みなさん、平和って好きですか? オレは好きです。大好きです。愛しています。 平穏な昼休みっていいですね。静かに弁当を食べられるって素敵ですね。椅子や机が凶器にならないって素晴らしいですよね。 青空の下でのお弁当っておいしいですね。髪の毛をそっとなびかせるそよ風が気持ちいいですね。多少のゴミや埃はご愛嬌、平和と平穏の御代と思えば大したことありません。 「啓輔、ほっぺにご飯ついてるよ」 涼やかな風花の声。 よーしパパラヴコメしちゃうぞー。 風花はオレのほっぺから白米を指でさらった。彼女の綺麗な指先に、これまた美しい白米が一粒。オレは迷うことなくそれらを口に運んだ。 「はひ!?」
「人の目の前でイチャついてんじゃないわよ!!」 重箱(四段)の蓋がオレの脳天に突き刺さった。当たり前のことを言おう。ものすげー痛い。 蓋をスコンと抜いてから、投げつけたその相手を見る。そして視線を逸らす。 「大自然の中で食べるご飯は格別だな〜」 「ここ、都心よ」 一瞬の硬直、先生、オレ負けません。 「いやあ、ごめんな風花。オレ腹減って腹減って……ご飯一粒も見逃せなかったんだ」 「え、あ……うん」 照れくさそうに顔を赤らめて視線を外す風花。ああいいですね、普通の(貧富の差はこの際忘れよう)お嬢さんって。 「何よ、意地汚いだけじゃない」 再度の硬直、それでもオレは負けません。 「はっはっはっ、これで拭いてくれたまえ」 オレはポケットから(木綿ではない)ハンカチーフを取り出し風花の手に握らせた。 「あ、ありがとぅ……」 真っ赤になった風花が可愛い。うん、純情なお嬢さんはええですね!! 「何そのハンカチ、センス悪っ」 負けない、負けないっ、負けない! 確かに百円ショップで買ってきたセンスの欠片もないハンカチーフさ、コンチクショウ!! 「それよりも啓輔、頭大丈夫?」 これは「気は確かか?」という意味ではない。純粋に怪我を心配してくれる言葉なのだ。 「ざっつおーらい、のーぷろぶれむだ」 日本語ちっくな英語で無事を伝える(もちろん意味など適当だ)。風花は赤らめた頬の心配顔というなかなか珍妙な表情をしてらっしゃった。 「啓輔がこのくらいで死ぬわけないじゃん」 酷いことをおっしゃる方がいらっしゃいます。でも負けません、オレは決してこの人を認識したりしません。 「それよりもね、あんたあたしを無視すんのやめなさいよー!!」 認識したくない人物がオレの両肩をつかんで揺さぶった。オレの視界がデンジャラス。カクテルはこれを経て世に出てくるのです(自分で言ってて意味不明)。 オレは叫んだ。力の限り、魂を込めて!! 「いやだあいやだあオレは平和に昼飯を食べたいだけなんだあ、夏子なんかに関わりたくないんだあ、昼休みは平和が普通なんだあ!!」 お願いだ、同情だけはしてくれるな。 オレは夏子の束縛から逃れようと暴れた。 「やかましいっ!」 そしたら殴られた。もう一度言わせてもらおう、ものすげー痛い。 「そんでね、二人に頼みがあるなのだよ」 両目に大粒の涙を湛えながら夏子を睨みつけた。人に怪我させといて頼みごとか、いい根性してやがる。 「あによ、その反抗的な目は」 反論するまもなく蹴り倒されました。涙が、涙が青空に溶けていく……。 「なっちゃん、人にものを頼むのにそれはないんじゃない?」 嗚呼、ありがたきかな一般論。後頭部をコンクリートの地面に叩きつけられながら風花の声を聞いた。 「いいじゃない、お弁当分けてあげたんだし」 「あれはわたしのお弁当――」 「まあそれはともかくっ」 流した、真実をさらっと流しやがりました。 「だから二人に頼みがあるっていってるじゃない」 今度は逆ギレか。オレは関わりたくないので身体を投げ出し青空を見つめていた。 