「なぁ、一つ聞いて良いか?」 「なんだい?」 「なんで俺が着せ替え人形になってんだ?」 とりあえずシンプルな疑問をぶつけてみた。 ここは相も変わらず姫さんの家。 その一室で、俺は先ほどの言葉通りの目に遭っていた。 『着せ替え人形』、その言葉通り、伊達男の用意した服を着ては脱ぎ着ては脱ぎ、その総数およそ三十。 これでまだ半分も終わっていないというのだから、いい加減俺の忍耐も限界に近く、そろそろ爆発してやんぞクルァ! ってな気分になっても、それは仕方のないことではないだろうか。 それはさておき、なぜ俺がこんな真似をさせられているかといえば、だ。 「仮にも皇城に行くんだから、ナリーにもそれなりの服装をしてもらわないと」 伊達男曰く、そういうことらしい。 これが余りにも正論っぽいので、俺もそこまで強気には出られずにいるわけだ。 俺の着ていた服は、普通の学校の制服(ちなみに学ランだ)。 別に小汚い服装でもないんだが、こいつらの感性には合わんようで、それなりの服装とやらを用意してもらったのだ。 ただでさえ、俺は素性も知れん庶民。 せめて服装だけでも、と、そんなところだろう。 それは良い。良いんだが…… 「やっぱり、これはどっか違うよな?」 その『それなりの服装』とやらが問題だった。 それこそ、漫画やゲームの世界にしか出てこないようなローブ、といえば良いのだろうか? とにかく、魔法使いが着ているようなヤツだ。 俺がとっかえひっかえ着せられているのはまさにそれだ。 ……ぶっちゃけ、もの凄く恥ずかしい。 普通の人から見れば、コスプレやっているようにしか見えないだろう。 実際、俺だってそんな気分だ。 おまけに、俺の着替えを手伝ってるのが無表情メイズ(メイドの複数形)だ。 これが余計に、俺の羞恥心を煽ってくれる(やっぱりこの家のメイドは全員無表情だった)。 「なんだ、中々似合ってるじゃないか」 「どこがだよ、違和感バリバリだろうが」 心底そう思っているような口調で話す伊達男に、投げやりな調子で言葉を返す。 大体、こいつはスーツ着てるんだから、俺もそれで良いんじゃないのか? 「いや、残念だけどそれは無理なんだ」 え、なんでよ? 「この服装はね、皇族や一部の貴族にだけ許されているんだ。だから君が着てしまうとね、色々とうるさいんだよ」 ふーん、たかだかスーツでねぇ。バカバカしいこった。 「ハハ、ナリーもそう思うかい? やはり君とは気が合いそうだ。ま、そういうわけだから、ここは大人しくそのローブで我慢してくれないか?」 いや、ま、良いけどさ。そろそろ、着せ替え人形は止めてくれ。 「ああ、構わないよ。じゃあ、どれにするか決めてくれるかい?」 どれ、って言われてもな。 こんな服の良し悪しなんて俺にわかるかよ。 ただでさえ服なんぞには興味ないのに。 ま、適当に物色してみるか。その内、気に入るのがあるだろ。 「……ん、これは」 膨大な量のローブを一つづつ物色していくと、一つ、俺の目に留まるものがあった。 黒いローブ。 黒といっても、不思議と暗い印象は受けず、むしろ落ち着いた感じだけを与えてくる。 胸の辺りには、赤い宝石が一つあしらわれており、それが一際目立っていた。 袖を通してみても、しっくりくる。 サイズもぴったりのようだ。 「これにするよ」 即決。何となく、これだなって直感が働いた。 「へぇ、それにするのか……」 服の裾を持ち上げて見せると、伊達男は意味深な発言をもらした。 なんだよ、駄目なのか? 「いや、全然構わないんだが……ナリー、君はどうしてそれを選んだんだい?」 どうして、って言われてもな。 何となくとしか言いようがない。 直感だ。服選びなんて、大概そんなもんだろ? 「なるほど、ね……君は中々センスが良い」 それから少し、考え込むような素振りを見せていた伊達男だったが、その考えを振り払うかのように軽く頭を振ると、今度は全く別の話題を切り出した。 「さて、服も決まったことだし、そろそろ行こうか」 行くって、城へか? 「そうだよ、付いてきてくれ」 そう言って、さっさと一人で部屋を出て行ってしまう伊達男。 まだ部屋の片付け……はメイドがやるのか。いつの間にか人数増えてるし。 そんなことより、俺を置いてさっさと行くなって。 俺は道知らないんだっての。 ったく、この家の奴はどいつもこいつも……。 ……そういえば、伊達男はさっき、何を考え込んでたんだろう。 さて、俺が大人しく伊達男の金魚のフンになってより約二十分。 現在地は、未だ、姫さんの家の中だった。 一向に外に出る気配がない。 それどころか、先ほどから階段を下りてばかりいる。 幾らこの家が広いとはいえ、流石に十階もはないだろう。 「なぁ、これって本当に、その……城に向かってるのか?」 「ん、何を言ってるんだい? そんな訳ないじゃないか。