邂逅輪廻



 異世界召喚ってのは、つまりアレだ。

 見知らぬ異世界にいきなり飛ばされて、勇者とか救世主とかに祭り上げられるって言う、小説とかじゃわりとメジャーなジャンルだ。

 主人公は何故か、十代の少年少女(特に高校生)が多いが、これは感情移入がしやすいからだろう。

 まぁそれはともかく。

 今現在の俺の状況は、目が覚めたら知らないところにいて、妙な牢屋に入れられ、電波な単語を多数聞き、手が光るビックリ人間を目撃した。

 おまけに俺は十八歳……少しギリギリな感もあるが、とりあえず、異世界召喚モノの最低条件はクリアしているといって良いだろう。

 あの伊達男もそう言っていたことだし、そうか、俺は異世界に召喚されたのかぁ……

「……なんてな。そんなことを信じちまえるほど、浮世離れしてねーっての」

 残された部屋のソファーに、一人身体を沈み込ませながら一人ごちる。

 大体、科学万能のこのご時勢に、異世界に飛ばされるなんていう非科学的なことが起こるはずがないんだ。

 きっとこの家の住人は皆、良からぬ電波を受信しておられて、あの伊達男の手が光ったのは何かのトリックを使ったからだ。

 そうに違いない。

 でないと説明がつかないのだ。

 何か、どこぞのアフロでヒゲの格闘技チャンピョンみたいな考えだが、普通そう考えるだろう。

 少なくとも、俺の常識の範囲内ではそうだ。

 やっぱり、誘拐だろうか?

 いや、待てよ。こんな金のありそうな家が、わざわざ誘拐なんてする必要があるだろうか?

 しかも、その対象が貧乏なんてレベルを 軽く超越している俺だ。

 ありえないだろう。

 じゃあ、何で俺はここにいるのか。

 この家の前で生き倒れ……いや、俺は目が覚めたときあの姫さん(便宜上、こう呼ばせてもらう)の部屋にいたんだから、それはない。

 酒でも飲んで酔っ払ってこの家に入り込んだ……まず俺は未成年だし、酒なんて飲んだこともなければ飲もうとも思わない。

 それ以前に、この家に入り込んだ時点でとっ捕まえられるだろう。

 とすると、この家の誰かに恨みでもかったか?

 これが一番自然なように も思えるが、根本的に知り合いがいたら俺は今こんなに困ってないだろう。

「失礼。ナリー様、お部屋のご用意ができました」

 と、俺がもの思いに耽っていると、控えめなノックの後に、メイドが入ってきた。

 俺をこの部屋まで連れて来た、あの無表情メイド二号だ(たった今命名。ちなみに一号は言うまでもなく、俺を殴り倒したヤツだ)。

 そんなことはどうでも良くて、

「コラてめぇ! 俺はナリーじゃねぇ、友成だ!」

 あの伊達男に何を吹き込まれたか知らんが、そんな恥ずかしい呼び名をこれ以上広めるのだけは全力で阻止しなければならん。
 俺の尊厳に掛けて。

「承知いたしましたナリー様。ではお部屋へとご案内させて……」

「いや、だから友成だって!」

「承知いたしましたナリー様」

「だから友成……」

「ナリー様」

「だから……」

「ナリー」

 ……もう、いいや。ナリーで良いよ。何かもう、疲れた。ああ、俺ってヤツは、どうしてこう。

「ではお部屋へご案内させていただきます、ナリー様」

「……へーい」

 さっさと部屋を出て行くメイドに、やる気のない返事でついていく俺。

 滝のような涙のオプション付きだ。

 今ならお安く四千九百八十円!

 ちょっと待った、これだけじゃない。

 今なら更にこの無表情メイド二号も付けて、お値段は据え置き、四千九百八十円! 四千九百八十円!

 電話番号はフリーダイヤル……何やってんだろ、俺。

 そんなこんなで(どんなだ)、軽く自己嫌悪に陥りながら、無駄に豪華な廊下を十分ほど歩いただろうか。

 俺は数ある扉の内の一つの前に立っていた。

「ここが、しばらくナリー様に使っていただくお部屋となります。調度品類は全て揃っておりますのでご安心下さい。なお、何か不具合等ございましたら、すぐにお呼び下さい」

 部屋のドアを開けて、一通りの説明を終えると、メイドはそそくさと部屋を出て行ってしまった。

 無表情も合わさって、ホントに何を考えているのかわからんヤツだ。

 ま、それはそれとして、とりあえず部屋の中へと入ってみる。

 部屋の角にベッドが一つ、クローゼットもある。

 テーブルもあるし、日当たりも良さそうだ。

 なかなか良い部屋だな。

 ただ一つ、

「やあナリー」
「……やあ伊達男」、

 何故かソファーにあの伊達男が座っているのを除けばな。

 こいつも大概何考えてんのかわからんヤツだな。

 何を当然のようにスタンバってんだ、この野郎は。

 嫌がらせか、嫌がらせなんだな。

「どうだい、この部屋は。なかなかのものだろう?」

「いや、どうだいとか言う前に、何でアンタがここにいんだよ」

「え? ここは私の家なわけだし。どこにいても構わないだろう?」

 チクチョウこの野郎、正論を。

 そんなこと言われたら反論できんだろうが。

 確かに、あの姫さんの部屋みたいにこれ見よがしな豪華さはないが、置かれている調度品類は見栄えも良いし、部屋も広い。

 良い部屋なのだろう……俺の目の前で胡散臭い笑顔を浮かべているこの伊達男がいなけりゃな。

 ホントこいつ、何しに来たんだろう。

「ああ、それはね、君とちょっと話したいことがあったんだ」

「ってうおい! 勝手に人の心を読んでんじゃねぇ!」

「ハハハ、私がそんなことできるわけがないだろう、アキラじゃあるまいし。君は顔に出やすいタイプなんだよ」

 私がって、そのアキラってヤツはできるのかよ!