ああ、このままこの空に飛びたてたらどれだけ気持ち良いだろうか。 もしオレに翼があれば―― 風の中を羽ばたけたとしたら―― 「博から写真取り返してきて」 不可解極まりないモノローグを止めたのは夏子の声だった。オレは腹筋運動の要領で起き上がった。 「なんでぇ、昨日あれだけ騒いで取り返してないのかよ」 ……再び青空が見えました。今日は快晴です、雲量ゼロです。いい天気ダナァー。 「うん、だからさ、あんたたちあの馬鹿と仲良いでしょ? お願いっ」 「わたしたちが行っても同じことだと思うよ?」 カタカタと重箱を片付ける風花は自信なさ気に言う。 「そこで啓輔よ」 名前を呼ばれたので起き上がる。夏子はオレなど見ずに風花をじっと見つめて人差し指を立てていた。 「非戦闘員の風花を目の前にした博は油断する、そこで啓輔が後ろから回り込む、そしてこう手刀で首筋をコンと気絶させてその隙に写真を奪い返す、と」 なんでだろう、頭がくらくらするんだ。これは夏子に殴る蹴るの暴力を受けたのとは違う理由のようだ。 風花の反応を見ようと視線を移した。悲しみ二割、呆れ八割と言った所か。 「どうして暴力的なの?」 ――静寂。 一陣の風がオレたちの間を駆け抜ける。夏子の長い髪がふわりとなびく。その横顔は人形のように整っている。見てくれはいーんだよなぁ、コイツ。 オレはそっとため息をついて、頭をぼりぼりと掻いた。 「おねえさん悲しいっ!!」 嘘泣きして走り去る夏子。その背中をぼーっと眺めて一言。 「今の調子であいつをおとなしくさせてくれよ」 風花はこれ以上ないくらいの笑顔を見せてくれた。 「八つ当たり対象が啓輔になっても良いのなら」 コイツ、鬼か。 午後の授業は何事もなく進み、放課後になった(普通はそうだ)。 放課後の開放感を感じながらオレは授業道具をカバンに詰め込んだ。廊下の雑音が心地よい。さぁて、今日はどっかに寄って帰ろうかな、などと平和な思いを巡らせる。 オレは帰り支度を整え、教室から出ようとドアを開けた。 「あ、啓輔」 風花がいた。隣に麻美がいた。麻美はUの字型の怪しげな物体を持っている。 オレの魂がエマージェンシーコールを響かせている。 落ち着け、落ち着くんだ。あの二人は友達同士でたまたま廊下でばったり出会って、他愛のない用事でオレに会いに来ただけなんだ。 「なっちゃんと博くんがっ」 ガラガラガラっ!! 迷うことなくドアを閉めた。後ろからのクラスメイトの不満たっぷりな声は無視した。 「啓輔それは酷いっ」 風花の抗議の声を無視して、全力でドアを押さえる。進入させてたまるか。昼休みはちょいと怪我をしたが平和だったんだ、放課後のデンジャラスなんてオレは望んでいないんだ!! 「オレは何も見てない聞いてない、オレは何も見てない聞いてないっ、オレは何も見てない聞いてない!」 呪文のように繰り返す。廊下に出れなくなったクラスメイトのことは無視する(悪いとは思う)。 「……目を背け、耳を塞いだって、逃れられないことはいくらでもあるのよ」 なんとなく真理なような気がするが無視。 「あ、麻美! スカートなんだからっ」 動揺した風花の声がドア越しに聞こえる。 「……科学の力をなめんなよ」 やる気のないどんよりとした声が上から聞こえた。……上? 各教室のドアの上に小窓がある。寒い季節でもない限りそこは基本的に開いている。換気を良くするためだ。うん、そこにね、麻美がいるんだ。 「科学は関係ないと思うよ」 風花の場違いなツッコミが虚しい。 「……とうっ」 掛け声と共に彼女は一年六組に進入を果たした。後にいたクラスメイトは逃げ出している。オレも連れて行ってくれ。 「……プリーズ」 は? 「……じゃなくてフリーズ」 なんてコテコテな間違いをしてくれるんだ。麻美はUの字型の怪しげな物体をオレに突き出した。 