 「なにをなさるなにをなさるなにをなさる!! 男のロマンが、俺のロマンが引き裂かれ、塵となって消えていくぅ!!」 アヒャヒャヒャヒャヒャと博は壊れていった。 「男って……」 そんな目でオレを見るな。 「お願いだから、同じに扱わないでくれ」 夏子に泣いて懇願した。こんなのと同等に扱われたらオレの魂に致命的な痛みが走る。 「……じゃ、罰ゲームはなしね」 「何故その結論に至ったのか説明してほしい」 ゾンビのようにエーロー・博、略してエロシが蘇った。 「意味が分からない」 オレはお前が分からない。 「別に、ツインテールに膝枕ならかまわないよ」 さすが天然おぜうさま、言うことが違うぜ。 「はははっはっ、パラダイス、パラダイス」 イスを四つ並べて博は風花の膝の上に頭を乗せ、幸せで狂っていた。 「んで、ツインテールの高さは高め?」 やる気なさそうに夏子が風花の後ろに回って髪を梳いている。 「おうおうおう、幼さを全面に出してください」 敬語なところにかなしみを感じる。 「オレ、感想文書くよ」 虚しくなったのでもといた席に戻った。麻美は扇子を閉じたり開いたりしてぼうっとして、オレに興味を示さない。元樹を助けるつもりはないようだ。その元樹は暴れ疲れてぐったりしている。この姿に哀れを感じる。 「ああ、そーだそーだぁ」 へにゃへにゃのぐでぐでになった博はオレを呼び止めた。振り返って博を見る。幸せそうに、笑ってる。 「ボウリング場乱闘事件での被害者、やばいらしいぜ」 ? 「はい?」 「うぐ?」 その現場にいた三人は同時に声を上げた。 「どういうこと?」 風花がうつむいて博に問いかけた。 「ああ、動かないでよ」 それに髪を結ぼうとしていた夏子が抗議する。風花は「ごめん」と謝ってから博に先を促した。 「啓輔がドロップキックでなぎ倒したやつがな、なんでも893とつながりがあるらしい」 そんな、非日常的なことを言われても困る。だいたいオレはドロップキックなんてした記憶ないぞ。……け。 「んだから街歩くとき気をつけい。インネンつけられるぞ。怖いオニーサン連れてな」 そんな馬鹿な。 「それって啓輔だけ? 私達も?」 床の元樹がもそもそと動き、風花の足元に這ってきた。繰り返そう、不気味だ。 「さあ、そこまでは知らん」 「どこからそんな情報貰ってるのよ?」 当然の疑問が夏子から放たれた。 「うち、タレコミ屋たっくさん抱え込んでるからさ」 へにゃへにゃと笑い、博は風花のフトモモを堪能している。自分の描写にかなしみを覚えました。 「それは困ったわね。あたしが本部探して潰してこようか?」 軽く言ってるのに、冗談に聞こえないのはどうしてだろう。 「そんな危ないこと、夏子にさせられません」 「そうね、さすがに拳銃の弾は痛いものね」 普通は痛いじゃすまされないぞ、夏子。 左手を口元に当て、考え込む風花。その現場にいなかった麻美は興味なさそうに元樹の靴を脱がしている。さらに靴下……そして取り出すは得体の知れない黒き羽。それを色白な足の裏に……。身悶える元樹、満面の笑顔の麻美。なんだか薄ら寒いものを感じてオレは目をそらした。 「ま、俺がそばにいりゃあ問題なしだから気楽にいこうや」 こいつの強さは認めるが、ぐにゃぐにゃ状態で言われても説得力がない。 「ま、しばらくは集団下校ってことでいーんじゃない?」 風花の髪を結び終えた夏子はイスをひっぱりだし、座った。 「うん、可愛い」 なでなで。小首を傾げて頬を赤らめるツインテールの風花。リリィの意味が分かってきた気がする……。 ガバリと博は起き上がり、風花を真正面から見つめた。風花は博を見つめ返し、同じように小首を傾げ、微笑んだ。 「我が生涯に悔い有り!!」 「あるのかよ!!」 オレと夏子のダブルツッコミが炸裂し、博は壁を突き破って廊下に倒れた。あえて言おう、オレは言葉だけで手を上げたのは夏子のみだ。だいたい距離が離れてるじゃないか。 「しかし、困ったことになったな」 オレは頬を指で掻きながらつぶやいた。 無責任なことだが、身に覚えがないのだ。そんなんで狙われる(ちょっと大げさ)なんて迷惑以外何者でもない。それにオレだけならまだしも、風花も巻き込まれてるかもってんだから困ったもんだ(元樹などどうでもいい)。 「よし」 ひとつの決意を胸に、オレは力強く立ち上がった。 「風花はオレが守る!!」 「元樹はいーんだ」 夏子のツッコミは無視する。オレは風花の元に駆け寄ると、手を引いて立ち上がらせて、その手を両手で包み込んだ。そしてまっすぐ、真正面から風花を見つめた。 「お前はオレが守る!!」 ボンっ!! 風花の顔が真っ赤になって、頭のてっぺんから蒸気が吹き出した。すごい特技だが使いどころがさっぱり分からない。足元で騒いでいる元樹はひたすら蹴る。黙るまで蹴る。 風花は真っ赤な顔で目をつい、とそらすと、今にも消えそうな声でつぶやいた。 「ありがとう」 うん。笑顔で返すオレ。 「やーもー、ラヴコメなら外でやりなさいよー!!」 笑顔の夏子に力いっぱい背中を叩かれた。背中に尋常ではない衝撃が走り、オレは背骨が折れたことを悟った。オレはあまりの激痛に床にのた打ち回った。元樹も机もイスもなぎ倒す!! もともと元樹は倒れてたとか、細かいツッコミは却下だ!! ゴガンッ!! い、今なんか壁に当たった!! とても硬い壁に当たった!! 「……で、なんで私はここにいるのかしら?」 見上げると麻美がいる。ばっちり見える位置なのに、残念ながらスカートの中は見えない。結界だ、結界に違いない……。 「さぁあ?」 すっとぼけた夏子の声を最後に、オレの意識は途切れた……。 |