幾らなんでも家と城は繋がってはいないよ」 そうか、そりゃそうだよな。 幾らなんでも……って待てコラァ! じゃあ今まで歩いてきたのは全部無駄だったってのか? おちょくっとんのか! 「何をそんなに怒っているんだい? 血圧上がるよ、ナリー」 俺は八十過ぎのジジババか! その爽やかな笑みがさらにむかつくわ。 「そんなに怒らないでくれ。ちょっとした茶目っ気さ」 「ぶん殴るぞお前」 精一杯に目つきを悪くして睨んでみたものの、伊達男は、そんなのどこ吹く風といったようすで、まったくきにしていない。 ああ、もう、なんだ、ムカツク! それから、あと五分くらい歩いた。 が、やっぱりただ廊下を無為に突き進んでいくだけだ。 それにしても、三十分近く歩いて出口が見えない家って、何気に凄いな。 今更な感もある事柄に感嘆していると、ふいに伊達男から声がかかった。 「ほら、ナリー。目的地に着いたよ」 「着いた……って」 ここは廊下のど真ん中だ。 周りを見渡しても、ドアらしきものすら見つからない。 つまり、これが何を意味するかと言うと、だ。 「おい、いい加減俺の我慢も限界超えるぞ? ふざけるのも大概にしとけよ」 結局、この野郎俺をおちょくってやがったんだ。 幾らなんでも、こんな何もない廊下が目的地だとはね。 ざけんな。 大体異世界だ何だと、最初から胡散臭かったんだ。 少しでも信じてた俺が馬鹿だったよ。 「そう結論を急ぐものじゃないよ。まぁ、見ていてくれ」 睨む俺を尻目に、伊達男はいけしゃあしゃあとこんなことをのたまう。 そして、近くの壁に手を当てると、何かを小さく呟いた。 次の瞬間、俺は度肝を抜かれた。 ついさっきまでそこにあった壁が、消えたのだ。 崩れるでも爆ぜるでもなく、ただ静かに、消えたのだ。 「魔法防壁(マジックバリア)さ。魔力を用いて質量のある虚像を作り出す。主に重要度の高い部屋などを隠蔽する際に使われるね」 事も無げにそう言うと、壁の消えた部分を通って、さっさと奥へ入っていってしまった。 残されたのは、間抜け面した俺一人。 「なんなんだよ、クソッ」 なんというか、振り上げた拳の降ろしどころを逸した感じだ。 上手い具合にいなされたとも言えるが。 しかし、あんな超常現象を起こしておいて、本人は素知らぬ顔だ。 Mr.●リックもビックリだろう。 もしかして、本当にここは異世界なのだろうか? そんな、幻想すら抱いてしまう。 「どうしたんだい? 早く入らないと、また魔法防壁が掛かるよ?」 壁の前でそんなことをつらつらと考えていると、中から伊達男が顔を出した。 判ってるよ、すぐに入るさ。 どの道、例の日記とやらを見なきゃならないんだ。 こんなところで立ち止まってる場合じゃない。 こっちは早いとこ、この一寸先は闇状態から抜け出したいのだ。 壁の中(っていうのも変な表現だが)は、思ったよりも広かった。 こう、なんて言うんだろう、空洞? みたいな感じだ。 窓もないから、当然薄暗く、少し肌寒い。 「ナリー、こっちだ」 部屋の真ん中付近にいる伊達男が、俺に向かって手招きする。 「ん? なんだ、これ」 それに従い、伊達男の近くに寄ったとき、初めて足元に何かが書かれてあることに気づいた。 薄暗くてよく見えないが、部屋の中央に、円状にそれは書かれていた。 訳のわからない呪文のような文字の羅列や、時々見える象形文字みたいなもの。 全く、意味がわからない。 完全にカルトの世界だ。 今までの俺なら、そのまま引き返してしまうだろうが、今の俺は少し違う。 これまで、この伊達男が起こした超常現象の数々から、これにも何らかの意味があるかも、という思考ぐらいは持てるようになった。 まぁそれが何か、など、想像しようもないが。 「さて、それじゃあそろそろ行くよ。少しキツイけど、頑張って」 「は? え、おい、ちょ、待……」 説明も何もせず、いきなり何かを始めようとする伊達男に、静止を掛けようとしたのだが、時既に遅し。 伊達男は、再び何かを呟いてしまっていた。 「虚無の王よ、我汝に請う。深遠なりし闇の果て、一筋の光明を授けんことを――≪時空転移≫」 瞬間、身体中を何かに蹂躙されるような、耐え難い不快感が俺を襲った。 苦痛、苦痛、苦痛、苦痛。 冗談じゃない! なんでこんな拷問みたいなことをされなきゃならないんだ。 伊達男に文句を言おうと身体を動かそうとするが、何故か動かない。 それどころか、今度は身体を引きちぎられるような激痛が襲ってきた。 それから数秒。 ここにきて、俺の脳みその自己防衛反応がようやく働いたのか、そこで、俺の意識は途絶えた。 寸前に見えた、伊達男の余裕の表情が、無性に憎らしかった。 野郎、起きたら一発ぶん殴ってやる。
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