「それなに?」 ドアを押さえたままの格好で聞いた。 「……音叉」 「そ、そう」 おんさってなんだろう? 気になるが怖いので聞かない。 「……いいからドアを開放しなさい」 「動くなといったのは麻美さんであって」 「……開けなさい」 ポーン。 音叉を鳴らす。なんか恐ろしいものを感じるので言われた通りにドアを開けた。うう、オレって情けねぇ。 ガラガラガラとドアが開かれ、風花が教室に入ってきた。 「もう、いきなり閉めるなんて酷いよ」 オレの魂にエマージェンシーコールを植え付けたお前らのほうがよっぽど酷い。もちろん後が怖いので口に出さない。 「話を聞いてから判断してよね」 ろくでもないことにしか巻き込まれてないからこその行動だと分かって欲しい。オレの悲しげな表情に気づかず、風花は話を続ける。 「それでね、なっちゃんと博くんが決闘するから立ち会って欲しいって」 なんですか、その時代錯誤かつ非日常的かつデンジャラスな単語は。 「ケットウ? ははは風花さん、それは取りすぎたら致命的な病気になるアレかい?」 「……それは血糖」 ポーン、と音叉と麻美。 「二人の人間が同一条件のもと、生命を賭して戦うこと、です」 真顔で説明しないで欲しい。オレが馬鹿みたいじゃないか。 「……大丈夫、成績の面では充分に馬鹿だわ」 「人の思考を読み取るな!!」 「……補欠入学、万年最下位」 ポーン。 オレの脳内ではちーん(もちろんレンジじゃない)。 心の中で泣きじゃくった。 「啓輔、おっそーい!!」 「レディを待たせるなど武人の風上にもおけんやつだな」 をや? 心にダメージを受けたと思ったらいきなり文句を言われているぞ? あはは、これは夢だ。しかも悪い夢なのでオレは目を覚まさせていただく。 「さらば、ドリーム!!」 「馬鹿ぬかせっ」 夏子と博に殴られた。 !! 痛みがある。 「なんてリアルな夢なんだ!!」 「正気に還れ!!」 夏子さんに蹴り飛ばされました。推定距離二メートル、手加減したんじゃない、教室から廊下の壁との距離がそのくらいなんだ。オレは現実逃避を諦めて頭を振った。壁にしこたまぶつけたのでクラクラする。 状況を確認する。 場所は一年一組、博のクラスだ。一組の生徒の大半はすでにいない。掃除の真っ最中だったらしく、机は隅に追いやられている。教室内にいるのは掃除当番の連中(博らを迷惑そうに見ている)。そして教室のど真ん中には何故か生き生きとした表情の夏子、それにこれまた何故か竹槍(というか竹を斜めに切った鋭利なもの)を片手に持った博がいる。その他にドアのそばに風花と麻美、そんでもってオレがいる。 「この状況はなんだ?」 「決闘だよ」 風花は涼しい表情で言う。 「他所でやれ」 オレの意見に掃除当番連中が大きくうなずく。 「案ずるな」 博は竹槍を構えて(様になっているのが馬鹿らしい)余裕綽々に言った。 「すぐに、終わるわ」 夏子は博に向けて構える。と言っても足の位置を少々ずらしただけだ。 「啓輔、これを持て」 博は夏子を見据えたままオレに何かを投げて寄越した。慌ててそれを受け取る。 「アルバムだな」 写真屋で現像したらついてくる安っぽいアルバム。 「俺にはもう必要ない」 オレはゴミ箱か。 「麻生博、武人としてぬしに挑もう」 ちなみに麻生さんちは実は剣道を教えています。んで博は師範代。ついでに言うと博には理香と言う名の妹がいる。顔は少しも似ていない。 「つまり、――本気ってことね」 二人で勝手に張り詰めた空気を生み出した。雰囲気に飲まれたのか、その場にいた掃除当番連中は息を飲んだ。オレは巻き添えになっては哀れと、掃除当番連中を廊下に避難させた。オレは元の位置に戻り二人を見やる。 博は竹槍を正眼に構える。