「ま、それは置いといて。話がしたいんだ、君とね」

 何かスルーしてはいけない部分をスルーしてしまったような気がするが、まあ良いだろう。

 俺もコイツに話があるんだ。

 さっきも納得の行く説明してもらってないしな。

「で、話って何の話?」

「いや、私はさっき君と話したとき、君を去り際に異世界の人間かもしれないと言っただろう?」

 ああ、確かに言ったな。こうしてグダグダ考えてるのもそのせいだし。

「そのことなんだが、さっき少し調べてみたんだ。そしたら一つ、興味深い資料が見つかってね」

 興味深い、どういう風に?

「その資料には、異世界からの召喚者のことについて書かれていたんだ」

 異世界からの、召喚者。

 それって、俺と同じ……いや、俺は違う。

「そう、君は違うのかもしれない。でも、以前に異世界からの召喚者がいたということは事実だ」

 ……でも、その資料だかなんだか知らないけど、それに信憑性はあるのか?

 誰かが書いたまるっきりでまかせのものってこともあるんじゃないか。

「いや、それはない。その資料、文献なんだが、それを書いたのは当時の第一皇子で、今の皇帝であらせられるレスター様だ。まず間違いなく、真実だろう」

 皇帝って、そんなに偉い人と知り合いだったのか、その異世界のヤツは。

「おや、君も一応、それなりに偉い人と知り合いなんだがね」

 偉い人って、ああ、あの姫さんか。でもあれは知り合いっていう仲じゃないだろ。

「いや、アイリッシュだけじゃなくて、君は後二人、偉い人間に会ってるだろう」

 後二人って、俺がここに来て会ったのは、あの看守のおっさんと、無表情メイド一号二号、それにアンタくらいなんだが。

「うん、だから、私がこの国の第一皇子ガレオンで、君のいう無表情メイド一号が、この国の重鎮、ファルザイル公爵の娘、ジュリアだ。一応、どちらもこの国の重要人物ということになるね」

 ……は? 何、あの無表情メイドが公爵の娘で、アンタが第一皇子だと?

 冗談も程々にしておいて下さりやがれコンチクショウ。

「おや、良いのかな? 一応私は第一皇子、そんな口を利いたら、ねぇ」

 く、この野郎……いやなんでもないですガレオン様。

 これまでの無礼な言動の数々、どうかご容赦下さい(いつか絶対一発殴る)。

「うむ、わかればよろしい……なんてね、別に構わないよ。私もあまり堅苦しいのは好きなほうではないのでね」

 おちょくっとんのかコンニャロめ。

 けど、それならそれでも良いや。今までのやり取りで、こちとらコイツのあだ名をバカ皇子にしたいくらいなんだから。

 ん、てことはあの無表情メイドにもタメ口で……

「ちなみに、私の方はちゃんと敬語で話して下さいませ」

「やっぱそうなるんかい! っていうか人の心を読むな! いや、それよりもむしろいつの間に入ってきた!」

 気づかん内に背後に周りやがって。

 暗殺でもする気なんじゃないだろうな。

「……」

 おーい、どうしてそこで目を逸らす。

 露骨過ぎてむしろツッコム気も失せるぞ。

 まったく、ここのヤツ等は油断ができん。

 隙あらば人の心を読もうとでもしてんじゃないだろうな。

「まぁ、脱線はこのくらいにして、話を元に戻そうか」

 む、それもそうだな。

 まだ背後に周ったまんまのメイドが気にはなるが、俺としても早いとこ、結論を出したい。

「さて、今の皇帝、つまり私の父だね。彼が、異世界からの召喚者についての文献、というより日記のようなものなんだがね。それを残していた」

 それはもう聞いた。

 皇帝が書いたものなら、おふざけでもない限り、まず本当のことなんだろう。

 そこは良い。だが問題は、

「それは、俺にとって有用なものか?」

「どうだろうね。あの日記に書いてある異世界からの召喚者が、もし君のいた世界から来た者だったとしたら、それは有効なものだろう。そうでなかったとしても、この世界でどう折り合いを付けていったかという過程は、参考になるはずだ」

 まぁ、それはそうだろう。

 ただ、俺はまだここが異世界だと認めたわけじゃない。

 物的証拠はまだ何も見せてもらっていないのだから。

 だが、その日記を見れば、その日記に、もし俺の見慣れた世界の人間が住んでいたのなら……それは、証拠になるんだろう。

 まあそれも、このバーナードとかいう国が実在するのであればの話だが。

「その日記は、見せてもらえるのか?」

「勿論だ」

 随分とあっさりしているな。

 一応皇帝の書いたものなら、それなりに重要な物のはずだが。

「言っただろう、日記のようなものだって。国の重要機密に関わるような事は書いていないさ。大丈夫、もう許可も取ってあるから」

 そりゃ仕事のお早いことで。

 だけど、これでこの右も左もわからない状況から、片足くらいは抜け出せるだろう。

 して、その日記とやらはどこに?

「皇居、さ」

 ……その含み笑いがどうも気になるが、まあ良いだろう。

 こうなりゃ、皇居でも地獄でも魔界でも、どこへでも行ってやるさ。


 いや、やっぱり、地獄と魔界はイヤだな。うん。




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