目が普段とはうって変わって鋭い。 「……なんか、出る作品間違ったわよね」 麻美の意見に大きくうなずく。 「しかし、あの竹槍がこの作品を馬鹿馬鹿しく表していないか?」 「……やーい主人公」 しくしくしく。 「こらそこの外野、黙ってなさい」 夏子の真剣な声にオレたちは黙った。 張り詰めた空気、痛いほどの静寂。渦中の二人は余裕をかまして微笑んでいる。 どれくらいそうしていたんだろう? 気になって黒板上の時計を見た。まだ五分も経っていない。それなのにどういうことだろう、身体のほうは緊張のためか時間感覚がおかしくなって、すでに一時間経過したような疲れがある。それはオレだけでなく、他のギャラリーも同じようだ。ただ、麻美一人はいつもと変わらない。緊張しているのかもしれないが、ぱっと見た感じでは分からない。そんでもって風花は……。 「あの、風花?」 「ん」 オレの左腕にしっかりと両手でしがみついていた。嬉しいが、この空気にはそぐわない。とゆーか周りからの「空気嫁」みたいな視線が痛い。特に男子の視線が必死すぎて痛い。 「離してくれないか?」 小声で懇願する。 「でも、人の体温って安心できるのです」 それはお前さんの都合であって、オレの都合ではないでありんす。ああ、男子の視線が熱を持っててかなり痛い!! 「……ひゅうひゅう」 麻美のやる気のない冷やかしが状況に油を注いだ。ああ、男子たちが殺気立ってる!! 補足説明だ。風花は「おぜうさま」の名に恥じることなくかぁいい(クラスメイト談)。小顔にぱっちりとした漆黒の瞳、瞳と同じ色の髪はリボンで二つに結ばれている。位置は耳のすぐ下か。これってツインテールって言うのか? 長さは背中の真ん中あたりまで。性格も少々我侭だが温厚で人当たりがいい。それにちょっと天然が入っている。そんなんだから、彼女は学年規模で男子はもちろん、女子にも人気(まあ、反感持ってるやつもいるだろうけどさ)。 その点、夏子は簡単でいい。外見はモデル並に美しい。実際モデルで食ってけるだろうというプロポーション。それに風になびく長髪はうっとりするほど綺麗だ。ただし性格はかなり残念である。それは前回と上を見てもらえれば分かってもらえるだろう。 麻美に関しても同様だ。夏子ほどではないがなかなかのスタイル。風花同様、漆黒の髪は肩まで。ただし目が混沌としていて己の美貌をブチ壊している。こちらも性格が残念なことになっている(方向性はまったく違うが)。 野郎の外見などつまらんので省略だ。 「そいや元樹はどうした?」 「知りません♪」 風花が身体をぎゅううううっと密着させてくる。これが昼休みラブコメして赤くなったやつの行動か!! 風花の行動と周りの視線にパニックったオレを救うかのように、博の声が響いた。 「――参る」 空気が一変した。 博が駆け出したのと、夏子が動いたのは同時だった。オレはなんとなく身の危険を感じ、風花ごとドアから離れた。 「漢だったら、剣の舞!!」 ガシャーーーーーン!! 達人同士の戦いはあまりにもあっけなく、切ない。 通常ではありえない反射をし、机と色んな生徒を巻き込んで、博は廊下に転がった。てことは……夏子の勝ちか。オレは廊下の博を見た。右手に持っていた竹槍ブレード(今命名)は真ん中からぽっきりと折れている。 「へへっ、無粋な真似をしちまったかねぇ……」 巻き込んだ生徒と机の中で、満足そうに博は倒れた。 「無粋、って?」 風花と目が合うが、オレは首を横に振ることしか出来ない。 「……まったく」 呆れた目で夏子は博を見ていた。オレたちは夏子の下へ歩み寄った。 「どうしたの?」 「何が起こった?」 オレたちの問に夏子は呆れと僅かな微笑みを混ぜた表情で説明してくれた。 「博の竹槍はあたしの蹴りよりもあたしの身体に早くし到達しそうだったの」 「じゃあなんで博がぶっ飛ばされるんだよ?」 夏子は微笑んでため息をついた。こうして黙っていると可愛い。 「った!?」 腕を組んだままの風花に足を踏まれました。タバコの火を消すようにぐりぐりと。悪いことなんてしてないよう。 「話はちゃんと聞きなさい。到達しそうだったって言ってるでしょ? んまあ……、あたしが女だから、だろうね。あたしより早く到達すると分かった時点で博は竹槍を引いたの。そこにあたしの蹴りが決まって、そのまま吹き飛んだってわけ」 「フェミニストなんだね」 ぐりぐり。 痛いです、風花さん。ギャラリーの「ザマーミロ」な視線との相乗効果もあってかなり痛いです。 「馬鹿なだけよ。……ところで、麻美はどったの?」 照れで赤くなった顔を振って話を変えた。いつもこんなんだと平和でいいのに。 「いないね?」 「とりあえず足をどけてください」 懇願する。今日二度目だ。風花はツンと顔を背け、離れた。離れる直前にトドメとばかりに体重を掛けられたことを記しておこう。おっと、瞳がいつもより輝いているのは涙のせいじゃないぜ? 心の汗のせいだ。 「なんて危険な光景かしら」 夏子は息を飲んだ。彼女の視線を追い、あまりの光景にオレたちは言葉を失った。博が倒れている。それは構わない。巻き込んだ生徒と机に囲まれて気持ちよさそうに気を失っている。右手には真ん中から折れた竹槍ブレード。左手には……。 「……アーマーメヤイ サーミイヤー ヒーメータイ ソーミイヤー」 助けてください、呪詛の賛美歌が聴こえます。 ポーン。音叉の音。 博の左手には麻美がいるんだ。巻き込まれて、仰向けに倒れている。そんで、博の左手が実においし――いや、恐ろしい。 「……ハーテタイ カンティーナ イソーメイ ソーメニーテディス トーヒー」 回りくどい説明は止めよう。つまり、博の左手は麻美の胸をつかんでいる。鷲づかみだ。 「これが噂のラッキースケベってやつ?」 「ラッキーは余計だ。あいつは普通のエーローだ」 エーローとはエロ面における英雄的存在のことだ。エロティック・ヒーローの略称でも構わない。E・ヒーローでも良いが、純真な子供が勘違いしそうなのでやめておいた。 全身からのエマージェンシーコール、これは宇宙警察に連絡したほうがいい。 「博の行く末は第二話で決定したのね」 夏子が感心している。先ほどの神妙な、またはちびっと照れた表情は消え失せていた。 「うう、うう、俺の左手が萌え萌えしている……」 ここからはあまりに残酷すぎて描写できません。なので音声のみお楽しみください。 「はっ……、ああああああ、あさみんご機嫌麗しゅう」 「……アーマートーラリーメー レスタ リーメンテアゲータ アーソーラヒニファイヤー」 「なんですかその怪しげな言語はっ」 ざざざざざ、ガシャンガシャン(後退する音)!! ポーン。 「ハ長調ラ音ね」 風花の場違いなのんびりな声。 「ああ、待ってあさみんわざとじゃないんだ分かってくれ。偶然なんだその呪いの歌は止めてくれ!!」 音叉、ハ長調ラ音。 「た、たたた、竹槍ー、竹槍ー、たけやりー、タケヤリイイイイィィィィィー!!」 ざざざざざ、ガシャンガシャン、だったったたったった(立ち上がって逃げ出す音)!! 音叉、ハ長調ラ音。 「……ソンテンミーヤー アーデータ ソーラーイメータ ヒセーナーイテセアイーイ アー」 たすたすたすたす(軽快な足音)。 ――グッバイ、フレンド。君の犠牲は忘れない。 誰かのためのおとぎ話・音声劇場 〜終〜 「合掌」 ちーん、と鈴が鳴り、オレと夏子は手を合わせた。その拍子にオレは博に渡されたアルバムを落とした。二人はオレを気にすることなく会話を始めた。 「どうして博くんはあんな反射をしたの?」 「……ほら、竹ってしなるでしょう?」 「いやでも、反射する前に竹は折れてたよ?」 風花のもっともな指摘に夏子は沈黙した。その間にしゃがんでアルバム拾った。ふと好奇心にかられたオレはそれを開いた。 「科学の力は偉大よね」 わけ分からん切り返しはやめろ。普通に困るわ。数秒頭を抱えてからそれを見た。 「――っ」 思わず息を呑んだ。静かに唾を飲み込みそれを鑑賞する。 安っぽいアルバムの中にはバスタオル姿の夏子。けしからん姿だ。そしてプロポーションが高校生にしては実にけしからん。出てるところは出て、引っ込んでるところは引っ込んでいます。文句のなしのないすばでー。オレの見立てでは八十五は堅いな。ウエストは……うむう。……けしからんですたい。 「むう」 「何唸ってるの?」 上から夏子の声が聞こえた。ちらりと視線を上げると不思議そうな表情の二人。これはどう考えてもヤバイ。 「なんか面白いものでもあった?」 無邪気な風花の声は今は痛い。……さっきも痛かったけど。 落ち着け、ここは何事もなかったように切り抜ければ良いんだ。そうすれば博の二の舞は避けられる。オレはアルバムを閉じてからゆっくりと立ち上がった。 「ほいっとな」 そのタイミングを狙っていたのだろうか、夏子はいとも簡単にオレからアルバムを奪い取った。 ――エマージェンシーコール!! 「宇宙警察だ、宇宙警察を呼べ!!」 ギャラリーが冷たい、または哀れむような目でオレを見ているが気にしない。 全身から嫌な汗がどっと流れる。極度の緊張のため口の中がカラカラになった。落ち着くんだ、こういうときは確か素数を数えればいいんだ。 「いち」 夏子はアルバムを開いた。風花はそれを覗き込んだ。 「さん」 落ち着け、諦めるのはまだ早い。逃げるチャンスはまだあるはずだ。そう、諦めるのは最後でいい。 「じゃ、とゆーことで」 無関心を装って逃げ出そうと右足を踏み出した。そうしたら後ろからそっと幼子を抱きしめるように、ふわりと抱きつかれた。 再度嫌な汗が全身に流れた。 「ふ、風花?」 ――エマージェンシーコールは鳴り止まない。 ぎゅうううううううううううう!! 力の限り抱きしめられる。いや、抱きしめるなんてやさしいもんじゃない。絞め殺す気だ!! その証拠に腕が腹から胸、首へと移動している!! 「な、なにをするんだ風花、殺人は犯罪だぞ!!」 「大丈夫、桐生家は人間の一人や二人、ちゃああんと弁償できますから」 すげー恐ろしいこと言ってるよ、こういう生徒にはちゃんと教育的指導をしやがれ! そうだ、こんな事態だと言うのに教師は何をしている!? 今こそ出番じゃないのか!! それに宇宙警察はどうした!? くそ、そろいもそろって職務怠慢か、税金返せ!! 「はっ!!」 黒い炎を湛えた夏子が、笑顔でそこにいた。 とても綺麗な笑顔だ。とても素敵な笑顔だよ。阿修羅の如く、美しいよ。 ――アーマートーラリーメー レスタ リーメンテ……。 歌が聞こえる。呪詛の賛美歌だ。はっはっはっはっ、これが本当の四面楚歌ってやつか。心の汗があふれそうだぜ。 「言い訳は地獄で聞く」 神様、オレはあなたを恨みます。こんな危険な人物を世に放逐したことを。オレとめぐり合わせたことを。アーメン、ラーメン。そうだ、今夜は味噌ラーメンにしよう。長葱たっぷり入れて。ひき肉もいれて豪勢にしよう。 涙でゆがんだその視界。最後に映ったのは、夏子の脚でした。 夜、今は使われていない焼却炉前。二人の男がズタボロになって転がっている。 「お前、なんであんなもん渡したんだ?」 「スキャナで取り込んだんだ。もう用はない」 「なんてこった」 「パンナコッタ」 それはイタリア発祥の洋菓子である。 「女って怖いな……」 「だな……」 情けない言葉は星空に消えていった。 |